捻挫のケアの手順です。

捻挫のケアの手順です。


こんにちは。畠山裕美です。
おはようございます。
今回の私のブログのテーマは「寒の時季より」として、お付き合いいただいてきました。
しかし、今年はこの大寒の時期にしては、妙に暖かい日もありました。
特に日中は、外に出た時の雰囲気が3月か4月頃のように感じられた日も度々。
それでも、朝はそれなりに寒いので、寒暖差が凄く大きい。
そして、今日からまた冬の気温に逆戻りという予報も出ています。
Webの気候に関するニュースを読み終わると、下の方に一般の人のコメントが寄せられています。
読むと、気候変動と健康への不安に関するコメントが、増えているような気がする。
具体的には、自律神経の乱れに伴う症状への不安。
普段、無意識の内にも、からだが行ってくれている自律に向けた調和への働き。
生命体として空間と調和し、生物として自然環境に適応しようとする、そうしたからだの有難い働きが元にあるから、社会的、人為的環境が加わった文明社会に於いて、人間は幸福を目指して生きていける。
しかし、自然環境の変化に、からだの働きがついていけなくなったら、どうなるのでしょうか?
考えてみるのもいいと思うのです。
自律神経の乱れというメカニズム面からだけでなく、その前にはどのような空間との不調和があり、それがからだにとって、どうストレスとなって影響を及ぼしているかを知る必要があります。
「呼吸」「動き」「重心」、不正を正し、適正化していく。
私達の師は、近い将来に人間が直面するであろう問題にも、しっかり対応できるよう、重心の適正化を提唱しているのだと思う。
これからは、今までの様な症状、疾患別の対処では間に合わなくなる人の割合が、増えてくるのではないかと思われます。
それで間に合う人は、それでもいいかもしれません。
しかし、間に合わない人は、操体という妙で、健康学を基にした絶妙な療法があることを知っておいてほしいと思うのです。
一週間のお付き合い、ありがとうございました。
来週は畠山裕美先生の担当となります。
どうぞ、おたのしみに。
おはようございます。
朝、車に乗り込もうとすると、タイヤが幾分凹んでいるように感じられる。
極端に凹んでいるわけではないにしろ、これも気温が低くなるところに停め続けているせいでありましょうか。
空気は冷やされると体積が減少し、温められると体積が増加するといった性質を持っているという。
気温が低くなれば、タイヤの中の空気も体積が減り、圧力も下がるということも十分に考えられる。
これは、車のタイヤだけの問題ではないと思う。
私たち人間も、空間が在って、呼吸し、動いて生活しているのだから、空間の圧力の変化にも適応できていなければならない。
圧の変化にどう適応できるかによって、健康の度合いも変わってくる。
圧の変化への対応は、無意識の内にもからだが行ってくれている事だが、だからといって自分がからだの邪魔になるような事ばかりしていれば、からだも十分に行いを果たせなくなる。
自分でも、呼吸の適正化、正当なからだの使い方、重心の適正化という目的を持ち、からだのお手伝いをしてあげる。
そうすることで、健康維持、増進につながる。
おはようございます。
私は、操体を本格的に学びはじめてから、一度も風邪をはじめとする感染症で寝込んだことはないです。
コロナ禍にあった時も、ワクチンは打たずじまい。
それでも、コロナウィルスで発症したという事はなかった。
何回か、熱っぽさや重だるさを感じた事はあったが、発症して寝こんだりとか体調不良が続くような事はなかった。
操体を学ぶ前は、年に何回かは風邪などで体調不良に陥っていたので、有難い事だと思います。
これも、操体が健康学であり、からだの感覚を重視する実践学だからだと思うのです。
手技療法の臨床家として、症状、疾患に対する治療法だけ学んでいただけなら、自分自身も健康維持、増進が進められるという事はなかったかもしれません。
