カテゴリー: 友松 誠(ともまつ まこと)

  • 深秋の候より

    おはようございます。

     

    東京操体フォーラム実行委員リレーブログ、今週は友松の担当となります。

    どうぞ、よろしくお願い致します。

     

    もうすっかり実りの秋で、柿も色づいて食べ頃を迎えています。

    柿は、昔から滋養強壮に良いとされているようです。

    「柿が赤くなると医者が青くなる」

    この諺は、柿が旬を迎える季節は気候も良く、柿に含まれる栄養によって病人が減る為、医者が暇になってしまう、という意味合いなのだといいます。

     

    この諺で思い返すのは医師でもあった橋本敬三先生の言葉です。

    「みんながわかってくれたら、医師はいらなくなる」

    橋本先生は、操体、操体法の創始者です。

    みんながわかってくれたらの、わかってほしいものとは操体、操体哲学であり、操体哲学とは、自然の理を解明し、健康維持増進に役立てる健康学でもあります。

     

    元々からだの設計にミスはなく、誰でも快適に気持ちよく、健康に長寿を全うできるようになっている。

    それが実現できていないのは、今を生きる人間の生活に間違いがあるから。

    大自然の理に合わせるよう、生活(生命活動)の間違いを正し、元々の健康を維持増進する様にしていけば、自ずと健康上の悩みは解消されてくるのです。

    それが分かり、誰もが実践し、健康維持増進に努めれば、必然的に病を治す役割の人は、いらなくなってくるという事なのです。

     

    2025年秋季東京操体フォーラムは11月24日(月)勤労感謝の日振替日にて、ルーテル市ヶ谷センターで開催致します。
    今季テーマは「解禁・新重心理論」です。

  • 処暑の候より・・・7。

    おはようございます。

     

    今年の夏は暑すぎたせいか、8月中は蝉をはじめ虫たちの鳴き声が、あまり聞こえて来ませんでした。

    しかし、9月に入ってからは連日連夜、今までの鬱憤を晴らすかのように、秋の虫たちの鳴き声が大音量で聞こえてきます。

     

    この地球で、最も繫栄している生物は昆虫だと聞いたことがある。

    この大合唱を聞いていると「そうだろうな」と思えてくる。

     

    それはそうと、昆虫は私達がよく目にする成虫だけが、昆虫の姿ではない。

    蝉に例えれば、昔から七年七日という慣用句があるように、幼虫として土の中にいる年月の方が圧倒的に長い。

     

    では、蝉の幼虫は土の中で何をしているのだろうか?

    木の根っこから樹液を吸って成長する為の栄養を摂っている、というのも勿論ある。

    しかし、栄養を摂れば育つというものでもないであろう。

     

    地中の自然の中で、栄養を摂り、様々なものに支えられながら、生かされて生きるという事を、自然から学んでいるのではないだろうか?

    学びながら、脱皮を繰り返し、成長していく。

     

    人間だって、栄養を摂れば勝手に細胞分裂して、成長するというものでもない。

    まわりの人達、様々なものに支えられ、教えていただき、可愛がってもらって、そして何より自然界に元々在るものや、その摂理によって成長する。

     

    蝉は成虫になってからの命は儚いが、人間は成人してからが長い。

    人生50年から80年、100年と言われるようになり、幼虫から成虫になる蝉の生涯とあべこべになるくらい、どんどん成人してからの人生は長くなっている。

    平均寿命が長くなった分、健康寿命も伸ばさねばならない。

     

    誰しも、成長するにつれ、社会の一員として、どう生かされて生きているかについて、頭で学んで、考えた行動するようになる。

    それも大事な事なのだが、それだけだと社会の枠組みの中だけで右往左往してしまい、精神的にも身体的にもストレスを抱え込みやすくなってしまう。

     

    社会の枠組みを超え、生命として自然にどう生かされて生きているのかを、からだをつうじて学ぶ必要もある。

    そして、からだから学んで得たものを生活習慣から社会生活へと役立てていく。

    そうした脱皮も必要なのであり、そうした脱皮を繰り返して成長するほど、平均寿命だけでなく健康寿命も伸ばせると思うのです。

     

