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  • 私にとって操体とは「生体実験その1食」

    「息食動想」は個々の実行委員にとっては壮大な研究対象なのですが、各実行委員にも芸風があって、「息」なら日下実行委員、脳神経系及び解析・分析は佐助実行委員、「動」はメンバーの殆どがマニアですし、そう考えると実行委員はマニアの集団ということになります…
    そこで、今回は私がこだわって止まない「食」に関して検証してみたいと思います。
    以前よりフォーラムですとか、ブログにおいて持論を展開しておりますので、今更感もありますが、お付き合い戴ければ幸いです。

    私は生体実験と称して、自分の身体に合った食は何だろう?というのを常に検証する様にしております。
    出来うる限りブームなどに流されずに、感覚的にやってみよう!と思えるモノを先ずは自らの身体を通して行ってみて、確信が持てれば人にも勧めるというスタンスをとっております。私の第一期食変化は20代前半の頃、サプリメントマニアみたいな時期がありました。プロティンの高効率吸収とは?を時間帯や摂取量を調整し摂取したり、VC摂取と風邪の治療効果などなど、人体実験的に摂取していた時期もありました。
    その結果、サプリメントは所詮サプリメントであって、食事ではない!という当たり前の結論に達し、凝縮すれば効率よく栄養素が補えるだろうなどという人間の浅はかな考えで、モノを作ってはいけない!と感じて以降は一切のサプリメントを摂取するのを止めました。

    第二期食変化の時の考え方は、現在進行形でもあるのですが、出来るだけ人工的ではなく、手作りで身体に良いモノをキーワードに、「手作り酵素を作ることに熱中しました。現代人は酵素の無駄遣いが多い割に、酵素を摂取していないことから、その必要性を強く感じ、春と秋の年二回手作り酵素を作ることにしました。春は土より上に出るものにエネルギーがあるからと、野草を採取し、秋は土の下に伸びていくものにエネルギーがあるからと根菜類を中心にしたものを原料にして、漬け物樽に白砂糖と野草等の材料を入れて、糖抽出によって酵素を採取し飲む様にしました。
    どうせ酵素を作ったことだから、一緒に断食もやるぞとばかりに、酵素断食も当時はまって、やっていました。
    成人男性の一日の最低摂取カロリーを酵素に置き換えて、水と酵素以外は摂らない10日間生活を三ヶ月に一度の割合で行い、3日間断食は毎月行っていました。
    ここで感じたのは、当たり前の様に固形物を普段摂取している我々は如何に身体に負荷をかけているのかを身を以て体験しました。
    特に10日間の断食を行っている時は日に日に身体が喜んでいるのが分かるのです。現代人は酵素の大半を消化酵素に浪費しており、本来、痛んでいる内臓の修復とか、免疫力や抵抗力のアップに使うほどの酵素を残していないのです。ですから酵素断食も7日目を過ぎると、夜目がきいて暗闇でもハッキリ見えて来たり、空気の流れや風の匂いがハッキリ分かるほどに感覚が研ぎ澄まされてきます。まさに野生への回帰が実感出来ます。

    そして現在、第三期は出来うる限り戦前の日本食に戻そうと、動物性タンパクの摂取を控え、ご飯を中心とした漬け物、味噌汁といった食事を行っています。どちらかというとおかず少々、ご飯タップリといった食事で、9ヶ月位になるでしょうか。感じたのは肉魚が無くても特に困らないことでしょうか。タンパク質は豆腐や納豆で充分摂れますし、仮に食べても量は少々で充分。
    この第三期で感じたのは肌がツルツル、排便がより快調になったことでしょうか。元々排便は良かった方だったのですが、食後30分後には排便が促される様に身体が変わってきました。クライアントの中には三日に一度の排便とか酷いクライアントになると一週間に一回しかないなどと言う方もいますが、温度が37度の腸の中に一週間も生ものを置いていたらどうなるかは想像するとゾッとします。
    明治維新になって諸外国から来た外国人達が驚いたのは日本女性の透き通る様な白い肌だったと言います「博多人形みたいぃ」って。
    残念ながら今のテレビCMや通販番組で肌のトラブルやくすみを隠す商品が多くなっているのも、食環境の変化が大きく影響しているのだと思います。

    生活の豊かさと食の豊かさは比例していますが、豊かな食とは身体にとって豊かであることが必須であり、自分の欲を満たすものであってはいけないのです。メタボにトマトが効果あり!と発表があった翌日の店頭からトマトが消えるのは異常な世界であって、食にスペシャルなものなど無いのです。
    それだけを食べてれば良いとか、それを食べると○○になれるなど、単品で効果がある等とうたったものは研究者や商売人のエゴであって、世の中にあるわけないのです。本当に身体のことを考えればカロリー計算し尽くされた”計算食”よりもシンプルに身体にききわけた”体感食”という概念も必要なのかもしれません。それが何なのかは今後の研究課題ですが、まぁ楽しみながらボチボチやりたいと思います。生温くお見守り下さい…

