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  • 歴女・仏女 その1

    最近、歴史好きな女子をして『歴女』、仏像好きな女子を『仏女』と言うらしい。
    元祖歴女、元祖仏女?としては嬉しい限りである。

    ちなみに、うちの屋号、「TEI-ZAN操体医科学研究所」はもともと「貞山療術院」「操体プラクティショナー TEI-ZAN」と変わって
    来ているが「貞山」とは、伊達政宗公の諡号(しごう、おくりな:貴人の死後に奉る、生前の事績への評価に基づく名)から戴いている。
    勿論、私が仙台に赴く際には、瑞鳳殿(政宗公の墓所)にお参りするのである。

    瑞鳳殿の天女。

    そもそも私が日本史に興味を持ったのは、小学校二年生の時に読んだ、少年少女版の『義経記』である。もしくはその前に読んだ『一休宗純』(つまり、一休さん)の伝記だったかもしれない。
    4歳の頃から児童図書館に通っていた私は、児童図書館の本を殆ど読み尽くしていた。しかし、『義経記』は、どうも7歳か8歳の誕生日に買って貰ったような記憶がある。どうやら、自分で選んで買ったようなのだ。もしかしたら、母方は源氏系だからという話を聞いたからかもしれない。

    小学校三年生の夏、千葉市の真ん中にあったマンモス小学校から、千葉市習志野市の境目、今の幕張メッセからもう少し陸地に入ったあたりに引っ越した。当時千葉市の沿岸(稲毛、検見川、幕張辺り)は小学校が雨後の竹の子のように立ち、小学校には毎日転校生がやってくる、という有様だった。
    この学校の図書室には、この新設校のガラガラの図書室を埋めるためか、誰かが寄贈した『日本古典文学全集』と、『江戸川乱歩全集』などがあった。当時から日焼けなどはしたくなく(笑)ドッヂボールなど体育系が大嫌いだった私は読書三昧の日々を過ごした。この頃から歴史が好きだったのだが、日本史が好きだと神社仏閣にも興味が湧く。

    中学に上がって、仲の良い同級生にMという子がいた。三歳年上のお兄さんの影響でSFを読んでいた。私はSFはどうも苦手だったが、彼女が当時熱狂していた、光瀬龍の『百億の昼と千億の夜(画は萩尾望都)』に出てくる、阿修羅王(作品中では中性的な美少女として
    描かれている)で、興福寺の阿修羅像の存在を知った。おそらく、萩尾望都氏も興福寺の阿修羅像を頭に置いて作画したと思われるが、非常に阿修羅像に惹かれたのである。丁度12歳あたりから、私の

    歴女・仏女人生
    ・ロックンロール洋楽人生&洋画&英語人生
    ・ヨガはじめボディワーク人生
    ・幼児期から続く読書人生

    は、ブレイクするのである(その後も余り変わってないんですが)。
    共学の近所の市立中学に行った小学校の同級生達は、色気づいていたようだが、私は私立の女子校に行ったため(お陰様で10年間、女の園で過ごしました。はい)はそんなしがらみ?とは無縁で、思う存分趣味に打ち込めたのである。

    その後更に私の歴女・仏女人生にハッパをかけたのは、山岸涼子氏の『日出処の天子』である。これを読み、梅原猛氏の『隠された十字架』(法隆寺のナゾ)を読み、おまけに父の会社の同僚だった井沢元彦氏(当時TBS報道部勤務)が、『猿丸幻視行』で、江戸川乱歩賞を受賞し、サイン入りの本を貰ってきたものだから、更に日本史にはまったのである。なお、父親は池波正太郎藤沢周平ファンで、我が家には山のように本があった。

    日出処の天子 (第1巻) (白泉社文庫)

    日出処の天子 (第1巻) (白泉社文庫)

    隠された十字架―法隆寺論 (新潮文庫)

    隠された十字架―法隆寺論 (新潮文庫)

    新装版 猿丸幻視行 (講談社文庫)

    新装版 猿丸幻視行 (講談社文庫)

    話は前後するが、中学の修学旅行は『奈良・京都』だった。同級生は『つまんない』と言っていたが、私はそんなことはなかった。
    京都で食べた精進料理は美味しかった。大徳寺の泉仙で鉄鉢料理をいただいたのを覚えている。同級生は『不味い』と言っていたが、そんなことはなかった(笑)。フォーラム実行委員、山本氏がやはり修学旅行で京都で胡麻豆腐を食べて『ウマイなぁ〜』と思ったと書いておられたが、私も『美味しいなぁ』と言って食べたクチだった。

