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  • 無常・・・

    今日も私のご主人さまは大スランプ中にて、間借りさせてもらってますウーパールーパーの黒子が代筆します。

    近頃ちょっと気になることがあるんですネ。
    私事じゃなくて、人様のことをみてて、気になるんです。その一つに今にはじまったことではありませんけれど、近頃はとみにブツブツと独り言を口にする人が多くなったのではないかということ、そして外国人並に太っているヒトの多いことです。そればかりではないんです。歩きながら薄笑いを浮かべるヒト、ニヤニヤ薄笑いするヒト、大声で奇声を発して歩くヒト。

    そしてヤセの大食いで売っているTVタレントの女の子。
    この女の子は奇怪すぎる。

    あんな華奢なからだで、何であんな大量の食べ物が胃袋に納まってしまうのか、その度を超してあきれるばかりだ。からだに過剰なエントロピーをためこんで早死にしてしまうんじゃないかと人ごとながら心配になる。胃袋の過労死ってこともありうる。

    それにあれだけ飽きるほどに胃袋に詰め込んで、太らないことも奇怪である。

    変な想像をしてみたくなる。
    あれだけ詰め込んだ後の排泄量と排泄時間である。トイレに入ったらいったい何時間便座に座りっぱなしなんだろう。食べる早さと排泄時間は比例するものなのか?
    そしてその排泄に費やす消耗度たるや・・・・。
    もし便秘や下痢だ、腹痛だ、生理痛だったら、もう一つ痔持ちだったら、もし下から出せなくて吐くことだってあるはず。吐くと言ったって半端な量じゃないから、何時間かけて吐き続けたら落ち着くんだろうかと・・・。

    吐くことは下から出すよりエネルギーを消耗する。
    もうそんなおバカなことはおやめになったらいかがなものでしょう。イノチと引きかえに、どんだけのギャラをいただいておるのかは知りませんが、私は内心ハラハラしているのです。
    一時も早くTVから消えて、体験談の裏話とやらを出版して下さい。私は必ず本屋で立ち読みしますよ。

    日本人の家族動向調査によれば、一人暮らしの人口が家族で生活している人を上回るのだと言う。
    これは高齢者に限ったことではなく、一般成人も含まれる。成人も含むということは、結婚しない成人数が増大しているのだ。
    ・結婚のチャンスがない男性
    ・結婚にさほどの魅力を感じていない女性
    特に女性の生き甲斐への意識変化が予想以上に多様化しているのだ。意識調査のなかで意外なことは、面倒臭いと答えた未婚の男女が意外に多いことだ。

    面倒臭いじゃ何事もはじまらネェヨ
    自分とかかわることすら面倒臭いと思っているのかしらん。自分がかかわりを持つことによっての人生なのに、面倒臭いとは・・・。
    社会制度や福祉制度にもかなり問題があり、世の中の不安と未来が見えないのも現実である。一つ、本当に気の毒に思うことがある。年老いた親の面倒を一人息子、一人娘がつききりで介護している現実である。年老いた親の介護で職場を失い、収入のあてもなく、親の年金で生活している人、つまり自分の人生が見えない人達である。親がいる限り、自分の生活、人生が見えない人達の存在である。

    食べ物の話にまた戻りますが、土を食べる人間がいる。実際にテレビで見たのは、一人の女性と男性である。この女性は、高齢の女性で、土以外他の食べ物は一切口にしないらしい(これは外国での話ですが)しかし、土を食べるのは人間だけではない。土を食べる野生の動物がいた。それは霊長類の猿である。猿の住居は森の木の上である。小型の猿程高い木の上で生活し、大型の猿あるいはゴリラは、木の下で行動する。小型の猿にとって地上に降りてくるほど危険なことはない。その危険を冒しても月に何度か地上に降りてきて、むさぼるように土を食べている。一体それほどまでにして何故土を補給するのか。猿が口にするその土を化学分析してみると、ナトリウムの成分が豊富に検出されたという。ナトリウムといえば塩をイメージするが、人間が口にする精製された塩ではない。この土にはナトリウムの他にも種々の成分が含まれている。霊長類の猿やゴリラの食性は果物である。この果物とナトリウムの関係が興味深い。

    つづく。 次回は一回目の続きです。。

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  • 足底筋

    この月に入ると申告の記帳で忙しい。
    毎月、毎月少しづつでも伝票整理をやっておれば、あわてず、急がず、余計なエントロピーを増大する必要もないのにと、思いつづけ、あげくに30数年もこの月にあわてている。なんてヤツだと、自分のふがいなさを嘆くのである、が、三茶の仙人も聖職を持っている限り、申告と納税の義務があるから、仙人暮らしといえど、社会人としての自覚はそれなりに持っているつもりだけれど、しかし、生活するって、イイ加減にできないんだ。税金一つとってみても、何種類の税金を支払っているのか。まづ事業税、所得税、区民税、特別区民税、固定資産税、消費税、国民健康保険料、印税・・。これだけの税金を納めなければ三茶の仙人生活もまヽならないのである。私の場合は世田谷区と渋谷区と二つの区にまたいで事業所と自宅があるから、大変だなァと思いつつ、三十数年も支え持ちこたえているのだかアホと言えばアホなのであります。
    こんな税金のこと、申告に追われている今、ブログに立ち向かう気力もなく。。スランプ中、ウーパールーパーの黒子と飼い猫のシモンが代わる代わる代筆しますのでよろしく。

    今日は「足底筋のナゾ」について話してみます。同志の皆さん、足底筋の所在はとっくに理解されていますよニャ〜ン。
    足底筋とは単純に足底に所在する筋の名称とばかり思い込んでしまうんじゃございませんかゴロニャ〜オン。
    足底筋というから単純細胞の私は足の裏の筋肉を想定して、キョロキョロと足底の筋肉をなめまわして見るわけでござんすが、足底にはそんな筋肉の名称はないんでございます。いくら目くじら立ててみたところで、足底筋という名称はないンです。所在を知っている同志はバカじゃなかろうか、とお腹の中でお笑いのことでしょうな。足の裏を舐め回したってその所在には行きつかぬのであった。

