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  • ヒトは常に自然の命に触れている

    人間とはネ、自然と分離できないイノチなんだよ。ヒトは常に自然の命に触れている。そして、その命に生かされつづけなければ生きられないんだよ。
    自然は空間ごときのもので(存在で)、あたりまえにあるものだから、殆ど気づいていても意に介すこともなく気にもとめていない。
    自然の恵みから、全ての命をいただいている。

    例えば呼吸のことです。呼吸(息)は無意識の自発的行為です。それは、自然が呼吸していると言うことです。ですから、呼吸を止めようとしても、自然の力がそれを防止するのです。
    息は生命そのもの。自分と自分自身をつなぐ、やさしきツールなのです。

    自然が呼吸(イキ)を止めたら、空間はなくなり、全ての命は消滅します。
    みえるものは、みえないイノチにふれているのです。あたりまえに自在してあるものがなくなれば生きていけないのです。
    そのことに気づいて生きていますか?

  • 怠けごごろ

    自分の人生にテーマがなくなると、人は怠ける。
    怠けごごろとは、人間にとって一番辛いことです。「自分には(人の心には)二人の自分がいる。それは、見ている自分を、見られている自分です。自我の思考観念の自分と、常在不適の意識にある自分自身です。

    では、この怠けごごろをどう退治するのか。別に退治する必要はないのだ。怠けごころとは、何もやることがない、空っぽと言うことだ。ある人は、人生に何が必要なのか考えなさいと言う。常に自分にテーマを与えなさい、テーマをもって生きることを勧めている。テーマのなかに自分が存在する生き方をしなさい、と助言している。

    怠けごごろとは、また、自分にあきる、ということでもある。そんな自分に退屈し、興味がなくなる。それは自我の自分にあきてしまう、ということだ。自分の思うように、まだまわっている人生ならともかく、ままにならず空転してしまっている虚ろさに包まれている時、ふとおそってくる。
    自我から抜きでた自分自身に気づいていくことが人生だ。
    自在の意識に生きていくことがテーマだ。

    人生とはいのちのはからいごとである。自分と自分自身との祭ごとである。

  • 真花の花(まことのはな)

    その意識の次元に、自分自身を投げ出している人は、自在の自身のなかに生きている。そんな人生の中に真花の花(まことのはな)を咲かせる。
    至福だと思う人生は、自在の世界に飛び込んでいく人生だ。それは意識が運んでくる。意識の高みにあって、意志の至高へと飛び立つ、それが自分らしい、本当の自分自身の生き方だ。それが自分自身のなかの自分観ということだ。思考のなかの存在は、時の花。自在の意識なる感性は真(マコト)の花。
    このように、存在の自分にいない人は、一つの意識に集中している。そしてただ、その一つの大きな自身の意識にむいている。そんな人はいつの時代も生涯一度の一回ポッキリの自分を知って生き、不死の人として人の心に生きつづけている。
    自分の世界を模索しながら、くるしみながら、もがきながらも、それでも決してグチも言わず、一つの大きな世界にとけこんで愉しみ、そんな自分をいとおしむ人達なのだ。

  • 人生は他人ごとではなく、自分自身のことである

    「意識に生きよう」とすれば、多くの、いつの世の人達は思考観念のなかで生きている。長き時代に人間が身につけた欲性、個の自我に従って生きようとする。刻み込まれる時間に追われ、追いかけ、アッという間に全ての人生を終えていく。

    人生は他人ごとではなく、自分自身のことである。自分と自分自身との祭ごとである。いのちの祭ごとである。神仏と共に悦愉すること、つらさもしんどさもあるけれど、それを越える悦びが、愉しさがある。人生ごとは祭ごとである。いつの時代にも、まれに、生涯一度の一回ぽっきりの人の生き方の中に「本当の自分を知って生きている人がいる」
    「存在の自分にいない生き方をしている人」でもある。それは「自在の自身に生きている人」「自在の意識に生きている人」だ。

