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  • こだわり

    人にはそれぞれこだわりがあり、特に物に関してはど〜しても抑えきれない衝動に駆られる事があります。綺麗に言えば「コレクター」私流に言えば「物欲大王」ってとこでしょうか。両師匠に関して言えば、三浦先生は治療所を見れば分かる様にジャンルを問わず、美術品・芸術品のコレクターですし、畠山先生もかなりコアなトロールビーズ・コレクターです。
    私に至っては両師匠には比べるのも恥ずかしながら、数十年に渉っての「おまけコレクター」です。
    早い話がまんまと企業側の販促戦略に引っかかっている、いい年こいたおっさんという絵ではありますが・・・物としては殆どが缶コーヒーのおまけ、清涼飲料水系のおまけなど、コンビニなどに立ち寄った際についつい手が伸びてしまい、気が付くと私の中の“物欲大王”が騒ぎ出し、気が付いたら物によっては大人買い、悪癖に嫁からは冷たい視線を浴びつつもコツコツと収集致しております・・・
    但し、個人的にはポリシーがあり、何でもかんでも集めているわけではなく、ジャンルとしては「Super Car系」「007系」「戦国系」位でしょうか。

    私位の年代は小学生の頃に池沢さとし(現在改名されて早人師)先生の洗礼を受けた世代。いわゆる第一期スーパーカー・ブームです。
    当時、週刊少年ジャンプで連載されていた池沢先生のサーキットの狼がバイブルであり、国道沿いに住んでいた当時は一日中カメラを持って、写真を撮りまくっていました。未だにその感覚は抜けず、すれ違う車を見ながら、叫んでいる私を生暖かい目で嫁は見ています・・・
    「007」と言えばジェームズ・ボンドですが、私以外にも畠山先生もジェームズマニアですので、深くは突っ込みませんが、007に関しての最大の魅力は私はやはり、「ボンドカー」です。
    分からない方のために補足しますと、ジェームズ・ボンドは毎回、ユニークな武器を使って敵と戦うのですが、その代表が様々な装備を持った「ボンドカー」なのです。イギリスらしく、アストン系、ロータス系からドイツ系のBMWなどなど、そのどれもが魅力のある車ばかりです。日本車も日本が舞台になった007は二度死ぬの中で幻の名車トヨタ2000GTが登場しています。厳密にはボンドカーではないのですが、私の中では未だに日本車の中では一番好きな一台です。個人的にボンドカーNO1は「007私を愛したスパイロータス・エスプリ”ですかねぇ・・・劇中で海に潜っていく様は当時衝撃的で、そんな車が欲しいと意味も無く思ったものでした。
    その余りのはまりっぷりに「007ゴールデンアイで登場したBMW Z3を色も劇中と同じものを、勢いで購入しました。しかし、ツーシーターの上にFRで家族全員乗れない、雪国の島根には合わない車で、圧倒的家族のブーイングの中で、数年乗って欲しいという方がいたので売ってしまいました。
    そ〜考えるとMy Collectionの殆どが車なんだということが判明しました(笑)

    最後の「戦国系」は説明する必要は無いとは思いますが、基本、戦国と銘打ったものは殆ど手を出したと思います(笑)フィギュア、兜コレクション、刀剣コレクションなどなど、収集しました。特に思い入れが強かったコレクションが、ごく一部マニアの間で評判だった、今は亡きデル・プラド・ジャパン」“戦国覇王”シリーズです。2002年〜2003年の間に毎週木曜日、怒濤の全75巻が発売されました。このシリーズの凄いところは、他では作らないであろうと思われる、マニアック武将のフィギュアがあったところでした。津軽為信や稲葉良通なんて、地元の人には恐縮ですが、誰が買うのか?と疑問に思ったりもしました。値段も一冊、\1,750とお高く、あ!一冊といいました様に、この商品は一応、書籍扱いでして、読み物が毎号ついており、専用バインダーもあったのですが、殆ど読むこともなく、押し入れに今でも潜んでいます・・・
    しかし、今なら絶対!\2,000近くも払ってあんな作りの甘い(爆)フィギュアは買わないのになぁと、過去の勉強に呆れる始末です・・・

    収集癖はともかくも、「こだわり」って人生において大事な気がします。しかも、バランスを持った”こだわり”でしょうか。こだわりもこだわり過ぎると人間が固くなりますが、私個人は”こだわり”が無い奴は信じません。
    こだわりとは“愛”であり、そのものを慈しむ心だと思っています。
    愛があるからこそ妥協しない、飽くなき追求があり、自分の理想を追求する姿にこそ美学を感じるのが、こだわりではないでしょうか?
    それは仕事や生き方、全てに繋がるものだと思います。
    と、この様に熱く語っても所詮マニアックコレクターの言葉は嫁の呆れ顔に消されてしまいますが・・・

    三浦寛 操体人生46年の集大成 ”操体マンダラ Live ONLY-ONE 46th Anniversary”は2012年7月16日(海の日)に開催致します。

    2012年秋季東京操体フォーラムは11月18日(日)津田ホールにて開催決定

  • 祇園精舎の鐘の声

    祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」お馴染み平家物語の一節ですが、現在視聴率10%前後をウロウロしているNHK大河をうたっている様にも感じ、何とも盛者必衰の理をあらわしています。

    NHK大河一般人ウオッチャーとしては、昨年よりも酷い大河は無いだろうと見ておりましたら、ど〜やら一般的にはウケが余り宜しくない様で、視聴率も過去最低の花の乱へと一歩ずつ確実に近づいているようです。
    ただ個人的に今回の大河を考えると、私はある意味NHKに拍手を送ってあげたいと思っております。ある意味とは、視聴率がとれる番組を考えれば昨年の様に戦国時代を取り上げれば、内容さえ悪くなければ、そこそこの視聴率はとれるのです。そこを敢えて視聴率の一番取りにくい時代をチョイスした、そのドンキホーテ的チャレンジャー精神に拍手を送りたいと思っているのです。
    ただ、その割に初っぱなから画面が汚いやら、暗い!登場人物の相関関係がわかりにくい!など外野から文句を言われると、慌てて途中から画面を明るくしたり、見苦しい位にテロップを増やしたりと、すぐ腰砕けになり最初の意気込みはどうしたのかとガッカリしました・・・
    ど〜せ、視聴率など関係なくふんだんに予算を使えるNHKなら、最後まで初志貫徹で、汚い画面は演出だ!カメラの性能も良くなってんだよ!とか、相関関係が分からないなら自分で勉強して日曜20:00を待て!位の高飛車振りを発揮しても良いのではと思います。
    そもそも、万人に気に入られる番組なんてスパイスの効いてない料理と同じで、旨みも何も無い当たり障りの無い無難なものでしかないのですから。
    所詮、今大河ドラマを見る人々は、度重なる裏切りにも屈しない、よっぽどの懲りないマニアか年配層だけなのですから、思い切ってマニアックに攻めた方がよっぽど共感されると思うんですけどねぇ・・・

