カテゴリー: 友松 誠(ともまつ まこと)

  •  根源的なもの(1)

    おはようございます。
    4月も中盤をすぎ、暖かくなってきました。
    春季東京操体フォーラム分科会も、もうすぐですね。
    いつもは土曜、日曜の開催が多いのですが、今回は29日の金曜日です。
    まだ若干、席の余裕があるようなので、詳しくはこちらからご覧下さい。
                           東京操体フォーラム

    「生体の歪みを正す」橋本敬三論想集の26ページの文章からですが
    性 ― 性には消費の性と蓄積の性がある。
    異性が互いに接近し、語り合い、見つめ合い、触れ合っただけで充電される。これをいかに清潔に優雅に高尚に行うかは、その人の知彗による。性の充電のないのは気枯(けがれ)となる。
    消費の性は節約の一語につきる。コントロールは呼吸法による。餓鬼意識を捨てること。
    思いやりとサービス精神が天国を開く鍵となる。
    という文面が載っています。
    これは、「日常生活の手入れ」の項目のなかの文面ですが、自己最小限責任生活必須条件である「息、食、動、想」と同じ様に、「性」も日常生活の中でこのようにしなければ、歪みが出来てきますよ、というかたちで書かれています。
    「性」となると個人の男と女が営むものですから、個人の「息、食、動、想」と人為的環境の関連として「性」と捉えても良いと思うのですが、そうしないで自己最小限責任生活必須条件と同じように取り上げているところに、「性」の生命に直結する重要性があるのだと思います。その理由については様々なことが考えられますが、一つには「息、食、動、想」については個人がこの世に生まれ落ちてからのことですが、「性」はそれ以前の事柄も含むからなのだと思います。
    これは橋本先生が70歳の頃に書いた、「遺言」と題して日本医事新報に載せた文面からも窺い知ることができます。
    生命現象のギリギリのファクターを整理してみてはどうですか。
     まず七つのことが残るようです。
    (一)生かす力の環境、
    (二)生かされている生命体の過去から未来に流転しつづけているこのナマミの身心、
    (三)これは(+)(−)の性によって引き継がれている。
    (四)このナマミはオギャーの一声から息を引きとる瞬間まで絶え間なく呼吸しつづけ、
    (五)飲食して行かねばならず、
    (六)心をはたらかせ、
    (七)そのために動くことの連続です。
    と書いてあります。
     (四)から(七)はこの世に誕生してから、自分自身で必要最小限、責任をもって営まなければならない「息、食、動、想」ですが、その前の段階に「性」がきています。ですから、「性」というのは自分がどのようにして、この世に存在しているのか、その意義を学び、生きて活動している自分たちは、どう生きなければならないかを考えさせられるという面も持っていると思います。
     なぜ男と女という性別が元々の元から存在し、結ばれる時には快感が生じるのかとか、色々辿っていくと、(+)と(−)の元となる起源、つまり陰と陽という異なる性相(本体と現象)を誰が設定し創造したのかということに行き着いてきます。その誰かとは「一にして二、二にして一」の無極無限の太極の存在であり、その太極の意志により、男も女も万物すべての現象が創造されたということにつながる。そうなると太極の意志、すなわち「どうしたいのか」「どうしたくないのか」を陰(−)と陽(+)を設定する時点で通じさせておかなくてはならなくなるが、それがなんなのか、それを知る為にはどうしたらいいのか、を学んでいかなくてはならなくなってくる。学んでいく中で陰陽を結びつけ万象を具現化させているのは「愛とその法則」であり、その法則は具現化された万象すべてに貫通されており、その法則を知るのは原始感覚であり「気持ちいいか悪いかがわかるから有り難い」「イノチある存在は、快を求め、快に従い、快の方向をむく」ということにつながってくる。この原始感覚を生かされて生きて活動する中で、より高度で敏覚なものとさせ、そうして知り得た「太極がすべてのものを愛するがゆえに決めた決まりごと(法則)」を人々の健康の為、気持ちよく快適に生きるために役立てたいと考えるようになってくる。
     橋本敬三先生は医専の学生時代にセックスを生涯のテーマにしようと決心したそうですが、その時からすでに異性への好奇心という域を脱して、すべての人が生かされて生きる中で気持ちよく快適に生きていけるようにと達観されており、その生涯の中で自分の生前の身分と向き合い、その実相の中から自然法則を悟っていったのではないでしょうか。

