カテゴリー: 友松 誠(ともまつ まこと)

  • 向春の候より…7

    おはようございます。

     

    このところ昼間は、春のようなポカポカ陽気となり、なんとなく眠くなってしまう。

    先日は昼食後に、テレビのニュースを見ながらウトウト昼寝をして、目覚めるとラジオ体操を行う番組の時間となってしまっていた。

     

    時間を気にしながらも見ていると、指導者の人が「足を揃えて、良い姿勢をとりましょう」という掛け声をかけていた。

    その掛け声に応じて、アシスタントの人達が、両足の踵の内側をぴたりとつけて、つま先を少し開いた状態から背すじを伸ばしている。

     

    この良い姿勢というのは、一般に広く浸透しているが、からだにとって良い姿勢とは限らない。

    ラジオ体操は100年近くの歴史があり、国民の体力向上と健康の保持や増進を目的としているというが、体力向上という面から健康を考えているためか、からだにとってどうなのか?といった問いかけはされていないと感じられる。

    体力を向上させるようにすれば、誰もが健康になれるといった考え方は、一方的すぎるのではと思う。

     

    ちなみに、不快症状を訴える人を診させていただく際に、「床に立ってみてください」とお願いすると、この一般的に浸透した良い姿勢を、無理に頑張ってとろうとする人が多い。

    そこで「ツラクないですか?」と問うと「ツライ」と応える。

    「なんでツライことを、わざわざするのですか?」と問うと、大抵の人は口篭もり、戸惑いの表情を浮かべる。

    そんなことを聞かれる事は無いからであろう。

    それくらい、この頭の決めつけによる良い姿勢は一般的に浸透していて、からだに負担を強いてでも、その決めつけを押し付けていると感じる。

     

     

    からだへの押し付けではなく、からだのバランス制御に寄り添うように変えていく。

    立ち方も、そのように変えていくと、からだの状態は変わり、驚かれる事は多い。

    からだにとっての重力と重心の問題というのは大きい。

    一週間のお付き合い、ありがとうございました。
    来週は畠山裕美先生の担当となります。
    どうぞ、おたのしみに。

     


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  • 向春の候より…6

    おはようございます。

    誰もが待ち望む春。
    重心の適正化から、幸福へ。

     

    重心の適正にかなう様に、正当なからだの使い方、適正な呼吸を学び、生命力線を立てていく。

    そのような取り組みを、からだと向き合いながら続けていると「呼吸」「飲食」「身体運動」「精神活動」の営みと「環境」とのバランスも、自ずと変わってくると感じている。

     

    「呼吸」と「身体運動」の営みは勿論のこと、「飲食」の営みの好み、質や量も内臓負担をはじめ、からだにとってどうなのか?といったものに変わってくる。

    頭で考えてではなく、直感的にもそうなのだが、何か空間に導かれるようにというか、自ずとからだにとっての快を重視した営みに変わり、からだに優しくなっていくように感じる。

     

    その様に変わるということは、「精神活動」も同時相関相補性的に、からだに優しく変わってくる事でもある。

    これは、自分勝手な自我の欲が、薄まっていく事でもある。

    それが、健康は勿論、欲の追求からでは得られない幸福感にも、つながっているように感じる。

     

     

    操体法の新重心理論(導入編): 非対称から診た操体法の再生と天望

    操体法の新重心理論(導入編): 非対称から診た操体法の再生と天望

    • 作者:三浦寛
    • 一般社団法人日本操体指導者協会・人体構造運動力学研究所

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  • 向春の候より…5

    おはようございます。

    春に向かうこの時季は、急に暖かくなったり、冬の寒さがぶり返して雪がちらついたりと、気温や気圧の変化が激しく、三寒四温という言葉がぴたりと当てはまる様な、時期を迎えています。

    体調など崩さぬようにしたいものです。

     

    古今東西、誰もが人体の重心は体幹正中中軸にあるものだと思い込み、常識化してしまっている。

    操体の創始者である橋本敬三先生も、その考えに従って身体運動の3法則をはじめとして、動診、操法の問いかけを実践され、そこから更に、私たち人間の生命現象、生き方の自然法則にも関心を寄せられていた。

