ブログ

  • 操体との出会い

    二日目です。宜しくお願いします。今日は操体との出会いについて書きたいと思います。
    例えば腰が痛くて治療を受けるとき、腰を触らない治療がどのくらいあるのでしょうか?
    私も痛い部位を触って、痛みのある疾患部位を治療していました。
    確かにある程度の治療成績はありましたが、いつも疑問に思っていたことがありました。それは、痛い部位特に急性期の場合は炎症があるといいます。炎症があるといいながら、痛い部位を触ります。触ることで痛みの受容器である皮膚・筋膜・骨膜のポリモーダル受容器などを刺激することになります。痛みの治療といいながら、かえって炎症を長引かせている可能性があるのではと疑問に思い、いろいろな研修会や病院に研修へ行かせていただきましたが解決には至りませんでした。

    ある日、普段では入ることのない東洋医学関連の書店へ何故か導かれるように入りました。そして何故か数ある書籍のなかで三浦先生の操体法入門・手関節からのアプローチに目が行き手にとって見ると、ビックリしました!理学療法の運動学等でも体の重心として学んだのですが、手関節から足関節までの連動がこと細かに記されていたのです。「すごい」の一言でした。早速操体を学ばさせていただこうと連絡させていただいた先が畠山先生であり、畠山先生を通して三浦先生を三軒茶屋ドトールで紹介して頂きました。三浦先生はこのブログで実行委員皆さんが言うように、何ともオーラ漂う・不思議なのですが自分が小さな人間に感じるような、ひと目でわかるほど達人の雰囲気を持っていらっしゃいました。
    この三浦先生と畠山先生との出会いで操体の道に入門し、操体を学びはじめ一言で感想をいうと、操体は生命・人体の道しるべですね。
    操体を学ぶにつれ、解剖学・運動学・生理学など今まで学んだことが一つに繋がるんです。これは明日にでもスポーツ選手の足として書きてみたいと思います。
    ところで私がずっと抱いていた疑問ですが、簡単に解決してしまいました。だって操体では痛い所は触らないし、疾患別の治療はないからです。体全身を診て、動いてもらい、その動きに快適感覚があるのかどうか体に聞き分けてもらい、あれば味わってもらうのです。
    いや〜この快適感覚はすごいですよ!!なぜ気持ちよさの快適感覚を味わうのか、楽ではダメなのか、生理学などを参考に脳の分泌で私なりに整理していきたいと思います。
    ボツにならなければ秋の東京操体フォーラムのVision Sに書きたいと思います。(たぶん)
    操体に出会えたことに感謝です。ありがとうございます。

  • 本能!?

    はじめまして!どんな話しの流れになるかわかりませんが、勢いのままにこの1週間を担当させて頂きます。お付き合い宜しくお願いします。
    めでたく?今月で35歳になります。最近ついに白髪を1本見つけ、自分の体に歴史を感じました。(ショックを感じただけですけど・・・)今現在はで、院長は整形外科医、副院長は内科医というクリニックでリハビリテーション科主任という肩書きを頂き、理学療法士として勤務しています。理学療法士の国家試験を合格し13年が過ぎました。10年も西洋医学にドップリだった私がどうして操体を学ぶようになったのかは明日にしたいと思います。もったいぶるわけではないのですが、今日はかわいい・かわいい娘について書きたいのです。(^o^)親バカですみません。

    今年の4月22日に女の子が誕生しました。名前は「友」(ゆう)です。よ〜く見ると「友」と言う字の中には、「人」という字が隠れていますが、人は一人では生きていけない!だからいろんな人を支えたり支えてもらったりというと少し大きいので、まずは自分の周りの友達ぐらいは支えてあげれるような優しい子に育ってもらいたい・育てたいという願いで名付けました。いや〜!!子供はかわいいですね!!
    自分の子供を可愛くて毎日暇があれば観察しています。生まれてまもなくても誰が教えるでもないのに、快と不快を理解しているんですよね。当たり前なのに操体を学んだことで、すごい感動してしまいました。大人の中には、快を体になかなか素直に聞き分けられない方もいるのに、赤ちゃんは快・不快にとても敏感なんですね。オシメがぬれていると、いや〜な顔をしたり泣いたり、うちの娘はオムツにお○っこをして濡れていると不快そうに泣きます。オムツを変えると気持ちよさそうな顔で今度はう○ちです。お○っことう○ちを同じおむつではしないのです。なのでオムツが何枚あってもたりませんが、これも快適感覚がなせるわざなのでしょうか。
    娘の一番気持ちのよい顔はお風呂に入った時です。また私の今一番の楽しみは、娘と一緒のお風呂に入ることです。本当に気持ちよさそうなんです。お風呂ではまだ一度も泣いたことがありません。気持ちのよい快を味わっているときの顔は本当に可愛いですね。
    快と不快がこの世に誕生して生かされている生命のシグナルなのだなぁと思いました。
    快と不快を聞き分ける感覚に感謝です。ありがとうございます。

