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  • 大人の学習意欲は育てるのが大変?

    ちょっと昔のフォーラムテーマに“タッチ”というのがありましたので、(あだち充先生とは関係ないのであしからず。)
    きょうはそれを・・題材にさせて頂きまして、私も臨床のことを?

    <触れる〜Touch~その美しき交わり>

    どんなに機械が素晴らしい出来栄えであっても、それが大自然の創ったものを越えることはないだろう。

    例えば内視鏡では、トンボの目つまり複眼を模してスコープに反映させている。
    様々な角度方向から消化器系の内部を観察することができるから、微細な炎症やポリープ、様々な病理変化を見逃さぬように日々進化している技術らしいのですが・・・その元になっている、昆虫の複眼のレベルと精度はその比ではなく完璧と言える形状なそうです。

    だから素早く動くハエなどを捕まえることができるのですね。
    しかも、自ら飛んでいるという条件を満たした上ですから考えてみれば凄いことなのです。

    私もよくハエを手で掴めるように体の使い方を工夫するのですが、難しい!
    せいぜい子どもと一緒に蝉を取りに行って、網を使わないで樹にとまっている状態で捕まえる位しかできません。(それでも子供には褒められるのですが・・・)
    身体の使い方を学習していくことで、いつかはハエを掴んでやります!
    なぜかって?それはですネ、殺虫スプレーや蠅叩きだと殺してしまうじゃないですか。

    それに、わざわざ人に寄ってたかってくるあの鬱陶しいハエが不思議なのです。
    だって自ら危険を冒すようなことをどうしてわざわざするのでしょう?
    きっとヤジウマ根性が旺盛なんじゃないのかな?・・ということは、僕に足りないものをもっているなんて強引な結びつけでしょうか。

    橋本敬三先生も、カラスは凄いヤジウマ根性を持っているといっておりますから。
    ヤジウマ根性は見習いながら、ずるいヤジウマになりなさいとお話していますネ。

    カラスと言えば、あの学習能力、特に記憶力は素晴らしい!
    私の患者さんから聞いたのですが、人の顔を記憶するらしいのです。

    例えば、高い場所や木の上に巣を作るのですが、その下を通る人を警戒しているようです。
    その巣に危険を感じる時には“人の頭”を狙ってあの大きなくちばしで突っ込んで来て威嚇します。
    その危険を感じさせた人が巣の近くにまた来ると、必ず顔を覚えていて襲ってくるのだそうです。(庭木の手入れをする方はご存じでしょう?)
    だから、いたずらはしないほうがいいですネ。
    聞いた話では後ろから襲われてしまい、頭頂部をつつかれてしまった方がいましたが、何ともびっくりです。(血が出てくるほど痛いらしいですよ!)
    命がけで残すべきものを守ろうとしている姿と考えれば見習いたいものです。

    普段ゴミを漁っていて、ビニールの中から食品を見極めて狙いすまして突っついて取り出す能力でさえ、世にあふれかえる雑多な情報の中にあって本当に必要なモノを見極めて自分のものにする努力と考えればなんだか・・・カラス先生!と呼びたくなりませんか?

    人のからだのなかでは、どの部分に情報を敏感に感知するセンサーが授かっているのでしょうか?
    昆虫の触角みたいに、様々な情報を取り入れるだけでなく見極めるのに必要な便利な部位。

    眼・鼻・口(舌含む)・耳・それぞれの感覚器は全て脳が関与しています。
    すべて必要ですし、敏感にすることも鈍感にすることもできます。
    その中で最も大きな感覚器とも言える、外界と内界を分けている皮膚はその姿から信じられないほどの高性能を発揮するのです。

    そして話は急に変わりますが、手を見てほしいのです。
    その掌(たなごころ)の先端には指がありますが、皆様!自分の指をまじまじと観察したことはありますか?

    最近はわざと手術で指紋を消してしまう方もおりますが、そんなことは絶対にやらないほうが良いです。(もちろん好き好んでしているわけではありませんね。)

    指の先端にある指紋、そして爪の役割の完璧さは、嗚呼どうしてこのような形状を創りたもうたのでしょうと神に感謝せずにはおれません。

    まず爪がなくては力が入りません、指先に力が入り何かをしっかりと押さえたりできるのは、爪があってこそです。

    指先の感覚の鋭敏さは、脳つまり大脳の中心溝の目に位置する運動野、中心溝の後ろに位置する感覚野の中に占める割合が他に比べて突出しています。
    つまり指先を動かす細やかさも、指先から受け取ることが出来得る感受性も大きいのです。
    その感受性たるやどんなセンサーでも敵わないのです。
    人が細かな作業ができる理由は、体のどこよりも機能的であり、優秀である指先あってのものなのです。

    指紋に至っては、その模様たるや超芸術的です!
    同じものを作れと言っても無理でしょう。(だから最近は銀行の認証に使いますよね)
    必ず、一人ひとりの形が全て異なっていますよね。(弓型・渦巻き型・混合型)
    どんなタイヤのグリップパターンより繊細なその溝によって、何かをつまむ時に滑らないようにする他に、形はどうか?どのような感触なのか?硬さ柔らかさ等がすぐに分かってしまうのですから。

    子供の成長段階においても、まだ乳児の頃には目が見えませんから、何でも舌に入れてから形を判断するわけですが、次に手で持って感触や硬さを照らし合わせていくからこそ、大きくなってから目で見たもののイメージが出来るのです。
    つまり学習の結果によるということなんです。

    学習と言えば、このような話があります。
    ある耳の聞こえない老夫婦が(聾学校で知り合って結婚)、人口蝸牛(蝸牛とは、耳の中にある器官で中の液体が震えることで音を感じ取ります)を夫婦揃って手術したのです。

