セミが今日も元気に鳴いています。
何匹のセミが今日は鳴いているのだろう?
「歪みは変化」と意識することを継続していると、
「歪み」の存在に縛られた状態で、からだをみることは少なくなってくる。
からだの変化を素直に受け取ること、
私の思い込みでからだをみないこと、
今のからだの状態を、そのまま、受け取ることができるように、
これからも、学び続けたいと思う。
セミが今日も元気に鳴いています。
何匹のセミが今日は鳴いているのだろう?
「歪みは変化」と意識することを継続していると、
「歪み」の存在に縛られた状態で、からだをみることは少なくなってくる。
からだの変化を素直に受け取ること、
私の思い込みでからだをみないこと、
今のからだの状態を、そのまま、受け取ることができるように、
これからも、学び続けたいと思う。
若葉だった葉も、たくさんの太陽のエネルギーを浴び、深い深い緑色へと変化している。勢いがあり、凛々しさがなんともいえない。
ただ、ただ、感謝する。
学びを通して、意識するもの、心が向くものも、変化していく。
過ぎたときを経て、過去の私が、意識をおいてきたものの存在を知る。
しかし、その存在は、今はない。
からだの歪みも、意識が変化することで、歪みという存在は変化していくのであろう。


セミの声を聞きながら過ごす時間。
確かに鳴いているのに、なぜか静寂に感じる時間がある。
うるさいと感じる時との違いはなんなのだろう…。
「歪み」を「変化」として捉えることを知ってから、
からだを通して教えられたことがある。
それは、「歪みを探そう、探そう」という意識が無意識のうちに、私の中で、はたらいていたという、事実。
「探そう、探そう」と思えば思うほど、何もみえないという現実を突きつけられていた。
しかし、「変化」として捉えていくと、今まで気づくことのできなかったところに、目が行き、意識が行き、心が向く。
「探そう、探そうとすると、逃げるよ。」
触診の講習の中で、何度も、何度も教えていただいたことを、ようやく受け取ることができた瞬間だった。
今日から担当いたします、香です。
よろしくお願いいたします。
7月も後半になり、さまざまなところで花火大会や夏祭りが開催されています。
夏本番です。
「歪むとは、物の正しい形がくずれて、曲がったりひずんだりする。また、心や行いが正しくなくなる。」と辞書には書いてある。
最近感じていることは、「正しいもの」として私が捉えているものは、本当に正しいのだろうか?ということである。
「正しい」ということが成り立つなかで、そのものが崩れることが歪み。その「正しい」という捉え方が間違っていたら、私が捉えている歪みとは、本当は存在しないことになる。

昨日のつづき
「立つことと歩くこと」 は、ヒトにとって最も基本的な動作であると最初の日に述べている。 そして昨日まで、主に「立つこと」の姿勢について話を進めてきた。 最終日の今日は 「歩くこと」 、ウォーキングについて考察を試みる。
歩くことに類似している足踏みというのは、膝を曲げて足の裏を上げ、膝を伸ばして足を着地させることである。 この場合、足音は盛大であるが、足踏みだけでは前に進むことはできない。 実は姿勢が悪い人の歩き方というのは、この足踏みに近い状態なのである。 そういう姿勢の悪い人がミュールを履いてコンビニの店内を歩いたら、店中に盛大な足音を響かせてしまうことになる。 これは誰もがよく経験する光景だ。
歩行速度についてはピッチとスライドで決まるのであるが、ピッチが同じならなるべく大きなスライド、つまり歩幅を大きくしなければならない。 そのためには大きく踏み出して、引き足をできる限り大きくすれば良いということになる。 しかし、大きく踏み出してしまうと、足がつんのめって制動効果が働く。 つまり前進歩行にブレーキがかかってしまうことになる。 ということは、歩幅は後ろで稼ぐしかないということだ。
さて、我々人類も、元をたどれば進化の段階では四足歩行だった時期もあるので、ともすればからだが後戻りしようとしかねない。 ヒトの膝は筋肉でテンションをかけておかないと伸びきらないことも、前方に位置した重心を支えるために曲げていた四足歩行動物の後ろ足がルーツになっているからかも知れない。
