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  • 人は見た目が9割?

    ちょっと古い本で恐縮なのですが、2005年に発刊された本のタイトルで人は見た目が9割」(竹内一郎著)と言う、タイトルに大変インパクトの有る本があったのですが、最終的には85万部以上は当時売れたのではと記憶しています。
    別にこの本を読んだ訳でもなく、簡単な内容紹介に目を通しただけなので、本の内容そのものを云々するつもりはないのですが、この「人は見た目が9割」というフレーズに妙に惹かれるものがあり、自分なりの解釈で「人は見た目が9割」を考えてみたいと思います。

    このテーマは私だけでは無く、一度は誰でも考えられた事があるのではと思います。男であっても女性であっても「人よりも格好良く見られたい!」「人よりも可愛く見られたい!」とその様な願望は持っているのが普通であり、無いと言われる方が不自然だと思います。
    水嶋ヒロの顔がくっついていれば人生変わるだろうとか、柴咲コウの顔なら求婚されまくりだろうなどと、あらぬ妄想を抱くのも至極当たり前の事だと思います。

    もっと極論で言えば“美男美女であれば一生幸せなのか?”と考えたりもしてみますが、これはゴールを何処に置くのかで大きく変わるのではないかと思います。
    “結婚”をゴールにするのか、数多くの浮名を流す“恋愛”を目的?にするのかです。
    目標?を単純にゲームの如く入れ替り立ち替り有りと有らゆる異性とお付き合いしたいと思うのならば、不細工(失礼。。。)よりもパッと見が良い美男美女の方がお付き合い出来る確率は上がるでしょう・・・

    スピード化が進む昨今、人間は三秒でモノの善し悪しを判断するのだそうです。因みにインターネットでホームページを閲覧した時に自分に有用な情報かどうかを判断する時間がこの三秒だそうで、HP作成業者はキャッチーなHPを作るのに試行錯誤するのだそうです・・・
    まぁよく考えてみれば、テレビのチャンネルもパッと見てパッと変えるって感じで、正味三秒かかってないのかもしれません・・・

    これは対人間に対しても同じ事が言えるそうで、我々も知らず知らずの内に三秒で勝手に初対面の人に判断をされているという事です(最近Googleで話題の美人時計とかも・・・)。
    「う〜ん・・・不条理であるぞよ」と思わず言いたくなるのですが、考えてみれば我々野郎連中(女性も?)は街で歩いている女性を見る時でもチラッと見て(三秒どころでは無いかも)自身の好みカウンター(ドラゴンボールに出て来る強さを示すカウンターの如く)に好みである無しを本能的に関知し、好みでなければ見て見ぬ振りをしますし、何らかがヒットすれば暫し見とれたり妄想したりと(き・・キモイっすか?)一瞬の間に様々なドラマが生まれるのですが、これなどは相手の方の性格や人間性などは脇に置いて単純に見かけだけで判断をしている訳です。

    これは単純に“視覚”プラス、勝手な我々の想像力が成せる技だと思います。パッと見で可愛いいと感じ、勝手にこんな感じだから性格もこうじゃないかと自分の良いように想像したりして・・・
    ここまでの話だと完全に人は“見た目が9割”が勝者で、我々見た目ガッカリ派は明らかな敗者となる訳ですが、そうはいかないのが人間の面白い所、むしろ動物の面白い所と言って良いと思います。
    ファースト・アプローチが視覚ならばそれ以外の段階が非常に面白いのです。
    第一段階で視覚、そこから次の第二段階は“言葉”そう聴覚での判断と成る訳です。
    いわゆる“声”の要素は好き嫌いがハッキリ分かれると言いますか、顔は格好良い・可愛いと思って話をしたら、ガッカリしたと言う話もよく聞きます。妙に声が高いとか(声の高低)、後は喋り方ですね、舌っ足らずだったり、妙な喋り癖が有ったりなどと・・・
    これは自然界での動物の求愛行動においてはより顕著であり、視覚に関してはクジャクの羽根を広げてアピールする行為など、そのために進化の過程で外見的に変化していった動物も数多く存在します。それ位に動物であればあるほどより第一印象でのインパクトが求愛での重要なポイントに成る訳です。
    第二段階も鳴き方で求愛をする動物(身近な所では猫様も)など第一・第二においては動物も人間も然程大差は無いような気がします。
    そう考えると一目惚れが多い方やルックスが一番!などと宣(のたま)う方はより動物に近い方だという事が言える訳ですね・・・ほら、だってカラオケで歌を聞いたら、ルックスはイマイチだと思っていたけど、声の高音の伸びでやられたとか、低音の渋さが子宮に響いたとか、声も馬鹿になりませんねぇ・・・何かこの話だけでブログ二、三回分は書けそうなのでこのへんにしときますが・・・

    え?何が言いたいかって?あ、これって別に人の恋愛観やら結婚観に関してどうこう言うつもりは無く、臨床家にとってもこの『見た目』のは非常に重要な要素だと思うからです。

    実際、色々なクライアントの方達から結構!?勘違い臨床家の先生が多数生息するのを聞きます・・・怪しげな?作務衣を着て不敵な笑みを浮かべつつ出て来る先生・・入道坊主の頭に眉毛無し、何やら別の業界の匂いがする先生・・白いのかグレーなのか解らない、或いは洗ってないのか?と思われる微妙な匂いのする白衣もどきを着て出て来る先生・・崩れそうな治療所に湿っているシーツの上に寝かされた先生・・妙にクライアントに迎合する、ハッキリ言ってくれない先生・・
    これ実際に聞いた話です・・・最後の二つは関係ないように思いますが、見た目とは本人の姿だけでなく治療所がどう見られているか、治療所の中は?治療所は臨床家の顔の様なものですから、当然と言えば当然ですが、迎合先生や押し付け先生など言い出すとキリが無いのでこれ位にしときますが、せめてせめて・・第一印象位は臨床家として恥ずかしく無いように見られたいモノです。              
    マイナスからスタートするのと、ちょっとプラスでスタートするのではクライアントの心の窓が開いた状態から診るのと、不信感を抱かれながら診るのでは大きな違いです!
    幸いな事に我々フォーラムのメンバーに関しては良いお手本がいらっしゃるので、大きく脱線する事は無いと思っています。

    私も出来る事であれば目指したいと思っているのが、三浦理事長なのですが、多分と言うよりは間違いなくフォーラムの男性諸氏の中では岡村実行委員長三浦理事長がファッション・センスに関しては双璧だと思います。
    服の着こなしは勿論の事、アクセサリーの使い方やセンスも抜群で芸風が違うのでそのままマネは出来ませんが、是非、目指したいものです!
    私が理想とする臨床家像(あくまでも外見の事ですが)はパッと見、職業不定で何をやっている人なんだろうか?と思われる事です。
    最悪なのは如何にも○○というパターンですね、どう見てもサラリーマンとか工場勤務とかではなく、サラリーマンでも無い様だし、かと言って・・・何してる人なんだろう?的な“謎のおっさん”的な臨床家が理想です・・・

