― 足る事を知る ―
何もそんなに欲ばって腹いっぱい食うことないじゃないか、腹八分目でいい。
完璧を目指す必要はない。及第点を取ればいいんだ。
あれもこれも欲しがるなよ。自分の人生で使える分だけあればいい。
山野真二
2011年秋季東京操体フォーラムは11月6日(日)、東京千駄ヶ谷津田ホールにて開催予定です。
― 足る事を知る ―
何もそんなに欲ばって腹いっぱい食うことないじゃないか、腹八分目でいい。
完璧を目指す必要はない。及第点を取ればいいんだ。
あれもこれも欲しがるなよ。自分の人生で使える分だけあればいい。
山野真二
2011年秋季東京操体フォーラムは11月6日(日)、東京千駄ヶ谷津田ホールにて開催予定です。
近頃、本屋や図書館にいるとよく「断捨離」という言葉を目にします。
恐らく、去年末頃から注目されていたみたいですが最近あまりにも目にするので色々調べてみたのですが、自分の想像と全く意味が違っていたのでビックリしました(笑)やはり何事も思い込みはいけませんね!
この「断捨離」とはクラターコンサルタント「やましたひでこ」が提唱する部屋の整理整頓と共に生活に調和をもたらそうとする生活術の事で
〈断〉入ってくるものを断つ
〈捨〉不要な物を捨てる
〈断〉執着心から離れる
以上のことから「断捨離」と名付けているそうです。
つまり、人の物への執着から産まれるのは「苦しみ」であり、それから「開放」されるのは「喜び」だと人は認識し始めているでしょうね。私もなかなか物を捨てる事が出来ない人間なので試しに身の回りの物を必要な物以外捨ててみたのですが思っていた以上にすっきりした気持ちになれたのです。
こうしていくうちに私は「断捨離」の意味が橋本敬三先生が言われていた「間にあっていればよい」という言葉と重なりました。この二つの言葉の言い回しは違いますが共通して欲張るなという意味があり、欲が執着心を産み、執着が心の苦しみを生むと言っているのだと思います。執着についてブッダも次のように言っています。
「人々の憂い、悲しみ、苦しみ、もだえは、どうして起こるのか。つまりそれは、人に執着があるからです。
富みに執着し、悦楽に執着し、自分自身に執着する。この執着から苦しみ悩みが生まれる」 華厳経226ページ (『ブッダのことば』より著書大森義成)
この言葉からも執着することが如何に欲を生み、人を縛りつけるかがわかります。三浦先生は講義で「あの世に持っていけない物に執着するな」と言われていました。この言葉からも執着することがいかに心のゆとりを無くしているかが理解できます。
「断捨離」が流行っている事からも分かるようにこれからの時代は心の時代になっているのかもしれません。東日本大震災以降人々が心の病に苦しんでいるのもそういう時代背景が少なからず影響しているのでしょう。時代は今よりもっとブッダや橋本敬三先生の哲学を必要とすると思うので私自身もより今の学びに誇りと信念を持って取り組んでいきたいです。
本日が最終日となりましたが一週間を通じ色々書かせて頂いた中で私自身強く感じたのが偉大な先人達が残してくれた言葉をもっと大切にしていかなければいけないという事です。「想念」が重要視される時代になってきた今だからこそ、生涯学びの道に身を捧げた人達の言葉を心に刻まなければいけないのだと思います。
明日からは私の尊敬する先輩の一人である山野さんの登場です!楽しみにしています!
ありがとうございました!
