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  • ドレミって

    こんばんは。今週担当の辻です。
    実は20日から帰省の旅に出ておりまして、寄り道しながら鹿児島を目指している途中です。
    夕方、ようやく九州入りしました。
    と言う事で、本日は福岡は秋穂家からお送りします。

    5月も終盤を迎え、はやいもので春季東京操体フォーラムから一ヶ月経ちましたね。
    操体と発声」いかがでしたでしょうか。

    前回に引き続き、懇親会にて質疑応答のコーナーを設けましたが、そこで発表された質問に興味深いものがありました。

    ◎「ドレミファソラシドの音階については正確な音程は必要がないのか?」

    これは元より気になるところでした。
    フォーラムで実際に見ていただいた通りなのですが、思ったことを少し。

    回答として、巻上相談役から「不安定」という言葉を使った説明がありました。

    ドレミファソラシドって特定の音を指すものではないという事があります。
    移動ド(階名)と固定ド(音名)とも言われたりしますが、ドレミファソラシドは通常、階名として使われます。
    つまり、移動するんです。
    1オクターブ平均律だと半音が12個分。
    長音階(メジャースケール)の場合、音の間隔は、全音全音・半音・全音全音全音・半音。
    この並びであれば、調が変わってもドレミファソラシドなのです。
    どこの音から始めてもドレミファソラシドです。

    対して音名は基本的に固定されます。
    ある調ではドから始まっても、別の調ではミから始まったりします。
    ややこしいです。

    そこで、専門的にやる場合はこの二つは区別するんですね。
    クラシックなんかだと、音名はドイツ語。C・D・E・F・G・A・H。(ツェー・デー・エー・エフ・ゲー・アー・ハー)
    ジャズとかポピュラーだと英語。C・D・E・F・G・A・B。(略)
    その他は日本語。ハ・ニ・ホ・ヘ・ト・イ・ロ・ハ。
    イタリア語。Do・Re・Mi・Fa・Sol・La・Si・Do。

    その他に基準音の問題があります。
    チューニングの際に基準とする音、というものがあります。
    全員で共有する音といいますか、一つの音を共通認識して、その他の音は個別に合わせていきます。
    音名でいうとAの音(ハ長調のラの音)が基準になり、周波数(振動数)はA=440Hzだと言われています。
    実際にはA=442Hzが採用されたりするので、これまた幅があります。
    アンサンブルではまずこのAの音を設定することから始まり、その場限りの約束で音の高さを決めていきます。

    ここで疑問になってくるのは、何を持って正しい音程というのか、ということです。
    連続した音として捉えるなら相対的に決まってくるものですが、一つの音に対する聞き分けということであれば、自由度?は高くなりますね。
    聞く人が聞けば何Hzを基準にしてるとか分かるんでしょうけどね。

    ただ、大事なのは快適感覚をききわけ、味わうということで、これは見失わないようにしないといけません。

    快・不快を聞き分けられる言葉があり、快・不快を聞き分けられる音があると考えればもっともっと奥深いものになります。

    絶対音感、相対音感ともに鋭い人材が実行委員に入ってくれば楽しいことが出来そうですね。

    辻知喜

  • チャリティーイベント概要

    日時 5月31日 (日) 13時30分開場 試合開始14時

    ポストマンライブ 18時開始

    会場 東京都大田区山王2丁目4−1大森駅前ビル7階 
    ゴールドジム ファイティングスピリッツ JR大森駅より徒歩3分

    入場料金 1000円

    問合せ 格闘技チャリティーイベント実行委員会
    03−3645−9830

    是非ご来場ください。

    今週1週間お付き合い頂きましてありがとうございました。

    来週は男前に磨きがかかってきた辻君です。

    最後におまけを、アンディが亡くなってから久しぶりにした試合の映像です。
    この時、不思議な出来事があったんです。
    久しぶりの試合だから、凄い緊張して試合直前にも緊張が抜けなかったんです。
    本当にまずいなと思ったままリングに上がったんです。
    もうゴングが鳴るという直前に。
    僕はサポーターを忘れた事に気が付いて。
    リングの上でセコンドが控え室に取りに戻るのを待ってサポーターを付けて
    そうしたら不思議なんです、準備が終ったら、全く緊張が取れてたんです。
    僕はいまでも、アンディが来て悪戯してくれたんじゃないかって思ってるんですよ。
    試合の前に僕は夢の中でアンディに会って、お願いをしたから。
    今度の試合観に来てよって。
    それで、今度は僕の試合をアンディがセコンドについてよ。
    僕は夢の中でそうお話したんです。
    アンディは色んな事を夢の中で教えてくれたんです。
    それは多分試合の前の緊張が生んだ事に過ぎないかもしれない。
    でもそれは僕にとっては事実と変わらない。
    だから僕は試合が終わってから空に向かって挨拶した。
    そんな試合の映像です。