    お寺巡りはもうウハウハである。歴・仏仲間とガイドブック片手にお寺巡りと仏像拝観は楽しかった。そして、奈良も楽しかった。

    正倉院とか、大仏殿とか、法隆寺とか、もうサイコーである。そして、興福寺でついに阿修羅像に遭遇したのだった。

    『やられた・・・。美しい・・・』
    この時の阿修羅像の印象は、夏目雅子だ、という感じ。
    西遊記』で、初代三蔵法師を演じた彼女はまさに品性のある中性的な美しさをたたえていた。

    そして時は流れて(笑)、私はその間、ビックリハウスとか宝島とか、みうらじゅんの「見仏記」とか読みながらも、洋楽と読書は続け、何故か手技療法の道を志し、操体を生涯の学びとして選んだのである。

    興福寺は仏様のお住まいをリフォームするらしく、その建設費を稼ぐため(?)約50年以上ぶりにジャパン・ツアーを行うことになった。東京公演は、国立博物館を皮切りに2009年4月末から7月まで。もう、驚く程の大盛況であった。という私は2回も行ってしまったのだが(笑)最初に行った時は3時間待ちだった。やっと中に入ると、中央の円形ステージに阿修羅像が立っており、周囲を女性(主におばちゃん)が取り囲んでいた。

    『イケメンだわ〜』とかいう声が聞こえてきたので

    『イケメンじゃないつ〜の』『黙って拝観せい』とか思ったが勿論黙っていた(笑)

    この時、私のココロの中には『昨日今日の阿修羅様ファンじゃないんだぜ〜ベイビィ』というフレーズが浮かんでいた。

    中学の時、私の歴史・仏像趣味を笑った同級生がいた。普通の女子中学生だったら『みんなに合わせなくちゃ!』と秘密を隠したり(自分の特殊な趣味や技能を隠すって、少女マンガでよくあるネタですね)するのかもしれないが、私の場合そういうのは全く気にならなかったので(笑)、笑うヤツは笑っとけ、ワタシの趣味に口出すな、という調子であった。

    おそらく、当時の同級生も私の趣味を笑ったことなど忘れて、阿修羅展に行ったに違いない。

    そして、阿修羅様もよかったのだが、私が思い切りハートをわしづかみにされたのは、この薬王菩薩様、薬上菩薩様だった。

    http://www.kohfukuji.com/property/cultural/113.html

    一目惚れというヤツである。お二人とも3メートル60センチの大きな菩薩様で、側屈の法則に適った、優美な立ち姿は今にも動き出しそうであり、実際、私のココロの中では、まとっておられる衣が風にたなびき、半眼のまぶたが軽く動き、印を結ばれているその手が軽く
    動いたような気がしていた。
    後で説明書きを読んだら、
    『兄弟の菩薩で、ともに良薬を人々に与え、心と身の病気をなおしたと言われます』と書いてあった。これは、私のお仕事(操体)とも深い繋がりのある菩薩様ではないか。この時は本当に「ぞわっ」としたのである。

    つづく

    畠山裕美

  • Ever After

    They lived happily ever after. : それからずっと幸せに暮らしましたとさ。
    というのはおとぎ話の決まり文句である。

    私が好きな映画に、「Ever After」というのがある。

    主演は4歳の時「E.T」で主人公エリオットの妹役で天才子役として注目された、ドリュー・バリモア
    しかし、その後私生活が荒み、9歳で飲酒、10歳でマリファナ、12歳でコカインと大変なBad Girlぶりだったのだが、20代後半の本作あたりから、いい作品に恵まれ、見事にカムバックした次第である。
    最近の代表作は、「チャーリーズ・エンジェル」「チャーリーズ・エンジェル フルスロットル」など。最近は一時期の荒みぶりが想像できない位美しく、米『People』の『モスト・ビューティフル・ピープル2007』で第1位に選ばれた。

    話を戻すと、この作品はいわゆる「シンデレラ」の話である。シンデレラと言えば、誰もが知っているとおり、継母と異母姉妹に苛められ、下女同然に扱われていた貴族の娘、シンデレラを可哀想に思った魔法使いのお婆さんにカボチャの馬車とドレス、ネズミの御者を用意してもらい、舞踏会にガラスの靴を履いていくのだが、12時になったら魔法が解けてしまう・・というハッピーエンドの話だ。