  • 枕について 5月31日  

    今週は雨の多い1週間でした。雨に似合う花を撮りました。

    曇り空をみていると、日がなまどろんでいたい気持ちになります。
    ところで、私は眠ることが大好きです。
    布団につけば、のび太のように3秒のうちに寝息を立てています。列車の旅では、景色がのどかになる前に意識を失うので「情緒のないやつだ」と言われます。眠るネコを見ていると眠りに引き込まれます(それは普通か)。

    こんなふうに書くと不眠症の方にはうらやましがられそうですが、そんな私でも、一時不眠だった時期があり、不眠によって2次的、3次的に生じるつらさも経験しています。

    よい睡眠を得るために私が参考にしたのは精神科医の神田橋條治先生の著書と整形外科医の山田朱織先生の著書です。

    神田橋先生は、養生のコツは「気持ちが良い」を信じることだとおっしゃっています。いつでも、「気持ちがいい」という感じをつかんで、それを羅針盤にして進むことが大切だそうです。

    著書「精神科養生のコツ」には、その人その人にあった枕の作り方も載っています。タオルケットを折って巻いていく方法ですが、形や硬さ加減は「首の気持ちいい」ものをつくるといいそうです。

    山田先生は布団と枕の上に寝た状態で、後頭部、背中、臀部がバランスよく沈むような状態になるように寝具を選ぶよう勧めています。

    山田先生の病院には山田朱織枕研究所が併設され、その人にジャストフィットした枕を作ることができます。
    ここで「枕診断士」が計測、診断し、作るというわけです。

    なぜ第3者が診断するかというと、「気持ちが良い枕=自分に合った枕」とは限らないからです。間違った思い込みで枕を選ばないように、第3者が診断、処方するということですね。

    両先生の意見は操体臨床家の目線で見ると大変興味深いです。

    気持ちのよさをききわけていただく時に、「からだが要求している気持ちのよさ」と、からだ以外の要求に従った気持ちのよさ、これらを区別しないで生きることは、大きな差を生むのではないでしょうか。

    枕の選び方を通して、どんな気持ちのよさを選択していただくのか、患者さんとテーマにしていくのは楽しい学びです。腰痛、不眠など、ダイレクトに変化を体感していただくことが多いので、「環」についての話も、深く理解していただく機会になります。
    さて、1週間のおつきあいありがとうございました。
    来週からはリハビリのことはこの人にお任せ!横森さんにバトンタッチです。よろしくお願いします。
    皆さまにしあわせなねむりが訪れますように。
    おやすみなさい。

    森田珠水
    <参考文献>
    「精神科養生のコツ」神田橋條治  岩崎学術出版社 
    「枕革命」山田朱織   講談社+α文庫 

  • あるく2〜夜を愉しむ 5月30日

    家から15分ほどで多摩川の土手があり、時々夜のウォーキングを愉しんでいる。
    土手にのぼると、街灯がなくなりいきなり暗くなる。
    アスファルトの道がぼおっと浮き上がって見える。
    視覚が頼りなくなり、、一気に視覚以外の感覚がはたらきだす。
    この季節に咲く花の香り。
    さかなの跳ねる音。
    湿り気のある風が頬を撫でる感じ。
    どれもこころよい。
    目が見えないことで急に視覚以外の感覚がとぎすまされる。
    目が見える人は、80%以上を視覚で外界を認知して生きている。しかも、通りに出れば求めてもいない過剰な情報が我々を覆いつくし、我々を無駄に消耗させている。

    意識して感覚を統制しなければ、視覚以外の以外の感覚は鈍っていくばかりかもしれない。

    土手の上にのぼり町のネオンが消えた時、私はホッと安堵感を得る。

    今にして思えば、
    余計な気遣いが消え、嗅覚、聴覚、触覚が開放され、この香りが、この音が、肌触りが、
    快いのかそうでないのか、好ましいものを選択し、そうでないものにはNoというそういう自由を与えられたような気がしたのだ。
    目が見えないことで自由になれるなど、考えたことがなかった。

    川べりを更に目をつぶって30歩歩いてみる。
    少し曲がれば川に落ちるかもしれない。

    平衡感覚、風の流れ、草がかすれる音。

    先ほどまでひらひら舞っていたこうもりの姿。今の私には目をつぶると彼らを意識をすることができない。

    でも、彼らはそこにいる。夜の川の流れる上を舞っている。

    今の私が感じられること、感じられること。

    夜歩くことは、昼とは違う楽しみがある。

    森田珠水

  • ネコに学ぶ(続編)5月28日 4日目

    ネコに学ぶ、というか岩合さんに学ぶ、かも知れませんが。昨日の追記として気になったくだりをいくつか。
    ・ネコは「心の余裕」のある人が好きだ。
    ・「ネコが動いちゃったから撮れないんだ」と考えるよりも、
    「自分の動きがこうだったからネコに嫌われたんだ」という判断をしたほうが、はるかに得るものが多いはずだ。

    むむむ、どこかで聞いた話に重なりますね…。
    他にもグッとくることが書いてありましたが、ネタばらしはこの辺にしておきます。

    そしてこんな点に気をつけて今日出会ったネコを撮ってみました。
    成果やいかに!

