ブログ

  • ハマる

    何かを学んでうまくなるには、どっぷりとその中に浸かってみる事が必要です。
    上達には法則があり、一つの事に集中して得たものは一見関係のないようなジャンルの事でもその経験が生かされるようです。

    何かにハマる経験も後々役に立つ日がくるかもしれませんね。
    先日、趣味について聞かれた際にすぐに浮かんでこなかったのですが。
    読書とか音楽鑑賞とか無難なところになってしまいがちですが少ない中から挙げるとすればアサラトかなと思います。

    どっぷりとまでは中々いきませんが、少しずつ練習しています。
    身近にやってる人が少ないので資料を探すのも一苦労ではありますがいつかうまくなりたいです。

    ●上級者になる特訓法
    ・上達を極める10のステップ
    1反復練習をする、
    2評論を読む、
    3感情移入する、
    4大量の暗記暗唱をしてみる、
    6マラソン的な鍛錬をする、
    7少し高い買い物をする、
    8独自の訓練方法を考える、
    9特殊な訓練方法を着想するプロセス、独自の訓練から基本訓練に立ち返る、
    10何もしない時期を活かす

  • 型破りと型なし

    「型破りとは型のある人がやるから型破り。
    型のない人がやったら、それは形無し。」
    中村勘三郎

    確か赤めだかにも同じ様な内容の言葉があったかと思います。

    子供の頃から時代劇が好きで山本周五郎の長屋物を読んだり、落語を聴いてみたりしていました。今でも十代目金原亭馬生を中心にiPodに入れて時々聴いています。

    談志師匠といえば持ち時間のほとんどが枕であったり、最初にいきなり下げを言ってみたり、途中で鼻をかみにいったりと他の噺家のものとはちょっと違い好みが別れるようです。

    だからこそこの言葉は深いな、と思います。
    型を大事にしてきたからこそ言える言葉ですね。
    いつだったかの収録で、「うまくやるのなんかわけないんだから」と言っていたのが印象に残っています。

  • 型は大切

    物事を学ぶ上で型が重要であるということ何をやるにしても言われますね。

    初めて型を意識したのは中学生の頃でしたが、当時はよくわからず、これって意味があるんだろうか思いつつ、必要だから手順は覚えはするけども、という状態でした。
    今思えばなんともったいない事をしていたのでしょうか。

    型の大切さをわかりやすく?教えてくれるのがこの本です。

    気剣体一致の武術的身体を創る―ふたつとない姿態創造への道標

    気剣体一致の武術的身体を創る―ふたつとない姿態創造への道標

    私が得た武術的身体は、まさに型のおかげであり、型が私の身体であるとも言える。

    型そのものは実戦の雛形ではない。

    型が伝えようとしているものは、その動きの本質的な部分である。これは一般の眼では、いくら眼の前の型を見ていても見えてはこない。その見えぬものには「技」ばかりではなく、身体の在り方そのものも含まれる。

    操体で最初に学ぶのは身体運動の法則です。
    まずはからだが無意識に理にかなった動きができるまで繰り返します。
    これができないうちは介助はとても覚束ないことになります。

    一番最初に習うことは基本であり、極意でもある、と聞いたことがありますが確かにそうなんだと思います。
    じっくり時間をかけて、またそこに戻ってくるんでしょうね。

  • 「いのち」を養う食

    先日、我が家の炊飯器が寿命を迎えました。
    一人暮らしを始めた頃からのものなので、随分保った方だと思います。
    家電製品を見て回るのは半ば趣味のようになっているのですが、最近のは進化していますね。
    名前がおいしそうという理由で某メーカーの“極め炊き”を購入しました。
    ご飯がおいしいとうれしいですね。日本人でよかったと実感します。
    近頃の我が家の食事もシンプルになってきて、ご飯と味噌汁と他に一品あればいいかなと思うようになってきています。肴は別としてですが。
    操体で説いている歯の本数による食のバランスもそれで十分対応できます。