操体の創始者、橋本敬三先生の言葉に、「からだの設計にミスはない」という本のタイトルにもなっている言葉がある。
元々は病気などせず、健康で幸福に生きられるようになっている。
しかし、それが実現しないのは、勝手をするから。
好きな事を見つけ、気持ち良く生きて良いのだが、勝手は赦されない。
自分は、からだがあって生存しているのであり、からだが無ければ此の世に存在もしていない。
そのからだが、感覚をつうじて自分に生き方(生活習慣)を改めるよう訴えてきても、聞き耳持たずに自分の勝手をとおしていれば、健康は害され、やりたいことも出来なくなり気持ち良く生きていけなくなる。
感覚をつうじてのからだの声に耳を傾けてあげる。
からだだって、この空間の中で自律しており、息づらさ、動きによる窮屈感があれば、感覚をつうじて訴えかけてくる。
「息」「動」そうした生命として必須の営みのところを、自分からからだに合わせてあげる。
元々からだの設計にミスはないのだから、そうする事で本来の健康を取り戻し、維持、増進が可能なのだと思う。
おはようございます。
ここのところ、寒の内のわりには暖かく感じます。
それでも、空気は乾燥しており、風邪やインフルエンザなどの感染症には十分に注意しておきたいものです。
免疫機能にとって、細菌やウィルスの最初の関門となるのが、皮膚は勿論、鼻や口の呼吸に携わる器官。
それゆえ、マスクをするのも勿論いいのだが、マスクは口呼吸になりやすいという難点もある。
人間本来の呼吸法は、鼻呼吸であるという。
鼻は息をする為の器官であり、口は食べる為の器官。
呼吸器の一部である鼻は、温度調節や加湿機能、空気清浄機能を兼ね備えているという。
鼻から入った空気は、鼻腔の中を通過する際に適切な温度と湿度に調整される為、肺の負担を軽減し肺の中でスムーズに循環される。
その為、鼻から入る空気は口から入る空気よりも、感染症に罹るリスクも少なくなるという。
しかし、鼻呼吸が良いのは分かるが、なかなか上手く実践できないという人もいると思う。
重心が偏差すれば、呼吸の適正もかなわなくなる。
だからして、動きと呼吸の相関性に着目し、からだの正当な使い方から呼吸の適正化をはかりつつ、全身の流れの循環を良くしていき、重心の適正をかなえていく事が重要となる。
そして、それが健康維持、増進につながる。
感染症にかかりずらくなるというのも、その効果の一面であり、操体臨床歴50年以上の三浦寛先生が提唱している重心の適正化には、まだまだ多くの可能性が秘められていると思う。
おはようございます。
これまで寒さが続いていたことに加え、空気も非常に乾燥しています。
その為か、インフルエンザも猛威を振るっています。
テレビのニュース番組でも、インフルエンザに関連したニュースを見ない日がない程です。
先日も、テレビの番組内で、同じ家庭環境にありながらインフルエンザにかかる人と、かからない人がいるのは何故なのか、とのやりとりが行われていました。
インフルエンザウイルスで発症するしないは、やはり各人の免疫機能の差にあるという。
免疫機能には自然免疫と獲得免疫とがあるが、生まれつき備わっている自然免疫の免疫細胞や腸内細菌が十分に働いてくれる事が大切。
なかでも免疫細胞のマクロファージが活性化された状態が維持できれば、自然免疫が保たれるだけでなく、獲得免疫も正常に機能させることにつながるという。
その為に、免疫機能の大敵であるストレスを溜め込まないよう生活習慣を見直し、適度な運動を心掛け、食生活でもLPS(リポポリサッカイド)を含む食品を摂るのが良いと言われている。
こう聞くと、大抵の人はLPSを含む食品の摂取ばかりに関心が向きがちとなる。
しかし、免疫機能に良いとされる食品を摂っていれば安心とばかりに、ストレスを溜め込む生活習慣そのままでは効果がないばかりか、却ってバランスを崩す事にもなる。