    そんな人は、日々の生活時間が、ほとんど無い生き方をしているのです。全くあきれるほど「一つの意識に集中している」1年365日、それを何十年、何十万時間も、その一つの多くの自身(意識)に、ひたすら集中している。どんな環境にも動じず、大樹のごとく心は静止している。どんな処に住もうが、全く意に介さず、いつ床につき、いつ何を食べたのかもケロリと忘れ、だれに会って何を語り、何をどうしたのかもケロリと忘れている。今何時なのか全く気にもとめていない。我を忘れ、一つの意識にむいている。生涯一つのことにむいている、自分の名前さえ、年さえ忘れている。人や世の中の評価など意に介すことなく、そんなことはどうでもいいことなのだ。

  • 絆と平等2

    人としての絆を大切に、心の絆をアピールするが、誰一人「意識の絆を大切に・・・」とは言わない。意識の絆とは、「いのちの絆」とう言うことである。
    一人一人が、イノチの絆、意識の絆として声をあげてほしい。心の絆もいいが、なにか、軽すぎて、空手形のように聞こえてくる。この絆が風化しないことを願うばかりである。
    1年前の地震津波被災者が、一番恐れることは、時間とともに風化し、忘れられてしまう、見えない現実と自分におののいていく姿である。
    人々は、どうも平等を好んではいないようだ。平等とは、等しい、同じということ。誰れもが、命に対しては平等である。この生とその先に待っている死は、誰れにでも訪れる。しかし、一人一人の自我の思考観念に、平等を好まぬ指向が存在している。豊かな生活を一人一人が望んできたなかで、共に豊かになることではなく、人と比べて、人よりも豊かになりたいという欲心が育ってしまった。格差をつけ、人よりも、より一段、より一層豊かになる、ことをめざしてきたのだ(自己の願望としてきたのだ)。
    人をさげすむ、格差の中での豊かな暮らしである。
    その物心欲心は、執着をよりほしがり、減っていくことを恐れる。所有すればより多くを欲し、地位、名誉も一度つかんだら、生涯放そうとはしない。しかし、だからと言って、安心、慢心し、常にその自我と葛藤し、我心にとらわれている。自分に格差が生まれ、それが高くなれば、なるほどホッとする優劣性である。そんななかで、人と人との絆、心の絆が生まれるのだろうか。
    意識の絆に立つてこそ、平等といういのちの絆に立てる、のだと思う。

  • 絆と平等

    今週から福田君にかわり、三浦が担当します。一週間よろしく。

    すっかり春めいてきました。朝の日の昇りも早く、寒気もやわらいでいます。

    絆と平等

    昨年3月の大震災から一年目を迎えようとしている。今に生きる人達に、絆という言葉がよみがえってきた。一人一人「心の絆を大切に」というフレーズが復活した。
    いったい、今まで、一人一人がどんな生き方をしてきたのか、豊かさなかで、平和ボケ、総痴呆化の時を過ごしてきたのか。
    人と人、心とこころの絆というなら、自分との絆をどうとらえていたのか、とらえていたのかと言うことよりも、自分との絆と言うことを考えたことがあったのか。自分との絆なくして、人と人との絆が、どんなものなのか、わかりようがない。人と人との心の絆というけれど、心ほど浮気なものはない。忘れ気のはげしいものはない。移り気で一時と静止していない。
    そのことに、いつまでもかかわっていることが出来ない、時と共に心から消え去っていく、忘れ去られていくものである。今から67年前、日本は焼け野原となり、全人類が体験したことがない原子爆弾を、広島、長崎に投下され、終戦を迎える。おびただしい血が流され、何十万という国民の命を一瞬にうばい去った。
    この原爆の投下において、当時の軍部は5時間前に(情報を)キャッチしていた、(テレビ番組)ニュースで知った。
    5時間あれば、多くの人の命が助かっているはずであった。いったい何をためらい、執着していたのだろうか
    「自分ごとは他人ごと、他人事は知らん顔」
    怒りにたえない、ことである。
    大正12年(1923年)に東京を襲った関東大震災。何万人もの命が犠牲となり、多くの廃墟をのこし、多くの人生を一瞬にうばっていった。
    生き残った人達は、明日の生活に生きなければならない。いたましいことを1日も早く忘れたい。ふりかえる余裕などないのだ。忘れてはいけないこと、であってもふりかえりたくはないのだ。
     人の心の多くは、刺激と欲で動く。人の心があっちに向けば、こっちのことは心から消えていく。人の心は、浮草、根なし草、つねに刺激と欲にゆれ動く。静止していることを好まない。