    つづく。


    光は人間の解釈の仕方で、粒子にも波動にもなる。
    その本質は解釈を超えた存在だが、恩恵を受けていることは誰でも知っている。
    いつだって希望の光は降り注いでいる。
    必ず夜明けは来る。

    友松 誠。

  • Give and give

     はじめに、先月発生した大地震により、お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。そして、被害を受けられた皆さま、そのご家族に、心からお見舞い申し上げます。
     私の住む地域でも、生活物資の流通は先月より安定してきたものの、原発放射能漏れによる様々な心配、風評被害、落ち着いてきたものの計画停電による仕事の停滞、治まることのない余震、などで社会生活への不透明感は増すばかりとなっております。こんな時だからこそ、今回のブログのテーマである、性、SEXについて真摯に取り組みたいと思います。

     SEXという性行為は、人間が誕生してから脈々と営まれている。
    同じ地球の生命体でも、性交し快感とともに種を残した後、その成長を見届けずに死んでしまう種もいるし、人間やねずみなど数種を除いて、性交、交尾する時期も決まっている。このようなことを考えれば、人間は大いなる存在によって許された存在であり、その性行為には種の保存という側面以外にも、何かしらの意義があると感じます。地球上で文化、文明を創造できるのは人間だけであり、その人間が互いに力を合わせ何か(物質面だけでなく)を創造、生成、発展させる為の活力とさせる為に、人間は種の保存という大前提だけに限らず、その快感を季節に関係なく味わうことを許されているのだと思います。だからお互いに消耗するだけの行為であってはならず、生きることに前向きになれる行為としなければならないのではないでしょうか。
     その前向きな行為とさせる為の根本にあるのは、貪るということでは決してなく、神や仏といわれる大いなる存在が無償の愛を人間に注いでいるということを自覚し、それを手本とするように、人間も人間に見返りを求めない愛を提供するということではないでしょうか。つまりgive and giveであり、SEXは基本的には異性の個人と個人の性交であるので、そのお互いがgive and giveで交わったなら、そのエネルギーは愛と結びの快感を生じさせた後、新たなイノチを授けたり、お互いが生きる為の意欲と自信の活力を与えるようなtake and takeに質が転換されてくるのではないでしょうか。
    その個人と個人のお互いに生じた活力は、集団で互いに力を合わせ何かを創造、生成、発展させる為の活力となってくる。

     このgive and giveの精神は、人間として生まれてきたからには潜在的に誰でも備わっているもので、SEX以外のことでも活きる、また生かしていかなければならない精神だと思います。
     操体の創始者橋本敬三先生は、臨床の場で「治すことまで関与するな」と言われていたと聞きます。病気は医者が治すものだから治してもらいに来たという人にしてみれば、不思議に思うかもしれませんが、治しているのはまぎれもなく「からだ」に備わった治癒系のメカニズムであり、その原動力となるのが快適感覚であるということが理解できれば、操者(施術者)は「治す」「治した」という見返りを求めずに、ただただその快適感覚をききわけ、味わってもらうことだけに集中して奉仕しろという、give and giveの精神を持てといっているように感じます。

     また一ヶ月前の大地震では、随分と物資の不足する事態となり、被災地ではまだまだ困難な生活を強いられている人たちが沢山おります。
    このような時こそ、give and giveの精神を生かす時なのではないでしょうか。不安感から買いだめしてしまうような移ろう心は拭い去り、奥の真心を磨きその光を放たせる時だと思います。
    ちょっとのことからでも良いと思います。こちらも少し前までは物資を送ろうとしてもその物資がなかったり、輸送手段さえなかったのですから。逆にひけめと感じて自分を責めることはしないようにと思います。
    まずは気持ちが大切です。その気持ちを持ち続けることにより、自然とそれが言葉となって現れるでしょう。その言葉の力は巨大な力に増幅されて、かたちを創っていきます。逆に風評被害の加害者なってしまうような言葉は慎むべきです。このような時こそ言葉の持つ偉大さを自覚し、清く、正しい言葉を発していきましょう。
     小さくともひとつひとつのgive and giveの精神は、すべての人達にイノチには無量寿な慈悲が元々貫かれているということを再認識させることとなり、物質中心(優先)の今の世の中を超越した新たな次元の、文化、文明を生成させ、発展していく原動力となっていくのではないかと思います。

