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  • 2.おさめる その2

    二つ目の意味:金や物などを受け取って自分のものにする。手に入れる。獲得する。

     

    お金をいただくこと=悪というイメージがあるがトンでもない!

    対価を頂いて初めて生活ができる。

    うまい飯も食える。

    好きな服も買える。

    死んだ後にお金を持っていくことはできない。

    それならば生きているうちに有効にお金を使いたい。

    自分の心を豊かにする、人々が感動する、感謝するものにお金を使いたい。

  • 1.おさめる その1

    今週から「おさめる」をテーマにブログ始まります。

    お題である「おさめる」にはいろんな意味があるようだ。

     

    一つ目の意味:一定の範囲にきちんと入れる。収納する。決まったところにしまう。

     

    私は整理整頓が好きで、必要なものがちゃんとそこに収まっていないと落ち着かない。

    出張から帰ってくるとまず荷物の片づけから始める。

    いろいろと整理していると次のやりたいことが決まってくる。

    毎日その繰り返しだ。

    物を収める=心を落ち着かせる。ことの一つではないかと思う。

  • 「愛」について

    • 愛とは、三性相のラセン運動である。
    • 愛とは、生命現象の形状であり、バランスである
    • 愛とは、変化であり動きでもある
    • 愛とは、センスである。一人一人の人生である。生き方のタイである
    • 愛とは、極限安定率の変化である。その変化とは、快の安定である
    • 山も、自分の姿が無愛想だと思えば、噴火して美しい自分を表現する
    • なぜ私の操体は無愛想で効果がないのか。それは、本質をつかんでいる者からみれば、まだまだ不勉強なのです。知らないのです。知っている、つもりの自己満足です。からだの要求、からだの声にヒビいていないのです。
    • 愛とは、いのちに共鳴することです
    • 愛とは、ネゲントロピーである
    • 楽、楽、楽の質的変化は、自堕落である。快の質的変化は愛である
    • 消費しても消耗、浪費し枯れ朽ちないものが愛である
    • 言葉以上に重いものが愛である

    三浦寛

    「2015年春季東京操体フォーラム」開催決定
    4月29日(祝)に開催いたします。
    『目からウロコ』のプログラムを企画しております。
    詳細は以下、「東京操体フォーラムHP」をご確認ください。
    http://www.tokyo-sotai.com/?page_id=980