    同じネコです。
    すました顔より、ヘン顔のほうがその子らしくて個人的に好きです。足がハの字だし…。

    首輪はしていて、ある程度人なれしているのでしょうが、やはり遠くにいるときからずっとこちらの様子を伺っていました。近づいたり離れたり、じらされてみたり。
    うーん、何やってるんでしょうね、私(やっぱり苦笑)。

    これはカルミアというツツジの仲間。変わった形で好き。今の時期の楽しみです。

    森田珠水

  • ねこに学ぶ 5月27日 森田珠水

    昨日は私の路地&ネコ好きという話でした。
    確かに私の携帯にはアホのように猫写真がメモリーされているわけですが、
    「撮らせろ〜」
    「撫でさせろ〜」
    と、ギラギラしているらしく、猫撫で声を出すくらいではいい写真が撮れていません。

    そこで、敬愛する岩合光昭先生の「猫を撮る」をよんでみました。

    猫びより』などで活躍する岩合先生。まず初めての土地に撮影に行く時には、猫の居心地のいい場所を探すのだそうです。
    まずは町全体が見下ろせる高台に登ります。

    なぜなら、
    どこが猫の好きな入り組んだ路地なのか、車があまり通らない道路か、
    どこが日当たりが良い場所なのか、が一目瞭然だからです。
    そして、「猫を探す嗅覚、皮膚感覚を持とう」というアドバイスをいただきました。

    以下、一部引用します。

    猫は気持ちのいい場所を知っています。猫に出会いたければ、「脳みそで考えるのではなく、自分のからだでヒトとしての皮膚感覚を心がけ、自分の居心地がいい場所はどこかと考えてみよう。そうすると、そこに向かってからだが正直に動くことがある。そして、身体感覚を研ぎ澄ませる。匂いが呼び寄せることもある。」
    のだそうです。

    そして、氏は、皮膚感覚を育てる第一歩として、
    「風がどちらから吹くか、空は、気温はどうか、天気予報を見る前に自分の肌で感じてみることが皮膚感覚を育てるトレーニングになる。」
    とのこと。

    猫はずっとそうやって気持ちのよい生き方をしているということなのでしょう。ヒトもネコを追いかけると、健康になるとおっしゃっておりました。
    さらに、猫と出会って、いざ撮影するときには、いきなりがむしゃらにカメラを構えません(そりゃそうですが)。

    ここにもコツがあるようで。

    例えば、猫は人間の子供が苦手。なぜならいきなり激しい動きをするので恐怖を覚えるから。

    だれだってこちらの希望もなしに目を付けられて見張られて触ろうと近づいてきたら大迷惑。人間だったらストーカーです。

    「あなたがネコを見つけるよりも先に、ネコはあなたをしっかり見定めている、と言ったら驚くだろうか。
    (〜中略〜)ネコに限らず動物というのは、まず始めにこのヒトは安全かそうではないかということをしっかりと明確に見ている。

    このヒトは大丈夫、そうネコが判断したときに、あなたの側に近づいてくるし、写真を撮らせてくれる。」
    ということです。
    このネコを患者さんの(アタマじゃなく)からだに置き換えて読んでいただきたい。
    今までの臨床を明日から変えないと!という気分になります。
    え、なりませんか?

    まあまあ。

    もし私が道にはいつくばって野良ネコと戯れている場面に遭遇しても、

    操体臨床の研鑽を積んでいるのだろう」ということで、なまあたたかい目で見守ってやってくださいね。

    写真は近所の公園の半ノラネコ。こちらに興味はあるけど
    ちょっぴり耳が緊張しています。

    参考;岩合光昭「ネコを撮る」 朝日新書

    森田珠水

  • あるく1〜路地裏を往く 5月26日 森田 2日目

    家から仕事場までの距離は、歩いて20分。我が家周辺は、だいたい碁盤の目に舗装された道路が走っていて、その間に小さい路地が沢山あります。

    毎日ではないですが、小一時間、朝の散歩コースなどにして歩いています。手荷物はなるべくなくして。歩く歩く歩く。歩くために歩く。

    三浦先生から教わったように、

    操体としての自然体、重心安定の法則を意識して。道を曲がるためには、どっちのお尻に吐く息を通すんだっけ?
    坂道を登る時の骨盤はなるほど前彎曲だなあ。なんて思いながら。

    なるほどからだという自然法則にかなった歩き方って、「優しい」です。周りの空気に溶け込む感じがするとでもいいましょうか。

    歩行中でも、こうやって自分のからだをチェックし、ひずみがあれば立ち止まってひとりで動診操法を通してみると、その後歩き方がスムーズになるのがわかります。

    おもしろーい。

    その日一日が気持ちよく過ごせるように。運動を面倒くさがる私でも、面白ければ続くもの。

    また、ウォーキングの先生、草階氏の言葉を思い出しつつ、

    かかとで着地し、第1趾に抜けてちゃんと地面をけっているか。お臍はうえに引きあがってるか。坐骨は立てて。目線は目の高さ。腕を後ろに引いて肩甲骨を揺らすように。

    これらも、うまくできないときはやっぱりどこかに歪みがあるということですね。(詳しくは草階文恵「簡単!楽しい!キモチいい!きれいになる操体生活」を参照のこと)