    あの頃は良い動きだって思ってたけど、武術と操体を学ぶと雑だなと感じます。
    凄いんですよ、武術と操体は。
    僕は武術と操体は最高だって思います。

    平 直行

  • ポストマンライブ

    樋口さんがイベントにやって来る。
    ポストマンライブとしてやって来てくれる。
    ライブはリングの上でやって頂く。
    リングの上で歌って頂く事になる。
    だからきっとアンディも聴いてくれる。
    僕はそう思っている。
    この歌の歌詞をアンディの息子のセイヤ君に送ってあげようって思う。
    日本で暮して練習して試合をしていた時に
    よく息子のセイヤ君のお話をしていたアンディ
    日本の田舎に連れて行ってあげたいって言っていた。
    あれだけの選手なのに息子自慢したりしてたアンディ
    そんなアンディを僕は知っている。
    セイヤ君にそんな事も教えてあげたいな。
    いつかセイヤ君が結婚して子供が出来た時
    セイヤ君の心の中にアンディはいる。
    きっといるって僕は思う。
    セイヤ君の子供の中にもきっとアンディはいる。
    命は繋がっている。
    時間も繋がっている。
    心の繋がりがあれば、そこにアンディはいる。
    操体を学ぶとそんな事を感じるようになる。
    そんな事を感じる時間は、不思議な時間。
    それはなかなか良い時間

    平 直行

  • チャリティーイベント

    ラジオから聞える声が僕の中に入ってくる、僕自身が歌声の中に入ってゆく
    そんな不思議な感覚を、味わいながら、こんな事を思っていた。
    調度5月の31日に格闘技のチャリティーイベントを行なう。
    亡くなったアンディフグ 大切な友人
    白血病で亡くなった、アンディは亡くなる前に、こんな事を言った。
    自分が白血病なのに、こんな事を言った。
    自分がきちんと全快して、同じ病気で苦しんでる人たちに、勇気を与えたい。
    凄い漢(おとこ)と僕は一緒の時間を過ごしてきた。
    僕はアンディから沢山の大切なものを頂いた。
    人をやっつける格闘技をやりながら、僕は人との接し方。
    優しさを一緒に過ごしながら教えてもらった。
    車椅子の人にアンディが凄く優しい目で、優しく接した時間。
    僕はいまでも、そこにいるように思い出せる。
    凄く素敵な時間を、僕は一緒に過ごさせて貰った。
    だから、僕はアンディの事を思ってる時間がいまでもある。
    僕には何も出来ないけど、闘う事でも何でも敵わないけど。
    僕が出来る事を、何となくだけどやってる。
    その中に格闘技のチャリティーイベントがある。
    みんなが集まって、ひとつになって何かをする。
    そこにあるのは闘うという事。
    格闘技は強さだけじゃ、何かが足りない。
    それが何なのか、僕にははっきりとはまだ分からない。
    アンディに教えてもらった事は、まだ僕にはきちんと学びきれてない。
    だから僕はチャリティーイベントをやる。
    アンディを感じて何かをやり続ける。
    チャリティイベントだから、選手はノーギャラで試合をする。
    それを見に来てくれた人たちの、買ってくれたチケット代は全額骨髄バンクに寄付をする。
    ゴールドジムの協力で会場はただで使用させて頂く。
    そしてスタッフもジムのスタッフがやってくれる。
    相手をやっつける格闘技の試合は、その日チャリティーの為にのみ存在する。
    そんな事を思いながら僕は、チャリティーでこの歌を流したら面白いかな。
    そんな事を考えていた。
    そんな事を考えているうちに、歌が終った。
    用意してあったように、こんな言葉がラジオから聞えてきた。
    この歌はこの言葉を必要としている人に、自ら歩いてゆくような曲
    だから僕は呼ばれたらどこにでも行って歌います。
    僕は次の日に連絡を取った。
    用意してあったのだから、それが当たり前のようにライブが決まった。
    格闘技のチャリティーイベントでラジオから聞えた歌が流れる事が決まった。