  • 私にとって操体とは-「一生楽しめるオモチャ箱」-

    操体は面白いぞ、一生遊べるからな』橋本敬三先生には幾つもの名言があります。その中でも好きな一つがこの言葉です。
    凄い言葉だと思いませんか?これが”一生勉強だぞ”では固いですし、”一生修行だぞ”ではハードルが高すぎて憂鬱になります。「遊べるから」も真意は同じですが、洒落っ気タップリの橋本先生らしい表現で、とても好きです。
    一生遊べるものって凄くないですか?どんなに興味あるものでも、ある程度のことが分かれば飽きてしまうのが人間です。
    それが、一生遊べると言われているのです。
    では、実際にどうなのか?と言えば、間違いなく橋本先生の言葉通りです。

    畠山先生との出会いから操体の道を歩むこととなった私も、操体との縁があって10年が過ぎましたが、未だに分からないことも含め、それ以上に感動や驚きの方が圧倒的に多いのです。操体法自体も我々のバイブルとでも言うべき「万病を治せる妙療法」「生体の歪みを正す」に書いてある内容も、操体としての橋本哲学は何ら色褪せることないのですが、操法に関しては大きく変化しています。
    これは当たり前の事で、疾病症状とその原因は社会環境や時代によって大きく左右されるものだからです。仮に昭和40年代と全く変わらない操法に拘り今、やっているとすれば、それは真にクライアントの身体と向かい合っているのかどうか?と問われれば、明らかに違うと思うからです。
    一般疾病でも昭和20年代では結核や肺炎など菌から発した疾病が圧倒的に多く、食源病と言われている今の状況とは大きく違います。
    操体はあくまでもクライアントが主人公であり、施術者側の事情で施術を行ってはならないのです。自分は第一分析しか知らないから、クライアントがどうであろうと、関係無い!では余りにも身勝手な臨床家であり、常にクライアントと向き合い、何がベストなのかを自問自答するのが本来のあるべき姿だと思うのです。
    と、書くと非常に格好良いのですが、そこに要求されるのは生涯を通した学びです。
    特に師匠の三浦先生は、橋本敬三直伝のまさに“遊びの達人”とでも言うべき方であり、まるで子供が一つの物事に飽きもせず遊び続けるが如く、操体の広いフィールドの中で40年以上も遊び続けていらっしゃる。
    普通、偉い先生になると、現場には出ず過去にすがってでも生きて行ける筈ですが、三浦先生は妥協することなく、常に現場の最前線で橋本先生の教えを守り、操体のガキ大将的存在として、追求し続ける姿には憧れと同時に目指すべき臨床家としての大きな目標です。
    操体を追求するものにとって「息食動想」はそれこそ大きなオモチャ箱であり、そのどれ一つをとっても一生を通しても遊び尽くせないほど深いテーマがあります。一つでも奥が深いのに四つもあるなんて、そりゃぁ一生遊べますわ・・

  • 私にとって操体とは-プロローグ-

    どうでしょう?自分の携わっている仕事に対して改めて考える機会って、普段ありますか?転職や昇進など条件や待遇に対して考えることはあっても、もっと根源的な起職動機(こんな言葉は無い?)を考えることは、そうそう無いと思います。
    私もサラリーマン時代に日々考えていたのは、売上げを上げることや昇進・昇級位で、入社当時のフレッシュな感覚は同僚が辞めていく時に、自分の心がブレないため、自己確認で考える位でした。
    「初心忘るべからず」この言葉は仕事を行う上で、常に胸に秘めていなければならない言葉だと思っています。「私にとって操体とは」と考える時、一生の仕事として操体を捉えている今、何がそんなに操体に魅力があるのか、改めて考えてみたいと思います。

    以前のBlogにも書いたことがあるのですが、私は操体に辿り着くまでに幾つかの職種に関わってきました。製造業から始まり、物販、営業職、道路舗装業など、35歳でこの業界に飛び込むまで、漠然とサラリーマン生活を過ごしていました。”漠然”という表現がピッタリだと思うのが、どの仕事も長続きしなかったことです。人間は仕事に慣れるまで3日、3ヶ月、3年かかるなどという表現を使いますが、一番長く勤めた会社が4年だったことでも、妙に納得します。私は大体、どの会社でも3年勤めると色々な矛盾との葛藤に苛まれて来るのです。「俺は誰のためにこの仕事をしているのか?」とか「このままでいいのか?」とか「俺がやりたかったのは本当にこの仕事か!?」など悶々と考え出すと、キリが無く、いわゆる”妄想苦”に陥り、転職したくなるのです。
    今考えれば、経済的安定と慣れている職種のみに重きを置いて仕事を選択しており、仕事の本質よりも、安易な方へと逃げていただけだった様な気がします。

    そんな転職癖の転機になったのは最後に勤務していた会社を退社し、年齢的にも再就職が厳しくなった現状を知った時でした。当時、求人が35歳がリミットのものが殆どで、履歴書を提出した時点でやんわり断られたり、得意?の面接迄行けない状況が何度か続きました。最初は「見る目が無いなぁ〜」などと、相手側の責任にしていましたが、流石に何度か続くと鼻がポキリと折れて、逆に自分の様な転職壁がある人間は必要とされていないのか?とまたもや妄想苦スパイラルへと落ち込んでいきました。