    立ち上がれ、光を放て
    日いずる国よ
    そして新たな世界の模範となれ。

    友松 誠。

  •  湖畔のイルミネーション。

    おはようございます。

    今朝も一段と冷え込み、大雪に見舞われているところもあるそうですね。
    ホワイトクリスマスどころではないという状況の方もいらっしゃるかと思いますが
    心の燈台に灯を燈し、温かな気持ちで一日のはじまりを向かえていただければと思います。

    私の住んでいる群馬県では、上毛三山というのがあり、去年は秋の妙義山を紹介しましたが、今日は榛名山の頂上にある榛名湖です。
    ここでは12月10日〜12月26日、明日まで行われているイルミネーションフェスタが開催されています。
    住宅街や都会の喧騒の中のイルミネーションと違い、廻りにはなんにもない、真っ暗闇の中で、ただそれだけが光を放っている様というのも良いものです。
    特に路面の凍結したワインディングを緊張しながら上り、湖畔にたどり着いた時に、目に写るその光景は氷点下のオアシスのようでもあります。

    今回は、夜の様子でしたが、雪が溶けて暖かくなったら昼間に、近場ツーリングの傍らまた来てみたいと思います。
    また、頂上に上る手前には榛名神社があり、こちらは最近パワースポットとして脚光をあびているそうで、県外からの参拝者も多いようです。
    これには私も思い当たる節があるのです。
    2年前の早朝、実家に車が突っ込んだ事があったのですが、その時の状況はというと、玄関の隣の榛名神社のお札を貼った柱を避けるようにして、その柱の右側に車が一度突っ込み、リバウンドして左側に突っ込んで止まるといった状況でした。
    不幸中の幸いで、なにかうまい具合にクッション作用が働いたようで、家は表面的にはメチャメチャでも木造家屋としての傾きはなく、車の方もボンネットはグチャグチャでも運転席は無事で、中の19歳の初心者マークの青年もかすり傷ひとつなく、大きな惨事にならなかったという事がありました。
    不思議なことですが、そんなのたまたまと思うのと、有難いと感謝するのとでは随分とその後の人生が変わってくると思います。
    別に神社の宣伝をしているつもりはなく、パワースポットとかそういう風潮も好きではありませんが、キリスト教だろうが仏教だろうが例え無神論者だろうが、誰しも心の中に元々もっている神仏に手を合わすという気持ちは大切なのではと思います。

