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  • 今週はスポーツプログラマーの講習に通っています。
    秋口から始まりましたが、今回のは座学中心ということで、一日机に座りっぱなしというのは、普段なかなかないので新鮮な気分を味わっています。
    その中の1つで、コミュニケーションに関する講義がありましたが、参加者同士でテーマを決めて、インタビュー形式でやりとりする時間がありました。
    そこではやはり操体についての話をするのですが、中には以前操体を勉強をしたことがある方や、全く知らない方もいらっしゃいました。
    3分、または5分で話すのですが、別々の意味で時間内に収めるのは大変ですね。
    言葉だけでどれだけ分かってもらえるのか。
    もっとこういうふうに話したかった、とか後から思ったりします。
    後から空き時間に実際に受けてもらったりで、交流も持つことができて、それはそれで有意義な時間でしたが、課題が残りました。
    本当に限られた時間の中で、こういうことをやっています、と説明できるように。普段ではそこまで制限は無いですが、わかりやすく話せるということにつながってくるのでしょうね。

  • ここ数日寒くなってきましたね。
    夜の戸外は上着が必須です。
    体調など崩さないようにご自愛ください。

    先日、鹿児島から姉夫婦?が上京してきました。
    前回帰省したのが2009年なので、会うのは3年半振りです。
    姉自身も久し振りの東京なので満喫して帰っていってようです。
    3日間一緒に回りましたが、スケジュールがやる気いっぱいでした(笑)
    主な所はツタンカーメン展浅草寺、並木の藪、スカイツリーすみだ水族館、お台場bills、ガンダムフロント東京
    回り切れないところもありましたが、三日間でこれだけ回れば十分でしょう。

    自分としては、せっかくなので操体も受けていってもらいたいとは思っていましたが、なかなか時間が取れず…
    最終日の、空港へのバスを待つ時間が少しだけ空いたので、ほんの短い時間でしたが椅坐位での操法を一つだけ。
    症状疾患、場所や時間にもとらわれなくていいというのは操体の強みですね。
    次の機会にはがっつりやりたいものですが。

    それでは一週間よろしくお願いします。

  • 操体的呼吸(最終日)

    我々は今、この瞬間に呼吸している、昨日、呼吸することもできず、明日、呼吸することもできない。我々はこの瞬間にしか呼吸できない、しかし、心はと言うと、昨日のことを思い返して反省し、あるいは明日に思いをはせ、希望や不安を持っている。からだはいつでも呼吸と共に現在にとどまっているのに、心は過去と未来のあいだを常に行き来している。
    だから、からだと心のあいだには隔たりがあり、その隔たりによって、病気や不安、緊張、苦悶が生じてくる。それゆえ、心を今、この瞬間に連れてこなければならない、何故なら、「時」というのは今しかないのだから。そして、それには意識的な呼吸をすることによって快感覚と共に、心を今ここに戻すことができる。
    呼吸を意識的に行うというのは、呼吸そのものから自分で呼吸を学ぶ、直感的で繊細な行為である。直感に基づくゆるやかなリズムに沿って吸気と呼気をつないでいくうち、魂であり、呼吸の源である内なる呼吸が、外なる呼吸である空気とひとつに溶け合う。
    外なる物質の世界と内なる意識である感覚の世界が融合するのは、外部のエネルギーも内部のエネルギーも同じ呼吸から来るものゆえに、かくて内と外は調和し、バランスを保つことができるのである。

    それでは例によって操体的な呼吸をしながら感じてみよう!