今日書くテーマは「橋本敬三先生の語録」というテーマから少し脱線してしまうのかもしれませんが以前から橋本敬三先生に関するテーマがあればぜひ書きたいと思っていたので少し寄り道をさせてもらいます。
相撲、落語、将棋、歌舞伎等の伝統ある業界に身を置く者のほとんどは「師」という存在を作り、何年、もしくは何十年と師の下で学びを得ています。私も操体を学び始めてかなりの月日が経過しましたが、いつからか三浦先生の事を「師匠」と呼ぶようになっていました。最近、この言葉の重みを感じるようになり、学んでいる事に対しての「責任」が芽生えてきたと同時に果たして自分が弟子にふさわしいのか?弟子らしい事が出来ているのか?と考えるようにもなりました。このような経緯から本来あるべき「師と弟子」の在り方や「弟子の姿勢」について学びたいと思ったのです。
Yahooで「弟子」と「師」について調べてみた所、以下の事が書かれていたので紹介させてもらいます。「落語界においては師が弟子について一切の生殺与奪権を持っている。そのため、弟子が真打になる前に師匠を欠いた場合には例え、本人に責がなくとも即、廃業となる。また師匠の一存でいつでも弟子を破門する事ができる。その場合その瞬間から弟子は落語界から追放され、芸能人でもなくなる」と書かれています。
これらから分かるのは弟子が師につく以上は師の言う事に「NO」と言わず、すべて「YES」で答えなければならないという事です。つまり弟子にとって師匠が言うことは絶対なのです。「師」と呼ぶ以上はその位の「覚悟」が必要であり、自分の人生そのものを師に預ける気概がいるのです。この「弟子」の姿勢はどの業界でも共通して言えることだと思います。しかし、このような誰でも知っていそうな事を今の学校教育では教えてくれませんよね!まず「技術が知りたい」が第一になり、師の生き方や考え方、魅力に目が向けていないような気がします。今の世の中は「技術」ばかりが先に行き、それを扱う人のメンタルが技術についていけていないような感じがあります。若い時からこういう社会の在り方や心構えを教えていれば人生を悲観したりする若者は少なくなると思います。話を戻しますが「師に人生を預ける」ということは師がこの世を去った後もその「意思」を継承していく事に繋がっていきます。それは弟子としての「使命」といっても良いでしょう。この「使命」を全うしていく事が本来の師と弟子の在り方だと私は考えています。
今、日本各地に橋本敬三先生から操体を学んだ方がたくさんいると聞きました。弟子だったか生徒だったのかはさておき、その方々は皆、橋本敬三先生の「意思」を継承し、今も学び続けて世の人達に貢献しているのだと思います。わたしも師の意思を継承し、偉大な先輩方と同じように世に操体を広めていける臨床家になれるよう日々精進していきたいと思います。
橋本敬三先生の著書「からだの設計にミスはない」のP77に「人間が本当の自然法則を知らされたとしてもそれをとるか、とらないか、選ぶか、捨てるかは全く本人の自由である」と書かれています。操体を学び始めて間もない時にこの文を読んだのだが特に「とるか、とらぬか」というフレーズが当時の私の心に深く印象に残りましたので本日のテーマにしたいと思います。
「とるか、とらぬか」と言われてみるとこれまでの人生のなかで幾度となくこの選択を迫られた時があったと思います。それは人が生きている以上、常にこの選択権が存在するのですがわたしの言葉で言わせてもらうとこの選択は「命の選択」と「心の選択」と大きく二つに分けられます。「命の選択」とは自然法則等の命が要求している選択であり、「心の選択」とは生活の為の選択をいいます。私たちは日常生活においてほとんどが「心の選択」で「とるか、とらぬか」の選択をしているのです。しかし人間の本来の悲願とは健康に生きる事であるので「命の選択」は確実に取ったほうが良いと思います。
このような考えを持ったことで私は「もったいない」という意識が芽生え始め、確実にとっておいた方が良い「自然法則」をとらないのはやはりもったいないのである。この世に生を授かりこの体を使わせてもらっているので知らなかったではすまされないのです。そういう私も3、4年前までは無責任に体を使っていたのですが今になって思うのが人は五体満足で日常生活を送れている間はこの法則の有難さが分からないのです。そして心の中に「めんどくさい」という欲の心が少なかれ存在します。これがあるので人は本当に困った時でないとこれを選択しないのだと思います。この「めんどくさい」という言葉は人間の無限の可能性を閉ざしてしまう厄介な言葉であり、私も数えきれない程、痛い目に遭ったのを覚えています。しかし、最近になって気付いた事があり、それは先日にもお話しさせて頂いた「意識」を使う事でこの「めんどくさい」が打ち消されていくことです。最近の私はどんな小さな事でもまず「やれ!」という意識で生活している。あとまわしにすると「めんどくさい」が頭に侵入してくるのでとりあえず頭で考えるよりも先に体を先に動かしています。