それよりも、直立したことによって、ヒトの股関節ほど可動域の変化を強いられた関節はほかにない。 このためか、股関節を放置していると、後ろへの可動域が徐々に減少していく傾向が強い。 だから、ウォーキング、「歩くこと」における意義は、この股関節の後ろへの可動域を減らさないという意味もかなり大きいはずである。
そのような理由もあり、歩くときには引き足を十分に引くことを常に心がけ、後ろで歩幅を稼ぐようにする。 もちろん膝は伸ばしきってから蹴り足に転じることになる。 さて、問題は引き足を前に蹴りだす時、多くの人が、引き足の膝を曲げて前方へ蹴りだし、膝を伸ばしながら足を着地させるのが歩くということだと誤解している。 そもそも、前方への歩幅そのものが歩行のブレーキになりかねない。 そこへ膝を伸ばすという動作を加えると、さらに制動効果を強くしてしまうことになる。
歩行の制動作用を考えれば、前方へのストライドは小さくすべきなので、左右の脚を交差させた途端に膝を伸ばして着地させなければならなくなる。 これでは効率の良い歩き方であるとは決して言えない。 つまり膝を曲げて蹴りだすのは、膝の曲げ伸ばしそのものが無駄であるばかりではなく、さらにそれが制動効果を強くしてしまうからだ。
かといって膝を伸ばしたまま足を蹴りだすと足は地面にぶつかり、左右の脚を交差させることができなくなる。 そこでどうするのかというと、骨盤を使って、蹴り足に転じた後ろ足を引っ張り上げて、引き足と交差させるのだ。 それに加えて、後ろ足の拇趾の付け根である拇趾球を使って、地面を漕ぐようにつま先を伸ばしてやれば、ほとんど膝を伸ばしたまま脚を交差させることができるのである。
何だか話が複雑になってしまったが、要約すると歩行のポイントは、足の着地と動作をイメージすることだ。 まず、膝を伸ばして踵から着地し、特に、後ろ足の踵が地面に接地している状態を意識して、ほんの少し長く保つようにイメージすることでスムーズに、リズミカルに歩くことができるようになる。 そうすればアキレス腱やふくらはぎの筋肉、膝関節、そして大腿部の筋肉が伸ばされ、骨盤が引き上げられて、張りのある美しい歩行ができ、自然と歩幅も大きくなってくる。
こうすることで制動効果を最小限に抑えて効率的に、そして無駄に足をあげることなく、静かに歩くことができる。 膝の曲げ伸ばしは、斜面や階段の登り下りで、はじめて本来的に活躍できる出番となるわけだ。 引き足は拇趾の付け根の拇趾球で地面を漕ぐのであるが、その時にはある程度、踵が高い靴の方が有利なはずである。 しかし、最近はデートの時でもハイヒールを履かない女性も多いそうだ。 これは姿勢が悪すぎてハイヒールを履いた上ではバランスがとれないからであろう。
こうした骨盤を使った歩き方、すなわちモンローウォークのように腰のインナーマッスルを使うことになるのであるが、それには背骨の柔軟性が要求される。 つまりからだの歪みが大きくて姿勢の悪い人には無理だということになる。 また、高齢になると転びやすく、膝を痛めるのは悪い姿勢を治して、膝を伸ばして歩く習慣が身につかなかったからである。
明日からの担当は、ハイヒールもグッドな香実行委員です。
昨日のつづき
一般的に、よい姿勢と言えば、背筋を伸ばしている姿を思い浮かべるのではないだろうか。 だが、実際にはそうではない! 背筋を伸ばすようなことをすると、腰椎が過度に湾曲し、反り腰になって下腹部を押し出し、骨盤も前傾してくる。 このような姿勢は、最も反っている腰の部分に上半身の重さが乗って、腰椎に大きな負担がかかってしまう。 また、骨盤が前傾することで、内臓が骨盤から前下方へ滑り落ち、下腹部がぽっこり出てしまう。 そのような下腹部について、そんな体形を補正する下着が販売されているようだが、決して褒められたものではない。
脊椎動物の背骨というのは本来、圧縮に強く、柔軟性があるという性質のものだ。 魚は背骨を柔軟にして横方向(水平)に使い、そのお蔭で水中を高速で移動することに成功した。 また、四足歩行動物が走る時は、背骨を縦方向(垂直)に柔軟に使っているからこそ、全力疾走ができるようになった。 ということは、二足歩行動物であるヒトについても同じ脊椎動物であるから、背筋を伸ばし、筋肉を硬くして背骨の柔軟性を欠くような不自然な立ち方をしていると、運動能力が低下することになる。