    〝 鼻から入ってくる息に目線をつけて、
    そしてまた鼻から息を送り出してみよう 〟
    〝 そのたびに、横隔膜が上下するのを感じてみよう 〟
    〝 これを読んでいく間も、深くゆっくりと、
    鼻から息を出し入れしながら、
    横隔膜がやわらかく上下するように、意識を向けてみよう 〟
    〝 一行一行、読み進みながらも、鼻からやさしく息を入れ、
    そして鼻からなめらかに息を送り出して、
    横隔膜が楽に上下するのを、気持ちよく感じていられるように 〟
    〝 これをしばらく続けよう 〟
    〝 空気が流れ込んできて、また出ていくにつれて、
    横隔膜が上下するのを気持ちよく感じながら 〟
    〝 そう、そっとからだの声に耳を傾けて・・・・・・ 〟

    明日からの1週間は瀧澤実行委員の担当です。

    2012年秋季東京操体フォーラムは11月18日(日)津田ホールにて開催決定

  • 操体的呼吸(六日目)

    自然呼吸をからだに通してみる、そして、ただ呼吸器だけをくつろがせ、からだ全身をくつろがせる必要は全くない。集中することなく、息の出入りを醒めて見守るだけ。そうしていると、自然な呼吸機能に気づくことができる。そうしたら次に、深呼吸をからだに通してみる。すると、からだの中の利用可能なエネルギーが増幅してくる。エネルギーの流れるところには必ず動きが存在する。そしてその動きはいろんな形で感覚できる。それはからだがつけてくる痛み、痺れ、振動、心地良さなどの感覚がある。また喜怒哀楽などの感情やそうした感情によってもたらされる、泣く、笑う、暴れる、踊りだすなど、実際にからだの動きが見られる場合もある。このような感覚を制御しようと思えば、呼吸を意識的にコントロールすることで、自由な感覚を得ることができる最も効果的な手段にもなる。
    しかし、呼吸は、内臓や自律神経、それに心理状態に強い影響を及ぼすことから、やみくもに呼吸法をやればいいというものではない。呼吸というのは、人為的にコントロールしすぎたり、過度の意識集中を続けると、逆に呼吸器や意識の緊張を招いてしまうことになる。そればかりか自律神経失調に陥ったり、血液中の活性酸素が増加して、免疫力が低下するような危険もはらんでいる。時と状況に応じた自在な自然呼吸が求められているのである。

    それでは例によって操体的な呼吸とともに感じてみよう!

    〝 鼻から入ってくる息に目線をつけながら、同時にこれを読みながら、
    息が鼻から入ってくるたびに、からだ全身の皮膚から、
    エネルギーが引き込まれるのをイメージして感じてみよう 〟
    〝 ゆっくりと深く入ってくる息とともに、
    からだ全身の細胞にエネルギーが入ってくる 〟
    〝 全身の皮膚がひらいて、エネルギーを受け入れる、そんなイメージで 〟
    〝 次に、読みながら、鼻から息を送り出すたびに、白く輝く光、
    あるいは燃えあがる赤い炎のように、
    エネルギーが放射されるのをイメージして感じてみよう 〟
    〝 鼻から送り出す息とともに、からだ全身の皮膚から、
    エネルギーを解き放ち、放射してみる 〟
    〝 これをしばらく続けてみよう 〟
    〝 鼻から入ってくる息に目線をつけながら、
    からだ全身の皮膚からエネルギーを引き込んで、
    そして鼻から送り出す息とともに、
    からだ全身の皮膚からエネルギーを放射する 〟
    〝 そう、そっとからだの声に耳を傾けて・・・・・・ 〟
    明日に続く

    2012年秋季東京操体フォーラムは11月18日(日)津田ホールにて開催決定

  • 操体的呼吸(五日目)