    私は仕事に何を求めているのか?仕事で何をしたいのか?幸いにも時間だけはタップリあったので、真剣にこれからの人生と付き合わせて考えてみました。
    ああでもない、こーでもないと数日間考え出た答えが、①「直接人と関われるもの」②「変わりがきかないもの」③「やりがい、喜びがダイレクトに味わえるもの」がキーワードとして浮かんできました。
    営業職自体は人と関わることが嫌いではない私としては、好きな職種でしたので、人と関わりながら仕事が拡げて行けたらいいなと感じていました。
    ②は組織で働く中で、一度は誰しもが考えることではないかと思いますが、会社組織とは集団の中で与えられた職務を全うするのが、本来の使命です。極端な話し、一人が居なくても誰かがフォーローし、仕事は回っていきます。私が居なくても会社は潰れないのです。③はそのまま、ダイレクトに感謝されたり、充実感を味わいたいということでしょうか。
    早い話が、自分の理想とする仕事をしようと思えば、起業するしかなく、良くも悪くも全て自分の責任で仕事が出来る方法は独立しかないと、最終的に結論付きました。そこから起業に至るまでは以前書いたことがあるので、割愛しますが、私も起業して10年が過ぎ、今迄で一番長い仕事になったわけですが、私にとって操体とは?の本題に入る前のプロローグとして書いてみました。
    明日からは具体的にテーマに入りたいと思います。

  • 私にとって操体とは(7)操体は『編集』である

    2012年春季東京操体フォーラム研究会を2012年4月22日に開催致します。今回は「研究会」。実技指導を行います。初心者歓迎。臨床家から操体ははじめて、という方まで、お任せください。実技を見て、受けてみる、そしてやってみる、という3ステップで指導致します。

    10年前に「ISIS編集学校」で「編集工学」の初歩の初歩を勉強した。私がその時思ったのは「操体って、編集なんだな」ということだった。

    知の編集工学 (朝日文庫)

    知の編集工学 (朝日文庫)

    操体は「編集」である。「守」「破」「離」があり、情報を集め、分析する(診断)。そしてアクションを起こす(治療)。その後の相手の変化に応じて操者は手を変え品を変え、無限の宇宙を紡ぎ出す。編集工学研究所の某氏は、京都の東京操体フォーラムで、三浦先生の「第2分析の行程図」を見て「編集工学にも通じるものがあるね」と言っておられた。

    橋本先生は「操体は面白いぞ。一生たのしめるからな」と言われた。全くその通りだとおもう。
    三浦先生は定例講習が始まる際「(操体に)選ばれて来たんだね」と受講生に伝える。何となくわかる。

    これは私がいつも思う事なのだが、男性が女性を選ぶより、女性が選ぶほうが確実である。確実というか、男が女を選ぶより、女が男を選んだほうが理に適っているのである。

    この本のサブタイトル通り「あげまんに選ばれる男が成功する」のではないかと思う。

    そして操体は「女性が男性を選ぶような選び方」で、人を選ぶような気がする。「操体様(女神様とか想像していただきたい)」は魅力的だが、なかなか手強い。

    どんなに恋い焦がれても「操体様」とは添い遂げられない人もいる
    最初はあんなにのめりこんだのに、途中で「つれないヤツだ!」と「操体様」に逆ギレしたりする
    テクニックだけ磨こうとすると「愛と神聖なものが足りない」と「操体様」に叱られる
    最初はゴリ押しで「操体様をオレのモノにした」と言ったりすると「操体様」は逃げていくのである
    いずれにせよ「操体様」のせいにすると、全部「自己責任」として返ってくるのである

    運がいいと言われる人の脳科学 (新潮文庫)

    運がいいと言われる人の脳科学 (新潮文庫)

    哺乳類の場合は、妊娠・授乳期間があるので、メスの生殖リスクがオスのそれに比べてはるかに高い。中略というわけで、哺乳類においては、フェロモン選別は、女性のほうがはるかに厳しいのである。男性は、ごく普通の女性(自分に危害を与えない女性)を、別に激しく嫌ったりはしない。また、一方で「何世代もの輪廻を超えて出逢ったのね、私たち〜」というような“運命的な恋”にも落ちない。男性脳は、そこそこの条件の女性が一途に愛してくれれば、情にほだされて恋に落ちるように出来ているのである。遺伝子的に、激しく選定するよりも、そこにばらまく」ほうが得だからだ。まぁ、ときどき、男性ホルモン・テストステロンがいたずらして、めちゃくちゃ激しい妄想に落ちるときもあるけどね(恋は脳科学的には見も蓋もないのである。ごめん遊ばせ)。ちなみに悪女というのは、この、テストステロン系の妄想を掻きたてるのがうまい女のことをいう。23ページ

    数年前に婚活詐欺、殺人罪で現在裁判中の木嶋佳苗被告。私は「テストステロン系の妄想を掻きたてるのがうまい女」という言葉にピンときた。決して美人とは言えない彼女は多分この類の女なのである。

    話がちょっと飛んだが、操体を勉強したおかげかどうか知らないが、私は「脳の男女差」に非常に興味がある。操体の世界自体男性社会だし、私自身女性と仕事をしたというよりも、男性と仕事をした経験のほうが長い。いずれにせよ、同じ人間なのにどうしてこうも思考体系が違うのか。この辺りは「陰陽」や「女性原理」「両性具有性」などに繋がってくる。本当に操体は次から次へと面白いことを教えてくれる。

