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  • p1*[岡村 郁生(おかむら いくお)] 医療水準と操体、その五

    操体」と無理矢理結びつけ、考えているように見せかけているだけなのか。
    それとも、「操体」にほんの少しだけでも「問いかけ」ているのか。
    全く、自分自身の興味の指している方向ですが、ここまで書き留めています。
    そして、文章中には時に矛盾を感じるかもしれません。

    それが今週のテーマであり、「問いかけ」と思って頂ければ幸いです。
    人に許してもらえるのか,人として赦されているのか。
    もうしばらく・・・問いかけにお付き合い下さい。

    日本において、思想としては職業に貴賎はなく、何をしても自由ではありますが
    実際には、この世で本人が成している努力によって、職業は選択されてしまいます。
    いわゆる「報い」なのです。
    この「因果応報」とは、肉体を持っているが故に限定されるように思えます。

    医療のなかにもヒエラルキーはあります。介護のなかでもヒエラルキーはあります。
    ですが、「からだ」という世界共通の、最も”土台”たるべく確立された「イノチ」においては、
    少なくともヒエラルキーは存在していないようです。

    さて、現代の日本国を「家庭介護力」で対比してみると、60〜83歳の人口を100とした場合、
    40〜59歳の女性人口とは、フィリピン220、イギリス100、日本は80なのだそうです。
    なぜ男性を入れていないのかと言えば、女性の優位性にあると思います。
    医療では看護師を例に、男性看護師も多くなりましたが、やはり圧倒的に女性が多い。
    介護に関しても、やはり女性が多い傾向は同じなのです・・・が、それは他の理由があります。

    平成18年に行った男性介護士1285人を対象にして介護労働安定センターのアンケートによれば、
    男性介護士の離職率は圧倒的に多く、その理由としては・・・、
    ・待遇に不満(39%)・職場の人間関係(29%)・自分及び家庭の事情(20%)とあります。

    ちなみに介護業界に就職を希望する若い男性は年々減少傾向にあり、
    社会福祉学部を持つ大学では多くが定員割れを起こし、
    鳴り物入りで始まった2000年介護保険開始時の勢いを止めたのは一体何だったのでしょうか。

    多くの人は自宅で死ぬまで生きたいと願いつつ、実際は24時間見てくれる家族はいない。
    子供に迷惑を掛けたくない。介護が出来るような住宅ではない。
    そのような理由で、実際は最後に施設を探して・・・数十万人が老人施設への入居を待ち続けているんです。
    でも実際は、その前に病院に入院して亡くなっていくケースがほとんど。
    これが日本で亡くなること、つまり一般的な水準なのです。

    ちなみに、
    麻生元首相は、「四世代同居していたので介護の大変さは理解している。方向性は桝添大臣が正しい」と伝え、
    桝添元厚労省は「母親の介護で苦労した。介護はプロに、家族は愛情のみ」と答え、
    与謝野元財務相は、「子供に面倒みてもらえるとは思っていない。女房には迷惑かけられない。
    入れる施設があれば利用したい」と話しているんですよね。

    私は何も遺伝子治療とか、IPS細胞の可能性とか、最先端の機械医療に水を差すようなこと言いたいんじゃないんですよ。
    ただ、急性期における医療水準を上げていくことは華があります。
    しかし華は萎み次世代に種を残すように亡くなるのです。

    もっと身近に出来ることで、橋本敬三師が何を語っていたのか。
    それを踏まえて、医療と介護に限定せず、もっと真上の視野をもって問いかけに答えていきたいのです。

    一つに、地域包括ケアシステムとは「環境」であります。
    人が安心できる住まい、医療を受ける自由、永く流れる介護、未病となる予防、現物支給を守る生活支援、
    これらが一体となって、それぞれがそれぞれを共有で出来る価値を認め、一体的に提供されていることで、
    必要な「サービス」が、どこでも提供される地域。

    特に、住み慣れた「環境」で”自分らしい生き方”を通して、”生かされている悦び”を味わう。

    「ご先祖様、そして皆さんのお陰で 
     丸九十年生かされた。

     気持ちのよさには色々ある。
     その時よくても後で具合が悪くなるようではダメダ。

     原始感覚・・・。
     試してみて、その味を つかんで見るしかない。
                           おんころや」 〜イサキ2006年3月号〜
         
    ハイ!、それは・・・「極楽」ですよネ。
    ハイ!いつも、見守って頂いてのご指導、本当にありがとうございます。

  • p1*[岡村 郁生(おかむら いくお)] 医療水準と操体、その四

    国民全てが医療を受けることができる「国民皆保険」の仕組みを維持するために、
    皆さんなら、どのような提案を問いかけたいですか?