    森のイスキア、佐藤初女さんはいいます。

    昔、お米は神様のような存在で、一粒たりとも無駄にしてはいけないと教えられたものです。
    ところが、食が欧米化してご飯離れが進んで、ご飯が悪いという説まで出ましたね。「ご飯を食べると太る」といわれて、ダイエットをする人がおかずだけを食べるようになってしまったり。

    ご飯は私たち日本人の、食の基本になるものです。なぜなら、お米には「力」が宿っているからです。

    私はいつも、お米自身がおいしく炊きあがろうとする「力」を持っていると思っています。料理とは、その「力」を損なわないように手助けをすることです。
    そんなご飯を食べることによって、私たちはその「力」を体の中にいただいているわけです。

    大切なことですね。
    でも普段そこまで意識できていないことでもあります。

    興味があれば読んでみて下さい。

  • 〜続けるためには(7)〜

     ブログも今日で最終日ですが、
    一週間つらつらと「どうやったら一つのことを続けられるんだろうか」と書いてきました。
    ・あきらめない行動力
    ・まわりのご縁
    ・正師につく
    ・同志の存在
    ・初期衝動を思い出す
    ・自分の感覚を大事にする
    ・自分の意志を越えた何か

    私の経験を踏まえたうえで大事だと思うことを書いてみましたが、思いは人それぞれ。
    人の数だけやり方はありますし、考え方がありますがいかがでしたでしょうか?

    ■高校の頃に読んだスポーツ雑誌の記事。 
     芽が出なかったバスケを引退し、個人の力で勝負できる格闘技の世界に興味を持ち出していた頃。
    友人に勧められた雑誌は有名格闘選手が表紙の某スポーツ雑誌。
    急いで購入し、ページを開きましたが、私の目を引いたのは格闘技特集ではなく
    とあるマラソン選手のインタビュー記事。

    犬伏孝行元マラソン選手。1999年ベルリンマラソンで、日本人初の2時間6分台をマークし、
    当時の日本最高記録を保持していた選手。

    「努力は必ずしも報われるとは限らない。けれど努力しなければ何も始まらない」

    確か、そんな内容の言葉。

     一つのことを続けた先に「それを生業にしたい」という思いがあるなら、
    それなりの覚悟が必要ですが、必ずしもみんながみんな、成就できるわけではないと思います。
    その道が駄目で、進むべき道を変えざるを得ない事だってたくさんあると思います。
    私も紆余曲折して最後にたどり着いたのが臨床家という職業。
    結局これもご縁なんですよね。
    だからこそこのご縁を大切にしたいんです。

     何するうえでも、始めの一歩さえ踏み出せたら、覚悟ができたら、その道で成就しなくても
    「これだ!」と思える道にまた巡り会える。やってきたことがつながってくる。
    そんなふうに思える今日この頃。

     今日はこのへんで。
    一週間お付き合い、ありがとうございます。

     明日からは辻さんのブログです。よろしくお願い致します。 

     

     
     

  • 〜続けるためには(6)

     「鉄は熱いうちに打て」
    ということわざがあります。
     「鉄は熱してやわらかいうちには、打っていろいろな形にできることからいう。
    人間も、純粋な心を失わず、若く柔軟性のあるうちに心身を鍛えることが大事である。
    また、物事をなすときにも、熱意が盛り上がっているうちに実行することが大事であるということ。」
    という意味があります。(故事ことわざ辞典より)
    熱意があるうちに取り組んだほうが良いという意味があることは知っていましたが、
    若いうちに取り組んだほうが良いという意味もあったんですね。
    それこそ、若いうちに「これは!」と思えるものに出会えるということは
    ありがたいことなんですね。

     昨日はモチベーションを越えたところになにやら秘密がありそうだと書きましたが、
    やはり初期においてはこのモチベーションというものは必要になってくると思います。
    ロックなどでいうところの初期衝動とは「自分の原点、沸きあがってくる想い、感覚」。
    この初期の新鮮な気持ちをいかに維持していくか、そこから習慣化していけるか。
    習慣化といっても惰性になってしまっては元も子もないのですが。