    我々は出生時において始めて呼吸を学ぶことになる。出生時点に居合わせた医師や看護師それに両親などが、自身が知らずとも、呼吸の仕方を教えているのである。出生というのは爆発的な感情エネルギーを伴い、呼吸をどのようなものとして学ぶかは、そこで重大な意味を持っている。赤ん坊は生れ落ちて間もなく、エネルギーと呼吸と感情との基本的な関係を自身で確立してしまう。
    実は、母親ならみな感づいていることだが、生まれたての赤ん坊であっても、意識も知性もあり、反応することや、印象を受け取る力があるいうことだ。本当のことを言うと、むしろ意識過多といった方がよく、生後、数時間は、生涯で最も敏感にトータルにまわりの世界を意識しているのである。しかし、生きのびるために、膨大な感覚のインプットをふるいにかける無意識のメカニズムを徐々に発達させていくことになる。こういった時期の赤ん坊は、自分を大きくひらき完全に受容的であって、呼吸をはじめとするすべての感覚を通して全世界を取り込んでいるのだ。まさに原始感覚の始まりである。
    この赤ん坊のような受容的な感覚を得るには、静かに座って、背筋を伸ばし、意識的に頸部や肩周辺を楽にして、胸部や腹部を緩めて、心穏やかに落ち着けていると、呼吸は自然に深くゆっくりとしたリズムになって、心もからだも心地よい快感覚に包まれてくる。やがてはイノチの波動も感ずることができよう。

    それでは例によって操体的な呼吸をしながら感じてみよう!

    〝 ゆっくりと、やさしく、やわらかく鼻から入ってくる息に目線をつけて、
    からだの中をいっぱいに満たして、息を止めないで、ただそっと、
    なめらかに、鼻から息を送り出そう 〟
    〝 無理なく、自然に鼻から外へ息が流れ出ていくように 〟
    〝 そしてすっかり息が出てしまったら、間をおかず、
    また入ってくる息に目線をつけて、からだいっぱいにしよう 〟
    〝 やさしく、やわらかく、からだじゅうに息を満たして、息を止めないで、
    ただそっとなめらかに、鼻から息を送り出そう 〟
    〝 息を静かに流れさせたら、間をおかず、
    また自然に入ってくる息に目線をつけて、からだじゅうに満たす 〟
    〝 決して息を止めず、こらえず、そっとなめらかに、鼻から息を送り出そう 〟
    〝 さらに間をおかず、また鼻から息が入ってくる 〟
    〝 しばらく続けてみよう 〟
    〝 やさしく、やわらかく、ゆっくりと鼻から息を入れながら、
    そしてゆっくりと鼻から息を送り出す 〟
    〝 決して息を止めず、力まず、 〟
    〝 そう、そっとからだの声に耳を傾けて・・・・・・ 〟
    明日に続く

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  • 操体的呼吸(四日目)

    感情はエネルギーからできており、ものを感じる能力はエネルギーの働きである。我々にとって最大のエネルギーは呼吸であり、エネルギーの流れ方は主にその瞬間の呼吸のありようで決まってくる。そんな呼吸は生命を維持する基本であり、心の入り口でもある。また何よりも、呼吸は生きていることの象徴であり証である。からだが疲れたときには、呼吸とその精神的な快活によって、そして心が疲弊したときにも、呼吸と背骨の感覚の覚醒によって、整復コースに乗せることができる。呼吸とエネルギーと感情のこの相互関係こそが人間生活の基本要素である。
    そこで今日は意識呼吸に入る前に、まずはウォーミングアップによって、呼吸器周辺の緊張をほぐして、横隔膜や肺が楽に呼吸できるようにしてみたい。
    はじめに息を静かに吐きながら、頭をゆっくり左右に回してみる、首や肩の凝りをほぐすような気持ちで行う。次に静かに息を吸いながら、肩を後ろから上へ、そして前にゆっくりと回し、続いて、静かに息を吐きながら、肩を前から下に、さらに後ろへとゆっくりと回していく。しばらく繰り返していると、リラックス感とともに自然にゆったりとした深い呼吸に導かれてゆくだろう。

    それでは例によって操体的な呼吸をしながら感じてみよう!