そんな背骨の土台になっているのは骨盤であり、その骨盤の仙骨に硬くなった背骨を接続して、からだの動きによる背骨の振動が起これば、土台である骨盤が壊れてしまうかも知れない。 このように背骨が硬くなるようなことになれば、骨盤を歪ませる原因になってしまう。 そこで、硬くなっている背中の筋肉をストレッチでほぐし、血行を改善して筋肉痛を解消させることや、筋トレによって筋肉を鍛えて筋肉痛を予防するといった方法が考えだされたのである。 しかし、そもそも背中の筋肉を使った対症療法的な考えにこそ問題があるのだ。
治療家の中には骨盤の歪みこそが悪い姿勢の原因だとする人もいる。 整体やカイロプラクティックの先生は、骨盤を調整して姿勢を治している。 しかし、私もカイロの施術をしていたが、そのような治し方では、治療効果も一時的でしかなく、姿勢は再び戻ってしまうことになるのだ。 つまり、骨盤の歪みをとって姿勢を治すという方法は原因療法ではなく、単なる対症療法に過ぎない。 すなわち、骨盤の歪みそのものが姿勢を悪くする根本原因ではないということだ。
健康体操や健康アドバイザーなどの健康指導の先生方は、「背骨の自然なS字カーブ」という言葉をよく使われる。 「背骨はS字カーブを描くのが自然だから、背筋を伸ばしましょう」と、いう意味だ。 具体的には、腰椎をエビ状に反らせて、背筋を伸ばし、胸を高くするといったところだ。
我々はこの「自然な」という言葉にとてつもなく弱い。 「良い・悪い」という言葉だったなら、何かしら極端性が感じられ、良い・悪い、のどちらにしても疑いや抵抗感をもってしまうものだ。 しかし、「自然な」という魔法の呪文を聞かされると、疑いの思考は停止し、何の抵抗感もなく受け入れてしまう。 この「自然な」という呪文はもっともポジティブな思考に心を変えてしまうことができる魔法の言葉なのである。
私の施術院では人体骨格モデルを置いているが、その骨格標本の背骨は、いわゆる自然なS字カーブを描いている。 骨格標本には、内臓を受け止めている骨盤を持ち上げるような腹筋もついていないので、単純に骨盤が重力に導かれるように背骨からぶら下がっている。 このような背骨の標本を手に「自然なS字カーブ」を力説する健康指導の先生がいらっしゃるが、スタンドに吊り下げられないと立っていられない骨格標本と、生身のからだを持った人体とを混同することこそ不自然というものだ。
明日につづく
昨日のつづき
ヒトの立位を側面から眺めてみると、姿勢と重力との関係がとてもよくわかる。 頭頂と股関節の中心が垂直に結ばれて、その線が踵とつま先の真ん中に落ちているような姿勢が自然な立ち姿である。 こうなるには、背筋を伸ばすのではなく、うなじを伸ばす必要がある。 この時、頭と胴体との重量は、仙腸関節にかかってくるが、それを受け止めている股関節は、その垂直線下の位置にはない。 だから年をとるに従って、頭の重心が落ち、恥骨が前に出て仙腸関節の重心も落ちてくると、もともと狂いやすい仙腸関節が、ますます外れていくことになる。
そうなると、骨盤内の器官がまず傷害され、次に両脚が弱まり、やがて全身に連動して歪みが拡大してくる。 そこで恥骨を後方に引くことにより、仙腸関節が前に出て、結果的に股関節が仙腸関節の重心に近づいて、関節が安定してくるのだ。 そのようになれば、一日中立ち働いても仙腸関節は外れにくくなる。
直立二足動物であるヒトは、膝と股関節を曲げる必要がなくなった地上初の動物である。 しかし、自然に膝と股関節が伸びているわけではなく、筋肉を使って積極的に伸ばしておかなければならなくなった。 それが証拠にヒトの股関節の靭帯は、まるで四足歩行時代のなごりであるかのような付き方をしている。 それに大腿骨骨頭部は、四足歩行状態では臼蓋にピッタリとはまった状態であるのに、直立二足歩行になると骨頭の一部が横にはみ出し、その靭帯は巻き付いた状態になっている。 そうなると、骨盤は後ろに傾いて、腰が反り身になってくるわけだ。
人類は、直立二足を維持し、膝と股関節を伸ばしておくために必要な筋肉として、大腿部裏側のインナーマッスルであるハムストリングスと下腿のヒラメ筋を使うようになった。 それと大殿筋、中殿筋、小殿筋といった殿筋も大腿骨を後ろに引っ張って、直立二足歩行を可能にした貢献者である。 これに加えて拇趾の屈曲筋も、立つことと歩くことに必要な筋肉として重要な役目を担っている。 足趾のうち、この拇趾というのは特別な意味を持っている。