     

    創始者は、ボディの歪みを正して不快症状の消失がみられた人も、時間の経過とともにまた症状、疾患を再発させるのを見るにつけ、その人自身が生き方を変えていく必要があり、むしろそちらの方が重要と考えていた。

     

    そして、他人に代わってもらえない4つの営みである「呼吸」「飲食」「身体運動」「精神活動」には、それぞれ自然法則が自在し、その自然法則に合わせるように生きていけば、生命活動のバランスを崩してボディを歪ませる事なく健康で生きていけるとし、これくらいのことは日々心掛けてほしいと、ビラを刷って手渡していたと聞く。

    また、その自然法則の更なる究明にも心血を注ぎ、度々更新をされていた。

     

    しかし、生体のバランス制御の根本に、からだにとっての重力と重心の問題があり、はじめに重心の設定を、からだの動きから捉えた重心に設定していなかったが為に、様々な環境、時代背景の変化に対応しきれなくなってしまった。

    生活習慣が大きく変化し、多様化する現代社会に生きる今の人達にとっては、もっと根本から生体のバランス制御に問いかけ直す必要がある。

     

    生命活動をどうするかも大切なのだが、それ以前にこの生命がこの空間にどう存在しているか、どう存在できているのか、という事にも目を向ける必要がある。

    この世に存在する以上、重力と重心の問題は、切っても切り離せない。

    重心の適正をかなえていけば、自ずと「呼吸」「飲食」「身体運動」「精神活動」と様々な「環境」とのバランスもとれてくるように感じている。

     

    操体法の新重心理論(導入編): 非対称から診た操体法の再生と天望

    操体法の新重心理論(導入編): 非対称から診た操体法の再生と天望

    • 作者:三浦寛
    • 一般社団法人日本操体指導者協会・人体構造運動力学研究所

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  • 向春の候より…4

    おはようございます。

     

    昨日紹介した三浦寛先生の、新書のまえがきにある文章。

    操体法で言うところの「ボディの歪み=運動系の歪み」も、重心の偏差によっておこる現象ではないか……。

     

    何故このような書き方をしているのか。

    それは、重心の定義が変わる事で、操体法のステージが全く変わってしまったからだと思う。

     

    操体には、創始者である橋本敬三先生の時代から研究が続けられてきた身体運動の法則というものがある。

    この身体運動の法則を基に、操体の臨床応用として操体法があり、動かして診るという他に類のない動診、操法がある。

    身体運動の法則は、操体法の根底を成しているとも言える。

     

    身体運動の法則は「重心安定の法則」「重心移動の法則」「連動の法則」の3法則からなる。

    この3法則の重心の定め方は、世間一般に浸透している構造力学、静止力学的な体幹正中中軸に定めてしまっていた。

    動かして診る操体法なのに、動きの流れからの重心の定め方ではなかったのだ。

     

    私達のボディは動くし、動く事でバランス制御を可能としている。

    そのバランス制御に向くからだの動きからみた重心は、人間が頭で当然の如く考えている重心の所在とは違う事を、三浦寛先生は突き止めた。

     

    操体法は根底から覆った。
    勿論、良い意味で覆った。

    はじめにボディの歪みありきで診断、操法を行うのではなく、ボディの歪みは重心の不正からなる現象なのであり、みるべきはからだにとっての重力と重心の問題なのであり、ゆえに重心の適正をはかっていくというふうに、ステージが変わったのだと思う。

     

    操体法の新重心理論(導入編): 非対称から診た操体法の再生と天望

    操体法の新重心理論(導入編): 非対称から診た操体法の再生と天望

    • 作者:三浦寛
    • 一般社団法人日本操体指導者協会・人体構造運動力学研究所

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  • 向春の候より…3

    おはようございます。

     

    あらゆる生命が、待ち望む春に向かう、向春の時季。

    重心の適正化から、誰もが健康で気持ちよく、快適な生き方へと向かう。

     