    襤褸(ぼろ)は着てても心は錦』などと自身がオシャレに無頓着な事を敢えて肯定する(特に男性)人も居ますが、それは自他共に認められる中身があって始めて成立する事で、その道の名人クラスやファッション業界のカリスマがジャージで出てくれば、ニュー・ウエーブだ!とか言われるでしょうが、そうでなければ只の加齢臭漂う“普通のおっさん”であったり、娘さんから一緒に歩くのいやぁ・・などと言われてしまうのが関の山です。

    私もどちらかと言えば、ファッション関係には疎い人で、正直、着られれば何でも良い派だったのですが、師匠である畠山先生に幾度となく着るモノには気をつけた方が良い!見られている意識を特に男性も持つべきだ!という話をして戴き、最近は自分なりにチョイとずつ気をつけるように成りました。
    ブランド物とかも、以前は否定派だったのですが、要は考え方なんだと思うように成りました。
    “一流は一流を好む”とよく言われますが、三浦理事長は身につけていらっしゃる物どれ一つとっても、一流の物であり、又、それが嫌みでは無く寧ろ自然であり、格好良いのです。
    よく街で見かける若い子が似合いもしないシャネルのバッグやブランド物に身を包んで闊歩しているのを見ると、あぁシャネルが歩いてる・・・とかシャネルが泣いてる・・・とブランドに着られている感じで、逆に薄っぺらく見られてしまいます。
    そう考えると一流を着こなす、或いは身につけるには自身が一流に成らなければ笑われるだけなんだと。
    一流を身につけることは自身が一流に成るための投資でも有り、一流を身につけても違和感無い自分自身がブランドに成るためのステップなのだと思うように成りました。
    逆に考えると一流を身につけるからこそ、それに負けない様に中身も一流に成ろうという気持ちも芽生えるのではないかと・・・
    クジャクとはいかないまでも、幾つになっても異性に腕を組んで戴ける位の“オシャレ・オヤジ”&“謎のダンディー叔父様”は目指したいものです・・・

    福田勇治

  • 野球

    え〜っと、今年もシーズンがほぼ終了致しました・・・何がって、前回のブログにも書いたのですが、私は臨床家であると同時にプロの草野球選手(本当はそんな職業は有りませんよ、念のため)でもあります・・・

    今年は何と言ってもWBCのJapan連覇から始まり、巨人の7年振りとNewYork Yankeesの9年振りの優勝で幕を閉じた野球界でしたが、MLBは個人的にも好きな個性的選手が結構居て、Boston Red Sox時代から好きだった

    マニー・ラミレス
    やSaint Louis Cardinalsのアルバート・プホルズとか最近の日本のプロ選手には少なくなった、独特の個性を持つ選手もMLBの魅力の一つでもあります。

    特にマニー・ラミレスに関してはやる気の無いようなダラダラ守備や突っ込み所満載では有りますが、あの勝負強さはやはり、凄いです。
    私の脳内イメージでバッテイング・フォームはマニーラとプホルズです。。。真似てます・・・
    今、日本のプロ野球選手で子供達がそのフォームを真似しよう!と思われるようないわゆる“スター選手”が少なくなっているのも何やら悲しい感じです・・・
    プロの使命として勝利は至上命題では有りますが、憧れられる選手も必要な気がします。

    先日テレビを見ていた時に男の子が将来成りたい職業に関してのアンケートをしていたのですが、小学校に関しては相変わらずスポーツ選手だったのですが、中学生に関してはサラリーマンになっていました・・・小学生へのインタビューでは公務員が安定していてよい、などと小学生がしたり顔で語っているのを見てちょっと寒くなりました・・・

    興味深かったのは男の子は高学年になれば成るほど成りたい職業が公務員など、現実的になってきて、女の子は小学生の頃は現実的な職業に就きたいと思っているのですが、高学年になれば成るほど最近は芸能人とかモデルといった、憧れ的な職業に就きたいという傾向が増加しているようです・・・男よ大志を抱けぇ!

    あああ、話がかなり脱線しましたので、野球に戻りますが、私達のチームも10月末に今年の公式戦メインのリーグ戦も一応終了致しました・・・
    結果は約20チームのブロック戦での勝利数上位チームでの勝ち抜けで、又もや準優勝という結果で終わりました・・・今年は昨年よりも参加チームのレベルが上がり、笑いながら出来る様な試合は最初の予選の数試合でした。
    某地元野球有名校甲子園常連OB軍団とか昨年度島根県代表軍団とか、普通に連盟(A・B・C級)で試合をしている様ないわゆる本物連中が大挙参戦した今回のリーグでした。
    ここ最近では味わった事の無い様なピリピリする様な緊張感を味わえたのはある意味楽しい経験でした。

    今年は大きくメンバーが入れ替わり、平均年齢も一気に15〜6歳は若くなりました、10代・20代のメンバーが中心となり、相変わらず私が最長老でPlayをしているという状況です。
    今年は前半に比べ後半はジューサーのお陰で、ウエイトが軽くなった分Playはかなり軽快に成り走っても身が軽いのが実感出来ました。
    40歳Overでの野球は体力的には結構辛いものもありますが、壮年野球(40歳以上の野球)には未だ行かないぞ!的なプライド?で自分の子供に近い年齢の選手達と共に汗を流せるのも、年々挑戦者の気持ちで密かな楽しみにも成っています。
    来年は若手が連盟チームで上を目指したいとのことから、チーム掛け持ち状態に成りそうなので、40代のエース再降臨の一年に成りそうです・・・西武に行くことに成った工藤選手も46歳と私よりも更に2歳Overでプロでプレイをしていますので、負けずにトレーニングに勤しまなくてはと思っております。

    以前のブログでも書きましたが、私は「如何にも○○」と思われるのが大嫌いです!解りにくいようですので例えますと、「如何にもオッサンぽい」とか「如何にも手技療法家っぱい」とか要はどこからどう見てもそのまんま!っていうサプライズが無い事が何より嫌なのです。
    理想は「デブなのにボルトより速い」とか「じじいなのに肌が20代の様にツルツル」とか、目標は幾つに成っても『年齢不詳・職業不詳のリッチマン』です。
    はい、そうです、よ〜く考えたらこの条件に当てはまる人が身近にいるんですよねぇ・・・三茶の仙人・・誰に聞いても一発で職業を当てる方はまず、皆無だと思われます・・・
    “目指せ!出雲の野球仙人っ!”り・・・臨床家じゃないんでしょうか・・!?

