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  • 学ぶということ

    私は東京下町育ちのため、大自然のなかで生活したことがありません。
    なので、おいしい空気ときれいな水のある場所に憧れます。

    しかしそんな東京でも、散歩をすると、小さな自然に出会えるとこころが安らぎます。
    車よりバイク、バイクより自転車、自転車より散歩することで見えてくるものがあります。
    植物でも、動物でも。
    こころがほわーんとほころぶものに出会えると幸せ。

    昨日は木と会話をする、という日記を書きましたが、
    先日代々木で出会った街路樹のプラタナスが美しかったので写真を撮りました。

    スズカケノキともいいます。
    一体どんな目的でこんなに美しい模様に皮が剥がれ落ちるのでしょう?
    人で言えば樹皮は皮膚ですよね。

    人目を引くためにこんな模様になったわけではないのでしょうが、
    どんな意味があるのか、知っている方はぜひ教えてください。

    今度あった時は絶対頭をひっつけて交感してみようと思います。

    ところで話はかわりますが、
    我々実行委員が学ぶ三浦寛先生の講習がまた5月から始まります。
    この機会に、実行委員や役員が「定期講習を受講して/先輩諸氏の声、定期講習の体験者の声」を書きました。

    共に操体を学ぶ仲間の、講習に対する熱い想いが語られています。
    語り手によって切り口はちがうのに、どれも「そうそう、そうなんですよね!」と、
    私自身の文章で語りきれないことを表現して下さっています。

    それぞれの立場で、迷った末にたどり着いた操体とのご縁。
    そして、これからも学びは続いてゆくという確信。
    そんなことを感じながら読みました。

    三浦先生の教えを通して、「橋本先生の成してきたこと、成さんとしてきたこと」が、
    我々実行委員の身にしみて行く様子も伝わるといいなと思います。

    講習を受講するか迷っている人だけでなく、
    ちょっと操体に興味ある人というにも、操体を知る一端になるかもしれません。

    ブログで自分の仲間を自慢するのも変かも知れませんが、
    どのメンバーも、自慢の仲間、同士です。
    どんな人間が操体にはまっているのか、どうぞのぞいてやってください。

    森田珠水

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  • 梅を味わう

    こんにちは森田です。

    今日は雨が上がったところで、池上梅園まで散歩しました。

    池上梅園は、戦前までは日本画伊東深水氏の自宅兼アトリエ、「月白山荘」
    でしたが、戦火で消失後は料亭経営者の小倉氏の別邸として使用されていたそうです。

    庭園の奥で売られていた吟醸甘酒(甘くない!酒飲み向け?)に舌鼓をうちながら
    梅見…贅沢な時間を過ごしました。
    今年は暖かいため、花は既に盛りを過ぎてしまいましたが、
    370本もの梅の木はそれだけでにぎやかで、まばらな咲き具合もよかったです。

    庭園を歩いていて思い出したのは、女優の五大路子さんが
    フジTVの「ごきげんよう」に出演された時の、「木とお話できるんです」という話でした。

    五大さん曰く、
    「できれば何百年もの樹齢の木がいいのだけど、一番いいのは800年くらいね。
    でもなかなか森に行けない時は、近所の公園の木でよいので、ここ(百会をさして)を木につけるんですね。
    で、木がドクッドクッと流れている声をずーと聞いてるんです1時間ぐらい。すると、この百会から、1時間が百会から色んな声や音が聞こえてきて、体中にパワーがみなぎってくるんです。」

    だそうです。

    以前の私だったら、「五大さんって不思議さん?」で聞き流すところでしたが、
    「感覚を聞き分ける」や、「感じる」ことがいかに大事かを学んでいるので、
    この時は、「あるとおもいます!」とテレビの前でうなづきました。

    五大さんは、自分の皮膚を木の皮に接触させ、
    音や言葉でない「感じる力」で木とコミュニケーションしているのでしょう。
    1時間頭をつけっぱなしは一見長いようですが、
    心地の良い時間はあっという間にすぎるので、
    我々が想像する時間の観念を飛び越えたてるのだろうな、とも思いました。