    降参です。しかしですね、この名称をおつけになったお方がどんな先生なのか存じませんが、何か色気があるんですよ。目つぶしを食らったような感動を覚えるんですよ。先日、下肢の神経分布を調べていたんですがネ、当然、下肢の筋群の名称も目に入ってくる訳で、すると膝窩(しつか)の中央にですネ、この足底筋が存在していたんですネ。なんで膝窩の中央に足底筋という名称を持つ筋肉が存在するんですかネ、とても興味がわいてくるんですネ。
    不思議なフェロモンの臭いがするんです。ニャ〜オン。
    この足底筋という名をもつ筋肉は、調べてみると、かなり、私のご主人さまに似て、地味なヤツなんですネ。この筋紡錘そのものは、7センチ〜10センチの束なんですけどネ、ところが、ところがですよ、この足底筋にはバイオリンの弦のような腱(けん)が腓腹筋(ひふくきん)とヒラメ筋の間をぬって下肢内側を走り、踵(かかと)の内側下まで伸びているんでございますよ。
    その、腱の長さは約35センチ〜40センチ程あるんですネ。そして、この足底筋の停止部が踵、起始部が大腿骨の外側(腓腹筋の起始部のすじ上)なんでですね。自然に考えてしまうと、踵が起始部で、停止部が大腿外側を思うんじゃございませんか。そして、L4からS1の運動神経が支配する筋の一部が、この足底筋なんですな。
    L4-S1と言えば、これに付着している筋が大腰筋と言う訳で、なにかますます臭いますニャーオン。
    ところで我々(というかご主人様他同門の皆様)は、膝窩を診るんじゃございませんか、膝窩のどこを診ているのか、。意識して診たことがあるのかニャ〜ん。

    明日に続く。。。

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  • ご立腹

    私は割と気が長い方だ、嫁に言わせれば気が短いと言われ、どっちやねん!って思わず一人突っ込みを入れてしまいそうな程、その時々で表情を変える。

    まぁ、基本人間ってそんなモノではないかと思ったりもします。
    サラリーマン時代はその殆どを営業職で過ごしていたので、感情を表に出さない訓練?と言いますか、感情を表に出した方がビジネスの世界では、負けであるという考えであったので、尚更、そうなってしまったのかもしれません。

    そんな私が珍しく、昨年末だったのですが、昨年の11月の末に最初は、怒髪天を衝く”怒りから、“腸煮え繰り替える”怒りに変化し、最終的には“哀れみ”に変わってしまった出来事が有りました。

    う〜ん、久々でした。。。久々と言いますか、これ程の感情の変化は今迄の人生の中でも、そうなかったかもしれません。
    今回、ブログに書こうかどうしようか迷ったりもしましたが、私個人が感じた出来事だと思ってふ〜ん、そんな事があったんだぁ位の感じで読んでみて下さい。

    一つのプロジェクトを完成させるということはプロジェクトの大小に係わらず、とても大変なことです。例えばダムを建設するなどというビッグ・プロジェクトであれば尚更で有り、設計段階から始まり、資材の選択から人の動きに至まで、用意周到、ミスは許されません。

    仮にアリ程のミスであっても人命に係わり、大惨事を引き起こし兼ねないからです。
    現に黒部ダムなど映画や小説などでもその壮絶さは伝えられ、容易に想像出来ます。
    “段取り七分の行動三分”など計画(段取り)が如何に重要であるかを説いた言葉であり、それ位、綿密且つ繊細な取りかかりが必要だということです。

    そして、どんなプロジェクトでも重要なのは“人”で有り、どの様な人達がそのプロジェクトに携わり、キーマンとして動くかに、かかって来るのだと思います。

    人にも色んなタイプの人がいて、素直な人、天の邪鬼な人、ムードメーカー的な人、などなど、数え上げれば切りがないほど人にはタイプがあって、適材適所、どんな人にも必ず合う場所がある筈なのです。水曜日のブログにも書いた様に、仕事は星の数ほど有り、全ての人が医者に成れる訳でもなく、学校の先生に成れる訳でも有りません。
    どの様な人にも、居るべき場所が有り、やるべき役割が有るのです。

    組織を作るというのは難しいことでは有りますが、何か事を成そうと思えば、“組織”の力無くして何も出来ないのです。
    どんなに個人その人に、素晴らしい魅力があったとしても、伝えるべき事を形にしようとしても、やはり人間一人では無力なのです。

    私達は昨年末、数年後に向けて一大プロジェクトを立ち上げました。イヤ、正確には立ち上げようとしました。

    目的はとても崇高なものであり、名誉や私欲などという下(げ)衆(す)なものでは無く純粋に、私達が日々大切に育み、慈しんでいるものの集大成を表現したい!という熱い思いからでした。

    それは現状に対しての危機感でも有り、私達だけが良ければいいというレベルから一歩抜け出し、このままでは大切なものが腐ってしまう!今のまま何もせずに手をこまねいていたら本当に手遅れに成ってしまう!

    今迄であれば知らん顔も出来ました、正(まさ)に外野から「アホやなぁ・・・バカじゃね?」などと他人事の様に笑っていることも出来たのですが、昨年末に係わってしまった以上、他人のふりが出来なくなってしまったのです。

    係わった以上は何とかしなきゃいけない!そんな思いと、今有るものはどうしようもなく腐ったミカンであったとしても、ミカンが腐っているからどうにもなんないから放置するではなく、これから係わって行く若い新しい人達に対して、この縁があったものがどれだけ凄いものなのかを掴んで貰いたい、そして一生涯を通して追求するべき価値のあるものだと、肌で感じて貰いたいとも思いました。

    それこそ用意万端、後は最後の一押しという所まで来ていた所で、このプロジェクトは頓挫してしまいました。
    どんなに素晴らしいものを作り上げても、これ以上もない、現状では最高であろうというものを段取りしても、叶わないことがあるのです。

    それは崇高な目的とはおよそかけ離れた、ショーもない鼻糞の様なプライドと嫉妬のために、私達の後に続くであろうと思われる多くの若者達の将来をも先延ばしにした様なものなのです。

    これは決して我々の自惚れとか奢りとかではなく、謙虚にそして背伸びをすることなく、今有る力で出来うる限りの最高のものを作ろうとした結果だからこそ残念でしょうがないのです。

    “公人”としての自分の立場と“私人”としての自分の立場を弁(わきま)えた上で、出した答えであれば納得も出来るのですが、ただ単純に“私人”としてのプライドのみ、子供が自分の欲しいモノが買って貰えなくて駄々を捏ねているに等しい醜態で、呆れるほどでした。