    福田勇治

  • スポーツ

    私が診させて戴いているクライアントの30%はスポーツ関係者が占めています。スポーツ関係者と言ってもその殆どが中高生の部活動が主で、時には小学生のスポーツ少年団など、未だ身体が充分に出来上がっていない子達もやって来ます。
    主訴の殆どが『肘、膝などの関節痛』『筋疲労から来る腰痛』など、見ていても痛々しい位の状態で親御さんに連れられてやって来ます。

    考えてみると私も小学校の頃から野球を始め、高校卒業までの約7年もの間、明けても暮れても白球を追いかけていました。
    当然の事ながら私自身も怪我との闘いの連続で、小学校時分に肘を痛め、高校時代に至っては腰痛に悩まされ、御多分に洩れず整骨院通いをしていました。
    当時の治療は今考えると、かなりアバウトな感じで、自分らで勝手に器具を弄って電気治療やら温浴治療を先生無視で、勝手に行っていました。
    当然の事ながら、気休め的治療満載で、治療そのものより寧ろ、治療所に来ている他校の野球部員との情報交換場といいますか、サロンと化していました。
    当時の気分としては、自分以外の選手も皆、身体を痛めているからショーがない!野球を続けている以上は痛みは付いてまわるモノだ!と無理矢理納得させていました。
    どう考えても休ませた方が良いと解っていても、休めばレギュラーから外されたり、休み明けに使ってもらえる保証は何もないので、選手は無理を押してでも練習に参加する、といった悪循環を伴う訳です。治療家の立場と選手の立場も両方解るが故に何とも悩ましい限りです・・・

    そもそもスポーツって何なんでしょうか?語源は気晴らし・遊ぶ・楽しみなど意味とするdisportが語源のようですが、現状競技スポーツを行っている選手100人に聞きました!って聞いてみれば、多数の選手が語源の様な気分では競技を行っていないと思います。
    ましてやこれが学校の名誉ならまだしも、国の名誉を背負った“オリンピック”などにでもなれば、国の威信やら郷土の名誉やら背負わなくても良いものまで背負わされて、良い時はマスコミも含め散々持て囃され、メダルの色が変わった途端に掌を返した様に人格をも含めて袋叩きにあう・・・ああ・・・不条理不条理・・・

    このスポーツと真逆でよく比較されるのが『武道』ですが、この武道も昨今は競技化してしまい、武道なのかスポーツなのか曖昧な“スポーツ武道”が増えてきているのも確かです。
    本来、武道は他人との闘争というよりは自分自身、身の内との闘いであり、他者と比較して云々という次元に存在せず、比較そのものがそもそも滑稽な話です。
    スポーツと武道の大きな違いは『原理・原則』の有る無しだと思います。
    スポーツとはいつの時代でも現在、今時点で『強い人(勝っている人)・強いチーム(常勝軍団)』が正義であり、生涯その考え方、やり方が正しい訳では無く盛者必衰、負ければ次に勝ったチームが正義となり、その学校や監督・コーチが行っているトレーニングを含めた指導がお手本に成ると言った、本質無き『砂上の楼閣』的指導法なのです。
    だからこそ、コーチや監督が経験値の中から手探りでベストなパフォーマンスを引き出そうと試行錯誤をしていく訳です。スポーツの世界にはこれをやれば100%大丈夫!というモノは決して存在しないのです。

    それに対し『武道』は日本人の体型や生活様式の中から長い年月を積み重ね作り上げられた、日本人独自の文化であり“基本”と“型”の反復稽古の中から“原理・原則”を見出し、基本の動きを身体に染み込ませ血肉に成るまで行うことで自分のモノにしていく人生勉強の場でもあります。だからこそスポーツで忘れがちな、礼に始まり礼に終わると言った精神的研鑽も必要と成る訳です。

    The Maid in Japan操体においても全く同じで、操体における“原理・原則”はご存じ『般若身経』であり、“重心安定の法則と重心移動の法則”操体を学ぶ者において(基本的には臨床家と名乗る方は全てと思いますが)は必須であり、自然に身体が反応するまで刷り込む必要が有ります。
    この原理原則を身につけると、ある程度のスポーツへの応用貢献も出来るので、何故身体を痛めたのか、どうすれば極力身体を壊すリスクを減らす事が出来るかを選手に指導出来、更にどうすれば今以上に身体パフォーマンスを上げられるかなど、選手が望む結果を “般若身経”をベースに指導が出来ます。
    来年辺りからは本格的に私達東京操体フォーラム指導の元のスポーツ選手育成プログラムが花開くかもしれません、今、着々とその下準備及び動きが始まっています!

    『般若身経』は競技が変わってもベストパフォーマンスを引き出せる、日本人にとってベストな“メンテナンス&コンディショニング”アイテムだと思いますので、全ての競技に・・・
    危ういスポーツ選手達の明日への救世主とも成るかもしれません。

    福田勇治

  • 2012

    11月21日って・・・考えたら秋季フォーラム前日という大切な日では有りますが、世の中ではこの冬期待?の映画、最近ガンガンCMで流れているので見た方もいらっしゃるでしょうが映画『2012』が公開されます。
    監督・脚本・総制作指揮は“インディペンデンス・ディ”や“デイ・アフター・トゥモロウ”などディザスター(天災・災害)映画の巨匠と呼ばれている“ローランド・エメリッヒ”の作品です。
    エメリッヒの作品は基本的には嫌いではなく、前述したインディペンデンス・ディもディ・アフター・トゥモロウも見ましたし、テレビでも何度も再放送され、何故かその度見ています。
    インディは宇宙人の襲来、ディ・アフタは大自然の驚異みたいな人間の力ではいかんともしがたい災害・災難に襲われ、逃げ惑い、或いは立ち向かう姿をハリウッドお得意の金にモノを言わせたこれでもかVFXで描き、最後はアメリカ万歳みたいな匂いのする映画?です。
    個人的にはインディ位の荒唐無稽な設定とウィル・スミスのお気楽な乗りが好きでは有るのですが、それはともかく今回の『2012』は“ウオッチメン”や“イーグル・アイ”などの視覚効果スタッフ結集し、最新VFXを使った作品と成っており、つい先日も予告編では異例の五分間先見せ本編映像が公開されていたので見たのですが、“VFX万歳単純野郎”の私は面白そうだなぁなどと思っておりました。
    内容的に云々するとネタバレに成りそうなので、省略しますが大型スクリーンで見てみたいものです・・・

    この映画のタイトルにもなっている“2012”とは古代マヤ人が用いた長期暦が2012年12月21日〜23日頃で終わっている 事から一部のニューエイジ思想家やオカルト好きな人々の間で『2012年人類滅亡論』として信じられているそうです・・・
    はい、これどっかで聞いた事のあるフレーズだと思いませんか・・・1999年7の月に人類滅亡って・・ノストラダムスじゃん!みたいな・・そうなんです、このマヤの予言も“ノストラダムスの予言”と共に語られる2大予言の一つなのだそうです。
    マヤ文明と言えば歴史の教科書で過去に見た記憶がボンヤリとある位で詳しくはないのですが、金属器を使わなかったという事と数学が発展していたという事しか思いつきませんが、特筆すべきがマヤ人は天体観測に非常に優れていたとの事で、精密な暦を作り出す知識を持っていたそうです。その中の一つが“長期暦(Long Count)”と呼ばれる、今回の予言の土台となっている暦のようです。
    地味にこの説に関しての本も結構出版されていて、ニューヨーク・タイムズ紙に寄稿しているローレンス・E・ジョセフ氏はその著書『2012 地球大異変』で、太陽そのものの活動が2012年に記録的なレベルで最盛期を迎えることや、地球地場の弱まりによる地磁気変移の影響、太陽系が星間のエネルギー雲に入ったことで2010年〜2020年の間に地球に大惨事が引き起こされると予測、中国の易経ヒンドゥー神学でも2012年の終末が予言されていることなどを挙げているとのこと・・・
    何か、ノストラダムスで踊らされた世代としては、俄には信じがたいと言いますか、景気が悪くなると終末論がよく出ると言いますが、そんな世相も反映しているのかもしれませんね・・・
    因みに“2012”系統の作品はこの後も大作が控えており“トランスフォーマー”シリーズで有名なマイケル・ベイ監督も2010年公開予定の『2012 The War for Souls』という作品を準備しているようです。
    当分2012年ネタで盛り上がりそうです・・・
    これらディザスター系映画を見る度にふと考えるのは、いや・・多分これは私だけではなく、他の皆さんも彼女や彼氏、旦那様や奥様とそんな事を一度は話した事があると思います。
    もし、『1週間後に地球(日本)が滅亡する!』と政府から公式発表が有ったら貴方ならどうしますか?
    条件としては・・・