少し寄り道をしてしまいましたが人は神様から無限の可能性を与えられた事で「無限の選択」が出来るのですがそこには最低限の責任があるのです。その責任とは体を「使わせてもらっている」という責任です。無責任に体を使い悪くなったから医者に頼るでは都合が良すぎますよね!最低限の責任を全うするために橋本敬三先生は自然法則(息・食・動・想)を説いているのです。この法則を「取るか、取らぬか」は己の命の責任を全うするか、しないかとも言えるでしょう。
私はここ半年の間自分の意識、体が変わってきているのに気が付きました。その理由は体の要求に委ねた生活を心掛けているからだと思います。言い換えるとそれは欲の脳のコントーロルとも言えるが例えば、「食」において朝・昼・晩規則正しく食する事を意識するのではなく、体が食する事を要求している時に要求している分だけ口にするようにしています。その聞き分けがしっかりしてくると大体食べる時間や量は毎日決まってきます。その習慣が身に付いてくると体の要求以上に食したりするとすごく不快な感覚になり、心と体のバランスや生活のリズムの波長が狂ってくるのです。それは「食」だけに限らず、仕事等でもそうです。少し頑張りすぎたと思った時は自分の心にブレーキを踏むようにし、体に異変を感じたときは1日に少しの時間でもメンテナンスをするように心掛けています。
このように日常生活における生の営みを体の要求感覚に委ねることで全てのベクトルは「気持ちの良さ」に向いている事を己の体を通して体感したのですがこれらは橋本敬三先生が説くバルの戒め(頑張るな・欲張るな・威張るな・縛るな)に結びついている事がよくわかりました。
私がこの「体に聞き分ける」ことを今まで以上に重要視するようになったのが好きなサッカー選手であった松田直樹選手(松本山雅FC)が心筋梗塞で倒れるという新聞記事を目にしてからです。松田選手は横浜マリノスに入団した時から知っていた選手なので他界されたのは非常に残念で仕方ありません。この新聞記事に目を通した時に「元気な人程、自分の体の異常変化に気付きにくい」という文があったのだが確かに言われてみるとそうだと思う。これは決して「他人事ではない」と思い、倒れてからの数日間、彼の無事を祈りながら彼の事について色々と考えていました。
松田選手は去年、長年在籍していた横浜Fマリノスを解雇されてしまったのだが彼は尊敬する三浦知良選手より「先に辞めない」という強い意思で現役の道を選びJFLの松本山雅に入団しました。恐らく、肉体的な衰えは多少あったと思いますがそれ以上に「好きなサッカーをやりたい」という気持ちが強かったのだと思います。松田選手のプレーを見た事がある人なら分かると思いますがピッチの上での彼はプレーは他のどの選手よりパワーに満ちあふれていた。そんな松田選手は私が思うに頑張っていたが頑張り過ぎてはいなかったと思う。この「過ぎ」というのは自分の許容範囲内を超える負担が生じた場合の事を指し、彼の場合は好きなサッカーを許容の範囲内で一生懸命プレーしていたと思うので「頑張っていた」と表現させてもらった。そんな彼が近日どこか体に異常を感じていたかは分かりませんが、もしかすると彼の頑張りに反し体が自分の心が知らないうちに悲鳴をあげていたのかもしれない。今回のように突然、命を落とすような事態になりうるので松田選手に起こった事は重く受け止めなければなりません。
橋本敬三先生も著書の「からだの設計にミスはない」にて「許容度からハミだすな」と書かれています。その許容度の範囲も自分の体に聞き分けなければいけないのだと私は思います。
みなさんも「過ぎ」には注意して人生をエンジョイしてください!
私は日常の生活空間や臨床、すべての空間の中に「調和」というテーマを持って生活しています。
「調和」という字を辞書で調べてみると矛盾や衝突がなく、まとまっていること、と書かれていたのですが私の言う「調和」も自分の心、周りの環境、そして全てのものをありのままに受け入れることです。その心持ちひとつで人や物に対してイライラしたりする事が無く、心と体がとても気持ちの良い状態でいられます。そうすると徐々に波動の荒い言葉を口に出さなくなり、生き方も変わってくるのが実感出来るようになりました。
しかし、本当の意味での「調和」とは私が一言で語れるような簡単なものではなく、もっと深いものだと考えています。それを理解する為の日々の学びであり、誰かに教えてもらうのではなく己の気付きによって得ていく物なのだと思っています。私は幸いな事に三浦先生をはじめとした臨床家としてだけでなく、一人の人間としても尊敬できる人達に囲まれ勉強しています。自分のテーマを深く理解していくために偉大な先輩達の生き方、勉強する姿勢から学びを得ているのですが最近、自分との「意識」の違いに気がつくようになったのです。私の意識は日常の生活空間の範囲内での意識なのだが先輩方の意識はその空間を超越した「ブッ飛んだ」意識なのです。「ブッ飛んだ」意識とは私なりに表現させてもらうと意識のベクトルが目に見える空間ではなく、目で見る事が出来ない空間に向いている意識なのです。この意識を持っている人達は共通して生活空間だけで生きているのではなく、「自分の意識の空間」の中でも生きているのです。つまり自分の「時感」を持っていて、その空間の中で自分の学びを育んでいるのです。では自分の意識をこの「ブッ飛んだ」意識にするにはどうすれば良いのかを考えていくと、一度己が生きてきた中で形成した「自我」の心を意識と切り離す必要があります。そして目には見えない不可視な物に意識を向けるのです。そうすると自分の意識が不可視なものと繋がり徐々に意識が変わってくるのです。口で言う程簡単な事ではありませんがそれが出来れば欲の心を抑制し今までとは違った自分の空間を作れると私は思います。