    私は操体と出会って今や人生を変えて頂きました。私が学び始めた当初から考えても、いわゆる同門の弟弟子とでも言うべき方々も数々誕生されています。

    その中で常に思うのは、良くも悪くも先に操体を知り、縁があった者として、後から続く人達が少しでも、操体の素晴らしさに触れ、動きやすい環境作りをして行くのが、我々先に縁があった者の役目で有り、少なくとも後輩の方達が自由に羽ばたける舞台を作ってあげるのが、先達の役目で有り、それこそが公人としての役割だと思います。

    手助けをし共に大きくなることを考えこそすれ、その芽を摘む様な行為がまかり通ってはいけないのです。

    信長は有名な“人間五十年”と舞う敦盛が好きだったようですが、人間よく生きて百年です。宇宙の営みから見れば針の一差しにも成りません。

    何の縁で同じ空の下、同じ空間に存在することか、そう考えると人、一人のプライドなんて糞喰らえです。

    先輩には先輩年長者には年長者なりの振る舞い、行動が有り、それを逸脱してしまえば只の“イヤな先輩”老害と言われてしまうのです。

    今、時代は混迷しており世界的に大きく変わろうとしています。絶対安心だと言われていたBIGスリーやトヨタでさえあの調子です。
    経済だけでなく、ここ数年の間に大きく世界は様変わりしていくだろうとも言われています。

    旧態依然として過去の遺物にしがみついている組織はやがて根から腐り、朽ち果て、跡形もなく消えてしまうでしょう。

    他方では新たに信念を持った柔軟性のある組織が発展を遂げる、そんな時代がやって来ると確信しています。

    これからの東京操体フォーラムも現状に満足することなく、常にチャレンジャー精神を持ち、前へ前へと進み、後に続いていく人達のためにも静かな汗をかこうと思っています。

    この一週間お付き合いいただき誠にありがとうございました。来週からはお待ちかね、私達の素晴らしき師匠、三浦先生の登場です。宜しくお願い致します。

    福田勇治

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  • プロアマ

    突然ですが、プロフェッショナルアマチュアって面白い垣根だと思いませんか?

    だって、やってることは変わらないのに、天地の差が有るのですから、笑えます。ほんとは笑えないんですけどね・・・
    何が違うんでしょうか?考えたこと有りますか、お金貰うから?仕事としてるから?考えれば考えるほど曖昧模糊と言いますか、個人の価値観によってもその基準は大きく変わってきます。

    私は未だに過去の夢が捨てきれず、やっていることが幾つか有ります、一つが野球です。小学校から始まり高校まで、高校を卒業してからは軟式の連盟に席を置いて、現在も野球をやっています。
    何でやってんの?ええ年してまで・・・などと外野からの声を聞きながらも、現在でも二月の末からキャンプイン?12月の初めまで試合と、それこそ試合数は違うもののプロ顔負けの“意気込み”で取り組んでいます。

    そう!ここでのキーワードは“意気込み”です。
    中には年間90試合前後もこなす猛者もいて、プロがざっと140試合前後ですから、プロ顔負けです・・・
    気持ちだけならプロには負けてへんぞ!という気合いと言いますか気持ちの面では、プロと言う“自称プロ集団”が我々軟式野球軍団”です。

    ですから、私は職業を聞かれるとよく半分本気、半分冗談で『臨床家でプロのGrass Baseball Player(草野球選手)です!』と答えます。これも自分的には冗談ぽく言いつつも7割8分(7割8分って・・)は本気でプロだと思っています・・・

    シーズン・オフには筋力トレーニング、ランニング等をして、次シーズンのために筋量を落とさない様にしてますし、それがそう!“プロ”としての私のプライドだったりします。

    自分の子供と言っても可笑しくない位の年齢の若い連中と同じグランドでやっていますので、彼等にパフォーマンスとして同等のモノが出せなくなれば、潔く“引退”しようと思っています。
    何故なら、“プロ”だからです。
    野球(草野球も含む)に限らず、スポーツにおけるプロの定義とは一線で活躍(成績を残す)出来るかどうかというのが大きなファクターだと思います。

    そしてこのプロの中にも“一流”と言われる方と、“二〜三流”と言われる方が存在します。この違いもかなり面白いです。

    以前、同門の平さんと、とある格闘技の試合の結果の話をしていた時に、有る選手が試合そのものには勝利をしたのですが、勝ち方に問題が有ると平さんが言われていて、平さんがボソッと言われたのが、『あの勝ち方は無いよなぁ・・・余裕も何もない、ありゃぁ弱いよ・・もっとプロらしい戦い方しなきゃぁ、駄目だよぉ』と言われました。

    プロらしい戦い方、観客有ってのプロで有り、勝利が大前提なのですが、お金を払って観に来てくれている観客にも喜んで貰い、自身の持っているパフォーマンスの最高な状態を出せるのが、プロで有り、余裕のない状態で、ただ闇雲にパンチを振り回し、ラッキー・パンチがあたって、はい!勝利みたいな、“子供の喧嘩”の延長戦の様な試合を格闘技のプロとして観客に見せるのはプロとしては恥ずべきことで有り、プロとして二流と言われても文句はつけられないと思います。

    野球でも元巨人の長島茂雄王貞治が一流と言われるのも、期待している場面で、期待通り若しくは期待以上の結果を出すからこそ、数有るプロ選手の中でも一流と言われているのであって、期待に応えて当たり前、期待以上を出してこその一流を超えた“超一流”なのだと思います。

    操体の世界でも当然のことながら“プロ”“アマ”が存在し、全国的に見れば残念ながら“アマチュア”が圧倒的に多く、どちらかと言うと“健康体操”的要素の多い、皆で楽しくやりましょう的な雰囲気が満載です。

    これに関しては否定する訳ではなく、 “天然自然の法則”橋本敬三のPhilosophy(哲学)に反してさえいなければ、ドンドン広げていけば良いのです。

    ですが!ですが!哲学とは真理で有り原理なのですから、後生に託された人間が勝手に改竄(かいざん)したり改訂してはいけないモノだと私は思います。それは“アマ”だろうが“プロ”であろうが同じで有り、アマだからこれ位は良いだろうとか、私達はこれで食べてないから関係ないとかで済まされる問題では無いのです。