    そもそも、NHK大河には毎回テーマがあって、時代を反映したテーマで大河は構成されていると言うのですが、今の時代に何故?清盛と疑問に思い、今回のテーマを調べてみましたら「一族の絆を描く平安のゴッドファーザーだそうです・・・
    ああ。。。又、絆かと3.11以降、日本全国“絆”が大安売りとなっており、言わんとしていることは分かりますが、清盛の歩んで来た人生と現代日本人が求めている“絆”をリンクさせようと思うことにそもそも無理があると思うのですが・・・何でもかんでも絆と言えば視聴者の共感を得られるであろうという考え方に薄っぺらさを感じてしまいます。

    但し!最初にも言った様に、私個人的には今年の大河は結構喜んで観ています。何故なら、自分のよく知らない、興味の無かった時代を再度、検証することが出来たからです。
    大河のドラマとしての出来はともかくも、当時の武士の位置付けや貴族方との関係や時代背景など、平安期は全く興味の無かった私が少なからずも、勉強してみようかと思った事に対しては、さすがNHKと感じました。
    大河の内容を鵜呑みに出来ないからこそ、自分で調べ、納得し、時代背景や人物相関が分かると、更に突っ込んで調べてみるといった、ここ数年の戦国BIGスリーが主人公だった大河に比べ、俄然!見る気と向学意欲が違うのです!
    昨年の様に馴染みがある時代だと、余りの惨さにテレビに向かって真剣に突っ込んだり、途中から耐えきれなくなり観るのを断念するなど、一般大河ウオッチャーとしてあるまじき行為へと走ってしまうのです。
    そう考えれば、今回の平清盛はまさに私にとっては未知の世界!新たな歴史の扉が開かれたということです。
    何でもそうですが新しいものに触れ、発見することはまさに智の要求を満たすことでもあり、「智の快」とでも言うべき素晴らしき発見です。私は両師匠ほど読書はしませんが、本を読み、映画を観ることで様々な疑似体験が出来るのも「智の快」であり、我々が心の豊かさを得るために必須だと思います。
    時代はあくせくし、心の安寧を求めることは日々難しくなっています。心因性の疾病が増加し、様々な症例として存在するのも事実です。このちょっとした「智の快」の中に心の闇や、埋めることの出来ない隙間を埋めてくれるヒントがあるのではと思います。
    話がまたもや大きく逸れましたが、大河ドラマも見方によっては心が豊かになるのだなぁという壮大なお話でした・・・足りないモノは補填しながら観る、それが昨今の大河ウオッチャーのお作法なのです・・・

    三浦寛 操体人生46年の集大成 ”操体マンダラ Live ONLY-ONE 46th Anniversary”は2012年7月16日(海の日)に開催致します。

    2012年秋季東京操体フォーラムは11月18日(日)津田ホールにて開催決定

  • Viva 2012年

    またしてもやって来ました、一週間お世話になります出雲之国住人、福田です。宜しくお願い致します・・・
    一年は早いものであ!っと言う間に梅雨時期へと突入してしまいました。来月は私の誕生日が来るので又、年を一つ戴かねばと微妙な時期でございます。
    2012年と言われてピンと来る方はよっぽどマニアですが、そうで無い人でも今年は何だか変な年だなぁなどと思われているのではないでしょうか。
    突然の落雷やピンポン球クラスの雹が降るなど、急激な天候の変化。原発を含めた今後の世界における次世代のエネルギー供給問題。EU圏における不安定な経済状況など、日本に限らず世界のあちらこちらで様々な問題が噴出しています。

    そもそも、2012年は「マヤ暦の黙示録」「フォトンベルト」「アセンションなど、私の様に幼少の頃から“ムー”を愛読書としていたものにとっては、2012年とは盆と正月が一緒に来る様な年なのです。
    マヤ暦に関しては12月22日にマヤ暦のカレンダーが全て終了ということから、滅亡説があると言われているそうで・・・因みにアステカの「太陽の暦石」にも同様の記述があり、現代文明は5番目の文明にあたり、2012年12月22日に地球の大変動で破局を迎えるとされているようです。
    ただ、ノストラダムス時ほどの盛り上がりは日本には無く、ノストラダムス・シンドローム的社会を巻き込んでの狂乱ぶりは無いようです。
    フォトンベルトに至っては昔から天体系が苦手な私にはイマイチピンと来ない部分もあり、銀河が整列するとか、地球の自転が逆転するなど、余りにも色々な事が言われ過ぎていて、5月にメディアも総動員で大騒ぎだった金環日食も一連の流れで、それを期に銀河整列が進むなどと、信者の方々は色々と想像を膨らませて真剣に議論しているようです。

    まぁ人間自分に都合の良いものだけ信じたがるところがあるので、否定はしませんが、私自身が最も興味をひいているのはアセンション(次元上昇)」ですかねぇ。実際にアセンションはすでに1987年から次第に始まっており、2012年の冬至にピークを迎え、2020年頃までに終息をすると言われているようです。
    次元上昇する位相が、四次元世界である説と五次元世界であるという2つの説があり、2000年〜2005年までの5年間は”混乱の時”であり、2006年〜2010年までが”浄化の時”であると言われています。
    ここで注目したいのは、人間的には「精神世界へ突入する」というところです。
    でも、人々の日常生活は変わらず、気付いた人々の気付きが大きな地球規模で塊になり世界を変えるという考えです。
    これは以前、フォーラムブログで畠山先生も“楽と快の違いで起こること(3)”
    の中でも書かれていますが、日本は今、陰の時代に突入しており、これからの時代は、より精神性を高める意識を持ち、気付きを得られる人が生き残る時代とも言われています。たくさんのお金、高級外車、美食など目に見える物質面を追求してきた、陽の時代からの変換を求められています。