    年末の忙しい中、一週間お付き合い下さり有難うございました。
    来週は中谷さんの担当になります。
    来週もお付き合い宜しくお願いします。

    それでは良いお年を。

    友松 誠。

    2011年東京操体フォーラム分科会は4月29日に千駄ヶ谷津田ホールにて行います。http://www.tokyo-sotai.com/

    2011年2月から足趾の操法集中講座を開始します。

    Facebook東京操体フォーラムのファンページをつくりました。

    東京操体フォーラム Tokyo Sotai Forum

    ファンページも宣伝する

  •  「ハァ〜」と「フゥー」

    おはようございます。

    ここ2,3日は比較的暖かかったのですが、今朝はグッと冷え込みました。
    こんな時は、手の指先も悴んできて、思わず「ハァ〜」と息を呼きかけてしまいます。
    こうすると、悴んだ指先も温まり、一時のやすらぎが得られます。
    逆にこんな時、「フゥ〜」と呼いたのでは、寒くなってしまいますよね。
    何気なくいつもやっていることでも、改めて考えてみると「なぜなんだろう?」と思ってしまう事って、沢山あると思います。
    こういう時、インターネットというのは便利なもので、「ハァ〜とフゥ〜の違い」と、ちょっと野次馬根性を出して検索してみると、色々出てくるものなんですね。
    自分以外にも、この様なことに疑問を感じる人が大勢いると思うと、なんだか嬉しくなってしまいます。
    熱伝導率とか断熱膨張の効果とかの説明をあげてくわしく説明している人もいますが、ほとんどの人が、息そのものの温度は変わらないが風速や風圧で手の体温が奪われるといった内容のことをあげていました。
    では「ハァー」と「フゥ〜」に関して、手の指先など息を呼きかけられた側の感覚ではなく、呼く側のからだの動きに関してはどうなのでしょうか。
    口から出ていく息の風圧や風速が違うということは、からだの動きも違って当然ですよね。
    やってみると、「ハァ〜」と「フゥ〜」では口の動きだけでなく腹の感じも違うし、背骨や肩甲骨の感じも違うし、からだ全体の動きの流れも違います。
    これは軽く姿勢を正すということと、ゆっくりとききわけながらという条件づけをした上で、やったならばほとんどの人で大筋の見解の一致がみられると思います。
    息のつきかたで、からだの動きがまるで違うということですね。
    そして同じ「ハァ〜」でもそのときどきの感情によって微妙に違います。
    寒い時の「ハァ〜」と心配事を抱えているときの「ハァ〜」では違いますし、民謡の佐渡おけさを歌う時の「ハァ〜」も違いますね。
    だから心の持ち方、そのイメージにのせた息の呼き方で、からだの動きや姿勢にも影響するということですね。そして、これらも同時相関相補連動性のなかのひとつですね。
    文章にすると複雑になってきますが、いつも何気なくやっていることでも、からだの有難い働きがあって成り立っています。そしてこれらは意識を介入させることが出来ます。
    だったら気持ちのよい方向に向けたほうが良いですよね。
    橋本敬三先生は般若身経を行うときの、立位の姿勢の指導をする時、両膝の力を緩めるコツについて「息をほっ、と吐く瞬間に膝の力を抜くべし」と教えていたそうです。
    やってみると明るい気持ちで自分のからだと向き合える感じがするし、安定感もあります。
    今日はクリスマスイブということで、帰ったらケーキを食べるという人も多いと思いますが、ロウソクの火を消す時は明るい気持ちととびきりの笑顔で「フゥ〜」と息を呼きましょう。

    尚、「息を呼きかける」という言葉の表現が便宜上ありますが、動診に於いて呼気は呼きかけるではなく「とおす」です。

    友松 誠。

    2011年東京操体フォーラム分科会は4月29日に千駄ヶ谷津田ホールにて行います。http://www.tokyo-sotai.com/

    2011年2月から足趾の操法集中講座を開始します。

    Facebook東京操体フォーラムのファンページをつくりました。

    東京操体フォーラム Tokyo Sotai Forum

    ファンページも宣伝する

  •  木のモノ。

    こんばんは。
    都合により記事のアップ時間が大幅に遅れてしまいました。師走は何かと忙しいですね。
    天皇陛下も77歳になられたようで、おめでとうございますという気持ちと共に、あまり無理をせず、いつまでも健康でいていただきたいと思います。

    今日は木曜日ですね。最近、ふと気がついたのですが、仕事の場に居て木製品あるいは木の温もりを感じるモノが増えてきたと思います。今こうして入力しているパソコンはプラスチック製でプリンターや電話機もプラスチック製ですが、その他は知らず知らずのうちに、木が主体のモノに変化してきています。
    特に自分が直接触れることの多い物にその傾向は強いようです。
    身近なところでは何か書く時、仕事の場以外では使い勝手の面もありプラスチック製のシャーペンですが、仕事の場では最近、木目の鉛筆を使っています。特に橋本先生や三浦先生の本を写経する時など、シャーペンよりも木製の鉛筆の方がしっくり落ち着くのです。
    シャーペンの芯は円筒状ですが、鉛筆の芯は円錐状に尖っています。尖ったところから書き方に合わせて丸まっていく、その一体感が心地良いというのもありますが、やはり木に触れているその感触が心地良く、写経のように自分の身心の芯(真)の部分と向き合うことをする場合、プラスチックで作られた筆記用具だとどうも気が散る感じがします。
    木は大地に根を張って生きている時も、人間と持ちつ持たれつの関係で呼吸していますが、生命を失った後もイノチを宿して呼吸していると言われます。
    だから木に触れていると、木の呼吸と自分の呼吸が合わさり、落ち着いた気分になるのかもしれません。

