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  • ヒヨコとおさめ その3

    ○ 「治める」と書くケース

    ・(国や地方などを)支配する……国を治める 

    ・病気を治す……痛みが治まる

            『ビミョ~な言葉研究所』より

     

    橋本先生は『からだの設計にミスはない』の中で、

    「大自然の原理として、人間は誰でも健康で幸福に一生をおくれるように、

    チャンと設計されているのだ。それが実現されないのは生き方の自然法則から

    はずれているためで、この法則にそむくと身心の姿と動きに歪みが生じ、

    身心のバランスがくずれて病気になるのだ、そして又、その歪みを正して

    バランスをとり戻せば、病気は治るのだ」と書かれております。

     

    人間のからだはそういうふうに出来ているみたいですね。

    橋本先生の言葉をお借りすれば「そうなってんだ」っていうところでしょうか。

     

    そして、そのわけさえわかってしまえば健康の維持、増進、回復の

    全てに役立つ大事なポイントとなるのかもしれません。

     

    操体(法)が単なる治療法(技術、テクニック)ではないということが、

    そんなところからも何となくイメージできます。

     

     

    中谷祐祥

  • ヒヨコとおさめ その2

    ○ 「納める」と書くケース  

    ・(金品を)渡すべき相手に渡す……税金を納める・月謝を納める  

    ・おしまいにする……歌い納める・見納め・聞き納め・仕事納め

                      『ビミョ~な言葉研究所』より

     

    所得税事業税、消費税・・・。

    それなりに経営がうまくいっていれば、

    それなりに税金を納めなくてはならないわけなんですが、

    オツムの弱いワタシなどは経営なんてチンプンカンプン。

     

    まぁよく今まで潰れずにやってきたな~なんて思っちゃいます。

     

    とりあえず心がけていることといえば

    「来てくれた方を一生懸命やる」ということだけ。

     

    あとはホントにテキトーなんですけど、

    もう1つ心がけていることがあるんです。

     

    それは三浦先生からアドバイスしていただいた、

    「治療院は自分の居心地のよい空間であること」ということです。

     

    これを伺ったとき、すごく納得しました。

    患者さんはもちろん、自分自身も心地よい空間。

     

    気持ちのよい治療(操体法)をするってことは、

    すでにそういうところから始まってるんですね。

     

     

    中谷祐祥

  • ヒヨコとおさめ その1

    今週は操体法東京研究会のヒヨコちゃんこと中谷の担当でございます。

    一週間よろしくお願いいたします。

     

    今回のブログテーマは「おさめ」ということでございますが、

    昨日のブログで友松さんが書かれていたように、

    「おさめる」を漢字にすれば

    「収める」「納める」「治める」「修める」といろんな形があるようです。

     

    ○ 「収める」と書くケース

    ・よい結果を得る……成果を収める・勝利を収める

    ・中に取り入れる……目録に収める・カメラに収める

                   『ビミョ~な言葉研究所』より

     

    ワタシらの仕事の成果といえば、

    施術(治療)をして患者さんが治ってくれたってことになります。

     

    一生懸命に覚えた技術を駆使して、困っている患者さんのからだを治す。

    すると「ありがとうございます!」なんて言ってもらえて、

    そのうえお金までいただける。

     

    だから一般的に手技療法家は「治せる人」になりたいわけですよね。

     

    ワタシもなりたいですよ。「治せる人」に。

     

    そしたら感謝されて、お金がガッポリで、

    女の子にもモテモテで・・・ウシシ・・・なんてね。

     

    でもね、操体の橋本先生はこんなことを言われていたようなんです。

     

    「治すことまで関与するな!」。

     

    手技療法家の仕事は治すことが大切なはずなのに、

    「治すことまで関与するな!」って一体どうゆうことなんでしょう?

     

    操体を学ぶはじめの一歩は、きっとそんなところから始まるんだと思います。 

     

     

    中谷祐祥

  • おさめはご褒美である

    名著「快からのメッセージ 三浦寛著(たにぐち書店)」に

    「帰一の法則」についての記述がある。

     

     

    快からのメッセージ―哲学する操体

    快からのメッセージ―哲学する操体

     

     

    しかし、操体では肉体の死を死としてとらえていないのです。

    帰一の法則としてとらえているのです。

    帰一とは、命あるものは無条件の愛から生まれ、そして、その神性へ帰っていくことなのです。

    ヒトは一番きもちがいいところから生まれ、そして、一番きもちがいいところに帰っていくのです。

    これが帰一の法則です。

     

    「快からのメッセージ あとがき」より引用

     

     

    「帰一の法則」についてのこの文章は、何度触れても、いい。

    『肉体の死は死ではなく、

    ヒトは一番きもちがいいところから生まれ、

    そして、一番きもちがいいところに帰っていく』

     

    「快適感覚(きもちのよさ)」に基づいた操法を通すなかで

    クライアントに、そしてクライアントの「からだ」に、問いかける言葉にも

    「一番きもちがいいところまで、きもちのよさでからだのツクリを操って…」

    という問いかけのプロセスがある。

     

