ふかふかの落ち葉の上で

小学校の学級園で、今年の大きな作業として、落ち葉で腐葉土をつくろうという試みを行っている。燃えるゴミとして焼却されゆく、主事さんが集めてくれる落ち葉を何かに利用できないかな、というところから試してみようと実験していることだ。

 

学校の敷地で回収される落ち葉の量は結構なものになる。
これを腐葉土を熟成させている区画に投入しては、混ざっているゴミや、腐葉土に向いていないと言われているイチョウの葉っぱなどをひたすら取り除く作業を行っている。
とても地味な作業だ。

 

中休みに学級園に訪れるこどもたちにもこの作業を手伝ってもらっている。
少し手伝ってはすぐに遊びに戻っていくこどもたちもいれば、中休みのチャイムが鳴るぎりぎりまで、このイチョウの葉を取り除くという地道な作業をやってくれているこどももいる。先日もそんな風に黙々と一緒になって作業をしていた。

 

ふと、「何か話でもしながら作業しようかな」と思ったりした瞬間もあったが、
いやいやこの言葉がない空間もなんかいいなぁと思いなおしたことがあった。

 

言葉で空間をつないだり、空間をうめつくしたりしなくてもいい。

ここにいていいし、ここにいることが感じがいい。

言葉にならないことばを感じている。
そんな空間。

 

積み重なる落ち葉の上はふかふかだ。
このふかふかの下にたくさんの生き物たちが息づいて、
ゆっくりと腐葉土を熟成させていく。

 

そのふかふかの上で作業していると、自分たちも目にみえない発酵の営みに包まれてその一部となっているような気持ちになる。なにか大地の、自然のおなかのなかにいるような気がしてくる。

こんな臨床ができたらどんなにいいかと、しみじみと感じる。

 

一週間のお付き合いありがとうございました。
明日からは友松実行委員にバトンを渡します。どうぞおたのしみに。