    また、
    「あともう一つは背中をくっつけるんです、木に。
    ずーっと空を見上げて、木の枝は、私は木になったんだって思って、枝は私の枝だって思って、木になったと思って話をするんです。
     そうするとね、なんだ悩んでる事なんて小っちぇ小っちぇ、木は何十年もここにじっとこうして命をつむぎ続けてるっていうのを木が教えてくれるんですよ。
     一番いいのは神社とか、森とかね、触れるだけでもいいので手のひらからもいっぱいエネルギーが。」
    ともお話しされていました。

     
    さっそく私も梅園のはじっこで、こっそり頭をくっつけてみました
    (本当は木に触っちゃいけなかったかもしれませんので、そっとですよ)。

    すると、これがなんだか気持ちいいのです。

    言葉でどう表現したら良いかわからないのですが、
    操体をからだに通している時のからだに生じる心地よさに通じるものがありました。

    さすがに梅と会話まではできませんでしたけど、
    回数を重ねるとできるようになるのかしら??

    しばらく味わってみようと続けていたら、団体観光客のにぎやかな声が。
    …やっぱり恥ずかしくてそこでやめてしまいました。
    こういうは恥ずかしがっていたら駄目なんですけど、
    こころの平穏が保てませんでした。

    修行が足らんな〜。

    操体の臨床には「感じる」ことが大事です。
    木に触れて何かを交感することは、渦状波をしているのと同じことだと気づきました。
    これからはどんどん触れてみようと思います。
    背中をくっつけるのも気持ち良さそうですよね。

    会話できるようになったらまた報告します。

    森田珠水

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  • 聴診器に学ぶ?

    こんばんは森田です。

    今日は耳鼻科で臨床を見学していました。
    花粉やインフルエンザなど、この時期は小さい子供連れの患者さんが多いです。

    ドクターはホッとさせてくださる笑顔の持ち主ですが、
    真剣に考え事をしている表情だと、どうやら子供には怖く見えるらしいのです。
    ただでさえ白衣の男の人には「きっと痛いことをされるに違いない」と
    子供はびくびく、きゅーっとからだを固くしがちです。

    ちょっと診察の様子をシュミレーション(?)してみますと…。

    お母さんに抱えられて椅子に座らされただけで恐怖にひきつる子供。

    鼻の穴に薬をスプレー。シュー!
    鼻にガラスのチューブを突っ込んで鼻水を吸う。ずずー!
    耳の穴に耳鏡を差し込んで中耳炎を起こしてないかチェック。
    のどを見ます。「お口あけて〜。あーん。」舌圧子で大きく口を開けさせられる。
    おえ〜、ごほごほ(涙)。

    ここまでで、最初は静かだった子供も大泣きします
    (もちろん、ずっと静かに診察を受ける子もいますけどね)。

    泣き叫んで暴れると、「動くと耳の中が痛くなるから、もう少し我慢してね」
    と、看護婦さんとお母さんがぎゅーっと押さえつける。
    本当は痛くなくても、母が守ってくれないことへの悲しみなんかもあいまって、
    子供は自分自身の恐怖心で痛みを倍増させてしまいます。

    実際、中耳炎を起こしていたりすれば、
    耳の中を触られれば想像以上に痛いので、暴れたくなる気持ちもわかるのですけどね。

    しかし、そんな子供たちですら、最後に胸と背中に聴診器を当てたとたん、
    「あれ?なに?」という顔でぴたっと静かになります。
    それはもう不思議なくらいに泣き止むのです。

    私は子供が来院するたびに観察していますが、十中八九、聴診器で泣き止みます。
    こころが落ち着くのか、安堵の表情でゆったりします。

    不思議に思って、聴診器をお借りしたところ、ゴムを皮膚に当てると非常に心地よいのです。
    それまで心にあった「恐怖感」や「痛み」を、ぴたっと止めるほどの威力のある「心地よさ」ってすごいと思いませんか?
    また、胸や背中など、感覚の鋭い所に触れるからこそ、その威力が発揮されるのかもしれません。