    平 直行

  • 手紙〜親愛なる子供達へ〜

    ラジオから聞えてきた歌は 手紙〜親愛なる子供達へ〜という歌。
    いつの間にか僕は歌に引き込まれて、ラジオから聞えてくる言葉の
    一つ一つの情景の中に入っていった。

    その歌の歌詞を

    以下

    年老いた私が ある日 今までの私と違っていたとしても
    どうかそのままの私の事を理解して欲しい
    私が服の上に食べ物をこぼしても 靴ひもを結び忘れても
    あなたに色んなことを教えたように見守って欲しい
    あなたと話す時 同じ話を何度も何度も繰り返しても
    その結果をどうかさえぎらずにうなずいて欲しい
    あなたにせがまれて繰り返し読んだ絵本のあたたかな結末は
    いつも同じでも私の心を平和にしてくれた
    悲しい事ではないんだ 消え去ってゆくように見える私の心へと
    励ましのまなざしを向けて欲しい
    楽しいひと時に 私が思わず下着を濡らしてしまったり
    お風呂に入るのをいやがるときには思い出して欲しい
    あなたを追い回し 何度も着替えさせたり 様々な理由をつけて
    いやがるあなたとお風呂に入った 懐かしい日のことを
    悲しい事ではないんだ 旅立ちの前の準備をしている私に
    祝福の祈りを捧げて欲しい
    いずれ歯も弱り 飲み込む事さえ出来なくなるかも知れない
    足も衰えて立ち上がる事すら出来なくなったなら
    あなたが か弱い足で立ち上がろうと私に助けを求めたように
    よろめく私に どうかあなたの手を握らせて欲しい
    私の姿を見て悲しんだり 自分が無力だと思わないで欲しい
    あなたを抱きしめる力がないのを知るのはつらい事だけど
    私を理解して支える心だけを持っていて欲しい
    きっとそれだけでそれだけで 私には勇気がわいてくるのです
    あなたの人生の始まりに私がしっかりと付き添ったように
    私の人生の終わりに少しだけ付き添って欲しい
    あなたが生まれてくれたことで私が受けた多くの喜びと
    あなたに対する変わらぬ愛を持って笑顔で答えたい
    私の子供たちへ
    愛する子供たちへ

    ラジオを聴きながら、僕は歌声の中で何かを感じていた。
    不思議な懐かしいような、言葉に出来ない感覚に僕はなって。

    そして、僕は懐かしい時間を一緒に思い出して。
    その思い出の為に僕がしている事を考え始めていた。

    それは言葉では表しきれない
    不思議な感覚になる時間だった。

    平 直行

  • ラジオから流れてきた歌。

    ラジオの中ではこんな事をお話していた。
    樋口さんの友人の元に一通のメールが届いた。

    それは誤信メールで、ポルトガル語で書かれていたメール。
    だから、普通は読めないメール。

    そもそも誤信メールだからそのまま削除したとしても当たり前だったメール。

    僕はラジオの中で、一緒にお話を聞いているような気分になった。
    不思議だけど、何となく、そんな感じの時間を僕は味わった。

    不思議な時間は、僕は何も考えないで、味わう事にしている。
    不思議は、思っても、議論してもいけないって意味らしい。
    だから僕は、ただ味わう、それが一番だって、僕には分るようになってきた。

    樋口さんの友人はポルトガル語の通訳。
    出来すぎたような、作り話のような事実。
    だから、ポルトガル語で書かれた、誤信メールを読む事が出来た。

    これも、もしかしたら、探したんじゃない、何となくの出来事なのかな。
    誤信メールは、読まなくても不思議じゃない。

    不思議な面白き出来事を僕は味わいながら聴いていた。

    そのメールの文章に何かを感じた友人の方は
    樋口さんにそのメールを翻訳して届けた。

    ポルトガル語の誤信メールが日本に来る確率×ポルトガル語の通訳の人に来る確率×その人の友人が歌手である確率。

    物凄い確率だなと僕は何となく感じた。

    そして、僕も何故か、たまたまラジオを聞いたという不思議なご縁でそこに参加したのかな。

    そのポルトガル語は親から子供に送るメッセージだった。
    それを読んで、大きな何かを感じて、樋口さんは、数日後そのメッセージを歌にしようと思った。
    不思議な感覚と、時間の中で、僕はその歌を聴いた。