    木でつくったモノは強度とか、耐久性の面で他の製品に劣るかもしれませんが、他の製品にはないものがあります。
    木というのは、死して尚、何かお役に立とうとして、最後は物質的に土に還っていくような気がします。
    木でつくるモノは人間が精魂こめてつくれば、長持ちするし、長持ちさせようとする気持ちも生むが、そうでなければ早めに朽ち果てて、物質的には土に還っていってしまう。
    木でつくったモノは、人間が意識を向けて手入れをすれば長く使えるが、ほったらかしにすれば早めに朽ち果てて、物質的には土に還っていってしまう。
    こうしたことからも、木としての生命を失った後も木のイノチは、触れ合うという呼吸を通じて、人間に色んなことを教えて、気持ち良いところへ帰っていくのかも知れません。
    木に限らず自然界から生じた存在は皆、有難いし、言葉は持たなくとも色んなことを教えてくれているのでしょうね。

    友松 誠。

    2011年東京操体フォーラム分科会は4月29日に千駄ヶ谷津田ホールにて行います。http://www.tokyo-sotai.com/

    2011年2月から足趾の操法集中講座を開始します。

    Facebook東京操体フォーラムのファンページをつくりました。

    東京操体フォーラム Tokyo Sotai Forum

    ファンページも宣伝する

  • 食べもののイメージ。

    おはようございます。
    昨日の夜、皆既月食は見られたでしょうか。
    私の家のほうでは、あいにくの小雨まじりの天気となってしまい、月食は見られませんでした。月食の様子を写真に撮り、今日載せようとしていたのですが残念です。

    月食で思い出したのですが、私は月見うどんが、一時期どうも苦手でした。
    月見うどんが嫌いというよりも、生卵の白身が一時期食べられなかったのです。
    目玉焼きやゆで卵、温泉卵のように少しでも加熱して、あの食感が変わったものなら逆に好物になってしまう。おかしなものですね。
    別に生卵の白身が子供の頃から嫌いだったというのではなく、かといって大好物と程でもなかったですが、普通に食べていました。
    ですが、あるテレビ番組で誰かが、「生卵の白身は鼻水を食べているようだ」と言っていた場面を見ていて、なんだか自分でもそのようなイメージが出来上がってしまい、それまでよく食べていた卵かけご飯もなんだか気持ち悪くなり、牛丼に生卵をかけて食べるというのも出来なくなり、月見うどんなどは駅の立ち食いそば屋で汁と一緒に「ずずぅ〜」と啜っている姿を見かけるだけでも、「うゎ〜」と顔をしかめる程となっていました。
    今は全然そんなことはなくなりましたが、その当時は食べものへの感謝の気持ちが薄く、「食」を軽んじていたから、テレビで見聞きしたマイナスイメージと丁度うまい具合に同調し、共鳴してしまったのだと思います。
    食べものへの感謝の気持ちを持ち、様々な経緯を経ていただけるという感謝の念から始まり、ごちそうさまでしたという感謝の念に終わる。そんな食生活(作法)をしているなら、今まで食べていたものが他人の発言によって嫌いになる、あるいはマイナスイメージの言葉に乗っかって、自分自身にブレや迷いが生じるということもなくなってくると思います。
    後天的に特定の食べものが嫌いになる原因のなかには、自分が汚いと思っているものにイメージを重ねてしまうということもあると思います。しかし、自分が汚いと思っているものでも本当は有難い働きをしてくれているものは沢山あります。
    イメージを不快な方向性にとるのか、快の方向性にとるのか、舵をきるのは自分自身ですが、自分が様々な存在によって生かされている本質に目を向け感謝する、ということが自分のイメージの判断基準を高めると思います。そうすれば色々な情報に踊らされることなく、自分自身の軸をしっかり保てると思います。そして、それがすり込まれることで原始感覚を高めるということにもつながってくると思います。
    感謝は快の方向性ですよね。