  • 私にとって操体とは「原始感覚の覚醒です」

    操体を学ぶ人にとって重要なキーワードの一つが「原始感覚」です。
    この”原始感覚”ですが、本来動物であれば持っているべき基本感覚であり、自然界ではこの感覚が鈍ることイコール”死”を意味します。「視・聴・触・嗅・味覚」の五感に霊的感覚を含めた六感を研ぎ澄ますことで日々、より感覚的に物事を感じ、行動することが可能になってきます。
    人間とは良くも悪くも習慣の動物であり、行きつけのお店、いつもの通勤路などなど、パターン化することで生活を便利に過ごそうとするものです。パターンとは慣れであり、人間は慣れることで安心や安全を得ようとします。
    この慣れや習慣化は人間の直感的部分を徐々に削いでいき、気が付いた時には目に見えるもの、論理的説明が可能なものにだけ耳や目を傾ける、コメンテーター型現代人が出来上がってしまうのです。
    世の中には理屈で説明出来ることよりも、説明出来ないことの方が圧倒的に多いはずなのですが、どうしても数値化出来ないもの、自分の理解の範疇を超えるものはインチキだ!とか科学的では無いなどの理由を付けて封殺してしまいます。
    私は操体を学ぶ以前から目に見えない存在や、科学的に立証しにくいものに興味がありました。それは単に興味があるという程度のことでしかなく、実際にハッキリと何かを見たとか経験したなど確信的なものは余り有りませんでした。
    ですが普段の生活の中でも常識では考えられないタイミングで起こることとか、人との巡り合わせなど、人智を越えた何かは確実に存在し、それが人によっては“運が良い奴、悪い奴”と表現されたり、奇跡などと呼ばれているに過ぎません。

    この傾向は臨床家になったことで一層ハッキリと認識する様になりました。
    身体のバランスを崩し体調不良や障害に苦しんでいる方達は、単に目に見えるものだけが原因で発症しているのでしょうか?血液検査やMRICTスキャンなど最新テクノロジーでも説明がつかない症状が、たった一晩で全快することだってあるのです。良識のある方はあり得ない!と言い、意地悪な方は計測機器が故障していたの?などと、まるで治ったことが悪いかの如く、自分の頭で理解出来ない現象には諸手を挙げて喜べないのです。

    しかし、その一方で昨今は人間の内面的部分が大きく関わっている「ストレス性疾患」が増加の一途を辿っているのも事実なのです。ストレス性疾患の主な原因は目に見えないものに対しての不安や恐れなど、おおよそ数値化出来ないものが原因になっているのです。

