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  •  六日目。唯物論と唯心論での愛のゆくえ

    弁証法は、陰陽の起源について
    矛盾であるという。

    矛盾とは、つまり「わからない」ということである。
    陰陽未分の一なる存在は、わからないと・・・・。

    弁証法とは、唯物論のことである。
    弁証法では愛は語れないってことなのか、
    愛は矛盾に満ちていて、わからない。
    いのちとは、生命の総和力である。
    つまり、愛と調和の変化であり、安定である。
    変化と安定は、動的である。

    唯心論者と唯物論者の大きな違いはなんだろうか。

    唯心論の基本原則は、自分のまわりに他者をつくらない、
    ということではないのかな。

    唯物論者は、愛については、無関心をよそおって
    意味がないように、ふるまっている、
    愛のセンスがない存在者なのかもしれない。

    三浦寛

    「2015年春季東京操体フォーラム」開催決定
    4月29日(祝)に開催いたします。
    『目からウロコ』のプログラムを企画しております。
    詳細は以下、「東京操体フォーラムHP」をご確認ください。
    http://www.tokyo-sotai.com/?page_id=980

  • 五日目。万華鏡

    私の治療室には、いくつかの万華鏡がある。

    この万華鏡をみていると、人体(生体)の構造も、
    その運動も光のリズムに感じる。

    リズムは変化であり、バランスである。
    バランスとは動きである。
    それは、愛ならんとする調和である。

    からだには、カガミがある。
    ヒカガミは私達がよく耳にするカガミ。
    僕はまだ、鏡があるように思う。
    たとえば、ヒジカガミ(肘窩)、
    ワキカガミ(腋窩)です。
    この三つは、からだを照らす万華鏡だと思っています。

    このカガミは光の交合性によって変化する。
    変化に対応して安定するものだと見ています。
    変化は愛です。

    三浦寛

    「2015年春季東京操体フォーラム」開催決定
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  • 四日目。火鏡と水鏡

    火と水は分離を示すものではなく、融合である。
    一にして二、二にして一の、総合的親和である。

    古代文明人は、この火と水をカミにたとえた。
    神である。
    もの、こと、なりの潜象(物理)を照らしている存在である。
    水も火も、固体ー液体ー気体の三還元である。

    それは神の創造性、つまり、全智、全能ー全愛の全てである。
    それは愛と調和が貫通しているものの、
    生命のことなりの、バランスである。
    バランス現象とバランス感覚の総合総和、
    その一なるものの変化が、愛と調和である。

    鏡の「か」も神を示す。
    照らし写しだすものに
    火と水を最良の対象となしている。
    それが生み出す力、
    愛である。

    三浦寛

    「2015年春季東京操体フォーラム」開催決定
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  • 三日目。あたりまえにうけとっていることが愛

    今回は愛がテーマのようですが、
    愛という言葉を使わずに、
    それを表現することの大切さがあります。

    私はみんなが知っているように、
    日誌をつけています。
    ノート一冊分は一ヶ月ももちません。
    日々、毎日あきもせづ、
    自分と向かい合い、自身を書き続けている。

    自分にあって、忘れることもなく実行していることが
    愛じゃないかと思っています。

    とばりがおり、
    眠り、そして朝を迎えて、起きる。
    それも愛の日課です。
    それが自他共の愛です。

    快・不快なる生命(いのち)の感覚も、愛です。
    生きている、ということは、生かしてくれている
    ものに触れているという、
    慈悲の生命相関の連続性です。
    それが愛といえます。

    愛とは照らし写すもの・・。

    三浦寛

    「2015年春季東京操体フォーラム」開催決定
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  • 二日目。愛は言葉より重い

    愛は言葉より重い。
    口で言うほど、うすっぺらいものではない。
    愛をアイという一言で表現できるだろうか。

    ゲーテにしても、アインシュタインにしても、
    愛とは永遠の呪文だったのかもしれない。
    愛とは干渉すればするほど、醒める。
    神は愛である、と言う。
    しかし、その神は決して干渉はしない。
    干渉してくるような、うるさい存在ではない。