    今日一日が感謝に始まり、感謝に終われる一日でありますように。

     

    友松 誠。

    2011年東京操体フォーラム分科会は4月29日に千駄ヶ谷津田ホールにて行います。http://www.tokyo-sotai.com/

    2011年2月から足趾の操法集中講座を開始します。

    Facebook東京操体フォーラムのファンページをつくりました。

    東京操体フォーラム Tokyo Sotai Forum

    ファンページも宣伝する

  •  動画より。

    おはようございます。
    今日は3年ぶりに皆既月食が見られるそうですが、お天気がちょっと心配ですね。

    先日、ふと、ミスタープロ野球長嶋茂雄氏のユニホームを着ていた雄姿がみたくなり、YOUTUBEを開いて見ていました。
    見ていると気分が明るくなると同時に、その動作にも改めて感心させられました。
    我々の世代から上の人はよくテレビで見ていたと思いますが、YOUTUBEよりお借りします。

    最初に王選手のユニホームのシワのより方を見ただけで、打球が飛ぶ、飛ばないとか、打球の飛ぶ方向が予測できるという話がありますが、これなどは流石だと思いますし、診立てにも通じるものを感じます。バラエティ番組の中のことなので、ゲストの人達の「まさかそんなはずはない」といった感じの笑い声が聞こえますが、本人としては当然のごとく解ることを当然のように言っているだけなのだと思います。
    また、打撃指導をしている場面では、脇がしまって軸がしっかりした状態で腰が回旋する様子や、反対に脇が空いて軸が不安定な状態でのスイングの様子が的確に表現されていると思います。そして足がしっかり安定していますね。足も親趾側側が利いていなければあの様な安定感はでないでしょうね。バットを持たずに手だけで素振りして見せている場面でも、中指を介して小指側側を利かせていますね。こうしたことの上に色々な積み上げがあるのでしょうね。
    現役時代の動画は載せませんが、走った時の肩甲骨の感じや、スローイングのしなやかな全体的な動きを見ていると、達人であり、自由人でもあると思います。
     *自由人という表現については、漢字からの一般的なイメージとはちょっとちがいますので三浦寛先生著「操体臨床への道しるべ」の211ページを参照していただければと思います。

    尚、動画の中で長嶋さんは擬音語を多用していますが、それはスポーツに於いてのことであり、操体の指導の場合には、奮い立たすとか刺激に通じるような言葉ではなく、気持ちのよさに向いた言葉の表現が望まれるので、擬音語でも音の濁らない言葉を選ぶことが大切です。

    長嶋さんにはまだまだ元気でいてほしいと願います。

    友松 誠。

    2011年東京操体フォーラム分科会は4月29日に千駄ヶ谷津田ホールにて行います。http://www.tokyo-sotai.com/

    2011年2月から足趾の操法集中講座を開始します。

    Facebook東京操体フォーラムのファンページをつくりました。

    東京操体フォーラム Tokyo Sotai Forum

    ファンページも宣伝する

  • アンダーマイニング効果。

    アンダーマイニング効果。

    おはようございます。
    今日は昼頃から気温が上がってくるようですね。
    朝、雑巾を絞っていても、それ程苦にはならなかったです。
    そろそろ大掃除もしなくてはならないですね。