3日間「時感」と「空間」について書かせて頂きましたが私がこの時感を体感していく中で「一人の空間」がいかに大切なのかが分かりました。この空間をこれからもっと大切にしていきたいと思います。
明日からは橋本敬三先生の語録を私なりに噛み砕いて書かせて頂きます。
以前、三浦先生から「時感」についてお話をして頂く機会がありました。
この「時感」とは「自分の命の為に費やす時間であり時を刻む時間ではない」と三浦先生は言われている。
私は最初にこの「命の為に費やす時間」という言葉を聞いた時にその意味をあまり理解を出来ずにいました。その理由は簡単で以前の私にとって時間とは生活空間の中の時間であり、己の命の為の時間とは決して言えなかったからです。
学生時代、勉強をする事が大の苦手だった私にとって学校の授業はとても長く苦痛な時間でその流れで放課後に何となく部活をして遊んで帰るというサイクルで生活をしていました。何となくでは時間を「浪費」しているだけですよね!やはりこういう意識感覚で時間を使うのはとても、もったいなかったと思いますし、少しでも自分の命の為に時間を使う事ができていたのなら、もっと学校を楽しめていたのかもしれませんね(笑)
では、どうすればこの「時感」という空間を上手く作ることが出来るのでしょうか?
最近私は1日に自分と対話する時間を30分、自分の体と対話する時間を30分、そして自分が学んでいる事を思考する時間を30分作っている。それを毎日多少時間が短縮されても「継続」していく事を重視し、日々取り組んでいます。
その中で少しずつですが分かってきた事があります。それは己の中には「自我の心」と「真我の意識」が存在してあることです。
この「自我の心」とは己の我の事をいい、つまり欲の心です。「今日は〜したい」等が良い例です。私はまだまだ未熟なので意識があっちに行ったり、こっちに行ったりしてしまいます。ただ「真我の意識」を上手く使えるようになってくると欲の心のコントロールが出来るようになり、「時間」が「時感」へと徐々に変わってきました。そうすることで「時間」がより充実した空間になってくるのです。
話が少し飛んでしまいますが、ある時本屋に寄り立ち読みをしていた時にふと私の目に飛び込んできた本がありました。その本とは【「一人時間」を愉しむ生き方、暮らし方】 川北義則署で一人の時間を楽しむ機会が多くなった私にとって、とても魅力的な本に見えたので購入してみました。その本で気に入ったタイトルがあったので紹介させて頂きたい。
「寂しさを味わうのは快楽である」
ここでは「寂しさの源は孤独であり、その絶対に動かせない事実がものを考えさせ、人を成長させる」と書かれている。
この本を読んでいると三浦先生が以前私に言って下さった言葉がフィードバックしてきました。
「一人前のひとりぼっち」という言葉です。
この言葉の意味を簡単に説明すると一人の時間・空間を愛し、楽しみなさいという意味で私はまだまだ半人前だがこの言葉の意味は何となく理解できました。
このことから三浦先生もこの本の作者も共通して自分の「時感」を持っているのが分かります。
自分のやっている事を追求していく上で如何に一人の時間・空間を作り、自分の心と対話していく事の大切さが少しずつですが理解出来るようになってきました。
「時感」を作る方法として「孤独」を愛する事と一人の空間を楽しむ事、そして意識を使う事なのだと私は思います。
今週から1週間書かせて頂く三浦寛幸です。宜しくお願い致します。
今回のテーマである「時間と空間」は日常生活の思考ではなかなか意識の行き届かない言葉でおもしろいですよね!このテーマを上手く自分の言葉で表現できるか少し不安ですが1週間お付き合い下さい。後半は橋本敬三先生の語録にふれていきます。まずは初日ということでフォーラムの感想を少し書かせて頂きます。
8月28日に京都の大徳寺にて開催された操体フォーラムが開催された。まるで橋本先生が「ゆっくり楽しんで勉強しなさい」と言って下さっているかのような申し分のない環境だった。
参加人数が多い、少ないではなく、「操体を勉強したい!」という意欲に満ちた人達が集まる空間から生まれる「波動」は私にとって特別な時間となった。
このフォーラムを通しての私の財産はこの空間に身を置けた事で操体と向きあう姿勢を今一度見つめ直す事が出来た事と橋本先生の意思を継承し、学び続けている方々の生き方、考えを肌で感じる事が出来た事です。あの「空間」に身を置けたことで橋本先生とはどんな時も「繋がっている」という意識を再確認し、そしてこれからの操体も橋本先生が上から笑顔で見守って頂ける学びをしていかなければいけないと身が締まる思いになりました。やはり何を学ぶにしても弟子は師匠の意思を継承し、より良いものにしていく「責任」があるのだと思います。それは何十年、何百年という時が流れようが変わらぬものなのでしょうね!