    ■只今の感覚を大事にする
     惰性にならないためには、今それに取り組んでいる自分はどんな感覚なんだろうと、
    常に確認してみることが大事です。
    例えば、続けているうちに「できるようになった」というときの嬉しい感覚。
    「うまくできない」ときの悔しい感覚。
    その感覚を自覚し、じゃあ、そこからどうするかと思案してみる。
    何かを始め、何かを続けるということは自分と向き合い続けることだと思います。

    キング・カズ
     先日、「なぜ、キング・カズは走り続けられるのか?」といった記事が
    ネットに載っていました。

     キングといえばカズダンス。よく真似したもんです(笑)
    バスケが本道でしたが、キャプテン翼で育ってきましたから、サッカーもよく
    観てました。1993年にJリーグが開幕し、Jリーグチップスを買いあさり、選手カードを
    集め、ビックリマンシールさながらにみんなで見せ合っていました。
    そこら中から「オ〜レ〜、オレオレオレ♪」と流れてきて、休み時間はみんなでサッカーに
    興じ…おっと、話しを元に戻します。

     カズ選手が46歳という年齢で何故、現役を続けられているかというと
    自分の身体を客観視できる「内観力」なるものを持っているから。
    「内観力」とはコーチに言われるがままにトレーニングをするのではなく、
    自分の身体と向き合い、自分の感覚を大事にしながら、
    「こうすれば、もっと上手くなるんじゃないか」と自ら工夫する力だそうです。
    現役を続けていく中で素直に自分の向上を信じ、厳しいトレーニングを淡々とこなす。
    この「プロ意識」の高さがカズ選手をキングたらしめている由縁かもしれません。

     「感覚する」ということは操体の専売特許。頭で考えずに素直にからだで
    ききわけてみる。感覚しないということは自分に対して、イノチに対して無関心で
    あるとも言えるわけです。 
    経験上、自分のやっていることに対して無関心になってくると続かないんですよね…
    「これは!」と思うものに巡り会えたら
    ・初期衝動を時々、思い返してみる。
    ・取り組んでいるときは自分の感覚と向き合ってみる。

     鉄がさめないうちに

     
     今日はこのへんで。
    お付き合い、ありがとうございます。 

  • 〜続けるためには(5)

     今日は「終戦の日」です。
    この時期は、追悼行事が開催されたり、戦争を題材にしたドラマ、映画などが
    放映され、実際に戦争体験をしたことがない世代にも「他人事ではない」
    という心境にさせられます。
    また、戦争を体験された方々の「生の声」を直接うかがうことができれば
    いっそうその想いが強まってくるのですが、
    最近では戦争体験者の方々が高齢になってきているということで、直接お話しを
    うかがう機会が減ってきているそうなんです。

     私の祖父母も父方の祖母を除けばみな他界してしまいました。
    私は父方の祖母によくなついていましたから、今でも時々会話を愉しみます。
    つい先日も電話で盛り上がり、小一時間ほど話していましたが、
    話題は終戦当時にまでさかのぼりました。私の祖母は終戦を迎えた時、秋田におり、
    女学校を卒業したくらいだったといいます(確か16、7歳くらい)。

     終戦間際の8月14日から15日にかけ秋田の土崎港をターゲットにした「土崎空襲」がありました。
    秋田には油田があり土崎港の周辺に製油所があったために狙われたそうです。
    当時、祖母の住まいは土崎から6km範囲のところのあり、空襲警報が出たときには、
    マンホールの下で家族と過ごしていました。爆弾は直撃はしませんでしたが、
    「おっがねがったぁ」と身が縮む思いだったそうです。
    しかも、その時は雨が降っており、マンホールの下にいたために、布団などが川に流されたとのこと。
    笑って話してくれましたが、当時は生きるか、死ぬかの瀬戸際だったかと思うと
    自然と「生きててくれて本当にありがとう」という気持ちになりました。

     実際に体験された方々の「生の声」を聞くということは体験していない世代に
    「二度と戦争を繰り返してはいけない」と警鐘を鳴らす働きが大いにあるのではないでしょうか。

    ■受け継ぐということ
     
     私は直接橋本先生にお会いしたことはありません。
    しかし、愛弟子である三浦先生から当時の貴重なお話を伺えることがあります。
    三浦先生は講習や操体マンダラを通して、橋本先生が成してきたこと、弟子に託したことを話してくださいます。
    実際にお会いしたことがなくても、三浦先生を通じ、橋本先生のメッセージを受け取ることができます。