    それらが整えば必要な筋肉も後からついて美しくなれそうだわい。
    うっしっし。
    心の中ではヤスジのようにほくそえんでいます。

    「おおお、結構今美しく歩けてるんじゃないの?」
    「やるじゃないあたし!」
    と自分自身を褒めちぎりながら、表向きはさわやかな笑顔で歩いております(ホントですよ!)。

    それでも最初は両足を自由に使えませんでした。右足首をこねくり回して着地していたようで、しかもかかと重心。そりゃ猫背にもX脚にもなるよな〜。膝も痛かったわけさ。いろんなことに気づきました。

    今では左右どちらの足裏も親指を利かせて歩けます。からだの線も意外と変わる。(あとは毎日やればね!飲みすぎなければね!)

    それまでは自分のからだをどう使ってよいのかわからなかったのです。頭とからだがつながってなかったということでしょうか。

    橋本先生が「一生からだで遊べるぞ」とよくおっしゃっていたそうですが、本当ですね。

    それから、この朝の散歩の楽しみは、路地と花と猫にもあります。

    30年住んだ町なのに、無意識に同じ道ばかり歩いているものです。朝のウォーキングを始めてから、通ったことのない路地がこんなにあるのかと正直驚きました。

    蒲田は住宅街で自然の少ない町だと思っていたけれど、こんなに近所に美しい花や樹を育てている人が生活してる町なんだなと、住んでいる町の見る目が変わりました。

    こうして沢山の道草を食い、行き止まりで元の道に戻ったり、遠回りしながら目的地に向かっていると、「まるで人生のようだ」とベタにしみじみする自分に出会うのもまた面白し、です。

    それから、猫との出会いも楽しみです。
    小さい時から喘息もちで猫を飼うことを禁止されていた私ですが、両親が働きに出ている時はこっそり通い猫をコタツに入れて餌付けしていました。意味ないです。

    今でも散歩中は猫レーダーのスイッチがオンになります。猫だまりを見つけると幸せな気持ちになります。

    明日は路地裏と患者さんの猫について書きます。
    では、このへんで。

    森田珠水

  • 私との対話「希望」5月24日土曜日 午前5:10分 モスバーガーにて。

    いよいよ最終回を迎えました。ブログにアクセスしていただいた皆さんに感謝します。一週間どうもありがとうございました。ブログとは自由日記の書き込みと聞かされていましたが、それはブログを打ち始めて後に知ったことで、内容的には、どうも大づれしてしまったようです。しかし、そのままぶっ飛んでいます。一週間の感想はというと、結構自分の世界のなかで十分たのしませていたヾきましたよ。それも総勢20人バトルのなかで、味あわせていただヾける醍醐味でもありました。
    日曜日から森田さんが担当ですね。 よろしく・・・。

    私との対話「希望」
    「希望」という私の問いかけに、ゲーテ、シュタイナーが、そしてフロイトユングの先人達が答えてくれる。ゲーテは「人は希望を失おうとしない精神をもっている」と答えています。希望とは信念にまさる、ゆるぎのないもので、その信念は不快から生じてくるものではなくて、快という生命の本質にある意志そのものから生み出されてくるものだと、私は思う。
    人は信念を失ったとき、老いて枯れ朽ちるものである。それは加齢を重ねて肉体がおとろえることではない。若さも信念を失ったとき、枯れ朽ちるのである。希望とは信念そのものである。
    信念は希望とともに、若く、朽ちるものではない。
    橋本敬三医師は、自然法則の中に真理があると言います。真理のなかに、生かされし救いの生命観が貫通しているという、それは無極無限の太極の意志であるというのだ。その救いの生命観をさとることによって、人は人として最高の至福を得る、という。それは人としての自由を手にする、ということである。この自由こそ、希望なのである。