    1. 隕石が地球に衝突、地球以外は逃げ場無し(宇宙はOK)
    2. 気候の大きな変化が起こり、日本より北側の国は気温の急激な変化により、人が生きられる環境では無くなる(南の国ならOK)
    3. 宇宙人の襲来により、戦う以外は生きる道は無いと言われた

    このネタはよく奥方と話した事があります、いずれも見た映画の設定なんですが、どうでしょうか?これって結構、その人の性格が出るので、真剣にディスカッションでもすると楽しいですよ・・・これって実は地球滅亡に限らず、その人が人生の土壇場に追い込まれた時にどの様な行動に出るかを見るのにとても参考になります・・・
    命がかかると人間は違うよと言う人も居ますが、人間って精神的にテンパっている時は命のやりとりとほぼ変わらない行動をするので、土壇場で尻をからげて逃げる奴か、踏ん張って立ち向かう奴かを見極める良いテストにも成りますので、それとなく彼氏・彼女に聞いてみると、結構笑えます・・・こいついざとなったら私をおいて逃げるんだ・・みたいな・・・
    最近、刺激が無いというご夫婦やら彼氏・彼女諸氏は是非、ディザスター映画で、愛を深めてはどうでしょうか?結果として本性が見えて玉砕という道もありますが、それも又、ディザスターな感じで良いのではと思います・・・
    え〜っと因みに私ら夫婦の見解としては滅亡が決定なら、敢えてジタバタせず普段と同じ生活を送り、瞬間が来るまで一緒に居ましょって話で落ち着きました・・・うふっ(=´∇`=) ニャン♪

    福田勇治

  • 歴女?歴男?

    先週の畠山先生のブログの中で他の追随を許さない歴女ぷりが炸裂していましたが、
    やはりマニアックだなぁと改めて感心していました、歴女って確かに畠山先生の様に筋金入りのベテラン?も居れば、
    俄(にわか)歴女も多数発生しており、私の様にユックリ落ち着いてその場の雰囲気や過去その場に居たであろう
    人の息づかいを感じたい人間にとっては正直“(`×´)丿ウザイ!!”っす!
    「うぁあああ、可愛いいぃい!」「きゃぁああ」などおおよそ場違いな黄色い声を発声しながらうろつく様は
    正直、(・_・)ノ■ レッドカード 出したいです・・・

    今年で言えば天地人関係の施設やら地方やらが俄仕込みの歴女軍団の勢いで“わぁああ”っと人々が殺到しているようです。
    多分、来年は高知県長崎県・京都界隈に“俄歴女”軍団が発生しそうな悪寒です・・・

    しかし、疑問に思うのが歴女は有るのに何故、“歴男(れきお)”が無いのかは不思議な限りで
    何も歴史好きは男の専売特許では無く、私の知人などは歴史に興味は皆無!という奴が大多数を占めるので、
    イマイチこのネーミングには不満です。
    今は年相応に成りましたので問題は無いのですが、若い頃に「戦国好きの幕末馬鹿」って言うだけで、若年寄と呼ばれたり
    暗い・キモイなどと言われ、肩身の狭い思いをしたものです・・・

    それが時代が変われば“歴女”などと持て囃され、ブームに乗って俄歴女みたいな・・
    これ又マスコミやら某関係者の匂いがプンプンすると言いますか、妙に煽るなって言いたいです。

    私のいわゆる歴史好きは小学校の頃に原点があり、単純に自宅近くの山城に見つかっていないお宝が眠っている
    金銀財宝ザックザクみたいな、インディジョーンズか徳川埋蔵金かって言うアホみたいなレベルから入っていきました。
    最初はそんな不純な動機だったのが、誰が住んでいた城だったのかが気になり出し、色々と調べて行く内に気が付いたら
    “歴男”人生まっしぐらになっていました。

    先程も書いたように私の場合“歴男”と言っても時代限定のマニアなので、平安時代の事や弥生時代の事を聞かれても
    中学生以下の知識しか有りません・・・
    そんな中でも私自身がLife Workとして行っているのが、『日本全国お城巡り』です。
    残念ながら北日本に関しては中々行けておらず、今後の課題と成っておりますが、西日本・中部地方は目ぼしい所は結構足を運んでおります。

    やはりオススメは取り敢えず行っとけ!って感じで国宝指定の4名城は押さえておいて下さい。
    ご存じだとは思いますが、改めて見所も含めご紹介します・・・

    1. 松本城(長野県):1596年築城当時の姿が残ってる、何よりあの黒塗りのフォルムが美しい
    2. 姫路城(兵庫県:近世城郭の比類無き天守様式を留めている、時代劇で出て来る江戸城もどきは殆どここでロケってると言っても過言では無い天守以外も見所満載のお城マニアのディズニーランド
    3. 犬山城(愛知県)丸岡城同様に初期望楼型天守の形式を残している、とにかくこぢんまりとまとまった可愛いお城である、つい近年まで尾張藩付家老だった成瀬氏個人の所有であり、国宝で個人所有は珍しいお城でした(現在は違います)
    4. 彦根城滋賀県:1603年築城当時の姿を留めている、こちらも犬山城同様に可愛らしいコンパクトなお城です。彦根城の素晴らしい所は天守以外の櫓等が兎に角良いです。オススメは天秤櫓と廊下橋です、ここは時代劇のロケに数多く使用されているので現地に行ってみられると納得です。特に鐘の丸下から廊下橋を見上げるロケーションは感涙ものです(マニア限定ですが)

     後は現存天守のお城は是非、死ぬまでには行ってみて下さいまし。因みに現存天守とは今天守が残っているお城で
    江戸時代若しくはそれ以前に創建された物であるというのが条件のお城です。現在、日本に残っている現存天守は12城有ります・・・

    1. 弘前城青森県:唯一、行けてないです・・・
    2. 松本城(長野県):兎に角チョーお勧め、格好いいっす!軽く興奮します・・・
    3. 丸岡城福井県:こぢんまりな感じですが、雰囲気ありです
    4. 犬山城(愛知県):ここも可愛いプリティーな感じの匂いが満載城です
    5. 彦根城滋賀県:時代劇で見る機会が非常に多いロケーションなので、楽しいですよ
    6. 姫路城(兵庫県:King of Castleまさに日本の至宝とでも言うべきお城、よくぞ残ってました!Nice池田公!
    7. 松江城島根県:何度昇ったか記憶に御座いません、私に島根案内させると必ず連れて行かれる場所です・・
    8. 備中松山城岡山県:日本三大山城の一つです、駐車場から結構歩いて天守まで登ります、体力勝負です
    9. 丸亀城香川県:基本平山城で、街中にあり眺めが良いです。市内がグルッと見渡せます
    10. 伊予松山城愛媛県:ここは改修前にお邪魔してから行っていませんので、近々行きたいなぁなどと思ってます
    11. 宇和島城愛媛県:ここも、こぢんまり系ですが、幕末三賢公 伊達様(仙台絡み)のお城らしく、良いです!
    12. 高知城高知県:ここも雰囲気有りますね、城の下では朝市やってるんで、午前中に行くのがお勧めです!