    NHKが人気番組ためしてガッテン「驚異の回復!腰の痛み」と題して、腰痛の原因を最新の研究データを元に放送していました。そこではいわゆる椎間板ヘルニアなど物理的原因での腰痛は全体の数%でしかないと言っていました。こんなことは今更、言われなくても、臨床家であれば誰もが分かっていたことではあるのですが、腰痛の85%は原因不明、最近ではようやく研究が進み「ストレス」が腰痛の大きな原因であると、色々なところで言われる様になってきました。私の処にいらっしゃるクライアントの多くも、ストレス性疼痛を抱えている方が非常に多くなってきました。
    番組内では脳血流量に着目し、腰痛患者が健康な人に比べ脳の側坐核(そくざかく)」の働きが鈍っているということでした。この“側坐核”は痛みが脳に届くと、鎮痛物質を働かせる命令を出すと考えられています。これがストレスによって正しく働かなくなると、僅かの痛みを激痛として認知し、信号として身体に伝えるようです。番組でも明らかにヘルニア状態なのに全く痛みも感じなく普通に生活をしている方や、画像には何も異常が見当たらないのに、強い痛みを感じる方が出ていました。結論的には”側坐核”は「快」を感じるのに強く影響する場所で、”好きな食べ物や音楽、匂いなどを積極的に取り入れる”というのが番組で出した答えのようでした。
    早い話が「快適感覚」をききわけることで症状改善出来るという、我々にとっては渡りに船の答えではありましたが…

    話しが相変わらず横道へ逸れてしまいましたが、目に見えるものが相手であれば、目に見える部分を磨けば対応が出来るでしょう。操体でいうところの第一分析(D1)がそれにあたります。橋本敬三先生が臨床の現場にいらっしゃった時代がまさにそうです。しかし、残念ながら今の時代は橋本先生が生きていた時代より臨床家は生きにくくなっているのかもしれません。農作業のし過ぎで腰を痛めているとか、重たいものを担いでの仕事で肩が凝っているなどの理由ではなく、何となく調子が悪い、原因が分からない腰痛、頭痛、神経痛などなど、各種症状はより複雑且つ原因が分かりにくくなっているのは確かです。

    これら目に見えない何かと対峙するには「原始感覚」の覚醒が必要なのです。原始感覚の鈍化が様々な疾病の原因になっているのは間違いないのですが、一方でそれらの感覚をキャッチする側の我々も同様に鋭敏な原始感覚が求められるのです。そのためには日常をより感覚的に生きる必要があり、空気の流れや、緑の匂いを感じ、日々生活する必要もあります。
    原始感覚は元々全ての人が持っているモノであり、感度の違いはあるにせよ、学習によって取り戻して行くことは可能です。
    不快がはびこる現代社会において快適感覚をききわけることは意識をしないと難しいことかもしれません。

    その中で、感覚を磨くこととして簡単に出来ることが二つあります。一つ目は、朝日と夕日を浴びることと、二つ目は月の光を受けることです。
    朝日と夕日は掌(たなごころ)でしっかりと受けます。この時に掌の中で太陽の光を浴びた球体を作ります。作ったモノを今度は一気に拡散(放射)させます。
    月に関しては額の中心辺りで受け、体内を通してから掌、指先、百会から放出します。こうして自然界の中にある一番分かりやすいエネルギーを陰と陽から体内に取り込みます。これを行っていると徐々に自然界に有る様々なものからエネルギーを頂戴することが出来ます。人間の感覚は常に地球と共にあってこそ、発揮出来るものです。原始感覚を磨くとは自分の中にある感覚に磨きをかけて身体の声と地球の声を共鳴、共振させることなのだと思います。
    今の時代だからこそ、根源からの学びが必要なのではと思います。
    いやぁ・・一週間ありがとうございました。明日からはお待ちかね三浦先生です。宜しくお願い致します。

  • 私にとって操体とは「想念」

    私が操体と出会って最も救われたのが、「息食動想」のやはり「想念」です。
    ”想念”と書くと非常に高尚な感じがして書き難いのですが、私にとっての想念とは毎日毎日の想いのことです。どんな想いで仕事をしているのか?どんな想いで日々生活をしているのか?など、日々の想いを書いてみようと思います。