    操法」と「帰一」のプロセスが、重なってみえてくる。

    操法には「おさめ」があり、眠りも「おさめ」であるように感じられ、

    そして、「死」も

    イノチあるものにとっての、ひとつの「おさめ」であるように感じられてくる。

    生かされているイノチがおさまるところに、おさまっていく。

     

    この「おさめ」の時空のなかで、快適感覚をききわけるということは、

    ありのまんまの「イマ」に触れる、ということではないか。

     

    人間の営みに目を向けると 

    日々の生活に追われ、時間に追われてしまうことがどうしてもある。

    「おさめ」の間を失ったまま、生きているということでもある。

    だからこそ、人間には、生命には、「おさめ」が必要だと感じる。

     

    「ゆっくり…、ゆっくり…。よく感覚をききわけて…」と、

    ありのまんまのイマをききわける。

     

    その「おさめ」の間(マ)は

    イノチあるものにとっての極上のご褒美である。

     

    1週間ありがとうございました。

    明日からは東京操体フォーラムの巧者組、友松実行委員のブログが始まります。

    おたのしみに。

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  • 春のエネルギー7

    5月になり、若葉もだんだんと、みどり色が濃くなってきました。

    自然の中で感じる、色のコントラストが美しいです。

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    今回のテーマ、おさめ。

    「おさめ」というテーマをいただき、7日間、私の感じることを書いた。テーマがあることで、「おさめ」ということばとともに7日間過ごすことができた。

    「おさめ」がどういうことなのかを問いかけ、答えを求める。

    向き合う時間には豊かさがあった。

    求めていることそのものを知る、得ることも喜びだが、求めている時間にも喜びがある。

    「おさめ」への問いはこの後も続くが、問いかけが続くことに感謝し、学びを修めていきたいと思う。

     

    一週間、担当いたしました。ありがとうございました。

    明日からは、エネルギッシュな瀧澤実行委員がお届けいたします。

  • 春のエネルギー6

    静寂な中、鳥の鳴き声が響いています。

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    今回のテーマ、おさめ。

    「おさめ」とは、現象や現状を直接的にあらわすというよりも、「感覚を言葉として、現象として表現するためにうまれた、響きなのかもしれない。」と。今朝、鳥の声を聞きながら、思った。

    これは私のおもいつきだが、なんだか、私のなかに納まった。

  • 春のエネルギー5 2015年春季東京操体フォーラム

    昨日、2015年春季東京操体フォーラムを無事に終えることができました。

    ご参加くださいました皆様、ありがとうございます。

    心よりお礼を申し上げます。

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    今回のテーマ、おさめ。

    昨日は、私自身、「からだをとおして感じる」をたのしんだ1日。1日、丸ごとおさまった、そんな感覚をあじわった。そして、今日を迎え、また今日が始まることに、喜びを感じている。

    からだをとおして、ご縁をいただき、お会いすることのできる「いのち」に感謝の気持ちが湧き上がる。

    ありがとうございます。

    「おさめ」の先は、終わりではなく、あらたな「おさめ」に向かうエネルギーが湧き上がってくる。

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  • 春のエネルギー4

    あたたかい日が続いております。

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    今回のテーマ、おさめ。

     

    「からだをとおして感じる」を実践することが「おさめ」になると、昨日書いた。

    実践していると、だんだんとからだやからだの変化を感じやすく、気づきやすくなっている自分の存在に気づく。

    1日単位であったり、時には1時間単位、分単位、秒単位で気づきを感じる時もある。からだと向き合うことを実践すれば、いつでも感じることができるのだ。これはありがたいことである。このありがたさに感謝し、今日もからだをとおし、「おさめ」を受け取りたいと思う。

  • 春のエネルギー3

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     さわやかな空気にふれ、清々しい気持ちになります。

     

    今回のテーマ、おさめ。

    昨日に引き続き、からだがおさまっている状態とはどういうことなのか?

    一人ひとりが、自分のからだを通して、実感するからだへの気づきは、すべて、「おさまる」という状態へのヒントであったり、答えだと思う。

     

    自分のからだで実感する、からだのことを感じることを、自分のからだで実践していくことが「おさめ」になるのだと思う。

     

     

  • 春のエネルギー2

    新芽がのびのびと育っています。

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    今回のテーマ、おさめ。

     

    からだの要求にかなう診断、治療をするためには、日々、自分と向き合い、自分のからだを「おさめる」ことが非常に大切です。

    自分のからだがおさまっている状態があり、人様のからだの要求を「おさめる」ことができると感じているからです。

     

    からだがおさまっている状態とはどういうことなのか?

    自分に問いかけていると、「今」という瞬間にも、からだは気づきを与えてくれます。そして、明日になれば、明日という「今」が、また気づきを与えてくれます。

    その日、その時に必要な「おさめ」があるのではないでしょうか。その「おさめ」に向き合うことを大切にしたいです。