  • ヒヨコちゃんの愛と操体 おまけ

    「ぜにのないやつぁ 俺んとこへこい 俺もないけど 心配すんな・・・」。

    『だまって俺についてこい』(作詞 青島幸男 作曲 萩原哲晶)。

    この歌サイコーですよねぇ。ワタシ大好きなんですよ。

    特に「そのうちなんとかなるだろう〜」なんてシビレちゃいますぜ。

    金も、恋人も、仕事もあるに越したことはありませんが、

    たとえなくても今この瞬間をいつも愉しんで生きることができたらきっと幸せですよね。

    もしかしたら今あるがままの自分を愛して、

    そのままの自分を受け入れられれば、そんな生き方ができるのかもしれません。

    橋本先生が言われるように「すでに救われている」んですから、

    あまり肩肘張らずに、なるべく愉しく気持ちよく毎日を過ごしたいもんです。

    一週間ありがとうございました。

    来週は「操体やるなら私のところへこい」の畠山先生です。

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    中谷祐祥

  • ヒヨコちゃんの愛と操体 その6

    「いつまでも変わらぬ愛を 君に届けてあげたい・・・」。

    『いつまでも変わらぬ愛を』(作詞 織田哲郎 作曲 織田哲郎)。

    何だかポカリスエットが飲みたくなりますが、

    「いつまでも変わらぬ愛」ってのはスゴイですよね。

    だって恋も、愛も、いつかはさめてしまうもののようなんですから。

    一時はラブラブだった夫婦間の愛だっていつのまにかさめてしまい、

    そのうちに「あれから40年・・・」なんて

    綾小路きみまろさんの漫談みたいになっちゃったりしてね。

    感情としての愛は条件がつく場合がありますので、

    その時々によって見方や感じ方が変わってきます。

    でも、その条件を取り払って無条件の愛ということにしたら、

    これはきっと「いつまでも変わらぬ愛」ってことになるのかもしれません。

    例えば太陽は一切の条件をつけることなく光を放ち続けています。

    ワタシだけには無料で光を与えてくれて、

    藤沢の某実行委員殿からは「一万円ちょうだいな♪」なんてことはしませんから。

    太陽が光るのに条件はないんです。

    そして、そうした無条件の愛をワタシ達自身も与えられるとしたら素晴らしいですよね。

    ワタシのような日頃の行いの悪い人間にはとてもできそうにない感じもあるんですが、

    操体には「命あるものは無条件の愛から生まれた」という帰一の法則という考えがあります。

    命あるものは無条件の愛から生まれ、その神性に帰っていく。

    そして、生まれたところがそこならば、

    ワタシ達の内にはそういった源がきっとあるんだと思います。

    操体は自分のからだの内に意識を向けて気持ちのよさをききわけますが、

    その結果として最終的に内なる無条件の愛に触れることができれば・・・。

    操体を学ぶということは、そういったところにいきつくということなのかもしれません。

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    中谷祐祥

  • ヒヨコちゃんの愛と操体 その5

    「どんなに困難でくじけそうでも 信じることさ 必ず最後に愛は勝つ〜」。

    愛は勝つ』(作詞 KAN 作曲 KAN)。

    この歌は流行りましたよねぇ。

    それに「必ず最後に愛は勝つ」って何だか勇気がでますよ。

    そんな勇気に押されてか、

    愛は勝つ」を口ずさみながら好きな子に勝負をかけた某友人がおりました。

    結果はブーメランフック一発で真っ白な灰になっちゃったわけですが、

    まぁいつまでもモヤモヤしてるよりはよかったのかもしれませんね。

    ワタシも恋愛ではありませんが、困難でくじけそうになることはありますよ。

    例えばなかなか良くなってくれない患者さん。やっぱり悩みますよね。

    もっと知識があればとか、もっと技術があればとか、いろいろと考えます。

    でも、悩んでも仕方ないんです。

    だって治すのは施術者ではなく、からだの仕事なんですから。

    橋本先生も「治すことまで関与するな」と言われております。

    治療はただの技術ですが、癒しというのはもっと違う次元のものなのかもしれません。

    だからからだの治癒力を信じて、ヘタはヘタなりに一生懸命やるしかないんですよね。

    以前に元日赤従軍看護婦だった方が

    「一生懸命しよる人には、手の先に真心がこもっとります」と

    述べられているのを見たことがありますが、

    きっとそこには愛があるということなのではないでしょうか。

    「信じることさ 必ず最後に愛は勝つ」ってのは、案外治療の根本なのかもしれません。

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    中谷祐祥

  • ヒヨコちゃんの愛と操体 その4

    「あの人のことなど もう忘れたいよ だってどんなに想いを寄せても 遠く叶わぬ恋なら・・・」。

    『片想い』(作詞 浜田省吾 作曲 浜田省吾)。

    何だかどよ〜んとした空気になりますな。

    お医者さまでも、草津の湯でも、恋の病は治せないそうなんですが、

    とにかく片想いってのは一方通行ですからねぇ。まぁ辛いもんでございます。

    ところで一方通行といえば、ワタシらの仕事もそんな感じなのかもしれません。

    施術する先生と施術してもらう患者さん。

    その場合、施術の主体はあくまで先生であって、

    患者さん自身が施術に参加するということはあまりありませんから。

    つまり先生が全て診断し治療するという一方通行的な空間です。

    でも、操体法の場合はちょっと違うんです。

    操体法の場合は先生と患者さん、

    さらに患者さんのからだという三位一体の空間となります。

    一方通行ではなくて、スクランブル交差点ってところでしょうか?(意味不明)。

    先生からの一方通行的なアプローチではなく、診断も治療も患者さん自身に委ねてしまう。

    面白いですよね。そこが操体法の他に類をみない特徴といえるかもしれません。