    更に好意的な人々の説によると、今回のアセンションは、日本がその中心と定められているらしいのです。人種差別がなく、異なった宗教が争うことなく共栄しており、争いを好まず和を重んじる日本人の精神性が成功につながりやすいからだそうです。日本人は来るべき大変化においてきわめて重要な役割を担っており、日本人はそれに目覚めさせられるのを待っている状態にあるようです。
    まぁこの説に関しては鵜呑みに出来ない部分もありますが、八百万の神が集う出雲之国住人としては、私心の無い神様的な方が出現するのを待つのみです。ど〜考えても今の政治家にはその様な大人物は見当たりませんし、ひょっとしたら民間の肩書きも何も持たない人物が、世界を救うかもしれません・・・
    2012年残り半分、何事も無い様に進んでくれることを、日の本の島の根っこから見守りたいと思います。

    三浦寛 操体人生46年の集大成 ”操体マンダラ Live ONLY-ONE 46th Anniversary”は2012年7月16日(海の日)に開催致します。

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  • パワーストーンとトロールビーズ。

    一昨年、初めてスペインへ行くということで、本を一冊買った。「世界最速でアミーゴができる」というキャッチフレーズで「柔らかくて毛深いスペイン語の本」というのも面白かった。「柔らかい」というのは多分スペイン人が愛してやまない、国民的英雄のサルヴァトーレ・ダリの「やわらかい妖怪」とか、時計が溶けている絵から来たのではと思う。著者のブルーシャ西村女史は、バルセロナに留学し、絵画の勉強とスペイン語を学んだ。その後、スペイン語教師の資格(ディプロマ)まで取得した。その後、アメリカに渡り、現在はブルックリン在住、ユダヤの方からハイジュエリーのデザインと製作法を学び、オーダーメイドのハイジュエリーを作っている。スペイン語の感想を書いてメールを送ったところ、すぐ返事を下さった。その後何度かやりとりをしている。ブルーシャさんは年に一度日本に帰国するのだが、その時は出版社が開催する食事会があるということで、早速参加することにした。新宿の「美々卯」に集まったメンバーの前に、ブルーシャさんがにこやかに登場した。ロングヘアのキュートな女性である。

    世界最速でアミーゴができる!スペイン語入門―柔らかくて毛深いスペイン語の本 (CDブック)

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    参加者はそれぞれ自己紹介をしたのだが、その時私は気がついた。ブルーシャさんは実はニューヨークで霊能者としても活躍されている。参加者は私以外、霊能者としてのブルーシャさんに会いに来ていたのである。私だけが、スペイン語の本を書いた先生として参加していたのだ。
    参加者の中には「レイキをやっている」とか「ソーシャル・ワーカーをやっている」など、様々な人がいたが。「ブルーシャ先生に作っていただいたブレスレットを最近買いました。『恋人ができる』っていうブレスです。今から楽しみです」とか「ブルーシャ先生のブレスレット、二つ目です」という話を聞いた。ハイジュエリーを作っているのだから、貴石を使ったブレスレットを製作するのは当然だが、参加している方々の手元を見ると、皆さん、ブレスレットをつけているではないか。なるほど。スピリチュアルな力のある方が作ったものなら、パワーがあるのだろう。

    昨年、一昨年と島根の玉造温泉に行った際、さすが玉造というだけあって、曲玉をはじめ、色々な貴石やパワーストーンを売っているところがある。ここに入ると二時間位は入りっぱなしなのだが、とにかく石が沢山あるのだ。特に昨年は石愛好家が揃っていたので、相当長い滞在になった。パワーストーンには、それぞれ効能があり、説明されていることが多い。恋愛に効くとかビジネス運アップとか。また、治療家の中には、邪気を払うという目的で、石のブレスレットをしている人もいる。最近は男性もブレスレットをしている人を多く見かけるようになった。
    フォーラムの実行委員の中にも、ブレス派が何人かいるが、これも常日頃からつけているので、皆結構サマになっている。
    ジーパンを普段履かない人が、たまにジーパンを履くと「日曜日のお父さん」みたいになることがあるが、ブレスレットも同じで、日常的に身につけていると、馴染んでくるものだ。ブレスもたまにしかつけないと「何だか浮いて見えちゃう」のである。やっぱり慣れなのだろう。

    私はパワーストーンのブレスよりも凝っているものがある。それは、デンマークの名産品、トロールビーズである。飛行機の機内誌で最初に見かけたのだ。それは、男性向けのものだった。ブルーと紫のビーズに、シルバービーズが混ざったものだった。その後、調べて見ると、トロールビーズというのは、男女兼用であり、ビーズをつけた人に幸運が舞い込んだという噂から人気を呼び、誕生日に一粒とか、記念日毎に一粒というように、時間をかけてコレクションする人が多いとのことだった。とにかく、見ていて飽きないし、何よりも美しい。
    http://www.trollbeads.com/ (英語版) 
    http://www.trollbeads.jp/ (日本語版)

    また、ビーズには一つ一つ名前がついており、固有の意味を持っている。今年の春夏コレクションは、爽やかなグリーン系が多いようだ。東京都内だと、銀座の松屋一階にショップがあるので、是非現物を見ていただきたいと思う。トロールビーズは男女を問わず楽しめる。レゴや家具のイケアもそうだが、デザイン力で売るのは北欧の強みなのかもしれない。
    これは「父の日コレクション」だ。 

    アンバー(琥珀)のキットだが(自分が欲しくなってきた・・・)琥珀にチェーン、ごつめのロックを選んでシルバービーズをあしらえば(想像がふくらむなぁ)ダンディなお父さんにも、ビジネスパーソンにもぴったりではないか。

    2年程前、デンマーク大使館で開催されたトロールビーズのプレス発表会に抽選で当たったことがある。ペア3組6名が招待されたのだが、私の執念(?)が実ったのか、それとも優良顧客リストに入っていたのか(笑)、当たってしまったのである。ということで、光りもの(ガラスとか宝石とか貴石とか)が好きな師匠に声をかけた。デンマーク大使館は代官山にあるので、三茶からはタクシーで五分程度である。会場に着いたところ、招待状にミスがあり、一時間半待たされることになったが、そのお侘びとして、トロールビーズ・ジャパンから師匠と私それぞれに、ビーズ(日本未発売のものも混じっていた)と、シルバービーズが贈られたのである(感激)。
    それ以前から、私はトロールビーズ大好きだと騒いでいたのだが、その辺りから師匠もトロールビーズに対する興味が増したようである。


    「私はトロールビーズが好きで〜す」と、日々宣言しているせいか(笑)、今年の誕生日にも何個かビーズをいただいた(くださった皆様、ありがとうございます。ホントに嬉しいです)。思わずニヤニヤしてしまう位、嬉しいのである。中には「すでに持っているのをもらっても、嬉しくないでしょう」という心配をする方もいらっしゃるが、そんな事は全くない(笑)。同じのを二つ持っていても三つ持っていても好きだからいいのだ。