    人の心や想いは目に見えないものなので、世の中で一番曖昧な、それでいて一番強固なものと言えます。想いがその人を形作り、想いが性格や生き方全てを作っているのです。
    ここ数年、精神的にストレスを抱えている方が非常に増加しています。そのストレスが目に見えない負のスパイラルとなって様々な身体に不調を訴える原因になったりしています。
    そういった精神的にストレスを抱えている方達に共通しているのが、言葉による“決めつけと締め付け”です。よくあるのが、精神的に不安定な方が「先生、これって病気ですよね?ダメですよね?わたし」とか「私には無理です、ダメです、出来ません…」など自己否定の言葉を好む傾向にあります。
    この他にも、来所される方達に共通しているのが、「病院で診断書が出ています!から」という言葉です。
    何だか診断書が出ていることが水戸黄門の印籠の如く言われるのですが、私達が見ると80%は診断書通りの症状では無く思い込みと決めつけだったりします。確かに原因不明では不安の方が先に立ち、とにかく病名を付けて貰って気分的にもハッキリ・スッキリしたいという気持ちは分からんでもないのですが、余り言葉で自分を縛って欲しくないのです。

    言葉はコトバ、言の葉、言霊(ことたま)に繋がるからです。我々が日々想いを張り巡らし、思考した中で紡ぎ出すコトバはまさに想いの丈(思いの丈)であり、それらは切なる願い、そうなりたいという行動も含めた個々の生きる方向性なのです。
    “想念”とは思い考えること、念じることなどと言った意味があります。私はこの“想念”の強さ、想いの強さがそのまま、その人の個人としての強さに繋がると思っています。人の強さって何で判断出来るものなのでしょうか?
    腕力が強いこと?お金を持っていること?…ムムそのどちらも外れではないのですが、どちらも一時はあっても割に儚いものだったりします。
    “ペンは剣より強し” という諺がありますが、コトバというのは使い方によっては薬にも毒にもなる恐ろしいものだということを分かった上で発する必要があると思います。汚いコトバを日常的に吐いていればまさに自傷行為の様に自分自身の心と身体を蝕んでいきます。言霊とは自分の身の内から吐きだした言葉で全てに魂が宿っており、コトバそのものに大きな力があるということです。
    そしてコトバはその人の生きる姿勢ですので、吐いた言葉通りに人生も進んでいくのです。俺はダメだと嘆いて生きている人は自らがダメになる様に生きているわけですから、素晴らしい人生が送れるはずもありません。

    そして、時としてたった一言に救われることが人生にはあります。私はもう何年も前ですが、臨床家として日々施術を行っている時に、慢心から自分の力で何とかクライアントの症状を改善したいと、我(が)が前面に出て施術を行っていた時期がありました。
    不思議とそういう時は同じことをやっているようでも、クライアントの身体に見透かされてしまい、良い結果が出ません。
    そんな悶々として日々臨床を行っている時に畠山先生に言われた一言で救われました。
    それが「福田くん、操体はネ・・治すとこまで関与しちゃダメだよ」という言葉でした。もう目から鱗でした。自分自身、何をそんなに突っ張っていたんだろうかと、凄く気が楽になったのと、肩の力が抜けました。
    操体はあくまでもクライアントが自分自身にしか分からない、“感覚”をききわけ、快を味わうことで成立する施術なんだ、自分が関われるのはあくまでも、快の橋渡し役であって、それ以上でもそれ以下でもないんだと、改めて気付かせて戴きました。
    この言葉が今に至るまで、私の臨床の根底にある想いです。常に自問自答し、私の臨床の指針となっています。
    そして「バルの戒め」が私の人生、生き方そのものの、今では土台となっています。『頑張る、威張る、欲張る、縛る』張らない生き方こそが、臨床家としてのあるべき姿であり、現代日本で生きて行く姿ではないかと思っています。
    頑張ることは出来ますが、頑張り続けることは人間には出来ません。
    出来ないことは最初からしないことです。張らない生き方をしていくと、今迄見えてこなかったものが、色々と見えてくる様になります。
    魂は本質的に快に向かい、最後は快に帰るのですから、生きる指針は心地よさに身を委ね日々おくることだと想います。
    出来ない訳ではないのです、先ずはやることから始めてみてはどうでしょう?張らない生き方と自らを認める生き方にこそ、本質がみえてくる筈です。