    1961年に始まった医療保険もそうですが、よく言われていることらしいのですが、
    社会保険のような仕組みとは面白いことに、25年〜30年は安定し、
    そこからは間に合うように修正を行うことが必要、
    つまり、進化にはさらに工夫が継続できる条件になるようです。

    実際、少子高齢化の進んでいる日本でも、今後医療費は増加していくでしょう。
    また、「介護保険」も2000年から始まり、既に数回の改正も行われていますね。、
    今年13年目を迎えますが、まだまだ順風満帆であってほしいものです。

    平成22年6月の読売新聞社の報道では、特別養護老人ホームに入居待ちしている人数、
    これが約42万人ですから、これをどう捉えるか・・・・。

    では、今後はどうでしょう?
    国立社会保障人口問題研究所が平成24年の3月に公表した統計によれば、
    日本の65才以上の高齢化率平成52年(28年後)には24%から36%となる予想でした。

    ここで皆さんにも問いかけたいのは、医療と介護を別々の物として分離してしまうことで、
    どのようなメリットがあり、デメリットが生じているのか、身近な「環境」と捉えて考えてほしいのです。

    例えば、急性期療養型病院に入院した高齢者の現在の医療保険では、医療的処置の必要性が薄くなった時点で、
    退院を促される仕組みなのです。
    つまり、医療費抑制のため緊急性を要する患者の受け入れ体制を維持する為、在宅療養を勧めるのです。
    ここで介護保険医療保険のスムースな繋がりとなれば万歳ですけれど、一般的な介護老人保険施設では
    医療的処置に対応することが困難であるため、介護療養型医療施設でなければ、受け入れができないのです。

    つまり、医療水準という現実は、医療保険の仕組みがあってそこに組み込まれているから起こっているのです。
    多くの人達は、出来ることなら自然に自宅で亡くなりたい・・・そう思っていることでしょう。
    では、実際はどうでしょう・・・平成20年の死亡者の場合ですが113万人のうち、
    自宅で亡くなっているのは約14万人、施設は4万人、その他3万人・・病院で亡くなっている方は92万人なんです。

    圧倒的過ぎますよ、ニッポンに住んでいたら、ほぼどんな病気であろうと「病院死」することになるんです。

    ここで纏めます。
    介護に移り変わる過程を、そして医療そのものを特別とする必要性はどこまであるのでしょうか?

    橋本敬三師はこんなことを書いて、誰でも死ぬ、死ねるんだ。誰でも老いる、老いる事が出来るんだと、
    私自身に問いかけています。それでも出来る事が充分にある。それが有り難いんだと感じているのです。

    「昭和56年の暮れからボケて来た 
     物忘れする一寸した事が思(い)出せない
      
     耄碌が始まったなと自覚した
     それがフッと思い出す 輝いて感ずる 嬉しくなる 

     最近は今の事すぐ忘れる
     他人様にご迷惑掛ける事が気になるが勘弁して下さい
     そう永い事ないと思うのでもうしばらく面倒みて頂きたい

     食物の味はボケない喰辛抱は生まれつきなのだろう
     有り難いと思っている
     量は3分の1になった すぐに満腹する
     耄碌にも楽しさがある
                58年10月はじめ おんころや」 〜イサキ2008年7月号より〜

                      
    感じたままに、答えをいくつも思考して、愉しめますね。ありがたいです。

  • p1*[岡村 郁生(おかむら いくお)] 医療水準と操体、その参

    以前京都大徳寺で開催した、操体フォーラムの際に聞いた話です。

    若い頃(失礼ですか)の北村翰男先生は、生前の橋本敬三先生に、、
    「これからの日本はどうなってしまうのでしょう?」と、やや心配そうに尋ねたそうですが、
    質問に含む不安感には関わらず(聴いていた私の主観ですが、一刀両断が如くス〜っとでしょうね)
    このように答えてくれたそうです。

    「まあ極楽だな」「極楽浄土だよ」・・・と。

    この言葉は、何を意味するのでしょうね、どう思いますか皆さん?