    私は視診触診は昔から得意だったのだが、手が人より小さくて短い。男性に比べると身長もパワーも足りない。私の肩甲骨の小ささは、昔から笑いのネタになる位である。「女で小柄で運動が苦手で手が小さくて短い」というのはあきらかにハンデである。
    私はこのハンデを少しは乗りこえたと思っている。

    その乗りこえ方はここには書かないが、知りたかったら伝授してもいい。

    先の本(運がいいと言われる人の脳科学)こんなことが書いてあった。何だか少しうれしくなった。最初から全部できて得意じゃなくてもいいのだ。

    そう考えると、いいプロとは、生来の才能の他に、「どうにも苦手だけど、したくてたまらないこと」=憧れを併せ持っている者を言うのではないだろうか。若いうちは生来の才能で輝き、その水面下で苦しんで手に入れた才能によって、やがていぶし銀の輝きを呈するようになる。後天的に手に入れた才能は、ぶれにくく、微調整が利く。経年劣化が少なく、ことばにしやすいので、哲学として語ることができ、後輩を育てる重要なキーにもなる。もし、あなたに、仕事で、「どうしても苦手なこと」が、あるのだとしたら、幸運である。この道のプロとして、長く活躍できる。人生とは、やっぱり一筋縄ではいかない。69〜70ページ

    一週間ありがとうございました。
    明日からは島根の福田画伯の担当です。

  • 私にとって操体とは(6)八方美人

    操体法治療室」の後半、三浦先生のパートに、非常に印象的な一節がある。

    「Aさん。あなたは誰をいちばん愛していますか」と私は聞きました。一瞬彼女は考えて、「娘です」と答えてくれました。私はキッパリと「それは嘘でしょう」と言ってしまったのです。
    「先生、なぜ嘘だってきめつけた言い方をされるんですか」
    「ではAさん、あなたは誰をいちばん許しているのでしょうね。どうでしょう、よきにつけ悪しさにつけ、あなたは、自分自身を「いちばん許しているのではないですか。自分を愛せなくしていったい誰をいちばん愛していると言えるのでしょうね。自分を愛し許せるとき、初めて相手を思いやり、愛し、許せるのではないですか」

    操体法治療室―からだの感覚にゆだねる

    操体法治療室―からだの感覚にゆだねる

    「自分が自分を一番愛しているのは、ヘンなことではない」ということに改めて気がついたのだ。

    確か亡き本田実奈子(和製マドンナ路線だった頃)が「世界は自分のために回っている」と言っていたことがある。これは多分、自分の事が大好きだ、と言っているのではないかと思った。別に世界制覇を企んでいるとか(笑)、世界中の人を手玉に取るとか、そういうことではなく、自分の世界は自分の信じたルールで回っていてもいいのではないか、と思ったのである。

    それに対して「自分が一番好きだというのはワガママだ」と言った人がいた。後で思うと、「自分(相手)が世界で一番好きだといって欲しい」ということだったのかもしれない、と気がついた。また、それは「自己を犠牲にして、私に尽くしなさい」という暗黙のメッセージだったのかもしれない。

    いずれにせよ「利己主義」と「自分のことが好き」というのは違う。自分の事が好きでなくてどうして他者を愛せるのだろう。自分が好きだから、自分の心を潤すために好きな勉強をする、色々な文化に触れる、本を読む、素敵な人達と会う。自分が好きだから、自分の手入れはちゃんとする。

    また、操体に出会って「なるほど」と思ったのは「八方美人でなくとも良い」ということだ。
    昔から「八方美人」の人達を見ていて「大変だなぁ」と思っていた。八方美人は疲れる。誰にでもいい顔をしていると、そのうちどの人にも顔を向けられなくなる。そして、病気になったり、心を病んだりする。あるいはヘンな人達が寄ってくる。誰からも好かれるいい人は、結局『どうでもいい人』になるのだ。

    ある時思い切って「八方美人」をやめた人がいる。やめるとどうなったか、もとからの面倒見の良さに加え、ますます人望が厚くなり、信頼されるようになったのだ。これは決して利己主義に走ったのではなく「イエス・ノー」と、自分の意見をはっきりと言えるようになったということだ。

    断る力 (文春新書)

    断る力 (文春新書)

    ★今までの経験から言って、例えば飲み会などで「行けたら行く」とか「未定だけど都合がついたら行く」という人はまず来ない。八方美人は「ノー」と言うと「嫌われるんじゃないかな」と思うので「行けたら行く」と言う。それで結局は行かない。「行けたら行く」と言われた人は、それなりにあてにしてカウントするが、直前になっても「行けたら行く」で、結局当日は現れない、ということになる。結局は信頼を失うことになる。

    「八方美人」に共通しているのは、「人にどう思われるか気になって仕方がない」「腐れ縁に振り回される」ということだ。

    人間が好かれるか嫌われるかのエネルギー配分はフィフティ・フィフティらしい。つまり世の中の半分の人には好かれるが、半分には嫌われるということだ。私はこれも「天然自然の法則」だと思っている。自分が一番好きで、自分を大切にするのだったら「八方美人」にはならなくていいのである。