    因みに私は行ってないのは弘前城のみです・・・青森行くこと無いっすねぇ・・・まぁ機会があれば行ってみたいものです。

    ここまで語っといてこんな事言うのも何ですが、私が本当に好きなのは天守が残っているお城では無く、中世城郭の花形『山城』です。
     え〜っと・・や。。山城?って総突っ込みの声が聞こえてきそうですが、私に言わせれば『山城』こそが
    戦国全盛期の城の中心であり、鉄砲の登場によりその機能を徐々に失い、苔むしてしまった悲しい歴史も有るのですが
    今でも車を走らせている時に山城跡の看板を見つけると、思わず車を停めて山に登って山頂に向けて登って行きます。
    ですから私の奥方などは旅行に行くと言うと必ず、靴はいるのか?を先ず聞きます、過去にもヒール系の靴を履いて行き
    とんでもない目に遭ったことがあるので、それ以降は必ず「靴は?靴は?」としつこい位に聞いてきます・・・
     話し戻しますが、山城の楽しさ?は何と言っても当時の人々の息づかいが聞こえてくることです。山という天然の地形を最大限に利用し要塞化していくその見事なこと、まさに一大芸術作品と言っても過言では無いです。

    見るべきポイントは幾つか有りますが、やはり『曲輪』『石垣』『空堀』『虎口』の四つ位でしょうか。
    石垣、曲輪、空堀は割に解りやすいですが、虎口は解りにくかったり、説明の看板がご親切に有ったりして嬉しいような楽しみを半分取られたような複雑な気持ちになります。

    意外に小っちゃな曲輪にこんな所で防衛機能が果たせるのかと疑問に思ったり、謎解きのような楽しさも同時にあり、400〜500年も前の世界に引き込まれる楽しさがあります。
    ですが、楽しいことばかりでなく、気を付けないと色々と怖い目にも遭いますので、充分な準備は必要だと思います。

    一度は下山する際に迷ってしまい、再度頂上付近まで上がってから下山した経験もありますので、ご用心です。
    後、マニアの方ならご存じだと思いますが織田信長の妹お市の方の旦那であった浅井長政の居城であった滋賀県小谷城跡』に登った時だったのですが

    此処は別の意味で身の危険を感じた場所でした。早い話が感じてはいけないモノを見てしまったと言いますか、此の世の方でない方が多数未だに存在する異空間でした・・・
    後にも先にも頂上から下まで一気に飛んで降りられないだろうかと、真剣に考え蒼白に成ったのはあの時が最初で最後でした。
    特に山城に関しては”霊感”の強い方はお気をつけ下さいまし、先程まで紹介した現存天守とかは中世とは言っても壮絶な戦闘により多数戦死!みたいなお城は少ないのですが、山城に至っては歴史をよく調べてから行った方が
    身のためだったりしますので要注意です。

    激戦地が山城は多いですので、有名所では『八王子城跡』何かは私は余り行きたくないです・・・
    よく考えれば数百年前に自分が立っているその場所で、壮絶な命のやりとりがあった場所ですから、安易な気持ちで登ることは失礼に当たると思い
    小谷城跡”の一件以来は塩と水を持参しつつ登るように成りました。

    ですから私のアルバムにこの小谷城跡の写真は存在しません・・・理由はデジカメにデータが残って無いというこれ又、何とも不思議な感じの結末で
    当時を思い出しても気味が悪い唯一の経験でした。

    とは言っても未だに懲りもせず“山城跡”看板を見つけては車を放置し、山登りをしている福田でした・・・歴男万歳ぃいい!!
    PS.個人的にオススメの山城は兵庫県の『竹田城跡』岐阜県の『苗木城跡』です、この二つはわざわざに行くだけの価値は有ると思います・・・

    福田勇治

  • The 2009 秋季東京操体フォーラム

    お久しぶりでございます、出雲の住人福田でございます。今週一週間何卒、宜しくお願い致します。
    いやぁいよいよ来週に迫って参りました、気もそぞろと言いますか落ち着かないと言いますか・・
    特に今回は自身も発表という大役を戴いておりますので、尚更、挙動不審な福田です。
    しかも今回の秋季フォーラムは2Daysという事で盛り沢山の内容となっており、操体の道を志す方のみに限らず、楽しめる内容となっております。
    特に今回の目玉は二人のBIGゲストによる特別講演です。お二人共に甲乙付けがたい位のビッグネームですので、
    当然の事ながら二日通しの参加が最高です!やはりフォーラムは流れで作られていますので、一日だけとかでは良さは半分。。。
    いや・・やはり二日通して是非!操体のAtoZを体感してもらいたいと思います!

    因みに特別講師の先生は初日が柳生心眼流 竹翁舎 主催の島津兼治先生
    二日目はContemporary Artist 南画家の大家である田中稲翠先生のお二人です。
    稲翠先生に関しては私が拙いご紹介をするより、以前のブログで三浦理事長が稲翠先生との事を書いておられますので、
    そちらを参考にして戴いた方が稲翠先生の人となりが解ると思われます。

    初日に御登壇戴く島津先生に関しては実を言いますと私がここ数年の中で、お会いしたい方、お話を伺ってみたい方NO.1の方でした。
    恥ずかしながら初めて島津先生を知ったのはお馴染み?『月刊秘伝』でした。
    “最後の武人”であるとか“日本古武道最後の生き証人”とか先生に関しては呼称が大変多く、その形容のどれもが『Last Samurai』と賞賛しています。
    個人的には先生が以前、発刊された『甲冑拳法柳生心眼流を古書店やらで捜すも中々見つからず、復刊ドットコムに思わず復刊希望を出した経緯もあり・・・
    それと何と言っても、私の様な千葉真一神!的な人間にとって“柳生”と聞いただけでも敏感に反応する上に、何やら“裏柳生”に通ずる匂いも漂い、妄想半分暴走しそうです・・・

    Wikipediaによると柳生心眼流は戦国時代、羽州庄内出身の開祖羽州帯刀が神眼流を開き、これを奥州仙台の竹永隼人が学んだそうです。竹永隼人は神眼流・首座流・神道流・戸田流を学んだ後、江戸に出て柳生但馬守より柳生新陰流を学び柳生心眼流を開いたと伝えられているそうです。
    これも諸説有る様で、開祖も同じ柳生新陰流“鍵屋の辻”の仇討ちで有名な『荒木又右衛門』を開祖とする説もある様です(荒木又右衛門のお墓って島根のお隣鳥取県に有るんです)。
    ここでもキーワードは奥州仙台・・・( ̄― ̄)ニヤリッ 橋本敬三先生もヒョッとしたら何らかの形でご縁が有ったのではないかなどと、操体も源流を遡っていくと・・・更に妄想が加速しそうなので、この辺りで止めときますが、島津先生には『月刊秘伝』にも取り上げていらっしゃった、戦国期の甲冑武者の戦場での歩法とか、武人の身体の使い方など聞いてみたい事が様々有りますので楽しみ爆裂です。