  • 私にとって操体とは「松下村塾です」

    私は毎年、少なくとも一回は必ず行く場所があります。それは島根県のお隣山口県萩市です。
    この時点で又か福田!というブーイングが聞こえてきそうですが、無視して先に進めますと、時間にして車で約3時間半ってところでしょうか。目指すは萩市内の松陰神社です。萩観光なら必ず行く場所なので何ですが、その神社の敷地内にあるのが、タイトルにもなっている松下村塾です。
    まぁ現物を見るとこの僅か八畳と十畳の間をくっつけた様な小さな掘っ立て小屋なので、こんな小汚い場所から後の維新回天の原動力となった志士達が多数輩出されたと考えると、何だか感慨深くもあります。
    この松下村塾を主宰していたのが吉田松陰その人でした。松陰が塾を開く切っ掛けとなったのは、ペリーの黒船が来航した際に、渡航目的でペリーに直談判しようと、黒船の乗船を試みて失敗、捕縛されて萩へ戻されました。
    最初は野山獄に繋がれていましたが、藩主の寵愛を受けていたこともあり、後には実家の親父さんの家にお預かりになり、そこでの禁固となりました。
    11歳の時に藩主の御前で講義をし、19歳の時に兵学師範(教授)になったほどの逸材でしたので、近所の子弟達がこっそりと、一人又一人と集まって来て、暗黙の中で塾の形が出来上がっていきました。

    当時、日本国内には武士であれば“藩校”が存在し、そこに行けば学ぶことは出来たのですが、武士以外は学ぶことが殆ど出来ませんでした。
    萩にも明倫館と言う藩校はあったのですが、あくまでも藩士教育の場なので、士分以下の足軽や中間などには受講資格はありませんでした。
    ところがこの松下村塾という私塾は農民、町民、藩士の子弟など身分の上下関わらず、様々な人々が平等に学ぶことが出来る塾でした。
    最初は農民や町人などが多かった塾も噂を聞きつけ、藩校の守旧的な学問に飽き足らなくなっていた士分の若者達も出入りする様になり、益々活気を帯びていく様になりました。
    松陰の教育はまさに風雲急を告げようとしている時代が求めている現場で役立つ実学でした。数百年続いた鎖国や衰えたとは言え、長く続いた幕藩体制によって安穏と過ごしていた時代から、諸外国に開国を求められ、時勢が大きく動き出した世の中は、頭の固くなった重役よりも変化を求める若者達の手によって動き出そうとしていました。
    松陰が遊学中に培ったネットワークにより、諸外国や各藩、幕府の最新情勢を塾生達に話しながら、個々の持っている個性をどう活かし、世に役立てていくかを毎晩、激論を交わしていたようです。その余りの苛烈さに村塾に子弟が行くのを警戒する父兄も多く、読書なら許すが、政治向きの話しはしてはならないと戒告されるほどだったようです。
    松陰の素晴らしいことは、思想家としての考え方もそうですが、それ以上に卓越した人物眼にあったと言えます。私が敬愛して止まない高杉晋作評は「性質は傲慢で、人の言うことに耳を傾けないように見えるが、取るべきところは取る人物である。必ず大成長する。私が事を成すときは、必ず高杉に相談するだろう」と評しています。この様に各塾生の性格、特性を見抜きそれに合った指導を行っていたことは教育者松陰の真骨頂だと言えます。
    残念なことに、その師匠譲りの苛烈な行動が災いしてか、殆どの優秀な塾生達は維新を見ること無く落命しています。