    この話を師匠にしたところ「いいなぁ。オレも誕生日にトロールビーズ欲しいなぁ」というお言葉が。
    「オレもトロールビーズが好きだってことを、ブログに書いとけ」

    というわけで書いている次第です(笑)。9月13日には是非トロールビーズをお贈り下さい(笑)。

    一週間ありがとうございました。明日からは島根の福田画伯の担当です。

    三浦寛 操体人生46年の集大成 ”操体マンダラ Live ONLY-ONE 46th Anniversary”は2012年7月16日(海の日)に開催致します。

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  • パワースポット その2 瑞鳳殿

    出雲大社伊勢神宮など、誰もが知っているパワースポットの他に「自分だけのパワースポット」があってもいい。というか、その地を踏みしめるとパワーがあふれてくる、そんな場所がある。私の場合もいくつかあるのだが、その中の一つを紹介しようと思う。
    それは、仙台の瑞鳳殿だ。ここは伊達政宗公の墓所である。
    生前、政宗公は遺骸を仙台城下の南西部にある経ヶ峯に墓所を葬るべしと遺言していた。瑞鳳殿は、二代藩主、伊達忠宗は遺言に従い、政宗公逝去の翌年、寛永14年(1637年)、経ヶ峯に、青葉城に正面を向けて、政宗公の御霊屋(霊廟)瑞鳳殿を建立した。瑞鳳殿は、本殿・拝殿・唐門・御供所・涅槃門からなり、桃山文化の華麗な建築を誇った。
    なお、伝説として伝わっているのが、政宗公は、奥羽地方で隻眼の聖人とあがめられていた万海上人の生まれ変わりと言われているが、経ヶ峯の瑞鳳殿の隣から、万海上人の墓所が見つかっている。それだけでも愛好家にとっては感激モノなのである。
    瑞鳳殿wikipediaより)

    昭和6年に国宝指定を受けたが、昭和20年の空襲で全焼した。その後発掘調査が行われ、昭和54年(1979年)、瑞鳳殿の本殿・拝殿・涅槃門・御供所が再建され、翌1980年(昭和55年)に瑞鳳殿資料館が新設された。

    私は子供の頃から、仙台の英雄、政宗公のファン?であった。慶長遣欧使節団にも興味があった。2010年、マドリッドでフォーラムを開催した際、私は慶長遣欧使節団が、マドリッドを経由し、そこからローマに入ったことをテーマに考えてみた。
    慶長遣欧使節団は、伊達政宗公が「日本国王」として、ローマ法王に対し、支倉常長を団長として派遣したものである。約400年前に仙台郊外からサン・ファン・バウティスタ号という船が出立し、1年かけてスペインに上陸した。仙台生まれの操体が、400年の時を越え、マドリッドに降り立つというのは、まるで暗号のようでもある。私は仙台の市立博物館を訪れ、学芸員の方に相談し、資料を拝借したりして、発表スライドを作成したのである。

    最初に読んだ歴史小説が小学2年の時の「義経記」だったのだが(誕生日に父が買ってくれた)、歴史小説、歴史好きはこの頃からだったのだと思う。また、小学校3年の頃には、友人宅にあった「まんが日本史」を友人よりも早く読み切った記憶がある。友人の親御さんは、なかなか本を読まない我が子のために、わざわざ学研の「まんがシリーズ」を買い与えたのだが、おそらく殆どは私の役にたっていたのだと思う。友人は「サザエさん」とかは読んでも、日本の歴史をマンガでは読まなかったからだ。その後学生時代は山岸涼子の「日出処の天子」を読みふけり、大化の改新あたりは相当詳しかったのである。

    日出処の天子 第1巻 完全版 (MFコミックス)

    日出処の天子 第1巻 完全版 (MFコミックス)

    というわけで、源氏贔屓というか判官贔屓というか、戦国武将だったら伊達政宗公という図式が幼少時からアタマの中に組み立て上がっていたのだ。

    さらに、仙台の瑞鳳殿の地区は、御霊屋(おたまや)と呼ばれており、仙台の中でも高級住宅地エリアにあたる。私の叔母は若くして夫を亡くし、御霊屋にある社員寮の寮母さんをしており、割と小さい頃から「御霊屋エリア」は親しみ深いところだった。
    瑞鳳殿の再建から二年後、1982年に東北新幹線(大宮−盛岡間)が開通した。開通当時は大宮までライナーで移動し、そこから新幹線に乗っていた。開通直後、父と二人で新幹線で仙台に行った記憶があるが、揺れが少ないので感動したのを覚えている。東北新幹線開通のお陰で、仙台はとても近いところになった。

    そして、1987年(昭和62年)、大河ドラマ独眼竜政宗」が放送された。東北新幹線の便利さも相まって、瑞鳳殿は仙台の観光スポットとなった。

    日曜の夜は結構遊びに行っていたのだが、私は遊びに行かず、このドラマを見ていた(笑)。
    詳細はサイトを見て頂くか、DVDを借りて見て頂くのが一番いいのだが、キャストが豪華である。このへんは長くなるので割愛するが、今年の正月はDVDを借りてきて改めて「やっぱり何度見ても面白い・・・・」と感慨にふけっていたのだった。何せ、生涯のライバル、最上義光原田芳雄が演じ(最初のキャスティング松田優作だったらしい・・・)、秀吉を勝新太郎が演じ、片倉陰綱(片倉小十郎)を西郷輝彦が演じ、伊達成実三浦友和が演じ、母義姫は岩下志麻、父伊達輝宗北大路欣也、正室愛姫は桜田淳子、少女時代の愛姫は後藤久美子淀君樋口可南子(結局書いてるじゃん)というくらくらするような豪華キャストである。

    ちなみに、政宗公の父、輝宗公の拉致を首謀して失敗した二本松城城主、二本松義継は、畠山義継とも言う。まあ、東北(特に気仙沼とか)は、やたらと畠山が多いが、多分私の遠い先祖も関係していたに違いない。
    そんなことを考えると、何だか面白いではないか。
    そうなのだ。
    瑞鳳殿は私のパワースポットなのである。
    仙台駅からタクシーだったら5分足らずで着く。タクシーだったら参道まで上がってくれるが、バス(るーぷるという周遊バスあり。時間がある方にはお勧め)で行くと、しばらく急な坂を登ることになる。
    幅広い石段を暫く登ると、瑞鳳殿の入り口が見える。朝早めに行くと人がいないので、石段から左右にそびえ立つ樹木が見え、太陽が丁度正面に見える。このシーンは何度体験しても新鮮だ。拝観料を払い、お手水を使ってから早速門をくぐる。急な石段を何段か登ると、鮮やかな霊廟が目に入ってくる。桃山様式の美しい建物だ。これは再建されたもので、鉄筋でできているが、今後、本来の木造建築に戻そうという話があるらしい。話によると、元々はこのように華やかではなく、華やかな桃山様式の霊廟は、黒漆で塗られていたともいう。つまり、政宗公逝去後は、黒漆の地味な?霊廟なのだが、年月を経るにつれて、漆が落ち、中から色鮮やかなものが現れるという仕掛けだったとも言う。
    お洒落なオトコを「伊達男」というが、さすが伊達男の元祖である。都に近い大名達も「ひなのきじん」つまり、田舎なのに何であんなに洗練されてるんだ?と言ったらしい。