    そんな操体法の施術でワタシがとっても好きなシーンがあるんです。

    三浦先生の操法に渦状波というものがあります。

    ワタシもヘッポコながら使わせていただくことがありますが、

    その渦状波を行うと、ただ静かに涙を流す方がいらっしゃるんです。

    どうしてなのかわからないけど、ただ静かに涙が流れる。

    そのときの静かで温かい何ともいえない空間。

    そんなシーンが大好きなんです。

    そして、そんなときワタシは何となく愛を感じちゃうんですよ。

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    中谷祐祥

  • ヒヨコちゃんの愛と操体 その3

    「好きだよと言えずに 初恋は・・・」。

    『初恋』(作詞 村下孝蔵 作曲 村下孝蔵)。

    あ〜村下孝蔵さん懐かしいですよねぇ。

    こないだ中学生の女の子に

    「先生の初恋っていつですか?」なんて聞かれちゃいましてね。

    「へ?ハツコイ?それって初めて鯉を釣ったときのことじゃないよね?」

    なんてわけのわからないことが一瞬アタマの中をよぎりましたが、

    そんなワタシにも放課後の校庭を走る君を遠くから探してた・・・

    なんて日があったようななかったような。

    まぁそんなことはどうでもいいんですが、

    よく恋と愛の違いは?なんてことを言われますよね。

    愛は真ん中に心があるので真心、

    恋は下に心があるので下心なんてハナシもあるようです。

    とりあえず下心はワタシの得意分野?なんですが、

    真心ってのは真実の心で偽りや飾りのない心ってことなんだそうです。

    そして、それはたぶんそのまま治療の心ってことにも繋がるのかもしれません。

    指圧の浪越徳治朗先生はそれを「母心」と言われました。素晴らしいですよね。

    操体の橋本先生はそれを「気持ちのよさ」と説かれました。これも素晴らしいです。

    そして、「母心」や「気持ちのよさ」には、きっと共通する何かがあると思いますよ。

    操体でいう「愛」のヒントも、たぶんその辺にあるのではないでしょうか。

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    中谷祐祥

  • ヒヨコちゃんの愛と操体 その2

    「もしも願いが叶うなら 吐息を白いバラに変えて・・・」。

    『恋におちて〜Fall in love〜』(作詞 湯川れい子 作曲 小林明子)。

    いやいやワタシこの歌好きなんですよ〜(似合わねぇなんて言わないで)。

    ドラマの主題歌にもなりましたよね。

    不倫を題材にしたドラマでしたが、今でいえば昼顔ですな。

    何だかドロドロしててイイじゃないですか。

    ワタシもぜひドロドロしてみたいもんですが、

    何たってワタシなどは「おちる」と聞いてまず連想するのは、

    「恋」じゃなくて「チョークスリーパー」なんですからねぇ。

    残念ですがドロドロはおあずけっぽいです。

    そういえばアンドルー・ワイル博士は『癒す心、治る力』の中で、

    治癒とこころの相関関係において

    「恋におちることによって重病が治ってしまうという例が見られる」と述べられております。

    そして、「患者さんが頻繁に恋におちる機会をアレンジすることができれば、

    きっと優秀な治療家になれるのでは」とも述べられております。

    なるほどねぇ。何となくわかるような気もします。

    ワタシも女性の患者さんに「カレシできたぁ〜」なんて

    セクハラおやじ丸出しなことをたまに言ったりもしておりますが、

    やり方はどうであれ治癒系のスイッチが入ってくれるような

    お手伝いができればそれに越したことはありません。

    でも、やり方だけにこだわっていては単なる技術・テクニックで終わってしまいますからね。

    治療は確かに技術が必要ですが、技術だけで治れば苦労はしませんよ。

    三浦先生は「操体(法)は技術・テクニックではない」と教えてくれました。

    その意味が本当にわかるようになれば、

    ワタシもヒヨコを卒業してコケコッコーと鳴ける日がくるかもしれない・・・かな。

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    中谷祐祥

  • ヒヨコちゃんの愛と操体 その1

    今週は操体法東京研究会のヒヨコちゃんこと中谷の担当でございます。

    一週間よろしくお願いいたします。

    今回のブログのテーマは「愛」なんだそうです。

    それも「LOVE」ではなく、操体に通じる愛だということ。

    う〜む、またまたオツムの弱いヒヨコちゃんには難題ですなぁ。

    だいたいワタシなんぞは横浜銀蠅じゃありませんが、

    「知っているのはI LOVE YOUだけ」くらいのもんなんですから。

    まぁでも、ワタシのやり方は5秒ならば反則OKのプロレスルールですので、

    いろいろとごちゃまぜになるところもあると思いますが、その点はご勘弁下さい。

    ところで操体で「愛」となると、

    ワタシはやっぱり「救いと報い」ということを思い浮かべます。

    このブログを読んでくださっている方々はもちろんご存じでしょうが、

    救いは絶対で報いは相対でしたよね。

    とにかくこの絶対ってのはスゴイことですよ。

    絶対なんですから千発千中、万発万中ってことです。

    つまり野球の打率ならば10割ってことですぜ。

    あのイチローの打率だって3割台なんですからね。

    ちなみに野球やってるウチのお坊ちゃまの打率なんて目も当てられません。

    人間のすることや作ったものに絶対はないとするならば、

    救いの絶対とはどういうことなのか?

    ワタシたちはすでに救われているんですね。

    だからあるがままの自分でいいんです。

    救いの愛は無条件なんですから。

    そんなことが本当にわかったとしたら、

    橋本先生のようにイイ意味で呑気者になれるかもしれません。

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    中谷祐祥