    そういえば、ころんでぶつけたところに手を当てただけで、少し痛みが治まるとか、
    ざわざわ、イライラしている時に、信頼してる人にそっと肩に手を置かれたら気が落ち着いた、とか、皮膚を通して「何かが治まる」ということは体験します。
    猫だったら自分で毛繕いをしてこころを落ち着けたりしますよね。

    そう考えると、普段身につけている衣服など、
    素材によってからだに常に緊張感を与えているのか、リラックスを味わう生活をしているのか、
    大きく違ってくるのかもしれません。

    皮膚はまだまだ知られていない可能性を秘めています。

    私も患者さんへの触れ方を、聴診器に負けないようにしたいなあ、と思った1日でした。

    森田珠水

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  • 猫の日

    こんばんは森田です。
    三浦先生からバトンを引き継ぎました。
    1週間、おつきあいよろしくお願いいたします。

    先生の足底筋の話、面白かったです。
    操体の臨床では重要な膝裏谷(ひかがみ)、
    またちがった意識で触れることになれそうです。
    どうもありがとうございました。

    さて、今日は2月22日。
    『にゃんにゃんにゃん』で、猫の日だそうなので
    今日は仕事先の猫の話をひとつ。

    先日の福田画伯の小太郎くんの日記(?)にもありましたが、
    操体の施術中に、猫が寄ってくることがしばしばあります。
    「私が猫にモテるから」ではなく、
    操体をやっている」波動に引かれて寄ってくるようです。

    ある患者さん(Aさんとします)の飼い猫のサンタ君は、
    Aさんが横になったとたん、
    足の間に『挟まり寝』をしにきたり、
    おなかや背中にのり、『香箱をくんだり』します。
    Aさん曰く、「普段はしないのに、操体を受ける時だけのっかってくる」のだそうです。

    「邪魔しないでね〜」とからだから下ろされては登り…の繰り返しを経て、
    Aさんの隣に横たわり、しっぽだけからだにくっつけて
    何かを味わっている様子です(しっぽだけでも触れているのが彼のポイントらしい)。
    いつも「2人と1匹で操体を味わっているのだな〜」と施術しながら感じています。

    以前このAさんのうちに、
    ブチャという、事故で半身不随になった猫がいました。

    彼はガッチリした体格のオス猫でしたが、交通事故の後、
    前足だけでからだを引きずって移動するため(スピードがでない)、
    この家の玄関に知らない足音が近づくと、すぐにこたつの中に逃げ込んで
    客が帰るまで、絶対に出てきませんでした。

    必要以上に音に慎重になり、家族の人にしか全く気を許さなかった猫。

    私は通いはじめの2年ほど彼の姿を見たことがなく、
    「最近ご飯を食べなくなって、食べても吐くばかりでかなり弱ってきた」
    という話だけ聞いていました。
    Aさんが皮下に栄養を点滴してなんとか生きていたようです。

    ある日Aさんがいつものように、操体を受けようとこたつのそばに横たわりました。
    そして施術が始まって数分。

    ごそごそ。

    なんと半身不随の猫が前足で下半身を引きずってこたつから出てきたではないですか。
    そして、まるで「僕も味わいたい」というように私の前に横たわりました。

    当時私は皮膚へのアプローチをはじめたばかりで、
    何をやればよかったのか正直よくわかりませんでしたが、
    とにかく落ち着いて呼吸になる触れ方で接しました。
    彼は目をつぶって、ただ黙って心地良さそうにしていました。

    マッサージのようなアクティブな刺激よりも、
    ただ気持ちのよいというにふれているだけで良かったようです。

    腰骨が浮き出るほど弱り、自力で移動できなかった彼が、
    こたつからでてきて、家族以外の人に自ら近づくということ自体、Aさんには驚きでしたが、
    もっと驚いたことに、その日の夜は久しぶりに自分からご飯を食べ、
    しばらくの間元気を取り戻したということでした。

    私の施術が良かったからではなく、
    彼自身が気持ちのよさを聞き分けて、味わったことが治療になったのでしょう。

    また、Aさんが気持ちの良さを味わう波動を彼が感じ、
    それをもっと積極的に味わってみようと、
    勇気を出してこたつから出てきてくれたことも快適感覚のなせる技ではないでしょか。
    「イノチには気持ちの良さで治りたいという意志を持っている」
    という、三浦先生の言葉が思い出されます。