    何かを、目に目ない何かを感じながら
    僕は歌を聴いていたのかもしれないな。
    そんな風に感じる、不思議な良き時間だった。

    平 直行

  • ラジオの中に。

    今日から僕が最近味わった面白い出来事を書かせて頂こうと思います。

    何となく聞き分けて
    何となくやって来た面白き出来事。

    それは、もしかしたら始めから用意してあったんじゃないのかな。

    そんな不思議な気分になるような。

    面白い出来事でした。
    そんな時間は凄く気持ちが良い時間なのです。

    車で移動する事が結構多い。
    何となくボーっと考えながら.
    流れる風景を感じながら、僕は車の中で自分を味わう時間が結構気に入っている。

    その時その時で色んなテーマがある。
    日々を過ごしながら、いつもテーマがあるって凄く嬉しい事。
    僕はいつも楽しい事を自分の手に持っている。

    車の中はCDを流してる事が多い。
    ラジオはたまに聞く、大概インターFMで何となく英語を流してる。

    何となく日常と離したいから、僕は英語に身を任せたりする時がある。
    もちろん意味はよく分からない。
    何となく日本語と違ったリズムに身を任せる時間がたまに欲しくなる。
    アメリカでグレイシー柔術を学んでいた時間はきっといまでも僕の宝物の一つなんだろうな。
    あの頃はアメリカでグレイシー柔術を学んで日本に帰ってくると
    チームアンディで練習していた。
    2つの大切な過ごした時間の思い出、宝物を僕は持っている。
    だからなのかな、僕はたまに英語のリズムが懐かしくなる時間があったりする。

    その日は初めから何となく、面白い感じだった。
    ただ何となくラジオをつける。
    いつものインターFMじゃない局。

    僕は何となくラジオを流しながら
    何となくの時間を味わう。

    何となく入ってくる言葉。
    何となく惹きつけられて

    ラジオの声に僕は呼ばれた感じで聞きだした。

    流しながら聞くんじゃなく、きちんと向き合って僕はラジオを聞いた。
    聞きながら惹き込まれた感じ、何となくそんな感じの聞き始め。

    僕はこんな感じで何かを感じて惹きつけてもらってるのを感じる時が結構ある。

    僕はこんな事を楽しいと思う。

    だから僕にはこんな感じの偶然の出会いが沢山ある
    楽しいご縁が僕には沢山ある。

    ラジオの向こうでは、2人の男性が喋っていた。
    声に惹かれたんじゃない、男性2人の何となくの匂いを僕はきっと感じたのかな。
    何となく時間の中で聞き分けた偶然。

    それは探したんじゃない、もともとあるものを聞き分けたから。
    やってきたような不思議な偶然。

    そしてきっと前から在ったのかも知れないな。
    そんな不思議な感覚になる時間が、僕には、たまにあったりする。

    一人の人は歌手で、樋口了一さんという方、歌の事についてお話してた。

    不思議な感じで僕はラジオの中に入っていった。
    聞くというより入っていった。
    こんな不思議な表現がぴったりの不思議な時間だった。

    平 直行

  • 聞き分け、集団下校、面白き日々。

    佐伯さんからバトンを受けた平 直行です。
    まずはちゃっかり宣伝を(笑)
    今月15日発売の月刊秘伝という武術誌に僕の特集出ています。
    宜しければご覧ください。
    5月30日には格闘技に活かす身体運用のDVDが発売になります。
    操体で学んだ事も大分入っているDVDです、是非ご購入を。(笑)

    調度良いタイミングでのブログの担当にニンマリしております。

    操体を学ぶと聞き分けが鋭くなります。
    良い感じを聞き分ける事に僕は敏感になった気がします。

    もともとツイテル体質なのですが、磨きがかかってウシシな日々です。

    そんな僕の楽しき日々を今日は書かせて頂こうかなと思います。

    先週近所の郵便局に強盗が。

    家から通り2本しか離れてない、徒歩3分での事件。

    普通は嫌な出来事である事件、操体で言うと痛みとかなのかな。
    不快があれば快があったりするんですよね。
    それを聞き分ける学びは、日常にも活きたりして、学びにもなるのかな。