    〝 鼻から入ってくる息に目線をつけて、からだの中をいっぱいに満たそう 〟
    〝 そうしたら、やさしく、やわらかく、
    口から長いため息のように出してみよう 〟
    〝 もう一度鼻から息を入れて、からだいっぱい満たしたら、
    口からゆっくり息を送り出そう 〟
    〝 やさしく、やわらかく、長いため息のように 〟
    〝 今度は鼻から入ってくる息に目線をつけて、
    からだいっぱいに満たしたら、口から息を送り出すときに、
    あああああああ・・・・・・と音声にしてみよう 〟
    〝 もう一度、鼻から入ってくる息に目線をつけて、からだいっぱい満たし、
    そして口から送り出しながら、ああああああああ・・・・・・と音声を長くのばしてみよう 〟
    〝 しばらくの間、呼吸リズムを見守りながら、からだの声に耳を傾けてみよう 〟
    〝 どんな感覚をおぼえて、どんな気持ちになっているのか 〟
    〝 しばらく続けてみよう 〟
    〝 鼻から入ってくる息に目線をつけて、からだをエネルギーいっぱいにふくらませて、
    長くやさしい、あああああああ・・・・・・とともに、息を送り出してやる 〟
    〝 そう、そっとからだの声に耳を傾けて・・・・・・ 〟

    明日に続く

    2012年秋季東京操体フォーラムは11月18日(日)津田ホールにて開催決定

  • 操体的呼吸(三日目)

    ヨーガの経典には、一生の間の呼吸回数は決まっており、多ければ早く寿命が尽きるし、少なければ少ないほど寿命が延びると記している。そういった呼吸で肺が取り入れる空気の中にも生命エネルギーであるプラーナ(気)が含まれているが、この気がからだの中でうまく働かなくなれば早く老化したり、病気になったりすると教えている。
    ストレス社会に生きる我々は、粗雑で短く浅い呼吸をしながら環境の激変という危機の中で、生命活動の領域に大きな侵食がはじまっているのが現実だ。それは頸部や肩関節周辺、胸部や腹部などの上半身の緊張が原因になっており、ヨーガでいうプラーナ(気)が内臓の上部に滞っているからである。
    そこで滑らかで静かな、息の長い呼吸を意識的に行うことにより、全身の気と自律神経が調和し、健康の根源といえる操体的な呼吸を提言するものである。またこのような意識的な呼吸は心を浄化し、創造力や直感を生む原点ともなりうる。

    それでは例によって操体的な意識呼吸を始めてみよう!

    〝 できるだけ軽く、ゆっくりと、静かに呼吸をしてみよう 〟
    〝 ゆっくりと時間をかけて、鼻から息が出てゆく 〟
    〝 ちょうど鼻孔のすぐ下に羽毛があるつもりで、この上なく静かに、やさしく 〟
    〝 鼻先にわずかな風も起こさず、
    かすかな音の振動さえ伝わらないようにすれば、羽毛は動かない 〟
    〝 全身の力をすべてほどいて、ゆったりとリラックスさせること 〟
    〝 からだのどこかに少しでも緊張があると、羽毛は動いてしまう 〟
    〝 気持ちを鎮めて、思考を落ちつかせること 〟
    〝 心がほんの少しでも揺れ動くと、羽毛は動いてしまう 〟
    〝 ゆっくりと静かに息の出し入れを見守ろう 〟
    〝 あくまでも滑らかに、ただ平穏だけを生み出しながら 〟
    〝 そう、そっとからだの声に耳を傾けて・・・・・・ 〟
    明日に続く

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  • 操体的呼吸(二日目)

    呼吸というのは、からだの細胞が物質をエネルギーに、エネルギーを物質に、たえず変換している循環系を動かしている生体メカニズムである。呼吸によるエネルギーの肉体化は、まず量的レベルで始まり、からだと心の変容の可能性をより大きく拡げることになる。そして自分の呼吸をどれだけ意識するかによって、質的にからだと心に現れる性格が異なってくる。
    しかし呼吸を意識するというのは、どのように行うのか? 具体的に言うと、顔の真ん中の出っ張った小鼻部分と鼻の穴の奥にある洞窟のような鼻腔全体を意識して行うことで、鼻の空気の通りが良くなり、目がすっきりした感じになる。すると、呼吸が自ずと深くなり、横隔膜にも連動して呼吸と横隔膜が共に動きやすくなって、自然に腹式呼吸になってくる。
    このような人間の存在を左右する生体エネルギーは、常に呼吸を通して行われている。呼吸の速さ、リズム、深さ、強さ、からだの状態、意識の状態は、からだのエネルギーや形に確実に影響を及ぼさずにはおかないものだ。そのうえ、他の内臓が生命の動きをなかなか実感できないのに対して、呼吸では、イノチの鼓動を直に感じることができるのも特質と言える。

    それでは例によって操体的な意識呼吸を始めてみよう!