    例えばですが、現代は問題の答えに対する、根拠を示す必要があり、経験による効果のみ訴えても、
    医学においてはエビデンスありきを求められる為、多くの場合まっとうに相手にされません。
    まあ、多勢に無勢という感じですね。

    しかし、その多くの根拠とは、集め終わった瞬間から過去のデータとなっているのも事実です。
    ですから私自身は言いきる責任、これをを果たす師の言霊こそ”悦”として感じたわけです。

    では、切り口を変えてみましょう。
    現代においては、医療管理+介護補助+生活支援+住宅環境改善+予防指導を、
    各地域で確立するための「地域包括ケアシステム」という仕組みが包括支援センターで行っています。

    要するに、必要に応じて30分以内に駆けつけることが可能な、日常生活圏内で行える仕組みで、
    高齢者を中心に「環境」の生活地域に準備される、現時点での医療水準向上への保険社会的な取り組みですね。

    これを調べてみましたが、まず厚生労働省が平成20年実施した「病院に対する全体的な満足度」によれば、
    外来患者の58.8%、入院患者の66.3%が満足と答えています。
    もう一つ、アメリカギャラップ社が平成18年〜20年にかけて実施している調査、
    OECD加盟国の地域医療満足度、及び医療制度への信頼度」においても、地域医療制度の満足度は64%、
    医療制度の満足度においては58%とありました。

    (しつこく)問いかけてみたいのは、医療技術の進歩は素晴らしいのに、なぜ満足度が低いのでしょう?

    調査上に多かった不満の理由としては、「待ち時間(の長さ)」「医師の説明(の不足)」が上位でした。

    WHOの執行委員会で、健康の定義改善を提案している項目「スピリチュアル」先進国でもあり、
    ロイヤルベビーの誕生で祝福に包まれる開かれた王室の国イギリスでは、
    病院側の取り組みとして、総合的、広範な医療知識を習得した「家庭医」という制度があるそうです。

    日本でもまだ少しですが、「総合医」という診療科目を提示して、ミクロ的視点からだけでなく、
    マクロ的視点を重視していこうとする病院も増えつつあるようですね。

    では、安心感に繋がるよい医師とはどのような姿勢が望ましいのでしょう?
    日本ホリスティック医学会長帯津良一先生は、著書中(ホリスティック医学入門)のなかで、
    参考にしておきたい、十箇条を挙げています。

    ・病状説明が簡単で要領を得ている
    ・説明する言葉の端々に、患者に対する思いやりと配慮にあふれている
    ・患者から説明を受けて不機嫌になったり、怒気を含んだ言葉を発しない

    ・いかなる状況にあっても、患者の希望を奪い取るような言動を弄(ろう)さない
    ・決して患者を見捨てない。どこまでも伴走していく覚悟がうかがえる(※)
    ・西洋医学のレベルは、あくまでも高いものを維持している

    代替療法に対して造詣が深く、それなりの見識と知識を有している
    代替療法にいそしむ患者に、いつも温かい目差し(まなざし)を注いでいる
    ・決して諦めない。患者を半歩でも一歩でも前進させようとする(※)

    ・人相がよい

    如何でしょう。臨生家も、指導者も、そして治療家も同様に、参考になる条件ではないでしょうか。
    私自身は「指導者」を自負するべく学んでおりますが、生涯を通じて「臨生家」でありたいのです。
    ですから(※)印をつけた文章の「決して諦めない」「決して患者を見捨てない」と言う言葉は、
    本当の自分自身でもあり、かつ良心の見守りでもあり、私自身の覚悟でもあることを再認識させてくれました。