操体では、拇趾を運動力点、運動作用点にすることを教えている。 年をとると、股を開いて歩くようになるが、それは膝と股関節を伸ばす筋力が弱って縮んでくるからだ。 すると、膝と股関節が屈曲し、特に股関節は外転して、それがO脚をつくることになる。 O脚になると歩行を困難にし、脳に悪振動を与え、肝臓をも弱めることになってしまう。 そこで拇趾に力を込めることによって、股関節の外転を防ぐことができるのだ。 これこそまさにアンチエイジングである。
直立二足形態の最も基本的な、「立つことと歩くこと」において、何といっても主役は筋肉であることに異論はない。 だが、その筋肉の使い方によっては、からだの歪みが大きく左右されることになる。 そのような筋肉の使い方については必須条件がある。 それは「肩と頸の力を抜くこと」、「下腹部丹田に力を込めること」、そして「肛門を内に締めること」の三つである。
肩と頸の力を抜くのは、心臓からの血流が硬くなった肩と頸に妨げられることになるので、肩と頸の力を抜かないと、頭脳への血液循環が落ちてしまうからだ。 次にからだ全体の重心である下腹部の丹田に力を込めることによって、腹筋力をつけて仙腸関節のずれを防止することができる。 最後に肛門を引き締めるのは、丹田に力を込めても、肛門が緩んでいたのでは、穴の開いた風船と同じだ。 そんな肛門締めはまた、大腸を直接刺激して、排泄力を高めてくれる。 そればかりでなく肛門締めをすることによって、脳髄をも直接刺激するので、脳の血液循環を高め、理性や感性もよく働くようになる。
明日につづく
昨日のつづき
からだに歪みのある人は、必ず中心軸がずれている。 からだの中心軸とは、頭蓋、頸椎、胸椎、腰椎、骨盤の各パーツを通る軸のことで、本来はそれらが一体でなければならないのに、その軸がずれることによって、筋肉のどこかに凝りができる。 すると、脳脊髄から末端に至るまでの全神経のどこかに渋滞が起こってくるのだ。 それらは背骨の異常が万病の原因になることでもよく知られているところだ。
たとえば、からだにかかる重力を背骨で軽減できずに、腰や膝にその負担がかかってしまったり、呼吸が浅くなったり、猫背になって内臓を圧迫してしまったり、椎間板に歪んだ圧力がかかり、神経を圧迫したり、・・・・・・数えればきりがない。 一般的に言って、前傾姿勢である猫背タイプの人は、常に内臓が圧迫されており、内臓疾患が懸念される。 また、腹を突き出して腰を反らせているのは典型的な肥満タイプである。
これらの背骨の異常の原因を世間では、筋力の低下であると考えられている。 「筋力が弱くなることで背骨の湾曲は大きくなり、脊柱起立筋の弱さが背骨の歪曲を助長し、その奥にある腸腰筋などがその歪曲をさらに悪化させてしまうことになる。 そしてそのような背骨の湾曲が過度になると、腹筋や脊柱起立筋、それに骨盤の筋肉や、下肢の筋肉まで影響を及ぼす」 としている。 確かにそうかも知れない。 だからといって、筋トレなどで筋力アップしただけで、果たして解決することになるのだろうか。 私にはいささか疑問が残る。
昔、カイロプラクティックのスクールに通っていた頃、 「筋肉には平滑筋と横紋筋があり、平滑筋は内臓などの壁をつくる不随意筋で、疲れることなく動きつづけられる筋肉であり、常に休むことがない。 一方の横紋筋は骨格を動かす働きをする随意筋であるが、使い続けると疲れてしまう筋肉である」 と、習った記憶がある。
ところで、心筋や腹筋は横紋筋なので、脊柱起立筋と同様、疲れや凝りや痛みが出てもよさそうなものだが、心筋や腹筋にはそうした現象が、ほとんど起こらず、横紋筋でありながら疲れを知らない筋肉である。 他にも肛門括約筋や瞼の筋肉も疲れを知らず、老化が起こりにくい横紋筋であると言われている。
ここで注目すべき横紋筋として、「腹筋」がある。 この腹筋が凝ったり、筋肉痛を起こしたりすることが殆どないのは、直立二足姿勢を維持するため育んできた筋肉であるからだ。 しかし、もし腹筋ではなく、背中の筋肉に頼っていたとしたらどうだろう。 そんなことをしたら、どうしても腰の筋肉を酷使してしまうことになる。 すると腰の筋肉が硬くなり血流が低下し、代謝も下がってしまう。 そして老廃物が筋肉に蓄積して筋肉痛を起こしてしまうようになるのだ。