    それ以外にも特にフォーラム初日の懇親会はフォーラム初日の目玉と言っても言いすぎではなく、講習の時の話とは又違った意味での各実行委員や先生方の生の声が聞ける最大のチャンスでもあります。この懇親会で操体の何たるかが解ったという方も少なくありません。
    懇親会の席だからこそ聞ける話であったりとか、懇親会だから話せる事も沢山ありますので、色々な方の考えであったり思いを吸収して戴きたいと思います。
    兎に角内容盛り沢山の2009秋季東京操体フォーラムCOUNTDOWN Weekの今週ですので、もう暫くお待ち下さい!それでは今週一週間お付き合いのほど宜しくお願い致します。

    福田勇治

  • アカシック・レコード

    いよいよ最終日となりました。東京は今週一週間雨模様でした。明日からは晴れるようですね。
    何だか今回は一週間『不思議ちゃん』になってしまいました(笑)
    自分が実際に見聞きしていること、それだけが本当なのか、たまに考えてみるのもいいものです。

    アカシック・レコード
    アカシック・レコード(Akashic Records)とは、宇宙や人類の過去から未来までの歴史全てが、データバンク的に記されているという一種の記録をさす概念。アカシャ (akasha) とはサンスクリットで「虚空」、「空間」を意味する。この概念は非常に面白いと思っている。

    ★眠れる予言者
    中谷実行委員の日記の中に出てきた、ケイシーの名前を聞いて、久しぶりにケイシー関係の本を開いてみた。丁度私がこの世界に本格的に足を踏み入れたのが、今から約20年前の事だ。その頃は手技療法に関する書籍を読み漁っていて、当時の私の本棚には夥しい数の関連書籍が並んでいた。生活を変えて引っ越しをした時にその殆どは売ってしまったのだが、大事な本は保存してある。記憶をたどると、私の『手技療法系』は、中学生の頃、父親が会社の健康保険組合の配布品で『足のゾーン・セラピー』というのを貰ってきたのも一つのきっかけだった。今でこそ「足ツボ」とか、「リフレクソロジー」という分野は確立されているが、その頃はまだそれほどポピュラーではなかった。
    今、改めて思い出したが、私がヨガとか足のゾーン・セラピーに10代始めの頃から興味を持っていたのかと言えば、なんだかあまり丈夫ではない(元気一杯ではないが、病気がちでもない)という感じだったので、色々試してみたのだと思う。また、10代の頃は精神と身体がどうもアンバランスというか、心は元気でも身体がついていかない、というような感じでもあったかもしれない。

    その『足のゾーン・セラピー』の先生は、実はケイシーの研究家であることを知ったのは、大人になってからのことだったが、そういうわけで。一時ケイシー関係の本を買い漁り、読みまくったのである

    http://tamabook.com/SPNE/shop.cgi?iframe=./shop_html/home.html&height=700

    エドガー・ケイシーとは『眠れる予言者』と言われている。予言者、あるいは心霊予言者と言ってもいいだろう。

    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%89%E3%82%AC%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%B1%E3%82%A4%E3%82%B7%E3%83%BC
    (以上wikipedia

    19世紀後半にアメリカはケンタッキーに生まれ、1945年に亡くなっている。普段は写真屋を営む敬虔なクリスチャンだが、催眠状態に入ると、アカシック・レコードと交信することができ、様々なリーディングを残している。
    身体的な悩みに対して、解決、治療法を示したものが「フィジカル・リーディング」、人生の悩みに対して助言の「ライフ・リーディング」が残されているが、「ライフ・リーディング」とは、人間の魂は輪廻転生を繰りかえし、人生で起こる悩みや問題は、前世との因果関係を知ることによってその解決の糸口が得られるというもの。その他に、アトランティスは大西洋に存在し、高度な文明を保っていた、というような歴史的なリーディングもある。ケイシー自身の信仰からは、にわかには受け入れがたいような情報がアカシック・レコードから催眠中のケイシーを通じて語られたのである。

    ちなみに、メガネのせいかもしれませんが、うちの日下実行委員を見るとケイシーを思い出すのは私だけでしょうか(笑)

    なお、ケイシーのフィジカル・リーディングに沿った治療法を行っているところもある。興味深いのは、からだの歪みと食事と排泄、体操、心の平安(祈りや瞑想など)が語られており、操体の『息食動想』にもリンクしてくるということだ。この療法を『ケイシー・レメディ』(ケイシー療法)とも言うが、このレメディの処方は、アカシック・レコードから伝えられたものであり、ケンタッキーの田舎の信心深いクリスチャンの写真屋のアイディアではない。

    真実は、色々な伝わり方をするが、事実は一つである。
    違うけれど、同じ事を言っている。
    そんなことを思った。

    なお、日本でケイシー・レメディをされている福田高規氏は、操体法東京研究会の講習を終了した我々東京操体フォーラム実行委員の先輩である。この話を師匠、三浦寛先生から伺って

    『やっぱり不思議だ・・・・』と思った。

    新版 エドガー・ケイシーの人生を変える健康法

    新版 エドガー・ケイシーの人生を変える健康法

    なお、最後に一言書いておきたいのは、私は常に『不思議ちゃん』(横軸)の軸と、『理性ちゃん』(縦軸)の軸のバランスを取って生きたいと思っていること。
    これは『右脳ちゃん』『左脳ちゃん』とか『男』『女』と言ってもいいかもしれない。『東洋医学』と『西洋医学』もそうだし、『デジタル』と『アナログ』もそうだ。片方を切り捨てるのではなく、交わるところの存在も大切にしたいと思っている。

    それでは、一週間ありがとうございました。

    明日からは、島根の福田画伯(猫と精力剤の話では果てしなく盛り上がる??)です。よろしくお願い致します。

    なお、フォーラムへのご参加、引き続きお待ちしております。

    http://www.tokyo-sotai.com/

    畠山裕美

  • 病気はありがたいサインだ?

