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  • 不自然の自然 その2

    姿勢はいいに越したことはありませんが、
    それにとらわれすぎてもなあ、と思う事があります。

     

    ある時、クライアントの女性から、
    「うちの母(85歳)、腰と背中が曲がっているんですが
    みっともないので、操体で真っ直ぐになりませんか?」と言われました。

     

    う〜ん。

     

    クライアントの方の気持ちもわからないではありませんが、
    今、お母様はちょっと腰が痛いとか、膝が痛いとかはあるものの
    いたって元気なんだそうです。

    それを「見栄えがよくないから、まっすぐにしたい」というのは
    どうしたもんでしょう。

     

    ご本人は別に不自由を感じていないのですが、
    娘さんは「姿勢がいいほうがいい」と思っているのです。

     

    こういう場合は、今、別にご本人が不自由していないのですから
    日常生活がスムースにいくようなケアでいいのでは?
    と、提案しました。

    また、ずっと昔、
    腰が直角に曲がっているけれど
    見事に太極拳をやっている90歳くらいの
    おばあちゃんを見たことがあります。

     

    私はこの時に

    「あ、不自然の自然とはこういうことなんだ」と
    思ったのでした。

     

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    仙台の葛岡霊園にて

     

  • ヒヨコとゆがみ おまけ

    『私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。

    見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです』 

    (Ⅱ コリント 4:18)

     

    見えるものは一時的で、見えないものは永遠ってのは、

    さすがに聖書の言葉は奥深いですよねぇ。

     

    整体でも操体でも、からだのゆがみをみたり、正したりっていいますが、

    では一体どこのゆがみをみてるのか?によって、

    そのとらえ方が全然変わってきちゃうような気がします。

     

    見えるものと見えないもの。

    ホントは見えてるのに見る目がないために見えないもの。

    いろいろ考えると面白いですよね。

     

    一週間ありがとうございました。

    来週は見えないものに目を留める畠山先生です。

     

    中谷祐祥

  • ヒヨコとゆがみ その6

    『歪み整復法は、運動を分析して、原始感覚に忠実に、最快適運動を自ら行えばよい。

    復原を「治療」という。「治癒」は自然が行なう』(生体の歪みを正す 橋本敬三論想集より)

     

    復原を「治療」といい「治癒」は自然が行なう・・・橋本先生はやっぱり素晴らしいですね。

     

    この意味をわかったつもりではなく、本当にわかるようになりたいもんです。

     

    中谷祐祥

     

     

  • ヒヨコとゆがみ その5

    健康の大事なキーワードの1つとして血行をよくすることが挙げられます。

     

    血液の基本的な役割は、新鮮な酸素とさまざまな栄養を個々の細胞まで届けて、

    いらないゴミを回収すること。つまり、血管という道路網を使って、

    からだの隅々まで必要な物資を運んでくれる運搬屋さんですね。

     

    ですからその流れがよければ物資の運搬もスムーズ。

    個々の細胞の仕事もはかどって、からだの調子もよいというわけです。

     

    整体などの手技療法ではよく「からだのゆがみを正して血行を促進する」と

    いうことを言いますが、血液の循環が悪くなることは万病の原因とも言えますので、

    普段から血行をよくするようなからだづくりを目指したいところです。

     

    もちろん操体法も効果大ですよ。

     

    中谷祐祥

  • ヒヨコとゆがみ その4

    ゆがんだからだというものがあるとするならば、

    正しいからだや正しい姿勢というのはどういうものなんでしょうか?

    そして、正しいからだや姿勢というのは何を基準にして正しいんでしょう?

     

    いろいろな考え方があるのかもしれませんが、

    人間は生きているということを前提にして考えれば、正しいということは

    その人にとって正しいというのが1つの考え方なのかもしれません。

     

    だってねぇ、人形やプラモデルじゃないんですから。

    やっぱりそれぞれのからだにはそれぞれの都合ってもんもあるんだと思いますよ。

     

    その人にとって自然であり、なおかつオーダーメイドであるからだ。

    そんなからだづくりが操体(法)の「からだにききわける」ってのだと思います。

     

    中谷祐祥

  • ヒヨコとゆがみ その3

    夏休みもそろそろ終わりですね。

     

    ウチのおぼっちゃまなどは相変わらず野球ばっかりですが、

    こないだその野球のキャンプがあったんです。

     

    野球のキャンプといっても川で泳いだり、山を歩いたり、

    卓球やったり、バドミントンやったり・・・まぁいろんな遊びです。

     