    そんな風に考えながら、お気楽にしてると
    何故か面白い日々に繋がるのです。

    事件があったから、何となく日々注意するようになるのは良い事だな。
    ありがたいな、などとお気楽に僕は感じたりします。

    その日の午後連絡が。
    その日は集団下校になるとの事。

    それでどうやら学校から児童達と一緒に帰って欲しいらしい。

    面倒臭いなと思いつつも聞き分け回路が始動します。

    子供たちの危険は、あんまり聞き分けられません。
    何故か面白そうな感じが、ピピット聞き分け回路にやって来ました。

    それで聞き分けに従って、僕は小学校に。

    集団下校で、沢山の生徒がいて、父兄がいて、先生もいる。
    犯人はやっぱり来るわけないのです。

    聞き分け正解でした。

    グループごとに集団下校の途中の帰り道。

    何故か他のグループの生徒も、僕のグループにやって来る。

    「ここじゃないだろ。」
    「先生、先に行っちゃうぞ。」

    子供たちの会話。

    「良いんだよ、だってコッチの方が絶対に安全だよ。」

    アハハ君なかなか鋭いね。

    それで知ってる子や、始めて会う子みんなとワイワイガヤガヤ集団下校。
    いつの間にかガードマンでなく、集団下校の一名となって楽しくみんなと歩いて帰る。

    楽しい時間は、心と身体が気持ちが良い。
    沢山の心と触れると、もっと気持ちが良い。

    何故か帰ったら身体が凄く良い感じ。

    聞き分けは、臨床だけじゃないな。
    僕はそんな事を感じてます。

    普段も聞き分ける事がある。
    それはとっても便利で、楽しく、気持ちが良い。
    普段の聞き分けは、実は臨床を学ぶ事にもなってる気がするんです。

    僕はそんな事を、感じてみんなとバイバイ。

    「ねー早く帰ったから遊ぼうよ。」

    みんなで相談してる。
    おいおいそれで良いのか小学生。

    「家にいると退屈だから、遊びたいよね。」
    「まあ大丈夫そうだけど。」
    「暗くなる前にいつもより少し早く帰れよ。」
    「一人で歩かないようにみんなで仲良くしろよ。」
    「今日だけじゃないけど、今日は特に仲良く遊べよ。」

    何か意味不明の指導してバイバイ。

    「ハイ分りました。」
    「ありがとうございました。」

    素直な返事。

    仲良く、楽しく、一緒の時間を過ごした、大人の言葉は、子供はきちんと聞く。
    どんなに良い言葉でも、聞かない事もある。

    僕はそんな事も学んでる。
    いつの間にか学んでる。

    もしかしたら臨床の言葉も、同じようなものかもしれないな。

    そんな事も僕は感じたりしてる。

    明日もちゃっかり聞き分けてるとやって来る。
    不思議な面白い事を書かせて頂こうと思います。

    今週1週間宜しくお願いします。

    平直行

  • 操体庵ゆかいや物語(23)

            お見通し

                   佐伯惟弘

    東京へ越して来て一ヶ月以上経ち、やっと生活のパターンが出来、落ち着きを取り戻しはじめました。

    それにしても、この半年間、かなりの綱渡り人生を歩んだように思います。

    突然、鍼灸学校に行くことを決め、合格するや否や、世田谷に安アパートを見つけ、美山の我が家を貸し家としました。

    そこまでは、順調でしたが、なかなか借り手が見つかりません。そんなある日、友人からメールが届き、美山で家を探している人がいるとの情報を得ました。

    早速、我が家に来て戴くことに。

    2月中旬、一番雪の多い頃のことです。今年は積雪50cm。

    美山での生活は、冬以外、非常に快適。

    そのため、もっとも暮らし難い時期を見て戴くというのは、親切な紹介方法だと思います。

    薪ストーブで部屋を暖めていると、2人の女性が尋ねて来られました。

    一人は、美山在住の方で、一度、我が家に来られたことがあります。もう一人の女性が借りて戴く方。

    精神性の高い方は、一度見た瞬間で分かるときがあります。その方はまさにそういう人物。

    ニコニコと笑顔を絶やさないのですが、瞳の奥で、

    ものごとをしっかりと見据えておられました。

    私は、お会いした早々、「この方に住んで戴こう!」決め込み、話を勧めました。その女性を仮にKさんとしましょう。

    そのKさん、たまたま台所に置いてあった「明日なき森」(新評論)という本に目をやり、「この本は一家に一冊必要な本!」とこともなげに語るのです。

    よくよく考えてみると、この本の著者・後藤伸氏は、熊野の森を生涯の研究フィールドとした方。

    Kさんはその熊野から来られたのだから、何も不思議ではありません。しかし、何かシンクロナイズするものを感じました。

    そして、家を去る前に、

    「実は、わたし修験者なんですよ、ホラ貝を吹けそうやね。ここで。」

    私は、滝のある方向を指さし、

    「去年から出来た道を歩いたら、30分程で滝までいけますよ。」

    と滝までの山道を案内しました。

    この山道は、地元の人にとって、日常生活には、あまり縁のない道。

    しかし、Kさんにとっては、大切な道になるかもしれません。となると、この山道は、Kさんを招くための道?