    しかし、日常性のなかで、人は自分が抱く思いというものが、いったいどこに繋がっているのかはっきりとしないまま、何処(いずこ)に、これから先繋がっていくのかわからないままなのです。この私の、残された時間も、これから何が私に出来るのか、どうこの生と向かいあおうとしているのか、死後どうなるのか、どこへ行くのか、みんなはっきりしないままです。
    そして、問題が起きてしまうと、大きな直面にぶつかってしまいます。まづ、その問題というのは、病気とか、人生の苦悩とか、苦痛を余儀なくされ、痛みを伴うものという意味で、そうなったら、もう自分一人の胸にしまい込んでおけもせず、自分の手に負えるものでもなくなってしまう訳ですね。しかし、それは何か大きく自分を取り巻く力を感じはじめようとする転機の時が来たのだと思います。もし、不幸にも人生のあきらめと絶望とがやってきた時、人は、あぁ、なぜ自分ばかりがこんな目に遭うの、と思い、自分の不幸を嘆きます。つい希望を失ったと思い、否定的になってしまいます。しかし、有難いことに人は口では何だ、かんだと言ってみても、100%自分を否定しきれる存在ではないってことなんです。
    それは、もう人が生きてやがて死を迎えるという、はっきりとした現実と同じ位にはっきりしていることだと思います。というより、人には否定しきれない自分を感じるからこそ、苦しい思いをするのだということが、本当はわかっている筈ですしね。問題が起きてみてはじめて、この思いに直面して、自分の本音に気づく訳でしょうけど、ところで、自分の本音というものは、きっと自分の意志というものから、大きくはみ出しているものなのかもしれません。もし、強引に否定を強めていくと、自殺か殺人しかありませんし、それが出来なければ、観念的虚無になる、と思います。虚無とは恐ろしさの体験、そのものと思います。ここに否定する事の問題がある訳だと思います。しかし人はやはり大きな力(自分以上の)を感じてる訳です。人がもし、目覚め、自分以上の大きな力、自分の意識を越えた、さらなる力を得ていることにふと気づくのはこの時からじゃないかと思う。

    淋しいと見える否定も、実は激しい自分への肯定を含んでいるのだと思います。本音は希望を見失いたくない!ということなんじゃないかと思うのです。その希望の内容を具体的に規定することは出来ませんけど。
    「もう希望を見失いたくない」というのは私自身への本音です。もし実現の希望が直接的にある訳でなくても、希望という快のランプを見失うことだけはイヤなのです。
    希望というのは、単なる言葉上の概念ではなくて、人と希望との関わりは、つまり、人は希望を実現したいんだと思っていることなんです。人は、また希望に対して実現するというかかわりを望んでいるんですね。

    それは、ゲーテの問いかけにシュタイナーが「人間にはその希望を失おうとしない精神を実現しようとする心の働きがあるのだ」と、答えている。つまり、その心の働きを霊的意識として捉えているのである。

    フロイトは希望について、「人間はセックスをとおして無に帰りたいという根源的な希望を満たしている」というのである。

    しかし私は、このフロイトの考えに反論する。セックスは人間の意識的行動意欲の中で、快感をもたらす最高の行為の一つであることは、間違いのない事実である。しかし、フロイトが云うように、セックスが無に帰りたいという人間の根源的希望を満たすのであろうか。
    私が思うに「人間は無意識に帰りたい」という希望なのでないかと思う。無意識の空間、無意識の世界である。その無意識とは表層意識を越えた潜在意識空間であり、又、それを越えた民俗意識、さらにその意識は宇宙意識、イノチの根源にヒビキをもたらすもの、波動するものがセックスなのだと考える。

    そのフロイトに、反論といおうか、逆の問いかけをするのがユングであった。ユングはこうだ。・・根源的な快の欲求は無に帰りたいと思うことではなく、「まだ実現されていないものへの実現を望む心」なのだと・・・・・。
    つまりもっと高く崇高な心であって、それが希望を失わない精神と云うのだそうである。私はユングの考えに賛成だ。快の欲求は希望なのだ。
    からだにとっても快は大調和のバランスである。それは大生命の意志であって、大生命の生みの親の、親の創造のなかにあるものであって、その創造への設計にミスはないのである。それが救われしこの命の生命観なのである。

    このことは、希望を見失うかどうかに、つながっていることなのです。日常生活のなかで、必ずしも満たされていなくても、また、いつの間にか「快をつむぐ」ことができるのは、希望をもっているからなのだと思います。又、快をつむぐから希望が持てるのかもしれません。
    それは、私にもよくわかりません。この程度のことしか・・・・。いったいどうなっているのかこれからも問いかけていきたいと思います。希望は永遠のテーマですから・・・・。希望はそのままでは、ただのアクセサリー、求めるという行為のなかで枯れ朽ちることなく私の生と共に、その信念の中で育っていくものですから・・。

    希望について、沢山の人がその考えを残しています。ゲーテもシュタイナーも、フロイトユングもそうでしたね。

    私はね、ユングでもゲーテでもいいですけど、私自身の三浦流なのです。それは自分への問いかけなのですから。それは何人といったって希望を得て再々に励ましを得る、自分とめぐりあえたことにまず、感謝しているのです。
    それは誰にでも出来る、ということじゃなくて、物事、事象の本質をとらえようとする素直さやそのひたむきな情熱に私自身目を見はるのですけど、その、ゆるぎのない精神力の強さで、大きな生命力を人に感じさせています。私のように本質の目を持って人を見ると、その人が透けてみえてしまうのかどうか、とにかく私を見ていると、ガラスの中のガラス、そのまた奥のものをちゃんと見ているような視点を感じます。
    きっと私は自分の根源が、その奥にあることをはっきり気づいているからなのでしょうか。それは、私にとって快の領域、いのちの意志のエリアです。その一時、その一瞬にして、未来、そして自分の意志をはるかに越える世界に踏み込んでいるような感じを実感できることもあるのです。

