カテゴリー: 未分類

  • くいつく その6

    私はメーカーの営業として代理店さん向けに製品勉強会と称してセミナーを行うことがある。その時に参加されている方から時々どうでもいい質問を受ける時がある。くいついていただくのは非常にありがたいが、今のこの瞬間にその質問必要?と思うことがある。要するに本題とは全く関係質問なのだ。目に見えない空気感を感じてくれない。その場の雰囲気も関係ない。そのような代理店の方がいままでにまともな引き合いをくれたことがない。

    くいつくとことを間違えているのだ。あと少しでもこの場読んでくれたならと切に思う。

     

    2018年春季東京操体フォーラム

    4月30日(月)昭和の日に開催致します。

    テーマは「スポーツ障害と操体」です

     

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  • くいつく その5

    そもそもの操体の始まりは「くいつく」ことだった。体調不良を抱えていた患私が三浦先生に出会いここまで来ている。人生とは出会いによって運命づけられる。もし、母から三浦先生を紹介されていなかったら。もし、肩や首に不調を訴えていなかったら。操体を習い始めてこれは人にはできないテクニックを学べると思ってすぐに所得できると思っていた。しかし現在も五里霧中。その中でも微かな光は見えてきた!

    2018年春季東京操体フォーラム

    4月30日(月)昭和の日に開催致します。

    テーマは「スポーツ障害と操体」です

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  • くいつく その4

    最近、「ボケて」というサイトにはまっている。出されるお題に対して写真で一言、ボケて文章を投稿するものだ。フェイスブックみたいに「いいね」ボタンのようにその回答がおもしろければ星がつく。つまらなければ評価はいまいち。その星をもらったからといって何かもらえる訳でもない。ただリアルな自分に、そのボケに対して全くの別人が「くいつかれる」のに快感を覚える。評価を得たい気持ちになる。フェイスブックの「いいね」ボタンはある意味友人しかいない中で行っているので新鮮味がない。まずは飽きるまでボケ続けて頭を活性化したいと思います。

    bokete.jp

     

     2018年春季東京操体フォーラム

    4月30日(月)昭和の日に開催致します。

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  • くいつく その3

    いままでは出されていたものすべてに「くいついて」いた。あるもの全部欲しいと思っていた。もったいないという心境がそうさせていたのかもしれない。しかし、食してみてこれは必要がないと思えばそれは食べないという選択が絶対に必要だ。その判断を間違わなければ心地よく生活できる。

    2018年春季東京操体フォーラム

    4月30日(月)昭和の日に開催致します。

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  • くいつく その2

    私は営業なので売り上げを上げなければならない。しかし、「くいつく」意味を間違えると大変なことになる。会社の良いうわさが広がるのはいいが、悪いうわさが広がるのは最悪だ。ストーカーなのかただの恋愛感情なのかその判断されるのも日々の「くいつく」度合いがどれだけ程よいかによって決まってくると思う。ほどよい関係を築くのも操体の日々の考え方から学べる。

     

    2018年春季東京操体フォーラム

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  • くいつく その1

    今週からブログのテーマが「くいつく」に変わります。

    1週間お付き合いよろしくお願い致します。

     

    先日中学校の同窓会があった。約30年ぶりに会う人も大勢いた。ほとんどの人が良い人であったが中にはこいつとは以後付き合いたくないなと思う人がいた。その人は昔の友人関係を利用して営業をかけてくる。ここまで「くいつく」人を見ると嫌気がする。せっかくの会が台無しだ。私がもし開業したときに気をつけたい。反面教師として。

     

    2018年春季東京操体フォーラム

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  • 「正義と悪 ~その5~ 相対的な見方を変えてみる」

    先日yahooのニュースを見ていると「身体完全同一性障害」について書かれている記事を目にしました。

     

    その記事では五体満足に生活しているにも関わらず、自身の手足に違和感や不快感を覚え切断することを望む人がいるのだとされています。

     

    驚くことにそれを達成するために自ら足を切り落とす人もいて、それが達成されると自分のからだの一部が無くなったストレスから解放され幸せそうな表情をするだと記事には書かれていました。

     

    医者も切断された足を再生させようと試みるものの、再び同じことを繰り返すリスクを考慮し、手術を断念するみたいです。

     

    私自身、その逆の「幻肢」という現象があることは知っていましたが、初めてそういった病があることを知り、とても衝撃を受けています。

     

    こういった症例を聞くと、これまで私達が捉えていた健康の定義が崩れてきているのと同時にこれからはからだを診る側の意識も少しずつ変えていかねば対応出来ない時代になってきているのも事実です。

     

    今回の症例に限らず私も含めて人は「何が良くて、何が悪い」という相反する相対的な見方をし、悪い方を良くしていく見方、捉え方をします。

     

    しかし逆に良いとされる方をより良くし、結果的に悪い方が改善するだという見方や発想もこれからは必要だということです。

     

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  • 正義7

     

    多くの物語の中で、正義のヒーローは人々を救ってくれる。

     

    人間を霊と肉体とに分けて考えたとすると、

    「霊は生まれる先から救いが完成している」

    橋本敬三先生は本に書かれている。

    私たちの本質は、ヒーローを待つまでもなく、すでにもう救われているというのである。

    嫌なことや苦しいことをこの肉体をもって日常的に経験していると、救われてなんかいないじゃなかと思うが、それは見える世界や肉体的な面ばかりに目がいって、人間の本質を理解していないが為に、救われていることがわからないのではないだろうか。

     

    宇多田ヒカルさんの「道」という歌の一節にこうある。

    目に見えるものだけを信じてはいけないよ

     

    見るという強力な視覚以外にも、たくさんの感覚を私たちは備えている。

    見るだけでなく、そういった感覚に意識を向けていくと、また違った世界がひらけてくのかもしれない。

     

    一週間ありがとうございました。

    明日からは三浦寛先生です。

     

     

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  • 正義6

    操体を学ぶ様になってから、人に対してだけでなく、自分自身との対話も大切にする様になった。

    頭の中で会話をするだけでなく、自分のからだの感覚、感情、気持ち、欲求に耳を傾け、それをききわけるのである。

    そこには快的感覚を感じることもあるが、時に不快を感じることもある。きもちよい感情を感じることもあれば、嫌悪する様な感情を感じることもある。

    以前なら、良い悪いを判断し、悪いものには蓋をしたりしていたが、今はそのまま素直に受け取る様にしている。

    からだとの対話、コミュニケーションを大切にしていると、そこに調和が生まれてくるように感じる。

     

     

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  • 正義5

    数年前、イスラエルエルサレムを訪れた。

    そこはユダヤ教キリスト教イスラム教の聖地である。

    それぞれが自分たちの聖地であると言い、争いが起きた歴史があり、現在も治安は良くないと聞いていた。

    しかし、行って見ると、それぞれ大まかなエリアに分かれているものの、一つの地域にそれぞれの宗教を信ずる人達が生活して交わりがあるのである。

    内心どう思っているのかわからないし、警備している軍人がいることもあったと思うが、なんとかバランスを取って生活しているのである。

    なんだか不思議な感じかした。

    それぞれの教えがあり、それぞれの言い分があり、それぞれの正義がある。それら宗教は時として対立を生む。

    しかし、そこでは一つの地域に生活しているのである。

    そこは聖書、聖典に聖地と記されているからではなく、異なった宗教が交わり、お互いを理解することのできる場所だから聖地なのかもしれないと思った。

     

     

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