    私自身が思うのは、受けた医療そのものでなく満足できない理由の一つに、拭い去れない不安もあるのでしょう。
    では一体、不安とは何でしょう?一体どうしたら無くすことが出来るのでしょう。
    ある直木賞作家は「安心感があるってことは、気持ちがいいってことだよね」と語っていましたが、

    東京操体フォーラムで、いつも三浦理事長の語っている「快」。
    「からだ」の要求をききわけて、「気持ちのよさ」を通して味わう。「イノチの要求」こそ「患者の要求」に適うという意味。
    このシンプルで、理に適った「操体」の臨生こそ、それを解決する最短ルートなのではありませんか。

    医療の水準を上げていくには、まず出来ることを学び、それを実践し、自ら律することでもあります。
    それは、橋本敬三師の意志でもあり、三浦理事長から受け継いでいくテーゼ(哲学思想)でもあります。
    橋本敬三師の意志を継ぐとは、師曰く、「師の成さんとしていたことを成す」ことであります。

    世界文化遺産と認定された富士山には登り口がいくつかありますが、どこからでも頂上付近になるにつれ景色は同じになります。
    維持するには、変化を厭わず向上心をもち、成さん為の上を目指してこそであり、維持する目標では・・と問いかけたいのです。いつも意志を頂いている「操体」に感謝。有り難うございます。

  • p1*[岡村 郁生(おかむら いくお)]『医療水準と操体その弐』

    高気圧の覆われた日曜日、参議院選挙開票も終わりました。
    新たに議員となった先生方は、投票した国民の期待を、汲んで頂きながら、
    今と昔の子供達が日本人であることに誇りを抱けるよう、励んで頂きたいと思います。

    さて、引き続き「医療水準」で問いかけます。

    どうして日本国の医療水準は、世界でも最高レベルだというのに、
    日本国民の信頼度・満足度はそれに見合っていないのでしょうね?

    まず、問いかけたいのは、日本国の新生児・乳児死亡率に関しては極めて低く、
    OECD経済協力開発機構)の中でも優秀な水準を維持しているのですが、
    それ以降の死亡率となると・・・つまり、幼児死亡率レベルになった途端、
    20年近く先進国のなかでも ”飛び抜けて”高いのだそうです。

    理由のひとつには、
    勤務条件と労働条件の負担となりやすい現在、小児科医師は不足しています。
    設備の整った病院でさえ、小児科医は需要と噛み合っていないのです。

    小さな頃、親を見て申し訳なく感じたり、感謝した経験は誰しもあると思いますが、
    夜間や休日に具合が悪くなった子供を、親は自分以上に心配するものですからね。
    今から数十年前までは、○○医院と標榜してあるだけの個人病院が多かったので、
    そこでは比較的、来院した年齢に関係なく、問診・視診から始まり、
    聴診・打診など”からだ”を通しての診察があり、安心感そのものを満たしてくれました。

    あれから数十年・・・もちろん一部ではありますが、
    今は患者の顔も見ないで診察可能?、モニター診察法とでも言いたくなるような、
    進化した診察法もあり、必ずしも”からだ”に触れる診察とは限らないようですね。
    (ちょっとした皮肉を込めたジョークです、過激な発言でしたら”今”お詫びします)
     
    ともかく、平成16年度日本医師会総合政策研究機構が発表している資料を紐解きます。
    すると、医療満足度の高い国は、フランス95.3%、アメリカ91.4%なのに対して、
    驚くことに日本は67.5%なのだそうです。

    そう。私が今日問いかけたいのは・・・「医療保険診療の今後のありかた」です。
    現在の日本社会では、40歳以上が被保険者となる介護保険により、
    医療と介護の結びつきは(数十年前では考えられなかった)当たり前になってきました。、
    例えば、「地域包括支援センター」によって高齢者に対する複合的・総合的なサービス援助を目指す施設として、
    社会的サービスだけでなく、そのコミュニティーによるサービス(ボランティアも含む)が結ばれています。
    保健師社会福祉士、主任介護支援専門員、介護支援専門員それぞれに、医療との連携を図るわけです)

    数十年前までは、医療は医療として”治療”を担当してきましたが、医療の本来あるべき姿として”予防・現状維持”こそ必要であり、
    今後はより一層の介護予防を、医療水準を向上する手段と社会の仕組みで結んでこそ、日本国民の安心感・満足感に貢献する未来なのです。

    橋本敬三医師は、当時の医師会会長にそのようなことも提言しているのでしたね。
    いや、まさに「操体」こそ、「環境」そのものに根付いているように感じませんか?