また、自分にとって適度な運動、自分自身にとって最適な動きとは、どのようなものなのかを体感しておく必要もあると思うのです。
おはようございます。
昨日の日中は、この時季としては妙に暖かく、日射しの雰囲気も3月頃かと錯覚する程でした。
それでも今朝、起きて顔を洗う時の水道の水は、凍てつくように冷たい。
しかし、まだ子供の頃だったか、井戸水を使っていた時の水は、何かあたたかくて手にも優しく、まろやかだったような憶えがある。
寒の期間のうちに汲む水は、寒の水といって雑菌も少なく、日本酒の寒造りや味噌などの発酵食品の寒仕込みに最適なのだという。
水道水は、あらかじめ消毒しているので、この場合は湧き水や井戸水などの、凍てつく大地の地層を潜り抜け、磨かれた水であろう。
不純物や雑菌が少ないのも頷ける。
また、水は言葉に反応するという。
心地よく綺麗な言葉をかけてあげれば、その様に反応する。
子供の頃、井戸水で手や顔を洗っていた時に感じた、何か暖かくて優しく、まろやかな水の感触というのは、凍てつく大地の内部で、自然の優しくあたたかな声も聞いていたから、という捉え方もできると思う。
単に朝の気温が低いから、暖かく感じるというだけではない様に思える。
人間の身体も、70%は水分だといわれる。
心地よく綺麗な言葉をかけてあげたいものである。
おはようございます。
実行委員リレーブログ、今週は友松の担当となります。
どうぞ、よろしくお願い致します。
寒い日が続きますね。
なぞなぞではないですが、一番寒い日っていつ頃なのでしょうか。
先日、テレビで気象予報士の人が、平均すると1月20日頃と言っていました。
丁度、今頃でもあり、暦の大寒の時期とも重なります。
いちばん日照時間が短くなるのは冬至ですが、その影響は一か月くらいかけて今の時季の海や大地の冷たさに至っているといいます。
それだからか、日中に窓辺でポカポカした日射しを感じていても足元が冷えていたり、日が暮れれば急激に気温が下がったりという事もあります。
インフルエンザが猛威を振るっている昨今でもあり、体調など崩されぬ様、くれぐれも御自愛いただきたいと思います。
小学校の学級園で、今年の大きな作業として、落ち葉で腐葉土をつくろうという試みを行っている。燃えるゴミとして焼却されゆく、主事さんが集めてくれる落ち葉を何かに利用できないかな、というところから試してみようと実験していることだ。
学校の敷地で回収される落ち葉の量は結構なものになる。
これを腐葉土を熟成させている区画に投入しては、混ざっているゴミや、腐葉土に向いていないと言われているイチョウの葉っぱなどをひたすら取り除く作業を行っている。
とても地味な作業だ。
中休みに学級園に訪れるこどもたちにもこの作業を手伝ってもらっている。
少し手伝ってはすぐに遊びに戻っていくこどもたちもいれば、中休みのチャイムが鳴るぎりぎりまで、このイチョウの葉を取り除くという地道な作業をやってくれているこどももいる。先日もそんな風に黙々と一緒になって作業をしていた。
ふと、「何か話でもしながら作業しようかな」と思ったりした瞬間もあったが、
いやいやこの言葉がない空間もなんかいいなぁと思いなおしたことがあった。
言葉で空間をつないだり、空間をうめつくしたりしなくてもいい。
ここにいていいし、ここにいることが感じがいい。
言葉にならないことばを感じている。
そんな空間。
積み重なる落ち葉の上はふかふかだ。
このふかふかの下にたくさんの生き物たちが息づいて、
ゆっくりと腐葉土を熟成させていく。
そのふかふかの上で作業していると、自分たちも目にみえない発酵の営みに包まれてその一部となっているような気持ちになる。なにか大地の、自然のおなかのなかにいるような気がしてくる。
こんな臨床ができたらどんなにいいかと、しみじみと感じる。
一週間のお付き合いありがとうございました。
明日からは友松実行委員にバトンを渡します。どうぞおたのしみに。