    その後、数ヶ月ほどしてその猫はなくなりましたが、
    余命宣告よりずっと長く生きました。

    猫は頭で考えたりしません。
    ただ、気持ちのいいことを選んで、味わって生きています。
    気持ちのよさを味わうことで、からだに治しをつけていたのでしょう。

    他人が「ああしてやろう、こうしてやろう」と考える治療は、
    イノチが必要していることと一致するとは限りません。
    施術者として、何がイノチにとって必要なのかを知りたければ、
    からだにきいてみればよいのです。

    私は猫から、そんなことを学んだような気がします。

    森田珠水

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  • 足底筋。第三の背屈。

    足底筋に少しは関心をむけていただけたであろうか。
    もう一つ付け加えると、足底筋は足関節の底屈を行う筋肉だということ。同志は分かっていたよネ。
    足関節の背屈では、拮抗的に作用する筋肉ですから、どう対応すればいいのか、改めて考えるチャンスだと思います。
    つま先から背屈させるってことは、拮抗筋にできるだけプレッシャーをかけないという配慮なのですネ。しかしつま先から背屈させても足首が反ってくるわけですネ。すると、足首の動きにブロックがかかりやすくなります。一番好ましいのは、足首が背屈しない、してこない背屈の仕方が一番の背屈なんです。そのために、どのような対応をすべきか。つまり、拮抗筋である足底筋に負荷をかけない背屈の仕方を考える。それが第三の背屈なのですネ。
    ともかく、足底筋にふれられるかどうか、。足底筋に触れたらその硬結にピタリと指尖が当てられること。それができぬようでは、ヒカガミ全体の異常緊張変化に対応できるとは思いませんね。

    一週間ありがとうございました。
    明日からは実行委員の森田珠水さんの番です。

    三浦寛

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  • 足底筋。第三の背屈。

    足底筋に少しは関心をむけていただけたであろうか。
    もう一つ付け加えると、足底筋は足関節の底屈を行う筋肉だということ。同志は分かっていたよネ。
    足関節の背屈では、拮抗的に作用する筋肉ですから、どう対応すればいいのか、改めて考えるチャンスだと思います。
    つま先から背屈させるってことは、拮抗筋にできるだけプレッシャーをかけないという配慮なのですネ。しかしつま先から背屈させても足首が反ってくるわけですネ。すると、足首の動きにブロックがかかりやすくなります。一番好ましいのは、足首が背屈しない、してこない背屈の仕方が一番の背屈なんです。そのために、どのような対応をすべきか。つまり、拮抗筋である足底筋に負荷をかけない背屈の仕方を考える。それが第三の背屈なのですネ。
    ともかく、足底筋にふれられるかどうか、。足底筋に触れたらその硬結にピタリと指尖が当てられること。それができぬようでは、ヒカガミ全体の異常緊張変化に対応できるとは思いませんね。

    一週間ありがとうございました。
    明日からは実行委員の森田珠水さんの番です。

    三浦寛

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  • 六日目。黒子とシモン

    おはようございます。申告とブログが重なって、過呼吸気味の今週です。エアーポンプが必要ですね。ブログもなかなかマトマリがつかず、ご免なさい。昨日のブログ、目を通して下さった方、膝窩の中央に存在する「足底筋」少し心に止めておいて下さい。
    そして、足底筋の圧痛硬結をきちんと触診(触れられるように)できるように、その触診のコツ、さらに「第三の背屈」足関節を背屈させない背屈の仕方をしっかりたたき込んで下さい。

    ヒカガミのどこを診ているのか、をしっかり掌握して、触診は触れて、確認することなんですが、触れる前に、すでに膝窩のどの辺に負荷がかかっているのかを、見定めて全体を触診しながら、ポイントに指尖を導くように。ヒカガミの足底筋には必ずピタリと止まる硬結のシンがあります。その中心に指先がピタリと止まる。それが診立ての重要なところです。