    この話の原型は古くはギリシャ時代からあり、日本でも「粟福・米福」のようにモチーフが似た話がある。世界中にある、「ものがたり」の原型でもある。

    『物語』については、この辺が詳しい。

    知の編集工学 (朝日文庫)

    知の編集工学 (朝日文庫)

    全脳思考

    全脳思考

    この映画は、最初にグリム兄弟が宮廷に呼ばれ、の陛下と呼ばれる貴婦人(ジャンヌ・モロー)が、曾祖母であるフランスの王妃の物語として聞かせる、という風に始まる。この話を軸に、フランスに来ていたレオナルド・ダ・ヴィンチが出てきたり(そんなのアリかい、というのは抜きにして)なかなか楽しめる。風景や衣装も素敵だが、ただそれだけではない。

    そこに秘められているのは、シンデレラは単に気立てが良くて、運良く玉の輿にのった女の子ではなく、「実行の人」だったという力強いメッセージなのだ。容姿や優しさだけではなく、勇気と機転と実行力である。

    私は年に1度くらいこの映画を一人で見る。見た後は何故かふつふつと元気が湧いてくるのだ。ドリュー・バリモア演ずるダニエル・デ・バードラック(パンチでぶん殴るとか、川に飛び込んじゃうとか)のアクションも痛快だ。
    秋の夜長にいかがだろう。

    http://movies.foxjapan.com/everafter/

    なお、意地悪な継母役は、『アダムス・ファミリー』のモーティシア役のアンジェリカ・ヒューストンがいい味を出している。王子様は全然目立たない(笑い)

    もう一つお勧めは

    コヨーテ・アグリー 特別編集版 [DVD]

    コヨーテ・アグリー 特別編集版 [DVD]

    これも元気が出る(笑)というか、これも「実行しなきゃ、始まらないよね」というお話。そして、意志を持って実行する人には、仲間が現れ、未来が開けるという話。

    やらずに『あの時やればよかった』と、後悔するよりも、やって試して糧にすればいい。
    『迷ったらやれ』というのは本当なのだ。

    フォーラムも、操体の勉強もね(笑)

    そういえば、後で気がついたのだが、紹介した二つの映画に、脇役で出ている女優がいる。両方の映画の役とも、主人公を力づける友人の役である。Melanie Lynskey (メラニー・リンスキー)という味のある個性派である

    畠山裕美

  • 目に見えないもの。

    お久しぶりです。畠山裕美です。

    11月に入り、フォーラムも間近になってきました。フォーラム実行委員はすでに「気もそぞろ」。皆様のお越しをお待ちしております。操体は生きているもの。その生きている波動を是非感じていただきたいと思います。東京操体フォーラム

    先々週の中谷実行委員のブログでは、眠れる予言者、エドガー・ケイシーの話、橋本敬三先生の死生観など、目に見えない世界についてのお話がありました。皆さんは『目に見えない世界』についてどうお考えですか?

    私は昔から『目に見えない世界』に深い親しみがあり、『あるもの』として認識していました。
    私の実家は、両親が地方から東京に出てきて結婚し、品川区戸越に居を構え、そして私が生まれたという次第です。私は長女なので、親子三人で戸越のアパートに住んでおり、家に仏壇があるわけでも、神棚があるわけでもなく『カミサマ』とか『仏様』には全く縁のない家庭で育ったわけです。

    2歳の時、千葉市の団地に引っ越しました。今で言う、千葉市稲毛区です。この辺りは今、モノレールが走っていたり、動物公園があったりしますが、私が子供の頃は、森を切り崩して建てた新興の団地で、団地の回りは森とか山ばかりでした。起伏が激しい土地で、沼もいくつかあり、よく父に連れられ、舗装されていない道を歩いて沼に行き、緑に濁った水面を見て怖がったりした記憶があります。
    そんな幼児期に住んでいた団地の間取りといえば、小さな洗面所の向かいに、お風呂があり、その間に短い廊下があり、突き当たりにトイレがありました。お風呂場の戸は、普段は開けっ放しにしてありました。夜、トイレに行く時はお風呂場(わずか1メートル位の距離)の横を通って、トイレの電気をつけなければなりません。その時いやでも気になるのは、真っ暗なお風呂場でした。明るい時のお風呂は楽しいものでしたが、電気が消えていると何か別の空間のようでした。
    これは3歳か4歳の時だと思いますが、夜にトイレに起きた私は、普段は絶対見ないはずのお風呂場に何故か目をやってしまったのですが、そこで見たのは、暗い中で更に暗い、ブラックホールのような穴でした。子供心に驚きましたが、その穴の中には、何だかまばたきをする巨大な目のようなものがいました。