     メッセージを受け取ることは学びを続けるうえで、とても大事なことだと思います。

     何かを続けるうえで、モチベーションが大事であるとよく耳にします。大抵は
    「これができるようになりたい」、「これを身につけて私はこうなりたい」といった願望であったり、
    「身につける喜びや楽しみ」といった「学習そのもの」がモチベーションになったりします。
    しかし、学び続けているうちに別の面白さが顔を出してくることがあります。
    それは「学んでいるもののメッセージにきづく」ということです。

     自分の意志を越えた何かが「学び続けること」を自分に課す。
    モチベーションという言葉よりも摂理という言葉のほうがしっくりくるような…

     それがわかるまで続けていく必要がありそうですね。 
    はい、あまちゃんの私が噛み砕けるようになるのはまだまだ先になりそうです。

     今日はこのへんで。
    お付き合い、ありがとうございます。

  • 〜続けるためには(4)〜

     皆さんは何かを勉強するときは一人で黙々タイプですか?
    それとも複数人でワイワイタイプ?

     私は基本的には黙々タイプです。中高、専門学校を通しても
    試験勉強のときはひたすら書いて、読んで覚えるというスタイル
    を通してきました。付き合い程度で一緒に勉強したりもしましたが
    友達同士で山を張ったり、問題を出し合ったりするのがどうも苦手で…
    このブログを読んで、「アイツ、そんなふうに思っていたのね」と思う旧友
    には申し訳ないですが(笑)

     何かのスキルを身につけるときもそのスタイルは変わりませんでしたね。
    小中高と続けたバスケも協調性を有するスポーツでありながら、個人練習を
    黙々と続けるバスケ馬鹿でした。結果として、あまり目は出ませんでしたが、
    試合時間以外の練習時間も含めれば、県内一コート上に立っていた男と自負
    しています(笑)
    相当な負けず嫌いで、仲間が活躍すると「負けてたまるか!」とスラムダンク
    桜木花道よろしく、メラメラと対抗心が燃え上がらせていました。
    言い換えれば、仲間の存在がそれだけ大きかったということです。 
    常に向上しようという気持ちにさせてくれる存在でしたから。
    コート上ではただ馴れ合うような「なあなあ」の関係が好きじゃなかっただけで、
    仲間には本当に感謝しています。
    そういった気持ちは今でも私の根っこを形成しているような気がします。

    スラムダンク (1) (ジャンプ・コミックス)

    スラムダンク (1) (ジャンプ・コミックス)

    操体の学びとて…
     正師につくことが大事だということは二日目のブログにも書きましたが、
    それと同じくらいに、周りの仲間の存在もとても大きいと思います。
    特に私たち実行委員は「同志」として操体の軸でつながっています。
    切磋琢磨という言葉があります。本来であれば自分で自分自身に磨きをかけるべきですが、
    独りでは間違った方向に行ってしまう可能性があります。
    道を逸れてしまったときには師に修正していただき、同志の存在に励まされ、さらに磨きをかけるよう努める。
    一つのことを続けるということはこのプロセスを繰り返していくことではないでしょうか。

    独学のために「場」に集い、「場」に集うために独学する。

    今日はこのへんで。
    お付き合い、ありがとうございます。

  • 〜続けるためには(3)〜

     先日、新聞にこんな記事が載っていました。
    「若者は就農をめざす」

     なんでも「自分の力を作物作りで試したい」と挑む人が多いほか、
    就職難なども背景にあるようです。確かに先行き昏迷な世の中、自分のやりたい事
    で勝負したい気持ちもわかります。
    しかし、同記事には就農後10年未満の方を対象にした調査も載っていて、
    農業一本で「生計が成り立っている」のは、1,2年目でわずか9.9パーセント、
    5年目以上でも4割だそうで、他に仕事をしたり、貯金を崩して生活している方々も多く、
    途中でやめていく若者も多いそうです。
     