    手術する前は、「あなたの声はどんな声なのかしら?」、「音楽も聴けるのね!」とそれは素晴らしい世界なのでしょうね!と、楽しみにしておりました。

    しかし、現実に人口蝸牛スイッチを入れて外の世界の“音”を初めて聞いた夫婦は・・・、
    すぐにスイッチをオフにしてしまったのです。
    なぜならば、小さい頃から学習することで、人は必要な音を拾い不必要な音は小さくしたり聞こえなくしているのですが、学習されていない老夫婦は、世の中に溢れかえる音の洪水に耐えきれなかったのです。(でも自然の中では、虫の音や鳥の声、川のせせらぎ・風のそよぐ音を楽しむことができるのですから、環境次第ですね。)

    同様の事として考えてみると・・・。
    操体の臨床を見せて頂く機会にも、その姿をどのように捉えているのか?
    シンプルなものこそ、見た目の違いが分かりにくいものなのです。
    こんなの簡単そうだなァ使ってみよう!ちょっと勉強したらすぐに出来そうだぞ!等。

    簡単そうに見えても、そのように見えるのは自分の学習レベルが低いのかもしれない!と。
    全く以前と同じ事をしているように見えても“そう見えているだけで”まったく違う!と。

    操体の臨床は派手にはなりませんから、そういった気づきがなければいけないのです。
    なぜならば、“感覚を聞き分ける”それが大事なことであって、“気持ちよさのレベル”
    というものが、“本当にからだの要求に叶っているのか?”
    それを謙虚に受け止めて、からだに聞き分けなくてはいけないのですから。

    とちょっと強引に結びつけたところで、気がつきました!
    ああ〜今日は私の臨床を書かせて頂こうと思っていたんだった〜・・・。
    なぜか?気づくとこんな感じになっておりました(普通はもっと早く気が付くよ!)

    まあこんな感じの毎日が私の学びです。
    そして良いとか悪いは無いのです。

    それでも間に合っていればいいのですから。
    但し、これは自己弁護に使っては勿体ないお言葉なのでは?とおもいますね。

    そうだ!学ぶことを続けようと思われた方々に朗報です!

    秋に東京操体フォーラムが11月2日に開催されます。
    テーマは「操体臨床の世界、その診断(問いかけ)と操法」です。
    もう秋の行楽シーズンにぴったりじゃないですか〜!

    ああ良かった!ようやくブログらしくなりました(本当か?)
    では本日はここまでとさせて頂きます。
    皆様、ありがとうございました。

    岡村 郁生

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  • 好きな歌は”世界で一つだけの花”

    自分の世界には自分がいないことがあります。

    私という人間はどんな人間なのでしょうか?という問いにいつも考え続けています。

    未知なるものは深遠なる世界に通じていて、その世界には私という個人が存在している理由があるのでしょうか?

    例えば私の小さな時に、こんなことがよくありました。

    ある時期から母親と弟と別れ、父親と祖母の三人暮らしだったのですが、この時の私は
    意地悪なところがあり(今も勿論ありますが)、わざわざ人が嫌がることを見越して、計算した上でよくいたずらをしました。
    (何か頼まれた時にわざとノンビリ行って心配させたり、知っていてもわからないフリをしたり、天邪鬼なことを選んでするのです)

    すると祖母がむきになって叱るわけです。それが楽しいのです。
    (今になって考えると、当時の自分の“環境”に対するストレス解消だったのでしょうか。)
    そんな私の心を知っていたのかどうかはわかりませんが、祖母は何回もその度に本気で叱るのです。
    そうです!何回も、何回でもずっと高校2年生まで最後まで、叱ってくれたのです。
    結局、亡くなるまで私は叱ってもらえました。

    もし祖母と暮らすことがなければ、私は誤った道を堂々と歩んでいたでしょうし、今の私は存在していません。

    愛とはかくも有難く、これほどまでに強く、貫き信じ抜けるのでしょうか。

    あきらめることがない愛を頂いた私は、本当に恵まれた環境に在ったのですね。

    愛の中で尊きもの、下品なものがあります。

    無条件の愛と、何かと条件をつける愛です。

    欲の愛は仏教で渇愛と言いますが、求めれば求めるほどに果てしなく、永遠に尽きることなく要求が続いていく愛です。
    そこには満足というものがなく、あっても一時的な満足でしかなく、満たされません。
    望むほどに足りなくなっていく無間地獄のようです。
    そしてこの愛には自分しか存在しないのです。寂しい愛です。

    “自分のまわりに無限に存在している愛に気がつくこと”が大事なのではないでしょうか。

    “生きているんだ”と考えているのと、“生かされているのだ”と考えること。

    私がイタズラすると決まって祖母が言う台詞がありました。
    「誰も見てなくたって誰かが影で見ているんだよ!良いことも悪いこともみんな見られてるんだよ、そら使ってるとそのうち罰が当たるよ!」(そら使うというのは、静岡弁でいいかげんなことをしているといった意味です)

    そしてな・ぜ・か?よく起こったのです。
    例えば、足の小指の先がちゃぶ台の足に思いっきりぶつかったり、開いていた扉の角に気が付かなくて思いっきり頭をぶつけたり、鞄に入れたはずの物が無くなったり・・・。

    すると決まって言われるのです。
    「ほうら、見てごらん!言わんこっちゃない、罰が当たったんだよ」と。

    これは偶然なのでしょうか?
    よくわかりませんから、なんだか無性に腹が立ったのですが、それに続けて悔しいからといって、その辺にあるものにあたくれると、更に怪我をしてしまいます。(学習能力なし?)