    一週間のお付き合い、ありがとうございました。
    来週は畠山裕美先生の担当となります。
    どうぞ、おたのしみに。

  • 処暑の候より・・・6。

    おはようございます。

     

    ここのところ、少し涼しくなってきたせいか、田んぼに沿った道を歩いていると、赤トンボの集団を目にするようになりました。

     

    なかには、ちょっかいかけてくるのもいる。

    これが結構素早くて、手で追い払ってもハラリとかわされ、ヘリコプターみたいに空中に留まり、また頭の上を飛び回ったり、乗っかってこようとする。

    からかわれているような気分になるが、その遅そうに見えて素早い動きには脱帽です。

     

    トンボは空中での素早い動きもさることながら、動体視力も良いという。

    トンボは「トンボの眼鏡」という歌に形容されるように、六角形の小さ目が1万~3万集まって、昆虫の中でも最大級の複眼と呼ばれる目となり、大きな眼鏡をかけているような姿をしている。

    この大きな複眼のおかげで、複雑な動きを予測する動体視力を発揮し、空中を飛ぶ獲物を捕えているのだという。

     

    そして、この他にも複眼と複眼の間の、頭の真ん中あたりに単眼と呼ばれる小さな目が三つあるという。

    この3つの単眼は、光の明るさ暗さを感知し、水平感覚に関与し、真っすぐ飛ぶことを可能にしているのだという。

     

    複眼と単眼。複眼の機能が注目されがちだが、単眼も凄いと思う。

    単眼があるから、高性能な複眼の機能を活かせる。

    単眼が水平感覚に関与して姿勢を保てるから、複眼の高度な動体視力を活かした素早い動きにつなげられるのであり、バランスを崩すことなく、生きていられる。

    そうでなければ、高性能な複眼も宝の持ち腐れであり、退化してしまっていたであろう。

     

    この空間で生かされて生きるという、生き方生かされ方がしっかり身についた上での、高度な動体視力と素早い動き。

    何事も、元がしっかり身についてこそであり、その上での高度な能力なのだと思います。

  • 処暑の候より・・・5。

    おはようございます。

     

    今が旬の茄子も、今年は産地で高温、小雨の為に、規格を満たせないものが多くあるという。

    茄子は高温性の作物だが、35度を超える気温が続くと、生育障害が起きやすくなるのだという。

    確かに今年の8月は、35度を超える日が続出していた。

    その影響か、味は変わらないのに、見てくれが良くないという理由で出荷出来ないものもあるという。

     

    「ぼけナス」と呼ばれる茄子も、その一つ。

    ぼけナスとは、果皮の光沢がなくなり、消し炭状のぼけが生じている茄子の事。

    黒々とした艶がなくなり、紫色が勝る様な感じの見た目。

    高温や土壌の乾燥によって、吸水量以上の果面蒸発量がある場合に発生しやすくなるのだそう。

     

    ぼけナスでも、味は変わらないという。

    調理してしまえば、わからなくなるだろう。

    しかし、よくよく生で食べ比べてみれば、黒光りした茄子の方が、ほどよい水分で食感も良く美味しいように感じる。

    また、黒光りした茄子の方が日持ちも良いという。

     

    しかし、比べるから、自分に向いた都合のいい面だけで比較対照するからいけない。

    ぼけナスでも、この過酷な環境を生き抜いてきた立派は野菜であり、それは良いものなのだ。

    黒光りした茄子も、見栄えや日持ちも良く、それも勿論良いものなのだ。

    どちらも良いもの。

    どちらかが悪いという訳ではない。

     

    そういう捉え方、考え方も、これからの時代に必要だと思う。
    また、その方が有難さが感じられやすくなるし、幸福感にもつながると思うのです。

  • 処暑の候より・・・4。

    おはようございます。

     

    最近、畑沿いの道をとおると、今までは無かった野菜の直売所みたいな小屋を見かけるようになりました。

    野菜にも規格があり、規格に適合できなければ出荷できないと聞きますが、そうした規格を満たせないような野菜を、直に売っているのだという。

     

    売っているといっても、店番の人が常駐しているわけでもなく、普段は無人。

    値段も格段に安く、どれでも100円と表示されている。

    お客は気に入ったものがあれば、硬貨を専用の缶に入れ、袋に入った野菜を持ち帰る。

     