    足底筋に硬結が存在すると、その下腿部、腓腹筋に糸くずがからまっているような緊張変化・・・・がみられます。そして踵骨の周囲、(踵心点)、さらに足底の内側、さらに足心点、爪心点にも変化を触れることができます。
    足底筋の緊張変化(硬結)は、足底をまたいでいます。
    よーく、からだの根幹を診ることです。
    根幹とは、基礎構造の土台に相当するところです。そこに「臨床」のカギがある。症状、疾患を診ても解決できないよ。まづ、根幹の歪みを診ること。

    治療室で飼っているウーパァルーパァの黒子、オスとメスの判別がよくわからなかったけど、オスのヤツは後ろ足の付け根、人間で言えば、股関節の付け根の部分が成長とともにもっこり肉付きがよくなってくる。腰に重みが増して、ドッシリたくましいお尻をみせてくる。うちには3匹いて、どうもそのうち2匹はオスらしい。去年クリーニング屋さんからもらってきて、数センチの幼体から今では20数センチ以上に成長(25センチ位に成長するようだが)うちの黒子は成体に成長したようである。
    今朝、水槽の水循環ポンプの末端棒に奇妙なゼラチンもどきが付着していた。ゼラチンには数ミリの黒点が無数に点在している。もしや、これがウーパァルーパァのタマゴ?
    ついにこの時が来たのか。いつの間にメスの黒子はどの黒子(オス)と交尾したのか?どうでもいいんだけど、交尾ー受精ー産卵するまでどの位の期間を要するのか。産卵したあと、どう対応するのか・・・。僕はこの卵をどうすればいいのか悩んでいる。僕には飼育する余裕がない。ハテハテ・・・。
    玉子焼きにして食べちゃうか、マァ、そんな気分でもないし、本を買ってきて少しはお勉強しないと黒子の生態系は私にとっては未知の世界、たヾ飼っている訳でもなし、何でも(何事でも)義務と責任がつきまとう。成長とともに、グロテスクなヤツだなと思いつつも、愛着(情)もある。・・・複雑な心境です。
    幼体のときからオス、メスの選別ができるのなら、オスだけもらってきたのだろうが、今になってはこれもご縁というものか。

    猫のシモンは近頃悪知恵を働かせている。
    こいつは食事が気にくわないとよく吐く。
    カンが鈍いのか、吐きそうだなと思ったら食べなきゃいいのに、食べてからこりゃまづいと気づくらしいが、マア野良ちゃんの習性か、とにかく腹におさめないと気が済まないようだ。トイレは所定のオマルでやってくれるので、なんておりこうさん、と思うのだが、あたりかまわづ吐いてくれる。一番やっかいで私を怒らせるのは目の届かぬ所でやられることだ。臭気に敏感な私は鼻ピクピクと感じとる。やっているな、コイツ、いったいどこでゲロったのか、とんでもないヤツ・・・。
    御主人が困ることはやるなっていうの・・・。
    一番ゲロる空間(確率)が高いのは、診療ベッドの上、ベッドには心地のいいシーツやら毛布が敷いてある。きもちよさそうなところでゲロゲロやるんだな、こいつは・・・。その度にコインロッカーいやコインランドリーに駆け込む。こんな時、とっつかまえてコインロッカーかコインランドリーにシモンをつっこみたい・・・。
    こいつは、またヤッテシモウタと、わかっているんだな。ゲロった後は雲隠れして、姿をみせない。
    この猫隠れはまるで忍者のごとき。どこにくらましているのかわからない。しかし、一時すると、ケロリと忘れてしまうらしい。ヒョッコリと姿を見せる。
    私の怒りはまだおさまっていないともしらづ、まぬけな猫じゃニャーン。