    自分でまいたタネは、必ず自分で刈り取らなければいけません。

    どうせならば、しっかり良いタネを蒔きましょう!
    収穫に至るまで、コツコツと良い土壌になるように耕しましょう!
    毎日、分け隔てすることなく昇ってくれる太陽に感謝しながら過ごしましょう!
    雨の日も風の日も雪の日も昇っていますが、見えないだけです。信じ続けましょう!
    やがて来る、充実した日々の結果に応じて頂くことのできるご褒美に向けて。

    私ですか?お蔭様で元気です。おばあちゃん。ありがとうございます。
    操体”この道に歩ませていただいて本当に、本当にありがとうね。
    今はね、この世界において本当に素晴らしき環境を与えて頂いていますよ、いつもありがとうね。皆様に宜しくお伝え下さいね。

    う〜ん何なのでしょう?こんなブログでいいのかしら?(またまた御免なさ〜い)
    明日はしっかりと臨床日記にしましょうと考えていたのに、何故?(ホワイ)
    懲りずにまた明日お会いいたしましょうネ。

    それでは今日ブログを訪れていただきましてありがとうございました。

    (故石ノ森章太郎先生の作品の中でも大好きなキカイダーより)
    私の良心回路(=ジェミニィ)が、ギルが奏でる笛の音で操られそうな時は(スイッチオン!ワン・ツースリー) 〜意識をチェーンジ!〜

    この使い方は1番から始めますが、1が終わってから2にへと進む
    ようにしていますが、御自由にどうぞ。

    (慈悲の瞑想)

    1、私(が・の・に)〜    
    2、私の親しい人々が〜  
    3、生きとし生けるものが〜 
    4、私の嫌いな人々が〜   
    5、私を嫌っている人々も〜

    1〜5、幸せになりますように
    1〜5、悩み苦しみがなくなりますように
    1〜5、願い事がかなえられますように
    1〜5、悟りの光があらわれますように

    生きとし生けるものが 幸せでありますように(数回繰り返し)
                   

    ちなみに私は宗教家ではありませんし、何かの宗教にも所属していません。
    が、こんなことを考えているのが“自分”なのです。
    (一部です、恥部もあります)

    今日はこんなところで失礼いたします。
    明日は明日の風が吹く〜。
    千の風になって吹いてくるのですね)

    岡村 郁生

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  • いろんな学び方がありますが・・・

    呼ばれて飛び出てジャジャジャジャ〜ン!
    ご主人サマ、何の御用でごじゃるか?

    OOちゃん「今週一週間、ブログ担当を頼みますわよ〜」

    というわけで。帰ってきた茅ケ崎のヒヨッコ龍こと?岡村郁生が担当いたします。

    どうか優しい目で・・お見守り下さいネ。(あっそちらの方はもう冷たい目で見てる!)

    そして一日目のお話は?ででゃ〜出ました!某?信長の野望からヒントを得たので始まり始まり〜。(優しい目でネ!)

    <なせば成る なさねば成らぬ何事も 成さぬはひとのなさぬなりけり>

    とは250年ほど前に米沢藩主であった上杉鷹山公が詠んだものです。

    (恥ずかしながら、上杉謙信公が詠んだものと思っておりました)

    鷹山公は9歳で日向の高鍋藩(今の宮崎県)から東北の米沢の上杉藩(今の山形県)に、養子として遠路はるばる移動した後、17歳で藩主となったのです。

    昔は元服も早かったのですが、小学3年生で養子になって高校2年生で藩主とは・・・(伊代ちゃんも16で歌手になったけど?)

    当時の上杉藩は、始祖である謙信公の時代にあった数百万石の領地が関ヶ原の戦いに敗戦したこと等で十五万石まで減らされてしまったのですが、家来の数はそのままであったことや、東北の大飢饉などが重なってしまい藩の財政はどん底だったのです。

    そこからが!鷹山公の素晴らしいところでした。

    政策として自らが規範となり、家臣・領民が一丸となって倹約令、つまり「もったいない運動」を行い、今で言う少子化対策も行いながら教育施設“明倫堂”をつくり、基本となる農業の振興に努めていくことでその危機を乗り越えたのです。

    一つのことをなし遂げよう!とすれば、必ず何かを排除しなくてはなりません。
    何が今の自分にとって重要であり、また不必要なのか?
    結果を見越した上で判断することで、一時的な快楽に走ることなく
    本質をとらえる努力を惜しまずに、常に考え続けたいものですネ。

    このような成功例は世界に知られることになり、あのアメリカのケネディ大統領も「上杉鷹山公は、日本で一番尊敬できる政治家だ!」とコメントしています。

    私は後半の“成さぬは人のなさぬなりけり”がツボになりますネ。
    成功・実現に必要なことは、必ずやり遂げてみせるという意志であり、想いを強く持ち続けてはっきりしたイメージを描き続けることにあります。

    「やってみなくちゃわかんないんだから、やってみろ!」という橋本敬三先生の言葉にあるように、せっかくのチャンスを自分のモノにできるかどうかは全て自己責任なのです。

    「へえ〜ほ〜う、なるほどね〜」と思ったとしても、実際に自分のものにするためには、その場で感じたことを、実際に自分の身をもって体感することが一番です。

    思っているだけでなく行動に移すこと。絵にかいた餅を眺めているのではなくて、実際にもち米から蒸かして突くことで粘りが出て、手に感触が伝わり、おいしそうな艶が加わり、
    食べてみることで至福の瞬間が訪れるのです。