こういう姿勢はなかなか学べる機会が少ないのであの空間にいたすべての方に感謝したいです。
ここで今回のブログのテーマに少し触れていきたいと思います。
フォーラムを終え、翌日京都市内を自転車で観光していた時の事ですが凄く懐かしい感覚になりました。修学旅行や一人旅で何回か来た事があったのですがそういう懐かしさではなく、もっと何百年も前から知っているような懐かしさでした。以前聞いた話によると、三浦先生は去年トルコ訪問時、「俺の前世トルコ人だったような気がする」と言われていたそうです。きっと三浦先生もトルコの地に降り立った時に懐かしさを感じたのかもしれませんね!このように考えていくと時間と空間を超越して前世の記憶を産まれながらに持っているのかもしれませんね!?ただそれは頭の記憶ではなく、命の記憶として存在しているのだと思います。私は物を売る事が好きなのでもしかしたら前世は京都で商売をしていたのかもしれませんね!このような「前世の記憶」がもし本当に実在しているのなら今私が生きている意味にも繋がり、自分が「使命」を持って産まれてきていることも納得できますよね。
明日は「時感」について書いていきたいと思います。
後片付けを終えて、関東へ、九州へとそれぞれ帰路についた。
実は今回、秋のフォーラムで特別講義をしていただくことになっている、川崎隆章氏が東京から駆けつけてくれていた。更に私が大阪の「兄ぃ」と呼んでいる「ナニワの色男」ことアートディレクターのA氏、東京からは「何だか凄いひと」H工学研究所のO氏も来て下さっていた。詳細はここでは書かないが、川崎氏、A氏、O氏の三名は私の10年来の知り合いで、川崎氏とO氏は春のフォーラムにも参加して下さっていた。とにかく三人とも奥が深い方々である。まあ、何かを極めているからこうやって異分野で話ができるのだろう。
昨年もA氏の紹介で「片泊まりの宿」(朝食のみがつく)に泊まった。ここはミシュランにも載っており、円山公園の中にある素晴らしい宿だった。今年はこちらがお家の事情でお休みだったので、やはりA氏の紹介で「床」がある旅館に泊まることになっていたのだ。A氏、O氏、川崎氏、三浦先生、福田画伯、岡村皇子、さがゆきさん、三浦寛幸君、私の9名である。タクシーに分乗して、三条京阪駅近くにある旅館に到着。京都や大阪は間口で税金が決まったそうなので、いわゆる「うなぎの寝床」というヤツである。小さな旅館なので、私達で貸し切り状態(9名でギリギリだったようだ)。
旅館の名前は「畑旅館」。歴史好き(特に幕末)の福田画伯は既にコーフン気味である。着物姿の二人の若い女性が出迎えてくれた。お座敷でまずは一休みする。冷たいお茶と、黒蜜のかかった葛切りが美味しい。彼女達は、プロの仲居さんではない。この旅館は踊りのお師匠さんが遺した旅館を、お弟子さん達が切り盛りしている。彼女達は皆日本舞踊の踊り手さんだという。日本舞踊をされているだけあって、所作が美しい(そういうところは職業病というか、ついつい)。客間に入ってまず目に入るのは「床」と川だ。「おお〜っ!」と声が上がる。名物のカップルも点々とあちこちに座っている。「なんだか、京都じゃん」という感じだ。

★「床」から鴨川。


★あやしい(?)寝室。三浦先生と岡村さんが泊まった。三浦先生からのリクエストにより撮影。
一休みしている最中に、A氏がイタメシ屋を予約してくれた。Aさんはいつも美味しいところに連れて行ってくれるのだ。それは多分センスと「原始感覚」なのだと思う。少し落ち着いたので、9人でぞろぞろ出かけていった。有名な「池田屋」跡は「池田屋」という海鮮居酒屋になっていた。そこから先斗町に入り、ぶらぶらした。京都の街は東京ほど明るくない。電球色というか、ろうそく色というか、柔らかくて少し色っぽい。その後迷ったりしながらも、目的地に到着した。イタメシ屋はどちらかと言えばバーのような感じ。食べ物を私がざっと頼み、早速乾杯した。
それから延々と4時間位食べて飲んで話が盛り上がった。詳細はまたの機会にするが、今日のフォーラムで実際に「足趾の操法」を受けた感想などから始まって、文化的な話から生物の話、あるいは亀甲縛りの話まで笑い疲れる程笑った(亀甲縛りの話はまたいつか聞けると思うので、お楽しみに?)。