    ・・・・・。

    こんな事書いてもいいんでしょうか(笑)

    この前後、自分が怖かったのかどうなのかさっぱり覚えていないのですが。おそらく、誰かにこの話をしてはいけないのではないか、という事は分かっていたような気がします。

    私の場合、いわゆる『霊感が強い』とは少し違うような気がします。また、世の中にはカンが強すぎて『悪い気』を貰ってしまうという方もいるようですが、そんなことはありません。『霊感がつよくて、もらっちゃいやすいの』というのとは、違うのです。もらわないのです。何故かそれが可能なのです。

    まあ、これは臨床家としては非常に有利なことなので、ラッキーだと思っています。

    とは言っても、中学の林間学校で浅間山で集合写真を撮ったら、よりによって私の肩に、あるはずのない腕が何本も出ているようなこともありました。これは担任の先生が霊能者に観て貰ったところ、『女子中学生が沢山いるので、浅間山の噴火でなくなった浮遊霊が嬉しくなって出てきただけなので、心配はいらない』という結果でした(汗)。

    私自身、そんなに見るとか遭遇することはないのですが、中学高校と仲良しだったTちゃんの家に私が遊びに行くと、『音』が止む、ということはありました。Tちゃんの家は神道の教祖様の家系だったのですが、何故かラップ音が非常に鳴る家で、Tちゃんと妹のKちゃんは、その音の主に『ハニー・エンジェル』」という可愛らしい?名前をつけていた位です。私は結構Tちゃんの家に泊まりに行ったりして遊んでいましたが、何故か私が遊びに行くと、『ハニー・エンジェル』は音を立てないのです(笑)『あなたが来ると、どこかに逃げちゃう』と言われました。
    この手の話はいくらでもあります(笑)未確認飛行物体の話なんかもありますしね。

    このような経験を積んでいくうちに、『最初からそんなことはない、そんなことがあるはずない、と思うから驚いたりするんだ』ということが分かってきました。そして、『すうぱあなちゅらる(超自然現象)』を頭ごなしに否定したり、『そんなもの、あるわけない』と、怒りをあらわにする人達というのは、実は、未知に遭遇して、知らない事を付きつけられ怯えているのではないか?と言うことに気がつきました。

    ヨガ、瞑想、幻想文学(大学の専攻)、カバラ密教、禅、外気功エドガー・ケイシーなどに触れ(途中17歳の時、操体に出会っているのですが、その時は時期早急だったのかスルーしています)、操体の門を叩いたわけです。まあ、自分でも笑っちゃいますが、何だか目に見えないものばっかりじゃないですか(笑)
    気功も最近は「普通」に存在していますが、昔は『インチキだ』と言われたりした時期もあったんです。

    あ、あと一番すごかった経験は、23歳の時のOOB(Out of body: 幽体離脱現象)ですね。この話をすると、絶対に

    『寝ぼけたんじゃない』

    『夢じゃない?』

    という方がいますけどね。まあ、こればかりは体験してみないと何とも言えませんね。その後、OOBの関連資料を読むと、音が聞こえないとか、何かで繋がっているとか、からだの存在を意識すると、からだに引き戻されるとか、相似点があったのは事実です。まあ、信じない人は信じないと思うし、それは個人の考え方にもよるのでそれぞれにお任せします。

    そういえば

    何時だったか忘れましたが、ある人とその場にいない人(仮にAさんとしましょう)の話をしていて、ある人は『あの人(Aさん)って小さい頃から目に見えない事に興味があったんですって。信じられる?』と、明らかに軽蔑と微かな怒りが混じった口調で私に言ったのですが、私は返答に困りました(笑)

    その場は『そ、そうなんですか。へえええええええ〜っ』と、空虚な返事をするしかありませんでした。

    如何ですか?目に見えないもの。
    そういえば、星の王子様も「大切なものは目に見えない」と言っていました。そういえば「経絡」も「経穴」も目に見えません。「きもち」や「感覚」も目に見えませんが、確かに存在してあるものです。

    目に見えないものって大事なのです。きっと。

    それでは一週間お付き合いよろしくお願い致します

    畠山裕美

  • では、またお会いしまよう!