    行動を起こすヒントは世の自己啓発にたいする様々な本にお任せしますが、実際に行うべきことは、皆内容は同じであるように思います。

    この世の中に、自分と言う存在が成り立つ道がある。
    生かされている意味がある。大いなる意志がある。

    魂の成長を伴う目的意識の上にできる限り、自分を乗せていくこと。
    実感することができる現象の素晴らしさを大いに楽しみ、美しいものを美しいと見て、聞いて、見て、味わって、感じられる喜び。
    そこには感動があり、魂の揺さぶりを実感できることがあります。

    そしてある時には・・・共感すること、一体化すること、自分(エゴ)を消していくこと。

    操体は自然の法則の応用貢献であり、その現象には原理・摂理があって成り立つのです。
    ですから学ぶという事は、魂が喜びに震えるようなものではないでしょうか。

    目的を見失わずに生きていきましょう!そこにどんな困難があったとしても乗り越えるために困難はあるはずなのですから。

    話を元に戻しますが、上杉鷹山公は養子です。
    始祖の上杉謙信公は、自らを毘沙門天の加護にあり続けることで有名ですが、非常に義を重んじた武将でありました。
    仏教における自戒、その五戒の中の殺生しないことは戦国の世にあって守ることは無理であり、お酒に目がない(大好きだったようです)のは、やはり非常にストレスが加わっていたことも関連していたこともあるのでしょうね、ですからせめて女性との交わりを絶ち、一生独身を通し続けることを毘沙門天に誓いを立てていたそうです。

    ここでブレイク!ちょっとした戦国エピソードを。
    「敵に塩を送る」という有名な言葉は武田信玄の家臣であり、美男(イケメン?)で有名な高坂昌信(弾正)が川中島の戦いの後、戦場に残るおける累々とした屍を集めて、敵味方の区別なしに!手厚く葬ってあげた後で、塚を建て鎮魂したのです。

    それを聞いていた上杉謙信公は深く感激して、駿河(我が故郷、静岡県)の今川義元とのイザコザにあって内陸地の武田家が塩不足に悩んでいると聞き、
    「我信玄と戦うも、それは弓矢であり、魚塩にあらず」といい塩を送ったということです。

    それほどまでに“義”を大事にした謙信公だからこそ、武田信玄公が病に倒れし時、息子である勝頼に「自分が死んだあとは“上杉謙信”を頼れ」と言い残したのでしょうね。

    確かに、数千人数万人という死者を出すような四百数十年前の時代においてのお話ですが、
    現在においても、人を思いやるという正しい道には間違いなどない筈ですしネ。

    (歴史に興味がない方には?じゃないの〜と言われちゃった)

    さあ!果てしなく続く旅の途中に出会う事ができた同志の皆様、一時的な快楽に溺れることなく、一緒に羽ばたきましょう!そこに操体という翼を身に着けて。

    (ムゥ・・なんだかウンチクっぽいですが、ご勘弁下さい!)

    岡村 郁生

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  • 将棋?

    通勤電車中、JR山手線の吊革につかまって本を読んでいたら、前に座って将棋の本を熱心にながめていた男の子が、突然立ち上がって私に席を譲ってくれようとしている、一瞬何が起こっているのか把握できずに戸惑っている私がいました。ーーーーなにしろ初体験でしたのでーーーーありがとう!とてもいい子でした。

    唐突ですが、私は、羽生善治という棋士がなぜか好きです。将棋はほとんどわかりません。しかし、彼の話、彼のことについて書かれた本を読んでいると、とても心地よいのです。
    以下は、保坂和志著 「羽生(最善手を見つけ出す思考法)」 光文社知恵の森文庫 からの抜粋です。少し長くなりますがお付き合いください。
    将棋は日本固有のゲームである、という言い方はマイナスなんだと羽生は気がついた。
    ではどうすれば、将棋環境の保護を解き、将棋を開くことができるか?羽生が見つけた答は、将棋が他のジャンルと同等の、きちんと考え、論ずるに値するゲーム=ジャンルなんだという了解を作り出すということだった。
    人は将棋を指しているのではなくて将棋に指されている。一局の将棋とは、その将棋がある時点から固有に持った運動や法則の実現として存在するのであって、棋士の工夫とはそういった運動や法則を素直に実現させるものでなければならないし、そのような指し方に近い指し方のできたものが勝つはずだ。
    将棋というゲームの奥行き、広がりは、個人の人生よりもはるかに大きい。したがって棋士は棋風という個人のスタイルを持つのではなくて、スタイルを乗り越えて、持てるものすべてを投入して、将棋の法則を見つけだそうとする必要がある。そのとき、これまで常識とされてきたすべてのことが再検討の対象となる。羽生善治の将棋が、将棋の常識をただ身につけていくのではなく、自分なりの言葉で丁寧に考え直す作業を通じて熟成していったものなのだということが理解されると思う。

    羽生は自分から大局観という言葉を使わない。・・・・また大局観という将棋言葉から離れて、自分なりの言葉で〈形〉と言ったり〈流れ〉と言ったりする。〈形〉と言っても〈流れ〉と言っても、人にじゅうぶん伝わるわけではないが、それでも羽生にとっての゛大局観゛の構成要素がなんなのか、少しは゛言語化゛される。「少し」ではあっても、大局観という言葉をそのまま使いつづけることと、構成要素を別の言葉に置き換えることとには、態度として大きな差がある。それは羽生が、自戦記で対局中に考えていたことをかなり率直に書いたり、感想戦でも惜しげもなく自分の読み筋を披瀝することとも共通する。そういうことすべてを通じて、羽生は自分の将棋観を人と共有し、将棋に関して言語化されていない部分を減らしていこうとしているのだと思う。

    長々と引用しましたが、我らが師、三浦先生と通ずるところがあるとおもわれませんか?!フォーラムに、講習に参加したことがない方、ぜひ一度いらしてみてください。惜しげもなく、すべてを披瀝してくださる師がきっといらっしゃるはずです。

    つたない文章にお付き合いいただきありがとうございました。次は岡村さんです。お楽しみに!