    シンは良心に働きかけ、
    光をはなつ。
    愛とは、その良心に放たれ動く光かもしれない。
    干渉しない、いのちの尊さ、
    いつくしみが愛なのか。

    ヒトは、いい加減を口実にして
    いかに己れを正当化し、ごまかしてきたのか。

    そのたびに、自分に謝罪してきたのであろうか。
    それでも、許されている。
    許しは愛である。

    三浦寛

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  • 「愛」について

    • 愛とは、三性相のラセン運動である。
    • 愛とは、生命現象の形状であり、バランスである
    • 愛とは、変化であり動きでもある
    • 愛とは、センスである。一人一人の人生である。生き方のタイである
    • 愛とは、極限安定率の変化である。その変化とは、快の安定である
    • 山も、自分の姿が無愛想だと思えば、噴火して美しい自分を表現する
    • なぜ私の操体は無愛想で効果がないのか。それは、本質をつかんでいる者からみれば、まだまだ不勉強なのです。知らないのです。知っている、つもりの自己満足です。からだの要求、からだの声にヒビいていないのです。
    • 愛とは、いのちに共鳴することです
    • 愛とは、ネゲントロピーである
    • 楽、楽、楽の質的変化は、自堕落である。快の質的変化は愛である
    • 消費しても消耗、浪費し枯れ朽ちないものが愛である
    • 言葉以上に重いものが愛である

    三浦寛

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  •  七日目。 愛姫。

    七日目になりました。

    私は日本史好きです。
    特にやはり戦国時代、

    伊達政宗公崇拝のあまり
    屋号に「TEI-ZAN」(政宗公の諡号、つまり
    身分の高い人に死後送られるおくりな)とつけ、

    拾った猫に
    「小十郎景綱」(政宗公の家臣。文武両道で知られる。
    才能があったので豊臣秀吉も欲しがったらしい)
    という名前をつけるという始末。

    また、私は仙台に親類縁者がたくさんいるんですが、
    橋本敬三先生のお墓がある葛岡霊園には、
    親戚が入ってたりします)
    仙台に行くとできる限り行くのは

    瑞鳳殿(政宗公墓所
    大崎八幡宮(国宝。政宗公が設置。勝利の神様として有名)
    青葉神社(政宗公と家臣をお祀りしている)
    です。もう、アホですね(笑)。


    大崎八幡

    それが愛となんの関係があるのかといいますと、

    政宗公の正室は、
    坂上田村麻呂を祖先とする、三春の田村氏のお姫様でした。

    三春は、梅と桃と桜が一度に咲くので「三春」と
    言うのだと聞きました。
    うちの実行委員の香ちゃんの古里でもあり、
    桜で有名なところです。

    そのお姫様の名前が

    「愛姫」といったのです。

    戦国時代に「愛姫」???

    と、思うかもしれませんが。実は
    「あいひめ」ではなく「めごひめ」と読みます。

    めご、というのは
    東北の言葉で「めんこい」(可愛い)というところから
    来ています。

    可愛くて仕方ない→めんこい

    という感じなのでしょう。

    松島瑞巌寺平成の大修理の間のみ公開されている
    愛姫の墓所。政宗公の瑞鳳殿に似ていますが
    ちょっと控え目な感じ。

    ある日、三浦センセイが
    温古堂で橋本敬三先生のお世話役をしていた
    ミヨちゃんに

    「先生(橋本先生)に言われて一番嬉しかったことは?」

    と、聞きました。

    ミヨちゃんは「えへへ〜」と笑いました。
    「色紙に書いてもらった」

    「オレ、わかるよ。『めんこ』だろ」

    「当たり〜!」

    愛というのは「めんこい」ことなのです。
    実はこれが大きな秘密だったりして。。。

    一週間ありがとうございました。

    明日からは三浦先生です。

    畠山裕海

    「2015年春季東京操体フォーラム」開催決定
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  •  六日目。死者への愛