     私の母の実家は秋田県大仙市(当時は大曲市との合併前で仙北郡でした)。
    母が子どもの頃は農業一本でしたが、母の兄が継ぎ、時代とともに専業が困難になり、
    兼業になり、田んぼも売り、最後は自分の家で食べる分だけの畑だけを残したようでした。
    その話しを聞いたとき、子供ながらに「農業って大変なんだ」と思ったものです。

    ■治療業界と似ている!?
     この記事を読んだとき、私たちの業界と似ているなと感じました。
    「手に職をつけたい」、「組織に属さず、自分で経営したい」、
    私たちの業界でもこういった方々はたくさんいます。
    しかしすぐに結果が出るとは限らないし、コツコツと「プロ」になるための下準備も
    必要です。
    また、以下は記事に載っていた「就農の心構え」です。
    ・仕事量は予想以上に多いと知っておく
    ・自己資金を準備する
    ・地域でのコミュニケーションを大切に
    ・経営感覚が重要
    これは治療業界でも大事とされていることです。自分の好きなことで、自分の力一つで
    勝負する世界では共通項なんですね。

     そして、それよりもなによりも、「あきらめずに続ける」ということが何にも増して
    必要なんではないでしょうか。
    以前から畠山先生に紹介して頂いています、
    中谷巌氏の「プロになるならこれをやれ!」にも「コアスキルに一万時間を注ぎ込め」
    と書かれてあります。続ける覚悟があって初めて成就するんですね。

    中谷巌の「プロになるならこれをやれ!」 (日経ビジネス人文庫)

    中谷巌の「プロになるならこれをやれ!」 (日経ビジネス人文庫)

    今日はこのへんで。
    お付き合い、ありがとうございます。

  • 〜続けるためには(2)〜

     今年は私の職場にも卒業したての鍼灸マッサージ師が入ってまいりました。
    学生の頃から経験している人、ひとのからだに触れるのが初めての人、皆さんそれぞれです。
    色々と話す機会が多いんですが、共通しているのが
    「卒業してから、臨床の勉強ができるところを探していること」なんですね。

     私の頃もそうでしたが三年間の授業内容では実技の時間はあまりにも少なく、
    国家試験対策に重きを置いているところが多いです。(もちろん各学校によって
    差はあります。私の卒業校では最近、卒前や卒後の研修に力をいれています)
    しかも臨床に大事な視診、触診や診立ての技術などは学校ではなかなか
    教われず、学校を出てから、どこかの勉強会に顔を出すか、就職先の先輩方に
    教わるか、といった流れになっているそうです。

     ■正師と巡り会うこと
     私が三浦先生に師事し、操体を学んでいる話しをすると、
    「そういった方と巡り会えるなんていいですね。自分もそんな先生を見つけたいなあ」
    と言われることがあります。職人的な色合いが濃い業界ということもありますが、その道のトップ
    の方に教わったほうが良いだろうと、皆さん感じているようです。

     あまちゃんの私ですが、新人の方々と練習する機会が多々あります。
    先日はマッサージの練習をしましたが、一生懸命コリを探そうとするあまり、
    目を凝らして、指先に力を込めて、眉間にしわをよせながら必死になっている様子。
    私も経験していますが、カチンコチンのからだではどうしても
    触れられるものをスルーしてしまいます。

    「謙虚になってからだに教えていただくという姿勢を忘れちゃいけないヨ。」
    とは三浦先生のお言葉。
    視診、触診、診立てにもつながる、とってもとっても奥深い言葉。
    技術云々の前の意識の置き所。そして作法。
    わかった気になって、やってはみるものの、まだまだわかった気なんです。
    温かいご指導をいただく感謝と気づきの日々。
    自分の臨生を確立したいのであれば、どの先生に師事するかということは大事なポイントです。
    そして、継続して学んでいく姿勢。

     私の場合は
    ・「その道のプロを探す!」
    ・「実際にお会いする!」
    ・「直感(ビビビッ)!」
    ・「飛び込む覚悟!」で正師と巡り会うことができました。
    これも「行動」と「ご縁」。

     皆さんもご参考までに。

     
    今日はこのへんで。
    お付き合い、ありがとうございます。