    鵜原 増満

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  • ある老夫婦の話

    若者からみると不思議な不思議な老夫婦・明治末生まれと大正始め生まれのカップル・のお話です。
    先日明治生まれの夫が99才で大往生をとげ亡くなりました。ある日突然トイレで立てなくなり、それから寝込んで約一ヶ月自宅でひっそり息をひきとったそうです。夫は大変健康な人で医者に罹ったことがありませんでした。亡くなった時お骨は99才とは思えない若々しさ、喉仏は稀にみる高貴なお姿だったそうです。晩年は、新聞を読み散歩をし、妻の作った食事をし、という毎日を過ごしていました。
    二人はお互いの裸を見たことがない、手をつないだことがない、勿論キスなんてもってのほかと、妻が少々恥かみながら話してくれました。夫は万年青年!腰の低い学者、俗世間を超越して生きて来た方という印象でした。稲の研究者だったそうです。余程の家族の理解がないと出来ないであろうストレスのない生活と思われます。
    そんな生き方をしてきた夫ですから家計は火の車、妻が頑張るより仕方なかったのです。妻は病気であろうと気分が悪かろうとやむを得ず夫の要求を満たして生活してきたのでしょう。妻にしてみれば辛い時も多々あったと思います。が、夫に鍛えられたお陰で、重い荷物を持って腰が砕けてしまいほとんど寝たきりの生活を強いられた時でも彼女は、自力でトイレへ行っていました。そんなほとんど寝たきり状態の時妻は、辛さのあまり嫁を非難することもありました。その頃の妻の口癖は「感謝はしてますよ。感謝はしてますけれど・・・」でした。一年経ち、自力であるけるようになって彼女の言葉が変わりました。心からの感謝が伝わってくるようになりました。
    この夫婦に5人の子供がいました。長男が、6才の時疎開で親元から離れ、戻って来たときには人が変わっていたのだそうです。彼は元に戻れないぐらい病んで帰ってきたのでした。一生親を赦せなかったのでしょう、死ぬまで親を恨みお父さんお母さんと呼べなかったといいます。大人になって飲んだくれになり50代なかばで死ぬまで夫婦二人で面倒をみたそうです。昨年の8月の長男の13回忌まで生きていなければと寝ながら念じていた妻。それも果たし、夫も見送り、今はなにを想って生きているのでしょう?
    また素敵な明治生まれの男性が一人いなくなりました。

    鵜原 増満

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  • シモン君の話

    微笑ましい福岡の秋穂さんのご家族、お二人目のベベちゃんも無事生まれ育ちますよう!今週は梅雨の東京から鵜原が担当いたします。

    今日は三浦先生が可愛がってくださっている猫のシモン君のお話をしようと思います。

    シモンは、横浜の自然が沢山残っている保土ヶ谷区というところで生まれました。シモンのお母さんは、彼らを生んだ時子供のような小さい猫でした。きっと初めての出産だったのでしょう。
    時々、餌をねだりに来る小さな野良猫、しかしカリカリの餌を出しても食べようとしません。缶詰の大きな塊を出してみたら、大きな口をあけくわえてすぐどこかへ行ってしまいます。そしてしばらくするとまたやってくるのです。
    少し馴れてきてからわかったのですが、4匹のお母さんだったのです。そのうちの一匹が後のシモン、一番の甘えん坊でした。
    自然が多いわりには車の往来のはげしいところでした。民家はあまりありませんがゴルフコースありテニスコートありというところだったのです。ある日の早朝シモンは道路を横断しそこなって車にはねられてしまいました。どうやら下半身をやられたようです。なにしろ生粋の野良猫ちゃんだったので人間には捕まりません。近くのクラブハウスへ逃げ込みました。やっとのことで捕まえ動物病院の先生のところへ連れて行くことができました。お金があまりないのでなんとかよろしくと先生に頼み込み、テニス仲間からカンパしてもらい1ヶ月入院しました。
    いよいよ退院出来る日がやってきました。シモンは1ヶ月の間にからだも大きくなりすっかり飼い猫に変身していました。後遺症がでるかもしれないとの先生のお話でした。これからどうしたらいいのだろうか、悩みに悩みました。
    思い切って三浦先生相談申し上げたら、しぶしぶというか無理やりというか、引き受けてくださったのです。本当に感謝、感謝です。後遺症も出ていないようです。三浦先生のおかげです。シモン、いい人にもらわれて良かったね!
    シモンの兄弟は皆交通事故で死んでしまいました。お母さんも姿を見せなくなりました!!!シモン、みんなの分までしあわせに生きてください。