    自慢ではないが、もう少しで死にそうになったことがある。半日遅れたらICUで、一日遅れたらあの世行きだったというヤツである。

    今から考えてみると、それまで怪我もせず、大きな病気もせずそれなりに間に合って生きてきた。骨折したこともないし、どこか切ったこともない。それが、ある日いきなり人生初体験の入院をしたわけだが、あれはおそらく『休め』という強制ストップみたいなものだったのではないかと思う。

    というのは、死にかけた割には三週間入院しただけだったし、幸いにも最初にかかった医者(せんせい)が、入院した病院の外科部長と同級生だったお陰で、検査も入院も非常にスムースに進んだ。最新鋭の医療設備で全身チェックまでしてもらった。普通だったら鼻の穴からチューブを入れて胃液を排出するらしいのだが、これも免れた。トイレも自分で行っていいというお許しが出た。とにかくひたすら寝ていたような気がする。たっぷりの睡眠時間と人様が作ってくれる食事(笑)入浴が許可されれば、昼15時位からゆっくりバスタイムという優雅さ(笑)それまで夜型だったのを改め、朝型の生活に切りかえたが、それも収穫の一つである。

    もしも、この時ゆっくり休んでいなかったら、その後もっと大きなツケが回ってきていたかもしれないと思う。例えば本当にイノチをリセットしなければならなかったとか。

    ところで、こんな事を書いていいのかどうかなんだが(笑)

    その少し前から体調が少し良くないとは思っていたのだが、何となくある日脳裏に『六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)』が浮かんだのである。

    六条御息所:源光源氏の年上の愛人で、嫉妬から生霊となって源氏の愛人達に祟る。源氏の正室、葵の上をとり殺す場面は有名。なお、本人は自分が生霊となっていることを知らなかった。
    http://www.tnm.go.jp/jp/servlet/Con?pageId=B07&processId=02&colid=A11098
    (画は上村松園の「焔」)

    そういう愛憎劇に巻き込まれるような覚えはないのだが(笑)誰かの激しい嫉妬というか意念のようなものを感じたりしていたのは事実と言えば事実である。
    また、偶然にも入院する前『すうぱあなちゅらる』な力を持つF氏に、『最近、呪いでもかけられてません?気をつけて下さいよ』と言われたりしていたのだった。これはまたいつかお話したいと思う。

    ★まあ、人に呪いをかけると『人に呪わば穴二つ』と言う。これは陰陽師が呪詛を行う時、呪詛返しでかけた方も死ぬ可能性があるので、墓の穴を二つ用意したとか、有名な『丑の刻参り』も、自分の呪詛が成就しても、それが自分に返ってくるため、墓穴は二つ、つまり相手と自分の分を用意せよ、いう話から来ている。いずれにせよ、人を呪ったりするのはやめたほうがいいのである。

    話を戻そう。

    入院している間、幻覚と幻聴を経験した。後で看護師さんに聞いてみると、痛みを抑えるために強力な痛み止めを点滴しており、さらに両手両足に合計8本の点滴を打っていたので、そういうことも起こることがあるんですよ、と言うことだった。確かにあれだけ刺されていたらヘンになると思う。更に無意識のうちに点滴の針を抜きまくったらしく、後で看護師さんから聞くに、一晩で10回やらかしたそうだ。勿論そんなことは全然覚えていないのだが、この時見ていた夢(のようなもの)はクリアに覚えている。いや、幻覚や幻聴と書くので何やら物々しいが、ヴィジョンが見え、天の声が聞こえたと言えば聞こえはいいのだろうか(笑)

    私の場合、何か聞こえるというのは、話し声などではなく歌声だった。それも多数の声のコーラスみたいなものだ。多かったのは男性合唱団のもので、何の曲か分からないが、非常に親しみがあるものばかりだった。まるでオラトリオのような教会音楽的なものだったと思う。
    入院した次の日の早朝、、グリークラブ(平たく言えば男性合唱団)の練習をしているのかと思って目が覚めた。どこか遠くから聞こえる何とも心地良い歌声だったと記憶している。

    病院の近くにはK大があった。K大グリークラブが早朝練習をしているのかなと、うとうとしていると、看護師さんが巡回に来た。『男性コーラスが聞こえるけど、朝から練習してるんですか』と言うと、看護師さんは『そう?コーラスが聞こえたの』と答えた。
    その次の日からは聞こえなかったので、あれはやはり私にしか聞こえていなかったのだろう。看護師さんは患者のうわごとは多分聞き慣れているに違いなかった。

    ベッドの脇を見ると、花瓶にチューリップが生けてあった。Duran Duranの”Careless Memories”に出てくるチューリップと同じだ。病院の白い壁、PV(プロモーション・ビデオ)の白い背景。そんなことを思った(動画参照。丁度白いチューリップと白い壁のイメージ)。

    今になって思い起こすと、これは『内なる歌声にからだが癒された』と考えてもよいのではと想う。
    操体臨床例の中には、快適感覚と共に、『色を見せられて』からだが癒しをつけているというケースもあるからだ。『歌声を聞かされて』からだが癒しをつけるというケースもあるかもしれない。『無意識の動き』も、内なる治療者がからだに動きをつけて治しに導くと考えればいいのだ。

    ここまで書いて、先日平直行相談役から聞いた話を思い出した。平氏と先日対談した、ヨガのN先生によると、ネパールに行ってヨガをするのだそうだが、敢えて落ちたら死にそうなところとか、危険なところで行をするのだそうだ。これはどのような効果があるかと言えば、自分の身が危険にさらされると、反動で生命力のレベルが大きくアップするらしい。戦争体験者にタフで比較的ストレスに強い方々が多いのも同じなのだろうか。

    思うに、自分の身に強制ストップがかかったのは、非常にラッキーなことだったのだ。
    我慢できる位の痛みだったらそのままやり過ごし、手遅れでした、ということになっていたかもしれないが、『からだが強制ストップをかけた』お陰でしっかり休むことができ、丁度いいタイミングで生命力のレベルがアップしたのである。

    これは何とも言えない巧みな生命現象のバランスだと思う。人体というのは基本的に「間に合ってればいい」のだが、ある程度の刺激を与えないとやはり活性化しないのか?

    病気はありがたいサインだ、というのはこういう意味もあるのかもしれない。

    畠山裕美

  • 歴女・仏女 その3

    その後、午後からの仕事もあり、のんびり九博見物している時間もないので、ミュージアムショップへ直行する。阿修羅展の限定カレンダーを売っていたが、荷物を考えて断念する。

    そして九博(きゅ〜はく)名物発見。九博では、「針聞書」といって、1568年に書かれた(織田信長が摂津、つまり大阪を攻めた年)鍼治療の本を収蔵している。その本の現代版解説書が出版されているのだ。鍼治療の本と聞いて、早速手に取ってみた。

    戦国時代のハラノムシ―『針聞書』のゆかいな病魔たち

    戦国時代のハラノムシ―『針聞書』のゆかいな病魔たち

    http://www.kyuhaku.jp/collection/collection_info01.html

    当時、病気の原因は体の中に住んでいる虫が悪さをするためだと考えられていた。庚申信仰はご存じだろうか?
    陰陽五行説の庚申の日の信仰である。人間の体の中には三尸(さんし)という3匹の虫がいて、暦の庚申の日に人が寝ているうちに閻魔様のところに行き悪行を伝えると言う話があり、それをさせないために、寝ずに神仏を祭るというものである。なお、この日は男女交合をしないとか、この日結ばれてできた子供には盗人の性質があるとか、(要は、庚申の日は慎みなさいということでしょう)そのような言い伝えがある。

    赤ちゃんの「かんのむし」(疳の虫」)も、虫が悪さをするからだと言われたりする。宇津救命丸(今調べたら、400年の歴史があるらしい)の効能書きにも「かんのむし(かんむし)」と書いてある。