    少なからずとも橋本敬三という一人の人間が自身の一生涯を懸け、命を懸けて追求し、体系付けてきたものが 操体で有り、一生、操体を知らずに過ごす人も居る中で、出会いがあったということは“縁(えにし)”で有り、人が人生と命を懸けて紡いだものに対して、いい加減な気持ちで取り組むのは橋本敬三に対しての冒涜で有り、許されることではないのです。

    アマチュアにはアマチュアなりの学びが有り、プロに負けないだけの“プライド”を持って追求するべきだと思うのです。

    そしてもう一つ決定的に“アマ”“プロ”とで大きく違う重要なポイントは“お金”です。
    早い話がその仕事で食えるかどうかです。
    よく操体の話をすると(特に全国大会などで・・・)、お金を取っちゃいけないんですよね?とか仕事としては出来ないですよね?とか聞かれることも有ります。

    と・・!とんでもない話です!何処の世界に儲けない仕事、儲けてはいけない仕事が有るのでしょうか?仕事で行う、要はプロになるということはその仕事で儲けなきゃ存在意義がないのです。

    特に我々臨床家が儲けるということは逆に言えば、それだけ痛み、或いは苦しみから救われた方がいるということの証でも有ります。
    お金を頂くということは“責任”を頂くということでも有ります。

    アマだからという甘えは一切なく、結果が全て、結果が悪ければ当然、売り上げが上がらず倒産するだけですし、結果を出すということは常に向上心を持って、クライアントの身体の声と向き合っていかなければならないという厳しさが背中合せだということです。

    そして、これから操体の門を叩こうという若い人達が“仕事”として操体をとらえたときに、『いやぁ、操体は儲かりませんからぁ』などという声しか聞かなければ、操体を仕事としてとらえようとは思いません。

    そうなるといくら操体が素晴らしい!と声高に叫んでも、独りよがりでしかなく、やがては廃れてしまうのだと思います。
    仕事として人生を懸けるだけのものが有る!それだけの結果も帰ってくる!と解れば若い人達も操体を真剣に取り組んで行くのだと思います。

    勘違いして頂きたくないのは、“アマ”が駄目で“プロ”が偉いと言っている訳では無いということです。
    操体で言うところのプロが仮に臨床家だとすれば、この臨床家の中にも“超一流”も居れば“二〜三流”も居るということです。

    橋本敬三の意志(哲学)を忘れ、自論に自己満足を見い出し、いつの間にか操体とは看板ばかりの、操体とは似ても似つかない施術を行ってしまえば、これはもはやプロの臨床家とは言えず、ただの自己表現で有り、パフォーマーでしかないと思います。

    有る方が、一流と二流の違いをこんな風におっしゃっていました。一流とは“貪欲(向上心)”で有り、二流とは“自己満足”で有ると。
    ここまでで、良いと思えばその人はそれ以上の成長はなく、挙句の果てには、このやり方では上手くいかないからこれをプラスしてやってみました。

    など、本末転倒、上手くいかないのは誰の責でもなく自身の“創造力の欠如”で有り、違うやり方や、違うモノをプラスする前に、橋本敬三の書籍を穴が開くほど何度も、熟読し、その上で自身の身体を通して実践することで、“気付き”を得ることが必要だと思います。

    何度も読んだ筈なのに読む度に、違う場所での新たな気付きが有る。それこそが創始者の意志で有り、行間に溢れる橋本敬三師の臨床ヒントこそが、臨床家としてのステップ・アップへの意志ではなかろうかと・・・

    プロの中のプロ、“超一流”の道は険しく、安易に行けないからこそ、目指すべき価値も有ると、富士山を・・・否、エベレストを目指す気分では有りますが、登って行きたいと思います。
    又、そんな集団が東京操体フォーラムで有ると信じています。

    福田勇治

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  • 興味有るモノ

    ブログにこの内容ってどうだろうって思うのですが、与太話にお付き合い下さい・・・
    皆さん興味有るモノって何か有りますか?
    多分、個々に有るんだと思います、公言出来るモノから密かなモノ・・・様々だとは思いますが、密かなモノは又の機会に密かに教えて下さい・・・
    今日は息抜きで私の何とか、公言出来るモノにお付き合い下さい・・・

    興味ってまぁ、惹かれるものの事ですが、例えばその一つとして先ず、必ず買うモノ、買い続けているモノなどから話を進めていきたいと思います・・・
    東京操体フォーラム実行委員の中でも、推薦図書紹介みたいなものがあって、個々に自身が読まれ、良かったと感じた図書を紹介することが有ります(殆どが畠山先生からの紹介ですが…)。
    昨年の立川談春師匠『赤めだか』は良かったですねぇ…

    それから考えると今日の話しは心苦しいのですが、私自身買い続けているモノが有り、その代表と言えば私はやはり“マンガ”でしょうか、マンガと言えば低俗だ!下らない!と言う人もいるのですが、そこはそれ、マンガにもその人それぞれの立派なドラマがあり、時にはその人の人生を変えたり、行き詰まったときなどに又、見返すことで勇気を貰うことも有るのがマンガの素晴らしさでも有ると思います。

    マンガって見る時期によって全然、感じ方が違うんですよねぇ、当然と言えば当然なのですが、高校生の時に見ていて感じていた感覚と、40過ぎのおっさんに成ってから見るのとでは感じ方が全く違い、かと言ってつまらない訳ではなく、十分に楽しめるというのもマンガの面白さでも有ると思います。

    これは本も同じで、20代前半の頃に読んで自分の生き方に影響を与えてくれた竜馬がゆくもそうで有り、司馬文学の虜に成ったのもこの竜馬がゆくの影響でした。
    剣の達人で、女性にもてて、始めてあった人を魅了するその人間性など、男であれば必ずうらやましい!と思う様な痛快な生き方を描いたのが、この竜馬がゆくでした。
    竜馬の様な生き方が出来れば面白いと思い、胸弾ませて読んだ事が昨日の様に思い出されます。

    ですが、今、読もうという気になるかと言えば、数十年の時が経ち、“竜馬がゆく”の内容自体がかなり司馬先生のフィクションの世界も含んでいると言うことが解ってくると、今更どうかという気になったりして、今であれば間違いなく、読みかけの同じ司馬先生の坂の上の雲を最後まで読み終えたいと思っています。
    日本が長い鎖国体制から世界に追いつけ追い越せと、直向きに突っ走っていた時代の話で有り、この当時の日本の政治家や軍人達が如何に腐心して、日本国を不平等条約などの後進国のレッテルを貼られた状態から、先進国と言われる国に変わろうとしていたかを、日清・日露の大戦を通し、組織力で挑んでいった姿を描いた司馬文学の最高傑作だと思います。
    是非、今の某国総理大臣に読んで貰いたいと切に願います・・・