    早いもので最終日です。頭痛や肩コリ・首コリに始まり何とも楽しめた期間でした。

    ここ最近では診せて頂いているクライアントや友人の中にもインフルエンザや風邪にやられた、と言う声を聞きます。僕も何とかしのいでいますが・・・(あやしい感じです(汗))
    正直なところ見えない物を防ぎきるのは難しい事です、だからある程度はウイルスに対抗できるからだ作りが大切になってきます。
    予防法として帰宅後の『手洗い・うがい』ですけど、その前に『栄養をしっかりとる』が一番だと思います。当たり前!との声もありますが、なかなかできてないのですよね、僕自身も栄養って考えたときは、確かに偏りは目立つ様な気がしますし、仕事の忙しい方とかは余計気がいかないところではないでしょうか?

    『食』という歪みからの健康度の質はかなり落ちますから日常からのバランスが非常に大切だという事ですね。
    先日出張施術先で柿を頂きました。柿はビタミンC、ビタミンK、B1、B2、カロチン、タンニン、ミネラルなどを多く含んでいて非常に栄養価が高い食べ物です。忙しい方は果物で栄養補給もおすすめですね。

    これから更に寒くなりますし、東京操体フォーラムも控えていますし(宣伝です!)『暖かくする』『栄養バランスのとれた食事』『手洗い・うがい』を守って元気な姿でお会いしましょう!

    一週間おつきあいありがとうございました。
    明日よりは畠山さんです。お楽しみに!!!

    西田尚史

  • 基本は大事

    久しぶりに『万病を治せる妙療法』を手にとり目を通しました。

    万病を治せる妙療法―温古堂先生 (健康双書)

    万病を治せる妙療法―温古堂先生 (健康双書)


    最初に読んだ時よりも更に理解できる様になっていました。
    今現在の操体法と変化してきているところ、しかしながら基本は変わってはいないと言う事。つまりは時の流れと共に進化・深化を感じたと言う事です。自分が進んできた道も正しいのだと言うことにも気づきました。そのお陰で、いろいろな人と出会い、様々な考え方も学びました。

    あ、話がそれそうです。えっと『基本は大事だ』数多くある介助や補助も基本的な反復の重要性が更に利に適ったものとなります。基本が理解されていて身についていなければ、新たな新しいものの良さも半減し、利に適ったものにはならないと言う事ですね。なんでも今現在良い物を学び実践すれば良いという物ではないです。そして、新しいものだけを取り入れた場合、逆に遠回りになってしまいます。

    本も読む度にも新しい発見がありますよね、書いてある文章は同じなのに。読む時の想いや考え方によって内容が変わってくるのです、それは悩んだり、考えたりする自分に対しいて優しく教えてくれている様です。本当に不思議です。最初に読んだだけでは、著者が言いたい事全てが理解できる訳ではないのです。迷ったら原点に、基本に戻ると言うことを繰り返ししっかりとしたブレのない軸となるって事なのですね。


    かなり寒くなってきたので、少し暖かい気分を!!!と強引な感じで写真を一枚
    『ひまわりです』、夏に千葉にあるドイツ村にいって取りました。何百もあるひまわりが皆同じ方向を向き堂々としていました。太陽の方へという自然法則ですね。ひまわりを見ると「良し!」と思うニシダでした。
    どうですか?季節はずれもたまには良くないですか??
    では、また明日宜しくお願いします。

    西田尚史

  • 新宿御苑

    今日は、テーマを変えて新宿御苑に行った時の事を書かせて頂きます。

    新宿御苑には去年も行ったのですがとても心落ち着くところで僕自身お気に入りのスポットです。目的なくとも一日のんびり横になったり散歩したりするには最高ですよ!今回は写真好きの友人と自分の家族でいきました。去年よりも来場者は多く感じました。その人達それぞれの笑顔を見るとなんだか『ホッ』とします。笑顔にも色々とあるんだなんて感じたりしました。

    正直、紅葉も期待して行ったのですがまだ少し早かったですね。聞いたところによると11月中旬ではないかとの事でした。少し残念ではありましたが広く綺麗で緑に囲まれた都会の中の自然という感じを得て本当に気持ち良かったです。

    しかし日が沈むのが早くなりましたね。そして一気に肌寒くなります。夜なんてもう薄着では歩けませんよね!
    こうやって秋を感じそして冬に向かうのもまた自然という大きなものに包まれていると実感する時ですね。

    おっと、その前に東京操体フォーラム秋期大会がありますからね!!今月!11月22日23日です!!また有意義な時間になる事間違いなしですョ!!個人的にあのフォーラム後の懇親会は大好きです、ホスト役にも関わらずかなり楽しんでしまう自分には少し反省ですけどね(笑)色々な方との交流の場であるので本当に楽しみです。皆様も是非ご参加下さいね!!