    そして、私のところの屋号「TEI-ZAN操体医科学研究所」は、元々「貞山療術院」と言う。「貞山公」というのは、政宗公の諡号でもあるのだ。開業の際は瑞鳳殿を参拝し「お名前をお借り致します」とお願いした。勿論仙台に行った際は、必ず瑞鳳殿のお参りに行き『殿』にお礼を申し上げるのである。

    勿論、仙台に行く際は、郊外の葛岡霊園までタクシーを飛ばし、橋本敬三先生に会いに行く。こちらも私にとっては凄いパワースポットである。

    三浦寛 操体人生46年の集大成 ”操体マンダラ Live ONLY-ONE 46th Anniversary”は2012年7月16日(海の日)に開催致します。

    2012年秋季東京操体フォーラムは11月18日(日)津田ホールにて開催決定

  • パワースポット その1

    来年は出雲大社伊勢神宮のダブル遷宮なので、是非行きたいと計画を練っている。
    ダブル遷宮だから出雲と伊勢いかない?と、友人にFacebookで伝えたところ「それだったら、天孫降臨の地、九州の高千穂はどうか」「諏訪大社はどうだ」という話になった。最後は師匠が「平清盛」を見て「宮島にも行きたい」と言い出した。
    高千穂行って出雲行って宮島行って、伊勢行って、諏訪大社行ったら一体何日かかるんだろう(笑)。面白そうだけど。

    数年前、出雲大社本殿の「八雲」が公開された事があり、行ってきたことがある。
    フォーラム理事、福田画伯の案内で松江市内から大社まで色々回ったが、東京にはない雰囲気を全身で感じとった。明治神宮にも行くことがあるが、やはり「テイスト」が違う。

    暦では10月を神無月というが、それは神様達が会議のため出雲にお集まりになるからである。島根では10月は「神有月」という。流石神の国だ。実を言えば、お蕎麦が美味しいのも、実は砂地のためぶどうがとれるので、ワインの産地であるというのも楽しみのうちなのだが。また、松江と言えば私が好きな小泉八雲の住まいがあったところである。
    八雲の作品は、現在「青空文庫」で読むことができるが、私がお勧めするのは、妻、小泉節子が書い「思い出の記」だ。これも「青空文庫」で読むことができる。日本を愛したすこ〜し偏屈な外国から来たダンナ様の思い出は、少し目がうるうるしてしまうかもしれない。

    ウエスト・サイド・ストーリーのジョージ・チャキリスが八雲を演じた「日本の面影」は今でも印象深い。

    出雲大社のその帰り、大阪を経由して伊勢神宮に行った。真夏で暑かったので、タクシーで回ることにした。タクシーの運転手さんが「最近『オーラの泉』(懐かしい)で、美輪明宏さんが月読神社を紹介してから結構女性に人気があるんですよ」と言っていた。寄りますか?と聞かれたが、時間がなかったのと、猿田彦神社に行きたかったので、この時はパスした。
    猿田彦大神は、ものごとの最初に御出現になり万事最も善い方へ“おみちび き”になる大神である。私が「大阪の兄さん」と読んでいる荒木氏が「猿田彦フォーラム(現在は解散)」に参加していたのと、何と私が大学時代「小泉八雲」のゼミ担当だった、早稲田大学から来ておられた池田先生も猿田彦フォーラムの幹事をされていたという偶然があったからだ。また「大阪の兄さん」こと荒木氏は、猿田彦神社の裏手の神様に供える稲を植えてある田んぼで田植えをしたそうなので、田んぼの写真を撮りに行っただ。「御田祭」というらしい。

    また、猿田彦神社の中には「佐留女神社」がある。天宇受売命(あめのうずめのみこと)がまつられている。天宇受売命は、天照大神が天岩戸(あめのいわや)に籠もられた時、岩戸の前でいわゆるストリップをした(お神楽)という芸能や習い事の神様である。日本で最初の女優とも言われている。「佐留女(さるめ)」というのは、旧約聖書サロメにも通じるものがあるのでは(どちらも色っぽい踊りで有名)という話もあり、興味はつきない。
    「俳優」という言葉は「ワザオギ」と読むそうだが、わざおぎ、神楽、技芸、鎮魂の祖神とされている。芸能関係の人達の参拝も多いらしい。私も芸事(操体?)が上達しますようにと参拝してきた。私が好きな女神様である。

    その後外宮、内宮をまわった。内宮の本殿は、柔らかい波動に包まれていた。

    翌年、ご縁があって再び伊勢に行ったが、その時は月読神社に参拝した。静けさに満ちており、清らかな感じがした。荘厳な神殿があるわけではないのだが、これが「イヤシロチ」なのだなと思った。

    伊勢に行く前に、福田画伯「伊勢と出雲は波動が違います。伊勢はやっぱり女性的な柔らかい感じです」というアドバイスをいただいていたのだが、本当にエネルギーの感じが違っていた。
    こういうのも「感覚の勉強」なのだろう。

    ちなみに「聖俗」が混ざっているのが聖地たる所以らしい。ヨーロッパでは「この辺りに教会はあるか」というのは「この辺りに売春宿はあるか」という意味だったらしい。教会ならずも神社仏閣で一時聖なる雰囲気に触れた後は「精進落とし」をするのだろう。特に伊勢の神宮周辺は、芝居小屋から遊郭まで「エンタメ」の類は揃っていたらしいし、江戸時代のお伊勢参りは、「旅の恥はかき捨て」(男女問わずだそうで)だったらしい。

    神社に参拝する際は、自分の欲求ばかり述べるのではなく、最初にお礼を述べるのが礼儀と聞いた。また、お賽銭は投げるものではなく、ポチ袋に入れてすべらせるようにそっとお賽銭箱に入れるといいのだそうだ。自分だけお願いするのではなく、神様もねぎらって差し上げるのが吉。