その後またぞろぞろ歩き、途中のコンビニで水や果物を買って旅館に帰った。寛幸氏は旅館に戻って早々寝てしまったが、残りの8人は「第二ラウンド」。三浦先生の「バナナ割り」とか、0家の家訓の話など、その場にいた人でなければわからないだろうからここでも詳細は省くが、ほぼ1時までまた爆笑が続いた。
ところで、A氏、O氏、川崎氏の三人はいずれも私がM岡S剛氏のISIS編集学校を通じて知り合ったのだが、本当に物知りである。三人いれば辞書いらず?聞けば何でもわかっちゃう?それも「何でこんなコアなことまで」「何でそんな裏事情まで」と、とにかくすごい。私達操体組は「へ〜」とか「へへ〜」とか「そうなんですか〜」の繰り返しだったのである。そこにさがゆきさんの天衣無縫な愛らしいキャラが加わり、本当に楽しい時を過ごした。
それからお風呂に入ってお休みなさい。
朝目がさめると、部屋が真っ暗だった。雨戸が閉まっているのだ。雨戸がある部屋で寝たのは久しぶりだった。隣の部屋は昨日お茶をいただいたり、夜中まで話をしていた部屋だ。朝5時半だが、隣の部屋に寝ていた三浦先生と岡村さんの声が聞こえる(二人とも声が大きいのだ)。
コンタクトもはめずに隣の部屋に行くと、雨戸が半分開いていて、三浦先生と岡村さんが座って話をしていた。三浦先生が
「畠山、隣の床にトンビが止まっているの、見えるか?」「コンタクト入ってないので見えません」私はあわててコンタクトをコンタクトをつけてカメラを構えた。

★前方の木に焦点を合わせてみた

★とんびに焦点を合わせてみた

★早朝の「床」で。

★鴨川の「かも」
ゆきさんも起きてきて、二人で「おでこに太陽光を当てるとメラトニンがでるぞ〜」「アンチエイジングだぞ〜」と朝日をおでこに浴びた。
その後美味しい朝食をいただいて、各々が帰路についた。三浦先生、さがゆきさん、岡村氏、私の四人は「修学旅行で清水寺に行きそびれた」という岡村氏の積年の思いを叶えるため、清水寺に行くことにした。タクシーを貸し切りにして、駐車場で待っていてもらい、坂を登った。私は中学の時修学旅行で来ているのだが、お寺好きの割には全く記憶がない。

★山を見下ろす景色。素晴らしい眺めだ。震災から約半年たったせいか、中国からの観光客が多いような気がする。
その後、茶店でかき氷やところてんを三浦先生にご馳走になり、坂を下ることにした。ここから京都駅に向かい、東京に帰ることになる。タクシーの中では心地良い疲労感と満足感に満たされていた。携帯でTwitterを確認すると、既に自宅に戻ったとか、これから仕事だとか、日常生活に戻っている情報が入ってくる。私達も明日からは日常生活に戻るのだ。
京都駅でスーツケースをロッカーに預け、新幹線の切符を買い、1時間程買い物をして、各々駅弁を買ってから新幹線に乗り込んだ。三浦先生からビールが振る舞われ、皆で乾杯(今回の旅は乾杯ばかりしていたような気もするが)。いよいよ東京に戻るんだな、という何だか少し寂しいような早く帰りたいような、そんな気分になった。
私にとっては25日夜から5日間の旅であり、やはり「操体は自分の天職だ」と思えた時間だった。
フォーラム実行委員の皆さん、頼もしい操体のサポーターである友人達、その他色々関わった方々に「ありがとうございます」という言葉を贈ろう。
明日からは、三浦寛幸氏が執筆いたします。再来週はスペインとトルコに行ってきます。
畠山裕美
11月6日(日)2011年秋季東京操体フォーラムが開催されます。
昨年はこのホテルに二泊したのだが、二日ともイノダコーヒー本店で朝食をとった。今年もそうしようと歩いていったが、7時少し過ぎなのに長蛇の列。イノダコーヒーは諦めて、スタバに移動した。

★折角行ったのに入れなくて残念
その後、チェックアウトしていよいよ大徳寺へ向かう。

★会場の様子。後ろの襖絵は重要文化財なのだ
パソコンとプロジェクタをセットし、参加者が続々と集まり「2011年東京操体フォーラム in 京都」が始まった。テーマは「愛と生 Love & Life」