    何かを何処かから持ってきて取り入れる考え方だけでなく、
    もともとのある日本人の伝統にあるもの、つまり土台を顧みることが必要ですネ。

    そうすれば、少子高齢化が進んでいるのか。
    年金不払いとする若年層に歯止めがかからないのか。
    今回取り上げた小児科医師の深刻な不足さえも、様々な要因はシンプルになるのです。

    行動のある環境のなかで、生かされている「医療水準」の向上もあるわけです。
    それには、お互いが人ごとではないのです。
    つまり、有り難いとお互いに気持ちよく感じることなのでしょうね。

  • p1*[岡村 郁生(おかむら いくお)]『医療水準と環境』

    今日からのブログを担当します岡村です、一週間宜しくお願いします。

    いよいよ投票日、参議院選挙ですね。
    期日前投票者も過去最高らしく、前回の参院選に比べて10.9%も増えたそうです。
    どの党が国民の支持を得て、「美しい国日本」はこれからどのように進んでいくのか、
    しばらくは大きな国政選挙もありませんから、自己責任をもって投票は行きましょう!

    さて、今日はちょっと真面目な話をします。

    私達の住んでいる日本は、WHO(世界保健機構)も最高と評価としており、
    平均寿命・健康寿命(介護を必要としない年齢)は世界一!
    乳児死亡率は世界第三位であり、医療水準は素晴らしいものがあります。

    ただ、思ったより国民の医療に対する信頼度、満足度では、
    他のOECD諸国(=経済協力開発機構)に比べて低いらしいですね。

    なぜでしょうか?「環境」とはなにか・・・皆さんはどう考えますか?

    ”問いかけ”を今週のブログのテーマにしたいと思います。

    医療先進国である日本において、なによりも特徴的な事実とは・・・、
    基本的に、誰でもどこの病院でも受診し、国民ならば同様に医療が受ける権利、
    つまり医師に受診を拒まれることなく、本人の意志で選択できることであり、
    国民は皆、医療保険の被保険者であるということを約束されています。

    今まで、病院を利用したことのない方、そんな人は、まずいないでしょうね。
    これだけでも「恵まれている国」と、自覚する自己責任があると私自身は思うのです。
    この類い希なる「環境」だけでも、ああ、有り難いんだな・・と感じて欲しいのです。
    何でもそうです。「環境」とは、自分一人では気がつかなかった事実を教えてくれます。

    以前、東日本大震災の後、ブータン国王夫妻が来日した際の記憶ですが、
    その時に私達に語ってくれた内容は、私自身にとっても本当に感動できました。
    一部ですが”マイフェバリットノート”から抜粋します。

    「仮にこのような不幸から、より大きくより強く立ち上がれる国があるとすれば、
     それは、日本国と日本国民です」

    「他の国であれば国家を打ち砕き、無秩序、大混乱、
     そして悲嘆をもたらしたであろう事態に、日本国民の皆様は最悪の状況下でさえ、
     静かな尊厳、自信、規律、心の強さをもって対処されました」

    「文化、伝統、および価値にしっかりと根付いたこのような卓越した資質の組み合わせは、
     我々の現代の世界で見いだすことはほぼ不可能です」

    「すべての国がそうありたいと切望しますが、
     これは日本人特有の特性であり、不可分の要素です。
     このような価値観や資質が、昨日今日で生まれたものではなく、
     何世紀もの歴史から生まれてきたものなのです」

    「それは数年数十年で失われることなどありません。
     そうした力を備えた日本には、非常に素晴らしい未来が待っていることでしょう」

    将来を見据えて、決して日本の将来は暗いとか心配である等とか言わなかった。
    橋本敬三師も、日本は恵まれているんだヨ。心配しなくてもいいんだ。
    サービスしなきゃバチ当たるヨ・・と未来の私達に語りかけていました。

    そうだなあ・・・いつかそんなことできるとイイナ、
    いつかサービスってやってみたいもんだな・・・ですって!
    そんなこと思っているくらいなら、すぐに言葉にしてみなさいよ!!
    「さん・・ハイッ!!」

    「ありがとうございます、サービスします!」って声をあげる、ただそれだけです。

    その素直な”言霊”はあなたの”イノチ”に響くのです。
    自分自身を数倍、数万倍、いや80兆近くの細胞も、応援してくれることでしょう。
    一日のはじまり、日々の行動を活性化してスタートしたいものですね。

    では、皆さん祝福を自分自身に伝えてから、元気に行ってらっしゃ〜い!