    三浦寛 操体人生46年の集大成 ”操体マンダラ Live ONLY-ONE 46th Anniversary]”は2012年7月16日(海の日)に開催致します。

    2012年秋季東京操体フォーラムは11月18日(日)津田ホールにて開催決定

  • 外気功とレイキ。

    昔、飲み屋で外気功(医療気功。健康のための気功は内気功という)の先生にスカウトされ、外気功の修業をした(現在外気功治療はやっておりません)。
    私の少し後に、一人の女性が入門した。何でも北関東某所の健康ランドのようなところで、マッサージもどきをしているらしい。その女性、ある日突然「私は霊視ができる」と言い出した。何でも家出した姪っ子が数日後に帰ってくる方向と時間がピタリと当たったらしいのである。私は「ホントかよ」と思ったが、彼女は霊感占いをはじめた。またまたホントかよ、と思った。
    というのは、何故か雑誌の懸賞に当たって(笑)ある霊能者の女性にチャネリングしていただいたことがあるのだが、やっぱり何だか違うのである。何と言ったらいいのか「醸し出す雰囲気」といううか何と言うか。

    私は当時既に操体をやっており、開業もしていた。操体はライフワークであると覚悟していた。
    一方、外気功に興味があって、外気功の先生のところに来る人達は、どうも色々なところを渡り歩いているような人が多かったような気がする。こう言うと、レイキをやっている方々に申し訳ないのだが「レイキは効かないから気功を勉強したい」という人が多かった記憶がある。勿論能力の高い方は、高度な癒しの力を持つことを知っているが、アテューメント(伝授)で、エネルギーの回路を開いても、中にはエネルギーの通りが悪い人もいるのだろう。

    外気功とレイキの一番の違いは、エネルギーの出所である。
    レイキは本人が宇宙のエネルギーを取り入れ流す中継点の役目を果たすが、外気功気功師がある種の秘伝によって、気を取り込み、患者から邪気を取り去り、その後気を流し込むのである。つまり、十分な充電が必要だ。システム的には、外気功のほうが「取り去り、注入」という手順を踏むので、強力なのはわかる。

    ここまで書いてきて、また気がついた。
    外気功の先生方は、内気功を「踊り」と呼んでいた。例えば「内気功?悪くはないけど、踊りだよ」。外気功の修業を大雑把に言うと、毎日気を練る鍛錬をし、先生に気の通り道を開けていただく。この繰り返しである。そのうち、気が身体を巡るのを体感できるようになり、操れるようになるのである。

    外気功の先生はガンなどの相当重篤な方も診ていた。

    さて、修業している身としては、伝授を受ければエネルギー回路が開き、ヒーラーになることができるというのは、少し簡単すぎないか?と思ったりする。最近は自分が癒されたいので「ヒーラーになりたい」という人が多いようだが、一流のヒーラーは、「いつの間にかこうなっちゃった」と言っているが、信じがたいほどの自己投資や修業を重ねているのだ。

    自分がやってみたいことを直感に従ってやるのは構わないと思うが、それが果たして「自分が疲れ切っているから」という理由や、「簡単になれるから」(まあ、国家資格や公認資格じゃないので、自己申告で「なれる」し)。

    確かに回路が開くと、通常よりは感覚が鋭敏になり、優しい波動が起こるとかキレイになるとか、お水が美味しくなるとか、ペットが元気になるとか、セルフケアというのはあると思う。その、優しい波動を用いて自己表現をするのは素敵なことだ。
    しかし、間に合っていない症状疾患を抱えた方々を治癒に導くというのはどうなのだろうと考える。

    なるほど、これは操体と同じで「健康な人(間に合っている)人が生活に活かす」のをお手伝いするのだ。
    「レイキは効かない」と、外気功の先生のところへ来ていた方々は、「生活に活かすレベル」のものを修得しているのに、「治療効果」を求めたのだ。それでは「効かない」というのも当然なのである。

    三浦寛 操体人生46年の集大成 ”操体マンダラ“Live ONLY-ONE 46th Anniversary”は2012年7月16日(海の日)に開催致します。

    2012年秋季東京操体フォーラムは11月18日(日)津田ホールにて開催決定

  • 秘伝。

    秘伝と言えば「月刊秘伝」(笑)。
    東京操体フォーラムも何度か取材して掲載していただいたことがあり、相談役の平直行氏が連載を書いたりしている。柳生心眼流の島津兼治先生がフォーラムの講師としてお呼びしたご縁から、京都にご一緒したり、勉強会に来て頂いたりしている。島津先生は「月刊秘伝」の顧問なのだ。
    島津先生から聞いて「なるほど」と思ったのは、秘伝というのは、実は非常にシンプルなものなのだそうで、だから一子相伝で伝えるのだそうだ。なるほど、と思ったものである。
    5月26日、青山スパイラルホールで開催された、「連塾 本の自叙伝」には、よく「月刊秘伝」に登場される、安田登先生(お能の下掛宝生流ワキ方)がゲストとして登場され、「リア王」、ダンテの「地獄編」を能的解釈で演じられた。お能にはあまり明るくないのだが、何だか凄いというのはこういうことなんだな、と思った。お能というのは、あの世とこの世の境目の話なのである。
    春のフォーラムの打上の席で、秋のフォーラムの講義をお願いしている太田剛氏が、「能」という言葉を聞いて「なんだそりゃ」「理解不能っす」「?????」という顔の若手に、「アレはタイムマシンなんだよ」と、説明してくださっていたが、確かにタイムマシンだよな、と思った。更に26日の安田先生と松岡正剛さんの話では、能というのは「あの世」と「この世」が入り交じっているんだな、というのをまたまた感じた次第である。100回見れば面白さがわかるというが、戦国時代の武将(例えば伊達政宗公も好きだったらしい)あれはナマで見るとわけがわからなくても何だか面白くなってくるのではないだろうか。歴史好きとして、武将がたしなむ能、茶道にももう少しつっこんでみたい。
    千夜千冊より『ワキから見る能世界

    ワキから見る能世界 (生活人新書)

    ワキから見る能世界 (生活人新書)