毎度の事ながら福田理事が総合司会をつとめ、岡村理事(実行委員長)の開会の挨拶と進み、最初のセミナーは、奈良漢方治療研究所(奈良操体の会)の北村翰男先生による、『生きている“からだ(いのち)”と生かしめる“こころ(わたし)”』北村先生は「無の操体」という概念を説いておられる。私は最初この概念が今ひとつ理解できなかったのだが、ある時気がついた。北村先生は、一般の方が生活に活かす操体を指導しておられる。東京操体フォーラムは、臨床家の育成、臨床家を育成できる指導者の養成が目的である。その辺りが少し違うところだ。
私達は「快」「楽」「不快」という3つの感覚で考えている。ボディに歪みがあると、「快」か「不快」を感ずる。これが「快不快の法則」の成立である。一方「楽」は「ニュートラルで楽で何とも無い」という状態を示す。
楽でニュートラルなところに「快」を問いかけてもきもちよさがききわけられるはずがない。
現在「きもちよさを探して」という指導をしている先生方は「楽」に対してきもちよさを問いかけているので、患者は「何ともないじゃん」という感想を持つ。そこでこまった先生方は「きもちよさを探してぇ」と言ってしまうである。
北村先生は「不快以外は全部快」という捉え方をされているのではないかと思う。その『快』の中に「楽で何とも無い『無』」が存在しているのではなかろうか。つまり「無」というのは「楽で何とも無い」ということではないのだろうか。
北村先生の講義は「痛みから逃げる」「気がついたらちょこちょこ動かして調整する」という指導がメインである。
今回も昨年に引き続き「操体前」と「操体後」に、本人の自覚症状の変化を書き込むチャート図を配布して下さったが、本人に「どれくらい変化があったのか」を実感させるのは重要なことであり、多いに参考にしたいところだ。
その次は「きもちよさ体験」。
参加者の方々に「足趾の操法」(一般社団法人日本操体指導者協会商標登録済み)を体験していただくのが目的である。橋本敬三先生が、足操術の先生から習ったものをアレンジしたのが3つ(揺らす、落とす、揉む)、それに三浦先生が5つのバリエーションを加え、それまでなかった「納め(おさめ)」を導入した。この「納め」によって、質の高い快感度を提供できるようになったのである。それに加え、私が20年近く研究している「趾廻し」(あしゆびまわし)を入れたものだ。
「ユビモミは他力だ」という時代もあったようだが、現在では「快適感覚をききわけ(診断)、味わう(治療)」というスタンスで操体臨床をすすめているので、他力(というか手伝い)で、本人にしかわからないきもちよさをききわけていただき、味わっていただく、つまり自力自療であると考えている。また、足の趾は手や他の関節と違って一本一本動かすことが難しいという理由もある。寝たきりである、動くのが辛いとか、幼児や小児、言葉の通じない外国の方などにも、十分なきもちよさを提供できる(昨年スペインで実演。大きな反響があった)。また「きもちよさでよくなる」という橋本敬三先生の言葉を実感できるものでもある。
参加している実行委員が全員操者役となり、参加者に対して足趾の操法を行った(当然私も操者をやっていたので写真はない)。途中から気持ちよさそうなイビキや『あ〜、きもちいい』という呟きが聞こえてきた。
なお、終わってから見よう見まねで足趾の操法を真似している参加者がいた。足趾の操法はおおよそ60時間の講習で修得する。勿論、厳密な「作法」があり、操者のポジショニング、重心移動などを守ってやるのである。「操体法」が様々なスタイル(ヘンなものもある)で広まったのも、このように「見よう見まね」で広まっていったからなのかもしれない。
冷たいようだが、見よう見まねで覚えた「テクニック」で、人様からお金を頂戴する、あるいは臨床を成功させるというのは虫が良すぎる。取得したメンバーは、60時間以上の講習を受けているのだから、お金を頂けて当然なのだ。
昼食は、玉林院さん出入りの仕出屋の美味しいお弁当をいただいた。一つひとつが丁寧で上品な味で、なかなか東京ではお目にかかれないようなものだった。
午後は日下実行委員の『意識と呼吸から見た『自己診断としての動診』。