    え・・マンガを語るつもりが司馬文学を語ってしまいましたが、これ語り出すと終わらなくなってしまうので、今、興味があるモノを語りますが、私の“戦国・幕末マニア”振りは皆さん?ご承知のことなので、今更そこはほじくり返しませんが、現在、平行して買い続けている単行本が三冊あります。
    それが、『JIN-仁-』『センゴク』『へうげもの』という三冊です。
    一冊は架空の人物ですが、後の二冊は実在の人物を主人公として描いている作品です。読み出した切っ掛けは単純に幕末モノと戦国モノだったからという単純なものですが、この三冊だけは欠かさず買っています。

    その中でもJIN-仁-は幕末にタイムスリップしてしまった外科医の話で、架空の話であるのですが、実際の外科医の監修を元に作られているので、かなりリアルに描かれており、臨床家の血が騒ぐといいますか、色々な思いを持ちながら見られるのがこの作品の面白い所です。

    坂本龍馬とか緒方洪庵などその時期の歴史上の人物が様々な形で戸惑いながらも未来から来た外科医と係わって行き、この未来から来た外科医を手助けしていく・・・
    その当時不治の病だと言われていた脚気コレラなどを現代の医学の技術を駆使し、その時代で出来ることを考え、手作りでのペニシリンの製造を行ったりと、ワクワクしながら見ています。オススメです・・・

    センゴクはそのまんま戦国時代の余りにもマイナーな武将、“仙石権兵衛秀久”が主人公です。
    多分仙石秀久を知っている人は殆どいないと思います、私も辛うじて「出石の仙石氏?かな」位のイメージしか無かったので、チョーマイナー武将です。
    サブタイトルが最も失敗し、最も成功した男となっており、戦国時代が好きな方にはオススメです。

    そして、最後にオススメするのが、実は結構ハマッているんですが、へうげものです。読み方としては“ひょうげもの”が正解で、意味としては“ふざけている”とか“おどけている”などの意味となります、私達の地方では“ひょうげまつ”などと言って、ふざけた奴の意で使うことも有ります。

    先ず、シュールです!絵も然る事ながら、最初は何てふざけた絵だ!何てふざけたキャラクター構成だ!と怒り半分で見ていたのですが(加藤清正のモデルが元ボクシング世界チャンピオンの具志堅用高氏だったり、その他数々)読み進むにつれ、表情が生き生きしている、皺の一つ一つに何だか感情が表現されている様で、今ではお気に入りの一冊となり、この作品だけは単行本では待ったがきかずに、隔週で講談社のモーニングに掲載されていますが、どうしても読んでしまい、後で単行本を購入又、続けて読むといった感じです。

    主人公は古田織部というこれ又、知る人ぞ知るといったチョーマイナー武将です。織部焼と言えば解る人もいらっしゃると思います。
    千利休が作り上げた茶道を継承しつつ、茶道だけではなく茶器・造園など多岐にわたり、安土桃山文化花盛りの頃、“織部好み”という流行を作った人物です。

    物語はその古織を中心に茶道や芸術を軸にしつつも、大胆な仮説を立て、物語が進んでいき、見ていて感心したり、頷いたりしています。
    エピソード・タイトルも、とってもファンキーで、洋楽が好きな畠山先生などは思わず吹き出すのではと思われます・・・
    会話そのものも結構楽しめ、見る人によって楽しみ所満載の面白マンガです。

    この三冊共に共通なのは主人公の直向きさで有り、その時代を“必死”で駆け抜けている事です。
    何だかその直向きさが自分の明日への糧になると言いますか、“フツフツ”と腹の底からわき上がって来るものが有るのですねぇ・・・まぁ、基本単純なんですねぇ、まぁ。。
    それで明日も“やるぞ!”っていう気になるのであれば、安いと思いませんか?

    “やるぞ!”とか“ヨッシャァ”とか自分なりのメンタル・コントロールをどうするかって意外と大事だったりするんですよ・・・

    本当は未だ、オススメしたいDVDとかオススメしたいガムとか色々有るのですが、今回は私の現在、愛すべきモノとしてマンガをオススメ致しました、是非、次回ブーイングが無ければご紹介したいと思います。。。

    福田勇治

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  • 働くって

    ニャァ・・・四日目だす、もう慣れてくれたかニャ、小太郎です。
    僕のお父さんが猫族を好きな理由をこうも言っています・・人間に媚びない自立自尊、自由奔放な風(ふう)が何だか独立独歩、自営業者的匂いが有って好きだと・・・

    七年前、お父さんもサラリーマンという立場から一念発起し、独立、明日も解らぬ施術家の道へと踏み出したのも、雇用という枠に囚われず、人生という真っ白なキャンパスに自分色で人生を描きたいという渇望だったそうでニャス。。。

    ♪ ナンバーニャンにならなくてもいい もともと特別なオンリーニャン ♪(注:猫族なのでワンには敏感なのであえてニャンに成っております)って歌にも有る様に、オンリーニャンに成れる仕事を探していたのだと思いニャス。

    サラリーマンで有る以上は会社という枠が有るので、売り上げNO.1とかあくまでも会社有っての自分であり、自分の力なのか?会社の影響力のお陰なのか?誰しもが会社勤めをしている人なら思うことが有ると思いニャス(僕には解りませんニャ)・・

    特に昨今、テレビなどを遠目で見ていると、米国のサブプライム・ローンに始まった金融危機、世界同時株安ニャど、煽りを日本も受け年末からの“派遣切り”や大手企業の赤字決算ニャど、サラリーマンの皆さんを取り巻く環境は厳しいものとなっておりニャス。

    “終身雇用”という日本ならではのビジネス・スタイルから実力主義成果主義という欧米スタイルへと変化し、株主・株価重視という流れの中で、“派遣従業員”などの新しい働き方の選択肢が増えましたニャァ・・・

    選択肢が増えるということは兎にも角にも自己責任が明確になり、昨今騒がれている“派遣切り”なども、失職しても文句は言えないということになりますニャ。
    職業選択の自由憲法にも定められている限り、色々な事情があるにすれ、自分が選択した職業ニャのですから、“残念!”