    橋本先生の上京時の定宿は、ご子息が勤めておられたホテルオークラだった。橋本先生上京時は、多くの人達が先生を慕って集まってくる。橋本先生はその大勢の人の中で、三浦先生を呼んで、「お前、めんこいから小遣いやる」と、お小遣いをくれたのだそうだ。三浦先生も、何でまたこんな人が大勢いる前で、と思ったそうだ。
    これは橋本先生の、愛弟子に対する一流の教えではないかと思う。めんこがられるものは嫉妬される。それは普遍の事実だ。
    嫉妬されたくなければ、八方美人になればいいのだ。

    これも私が操体から学んだ大切なことだ。

  • 私にとって操体とは(5)縦軸と横軸

    橋本敬三先生は、操体の創始者のドクターである。
    私は橋本先生の側で過ごした先輩方の話を色々聞いているが、面白いと思うことがある。
    橋本先生をカミサマ扱いするヒトがいることだ。
    1999年の全国操体バランス運動研究会修了後の二次会か何かで、ある操体の指導者が、酔っぱらったついでか、喫煙の害について大声で話はじめた。それはタバコの害毒についてであり、喫煙者だけが悪いのではなく、喫煙を許している周囲の人の責任もあるのだと言う。私は同行者がタバコを吸っていたので、私もその指導者に「注意しないあんたが悪い」とお叱りを受けた。
    私が「橋本先生もタバコを吸われていたようですが」と、突っ込んでみると、その人は「あれは、患者さんの中にはタバコを吸う人もいるから、それを思いやって、吸うフリをしていた。ふかしていただけで、吸ってはいない」と言った。
    大笑いではないか。

    映像では、橋本先生がくわえタバコで臨床に臨んでいる姿が映っている。時代が時代だから、当時大人の男性は大抵タバコを吸っていたのだ。

    ここには、
    自分は嫌煙を訴えている→橋本先生はタバコを吸っておられた→自分の主張と違う→橋本先生が喫煙していたことはどうもマズい→吸っていたのではなく、ふかしていたことにしよう
    という、彼の都合のいい捏造が入っている。

    橋本先生は、90歳の時、大腿骨頭を骨折されたが、その原因は、タバコを拾おうとしての転倒だったと聞いている。先の方が橋本先生をカミサマ化しているのだ。

    それはさておき「操体」は時に「その人間を試す」試練にもなる。シンプルに言えば、操体は「こうすればいいよ。こうすれば健康で幸せに暮らせるよ」というヒントを与えてくれる。
    一方「やるやらないはテメエの勝手だよ。バチが当たるも当たらぬも、自己責任だよ」と言っている。
    「自己責任」に負けてしまう人もいる。

    いつも思うのは、縦と横のバランスである。私達は縦(天と繋がる軸)と、横(この世)の軸で生きている。絶対と相対みたいなものだ。縦に伸び、天に繋がる崇高な精神への憧れがあるからこそ、という気持ちがある。一方横軸は実際私達は生活しているわけだから、仕事や雑務などにも時間を割く必要がある。この辺もバランスなのだ。

    ニーチェは天啓を得た後「あちら」に行ってしまい、その後は廃人として生涯を終えた。ランボーは若くして天啓を受けた後「あちら」にとどまらずに、「こちら」に戻り、商人として生きた。

    操体の勉強も同様で、余りにも「縦軸」指向ばかりだと、バランスがとれない。私達は「救い」の元に生まれているのだが、実際「報い」の世界にも生きているのだから。

    操体の勉強をしている方々の中にも、縦と横の軸に引き裂かれてしまう人がいる。

    ある人は「操体を勉強するにはメンタル的にタフじゃないと・・」と言った人がいた。操体とお友達程度のお付き合いは楽しいものだ。
    友達程度ではなく、真剣に対峙するとなると話は別だ。確かにタフでないとやっていけないかもしれない。

    タフというのは何も「鉄」みたいに強くて固いというわけではない。
    例えば、縦軸ばかりに目が行ってしまうと、横軸がおろそかになる。崇高な目的を抱いた自分の中に、地面に足をつけた、生々しい、たまにはアホなことや間抜けな失敗をする自分がいることを素直に認めないと、引き裂かれてしまうのではないだろうか。

    逆に言えば、横軸しか見えないというのも困る。

    聖なるチカラと形・ヤントラ―なぜ、翼をもった大人になれるのか?

    聖なるチカラと形・ヤントラ―なぜ、翼をもった大人になれるのか?