    秘伝と言えば、私が講習をしている「足趾の操法」、これは元々足操術の先生が仙台の温古堂に出入りしており、橋本先生に伝えたらしい。橋本先生が用いておられたのは、70歳から72歳くらいまでの短い期間だった。三浦先生は当時温古堂で修業中だった。私も「足操術」を知っているが、確か宮城の先生で、棒や指、手を用いて足の裏を刺激するのである。これはとにかく痛い。橋本敬三先生も痛いので、避けていた(笑)らしいし「あれは痛い」と三浦先生もおっしゃっていた。
    橋本先生はその「足操術」を、痛くないように改良したものをやっておられたのである。当時は「ゆらす」「おとす」「もむ」の三種類だった。
    その後三浦先生が幾つか操法を加え、更にきもちのよさが増す「おさめ」を導入された。そこに私が長年研究してきた「趾廻し」を加えたものが、「足趾の操法」として、一般社団法人日本操体協会が商標登録している。

    操体法東京研究会の定例講習でも少し時間を割くが、プログラムの都合上、多くの時間を割くわけにはいかない。なので、長年やっているフォーラム実行委員でも、勉強会などでやっているのを見ると、結構自己流になっていたり、作法が守られていなかったりする(やり方も随時進化しているので、変更になっている場合もある)。いずれにせよ、これだけでも立派な臨床になるものだ。

    本当はフォーラム実行委員の皆さんにも極めて頂きたいのだが(私がたまに勉強会で見る限りでは結構自己流になっている)、ななかなかそうはいかないらしい。しかし昨年、今年と何人かはゴールデンウィークの講習に参加して、見事なブラッシュアップをしていった。

    足趾の操法は、一見すると簡単そうに見える。操体の第一分析がはたからみると簡単そうに見えるのと似たようなものだ。しかし、実際にやってみると、左右のリズムを合わせるとか、ゆったりとしたスピードで、操者の目線を一点に定めて行うことが、そんなに簡単ではないことがわかってくる。最初はそんなものである。「ゆらす、落とす、揉む」の3つの中で、一番難易度が高いのが「もむ」である。これは一見すると「回している」ように見えるのだが、そうではない。回しているのではなく、揉んでいるのである。
    私はよく「オシッコを我慢してるみたいにやるな」(失礼)と、指導することがある。これは、ちゃかちゃかちゃかちゃかっ、とまるで尿意を我慢しているような感じに見える、早いリズムで行うことで、当然ながら被験者の快感度は低い。これを防ぐにはコツがある。

    コツがあるんですよコツが。

    長年教えていて、どうにか受講生が上手くできるように伝えたい、とずっと考えてきた。と、あるとき脳裏にふっとひらめいたことがあった。これだ!と、早速師匠にお願いして、模範実技をしていただいたところ、私のひらめきは間違っていないことがわかった。その時「ああ、これが秘伝っていうことなんだ」と思った。そんなに凄い事ではなく、シンプルなことなのだ。
    また、ケチだからではないのだが(笑)、秘伝は「人を選んで教えることが大事」なことも何となくわかった。
    だから、秘伝なのだ。

  • 千葉周作。

    時代劇が好きだ。福田画伯は千葉真一先生のJAC系時代劇が好きだそうだが、私は葉村彰子系と必殺系が好きだ。この点で既に相当マニアックだが、先日「千夜千冊 遊蕩編」の1252夜「守破離の思想」を読んで  非常にインスパイアされた。「守破離」を改めて考えたのである。ここ一ヶ月の私は「守破離」を考え続けているのだ。
    できれば、上記サイトをプリントアウトしてじっくり読んでいただきたい。何かを「学ぶ」という姿勢と、弟子と師匠というものが見えてくると思う。

    その中で北辰一刀流千葉周作の「剣法秘訣」が紹介されている。
    私にとって「千葉周作」と言えば「江戸を斬るⅡ」で中谷一郎が演じていた周作である。
    中谷一郎と言えば、水戸黄門の「風車の弥七」だが「江戸を斬るⅡ」でも中谷は弥七と同じヘアスタイル(ヅラ)であった。勿論着物は弥七スタイルではなく、剣術家の格好で、確かおゆき(西郷輝彦演じる遠山の金さんの未来の奥さんで、魚屋の娘として乳母に育てられたが、実は森繁演じる水戸斉昭公の息女)が、剣術を習っていたのではなかっただろうか。

    また、私は全然知らなかったのだが、周作は「宮城県気仙村」の出身と書かれていた。気仙村とは、今の気仙沼本吉郡を含む。気仙沼と言ったら先の震災で津波被害に遭ったところだが、私の両親の出身地でもある。しかし、気仙沼近辺で「千葉周作の出身地」という話は聞いたことがない。もしそうであれば、土産物とか観光のネタになっているはずなのだが。また、もう一説では「宮城県栗原村」というのもあるらしい。こちらは偶然にも、わが師匠三浦寛先生の出身地である。聞いてみたが「聞いたことがないなぁ」という返事であった。そこで紹介されているのが、山岡荘八文庫の「千葉周作」である。早速買って読んでみた。

    千葉周作(1) (山岡荘八歴史文庫)

    千葉周作(1) (山岡荘八歴史文庫)

    千葉周作(2) (山岡荘八歴史文庫)

    千葉周作(2) (山岡荘八歴史文庫)

    こちらでは、周作の出身地は栗原になっている。血気盛んな若者時代から、江戸に出て腕を磨く様子が、周作に恋慕する三人の女性の話を絡めて進んで行く。この中で、周作は何度か立ち合いをするのだが、重要なのは技の修業のみならず、心の修養だとういうことが繰り返し描かれている。師匠が「お前のつるべは凍ったつるべだ。それでは私の井戸は汲めん」とか言われ、周作が成長するにつれ「お前は私の井戸をようやく汲めるようになったな」という「井戸」という言葉が印象的だった。

    その、千葉周作が書いた「剣法秘訣」の中に書いてあることを、松岡正剛氏が解説している。

    稽古とは何かを説いたもので、そこに「序破急の拍子を追うよりも、守破離の筋目を通すことが稽古に欠かせない」という、守破離の思想にずばり突っ込んだ興味深い説明が示されている。

    守破離といふことあり。守はまもるをいふて、その流の趣意を守ることにて、一刀流なれば下段星眼、無念流なれば平星眼にてつかひ、その流派の構へを崩さず、敵を攻め打つをいうなり。破はやぶるといふて、左様の趣意になじまず、その処を一段破り、修業すべきとのことなり。離ははなるるといふて、右守破の意味も離れ、無念無想の場にて、一段も二段も立ちたる処にて、この上なき処なり。右守破離の字義、よくよく味はひ修業肝要なり。 

    序破急は拍子であって、守破離は筋目なのだ。うーん、なるほど、これはまことに適確な言い方だった。拍子も筋目もどちらも肝要だが、筋目を知って拍子を打てばもっといい。周作はそのことに感づいていたのだ。(松岡正剛