    西田尚史

  • 頭痛・肩・首との対話 4

    前日は上肢の外旋などを動診として通した。
    今日は触れずに感覚を聞き分けると言う事を試みようと思う。

    まずは、あぐらで座り背筋を少し伸ばし目線を正面に。
    その後呼吸をゆっくりとり自分のからだのどの部分に意識が通りにくいかを確認。やはり菱形筋(りょうけいきん)あたりだ。そこで、そこに意識だけを集中させてみた、するとその部位が広報に引かれていく感覚が・・・
    そこからは意識を解いていくイメージで委ねた。
    なにかその部位に温感を感じ快適感覚を聞き分けた。それは渦巻き状に全身に広がってゆく。気がつけばからだはあぐらをかいたままの状態で前屈していた。

    その後もからだの要求を満たす快適感覚が聞き分けられたので身を委ねた。その間40分くらい。全身は脱力状態で力がはいらない、というよりも脱力状態を求めているようだ。しばらくしてゆっくり起き上がり足踏みしたりしてからだを慣らし確認すると菱形筋あたりの『ぼんやり』とした感覚はなくなり意識が通り張っている感覚も薄れていた。重く気持ち悪い感覚が消え全体的に怠い感覚は小さい粒になった感じになった。

    やれやれといった感じだった、頭痛も今日は『どのくらい痛かったのか』わからない位に治まった。
    日常からの操体哲学の支柱でもある息・食・動・想がいかに大切であるかを思い知らされる経験となったのだが、自分のからだを通しからだとの対話を真剣にする事ができた。

    今回よりわかった事としては感覚のききわけは本当に大切であると言うこと、そして、病状や疾患にとらわれ過ぎるとブレが生じてしまうと言うことだ。
    自分自身、読んでいただいて分かる通り、頭痛と言うことにとらわれてしまった。遠回りとなったが、分かっていたつもりということに気がつく事ができた経験でした。

    西田尚史

  • 頭痛・肩・首との対話 3

    さて、3日目です。
    洗面所にて鏡に映った自分の背中をジーッと診てみた。
    広背筋の張りが目につく。鍛え上げられたそれとは明らかに違う。
    届く範囲で触れると何カ所かに圧痛点がある。肩コリ・首コリの火元なる場所は頸椎と肩胛骨を結ぶ筋肉(菱形筋(りょうけいきん))からなのだろう。それは実際にそうなのだという事が身をもってわかった。自分の背中を触れる時点でかなり意識が関与してしまう為、左の指で意識的に触れたまま右腕の挙上・外旋・内旋と動診してみた。外旋の動きに心地良さがあるものの触れた指の皮膚が硬くしまって来た感覚だ。とりあえずもう一度外旋を通し、その時に触れた指を背骨の方向に少し押してみた。すると何かが『プチッ』と弾ける感じがした。これはこれで不思議の聞き分けで快適感覚と言うより『楽しい』となぜか感じた。動診としての感覚は不快が9割といったところです。

    さて、肩・首の稼働範囲は広がったが今回のコリ、頭痛はかなり強敵だ。
    あまり頸椎周辺には触れたくなかったのだが気になって仕方がないので触診した。
    恐ろしい・・・硬い!それはもう『ガチガチ』少し強く押すと痛いと言うよりも
    吐き気が襲う。
    う〜ん、正直言ってこの一週間で完治するのかな・・・と思っては駄目ですね!!
    そう治りたい!自分のからだで感じ良くなろう!が大切ですよね。

    そして、この日の往診に行った時に不思議!?事が・・・・
    気持ちを前向きに出張施術先へ向かったのですが、近づくにつれて肩のコリが気持ち軽くなってきたのです。そしてクライアントと向き合った時、自分のコリに向いていた意識が完全に消えていました。
    そして、施術の間申し訳ないのですが自分が最も心地よい感覚を味わっていた感じがしました。相手にも伺ったところ、今日はいつもと異なる心地良さがあったとの事でした。
    自分の想いと相手の想いが同調したのでしょうか?
    そして、更には必要以上気を使ってしまう事が消え、無意味な力や邪魔なものが消えたのでしょうか?