    もう一ヶ月ほど前になりますが、新聞に目をとおしていると
    {金銭報酬は「やる気」をくじくということが脳科学実験で裏付けられた}
    との記事が載っていました。
    これは、玉川大学脳化学研究所の松元賢二准教授やドイツ・ミュンヘン大学の村山航研究員らが、大学生の男女28人を成績に応じた金銭報酬を提示したグループと、報酬を提示せずに実験後に定額の報酬を払うグループに分け、ストップウォッチをできるだけ5秒近くで止める課題をやってもらい、脳活動の変化を機能的磁気共鳴画像診断装置(fMRI)で測定したという記事でした。
    実験結果の内容は、最初の実験では両グループとも課題に対する意欲や達成感に関係する前頭葉や大脳基底核が働いていた。しかし、報酬を支払わないことを告げた2度目は、報酬を約束されていたグループでは脳活動の高まりが消えて「やる気」が低下したのに対し、最初に報酬が提示されなかったグループは、一回目と同様の脳活動を示した。機械的にストップウォッチを止めるだけの「やる気の起きない課題」では、このような脳活動の変化は見られなかった。また、休憩時間の行動を観察すると、報酬を提示したグループで課題に取り組んだのは14人中5人だったが、報酬と無関係のグループは14人中12人が積極的に課題を楽しむなど、自発的な「やる気」の差が顕著にあらわれた。
    とのことでした。
    新聞記事にしては最後の方は内容が解りづらい文章だと思いましたが、「アンダーマイニング効果」という現象を脳科学実験で裏付けたということのようです。
    アンダーマイニング効果の定義は「ある課題に内発的に動機づけられて取り組んでいる人間に、予告した上で外発的な報酬を与えると、もともとの興味や関心が低下することがある。これをアンダーマイニング効果と呼ぶ。」ということで、自分が好きでやっていることに対して、報酬がもらえるなど外から理由を作られると、今まで好きだったことがあまり好きではなくなり、やる気も失せてしまうことを指しているようです。
    またアンダーマイニングとは「弱らせる」とか「ひそかに傷つける」という意味もあるそうです。
    この「ひそかに傷つける」という言葉はなにか引っかかります。
    社会環境が経済優先の考え方になればなるほど、本来の生き方や愉楽しみを見失い、自分でもわからないうちに、傷つき疲れてしまうという人が増えてしまう、ということなのかもしれません。
    操体法〜生かされし救いの生命観」の18ページに、橋本敬三先生がユダヤ議定書という怪文書のことを少し紹介していますが、これにも何か通じるような恐ろしさを感じます。

    我々、臨床家もプロである以上当然、お金はいただいています。
    しかし、操体法で臨床をとおしている人は、アンダーマイニング効果というものとは無縁と思われます。
    なぜなら、「何分やったから、いくら¥いただきます」という仕事ではないし、結果としての金銭報酬よりも、その時の今の、相手のからだの要求感覚に従うべく、相手と向き合っている中での喜びや感動、学びの方が勝るからです。
    相手は勿論傷つけてはいけないし(いろんな意味で)、自分も傷ついてはいけないのです。

    操体法の医学の基本
     1.病気を抑圧する医学ではなく、からだに備わった潜在的な治癒力の発言を助長する非暴力的な医学。
     2.ヒポクラテスの2大教訓
        ・傷つけることなかれ。premumnon nocere
        ・自然治癒力を嵩めよ。vis meelicatrix‐naturae
     3.命に宿る英知、この生かされし命に対する快の方向性に従う医学。
                 (三浦寛先生著、「快からのメッセージより」)

    今日も多くの喜びや感動、学びがありますように。

    友松 誠。

    2011年東京操体フォーラム分科会は4月29日に千駄ヶ谷津田ホールにて行います。http://www.tokyo-sotai.com/

    2011年2月から足趾の操法集中講座を開始します。

    Facebook東京操体フォーラムのファンページをつくりました。

    東京操体フォーラム Tokyo Sotai Forum

    ファンページも宣伝する

  • 今年の漢字「暑」より。

    おはようございます。

    前回ブログを担当させていただいた時は、暑さの真っ盛りで首にタオルを下げ、汗をふきふきパソコンに向かっていましたが、今回は首に襟巻きを巻き、パソコンに向かうことになりそうです。「暑」から「寒」へ4ヶ月のあいだに随分と気候(自然環境)は変化しています。
    今週一週間、どうぞ宜しくお願いします。
    そういえば、一年の世相を現す、今年の漢字は「暑」だったそうですね。
    地元の京都放送によると揮毫した清水寺森清範貫主は、今年の「暑」についてのコメントの他に、来年は地球に生(せい)を受けた人間が自然との結びつきを感じ、世界中の人が等しく結ばれて平和であって欲しいと、「結ぶ」という字で表わされるような1年になればと語っていたそうです。