    ―青龍の滝―

    さて、Kさんの3年間定住の地が、我が家に決まり、大学生の息子さんと再び来られました。

    「佐伯さん、これ何やと思う?」

    手には、角切り肉ほどの大きさの石。

    触れた感触は、重くてほんのり温かい。

    全く見当がつきません。

    「これね、隕石。私がお仕えしていた宮司さんから戴いたの。」

    と、ニコニコしながら説明して戴きました。

    そして、「古神道入門 神ながらの伝統」(評言社) 小林美元著という本を手渡してくれました。

    「私は、この先生のアッシーをしてたのよ。」

    とニコニコ顔。

    本をめくりながら、驚きました。私の最も興味のある縄文時代の思想・古神道が分かりやすく書かれているのです。

    操体の創始者・橋本敬三先生は、カタカムナ文字を研究されましたが、それはまさしく縄文時代の思想なのです。

    操体を学ぶ上で、根幹になるものだと思います。

    それにしても、このKさん、私のこころをお見通しのようです。

    そして、4月を迎え私は東京生活。Kさんは美山での生活が始まりました。

    生活してみると、美山に置き忘れてきた物、服等が分かってきます。

    そこで、月2回の京都、操体施術の際に、美山へ立ち寄ることにしました。

    久しぶりの我が家。

    Kさんのセンスで我が家が生き生きしています。

    私が家の中に入るや否や、

    「佐伯さん、あなた、何か本当にやりたいことを、してないのと違う?何か、自信をなくしたのか・・何かあって・・・。」

    どきっとする発言です。

    私がやりたいのは、操体です。しかし、20年以上やってきた木を積み上げる芸術活動と操体を結びつけたい気持ちはあります。また、それが形となって現れる予感もしています。

    時期が来たら表現してみたい、と思っていた矢先のKさん発言。

    一瞬、凍り付くような感覚に襲われました。

    やはり、何かをお見通しのようなのです。

    そして、帰り際に

    「佐伯さん、アートをせんといかんよ。」

    こころに響きわたる言葉でした。

    そのKさんから戴いた本“古神道入門”。これは、日本人なら、読んで頂きたい本です。

    その本の一部を適当に見つけ、載せてみましょう。それだけで、本の全容が伝わってくると思います。

    「たとえば、古神道では、天地と書いてアメツチといいますけれども、アというのは生命の発生の源で、これをアといいます。

    メは、目を開けたとか、木の芽がでてきたとか、芽吹いたとか、生命の発生する様をメといいます。宇宙間から生命が芽生えてくる。そういうことを表現しているのです。

    ツは、円(つぶ)らな瞳のツで、丸いという意味。チというのは、モノを養育する力があるもの、たとえば体のなかを流れている血液、これは人間を養い育てていく力がある、それで血と名付けられていますが、大地の地もそうです。

    地にダイコンやナス、キュウリを植えるとそこに芽が出て大きく実を結ぶ。

    生命を養い育てる地球の「地」を重ね合わせるとチチとなります。赤ちゃんを育てる一番大事な母親のお乳。また、父親のことをチチといいますが、家族を養い育てる力がある人という意味でチチと称するわけです。

    するとツチというのは、丸い地球ということになります。

    地球という言葉は昔からありませんでしたが、日本ではツチということで地球が丸いということがわかっていました。

    その地球自体は神様のお宮で、そこに柱が立っている。カイラスチベット/標高6656mの未踏峰。信仰の山であるため、登頂許可は下りない)だとか、富士山、筑波山三輪山だとか、各地の国に屹立している山、これを天と地を結ぶ柱、地球の神殿だという信仰が芽生えます。

    そうしたお山に対する畏敬の念から、古代の人々は天上の神々が地上に降りてこられる柱としてとらえています。」

    先日の東京操体フォーラム

    “発声”がテーマで、三浦先生が秋穂理事にドから始まる、音階を一音ずつゆっくり発声するように指示をされました。

    その発声にからだを委ねると、咽頭からの波動や呼気にともない無意識の連動が生じ、快のききわけができます。からだによくききわけ、味わってみたい要求感覚であれば味わう。