    鵜原 増満

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  • 水の力

    福岡は現在大雨・洪水警報発令中です。部屋の湿度計を見てみると軽く80パーセントを超えていました。軽く岩盤浴にでも入っている気分だ。そういえば「からだの70%は水で出来ています。」と以前ポカリ○ウェットのコマーシャルで観た気がする。実際に フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』で調べてみると分子レベルで見ればタンパク質・アミノ酸・糖・ホルモン・コレステロール・ビタミンなど。また、デオキシリボ核酸(DNA)も細胞ひとつひとつに格納されている。そのうち水は体重の70%とされる。となっているので間違いないのであろう。とにかく水が我々のからだにとっていかに大切かということなのであるが、今日はこの水にもどうやら強い水と弱い水があるという話である。前回のフォーラムのとき釣りキチ中谷実行委員に「秋穂さんホントにうらやましい九州に住んでいるなんて・・・」と妙に神妙な面持ちで語りかけてきた。なんでだろうとよくよく話を聞いてみるとどうやら九州には中谷実行委員の獲物の雷魚という魚が生息しているようで彼に取っては大層魅力的な土地なのだそうだ。僕は釣りは小学生の頃にやったザリガニ釣りとカエル釣りくらいしかやった事がなく雷魚についての知識は皆無なのでその価値は理解出来ないのだが釣り好きの患者さんに話を聞いてみると確かに九州の一部の池や川には1メートルを超える雷魚が生息しているという事である。しかし、そんなお化け雷魚がつれる釣り場もどんどん減少しているそうだ。宅地造成や湖岸工事やらで自然な河川が減ってしまい。魚が住める環境がなくなっているのである。雷魚の住処として自然な隠れ家があり、えさになる小動物がいて、何よりも水が強くないといけないのだそうだ。水が強いというのも聞き慣れない言葉なのだが、強い水は自然に食物連鎖が起こり生態系が安定してる水のことらしい。以前スポーツフィッシングの愛好者がブラックバスをアメリカから持ち込み異常繁殖し元々日本にいた魚達が激減していると話題になっていたが、これもどうやらブラックバスの影響というよりは水の力が落ちて生存力の弱い在来種の方が減ってしまい、生存力の強いブラックバスが残ってしまったということなのだそうだ。うちの近所の公園にも大きな人工の池があるのだが、ここも人工というだけ有ってとてもきれいに整備され景観は素晴らしいのだが、残念な事に生命の息吹というものが感じられない。子供の頃に実家の近所の池にじゃぶじゃぶと入り込んでザリガニを捕まえていたときの水の感触とは明らかに違う。決してきれいな水とは言えなかったが、からだに纏わりつくような生きた水の感覚が確かに存在していた。ここ2〜30年の間に人間にとって住みやすい環境を作るためにどんどん自然の生態系を崩していると言う事になる。しかし考えてみるとこの自然の生態系の中には勿論私たち人間も含まれているのだから、いつかその報いを受ける事もあるのかもしれない。少し話が変わるが最近いろいろな水を売り込まれる。NASAが開発した純水から酸素濃度10倍の水、水素が入ってからだの活性酸素を除去する水。確かに完全に濾過されてきれいな水である事に疑いの余地はない。水は水だけにクリアーで味も素っ気もないのだが、どうやらからだに良い水なのだそうだ。それらの水とは全く趣が異なる水だが良く僕が水を汲みに行く井戸がある。知恵の水というなんともありがたいネーミングがわかりやすくて気に入っている。地域の方々から信仰され大切にされている所なのでその周辺の空気感もとても気持ちがいい。水自体は加工も何もしていない湧き水なので酸素が10倍も含まれているはずはないがとても水の強さを感じる。気持ちの良い環境で自分の手で汲んだ水を飲むという行為じたいが水に付加価値をつけているのかもしれないけど、これはこれで操体的で気に入っている。ここ最近、地球温暖化防止やら環境保全などのボランティア活動に触れる機会が増えて来た。この僕のからだが喜ぶ井戸の水や中谷さんが喜ぶ釣り場や昆虫好きのうちの娘が喜ぶ緑の森を少しでも未来に残せたらいいなと思う。僕が関与出来る事は極々わずかな事かもしれない。でも操体も操者が患者さんのからだに対して関与出来る事って極僅かだが、確実に変化は起こる。やはりやってみないとわからない。

    (写真は知恵の水を汲んでいる我が娘)

    一週間好き勝手に書かせていただいた私のブログも今日でおしまいです。読んでいただいたみなさん本当にありがとうございました。明日からは鵜原さんの出番であります。ここまで書いて「しまった昨日と今日のブログ内容逆だったら良かったのに・・・」とちょっと後悔。それではまたお会いしましょう 秋穂 一雄でした。

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  • WOMAN

    秋 「ナリくんの首の調子は?」

    ナリ「はい、昨日よりずいぶん良いですよ。」

    昨日の夜は夜寝ていても寝返りをうつ時に首の痛みで目が覚めることもあり、まだ午前中までは痛みが残っていたようだが、時間を経るごとに痛みが減ってきて、午後整骨院に出勤してくる頃には「少し痛みは残っているけど、普通に動けます。」 位までには回復して来たようだ。もう少しだナリくんのからだ、秋穂も応援しているぞ!