日下氏は若い頃インドでヨーガの修業をしていた。呼吸に関しては実行委員の中で一番詳しいのではないかと思う。意識と呼吸は密接に繋がっている。今の世『原始感覚』が鈍っている人が多いが、呼吸と意識の用い方によって、原始感覚を鋭敏にすることができるのではないかと思った。操体の基本は自然呼吸だが、意図的に「操者が行う呼吸」もある。
私達操体指導者が一番苦労するのは「動きの指導」である。動ける人はまだマトモで、症状疾患を抱えた人達はどう動いていいかわからない。
「本には『きもちよく動け』と書いてあるけど、痛いんだからきもちよくなんか動けないし、動けばわかると言われてもわからない」というのが多くのクライアントの悩みである。『動ける人』のように、ある程度健康な方を診ているのだったら「きもちよく動け」でも「ちょこちょこ動いて感覚をチェックしろ」と言えるのだが、いかんせん「感覚」をキャッチする『原始感覚』が鈍っている方々が多いのが今日この頃の現状である。
その問題をふまえ、日下実行委員は「動きの意識づけ」「目線をつける」「呼気で動きはじめる」「感覚をききわける」「動きの表現」と、順を追って説明してくれた。いきなり『動け』というのは操者の配慮のなさである。健康体操指導や、元気な方だったらこれでもいいと思うが、操体の臨床を受けたい方々は、何らかの症状疾患を抱えて来られるのである。
思うに『自分が動けちゃう』人は、いきなり「動きの表現」に行ってしまう。殆どの方は動き方が分からない。無理矢理分からせるとすれば、最大圧痛点を押すかどうにかして、逃避反応を起こさせるしかない。これはこれで操体の原点でもあるかもしれないが、被験者にあまり痛い思いはさせたくない。
操体における「呼吸」はこれからますます注目度が高くなると思う。呼吸は皮膚に続く「お宝の山」になることは間違いないだろう。日下実行委員には、これからも呼吸の研究を深めていただきたいと思う。
次はいよいよ「現代の巫女」こと、さがゆきさんによる、パフォーマンス。私は何度か彼女のライブを見たことがあるし、昨日の出雲大社での「即興」を目の当たりにしている。最初に「完全即興とは何か」という話から始まり、話の区切りがついた時何かが「降りて」きた。「素」の彼女は明るくて楽しい人なのだが、一瞬にして変わるのである。落語を寄席に見に行った事がある人なら経験があるだろう。テレビでやっているような落語は「マクラ」が抜けている。本来落語は「マクラ」「本編」「オチ」で構成されているのだが、放送されているようなものは、「マクラ」を飛ばしていきなり本編から入るものが多い。私が初めて生で寄席に行った時、「マクラ」から「本編」に移る時のタイミングに度肝を抜かれた。丁度マクラから本編へ移るような時のように、突然「降りてくる」のである。

★さがゆきさん。この後「降りてくる」
歌詞があるわけでもない、決まったメロディがあるわけではない。まるで皮膚で聞いているような感じがした。本堂に響き渡る声に、一同は引き込まれた。さがさんの即興(インプロ)は、是非生で聞いていただくことをお勧めする。
最後は三浦寛理事長による「第2分析の体系化」。昨年に引き続いての講義である。最初に橋本先生の話から始まった。参加者の中には、橋本敬三先生の「生体の歪みを正す」を読んだことがない、という方々が結構おられたが、操体を勉強するのだったら是非読んで欲しい。
からだの動きは全部で8つある。対なる二つの動きを「楽か辛いか」で、比較対照すると、4つの動診が考えられる。首だったら、前屈と後屈、右傾倒と左傾倒、右捻転と左捻転、牽引と圧迫の4とおりの動診が考えられる。これが第1分析である。原則として「きもちよさ」ではなく「らくかつらいか」で分析する。
第2分析は、一つ一つの動きに快適感覚の有無を問いかけるので、全部で8つの動診ができる。前屈、後屈、共に快適感覚がききわけられる場合もあるからだ。
第2分析を体系化された図表があるが、昨年からよりよく改良され、一層理解しやすくなっていた。

★三浦寛理事長

★左から三浦理事長、北村先生、廣畑先生、秋のフォーラムで講義予定の川崎隆章氏
その後、質疑応答、記念撮影、9月のマドリッドでの操体フォーラムの案内、11月6日の秋季フォーラムの告知を経て、2011年東京操体フォーラム in 京都は無事終了した。
お楽しみはこれからだ。