    橋本先生の話に戻るが、美代子さん(温古堂での橋本先生のお世話役兼受付嬢をされていた)によると、橋本先生は、機嫌がいい時と悪い時の差がとても激しかったそうである。勿論、親しい美代子さん故に「あたる」こともあったらしい。その他にも彼女からは「へ〜え」という話を沢山聞いた。
    それを差し引いても(?)素敵な人だったと聞いている。

    三浦先生からも色々な「秘話」をうかがった。
    詳細は書かないが、橋本先生をカミサマ扱いしているヒト達が聞いたら、多分泡を吹いて卒倒するだろう。
    逆にそういう人間的な「横軸」のところもあるから、魅力的なのかもしれない、

  • 私にとって操体とは(4)宗教観

    操体を学んで何が面白いかと言えば、橋本敬三先生の「宗教観遍歴」である(宗教ではなく、「宗教観」)。
    私自身は東京に出て来た両親と核家族で育ち、家には神棚もなければ仏壇もない(父の主義だったらしい)。父が亡くなってから、慌てて仏壇を買ったという家である。両親の実家はどちらも禅宗曹洞宗だが、東京で父が眠っている墓があるお寺は日蓮宗という状態(東京のお寺は最近宗派問わずが結構多い)である。
    個人的には昔から神社仏閣好きで、中学高校時代は仏像にはまっていたので、寺社は大好きなのだが、特定のカミサマやホトケサマをどうこうという家ではなかった。
    私は宗教に対して結構客観的なのだと思う。また、仏教や神道が面白いと思うのは、宗教ではなく、哲学だからなのかもしれない。
    また「操体」が私の「信念であり宗教観」なのかもしれないと思っている(かといって、橋本敬三先生をカミサマ扱いするわけではない)。

    16歳から18歳頃までは、キリスト教に出会い、救世軍に出入りしていたそうである。新潟医専時代に参加していた同人誌「あだむ」には、田舎の教会で手伝いをする、生真面目な青年が登場するが、多分ご本人がモデルだと思う。著書にも詳しいが、キリスト教の「霊」と「肉」一致の教えの間で悩み苦しんでいた。つまり、崇高な気分の時にあの世に行けば、天国行きかもしれないが、女性を見てムラムラしちゃったら「女を見て情欲を・・云々」で地獄に落ちるのではないかという苦しみである。その他にも色々申告な悩みがあったと書かれているが「性(セックス)の悩みが一番大きかった」と書かれている。その後、23歳の時にある牧師から聖書の一節を伝えられ「なんだ、最初から救われているのか」と気付かれるのである。
    本来のキリスト教は、「絶対なる救い」があり、人間は生まれながらにして救われているという真理と、この世で地に足をつけて生きる「相対」(つまり報い)があるのだが、この世の事ばかりに執着しがちな人間達のために、現在のキリスト教は「救いはなく、報いのみである」と、説いていることも見通されている。


    これは「原罪」、つまりアダムとイブが蛇の誘惑に負け、知恵の実を食べたために、楽園を追われた。その子孫である人間は、生まれながらにしてその罪を被っている、つまり救いはないということの「裏」をもだ。

    以前、仙台の全国大会で、プロテスタントの牧師様の話を聞いたが「救いはない」とのことだった。

    橋本先生が、キリスト教に一生入信されなかったのは「救いはある」ということに気づき、現在のキリスト教では「救い」はない、といっているからなのかもしれない。

    というか、そろそろ戦争の色が濃くなってくる大正時代末期に「頑張らなくてもいい」と気がついたこと自体、なんだかすごいことである。

    いずれにせよ「生まれながらにして救われている」「なあんだ、頑張れ、頑張れと頑張らなくてもいいんじゃないか」と気がついてから、それまでの悩み深い性格から、一気に呑気者になった、と書かれている。

    橋本先生の本の中にはお釈迦様の話も出てくるし、60歳を越した頃から日本の神代文字に興味を持たれ、ホツマツタエなどを勉強されている。昭和30年代は神代文字カタカムナ文字などの研究ブームがあったという。戦時中は「神武天皇以前に国家が存在した」という話は御法度だったからだろう。

    キリスト教、正體術、仏教、記紀以前の日本、式場氏との交流、桜沢如一氏の無双原理、谷口雅春氏の理論(特に「食」)、千島学説、沖正弘師のヨガ、金子卯時雨博士のサンクロンなど、橋本先生の周囲には面白い話が色々転がっている。これらの知恵が操体の中に活かされていると思うと、何だか楽しいのである。

    無双原理・易―「マクロビオティック」の原点

    無双原理・易―「マクロビオティック」の原点

    昨年、一昨年と、国民の殆どがカトリックのスペインと、ニュー・ムスリムの国であるトルコを訪れた。色々な国に行ってみるものだと思った。橋本先生は渡欧の経験はなかったようだが、トレドの大聖堂や、イスタンブールの広大なモスクをご覧になったら、どんな感想を持たれたのだろう、と思った。

  • 私にとって操体とは(3)

    操体だけではありませんが、医学とか手技療法の世界には、業界用語というものがあります。何故こういうものがあるのかと言うと、共通認識できる「記号」のようなものなのではないかと思います。

    例えば、首の骨、頸椎は「C」と言います。また、頸椎は全部で7つあるので、頸椎1番はC1、2番はC2、みたいに言うわけです。胸椎は「T」です。全部で12個あるので、T1からT12というように表現します。腰椎は5つあり、「L」で示します。L1からL5まで。仙骨は「S」です。
    これはわかるのですが、カルテにいちいち「頸椎1番が右方向に上方変位」と書くのは大変ですが、C1RSと書くのはそんなに手間がかからないし、他の先生とその患者の情報共有もできるし、何よりも記録に残しておくのは、からだの変化の貴重な情報にもなるからです。