    これが、発声を通した全身形態の連動を伴なう操法となります。

    秋穂理事の美しい発声と連動は、“音階が奏でるからだのアート”。

    そして、三浦先生の各音階における重心の位置の奥義は、圧巻でした。

    と、突然ここで東京操体フォーラムの話になったのには、訳があります。“古神道入門”のなにげなく拾ったページにあった「アというのは生命の発生の源」。

    この言葉から、生まれたばかりの赤ちゃんが、思いっきり舌をだした映像。そして、対照的に、私の祖父が息を引き取るときの、「・・・ん」と縮んでいく舌を思い浮かべました。

    神社の狛犬、寺の仁王門。例の宇宙の始まりと終わりを表す言葉「あうん」です。

    「あ」から「ん」までが壮大な宇宙の歴史なら、それを操る口、その中でも舌の果たす役割は重要。

    たとえば、「あ」の発声と舌、からだの連動、「あ」の日本語の根源的意味などから、古代縄文人の思想が見えてきたら・・・・ほとんど、妄想ですが・・・ちょっとワクワク。

    とにかく、数年前に“舌の操体”という文章をVisonSという東京操体フォーラム小冊子に寄稿したにもかかわらず、その後足踏み状態。

    もしかしたら、Kさん。

    「佐伯さん、“舌の操体” をせんといかんよ。」

    と言いに来てくれたのかもしれません。

    ね、岡村さん!

    一週間のお付き合い誠にありがとうございました。

    ブログ管理人の辻さん、夜中に起こしてしまい、申し訳ありませんでした。畠山さん、素晴らしいiBookをありがとうございました。

    お陰様で、無事1週間終了!

    来週からは、縄文にも特別な思いを寄せておられる、操体フォーラム相談役・平直行さんの登場です。お楽しみに!!

  • 操体庵ゆかいや物語(22)

              石文
                      佐伯惟弘

    「おとうさん、自転車。」

    汚れたランニングシャツと、お気に入りの茶色の半パン姿のトムが、ぽつりとつぶやいた。
    坊主頭のトムは、まだ5才。
    境内前の階段に座り、口をへの字につきだして、じっと私を見ている。

    「おっお〜、トム君・・・・ごめん。」

    いつもは、トムと呼びつけているのに、こちらの非を認めた時は、つい“トム君”と呼んでしまう私であった。

    夕方6時15分までに、父親(トムのおじいちゃん)の実家にトムを自転車で乗せて行かなければならない。
    しかし、私は、そのことをすっかり忘れていたのだった。

    「今、6時5分。まだ間に合う!」

    トムはむくれた口をさらに突きだし、寂しそうにこちらを見つめている。

    「・・・・あっあ・・・トムの目が・・・・いや・・これは・・・」

    久しぶりに夢を見た。
    時計を見ると、真夜中の3時15分。

    夢の中では、亡くなった父親も、5才の長男トムも、まったく違和感なく存在していた。

    「なぜ・・・こんな夢を・・・あっ〜、そうか。」

    この夢を見る2日前に話は遡る。

    “東京医療専門学校入学式”という看板が、有楽町マリオン11Fの朝日ホール入り口に・・・
    4月1日、水曜日は私・佐伯惟弘(54才)の記念すべき入学式の日。

    小学校、中学校、高等学校、大学と入学式のことは、一切覚えていません。
    しかし、この専門学校(鍼灸科)の入学式は一生忘れられないものとなったのです。

    有楽町マリオンの2Fで“おくりびと”の上映があり、それを学割(入場料1300円)で見ることが出来ると、喜んだにもかかわらず、4月1日は“映画の日”ということで、入場料が1000円。
    ちょっと得して、随分得した感がありました。もう、それだけで忘れられない日。

    また、“おくりびと”の英訳版タイトルが、Departure(出発)という入学式にぴったりというシンクロ。

    しかし、それ以上に“おくりびと”のテーマそのものが、私の過去と未来を映しだすものとなり、忘れられない入学式に・・・・

    映画のあらすじは、楽団の解散でチェロ演奏の夢をあきらめ、故郷の山形に帰ってきた大悟(本木雅弘)は好条件の求人広告を見つけ、面接に向かうと社長の佐々木(山崎努)に即採用される。