    商売しているというよりも、大切に育てた野菜を、規格に合ってないというだけで、そのまま捨ててしまうのは忍びないので、といった想いが伝わってくる。

     

    今年は、梅雨も雨が少なかったし、8月に入れば類まれな高温続き、人間も大変だが野菜も大変。

    そんな中で生きのびてきたのに、少し規格に合わないだけで廃棄処分では心苦しいだろう。

     

    この直売所は、普段は店番が居ないのは勿論、監視カメラも勿論ない。

    お客が、ちょろまかそうとすれば、ちょろまかせる。

    しかし、そのような事をする人は居ない。

     

    みんな、この暑さ厳しい環境で、農作業をする大変さをわかっているし、少しくらい大きさや形が規格に合わなくとも、この過酷な環境を生き抜いてきた野菜を大切にして、有難くいただこうという気持ちがあるのだと思うのです。

     

  • 処暑の候より・・・3。

    おはようございます。

     

    私は、ほとんど栄養ドリンクの類を飲んだことがありません。
    経口補水液にしてもそうでした。

     

    しかし、これだけ気温が上がった過酷な環境では、からだの為にもそうした補助食品も上手に活用すべきだと、最近は思うのです。

     

    特に水分は、細胞のイノチでもあると思うのです。

    道元禅師の言葉をお借りすれば「鳥のイノチは空にあり、魚のイノチは水にあり」なのであり、まわりに生かしてくれている存在がなければ、どんな優秀な細胞でも生きていけないという事。

     

    そのイノチの水は、水道の水を摂っても、からだの働きによってイノチの水に成っていくが、それはそれなりの時間が必要となる。

    この暑さ厳しい環境の中では、その時間よりも脱水状態になる時間の方が早くなるケースが多くなってしまう。

     

    であるなら、なるべく体液の組成に近い水分を取り入れた方が、時間的なことも含めてからだの働きを助けることにつながると思う。

    しかし、これはあくまで応急的対応なのであり、本来からだがつくりだす調和に向けたイノチの水とは違う。

     

    経口補水液は、浸透圧もよく考えられており、細胞の栄養補給や老廃物の排出には適していると思う。

    しかし、老廃物は単に体外に出るのではなく、その水分とともに再生に向けた循環もある。

    再生リサイクルの循環まで考えれば、用法要量を守るのを前提として、その上でからだにききわけた摂取の仕方が求められると思う。

     

    また、普段から自然の摂理に基づき、からだと向き合うという事もしておく必要もある。

    自然の摂理に基づいた呼吸や動きを意識することで、汗のかき方、その質も変わってくるし、そうなると暑さ厳しい環境の中でも、補助食品の摂取は必要最小限の量で健康維持に役立てられると思うのです。

  • 処暑の候より・・・2。

    おはようございます。

     

    今年の夏は、体温を上まわる気温が、どこも続出していたようです。

    まだまだ暑く、熱中症や脱水症状には、注意したいものです。

     

    最近、スーパーでも経口補水液が売られているのを見かけるようになりました。

    以前は、病気になった際の特別用途食品として、薬局やドラックストアに置かれていたような気がしたが、それだけ熱中症や脱水症状が身近で、いつ誰がなってもおかしくないといった状況になっているのかもしれない。

     

    何日か前、私も経口補水液を買ってみた。

    そして2、3時間肉体労働をした後、飲んでみた。

    3口くらい飲んでみて、想像してたよりもしょっぱい感じはなく、柑橘系の味もついていて、スポーツドリンクほどサラッとした感じはないが、意外と飲みやすい。

    しばらくすると、「めぐってるなぁ」という感じとともに、身体の重だるい感じは和らぎ、頭もスッキリしてくるのを感じた。

     

    しかし、冷房の効いたところで、あまり汗をかかない状態で飲んでみると、少ししょっぱい感じと何か重い水分を飲んでいるような感じで、飲みづらくなる感じがする。

    後味も先程とは違って余計に暑さを感じたり、何か疲れる感じであまりよろしくない。

     

    やはり、病者用食品と表示されているように、水分や電解質が足りていない状態ならば飲用する意義はあるが、十分に足りている状態ならば、過ぎたるは及ばざるがごとしで、却って良くないのではと感じる。

     