    「理より入るは上達はやく、技より入らんするは上達おそし」(剣法秘伝より)

    おまけになるが、千葉周作道場の「入場心得」を見つけたので引用しておく。操体に接している時間はこれを守りたい(希望)と思う。

    一 禮儀を守るべし(礼儀)
    二 師言に背くべからず
    三 品行方正たるべし
    四 膽力を養生すべし(胆力 事にあたって、恐れたり、尻ごみしたりしない精神力。ものに動じない気力。きもったま)
    五 修行中は雑談喧譁すべからず
    六 人の技術を批評すべからず

    学校の体育の必須科目に、相撲か剣道か柔道が追加されるようだが、剣道を教えるにあたって、この6つの心得を指導すればいいのかもしれない。

    三浦寛 操体人生46年の集大成 ”操体マンダラ Live ONLY-ONE 46th Anniversary”は2012年7月16日(海の日)に開催致します。

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  • ボストン美術館 日本美術の至宝と美術展

    畠山裕美です。今週一週間、よろしくお願い致します

    先月のことになるが、上野の国立博物館に「ボストン美術館 日本美術の至宝」を観に行ってきた(6月10日まで開催)。
    諸般の事情で知人と行ったのだがやはり美術展は一人で行くに限る。もしくは、最初一人で行って、二度目は誰かと行くのがベストなのではないか。あとは、気心が知れた親しい人と行くに限るのではと思う。今回は、諸般の事情で、年上の男性方の手を引いて鑑賞することになったのだが(はぐれると困るから、畠山サンに手を引いて欲しいというリクエストあり)。知人の知り合いの方なので、「イヤです(にっこり)」とも言えず、リクエストにお応えすることになった。
    年配の方と言えど、途中で手をぎゅっと握られるというのは落ち着かないものである(笑)。まあ、今回は敬老孝行ということにしておこう(笑)。

    最近の美術展は音声ガイドがなかなか良い。今回の音声ガイドは女優の中谷美紀嬢だったが、今回は音声ガイドを聞くという選択肢がなかった。
    阿修羅展の時は確か黒木瞳さんの音声ガイドだったが、最近の音声ガイドは非常に出来がいい。六本木ヒルズ歌川国芳展を見た時も、音声ガイドを借りたが、これもなかなかよかった。
    結局は音声ガイドなしとありの両方を試してみてもいいのではないか。音声ガイドを聞きながらアートの鑑賞をするという事自体が「一人でじっくり見たい」という姿勢の象徴みたいなものか。

    高校時代、新宿の伊勢丹で「ダリ展」があった。同級生二人と行ったのだが、私以外の二人は、素描からじっくり見るタイプだったので、好きな絵を直感で選んで鑑賞する私とは全くタイプが違い、一時間近く待つ羽目になった。モトを取るため、全部見るぞ、みたいなスタンスで、その時「あ〜あ、今度から美術展は一人で来よう」と思ったのである。

    その数年後、英国の同じ年の男性と「ジャポニズム展」を国立西洋美術館に見に行ったことがある。日本に来ている外国の方なので、やはり日本とかオリエンタルなものに興味があったのと、興味が一致したので楽しく鑑賞したのを覚えている。アートの鑑賞はやはり波動が一致すると楽しいものなのだ。結局、同じ人ともう一度見に行った。今、彼はどうしているやら何だか懐かしい話である。彼、今は何をしているんだろう(笑)。スペイン人の母とのハーフで、なかなかいいオトコだったっけ。

    一昨年、初めてヨーロッパに行った時、マドリッドプラド美術館に行った。ここの見所はベラスケスとエル・グレコ、ゴヤなどである。ベラスケスは日本に来た時見に行ったが、やはり展示の雰囲気で変わるのだなと思った。ゴヤの「着衣のマハ」は昨年日本にも来ていたが「裸体のマハ」の隣に展示されているのが面白いと思った。思ったより小さい絵だった。
    昨年マドリッドに行った際は、ソフィア王妃芸術センター(プラド美術館の向かい)で、ピカソの「ゲルニカ」を見た。やはりマドリッドに行ったからには一度は見たいと思ったのだ。
    ソフィア王妃芸術センターには、ピカソの絵が数多く展示されている。私達は普段、作品の中のほんの一部しか見る機会がないが、数を多く見ていると、ピカソが単に極端にデフォルメした絵を書いたのではない、ということが何となく分かってきた。大量にピカソの絵を見ていると「ゲルニカ」の意味が何となく伝わってくるのである。これも実際美術館に行ってみないと分からないことだ。

    今回の「ボストン美術館」目玉、曾我蕭白(そがしょうはく)の「雲龍図」、長谷川等伯の「龍虎図屏風」は大迫力。尾形光琳伊藤若冲狩野派の名作が展示されている。これが日本のモノではないとは、何とも残念な事だ。
    明治の混乱期の廃仏毀釈で、多くの貴重な仏像が焼かれたりした。今ボストン美術館にある素晴らしい国宝級のコレクションもヘタをすれば焼かれてしまっていたのだ。今回は大規模なお里帰りなのである。
    今回は平安時代から鎌倉時代にかけての仏画が多く展示されていた。今は少々色褪せてはいるが、当時はさぞ豪華で美しい輝きを放っていたであろう、と私は夢想した。
    多分、コンピューター解析で、描かれた当時の色調を再現するのが、オリジナルと一緒に飾られるようになるのではと思う。
    今回「曼陀羅(まんだら)」と名の付く仏画が多かったのだが、調べてみると、、日本語では、重要文化財等の指定名称は「曼荼羅」に統一されているようで、要は仏の悟りの境地や聖域を描いたもの)は「曼陀羅」というらしい。

    「人体構造運動力学研究所」(所長 三浦寛先生)の壁には、巨大なマンダラが飾ってある。曼陀羅の見方はよく分からないのだが、多分金剛界曼陀羅である。絵柄からみると、日本のものではないようだ。治療に行かれる機会があったら、是非一度ご覧あれ。大迫力の曼陀羅である。

    数年前の「阿修羅展」は、最初確か4時間並んで見て、二度目は師匠を誘って行った。三度目は上野で拝顔した「薬王菩薩」「薬上菩薩」に再会したさに九州国立博物館まで見に行ったが、残念ながら薬王様、薬上様は太宰府には来なかったのである。上野とは展示方法が異なっていてこれもまたよかった。翌年、奈良に行った際、奈良の北村先生の案内で、東京操体フォーラムの同志達数人と、興福寺の宝物殿を訪れた。
    こういう見方もいいと思う。

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