    でも、それは別世界のことというよりも、長い間、ずっと訪ね歩こうとしていた、つまり命の記憶に少しづつたどり着いたような感じのする世界です。まったく違和感のない親しみわく世界観です。そうして、この世界観から私が描けるものをなんとか表現してみたいと思っていました。それが描けることも、わかってきましたし、今私はそのことを実践しているのです。
    まあ、そうだと思いますが、それにしても私自身の厳しさにも私は支えられてもいました。
    その厳しさは優しさでもありましたが、それは私独特のものです。私の美意識であると共に、生命力そのものだと思います。
    表現方法はいろいろあるでしょうが、私に言えそうなことは、人は同じ道を二度と歩まない、というようなことを感じるのです。私を見ていると・・・・。
    でも、それは日常的には違います。外から見ていると、同じ生活リズムのくり返しで、ほとんど同じ道をたどっているように思います。でも、何遍も同じ道を歩いてもいつも初めて来たような感じがします。としたら、まるで赤ン坊のように一日一日が新生です。生き生きと、初めて通る道、そして自分は二度とこの道を戻る事はないであろうという予感・・・。人が本質と向き合い、その本質の道を歩むという人生、実はこれを選ぶことは実際には厳しいです。が、でもそれは快の領域であって、快の深層なのですね。

    あんまり真剣に集中していると、チト疲れました。
    貴方はちゃんと、私と向かいあっていますか
    ものごとへの根源に心を向けていますか
    ステキな自分と向かいあえるように、
    今日も 明日の自分を描き、
    自分に帰っていく一日でありますように。
    そして、自分という自由を手にする一日であり、
    この一瞬は明日の自分を夢みるような
    時であるように・・・・。

    三浦寛

  • 操体に出会って 5月25日(日)。 1日目

    はじめまして、森田珠水と申します。東京都出身、30年来の蒲田っ子です。さそり座O型です。フォーラムではビデオカメラ担当させてもらってます。

    三浦先生、1週間ブログ更新お疲れ様でした。橋本先生との思い出や写真から、風呂屋でのドッキリ体験まで貴重で幅広いお話、ありがとうございました。

    私も負けずに(?)のびのび書くつもりです!みなさま、7日間お付き合いよろしくお願いいたします。

    第1日目の今日は、操体と出会い、治療者として考え方がどう変わったかを書こうとおもいます。

    私は東京大田区操体健康医療研究所(ひとり所長…)、森田珠水鍼灸治療院を開業させていただいております。
    鍼灸治療院といっても、今では操体しかやっておりませんが、そこにいたるまではちょこっと遠回りしました。

    実家は薬局ですが、薬剤師は目指さず、大学は臨床心理系のゼミを専攻しました。しかしカウンセリングで他人を治すことの大変さに圧倒され、版画と額縁の会社に数年勤め、その時バイトに来ていた指圧専門学校の学生さんの影響で再び鍼灸学校へ入学しました。

    もともと直接からだに触れる手技療法に興味があったため、卒業後、指圧中心の鍼灸マッサージ治療院で働きました。主に健康な方々を指圧している分にはそこそこ満足していただけるようでしたが、重篤な疾患の方、高齢者で寝たきり、気質的変化の大きい方を目の前にすると「私が治さなきゃいけないのに治せない」ジレンマがあり、今思うとかなり仕事に対しストレスを感じていました。

    週に2,3回そういう気持ちでお宅に通うのは精神的によろしくないですね。もちろん患者さんにはもっと迷惑です。

    患者さんが治療を受けるのは例えば1週間に1時間として。残りの時間にその人自身がどう生活するのかが健康になるには必要だと思い、リハビリや体操など、楽しく続けられるものがないだろうかと探していました。しかし、三日坊主な私の口から、人様に「筋力をつけるのに1日10回○○をしてください」とはいえません。

    そんな時に「操体道入門」(中川重雄著)を通して操体を知り、橋本哲学に興味を持ち、畠山先生のHPにたどり着いたのです。

    そうです。福田氏、草階氏と同様、私にも2人の師匠がおります。

    私も畠山先生のもとで学んでいるなか、ある時に、三軒茶屋ドトールにて、三浦先生にお会いさせていただいたのでした。私はたしか、恐れ多い心持で何を話したらいいかわからず、ちゃんと目を見て会話できなかったように思います。

    ビビリーで、心弱かった(過去形ですよ)私を叱咤激励&温かい目で見守ってくださった三浦先生、畠山先生に感謝しております。

    こうして第1分析、第2分析、第3分析の臨床とともに、創始者橋本敬三先生の、操体という実践哲学を学ぶ場に到着(?)したのでした。

    で、やっと本題ですが、操体に出会って、臨床を変えて私の中で変わったことは、一言で言うと、人間のからだってすごーい! ってことです(小学生か…)。からだと共にこころも一緒に変わっていく様子を見させていただくとこちらが感動してしまいます。

    小さい時から、治療の空気の中にいたはずなのに、からだという自然(無意識)にはこんな力があったのか!という驚き。これは、筋力の有無、年齢、とは、あまり関係がなく感じられます。