    暑いのも寒いのも快適とは言えませんが、それがずっと続いているわけではないですものね。暑いのも彼岸過ぎれば、過ごしやすい気候となり、そこから寒くなってきたわけですものね。日本人ですもの、日本に生まれてきて良かったし、有難いと思います。
    しかし、今年の暑さは異常でした。自然からの人間に対する警告であったなら、この警告を無視していると、とんでもないことになってしまいそうです。
    日本には日本の気候に適した風土があり文化があります。
    季節が逆になる南半球の国々にも、その土地に根付いた文化があります。
    文化や民族意識は違えど、自然への畏敬を根底にそれぞれがそれぞれの考え方や価値観を重んじ、自立、自由を尊重しながら、同じ地球に生かされ、生きていることの喜びを共有できたなら、人間に対する警告も、とんでもないことも起きないと思います。
    国と国との経済的な問題、領土問題、その他諸々も考えれば、温暖化の問題ひとつとっても、一朝一夕にはいかないことはわかっていますが、国は個人の集合体であり、個人というのは日本人であれ、アメリカ人であれ、中国人であれ、開発途上国と呼ばれる国の人であれ、地球人です。
    地球人が地球のことを想う気持ちに国境はないはずです。
    一人一人が、自然との結びつきのなかから、生かされていることを感じ、自在してある自然法則に合わせてゆく生き方に目覚め、その上で自分の個性を気候、風土に合わせて発揮したなら良き伝統、文化もより良いものとなり、より発展した国や地域になると思います。そして、そういった国や地域が全世界的なものとなり、人と人とが結びつけば地球という生命体も喜び、環境も良くなっていくのではないでしょうか。

    東京操体フォーラムは「公益性の循環」をコンセプトに、今年は東京だけの開催にとどまらず、京都やスペインでも「自然法則の応用、貢献」の普及に努めてまいりました。
    来年は4月29日に、東京千駄ヶ谷津田ホールにて「春季東京操体フォーラム分科会」が開催されます。テーマは「快適生活のススメ 今よりワンランク上の生活を目指す方法」です。
    どうぞ宜しくお願いします。

    友松 誠。

    2011年東京操体フォーラム分科会は4月29日に千駄ヶ谷津田ホールにて行います。http://www.tokyo-sotai.com/

    2011年2月から足趾の操法集中講座を開始します。

    Facebook東京操体フォーラムのファンページをつくりました。

    東京操体フォーラム Tokyo Sotai Forum

    ファンページも宣伝する

  • 七夕祭り。

    昨日から橋本敬三先生が暮らしておられた仙台市では、七夕祭りが開催されているということですが、私の住む群馬県では先月の8日から11日まで、前橋市で七夕祭りが開催されていました。
    7月11日の勉強会が終わった後、ぶらりと立ち寄ってみました。
    前橋市は県庁所在地ですが、中心商店街の衰退は著しく、近年は郊外に大型ショッピングセンターが次々に出店し、全国で車の保有率第1位ということや駅が商店街から遠いということも災いして、年々人通りが少なくなり、最近ではゴーストタウン化が進んでしまっています。
    それでも、七夕祭りともなると、以前ほどではないにしろ、活気が戻ってきます。

    7月の梅雨時の、雨が降ったりやんだりの天気でしたが、久々の人出でした。
    8月に入り、晴天が続いていますので、昨日から始まっている仙台の七夕祭りも賑やかなのでしょうね。

    前橋の七夕祭りの写真の他にも、天の川の写真も取っておきたかったのですが、なかなかねぇ〜 
    地方在住といえども天の川の見られる場所というのは限られてくるですよ。
    天の川というのは銀河系を横から見たもので、銀河系を縦から見ると渦巻状になっているという。
    縦から見るのは不可能でしょうが、横から見るものは日本では夏のこの時期が一番見えやすいといいますが、今はなかなかねぇ〜。
    天の川の色光をこの目で感じ、写真も載せたかったのですが、今回はちょっと間に合いませんでした。

    今日もこれからぐんぐん気温が上がるみたいですね。
    暑さ対策を十分にして、気持ちよく快適に過ごしましょう。

    一週間のお付き合い、ありがとうございました。
    来週は中谷さんの担当になります。

    来週もどうぞよろしくお願いします。

    友松誠

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催

    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体フォーラム in マドリード」開催