    暑いのに子供たちは元気ですよ。

    でも、いくら元気でも一日中動いてれば、やっぱり疲れます。

     

    で、夜にはぐっすり寝るわけです。そして、起きたらまたいっぱい遊んで、

    腹が減るのでたくさん食べて、疲れてぐっすり寝る。

     

    誰が見ても元気そのものです。

     

    栄養(食事)、睡眠、運動の三つが健康の三原則と言われるそうですが、

    こうしたからだそのものの力が元気なからだをつくるもとになっているんでしょうね。

     

    からだのゆがみを正すとは形の上だけのものをみるのではなくて、

    からだそのものの力をどうみていくかということが大切なのかもしれません。

     

     

    中谷祐祥

     

  • ヒヨコとゆがみ その2

    以前に友人と釣りに行ったとき、よく釣れる流れ込みのポイントがあったんです。

    そこでワタシが「ここよく釣れるじゃ~ん」なんて話してたら、

    そいつが「さっきそこの上流でウ○コしてきたからなぁ~」なんて言うんですよ。

     

     「なんだとぉ~!このサカナたちはオマエのウ○コのニオイで!?」。

     

     まぁ水が流れ込む場所は酸素が豊富で水も動いているため

     よく釣れるポイントなのは間違いないんですが、

     でもまさか事前にウ○コの撒きエサがしてあるとは思わなかったです・・・。

     

     ところでからだも約70%くらいは水だと言われています。

     そして、生きている以上はその流れをなるべく澱ませたくはないですよね。

     

     キレイな川の流れと同じように、いつもサラサラと流れていてくれれば理想的です。

     そして、ゆがんだからだというのは、その流れが滞ってる状態なのかもしれません。

     

     石をどければ川の流れが変わるように、

     ゆがみやコリを解いてからだの流れを変えていきたいものです。

     

     中谷祐祥

  • ヒヨコとゆがみ その1

     今週は操体法東京研究会のヒヨコちゃんこと中谷の担当でございます。

     一週間よろしくお願いいたします。

     今回のブログテーマは「ゆがみ」ということでございます。

     

     

    毎年この時期になると、セミがひっくり返っているのをよく見かけます。

     ひっくり返って動かないので「おまえはすでに死んでいる・・・のかな?」と

     思って突っついてみると、いきなり「ジジジジジジジジジー!!!」。

     

     びっくりしますよねぇ。

     

     こんなセミの死んだふり?を「セミ爆弾」とか「セミファイナル」なんて

     お洒落な呼び方もあるようですが、まぁセミに限らずに動かなければ

     「死んじゃってるのかな?」と誰でも思うのではないでしょうか?

     

     逆に言えば動いているということは生きているということですから、

     動きというものは生命現象だとも言えそうです。

     

     そして、その生きている証である動きをみれば、

     当然からだの状態だってある程度わかってくるはずです。

     

     大きく素早く動ければ誰が見ても元気に見えますし、

     小さく鈍い動きなら誰が見ても元気がなさそうに見えるもの。

     もちろんからだにゆがみがあれば動きにだって何らかの影響があるはずです。

     

     からだの状態は動きをみればわかるし、動かしてみればわかる。

     

    操体法の動診という診方はとっても理にかなっていると思いますよ。

     

     

     中谷祐祥

  • 自然に教えられる3

    今日から8月。

    新しい月が始まることに、感謝いたします。

     

     

    自我ではなく、いのちというエネルギー循環の中で、

    相手のからだと向き合う。

    そのときに感じる、変化。

    その変化は、

    歪みにみえることもあれば、

    健康へと導くサインでもある。

     

    循環する中で感じ取り、その変化を、

    また循環にかえす。

     

    それをしているのは、呼吸である。

     

     

     

    明日からは、いつも清らかな呼吸を感じさせる、

    瀧澤さんが担当いたします。1週間、ありがとうございました。

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  • 色紙

    7月20日の海の日に、操体マンダラが開催された。

    三浦寛先生が操体の極意を実技や講義を通して、発表された1日。

    ご参加された皆さまと過ごす中で、とても有意義な時間を過ごすことができた。

    ご参加くださった皆さま、ありがとうございました。

     

     

    その中で、参加者1人1人に、三浦先生から色紙のプレゼントがあった。

    色紙の内容は、すべて異なり、どんな内容が書かれているのか、私はとてもたのしみだった。

     

    私のいただいた色紙には、

    「妄想」には元々、力はない。力を与えているのは、自我である。

    ということが書かれていた。

     

    からだの要求を受け取れる存在は、自我ではないのである。

    空っぽになればなるほど、充足されるのだろう。