    一方で、世の中にどれだけ自分の本当にやりたい仕事をしている人がいるのでしょうか・・・考えたこと有りニャスか?子供の頃から目標を決めてコツコツと努力を続け、就きたい仕事に就く人、何となく学校を卒業し、何となく条件の良い企業に就職した人ニャど、人の数ほど職種も違えば、動機も違い、“夢のため”や“生活のため”などなどニャァ・・・人間って大変でニャンス。

    そんな社会状況もあってか、お父さんの業界に新たに入って来る人が最近益々増えているのだそうです・・・男性も女性も“手に職”を付けるというのが昨今のキーワードに成っていて、良くも悪くも“独立開業”ニャのだと。

    ニャット(ネット)で“独立開業”と検索すると有りとあらゆるビジネスが検索されニャス、それだけニーズが多いのも事実ですし、今の社会の閉塞感から逃れたいという人間様達の叫び声にも似た声が聞こえてきそうですニャァ・・・

    お父さん曰く、手に職が有ると食いっぱぐれないからとこの業界に飛び込んで来られるのは良いのだそうですが、やや勘違いした人々も多いのだそうですニャ、と言うのも臨床家が“技術職”だと思って業界の門を叩く人達も多く、技術さえ身につけば後は飯が食えるなどと思っている輩がいると・・・

    それこそ相手が機械ならば、技術(テクニック)が有ればどうとでもニャルのでしょうが、生身の人間であれば、教科書通りに行く訳もなく、やはり必要なのは対クライアント様への施術は元より心理カウンセラーの如く、コミュニケーション・スキルがどれだけ有るかだと思いニャス。

    臨床とは疾病を診るのと同時にその人の抱えている心の内をも察することが出来なければ、片手落ちニャのだそうです・・・

    見た目は同じ様なことをしていても、身体様を診させてもらっているという謙虚な気持と、真摯に身体に向かう気持ちがなければ、“仏作って魂入れず”で結果は正反対に成っていく可能性も有ります。『身体の歪みと同時に心の歪みもとっていく』がお父さんの合い言葉の様ですニャァ。

    ご縁有っての個々の仕事、大事に育てて自身のためだけでニャク、次世代や社会のために勤めあげられれば本望ではニャイですか・・・
    明日からはお父さんがスランプから復活でニャス…

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  • 学ぶべきこと

    三日目ですニャァ、このキャラに早く慣れてほしい小太郎がお送り致します。

    話は飛びますが、人間とはニャンて窮屈な生き物なのでしょうか、僕が知る限りの動物の中で何だか、一番、時間に追われ・仕事に追われ・人間関係に縛られとニャンだか見てて気の毒です・・・
    特にメンタル部分の弱さと言いますか・・・操体息・食・動・想の中の“想念”の部分ニャンですが、人間様は特にこの想念の部分が病んでいる様ニャ気がします・・・

    お父さんもよく言っているのが、開業した当初は純粋に腰が痛いとか、肩こりがどうとか肉体的な苦痛を訴えて施術に来るクライニャント(クライアント)が殆どだったらしいのですが、ここ数年は精神的な苦痛から生じる疾病から派生した症状を抱えている方が増えているのだということニャのです。

    社会環境やら人間関係などの急激な変化に本来、動物である筈の人間の精神バランスが不安定に成ったのだと思われニャス。
    どんなに着飾っても、どんなに文明が進んでも所詮、人も動物だということを現代人は気付くべきだと思いニャス。
    僕ら猫族から言わせれば地球上で一番賢いのが人間だと思っているのは、人間の奢(おご)りであり、我々から言わせれば、チャンチャラ可笑しく、へそで茶を沸かしちゃうニャン!って感じです。

    人間ニャンて動物本来の能力から言えば地球上に生きる生き物としては、低いレベルで有り、僕たち猫族の様に獲物を引っ掻く鋭い爪が有る訳でもなく、天敵から逃げるほどのスピードもニャイし、どれ一つとっても、能力そのものは誇れるものでは有りニャせん。

    ですが、人間はその代わりと言ってはニャンですが、四つ足から二足歩行に変化することで脳が発育し、“知能”という武器を手に入れたのですニャ・・・
    早く走れないからこそ、僕らの天敵“車”を作ったりと肉体的なハンデを補う様に様々な“道具”を駆使し、地球上に君臨して来たのですニャァ・・・

    我々言葉を喋れない動物は人間よりも下等な生き物としてペットなどと呼ばれ、飼ってやっている位の勢いで扱われていますが、ニャンと言いますか『飼わせてあげている』或いは『飼われてやっている』が正解ですニャァ・・・

    だって、かなり癒してあげてますよ、落ち込んだ時とか寂しい時には側にいて、一声泣いてあげるだけで人間様達は喜んだり、感動したりと最近はアニマル・セラピーとか称して治療にも使われているそうではないですか・・・

    話が本文から大分ズレてきたので元に戻しますが、偉そうなことを言っても所詮自らの感情すらまともにコントロール出来ニャイ、不完全な動物が人間って生き物です。

    頭を使って金を稼ぎ出しているとか、科学で割り切れないことは存在しないとか、さも神にでも成ったかの様にふんぞり返っている、ニャアァ・・・何と人間の愚かなことよ。。。かなり毒づいてますが・・・

    想念で言えば、僕ら猫族はかなりユッタリと自分のペースで人生(猫生)?を生きていニャスのでストレス何ぞは殆ど存在しません、ストレスを感じれば毛繕いしますし、爪研ぎますし、基本その場で解消し、後に引きづらニャイ様にしています。

    しかも、三歩歩きますと、さっきの事ですら忘れる様にプログラムされているので、楽と言えば楽ですかねぇ・・・
    人間ももっと僕らの様に楽に生きれば、身体のバランスを崩したり精神のバランスを崩したりしなくて済むと思いニャス。

    僕らは言われなくとも、普段から操体してますニョ。。。
    もし、僕ら猫族を見る機会があったらよ〜っく観察して下さい。特に猫科のお仲間達の様子をテレビなどでも見る機会があったら面白い位に操体してますョ。

    僕らは一日の2/3を寝て過ごしますので、起きて身体を動かす際も“決して!”急には動き出しません!先ずは強烈なアクビをします、それもアゴが外れるぐらいな大きな感じで・・・これは顔面のストレッチだったり、舌の緊張をほぐし、身体の内部を緩めるなどの効果が有ります。