実はこれこそが腰痛の正体なのである。 背中や腰の筋肉は使い続けると疲れてしまう筋肉なので、そのうち姿勢が悪くなる。 ということは、腹筋を使った立ち方をしておかないと、日々の筋トレにおいて、老化と徹底的に抗戦しない限り、年齢とともに姿勢は必ず崩れることになるだろう。
明日につづく
昨日のつづき
ヒトのからだが歪むのは、てっぺんに乗っかっている頭の重さが一番の弱点であるとすでに述べた。 そしてそれを支えるのが、柔軟性のある背骨であるということも。
そもそも頭の重量はできるだけ背骨が背負ってくれるのが、からだはいちばん楽ができる。 静止状態なら、背骨の上に頭がバランス良くのっていれば問題ない。 しかし、動物である限り、常に動きによって体勢は変化するので、常に背骨に頭の重量を背負ってもらうためには、その変化に応じて背骨を対応させなければならない。
そのような頭の重量を支える背骨の状態をより良く保つためには、首の位置がとても重要な意味を持つことになる。 まず、頭の重心であるが、頭蓋骨底部の大後頭孔という穴に頸椎が差し込まれるようにつながっており、この穴の位置で頭蓋が支えられている。 しかし、この大後頭孔という穴と頭の重心とが一致しないのである。 それが一番の問題だ。
人類進化の過程で、直立二足形態を選択したヒトの脳の進化においては、前頭葉に凄まじい発達があり、それは前方向へと成長していった。 その結果、頭の重心は頭の重みを支えるはずの頸椎より前、つまり、頭蓋の大後頭孔より前に移動してしまった。 別の言い方をすると、頭は重いのに、それを支える頸椎は、中央ではなく、その後方に位置する。 だから顎は、年齢とともに前に突き出て、それが頸椎を歪めることになるのだ。 こうなると、頭の重みを背骨に負担させることはできなくなってしまい、首や肩の筋肉を硬くする、すなわち首凝り、肩凝りによって支えるようになる。
この理論をヒトにおける構造運動力学的に考えれば、頭の重心が背骨を通るようにすれば良いということになるから、頭の重心を前から後ろに移動することで問題は解決するはずだ。 ではどのように重心を移動させるのか。 ここで首の位置が重要視される、 その首の位置によって逆に背骨の状態が決まってくることにもなる。
自然な首の位置というのは坐禅で教えるように、「鼻は臍に、耳は肩に」である。 これは道元禅師の言葉であり、 正面から見たときには、鼻は正中線上の臍からまっすぐ上に、側面から見たときは、耳が肩の上に位置するように坐るということだ。 それは頸椎の湾曲を説明したもので、首全体を後ろに移動させることであり、それには頭の重さを使って、後ろ寄りに頭を傾けてから少しアゴを引くようにして、背筋ではなく、うなじを伸ばし、頭の重みを背骨にのせて重心軸をつくることなのである。
頭の重量によって首の位置を後ろに移動することで、それまで前屈気味であった背骨が後ろへ伸びながら立ち上がってくる。 こうして上半身は十分に伸ばされ、頭と背骨のバランスが後ろに寄り過ぎないよう、ここで腹筋がリミッターとして働き、背骨の自然な湾曲が作られるのである。 特に肩甲骨の間にある胸椎は後ろへ出っ張りやすく、猫背の原因となるものだが、首を後ろへ移動することによって頸椎が立ち、猫背は軽減されることになる。
理論的にはそのように納得できるのではあるが、すでにからだの歪みを抱えている多くの人は、首全体の位置を後ろに移動させても、背骨の上に頭がバランス良くのせることは多分難しいことだろう。 何故なら歪みのある人は、肩こりや首の痛みを訴えていることが多く、それは首の筋肉が凝って硬くなっており、また背中の筋肉もやはり硬くなっている。 その硬くなった筋肉が首を根元から前方へずれさせているために、頭の重心を背骨の上にのせるような状態へ首をもっていけないからである。
しかし、頭の重心が背骨にのっていないと、からだの動きによって頭も揺れ動くことになるが、頭には脳が納められており、その脳は非常に揺れに弱いことがわかっている。 そこで頭の揺れを止めるために、首や肩の筋肉を凝らせて硬くし、首の自由を制限して揺れを止めているわけだ。 すなわち首や肩が硬くなることそのものが脳自らのなせる業なのである。
明日につづく