    ある医師がいた。
    彼の妻は生まれた時から決まっていた
    許嫁だった。
    学生結婚し、医師は戦争中何度も戦地へ
    軍医として赴き、
    終戦を北朝鮮で迎えた。
    3年間のシベリア抑留の後、
    やっと日本に帰ってきた。
    妻は息子と共に家を守っていた。

    医師は最新の西洋医学よりも
    昔から興味があった民間療法や
    鍼灸の研究をかさね、
    「自分のやり方」というのを確立した。

    ところが、妻や息子は
    この、薬も注射も使わない
    不思議な治療法には
    あまり興味を示さなかった。

    妻が亡くなった時、
    医師は枕元で号泣したのを
    傍にいた弟子が見ていた。

    そして、医師は
    亡くなった妻に、ダイヤの指輪を買った。

    弟子は
    「生きているうちに買ってあげればよかったのに」と
    思った。

    私も
    「生きているうちに買ってあげればよかったのに」と
    思った。

    死者に花を手向ける、
    装飾品を持たせる、
    美しく化粧を施す

    なぜ、古(いにしえ)のヒトも、
    今のヒトも同じことをするのだろう。

    それは、あの世でも
    美しくきれいで幸せであってほしいという
    願いや、悪鬼に肉体を奪われないようにという
    愛の気持ちなのだと思う。

    畠山裕海

    松島瑞巌寺の観音様

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  • 五日目。陰と陽

    でも、人間は魂と肉体を持っている(二分化)されているので、
    一つじゃわからない。

    というか
    本来「愛」というものは「無償」なのだ。

    なので、魂にも肉体にもわかるよう

    裏と表
    陰陽を作った

    なので人間は

    精神的なもの(縦軸)
    物質的なもの(横軸)
    両方必要になった

    人間は「本来愛は無償」ということを
    たまに忘れるので
    愛に代償を求めるのでは??

    私達は「ヒトサマのからだをよくするお手伝い」をしている。
    操体は「息食動想」が根幹だが

    よく考えると、
    息(呼吸)空気は見えない
    食(飲食)食べるモノや飲むものは目に見える

    動(身体運動)動きは、目に見える
    想(精神活動)は、目に見えない

    ことに気づく。

    人間は縦軸(精神的なもの)、横軸
    (物質的なもの)の両方がほどよく間に合うことによって
    「愛」を思い出しやすくなるのかもしれない。

    畠山裕海

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  • 四日目。そもそも愛って

    昨日3月3日はひな祭りでした。

    ひな祭りとは関係なく
    昨日はコンサートに行って来ました。
    師匠と実行委員の寺本君と一緒です。

    エンターテイメントの王者、
    KISS です。

    師匠は三度目、寺本君は初体験★です。

    私は忘れました(笑)

    思えば「愛」の概念は、このバンドから教わったような気がします。

    ホントか???

    さて、

    色々考えてみましたが、

    元々宇宙にあるもの
    生物が持っているもの

    そして生殖・子孫繁栄のために必要なもの

    生きる活力になるもの

    それが、そもそもの「愛」です。

    それが、言語の発生、宗教の発生に伴って
    「愛」という概念に書き換えられました。
    それは、宗派などによって少しずつ違うけれど、
    根本は同じもの。

    お年寄りが転んでいたら手を貸すとか、
    神仏への畏敬の念。
    これは、誰から教えられることなく、
    私達が知っていること。

    この写真は、一昨年の夏に拾った子猫、小十郎
    (ちびちゃん、と呼ばれているが実際はデカい)です。

    自分で言うのもナンですが、
    愛ある目線で撮った写真だなと思います。

    こちらは、師匠の愛猫シモン君。
    これも愛ある目線写真だなと。

    元々カメラ好きで、2011年についにデジイチを入手しました。
    そして昨年、やはり上手く撮りたいと思い、
    写真を習いに行っています。

    写真って、実は撮影者の被写体に対する「愛ある目線」が
    顕著にあらわれるものなんです。

    畠山裕海

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