    話は変わりますが、最近「先生って、物凄く女性的ですよね〜。」と良く言われる。治療中の男子に触れられている気がしないのだそうだ。顔はジャニーズ系とは言われるが(自分で言っててこころが痛い)、どちらかというと男性ホルモンの方が濃度は濃さそうなのに・・・そう言えば自分自身の過去を振り返ってみても、幼少の身より、男の子の友達と遊ぶよりも近所のお姉ちゃん達とままごとをして遊んでいることの方が多かったし、どちらかというと「男子って下品で嫌よね〜。穢れてるは〜」とすら思っていた時期もあった気がする。成長するにつれて世間体というか、気恥しさもあって「九州男児たるものは・・・」などと勇んでみたこともあるにはあったが、やっぱりしっくりいかず妙に居心地が悪かった。僕のアイドルQUEENのフレディ・マーキュリーはボーイフレンドとガールフレンドを一緒に連れて歩いていたほどの本職だし、私の地元福岡はKABAちゃん、IKKOさんという2大スターを輩出したおかま天国でもあるので、「ひょっとして、あたし、オカマさんでしたの? 」(三浦理事長のブログより一部引用)なんて考えたりもしてみたが、どう考えてみても男好きだとは思えないのでおそらくはノーマルであろうと思う。(平成20年6月20日現在)しかし、女性的であると呼ばれるのは僕としてはとても嬉しい。男性的で活動的な波動を持つよりも、女性的な安らぎに満ちた柔らかい波動を持っていたいとも思う。これは僕の勝手な意見であるが、やっぱり老若男女問わず誰に対しても人を癒す能力は絶対に女性にはかなわないと思う。難しいことは良くわからないが、うちの奥さんやら周りの妊婦さんたちを見ていると特にそう思う。普段凶暴な(・・・時もある)うちの奥さんですら、お腹のベイビーに語りかけている姿を見ていると、渦状波(皮膚の操法)を受けている時のような柔らか〜い波動を感じる。昨日の夜、雨雲の切れ間から顔をのぞかせていたあの満月のように清々しくて柔らかい神秘的な光で包みこんでいる。そんな優しい波動を女性は持っている気がするのである。フォーラムの打ち上げでのお姉さまたちの男らしい飲みっぷりを見ていると今まで書いてきたことを訂正したくなることもたまにはあるが、「元始、女性は太陽であった」と誰かが言っていたように、今も昔も変わらずやっぱり女性は強いのだ。そんな女性に僕はなりたい・・・

    秋穂 一雄

    ジョン・レノン 「WOMEN」1980年

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  • 友を待つ ~WAITING ON A FRIEND~

    世の中いろいろ難しい事は多いけど、俺はただ友達を待っているだけなんだよ。という意味が有りそうで無さそうな歌詞が心にしみる1981年にローリングストーンズによって作られたミディアムテンポの名曲である。ブログ4日目にしてすでにネタ切れ状態の僕の心情を赤裸々に綴っているようだ。しかし本当に待っていれば友はやって来てくれるものである。昼休みに整骨院を抜け出して近所の美容室で髪をカットしてもらい快適感覚満点の僕の元にひとりの友が近づいて来た。「せんせ〜、首壊しちゃいました〜。」その男は通称ナリくん、とあるライブイベントに参加するための即席バンドでギターを弾いてくれたことが御縁でいつの間にやら仕事を手伝ってもらい、柔道整復師の学校にまで通っているという筋金入りの変わり者である。「今日、学校の柔道の時間に投げられて畳に頭から落ちちゃいました。」ナリくんの首は驚く程まっすぐを向いて微動だにしない。丁度ウルトラマンに出ていたジャミラのような見た目になっている。そんなやり取りをしている間に昼のお休みは終わってしまい何の手当てもしないまま午後の診療は始まりナリくんは可哀想に首に氷水をくくりつけたまま働いてくれていた。「ナリくん、頑張らなくていいからね。」と心の中で叫びながら午後の診療をおえた。案の定無理がたたってジャミラだったのがついにDr.スランプアラレちゃんのニコちゃん大王程にまで悪化してしまっていた。「おつかれさま、ナリくん・・・治療しとこうか?」「お願いします。」とにかく身動きが取れない状態だったので腰掛け坐位のまま診せていただく事になった。「ナリくん痛いところすいませんが僕の位置も聞き分けてね。」前後左右操者である僕の位置も聞き分けていただくとどうやら後方に位置するのが最も居心地が良いらしい。僕はナリくんの背後に回り背中全体を見てみると右の肩甲間部に巨大な膨隆があり右肩を上方に引き上げるとたまらなく痛いそうだ。身動きとれないのに動いていただくのは忍びないので先程の膨隆部に点で渦状波を当ててみた。「もし少しでも不快感があったらいってね。」始めのうちは快も不快もいまいち聞き分けられ憎そうでしたが、そのうち「そういえばなんだかからだ全体がいい感じっすね〜。」と表現はつたないが気持ちは良さそうだ。気持ちのよさが落ち着いた所でもう一度聞き分けてもらう。今味わった気持ち良さもう一度味わいたいからだの要求はある?「いや〜、もういいですね〜。ちょっと仰向けになってもいいですか?」さっきは横になれないといっていたのだから少しは変化があったようだ。前回のフォーラムの三浦先生のメインセミナー以降足関節周囲を良く見るようになった僕はナリくんの右足の内くるぶしにもむくみなのか緊張なのかビー玉位のしこりを見つけた。「これ痛い?」思いっきりつねるとナリくんは腰を大きく右へ捻転させるように逃げてみせた。「むちゃくちゃ痛いですよ。なにするんですか。」僕はそのまま手を触れながら「これもからだに聞き分けて、味わってみたい要求が有れば味わって、無かったらすぐやめるから教えてね。」するとナリくんは骨盤を大きく右に捻転しながら「うわ〜っ、これは腸が気持ちいいですよ。お腹と左の腿が気持ちいいです。」と教えてくれた。(補)ちなみにナリくんはソケイヘルニアを煩っており今日は朝から調子が悪かったらしい・・・ とここまでくるとナリくんにも快の連鎖が出来ているようでとても聞き分けがよくなって来ている。僕は頭上に移り頸椎を触診してみた上部頚椎の椎間関節の横突起周囲に強い硬結部位を触れた。「このしこりに触れとるけん、瞼は閉じたままで目線ば額の方へ動かしてみて。」痛い首は動かさず目線で聞き分けてもらう事にした。「これは頭いい感じですね〜。」ナリくんは額をさすりながら答えた。目線は上と右は快が聞き分けられたが、左は感覚はあるがからだは要求しない、下方では何も感じないという事だった。この辺りから首の硬結が緩んで来て、慢性鼻炎のナリくんの鼻がす〜っと通ってきた。「うお〜っ、めっちゃいいですよ〜。」もう少し気の利いた事を行ってほしいのだが、これだから素人は困る・・・「ナリくんもう少し続けさしてもらってもいいかいな?」オッケーがでたので今度はこれもフォーラムで三浦理事長がやっていた「あ」「い」「う」「え」「お」を発声して感覚を聞き分けてもらった。「あ」と「い」はいい感じだが、「う」と「え」は全く感じない。「お」は最初不快が出そうだったが、良く聞き分けると気持ちよかったということだった。「ありがとうございました〜ぁあああ。」まだ動かすと痛みは残っているようだが、本人曰くさっきより全然いいそうだ。ニコちゃん大王機動戦士ガンダムズゴック位までは軽減した模様。最後に最近ちょっと試している、不快な方向の動き(今回は右肩の挙上動作)を包帯で固定して変化が出るかを見てみたくて右肩をがっちり固定して帰ってもらった。気持ちよく休めているとよいのだが・・・結果報告は明日のブログで