    本当にからだとの対話とは不思議で説明しづらいが、しかし面白いものです。

    西田尚史

  • 頭痛・肩・首との対話 2

    前日から、自分の最近の姿勢や行動を考察してみた。
    本当に普段から考えずに「楽」な姿勢だけをとっていたのだなと。
    パソコンに向かう姿勢もレイアウト変更してからとても窮屈なものであった、目線はかなり鋭角に下に向き肩は上がった状態だった、最初は気にもせずにいたのだが・・・結果的には結構な代償となってしまった。

    さて、今日は昨日にくらべ、頸椎の感覚もおぼろげだがはっきりしてきた。
    からだに聞き分ける。
    ゆっくりと仰向けになり呼吸を通す。今日は呼気にも吸気にも意識をとおしてみた。呼気を通したときに頭に少し重い感覚が残る。そこで吸気は自然にし、呼気は背骨を通りお臍から吐き出す様にしてみた。すると頭に残る感覚は心地よいものに変化した。その呼吸のまま膝の傾倒をおこなった。(今日は全身形態の連動が自然だ)その一連の連動に快適感覚を聞き分けた。頸椎の左側から右肩胛骨の際を通り右背筋に向かってす〜と一筋の暖かい水が通る様な感覚だ。
    その感覚はやがて右足の内側を通り右の内踝へ、そこから親指をとおり抜けていく。
    いつの間にか眠っていた。自分の寝息で気がついた。
    落ち着いた後に立ち上がり、ゆっくりと目線から首を傾倒させてみると先日まであった首のブロックが消えた。まだ頭痛は完全には消えないが少し「ホッ」とした。
    しかしながら本当になにもからだに気を配らずに使うという事は恐ろしいですね。もう少しからだ想いにならないといけません。
    そもそも頭痛(偏頭痛)とのつきあいは長い。もう十年以上かな。
    でも徐々にその痛みに慣れてしまった。だから普段はその痛さが当たり前のものとなっていた。原因としてなにがあるだろう、食事・姿勢・考え方(ストレス)・・・うむ、操体で学んだ四つの支柱のうち3つも・・・これが素直でなかったことは言うまでもないですね。

    西田尚史

  • 【頭痛・肩・首との対話 1】

    中谷さん!もったいないご紹介ありがとうございました〜!
    今週一週間書かせて頂きます、西田です、宜しくお願いします。

    ここのところ、頭痛が酷かったのです。
    考えられるのはパソコンにむかう自分の姿勢、だらーとテレビを見る時の姿勢だ。自分で分かっていながらも、からだに負担になる姿勢をとっていた。そして、あるひ頸椎の感覚がぼや〜となり頭痛が・・・
    近年感じたことの内ほどの重い痛みだ。たまに吐き気さえする。
    自分で首を左右に捻転したり、傾倒したりして動診する。
    「う〜ん、こまったぞ」どの動きにも痛み・違和感を感じる。

    あまりの頭痛の酷さに横になった。全身のちからを意識的に抜いた。
    それから、まず左足の指先から意識を通す、次に右足から・・・
    どちらにしても第七頸椎から上に意識が通りづらくぼやけてしまう。

    さてと・・・どうするかなと思いながらしばし呼吸だけからだに通した。
    すると、右足が自然に伸びてきている?(このとき実際に伸びているのか、内部の動きなのか自分では分からず)その動きに感覚を聞き分けた。それは、快適感覚とまでは行かないが、不快ではない。そのまま委ねていると『からだがぐにゃ〜と捻れる感覚が・・・』まるで水彩絵の具でマーブルを描く様な・・・

    しばし、痛みがなくなり楽しいなと思いながらの状態でいると、第七頸椎のあたりがもぞもぞっとしてきた、血液が流れ出した様な感覚だ、これは説明しづらいのだが、非常に気持ちがよい。この感覚を全身に巡らすイメージで数十分。よほど、酷使していたのだろう、意識とびの状態が続いたらしい。

    初日に自己分析によるからだの聞き分けは終了。
    結果として、頭痛はあるもののずいぶん軽くなった。
    今回のブログは自分の頭痛の原因とその整復を操体を通しての自らの感覚・感想から綴ろうと思います。1週間おつきあい下さいね。

    西田尚史