    〝 鼻から入ってくる息に目線をつけて、
    自然にとまるまで吸い込んで、そのまま息を止める 〟
    〝 そうして止めたまま、最後まで読んでみよう 〟
    〝 しかし決して力んではいけない、無理はしない 〟
    〝 少しでもつらくなったら、鼻から息を出して、もう一度はじめから 〟
    〝 背骨を真っすぐにして、全身をリラックスさせて、
    鼻から入ってくる息でふくらませよう 〟
    〝 鼻から入ってくる息に目線をつけて、力が抜けて、やわらかくほぐれるように 〟
    〝 からだと心に、何か変化が感じられるだろうか 〟
    〝 どんな気持ちになっているのか、
    どんな感覚がやってくるのか、からだによくききわけてみよう 〟
    〝 無理をせず、力まずに、楽に息を止めて、できるだけ長く息を保って 〟
    〝 そうして鼻から息が出てゆくときは、
    静かに、おだやかに、なめらかに流れてゆく 〟
    〝 鼻から入ってくる息に目線をつけて、深くやさしく吸い込んで、
    からだはリラックスさせて、そのまま息を止める 〟
    〝 そしてやさしく、ゆるやかに、
    静かに、流れるように息を送りだしてゆく 〟
    〝 そう、そっとからだの声に耳を傾けて・・・・・・ 〟
    明日に続く

    2012年秋季東京操体フォーラムは11月18日(日)津田ホールにて開催決定

  • 操体的呼吸

    今週は日下が担当します。 今日から呼吸というものを操体的に捉えて、その味わいを感じていただきたく思う。一週間、おつき合い願いたい。
    さて、その呼吸であるが、基本的には鼻でするものであり、息の出し入れも、匂うことも無意識に為されている。ところがこの鼻というのは、それ以外にからだ全体と密接に繋がっており、特に生体の歪みに直接関与している正中線と深い関係がある。ようするに鼻はからだ全体の方向性を左右する非常に重要な感覚器官でもある。そんな鼻の働きの中で、生まれてから死ぬまで続く生命の息吹きともいえる呼吸にスポットをあて、呼吸と意識の関係性について、より感覚を深めてほしい。
    そんな呼吸はからだのプロセスと同様に途切れることなく無意識的に統御される機能を有している。が、同時に、意識的に働きかけてコントロールすることも可能である。呼吸が意識的でもあり、無意識的でもあるというこのような特質は、人間存在の意識的な側面と無意識の側面を結びつける役目も担っている。そこに存在するのが「呼吸法の教え」なるもので、呼吸の営みに意識を介在させるというものだ。
    ところが非常に複雑で難しい方法が多いということから、誰にでもすぐ始められるというものではない。しかしそんなに難しく考えることはなく、操体的に言えば、自分の呼吸の流れに気づき、感じることで、その瞬間において、肉体と精神と魂の統合された機能に意識を向けることが可能になる。そしてその意識はからだ全身をつなぐエネルギーに活力を与えて拡大させ、またそのエネルギーに快感覚を呼び込んでリラックスさせてくれる。意識というのは、生命そのものとの直感に満ちた創造を行っているのである。

    さあ、それでは今から操体的な意識呼吸をはじめてみよう!