    私が最初に操体を習った先生は、K先生と言います。今、どちらにいるのか連絡が取れないのですが、非常に熱心な先生でした。

    後で聞いたところ、三浦先生の初期の受講生の講習を受けたとのことで、仙台の温古堂にも行った事があるとのことでした。「生体の歪みを正す」をいつも携えていて、書き込みや付箋が沢山貼ってありました。
    三浦先生の「生体の歪みを正す」もそのような感じですが、とにかく読み込んで読み込んだいう感じでした。三浦先生の治療も受けたことがあるそうで、「一体どんなことをやるのか」と、意気込んで行ったところ、きもちよくて寝てしまい、一体何だったのかわからなかった、とのことでした。まあ、盗もうとして行くなよ、という気もしないではないですが(笑)。

    生体の歪みを正す オンデマンド版―橋本敬三論想集

    生体の歪みを正す オンデマンド版―橋本敬三論想集

    K先生の操体の講習は、カイロプラクティックや整体の生徒が多かったのですが、基本的にこの人達は「他力療法」の方々です。ここがずれているから矯正して、バランスを整える、という感じでしょうか。多分「操体」と言っても「矯正法の一種」だと思っていた方が多かったような気がします。私の友人は「足関節の背屈」を、相手役の人の足の甲に思い切り力をかけて「頑張って踏ん張って〜」と声をかけていました。私は「操体法治療室」を熟読していたので「なんだかなぁ」と思ったのを思い出します。多分「ボディの歪みをとることによって、愁訴を二次的に解消させる」という、操体の概念がまだよく伝わっていなかったのかも、と思います。

    操体の授業のある時、50代後半のおじさんが、何かの動診の際に『先生、これはL4のPとどう関係あるんですか」(先生、これは腰椎4番の上方変位と関係あるんですか)と、聞いたところ、いつも割と温和なK先生が一瞬厳しい表情になり(私も「何だかとんちんかんな事を聞いてるなぁ、と思って聞いていました)、

    「関係ありません」

    と言いました。私はこれで、操体と、操体の言う「天然自然の法則」が少し分かったような気がしました。

  • 私にとって操体とは その2

    私にとって操体とは、生きるための指針である

    私は子供の頃からどうも「根性」とか「頑張る」という言葉が好きではなかった。
    勝ち負けに執着がないので、ゲームとかやっても「あんたとやっても面白くない」と、言われていた。

    というわけで、操体の「頑張るな、威張るな、欲張るな、縛るな」という、「バル」の戒めの存在を知った時は感動した。それまで周囲には「頑張ることはいいことだ」という人ばかりで、「頑張る」はキライだ、と言うのは何だか良くないことのように思われていたからだ。

    威張るなとか欲張るな、というのはわかるが、日本人はわりと「頑張る」という言葉が好きだ。
    頑張る、が好きではないのだか、私には昔から「続ける」という事は全く苦痛ではなかった。自分の嫌いなことはしなかったので、好きな事しかやらなかったせいもあるのだろうが、好きな事ならずっと続けるのも苦にならないし、別に頑張って続けたわけではない。

    橋本先生が著書の中で「シゴキと鍛錬は違う」と書いておられる。私はこれを読んだ時、長年の謎が解けたと思った。やみくもに、根性論で練習を積んでからだを壊すのだったら、原理原則にかなったやり方で、効率が良い練習をすればいいのだ。

  • 私にとって操体とは

    こんにちは。今週一週間よろしくお願い致します。
    2月も半ばを過ぎ、暦の上では春です。
    先週の日曜は東京操体フォーラム実行委員勉強会でした。私は毎年少しですが、感謝の気持ちを込めてチョコレートを実行委員の男性諸君に贈りました。
    手渡ししたのですが、反応がいろいろでなかなか興味深いものがありました。

    現在、実行委員の中で生物学的な女は私だけなのですが(笑)、それはいいとして、他の殿方は義理チョコでも、とっても、と〜っても喜んで下さるのに、実行委員諸氏はシャイなのか、はたまた嬉しくないのか(笑)、それとも奥方からのチョコのほうが嬉しいのか、それとも貰いすぎて食傷気味なのか(笑)余り喜んでいただけないのがちょっと残念な気がします。

    操体の臨床は、クライアント、患者様の「反応」や「リアクション」を見極めるのも重要なポイントの一つです。そんな職業柄もあり「あ、この人はこういう反応するんだ」とチェックしてしまうのが我ながら可笑しいところです。

    あ、とっても喜んで下さる方もいるんですけどね。

    こういうことを書くと「私は不器用ですから」という方がおられますが、「私は不器用ですから」と言って許されるのは高倉健さんくらいです(笑)。

    お祭りですから、楽しめばいいんですよね。日本ではチョコレートですが、海外では配偶者やパートナーにお花を贈るとか、カードを送るとか、普段の感謝の気持ちを伝える日らしいです。

    さて、今回のテーマは「私にとって操体とは」です。

    私にとって操体とは「かっこいいこと」です。

    生物学的女子の私が言うのもナンですが、操体は「モテ男のためのマニュアル」とも言えましょう。
    操体」を貫くとカッコいいからです。なぜそうなのかと言えば、そうなってんだ!と言うしかないのですが(笑)