    施術者=治療者だった時には、「自然治癒力」の言葉を何度も口にしていたのに、その力がどんなものか感じられていなかったです。

    みんなちゃんと治る力ってもってるのですよね。当たり前なことなのに…。 気づくのに遠回りしたようです。

    今まで「治してやろう」って思ってた自分が恥ずかしくなりました。自然治癒力を充分に発揮させたいなら、からだにお任せしたらいいじゃないの。今なら、そう言えます。

    そのへんが操体に出会って、意識が変わったところじゃないでしょうか。ほかにももっとありますが、それはこれからおいおい書いていきます。

    春の東京操体フォームが終了してまだ3週間しかたっておりませんが、すでに遠い過去のようです。2日間にわたり、6人の方が「なぜ操体を選んだか」について語ってくださいました。実行委員それぞれの経緯は異なるのに、
    こうして同時期に操体を学ばせていただけているのも、ありがたい橋本先生のお導きでしょうか。

    学ぶということにおいて、今が一番楽しく充実しています。からだという自然法則を学ぶことに感謝できる日が来るなんて予想もしてなかったですよ。

    私自身も元気になって、エネルギーが上がってきてるのがわかります。自分で脈をみても違うのですよ。

     
    うーん、ありがてえ。 ししっ(手鼻)。

    森田珠水(もりたたまみ)

  • 「あんた、もしや オカマさま、オカマさん?でしたの・・・。」

    おはようございます。皆さん、今日も元気ですか?今朝もここ東京はすがすがしい朝を迎えています。天気も上々、あったかです。5月23日金曜日、午前4:50分です。

    私のブログも今日と明日の2回となりました。金、土とブログの内容をグーッと、くだけたものに配慮してみました。きっと、肩の力が抜けて、おかしさがこみ上げてくるもの、も、まざってくるのではないかと思います。では6日目の第6話、今日もブッ飛びます。
    追伸:週末に入ると、朝起きの時間帯が少しづつズレてまース。生身ですから、気力がもちません・・・。明朝、ブログの書き込みが終わったら、一人ビールでカンパイです。1口、2口、なめる程度の、ことです。が・・・。

    「あんた、もしや オカマさま、オカマさん?でしたの・・・。」
    診療所には風呂もシャワーもあるのですが、愛犬?いや愛猫のシモン君が浴室を占領していて使用することができません。飼い猫のシモン君はトラ猫で、アメリカン・ショートヘアと日本種がかかっています。この種のネコちゃんは額にMのマークのまだら毛と、皮膚ガワが日本種と違い、かないブ厚いのです。高い所を好まず平地に住む猫で、ヘビなどの外敵にかまれても軽いケガですむようにブ厚い皮膚ガワで身をつつんでいるのです。

    猫は3歳児程度の知能があるようです。なかなかうちのシモン君も利口で人なつっこく、私の言葉もかなりわかっています。飼い主にはいたづらされてもガブリと歯を立てません。そしておもしろいことに視線をあわせつづけていると、必ずシモンの方から視線をそらせることです。誰れにエサを与えてもらっているのか、つまり飼い主が誰れかを知っているんですね。

    そして、私と二人きりでいる時はすごく甘えてきます。甘ったるい鳴き声にかわり、すりより、さかんにあのザラメ舌で服から露出している皮膚をなめづり、感極まると軽く咬んでみせるのです。私がシモンにカミつくことがあります。カミつくといっても、腹を立てることがあります。それはあたりかまわず吐くことです。一番腹が立つのは、居心地のよいベッドの上や、毛布の上で思い切り、ゲボ、ゲボとやるんですよ。患者用のベッドや毛布の上でやられるんで、何枚もシーツをストックしています。書いている内にも少々腹が立ってきます。
    コイツは、わかっているんです。吐いた途端、私の手の届かぬものの陰でスーッとかくれてしばらく姿をみせません。猫のヤツは意外とケロッと記憶が消えるんですね。知らぬ存ぜぬの顔して、姿を見せ、すりよってくるのです。私の怒りはまだ、おさまっていないとも知らずに・・・このバカ猫が・・・

    私に尻尾をつかまれ、さかさづりの刑に処せられます。しかし、コイツ余りいやがらんのです。さかさづりにされてもおとなしい。きもちよさそうにしているんだ。でも1分間くらいが限度、上体を起こそうとする。そこでさかさづりの刑はおしまい。もう一つ、昼寝をしていると、ベッドに飛び乗り腹の上にタタタと乗っかって私の脇腹の側にスリ寄ってくる。その腹の上に乗っかってくる足のハコビが絶妙で、ドシ、ドシと乗るんじゃなくてポンポンポンと何かはづむような感じなんですネ。人間のからだで言う膝の力をうまい具合に抜くのか、足首の力を抜くのか、まるで伊賀の忍者が水面を走り抜けるような。そういっても、コイツはエサにイジきたなく、よく食べる。腹八分目ということを知らない。食った途端、今食べたことをケロリと忘れてしまっているんじゃないかって・・・。