    特定の持病がある人は医療機関と相談の上で、そして誰にでも共通する大事なことは「からだにききわけて」という事であると思うのです。

  • 処暑の候より。

    おはようございます。

     

    東京操体フォーラム実行委員リレーブログ、今週は友松の担当となります。

    どうぞ、宜しくお願い致します。

     

    季節も廻って処暑の候。

    日の出は遅くなり、日の入りは早くなり、朝夕の暗い時間帯は、今までの酷な暑さも和らいだように感じます。

    それでも日中の日射しは強く、まだまだ残暑は厳しい。

     

    一時期の暑さは相当なものでした。

    私の住む県内では、気温41.8度という暑さの日本記録を更新したところもありました。

     

    私も気温40度超えの世界というのを、初めて体感しました。

    暑さで喉や鼻の粘膜がヒリヒリするのは、ある程度予測できました。

    しかし、周りの世界がこんなにも静かになってしまうのかと、驚かされました。

     

    気温40度超えの世界を歩いていると、生きものの気配が消えたようになるのです。

    鳥や虫の鳴き声はおろか、そうした生きものの行動によって揺れ動く草や木の音も無くなってしまう。

    生命活動が伝わってこない静かな世界。

    その静かな世界は寂しい世界でもあります。

     

    最近は、夕方になると虫の鳴き声がうるさい位だし、蚊にも刺されます。

    うるさかったり、痒かったりしますが、みんなが生かされる状況まで、気温が落ち着いてくると何かほっとする感じもします。

     

    まだまだ残暑は厳しく、長引きそうですが、御自愛いただければと思います。

  • 小暑の候より・・・7。

    おはようございます。

     

    暑くなってくれば、冷たいものを摂りたくなってきます。

    それは、それで良いのですが、摂りすぎるとお腹を冷やして体調を崩してしまう。

    やはり、これだけ暑いと、渇きを癒す事が優先されて、あまり味わいのないまま、そのままお腹に入れるような感じになりやすい。

    喉は潤い、すっきりするのだが、いきなり摂り過ぎると、お腹の調子が悪くなってしまったりする。

    お腹も腑の部分ばかりに注意がいきがちだが、中の環境のバランスという事にも、気を配ってみる必要があると思うのです。

     

    この暑い時季に、真逆の冷たいものを摂れるという事は、本来は貴重で有難い事。
    十分に、よく味わいたいものです。

     

    話は変わりますが、先日、ニュースを見ようと朝にテレビをつけたら、日曜日な為か演芸図鑑というのをやっていました。

    これも一興と、白湯をすすりながら見ていて、ゲストで出演していた歌舞伎の尾上右近氏の言われていた言葉に、凄くインパクトを受けました。

    一部を抜粋しますと

    歌舞伎の先輩からの稽古、指導は臓腑の一部をもらい受けるようなもの

    先輩に先立たれても、その内臓は俺の中にあって、ずっと生き続ける

    これは、操体の学びにも、つうじるものがあると感じられるのです。

    創始者、橋本敬三先生から三浦寛先生、そこから私達への系譜。
    操体を学んでいる者として、凄く共感できるものがあると思えるのです。

    一週間のお付き合い、ありがとうございました。
    来週は畠山裕美先生の担当となります。
    どうぞ、おたのしみに。

  • 小暑の候より・・・6。

    おはようございます。

     

    暑くなってくると、朝の比較的涼しい時間帯が貴重に感じられます。

    日中は暑さに耐えながらも、社会生活の喧噪に身を置かなければならない。

    日中、暑さが厳しくなる程、朝、いつものように目が覚めて、トイレに行けて用が足せる事に有難さを感じる。

     

    まだ覚醒していない頭の状態で、用を足していると、からだへの感謝の気持ちが湧いてくる。

    日中、暑さによって、ぐったりしてしまうなかでも、からだは自律に向けた働きをしながら、自分に合わせて行動を共にしてくれていた。

    今朝の便にも、からだが空間と腔間の調和をはかり、目では確認できない天文学的数字の数の小さな生命との調和の痕跡のかたちがある。

    「あ~、今日も御蔭さまで生きている」

     

    まだ半分寝ているような頭の状態だからこそ、余計な思考がまわらず、素のままからだと向き合える。

    夏の朝は、豊かだと想える。