    なぜ「モテ男のためのマニュアル」なのか。
    孔雀を始め鳥類は概ねオスのほうがなぜきらびやかなのでしょう。孔雀は、羽根を拡げた時の目玉模様の数が多ければ多いほどモテるのだそうです。何故それが「モテ度」に繋がるのか。それは、目玉模様の数が多ければ多いほど健康で(美しい)ことをアピールでき、「ボクの子を産んでくれたら、健康でカッコいい子が生まれるよ」ということらしいです。
    自然界では、美しいというのが健康度合いも示しており、優秀な子孫を残すという証拠でもあるそうなのです。

    ということは、ボディに歪みがない、つまり「息食動想」のバランスがとれていて、なおかつ原始感覚が優れているとくれば(原始感覚が優れているということは、空気が読めるということでもあります)、そして橋本敬三先生のように読書家であり、常に学びを続けているとすれば、カッコよくないわけがありません。

    現在「嫌煙」をうたっている操体関係者は闇に葬りたいことだと思いますが、橋本敬三先生は煙草を吸ってらっしゃいました。
    時代もあると思うのですが、私がコドモの頃は、大人の男性は大抵喫煙していたものです。NHKで放映され、農文協から出ているDVDの中では、くわえ煙草で患者さんを診る(灰皿は助手が持っている)というように、嫌煙家が見たら卒倒しそうな映像です。また、スペインでDVDを作った際、スペイン在住の日本のディレクターが、橋本先生の写真を使う時、トリミングに苦労したと聞きました。何故なら、橋本先生が一番カッコいい写真は、煙草をくゆらせている写真だからです(タバコをうまくトリミングしたそうです)。

    そこでいつも思うのは「同じ煙草を吸う男性でも、オヤジ臭いヒトとそうでない、カッコいいヒトがいるのは何故か?」ということでした。これは非常に重要な問題です。
    これは多分「身のこなし」ではないかと。身のこなしと言えば、やはりバランスがとれているということです。シケモクを吸ってもカッコいいヒトもいれば、何だかなぁ、と言うヒトがいるのは何故なんでしょう。このへんになると「加齢臭攻撃」とかになりそうなので、やめておきます(汗)。

    そして、これは私の周囲にいる、操体実践者の殿方達がそうだからかもしれないし、橋本敬三先生がそうだったからかもしれませんが、「お洒落なヒトが多い」のは事実です。三浦先生が橋本先生を「意識した」というのは、仙台の赤門柔道整復時代、自転車でいつも通ってくる、姿勢のいいお洒落な初老の男性がいるな、だったのだそうです。
    橋本先生の映像や写真を観ると、ループタイやスカーフの巻き方、良く見ると時計などもお洒落です。それも「自分も楽しんでお洒落しているんだけれど、他の人にも「素敵なヒトだな」というきもちよさを醸し出しているのがわかるのです。

    これは、普段着る服を全部ユ○○ロで買うとか、奥さんにヨー○ドーで買って貰ったものをそのまま着ているのでは醸し出せません(笑)。ニワトリのついたポロシャツとか、如何にもジー○○メイトで買ったようなトレーナーとかでは不可能なのです。

    女子は安くて可愛いものがたくさんあるので、如何様にでも誤魔化しはききますが、男性の服は誤魔化しがきかないのです。
    究極のところ、女子は最後「脱いで勝負」できるからです(笑)。

    ショーン・コネリーが007役に抜擢された時のこと、当時の彼は街の兄ちゃんとか労働者階級の役が多かったとききますが、役作りのため、寝るときも、つまり1日中スーツ、そう、ジェームズ・ボンドと言えばお洒落なスーツですが、しばらくの間朝から晩までスーツを着て過ごしたそうです。そうすると、労働者ではなく「スーツが似合う」ようになってくるのだそうで、それで007の役作りに成功したのだそうです。

    そういえば、三浦寛先生はジーンズがお似合いです。何故「ベストジーニスト賞」にノミネートされないのか不思議ですが、多分中村雅俊と同じくらい、下駄とジーパンが似合うのではと思います。
    そして、ジーンズというのは、普段履いていないヒトがたまに着ると「なんだかさぁ、日曜におとーさんが無理矢理ジーパンはいてるみたい」と言われてしまいます。ジーパンもスーツも着こなせるというのが男のお洒落だ!と、言いたいところです。

    そしてもうひとつ。先程「不器用です」と言っていいのは健さんだけだ!と言いましたが、何故健さんがこの娑婆で上手くやっていけるのか?何故不器用でも大丈夫なのか?それは、心がお洒落で色気があるので(本人の意識無意識に関わらず)「不器用」をカバーしてくれる女性がいるか、もしくは優れた「原始感覚」をもっているからではないかと。

    ああ、本当に操体って「モテ男」のエッセンスがつまっていますね(笑)

    お洒落で原始感覚が優れていて(バランスがとれていれば)、そりゃモテるよなと。基本的に生命に対するリスペクトがあるから、女性を大切にする(そうするとますますモテる)。というわけです。