    操体でも、以前は健康を害す原因は、ボディの歪みにあるとし、ボデーの歪みを正す事によって、生体のバランス制御をはかろうとしてきた。

    しかし、ボディの歪みの前には、必ず重心の偏差、重心の不正がある事が、三浦寛先生の長年の研究で分かってきた。

     

    そして、ボディの歪みを正す事を目的とするよりも、重心の適正をはかる事を目的とした方が、はるかに生体のバランス制御につながる事も分かってきた。

    師は、新書「操体法の新重心理論」のまえがきで、この様なことを書いている。

    操体法で言うところの「ボディの歪み=運動系の歪み」も、重心の偏差によっておこる現象ではないか……。

     

    操体法の新重心理論(導入編): 非対称から診た操体法の再生と天望

    操体法の新重心理論(導入編): 非対称から診た操体法の再生と天望

    • 作者:三浦寛
    • 一般社団法人日本操体指導者協会・人体構造運動力学研究所

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  • 向春の候より…2

    おはようございます。

     

    生命記憶に基づいた立ち方から行動につなげていく。

    それが出来ているほど、健康を害す事など無くなっていく。

     

    何故そう言えるのか。

    それは、生命記憶に基づいた立ち方とは、重心の適正にかなった立ち方を意味するから。

    重心の適正にかなってくれば、からだはストレッサーに反応しずらくなる。

    ストレッサーに反応しずらくなるとは、健康を害す要因を生じさせずらくなる事でもある。

     

    私達の師である三浦寛先生は、新書「操体法の新重心理論」のなかで、この様なことを書いている。

    からだはストレッサーに反応すると、右重心に偏差する。

    からだのエントロピー、つまり消耗エネルギーは重心の不正に反応するのである。

     

    操体法の新重心理論(導入編): 非対称から診た操体法の再生と天望

    操体法の新重心理論(導入編): 非対称から診た操体法の再生と天望

    • 作者:三浦寛
    • 一般社団法人日本操体指導者協会・人体構造運動力学研究所

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  • 向春の候より

    おはようございます。

     

    東京操体フォーラム実行委員リレーブログ、今週は友松の担当となります。

    どうぞ、よろしくお願い致します。

    立春も過ぎて、少しずつではありますが、春の気配が感じられる時季になってきました。

     

    立春は春の始まり。

    立つと書いて、始まりの意味を成す。

    人間も二本足で立つところから、人間としての生活が始まる。

    私達のからだの生命記憶には、それがしっかりと刻まれている。

     

    その生命記憶に基づいた立ち方から行動につなげていく。

    それが出来ているほど、健康を害す事など無くなっていく。

     

    立春から、あらゆる生命が待ち焦がれる春を迎えようとしているこの時季。

    自分自身の立ち方が、健康と幸福につながる様、からだと向き合ってみるのも良いと思うのです。

  • 歳晩の候より…7

    おはようございます。

     

    今年も、今日を含めて残り5日。

    来年のことを言うと、鬼が笑うと昔から言われていますが、来年の干支は60年に一度の丙午です。

     

    私も丙午の生まれですので、年男となります。

    それだけでも有難いことですが、あわよくば、その次の年男も健やかに迎えたいものです。

     

    もう、人生100年と呼ばれる時代が近づいています。

    今現在の日本人の平均寿命は、男性が81.09歳、女性は87.13歳。

    そして予測データでは、2007年に生まれた子供の半数が107歳より長く生きる、と推察されているようです。

     

    もう、従来の教育→仕事→老後といった単線的なライフステージではなく、定年後に今までとは別の仕事をしたり、新たに学び直したり、といったマルチなステージで人生を送るというのが一般的になってくると思うのです。

     

    そうなった時、なにより重視されるのが健康だと思います。

    健康とは、肉体が丈夫なだけでは成り立たないのです。

    丈夫をいいことに、自分勝手にからだを使用していれば、長持ちしません。

    からだに労わりの心を向け、消耗や溜め込みをしない快適な生活を心掛ける事が大事。

     