    ふと私は毎年、松陰神社に何を求め行っているのだろうか?と自問自答することがありました。ただ単に幕末好きだからではない、惹かれる理由がある筈だと自分自身考えてみると、私の操体への学びに対しての、年に一度の反省会である様な気がします。村塾や彼等の史跡を巡りながら、彼等の思いや息遣いを感じつつ、彼等に恥ずかしくない行動が出来ていたかどうか?思いを馳せ、幕末と現代を肌で感じ、来年はもっと色々な報告が出来る様に精進すると誓いながら萩を後にするのです。
    気が付けばもう10数年もこの様なことを繰り返しているのです。

    私達、東京操体フォーラムにも三浦先生の臨床講座を卒業した同志達が、第五日曜日に集う「塾・操体があります。いつも顔を合わせるわけでもない、個々が地域も違えば環境も違う中で展開している操体の同志達です。面白いのは数ヶ月振りに会っても何の違和感もなく、意識の同調がはかれることです。
    「塾・操体はあくまでも実行委員のメンバーが主体になって、現場で起こっていることなど、疑問や不安に思うことなどをぶつけあう場所です。
    三浦先生は松陰の如く、今でも常に現場の最前線で我々以上に操体と真摯に向かい合い、追求されています。時に弟子達と一緒に汗を流されている姿は松陰の行っていた現場実学そのものです。
    村塾から巣立った志士達はその後、様々な形で明治日本の近代化に関わっていくのですが、私達フォーラムのメンバーも橋本先生から三浦先生に渡されたバトンを受け継ぎ、次代に渡していく役目を背負っています。

    松陰は好んで「狂」という言葉を使いました。現代では“狂”は余り良い表現としては使われませんが、陽明学においての「狂」は「理想を高く持ち、何の虚飾も、隠しだてもなく、心のままに率直に行動する」「若し過失があれば、改めさえすればよい」という考えです。世俗社会の常識に対し、果敢に挑戦する「実践的理想主義」であると言えます。
    周囲がどう言おうと、自分の信念に基づいたものに対して真っ直ぐ突き進む、これこそ「狂」の本質であり、我々物事を次代に伝えていく人間の持つべき心の有り様だと思います。

    幕末期と同じように混乱と閉塞感を抱えている今の日本だからこそ、信じたものに対して真っ直ぐ突き進みたいものです。
    最後に余談ですが、三浦先生の三軒茶屋研修所から約2Km程先にも「松陰神社」があります。神社内に松下村塾も再現しているようです。
    何だかこれ又因縁を感じます。

  • 私にとって操体とは「生体実験その2動」

    操体における「息食動想」の考え方の中で実行委員が一番試行錯誤を重ねているのが、この「動」に対しての考え方だと思います。
    私がこの「動」に対して研究しているのが、操体とスポーツの融合です。
    操体とスポーツは相関関係で言えば真逆に位置します。クライアントの中にもよく勘違いされている方がいて、私は普段からテニスとかバレーなどスポーツをしているから健康には自信があるんですよ!と鼻息も荒く言われる方が多々いらっしゃるのですが、ここに大きな落とし穴と勘違いがあるのです。
    スポーツをしているから健康なのではなくて、健康だからスポーツが出来るのです。スポーツで健康になれるのであれば、プロアスリートは病気知らずで、怪我もしない!理屈になりますが、そうでないことは周知の事実です。
    身体を動かさないより、動かす方が健康に良いだろう位のイメージで殆どの方はスポーツをしているのだと思いますが、そこにスポーツ安全神話があるのです。スポーツの語源が現実逃避や非日常って言う位なので、身体のことや健康のことなど考えているわけがないのです。