    三浦寛

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  • 足底筋続き

    一日目のブログのつづきは、足底筋が膝窩のほヾ中央に何故位置しているのか、その足底筋の筋紡錘そのものは7〜10cmほどの、地味な筋肉なのだが、その筋肉から伸びる、バイオリンの弦に似た腱が下腿の筋肉をまたいで踵の内側で停止していることであった。
    我々にとって膝窩は慣じみの深い診断部位である。そこで、膝窩のどこを診ているのかという問いかけである。膝窩のここをはずすなという診立てのポイントがあるのではないかと思ったのである。手当たり次第診ているわけじゃないだろう、膝窩を触診する際、一つの診断としてターゲットにすべき筋肉があるはづなのではないか。橋本先生も必ず膝窩(ヒカガミ)を診る。ヒカガミのどこを診ていたのであろうか。私もうかつだった。そうした問いかけを先生に先生にしてみたことがなかったのである。ヒカガミを重視していたことは間違いないのだが、足底筋と筋肉名を言葉にすることはなかったのである。しかし、たびたび先生の臨床を受けさせていただいて、膝窩の触診部を想い出すと、膝窩の中央部をはづしていないことは間違いないことである。必ずこの足底筋に触れていたはづである。膝窩の他の部位にも筋の異常緊張が診られるのは事実であるが、しかし膝窩の歪みは、この足底筋がおおいに関与していることは間違いないようだ。問題はこの足底筋の硬結の中心(芯)に触れることが難しい。コツがある。一般的には中指の第一関節の指腹の部位で触診するのだが、指の腹の部分で診たのではその芯に触れることはできずに見逃してしまうのである。その芯の核に当てるいは、中指の指尖(しせん)を真上に立て(膝蓋骨の真上)で触れることである。指尖を立てるには、親指以外の四指を真上にたて、(膝蓋骨の真上にで触れることである。指尖をたてるには親指以外の四指を膝窩に添え肘を脇にしめないと無理である。
    また、膝窩の緊張(シコリ)を解消するにはこの足底筋の緊張をいかに解除するかである。
    膝窩の圧痛硬結に対して足関節の背屈の試みが一般的なアプローチであるけれど、しかし足底筋の硬結は、そんな単純な問いかけでは解消しきれない存在である。また、一度の背屈で納まるものでもなく、また、回数を試みれば解消できるものでもない。ましてや感覚の有無すらききわけさせず、単に背屈という動きのパターンをとおせば解消するなどと、たかをくくらないことである。
    そこで「第三の背屈」の捉え方がある。足首を背屈させない背屈の試みがそれである。
    足首の背屈すれはするほど、足底筋の硬結は解消できないと考えるべきだ。
    勉強会に出ている同志には、この第三の背屈がどのような背屈なのかは理解しているはづである。
    足底筋の硬結を解除するには、足底部位の歪みを正すことがよりッ優先されなければならない。そのため。第二分析と第三分析の併用も視野にいれるべきであろう

    三浦寛

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  • 経済など

    去年下半期の国民総生産が36年ぶりに-12.0%ほどのひどい落ち込みになったという。
    今年に入って、その下落は一段と深刻、厳しさを増すのは確実だと言う。
    36年〜37年前と言うと、私が開業した次の年の第一次オイルショックである。
    当時のことは、かなり鮮明に覚えている。
    店頭から物が消え、物価が二倍〜三倍にハネ上がった、開業がこの年にダブってしまったら、しばらく開業の目処(めど)が立たなかったのかもしれない。36〜7年も時代が動いて、なぜまた世界同時恐慌、負のスパイラルが発生するのか。
    教訓という学習を忘れてしまっているのだろうか。
    時代という時間の経過とともに、これらの教訓は、風化され、忘れ去られてしまうものなのか。これも人間のオゴリなのか。人間ってホントに学んで成長しているのであろうか。
    それはますますあやしくなってきた。
    戦争を仕掛けなければ経済の発展が望めないような事態にまで追い込まれている。また戦争という悲劇を繰り返そうとしている。これも一国、一握りの権力者の欲望と富の分配によって、弱国、弱者が巻き込まれ、翻弄され、傷つけられ、はじき飛ばされ、命を奪われていく。
    オイルマネーをふんだんに利用して地上の楽園を目指したドバイの事業計画も、オイルマネーの急速な冷え込みによって、頓挫してしまった。一握りの金持ちのための楽園なんて、一時の妄想ではないのか。
    神の創造にはないものなのだ。あと、数十年すれば世界の人口の三分の一の人類が死滅するという。地球破壊による温暖化現象、そしてますます広まる富の分配によって、弱者はこの地球からおん出され、生存できなくなる。共存の世界じゃなく強者のみの共存、そこには、生き残れるか、否かの生存の奪い合いの戦(いくさ)が繰り広げられる。
    今の時代、これからの時代はまさに人間が人間を食う、恐竜の時代よりもかなしい時代が始まっている。人類のイノチは翻弄される。