  • 『子供に伝えたい操体法 7』

    『ことばは うんめいの ハンドル』

    よろこんだり たのしんだり かなしんだり おこったり
    きみの こころは いつも はれたり くもったりしている
    おそらの てんきと おんなじで はれたり くもったりしている
    こういうのを かんじょうの へんかっていいます

    かんじょう というのは こころが あちこちに うごくようすです
    こころは うつろいやすいから おもしろいけど むずかしいです
    つらいことや かなしいことが たくさんあって こころが ギューッと
    かたまって しまったら こころが くるしくなって びょうきになります

    こころが げんきでなくなったら ごはんも おいしくなくなるし
    こうえんで はしりまわるしまいます

    では どうすれば こころが げんきに すごせるのでしょう
    それは いつも きみが はなしている 『ことば』です
    わたしたち にんげんの うんめいは そのひとが はなしている
    『ことば』によって みぎへ ひだりへと ゆれてしまいます

    それは まるで おとうさんが くるまを うんてんする
    ハンドルを みぎに ひだりに そうじゅう するようなものです
    きもちよい ことばを はなしたら しあわせなことが やってくるけど
    きもちがわるい ことばを はなしたら つらくて かなしいことが やってくる

    きもちがよい ことばって どんな ことばかな

    きもちがわるい ことばって いったい どんな ことばだろう

    「ありがとう」って いわれると うれしくなるけど
    「ばかやろう」って いわれると ちょっと かなしくなる

    「しあわせだね」って いわれると こころが ほわんと あたたまるけど
    「しんでしまえ」って いわれると こころが かたまって つらくなる

    「あいしてる」って いわれると みるみる げんきが わいてくるけど
    「だいきらい」って いわれると どんどん げんきが なくなってしまう

    きもちがよい ことばは じぶんが いわれて うれしい ことば
    きもちがわるい ことばは じぶんが いわれて かなしい ことば

    きもちよい ことばを だれかに いうと あいても じぶんも うれしくなる
    きもちわるい ことばを だれかに いうと あいても じぶんも つらくなる

    おなじように ことばを つかうのならば あいても じぶんも うれしくなる
    ことばを つかったほうが なんだか みんな しあわせに なれそうだぞ

    おなじように ことばを つかうのならば あいても じぶんも しあわせになる
    ことばを つかったほうが なんだか みんな げんきに なれそうだぞ

    ことばは うんめいの ハンドル 

    きもちのよい ことばを はなせば きもちよい じんせいになる

    きもちわるい ことばを はなせば きもちわるい じんせいになる

    たいせつな きみたちへ しあわせな じんせいの ヒントを おくります

  • 『子供に伝えたい操体法 6』

    『わんぱくでも いい たくましく そだって ほしい』

    いっぱい ごはんを たべたら ほら 

    なんだか じっとしていられなくなっただろう

    げんきに からだを うごかしたくなっただろう

    きみたちは ゲームもだいすきだし 

    テレビも だいすきだよね

    でも おそとで いっぱい からだを うごかすと

    おうちのなかで あそぶのよりも うんとたのしいよ

    かくれんぼ でもいい おにごっこでもいい

    げんきいっぱい おそとで はしりまわると 

    きみのからだは もっともっと つよくなって

    もっともっと げんきになるよ

    しばふのうえで ねころんでみたり

    つめたい かわのみずを さわってみたり

    たいようのひかりを ぜんしんで あじわったり

    かぜが からだに そっと さわるのを かんじたり