    その為にも、からだの正当な使い方、適性な呼吸を学び、重心の適正化をかなえていく、という事が重要になってくるのです。

     

    操体法の新重心理論(導入編): 非対称から診た操体法の再生と天望

    操体法の新重心理論(導入編): 非対称から診た操体法の再生と天望

    • 作者:三浦寛
    • 一般社団法人日本操体指導者協会・人体構造運動力学研究所

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    一週間のお付き合い、ありがとうございました。
    来週は畠山裕美先生の担当となります。
    どうぞ、おたのしみに。

     

     

  • 歳晩の候より…6

    おはようございます。

     

    この時期は日が暮れるのが早く、夕方の5時前には周囲は既に暗くなっています。

    周囲が暗くなってくれば、できることは限られてきます。

    年の瀬の何か急かされるような慌ただしさは、日の短さとも関係しているように感じられます。

     

    何か落ち着かない心、日没後の肌寒さ、不安。

    目先の事ばかりにとらわれ、まわりが見えていないと、急いた気持ちばかりが空回りし、時間ばかりが過ぎていくように感じられます。

     

    そんな気持ちに引きづりつつも、外に出れば、何か懐かしいような冬の夜の匂い。

    夜空を見上げれば、綺麗な星空。

    オリオン座を構成するそれぞれの星が、位置を保ちながら、チラチラと瞬いている。

     

    地上の景色が目まぐるしく変わり、人の心が慌ただしく揺れ動こうとも、夜空には子供の頃にも見たゆったりとした景色が広がっている。

    全体的な景色をぼんやり眺めていると、それまでの目の使い方、利かせ方が変わり、思考も切り替わってくる。

    何か、気持ちもゆったりして、冬の匂いのする空気を十分に鼻から吸い込みたくなる。

     

    嗚呼、気持ちいい。

    なんだか、ほっとする。

    自分で自分自身を縛っていた心から解放される感じがします。

    そして、何か懐かしさと有難さが、おくの方から湧いてくるのです。

     

     

  • 歳晩の候より…5

    おはようございます。

     

    今日はクリスマス。
    キリストが生まれたことを祝う日、と定められた日。

     

    キリストといえば、操体の創始者である橋本敬三先生は、青小年期によくキリスト教会に出入りしていたようです。

    そして、キリスト教の教えとか道徳的規範は、本当に素晴らしいものだと感じていた様です。

    ですが、自分自身は五官の貪欲な本能が頭を持ち上げてくると、どうしてもそれを制することが出来ず、罪を犯して(戒律違反)しまう。

    生身の肉体を持っている限り、誰でも持っている欲求なのに、青少年期の橋本先生は罪悪感や罪深さを感じていたようです。

    そして自分を責め、こんなことでは天国には行けない、地獄行きになってしまう、なんとか救いを受ける手立てはないものか、と5年くらい苦悶の日々を送っていたそうです。

     

    それでも、23歳の医学生の頃に、盛岡で牧師をしていた平野榮太郎先生と出会い、エペソ書の第一章を引き合いに、創世以前の久遠の生命なる観念を提示され、開眼させられたと著書にも書いています。

    自分は生まれぬ先から、聖別され祝福された神と同格の永遠の生命そのものだ

    そのような自覚を得た後は、悩みや神経質さもなくなり、呑気にすらなったそうです。

     

    既にもう、救われている。

    「救い」が成立したうえで、此の世に生まれてきている。

    此の世での行い如何によって、救われるか、地獄行きか、といった「報い」があるのではないという事。

    救いは元々成立している。
    誰でも聖別され祝福された神、キリストと同格の永遠の生命そのものなのであり、それに報いる為に此の世で感恩報謝の行動をしていく。
    そのような心の持ち方。

     

    クリスマスの日に、創始者の著書を改めて読み返すと、感慨深いものがあります。

    操体は宗教ではなく、人々の健康に貢献する健康学ですが、こうした想念を基にした橋本敬三先生の哲学というのも、健康で快適に満足して人生を全うする為に、必要だと思うのです。