    そんな訳で、コイツの体重は7キロもある。一年前からダイエット中で、少しは細身になったと思うのだが、新患の患者さんは「なんてデカイネコチャン」と、たまげてしまう。コイツを飼うようになったのは、子猫の時に車道を渡って、車の後輪に腰から下をひかれ、一ヶ月動物病院に入院してました。その獣医さんが、コイツをまたノラチャンにするには可哀想だからといい、里親を捜していたところ、実行委員のメンバーの一人鵜原さんが「三浦先生、飼ってくれないかなァ」と持ちかけられたのでした。そんなコイツなら飼ってもイイかと承諾したのだが、最初自宅で飼うつもりで、家族の同意を求めたが、下の娘は子供の頃から喘息で苦しんだ体質を持ち、成人になっても軽い喘息がでることがある。下の娘も動物が嫌いなわけでもないが、少々腰が引けている。コイツは自宅では飼えないなとサッして三茶で飼うことになった。

    当初は動物が好き、であるということと、飼うこととは大違い、すっかり私が面倒みなければならないことをケロリと忘れている。近頃のコイツは、私に要求することが二つある。一つは「飯を食わせろ」と、いう要求と、「外に出せよ」という要求である。コイツの声色でわかるのだ。そして、コイツは私を親だと思っていることだ。めんこですね(めんことはめんこい可愛いヤツの意)

    すいません、飼い猫の話しで、タイトルのおかまさまの話ですネ。
    そんな訳で浴室をコイツに占領されてしまってシャワーも風呂も使えない。でも、こんなちっぽけな風呂に入るより私は街の銭湯が大好き。三茶には周囲1km範囲に三軒の「せんと」があるんです。一番のお気に入りは水風呂とサウナがある、とある一軒、フォーラム開催時ターミナルビルに雑魚寝した同志と共にかよったあの「せんと」です。番台のオヤジが、ぞろぞろ列をなして入ってくる我々に、目をまんまるくして、このお客さん、みんなあんたのツレ?と聞く。番台のオヤジは私がしょっちゅう利用させていたヾいているので、顔見知りなのだが、私は名前も職業もあかさない。しつこく聞かれるのだが、一切答えたことがない。名前はともかく番台のオヤジは私に興味をしめすのだが、いったい何をなさる人なのか見当がつかぬようだ。「絵描きさん」「執筆でも?」「大学か高校の先生?」挙げ句の果てに「芸能関係の方?」「どっかの親分さんで?」とも。お医者さん?と言われたことは、ない。医者といわれず私はホッとする。なかなか当たらない。それでいいんだ。○○臭くなくて。それが一番、と思っている。

    4,5日前の夕暮れ、この「せんと」の暖簾をくぐる。広々とした水風呂にザブンと入る。ここの水風呂は冷却水で水を冷やし、かなりの冷水である。フォーラムの理事、京都の佐伯さんは、当初膝下までしか入れなかったな。私が平気で何分もつかっているのに、目玉をまんまるくして、驚いている。理事兼実行委員長の岡村君は決して近づこうとしない。

    水風呂に数分つかった後に温水浴で、十分からだをほぐす。これを3回ほど繰り返し、からだを洗って、又水風呂と湯風呂を往復して、出る。浴衣室で服を着ていると、私のそばでやはり同じように服を着ている人の下肢が目に入った。ところがですよ、その人、ピンクのパンティーをはくところを目撃しちゃったんですよ。ウン?????なんでピンクのパンティーはくんだ、そしてやはりピンク色のブラジャーを胸にあてている。ウン????いったいどんなことが。ワシは女湯と間違えたのかと、イヤ、そんなことはない。入浴中の人達は全員立派なオ○ン○ンをぶらさげていた。この人、立派なイチモツもついていたし。と、胸をみると2つのオッパイ、女性のオッパイがついているのニャ、ではないか。

    ひょっとして、あんた、オカマさんでしたの?

    たまげた。初めてですよ。オッパイがついてオ○ン○ンをぶらさげた、オカマさんの生々しい全裸をみせていただいたのは・・・。生々しい、その裸体にふきだすおかしさを、ドーンととおりこして「あ」です。つまりア然としてしまいました・・・・です。私はとんでもないものをみてしまいました。足のツメには真っ赤の、なんていったっけ、アイシャドーじゃなくて、そうそうマニキュアでした(あせってしまいす〜ゥ)マニキュアで染めて、手の爪も真っ赤なマニキュアでした。髪は肩までのびて女風。両耳にピアス。指にはなんとなく輝くヒスイのようなルビーの指輪。まったく身振りからだつきは女性になってますネ。相当女性歴長そうでした。どうみても60歳はいってましたよ。どうせならピチピチの若いオカマさんのらたいがみたかったねェー。

    いやはや、ドッキリ昇天するところでした。又、思い出して?もしかして、女性だった彼女が男性に性転換したのかも知れませんね。顔をみても、中性的で、男性なのか女性なのか、判断できませんでしたが、年齢からみて、その当時性転換手術そのものがそこまで進歩していたのかしらん・・・
    やっぱり男性でしょうか

    ハイ、そんなところで6日目のブログはおしまいです。

    三浦寛