    ぜんぶが きみたちの からだを つよくしてくれる

    ぜんぶが あたらしい よろこびを あじあわせてくれる

    もちろん きもちよくあそぶのが いちばんだけど

    そうたいほうの はしもとせんせいは いってるよ

    こどもは いしころのうえを あるきまわるだけでも

    しせいがよくなって からだがけんこうになるんだって

    こうえんに まるっこい いしが いっぱい あるよね

    そこにいって こんど おとうさんもいっしょに

    いしのうえで いっしょに あるきまわろうよ

    きみたちも おとうさんも いつも くつばかり

    はいているから さいしょは いたいかも

    しれないけど みんなで「イテテテテェ〜」って

    ちょっと いたいけど きっと たのしいと おもうよ

    ただし ひとつだけ おやくそくをしよう

    げんきに あそぶのは いいけど

    おともだちと けんかをしたり 

    おとなのひとが 「やっちゃダメだよ」

    ということは ぜったい やっては いけないよ

    いっぱいあそんで たのしくなっても

    ともだちと けんかしてしまったり 

    おとうさんや おかあさんから

    しかられてしまったら きゅうに かなしくなるだろう

    さいごに かなしい きもちに なってしまうのは やめよう

    だれも いやな きもちに ならなくていいように

    さいしょから さいごまで ニコニコ えがおで あそんでね

    そうしたら きみたちだけではなく

    いっしょに あそんでいる おともだちも 

    みんな たのしくて しあわせになって 

    いまより もっともっと なかよく なれるよ

    2013年7月15日(月)の海の日に、東京千駄ヶ谷 津田ホールにて、操体マンダラ 2013を開催致します。

  • 『子供に伝えたい操体法 5』

    『おいしくたべて げんきなからだ』

    まいにち たべている おかあさんの おいしいごはん
    おかあさんは いつも きみが げんきに なるように 
    いっしょうけんめい くふうして つくってくれているんだよ

    おかあさんの ごちそう のなかには にくが はいっている
    おさかなも はいっている やさいもはいっている 
    おこめも くだものも おまめさんも いっぱい はいっているよね

    ごはんを たべるときは おにくを たべたら
    もっと たくさんの やさいを たべたほうがいい
    そして やさいよりも ごはんや おまめ くだものを
    たくさん たべたほうがいいんだ
    でも たべすぎたら いけないから はらはちぶんめ にしようね

    おかあさんの おいしいごはんに はいっている ざいりょうは
    もともとは みんな きみと おなじ たいせつな いのちなんだ
    だから たべものになって じぶんの いのちが なくなるかわりに 
    きみの いのちを つよく げんきにしてくれるんだよ

    だから これは すき これは きらい なんて いわないで
    ぜんぶ ありがとうって かんしゃしながら おいしく たべるんだよ

    ごはんを たべる じかんは きみの からだを つよくするための
    たいせつなじかんだから てれびをみたりしないで ゆっくりたべるんだよ
    てれびを みたりしていると なにを たべているかが わからないし
    どのくらい たべたのか わからなく なってしまう
    ゆっくりと よくかんで たべれば たべものの ホントのおいしさがわかるんだ

    それと ごはんを たべるときの しせいも とても たいせつだよ
    うちは ざんねんながら たたみが ないから いすで ごはんを たべているけど
    ホントは おじいちゃんの おうち みたいに たたみに せいざで すわって
    たべるのが いちばんいいんだよ せなかが まるくなってしまうと
    せっかく たべたものが じょうずに えいように ならないからね
    だから てーぶるに てをついて たべるのも いけないよ