    この本だが、絵が何とも言えずユーモラスである。現代の「ゆる系キャラ」に通じるのではないか。画像を是非どうぞ。

    http://www.kyuhaku.jp/collection/collection_info01-2.html

    「肝積」(かんしゃく)というのは『肝臓にいる虫。酸っぱい物が好きで、油くさい物が嫌い。常に怒っているような顔の色である』
    「肝虫」(かんむし)もいる。
    「陰虫」(かげむしん)詳細説明を読むと、色が白と赤の二色なのは、精液と経血の色だからなんだそうで、取り憑かれると色情に狂う(笑)らしい。確かこの他にも色情系の虫がいたが、いずれも『治らない』とか『死ななきゃなおらない』などと書かれていた気がする。好色には治療法はないということか。確か他にも「吝嗇」(ケチ)は治らないとかそんなのもあったような気がする。

    ところで、この「針聞書」を現代版にして解説を加えた『針聞書 虫の知らせ』を買った。イラストに現代訳で説明してあるのだが、鍼灸の解説書なので、鍼の打ち方についての説明がある。面白いのは『この鍼の方法は大変難しいので、書けない』とか『この方法は直接師から習うべし』と書いてある。

    つまり

    『本を読んだだけじゃわからんよ』と言っているのである。

    操体も同じで、師匠について学ぶべきなのだと思う(そう来たか!)または、実際に教えを受けるべきなのだ。

    ところで、九博を後にした私は天満宮の参道で写真を撮ったりしながら駅に向かった。参道の途中で何故かゲゲゲの鬼太郎ショップが!!もう少しで『水木商法』に引っかかるところだった(笑)中で買い物したかったが、おそらく出られなくなるので断念、途中で梅ヶ枝餅を買って博多に戻った。

    それから仕事をして、その合間に、秋穂理事の「あきほ整骨院」を突然襲撃したりしたのだった(驚かしてごめんね!)

    皆様、福岡で操体を受けたかったら「あきほ整骨院」へどうぞ。

    その後博多にとんぼ返りし、博多駅の近くでラーメンを食べ、空港で『めんたいも(芋)』(スイートポテトに明太子が入ったモノ)、明太子プリッツなどを買って東京に帰ったのだった。

    阿修羅様、薬王様、薬上様、興福寺でお待ち下さい♪

    畠山裕美

  • 歴女・仏女 その2

    そして、すごく恥ずかしいのだが
    九州ツアーの追っかけをしてしまったわけですよわたくし(笑)

    阿修羅様の。

    実はクライアントの方と「阿修羅展」の話をしていて
    『東京から九州博物館に阿修羅展を見に行くツアーがあるらしいですよ』と聞いて
    『へえ〜、私も阿修羅展2回行ったけど、世の中には物好きがいるもんですね』

    と、答えた私も物好きじゃん!!!!

    まあ、夏の終わり、仕事で日帰りで博多に行く用事があったのだが(無理矢理作ったいう説あり)、午前中はフリーだったので(いや、無理矢理フリーにした?!)博多から地下鉄で天神に向かい、朝9時半には、太宰府天満宮の参道に降り立っていたわたくし(笑)

    太宰府は高校の修学旅行以来である。始発で羽田を発てば朝9時半には太宰府に着くのだ。
    帰りに梅ヶ枝餅でも買っていこうと参道を歩み、突き当たりを左に曲がると天満宮があった。早速お参りし、いろいろ祈願。
    おみくじを買おうと思ったが、小銭を切らしていて断念する。
    しかし、どうしても『管公』というと、『陰陽師』(原作は夢枕獏氏)コミック版の、岡野玲子氏描くところの『管公』を思い出してしまう。どうもあのイメージが(笑)

    陰陽師 (13) (Jets comics)

    陰陽師 (13) (Jets comics)

    実際に、太宰府天満宮というのは、墓所がそのまま神社になっているところで、管公が祟らないように、お祀りして霊をなぐさめたところなのだ。境内を突っ切って目指す九州博物館に行こうと思ったのだが、どうやら道を間違えて山の中に入りそうになったので、慌てて来た道を戻る。もう一度境内を通ってやっと九州博物館へ行く道がわかった。

    夏の終わりとは言えまだまだ暑いので、日傘をさしなおかつサングラスをかけ、道をしばらく歩むと、山のど真ん中に巨大なエスカレータの入り口が見えた。これが『九州博物館(きゅ〜はく)』への道だ。長いエスカレータで上がって行き、幻想的な歩く歩道を進んでゆくと、目の前に視界が開け、巨大な近代的建造物が現れた。

    入り口でチケットを買い、ロッカーに荷物を預け(博物館、美術館見物の基本)

    いざ出陣!

    実は、阿修羅様にも会いたかったのだが、薬王様、薬上様にも会いたかったのだ!

    http://www.kohfukuji.com/property/cultural/113.html

    エスカレータを上がって展示フロアに着く。ふっふっふ〜。三度目だよ阿修羅様。

    上野と違って、九州博物館の天井は少し低い。従って、展示方法も上野とは違っていて興味深かった。展示方法によってこんなにイメージが違うとは。特に八部衆像(阿修羅様もこの一員)の展示方法は、上野よりも見やすかった。上野では、阿修羅様は360度の丸いステージに立っておられたが、他の八部衆は背面が壁についており、真後ろから拝観できなかったのである。これは十大弟子像も同じ。ハコの関係で上野より展示数が少ないのは仕方あるまい。

    阿修羅様は九州でも女子に群れられていた!
    小学生が多かったけど。

    上野よりも小さめのステージで、距離は近い。もう気の済むまで拝顔(笑)

    しかし、天井が低いのが気になる。この低さでは、薬上様、薬王様が入らないではないか!どこか天井高いのか?九博??

    結局、気になったとおり、九州には薬王様、薬上様はいらっしゃっていなかった。残念。

    KISSのジャパン・ツアーで九州に行ったらエース・フレーリーが来てなかったと同じ位残念だった(例えがマニアっくですいません)。
    もしくは水戸黄門を九州で観たら、かげろうお銀の入浴シーンがなかった!それくらい残念だったと思って頂ければよろしい。と、少しがっかりした私だったが、そこは頭を切り換えて

    興福寺で待っててね♪』
    いずれにせよ、私が興福寺に行くぞ!と決意を固めたのは言うまでもない。

    日本には国立博物館が4つある。東京、奈良、京都は美術系。一番新しい九博は唯一の歴史系博物館なのだ。

    その後、折角の歴史系国立博物館に来たのだからと他の展示物も見ることにした。なんと、今回の阿修羅展に合わせて、阿修羅像製作当時の色調復元像もあった。地色は赤。なかなか派手である。阿修羅展終了後も展示されているのだろうか。

    しかし、九博は面白い。テーマを歴史に絞り、大陸との交流をはじめ、古代の歴史に力を入れている。
    古代の、呪術に使ったと言われる石具や、個人コレクションであるアジアの呪術人形、遣唐使船に積まれていた貢ぎ物の模型やら、
    古代日本史が好きだったら一日いても飽きないだろう。
    その中に、石で作った用途不明のモノがあった。石でできた20センチくらいの円柱で「何に使ったか不明」と書かれていた。
    それが何本も(10本くらい)ならんでそそりたっているのである。なんだか面白い。

    う〜む。

    私には、リアルサイズの「かなまら様」に見えた(爆)

    (以下自粛)

    つづく

    畠山裕美