    今、ニューヨークで一番景気づいている商売がある。それは質屋らしい。株でスッテンテンになった富豪族が当面の生活資金を手にするため、高額な物品を持ち込んでいるのだという。その中には3点セット3億円もする高級腕時計、何十カラットもの宝石、貴金属、毛皮のコート、一台何千万もする高級車、挙げ句にオスカー賞で得たトロフィーまでもが持ち込まれている。彼等にとっても飽食暖衣の生活は過去の夢になってしまった。

    三浦寛

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  • 三日目・・ 横道にそれます

    早朝、長ビバチの前に腰掛けていると、飼い猫、シモンが私の方を向いて正座している。
    「どうした、シモン」と、話しかけると、ニャ〜〜〜ニャと返事が返ってくる。
    「シモン、お前さんネ、ニャーニャーじゃわからんとヨ。日本語で語らんバ、わからんヨ」
    それでも、こいつはニャーン、ニャーンと返事を返す。
    ア、そうかと私が行動をおこし、立ち上がってみせると、ニャーニャーがニャニャに短くなる。
    私が玄関のほうに歩いて行くと、私の後からお尻フリフリついてくる。
    コイツ、迷っている。
    食事をネダろうか、外出をネダろうか・・・と
    戸と開ける、トン走して出て行った。

    ブタ族と猫族、どちらがすばしっこくて逃げ足が早いか、わかる?そりゃトン走する、という位だから、ブタ族の方が猫族をうわまわる。ブタを飼ったことはないが、養豚場で見慣れたブタ族のすばしっこさは猫の比ではないんだ。
    ひょっとしたら、あの短足で木に登るかもしれません。

    なかなか1回目のブログ通(ツウ)に入れません。
    (ブログ通とは、ブログの続きの意)
    かなり、スロンプのヘコみ、デコみがきついようです(スロンプとはスランプのもっときつい状態です)

    辻や佐伯だったら、焼酎立て続け30杯・・・・ゴックンすれば、立ちどころに立つんでしょうが、私は逆にヘコんでエントロピーの加速である。

    ああァ、やってしまいましたよ。今日も横道にそれますよ。
    それたがっているから言葉にする。『横道にソレターイ』
    それましたね。今日のブログも横道側臥位発進です。これも言葉の運道ですね。運動(ウンドウ)じゃなくて運道:ウンドー
    (ウーパールーパァのフンじゃないよ)。運道か。なかなか粋な言葉が生まれたものです(?△■▲※?)

    昨夜のニュースに写っていた日本の総理、麻生さんのアップの顔ね、何か変だなと思いませんでしたか?
    総理の口元がますます左側にへの字に歪曲してますネ。口元がへの字に曲がるというのは、意志を束ねきれない心の状態を見せ写しているんだね。
    「意志の迷い」「どう己(おのれ)の心をコントロールしていいのか判断しかねている状態」政局どころじゃなくて、自分をどうコントロールしていいのか、わからないような状況に立たされているんじゃないかな。
    発言の内容に注目してみても、口で喋ってはいるけれど、言葉で喋ってないんですね。語るべき言葉がないから、言葉が宙に浮いて身についていないようです。
    言葉に責任が持てないから、口元が歪んでしまう。
    ウーン、近頃の麻生さん、
    ブレーンに対しても、また自分自身に対しても、何か信じるものがなくなっているように見受けられますネ。
    ウツ状態で政局の舵取りをしているような気がします。

    淀川さん(故人)が、総理に「大丈夫ですか!」と声をかけると、麻生さん「淀川さん、そんなこと、この俺に聞いたって、わかりっこネエだろう・・・・」と、機嫌悪そうなダミ声がブッ飛んできそうです。

    三浦寛

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