    きれいなしせいで きれいなこころで おいしく ごはんをたべて
    つよくて たくましい げんきな からだになろうね。
      

    2013年7月15日(月)の海の日に、東京千駄ヶ谷 津田ホールにて、操体マンダラ 2013を開催致します。

  • 『子供に伝えたい操体法 4』

    『いきをはいたり すったりしよう』

    キミは いきているかぎり いきを はいたり すったりしているよ

    それを コキュウ とよんでいるよ ぼくたちのからだは 

    いきをはいているときは キンニクが やわらかくなって よくうごくけど

    いきをすっているときには キンニクがかたまって うごけなくなるよ

    だからキミが おもたいものをもったり おともだちと チカラくらべを

    するとき かならず いきをはきながら ちからをいれると つよくなるんだ

    もしキミが おおきくなって かたがこったり こしがいたくなったりして

    からだのうごきが かたまってしまうことが あるかもしれない

    こんなときは このコキュウが へたくそのになってしまっているから

    もっとじょうずに おなかいっぱい コキュウする れんしゅうを してみよう

    こきゅうは はくコキュウと すうコキュウが あるんだけど

    からだを やわらかくするコキュウは はくコキュウだよ

    だから イキをおなかいっぱい すうれんしゅうよりも

    おなかから いっぱいイキをはく れんしゅうを するほうがいいんだ

    イスにすわっているときでも たってあるいているときでも

    よるねむってしまうまえでも あさおきてたちあがるまえでも

    キミはおへそのしたにむかって イキをふきかける れんしゅうをしよう

    ホントにはきかけなくてもいいんだ ただはきかけるつもりで

    おなかのなかにある イキを ぜんぶ はきだしてしまえばいいんだよ

    そうすれば キミのからだのなかの かなしいことや つらいこと

    びょうきのもとや おこりっぽくなる ムシがにげていってしまうよ

    しっかりと いきをはく れんしゅうが できれば

    あとはきれいなクウキが キミのからだ すみずみに はいってくるからね

    コキュウだけじゃなくて キミがだいすきな うたをうたったり 

    おおきなこえをだして すきなホンを よむだけでも れんしゅうになるよ

    2013年7月15日(月)の海の日に、東京千駄ヶ谷 津田ホールにて、操体マンダラ 2013を開催致します。

  • 『子供に伝えたい操体法 3』

    『ゲンキのよいからだ ゲンキのないからだ』

    いつもゲンキな キミだけど たまにカゼをひいたり 

    ゲンキがなくなったり することがあるよね

    そんなときは カガミで よくじぶんの しせいをみてみよう

    ゲンキがよいときの キミは せなかがのびてるけど

    ゲンキがないときの キミは せなかがまるまっていないかい

    もしかすると おカオも かなしそうな おカオに なっていないかな 

    そんな かなしいカオを していると まわりの おともだちも

    しんぱいになって かなしくなってしまうよ 

    もちろん おとうさんや おかあさんも しんぱいしてしまうしね

    ゲンキがないときは なんでもかんでも イヤになってしまうかもしれない

    おともだちが いやがらせをしたり おとうさんや おかあさんに

    いつもおこられているように かんじることも あるかもしれない

    でもそんなときでも まわりのみんなは キミのことを 

    ほんとうに だいすきだから しんぱいしているんだよ

    ボクたち ニンゲンの からだは きもちわるいことを やると 

    せなかがまるまってしまって かなしいカオになって ゲンキがなくなる

    でも きもちいいことを いっぱいやると しせいもよくなって

    おカオも ニコニコえがおになって ゲンキいっぱいに もどれるからね

    ウソか ホントか かんがえてみるまえに きもちいいことを

    いっぱいやってみるといいよ ハシモトせんせいが そういってるんだから

    もし だまされたとしても なにもしないよりも う〜んと いいことだよ

    キミは なにを やっているときが きもちいいと おもえるんだろうね

    おふろに はいって いる ときかな それとも 

    おかあさんの つくってくれた ゴハンを たべているときかな

    なかのよい おともだちと あそんでいるときかもしれないね

    プールに はいって うんどうしているときはどうかな

    いっぱいあそんで つかれて ねむっているときかも しれない

    だけど なにもしないで ラク しているのは いちばん バツ だよ

    どんどん こころと かだらが よわくなっていって しまうからね

    『カホウは ねてまて 』

    という むかしの ことわざがあるけど

    きもちがよいことは キミが じぶんで やってみないと わからないからね

    きもちいいことか きもちよくないことなのか 

    キミの からだが ききわけるんだよ

    それが おとうさんが ミウラせんせいをつうじて 

    ハシモトせんせいから おしえてもらったことなんだ

    2013年7月15日(月)の海の日に、東京千駄ヶ谷 津田ホールにて、操体マンダラ 2013を開催致します。