    業務内容は、遺体を棺に納める仕事。当初は戸惑っていた大悟だったが、さまざまな境遇の別れと向き合ううちに、納棺師の仕事に誇りを見いだしていく・・・・といった展開。

    死という全ての人が迎える尊い儀式を、日本人独特の繊細な思いやりとそれを昇華していく無駄のない形式美はこの映画の一つのテーマです。

    しかし、それ以上に私は、山形地方に伝わる“石文”にこころを奪われました。

    ある意味、大悟の父が死んでも離さず持っていた“白い石”がこの映画の主人公だと言えます。

    山形県では、日本最大の土偶「縄文のヴィーナス」が出土しています。このヴィーナスの生命力あふれるフォルムは現代アート、時代を超越しています。

    縄文時代三内丸山遺跡に代表されるように、東北地方が日本の中心でした。
    そのなかで、石の果たした役割は非常に大きく、
    木工品を作り出すための大工道具としての石は、現代の鉄の役割を果たしました。

    縄文時代は、鉄器を必要としない高度な石文化が成立し、現在の生活道具の原型がこの時代に作られていたといっても過言ではありません。
    そんな中でも黒曜石の存在は大きく、高度で繊細な木工品を生み出していったと考えられます。また、翡翠(ひすい)は装飾品として、祭りの主役となり、ストーンサークル宗教的な儀式に関わるものと考えられます。

    また、東北地方以外にも、巨石を積み上げた磐座(いわくら)が天と地をつなげる場として日本各地に設けられました。この巨石文化の建設方法はいまだに謎です。

    このような石との深い関係を持った日本人のDNAが“石文”として山形地方に残っているのでしょう。

    映画のなかでは、主人公・大悟が幼い頃、父親と川原に行き、自分の思いを石に託して父親に渡し、父親も大悟に石を。
    その後、父親は愛人と共に家を飛び出し、30年間音信不通。

    そのため大悟は、父親の顔すら覚えていません。
    そんなある日、大悟は幼い頃から使っていたチェロのケースを開くと、父親から貰ったおにぎり大の“石文”が出てきます。
    大悟は、父親の思いをしっかりチェロの中にしまい込んでいたのです。
    妻・美香との会話中、父親の悪口をいいながらも、その“石文”を触り続けている大悟でした。

    突然、父の死を伝える電報が届きます。
    自分を見捨てた父親に会いたくもない大悟。周りの人々の説得を無視して、父親と会おうしない大悟でしたが、何かに諭され、導かれるように父親の元へ向かいます。妻の美香も同行。

    父親の枕元には、段ボール箱1個の所持品のみ。
    そこで納棺師として、父親を旅立ちへの見繕いを始めます。

    固く握りしめられた父親の右手からは、30年前に大悟が手渡した“石文”がポロリと出てきます。
    それを手にした大悟は、涙ながらに父親の顔をさすり、無精髭を丁寧にそり落とすと、忘れたはずの父親の顔が甦ってくるのです。

    30年間のわだかまりが無くなった瞬間でした。

    大悟は、父親に握られていた“石文”を身重の美香のお腹へ持っていき、映画はエンデイングを迎えます。

    この“石文”こそ、昨日のブログで紹介した“かたち霊”。文字あるいは言葉以外での霊の表れです。

    古代縄文人からの感性が見事に今の世にも生きており、一組の父子の30年に渡るブランク、わだかまりをも拭い去る・・・・このシーンでは、止めどもなく川面の流れのような涙が溢れてきました。

    期待と確信の狭間のなかで、固く握られた父親の指を一本一本、ほどいていく大悟の姿。
    段ボール箱一個に人生を集約していきた父親。
    子どもに対して、懺悔し、しかも愛情を持ち続けた人生。
    穏やかで崇高な顔となっていく父親。

    ころげおちた白い“石文”。

    そして、「おとうさん、自転車。」という我が子が現れるの夢の演出。

    “石文”

    おくりびと”の脚本家・小山薫堂氏は、幼い娘さんから貰った“石文”を大切に金庫にしまっているそうです。
    そして、葬儀の時にその“石文”を納棺すると決めておられるそうです。まさに、この“おくりびと”は、娘に送る遠大な遺書ということになります。

    また、このテーマ曲を作った久石譲氏は、宮崎駿作品の作曲家としても知られていますが、“石文”のシーンでは、常にこの曲が流れています。
    “久しい石を譲る”とご自身の名前と重ね合わせていたのでしょうか?

    私は、残念ながら“石文”や遺書は子ども達には残していません。
    しかし、必ずや素晴らしい“石文”を子ども達と共に見つけだすつもりです。
    それを今から、楽しみにしています。 
                 では ごきげんよう!