    秋穂 一雄

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  • 未病医学のスズメ

    さて4日目になってやっぱり書く事がなくなってきた福岡の秋穂です。そこでネタ探しとばかりに机の引き出しを探っていると操体の講習を受け始めたばっかり位の頃に書いた文章が出てきました。読んでいると20代中盤のフレッシュな自分自身に還った気がしてなんだか懐かしいやら、こっ恥ずかしいやらで良いネタ見〜つけたという感じでした。この当時は東京都品川区整骨院に勤務していた頃です。この文章を読み直していてからだという単語が良く出てくることに驚きます。私自身の意識がからだにばかり目が行っていたのでしょう。若気のイタリーですね。

    「春は曙 やうやう著くなりゆく山際 少し明かりて 紫だちたる雲の 細く棚引きたる。」

    只今、僕の住んでいる東京は春真っ盛りです。普段貧乏暇なしを体言するかの如く、慌ただしく暮らしている僕もたまの休み位はのんびりと家の近所を散歩して公園なんかで「ボ〜ッ・・・」とした時間でも満喫してみちゃおうかな!なんて思える季節です。そんな時間を過ごしている内に公園の広場で2,3羽のスズメがチョコチョコと遊んでいる姿が目に飛び込んできました。「ストレスなんて言葉はスズメの辞書には載ってないんだろうね。」もっともストレスなんて言葉は、人間が勝手に作った言葉なのだから載っている訳はあるはけないのですが、大空を自由に飛び回る鳥達をみて「あ〜ぁ、鳥のように自由に空を飛び廻ってみたいな。」と考えたコトがあるのは決して僕やライト兄弟だけではナイじゃないはずです。

    当のスズメ本人?にしてみると「最近はアスファルトばっかりでミミズがいない!」とか「東京の空は排気ガスばかりで、飛んでるだけで羽根が汚れちゃうわ!」なんて事を考えたりもしているのかもしれませんが、そんなことは今回はさておいて本題に入っていきます。では、何故僕達は自由を求めるのでしょうか?元来、あまり賢い頭脳を持ち合わせていない僕が考え得る回答としては「日々の生活があまりにも自由じゃナイから・・・」といったトコでしょうか。とにかく何らかの形で自分にとって不自由な抑制力を与えられていると感じて、その現状に対して決して心地よいとは思えていない方が多いのかもしれません。以前にも書きましたが、操体の考え方の中心は

    「気持ちよいこと、心地よいことはからだを良くして、気持ち悪いこと、不快なことをすればからだは壊れる。」

    ですから、今の僕のように「私にもっと自由をくれ〜っ!!」なんて思ってしまっている状態では、様々なからだの不調が出てきてしまってもしょうがない話です。そもそも、からだと言うモノ自体「気持ちよいこと」と「気持ちの悪いこと」に関しては僕達の頭以上に精密な測定機能を持っているようで、自分のからだにとって具合の悪いモノが侵入してきた時の反射運動は頭で考えてても絶対に追いつけません。例えば食事の時に食べ物が気管に入ってきてしまった時に咳き込んでみたり、床に落ちている画びょうを踏んづけてしまったときにとっさに飛び上がってしまったり・・・ある面に置いては花粉や食物などの様々なモノに対するアレルギー反応もからだの無意識のうちの自己防衛反射のひとつといっても良いでしょう。からだ自体はこんなに素晴らしい機能を持ち合わせているのに僕達の意識下に置いては、その扱われかたと言えば本当に惨憺たるものです。からだは「眠たい」と言っているのに、仕事が終わらないからと言って徹夜をしてみたり、お腹は「もう満腹だよ」と言っているのにアルコールで麻痺させてまで食べてしまう。

    こんなことばっかりやっていて、いざからだが壊れちゃったときに「何もしていないのにからだが勝手に壊れた。」なんて言う人がいるんだからその人のカラダが可哀想で涙が出そうになってきちゃいますよ。折角からだは自分自身を守るためのチカラを持っているし、気持ちのよさを味わうことによって自然に故障を治すことだって出来る。あと、僕達自身がやらなきゃイケないコトは、このからだの有り難い本能を十分に活かすためにからだからのメッセージをしっかりと受け取ってカラダに対して最大限の興味を持ってあげるコトぐらいなのかもしれません。そして、自分自身率先して気持ちよく幸せに生活していけるように探し求め行動していくコトによって自らのからだを壊すことなく常に健康で快適な生活を送っていくことが可能になるのです。橋本先生も治療は下の下だ!といわれています。いかに健康を維持増進して病気にならないからだを作るかです。みなさんも一緒に未病医学の大空に羽ばたいて行きましょう! 

    秋穂 一雄

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