    そしてゆっくりと立ち上がり、手を前に出しつつ脚を後方に伸ばしますぅ、これを左右交互に行いますぅ・・・次はお尻を後方に突き出しながら背筋を気持ちよく伸ばしますぅ・・おおおぉ
    そしてユックリとユックリと歩き出して、身体全体のバランスを確かめますぅニャ。。。

    最低限、僕らはこれ位の操法?を通してから動き出しますニャ、平時の寝起きは必ずと言っても良いほどこのルーティンを行いますニャ。急に物音がしたり、襲われたりすれば別ですが、そうでない限りは必ず、動き出すための準備として操体を行っています・・・

    と言うよりは僕らの行動そのものが天然自然の理に適ったまさに操体そのものだからなのです。

    人間様?朝起きるときに目覚ましに急き立てられて、慌てて身体を起こして飛び起きてませんか?身体がしんどいのを薬で誤魔化して、痛みを麻痺させたりしてませんか?

    自然法則とは生きとし生けるもの共通のルールで有り、外れれば必ず報いを受けます、今一度、身近な自然に生きる我々動物から学ぶべきものが有るのではないですか?人間そんなに偉いもんじゃニャイですよ・・・

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  • 僕の日常

    ニャァアア…二日目ですニャ、初めてブログを見た方は軽く引いていることと思いますが、二日目も僕小太郎が担当です。

    昨日は何だか僕の自己紹介の様になってしまったニョで、今日は僕の日常などを語ってみたいと思いますニャ。ご存知の通り僕達、猫族は夜行性なので活発に動き回るのは夜が多いのですが、僕は殆どお父さんと同じペースで生活をしています。

    但し、どうしても夜中に小腹が空くので、夜中の三時位に無理矢理お父さんを起こし、ご飯を食べます。
    この攻防が結構激しく、最初の頃はお母さんを攻めていたのですが、全く起きる気配も無いニョで、試しにお父さんを攻めたところ、まんまと反応してくれたので、僕のご飯担当はお父さんとなっています。
    時には頭から布団を被ったり、無視したりするので、どうやったら目を覚ましてくれるか試行錯誤していますニャ・・今では諦めたようで、素直にご飯をくれるようになりました!

    そんなこんなで朝10:00位になるとお父さんのクライアントの方がいらっしゃるので、当然ながらお出迎えを致します。
    一応、招き猫としてのプライドが有るので、レオ兄貴にはこの役割は渡すことは出来ません!車から降りてくるクライアントの方の足元にスリスリしながら匂いを付け、愛想鳴きをしながら、玄関まで誘(いざな)います。
    大概の方は『可愛い!』と喜んでくれますが、いつも一言多いのです・・『大っきいですねぇ、メタボですね』って大きなお世話ですニャ・・ハーフ(ニューハーフとも言いますが…)は太る体質ニャンです!

    そして施術が始まると僕は又、お外に出て決して中には入りません、と言うか中には入れてもらえないというのが正解です。
    ニャンでも我々猫族が嫌いだという不届きな人間がいるとのことで、お父さんの考え上、入れてくれないのです…
    噛んだり、爪を出したりはしないんですけどねぇ・・

    でも、時々どうしても寂しくなったら部屋の外でひたすら鳴いてみたりします、最初は可愛く『にゃぁ』とその内、無視されているのに気付くと更にトーンをあげて『にゃぁあああ』と叫んでもみますが、何の応答もないので、最後の手段、障子に爪をたてて一気に障子を引き裂きます!
    一昨年までだと、この瞬間にお父さんが『こらぁあああ』という叫び声と共に僕を抱きかかえ、風呂場に強制隔離されていたのですが、某アサヒペン社から発売されている超強プラスチック障子 に張り替えてからというものは全然爪がたたなくなってしまい、お父さんの勝利となってしまいました。残念(波田陽区風 何処へ行ったんでしょう?)!

    お父さんの施術時間は平均1時間〜2時間位の間でしょうか、どうやら相手によって時間は区々(まちまち)の様でお父さんなりの考えが有るようですニャ…
    面白いのは何故か僕もとっても気持ちいいということですニャ、時々障子越しに柔らかいエネルギーを感じるといいニャスか、丁度、柔らかい日差しを浴びながらお布団の上で寝ているような、そんな心地良さを感じることがありニャス…
    僕のファンだと言うクライアントの方が来られる時は希に施術室の中に入れてもらえるのですが、正に至極の時を過ごせます…

    特に気持ちいいのは、お父さんのお師匠さんからご伝授いただいたという“渦状波”なるモノをお父さんが行っている時が特に『チョー気持ちいいぃいい』って感じです。
    ニャンでも皮膚へのアプローチをするとのことで、僕ら猫族の様に身体を動かして歪みを調整する種族にとっては理解しにくい世界ですが、何故だか気持ち良いのです…
    お父さんが“渦状波”を始めると先ず、僕はウツラウツラと眠気に襲われます、何だか思わず頭がカックンとなってしまったりして、お父さんにも笑われたことが有りニャス・・

    暫く眠気に襲われたかと思うと、もう居ても立っても居られなくなり、思わずゴロンと仰向けに寝てみたりします…おおおぉ気持ち良い、気持ち良い…又、お父さんが笑ってる…
    こうなってくると、周りのことは関係なく身体を操ってみたくなり、仰向けのままから上肢を挙上してみたり(こんなことは僕は言いませんが)…

    つ・・ついでに膝を曲げてみたりして…その心地良い空間の中で身を委ね、恍惚の時間を味わってみたりします…気が付いたら施術が終わって置き去りもよく有りニャス…

    この“渦状波”に関してはレオ兄貴も同じ見解なので、間違いないと断言出来ます・・・同じ部屋に居るだけで気持ちいいなんて・・・恐るべき“渦状波”でニャス。。。
    動物をも癒す操体・・・恐るべし

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  • 僕 小太郎です…

    こんニャちわ、何でも今週一週間ブログとやらに日記もどきの文章を書かねばならニャイとのことですが、ご主人様が文章スランプとのことで代わりに私めが今週少しお手伝いをしたいと思っております…

    え?僕が誰ニャって(ニヤリ)?それでは自己紹介を兼ねてお話を進めて参りたいと思いニャす…
    僕の名前は福田小太郎(フクダコタロウ)性別 男?(♂+♀)、年齢ザックリ6歳弱の福田家の三男坊主です。
    あ!勘違いされると困るのですが、生物学的には猫っす(猫ってキーボード打ち難いっす)…