    ではスポーツを行うために重要なことは何でしょうか?実はそれが「運動」なのです。ここが混乱し易いところなのですが、スポーツと運動は混同しやすいですが、全くの別物だと一般の方がどれだけ理解していらっしゃるでしょうか?スポーツが非日常であるとすれば、運動はまさに生活密着とでも言うべき我々が生涯を通して行うべき必須なものなのです。
    クライアントの方達にも日常的によく言うのですが、長くスポーツをしたいのなら、最低、週2〜3回は運動を行う必要があります。この話しをすると殆どの方が「え〜っ!?」って言いながら無理無理って言われます。でも、それが出来ない方がスポーツを行うべきではないのです。社会へ出てからのスポーツだからそんな、部活の様に一所懸命やる必要ないじゃなぃ・・

    そうなんです、部活の様に毎日やるものでは無いからこそ、運動と平行することで傷害を防ぐのです。社会人にとってスポーツの大きなリスクは間違いなく怪我です。スポーツで怪我して会社を休んだりすれば、リストラの対象にでもなってしまうのが昨今です。
    アキレス腱断裂、骨折、関節障害など私の処へいらっしゃるクライアントの怪我も様々ですが、その原因の殆どはスポーツを楽しむ以前の「運動不足」なのです。
    最低限でも行って欲しいのが、「体幹部」「下半身」の強化です。スポーツ障害の殆どが体幹部と下半身に集中していますので、最低限の筋肉武装が必要だからです。一時期、女優の森光子さんが毎日スクワットをしているから元気なのよ!とテレビや取材等で話されてから、ご年配の方々の中にもスクワットのやり方はよく分からないけど、長生き出来るからいいらしい!というスクワット万能都市伝説まで生まれた。あながち嘘ではないのですが、スクワットは簡単ながらフォームを間違えると逆効果になるトレーニングの一つなので、指導を行っても一番間違ったやり方を覚えられている代表種目の一つです。
    私の仕事の一つはこの様にテレビ、マスメディアで伝えられた曖昧な情報を正しく一般の方に伝えていくのも大切な仕事の一つなのです。

    この様々なトレーニング指導で役に立つのが操体です。特に“身体運動の法則”は全てのスポーツとトレーニングに応用が利き、指導が可能です。
    特に一番役に立つのが「手は小指足は親指」の教えです。
    私はこの教えだけで指導をしていると言っても過言ではありません。それ位この教えには身体使いのエッセンスが全て詰まっているのです。
    スポーツ経験者は意識・無意識の中で体得している人も居るのですが、その殆どは朧気ながらに理解しているだけかもしれません。
    これをより明確に、立位の際の体重の乗せ方、意識の持ち方を何となく立っている時と、明確に“拇指球”に意識をおいた時では、大きく変化します。拇指球に意識をおくとは地球そのものを味方に付けたも同然で、地球が自分にとって抵抗になるのか補助をしてくれるのか!?位に大きく変化します。

    同様に上肢小指の使い方もマスターすれば、無駄な上半身の動きとロスが解消され、疲労感少なくプレイが出来たり、肘の使い方に無駄が無くなるので、道具を使う競技は振り抜きがスムーズになります。
    競技によって、上肢小指と下肢拇指球、この二つをどの様に組み合わせるかをしっかりと体系付けることが出来れば、現在以上のパフォーマンスアップは確実に望めるでしょう。

    我々臨床家が理想とするのは“未病医学”であって、病ありきではないのです。
    ですから我々に求められるのは「ケア」と「メイキング」の両輪です。
    症状疾患が出てから対処するのは当たり前としても、出来うる限り再発しないための身体作りを指導することも必要なのです。そのための身体作り「メイキング・アドバイザー」としての資質が今後の臨床家にはより求められてくる要素だと考えます。そして操体の「動」の部分にはその“ケア”と“メイク”両方のエッセンスが濃密に凝縮されています。
    今のスポーツ界は結果を出している選手なり団体なりが正義となっていますが、そうではなく、もっと根源的な部分で日本人の特性に合った最大限の力を発揮出来る方法があるはずです。人間の内在されたパワーをどうコントロールするかが、今後の日本スポーツ界が世界と戦うために残された最大の課題だと考えます。操体がそのための一助となるべく追求して行きます。