    以前のブログにご主人も書いていたらしいのですが、私には腹違いの兄が二人居て、長男が天敵レオ10数歳、次男が顔を知らないマア君享年1歳弱、2番目の兄は我々猫世界では良く有る、発情期の興奮状態で道路を左右確認せず飛び出したところ、犯人不明の車に撥ねられ死亡…
    ですから、現在はレオと私とご主人と僕のお母さん(ご主人の奥さん)とお爺さんお婆さんとの六人家族です。

    僕が福田家に来る切っ掛けとなったのは、『無残!僕置き去り事件』というショッキングな事件が有ったからなのです。僕はどうもアメショと日本猫との混血のハーフの様で、日米合作、人間で言えばウエンツ瑛士の様な感じですニャ

    生まれた場所とか本当のお母さんのことは何も知りません…気がついた時には迷彩柄の首輪を付けられ、福田家から数百メートル離れた隣の地域で色々なお宅の玄関先に托鉢に回り、ご飯をいただいたりしてました(時にはコッソリ頂戴したりもしました)…そんな時にお猫様大好き!捨て猫と聞くと居ても立っても居られない今の僕のお母さんとの出会いが有りました。

    丁度その時期は福田家では次男マア君がご逝去されたばかりで、悲しみに暮れてた時期だったと後からお母さんに聞かされました…そんな悲しみの隙間を埋めるように登場したのが、僕小太郎だったのです。
    ところがご主人様やお婆さん・お爺さんは僕の顔を見るや、『駄目だ!返してこい!家には入れるな!』の大合唱で、天敵レオ様には冷たい目で見られたりもしました…
    でもお母さんが『一週間だけ置いてあげて!その間に元の飼い主を捜すから!』と涙ながらに訴えてくれて、期限付きで家に置いてもらうことと成りました。

    僕のお母さんは宍道町という小さな町で町内だけに放送されている、オフトークと言う有線放送のアナウンサー(良く言えば・・悪く言えばウグイスおばさん)をしている関係で、それから一週間毎日、公共の電波を使って、僕の親捜しをしてくれたのです。特徴はこんな感じで迷彩の首輪をしててと、そりゃあもう、有りがたくて涙チョチョ切れそうでした。

    ですが必死の捜索にも関わらず、無情にも一週間はすぐ過ぎてしまいました。結果は予想通り、誰も現れず、又もサバイバル生活に逆戻りと猫背を丸め荷造りをしていました。
    ところが家族会議の最中、お母さんがスックと立ち上がり、『家の子にする!今更、捨てるなんて出来ない!誰が何て言っても絶対に!』と僕を実子として育ててくれると言ってくれたのでした。

    後にも先にもその時はお母さんに心から感謝しました、渋い顔をしているお爺さんとお婆さんを説得し、渋々了解を得、これで一安心と思っていたら、意外にも今ではこの人が居ないと僕は死んでしまぅという位LOVEしている、ご主人様が大反対したのです…
    理由としては“命有るものをそんなに安易に預かってはいけない!”と言うのと“もう大事な者の死に目に会いたく無い!”という理由でした。

    次男のマア君が家の玄関前で車に撥ねられ血を流して死んでいるのを近所の人に聞いて、ただ泣き崩れているお母さんを横目に、未だ暖かさの残るマア君を抱えお風呂場で綺麗に身体をお湯で洗い、泣きながら『いけんだったなぁ(いけなかったなぁ)…可愛そうなことしたなぁ』と呟きながらタオルにくるんで翌日、埋葬したのもご主人様で、そんな辛い思いをしたくないのだそうです。

    納得しないご主人様を尻目にお母さんはそんなに文句を言うのだったら、小太郎と二人で生活をする!と言って、2階の寝室から1階の居間で寝泊まりをするようになりました。勿論、僕との二人での生活で、ご主人様とはその間、家庭内別居というやつです。。。。
    僕はご主人様に心苦しく思いながらも半年間そんな生活を送りました。

    ですかニャ未だに僕のことをご主人様は自分の子供だとは認めていなくて、お母さんにも『俺は小太郎は飼うの認めて無いからな』と未だに言っています…

    寂しい気もしますが、僕は知っていニャス・・僕が夜更かしをして帰りが遅くなった時、何度も外へ出たり入ったりして心配していたのを・・僕の寝顔を見てニヤニヤしているのも…

    対外的には冷たい感じをしてるご主人様は紛れもなく、僕のお父さんですニャ・・今週はお父さんの文章スランプが解消されるまで、僕小太郎にお付き合い下さいまし・・ニャァア

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  • 「楽」になくて「快」にあるもの。

    『楽』と『快』の違いについてを説明するのはなかなか難しい。それを知っている友人が先日教えてくれた。

    彼女は南画家だ。南画家というのは、『書、詩、画、篆刻(てんこく)』の四つをマスターしなければならないのだが、そのうちの『篆刻(てんこく)』には漢字学の勉強をする。その膨大な知識の中から、彼女がそっと教えてくれたのはこういうことだ。

    『楽』と『快』の意味には勿論重複するところもある。例えば”cofortable”という意味などである。
    この、重複する意味があるのでこの二つの区別は難しいのだそうだ。全くその通りだ。

    楽、というのはもともと巫女が病気の平癒のために、両手に鈴を持って踊っている様子から出来ている漢字だ。音楽、も音と鈴を振って舞う巫女の姿を考えると何となくわかる。一方、「快」という文字だが、「りっしんべん」、すなわち「心」という「へん」がついている。『快』には「はやい」という意味もあるのだそうだ。そういえば「快速電車」と言うではないか。といっても単にスピードが速いという意味だけではない。(笑)この「はやい」とは、例えば二人で話しをしていて、相手の言うことがすこん、ときもちよく入ってくるような「はやさ」を指すのだそうだ。

    「この『早さ』って何だろう、と思って三浦先生の本とひろみさん(私)の本を復習してみたんだけど・・・・」

    「これは『原始感覚』のことを指すんでしょうね」

    『楽』になくて『快』にあるもの、それは『原始感覚』なのだ。

    これって、すっきりしませんか??

    一週間ありがとうございました。

    フォーラムでお会いしましょう

    島根は松江の福田画伯にバトンを渡します。

    畠山裕美拝

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