    〝 この文を読みながら、自分の呼吸に注意を向けてみる 〟
    〝 呼吸は途切れることなく、ずっと続いている 〟
    〝 読みながらも、意識して、呼吸している 〟
    〝 これらを同時に、こなしていることに気づいているものと思う 〟
    〝 鼻から入ってくる息に、目線をつけながら、意識を向ける 〟
    〝 鼻から入ってきた息がからだの中に入ってくるとき、
    どんな感覚をおぼえ、どんな気持ちになっているのか 〟
    〝 読みながら、からだの声に耳を傾ける 〟
    〝 鼻から入ってくる息によって、
    からだのどこが動いて、どこが動かないのか 〟
    〝 注意深く、からだの声をききわけてみる 〟
    〝 鼻から出ていく息にも意識を向ける 〟
    〝 息が鼻からからだの外へ出ていくとき、
    どんな感覚をおぼえ、どんな気持ちになっているのか 〟
    〝 読みながら、からだの声に耳を傾ける 〟
    〝 鼻から出ていく息によって、からだのどこが動いて、どこが動かないのか 〟
    〝 注意深く、からだの声に耳を傾けてみる 〟
    〝 そうしたら、もう一度最初に戻って、読んでいく 〟
    〝 鼻から入ってくる息と、鼻から出ていく息の干満とその流れに、
    耳を傾けながら、言葉の意味と響きにも耳を傾けながら 〟
    〝 もうしばらく続けてみる 〟
    〝 そして、クライマックスは、ただ、自分の呼吸リズムを感じてみよう 〟
    〝 そう、そっとからだの声に耳を傾けて・・・・・・ 〟
    明日に続く

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  • 『発心修身還神』

    橋本敬三師は、あの世はみんな行くところだから気持ちがいいところに決まっているヨ、と語っていた。
    私は未だに聖書もろくに読み通していないが、実母は読んでいた(ミッション系の高校に通った)
    40年以上経過したそれは、なぜか今私の手元にある。たまに意味もなく開いてみるくらいなのだが・・・。
    「皆一つ所へいく 全てのものは塵から出て 全てのものは 塵に帰る」
                                  〜旧約聖書 伝導の書 第三章29節〜

    塵と言えば宇宙を思い出す。宇宙と言えば宮沢賢治氏の信仰観を思い出した。
    「人や銀河や修羅や海胆(ウニ)は宇宙塵を食べ・・・」
                          〜春と修羅 宮沢賢治

    宇宙を感じたければ、昼にも出ている星や月を感じてみるといい。大人も子供も見上げることを勧めたい。  

    星のかけらを採りにいく――宇宙塵と小惑星探査 (岩波ジュニア新書)

    星のかけらを採りにいく――宇宙塵と小惑星探査 (岩波ジュニア新書)

    星は手に入れることはできないのでもなく、もともと自身にこそ在ると感じ取れる理由もわかってくるだろう。

    意識が変われば大いに関係する。
    私の実弟の父は、白血病と診断されて三年が経過した。
    その義父はますます、嗅覚が非常に鋭敏になっている。誰かが個室に入ってきた瞬間に健康度を嗅ぎ取っているようだ。
    それから骨髄移植して安定していた二年を過ぎ半年前に肺炎となり、現在は気管切開をして筆談の状態である。

    実母はその枕元に日々通いながら、私にメールなどしつつ、自分自身をみつめて語る。
    「私は今まで、この人とずっと一緒にいた気がしたけれど、今が一番、寄り添っているのよね・・・」
    たまに返すメールに頻繁に届くメールで、最近このように伝えてきた。
    残る蝉の抜け殻を集める私は、撤去されたシーソー跡で長男と近所の公園に居た。

    「浮く落ち葉 流行る廃るに 我知らず」
                     〜敬郁、詠む〜 

    ひとりではなにもできない、ひとりが始めなければなにも出来ない。一人の中にある一人から始まる。
    人間は、文化を持つ生き物であり、道具を使いこなし、それにより時間さえ創り出してきたといえる。
    三次元を超え、過去も未来も、そして自分自身の関与できる現時点の今、行動によって何を得て何を失っているのか。
    それを決めているのは紛れもなく、ひとりひとりの自己責任によって営まれていくのだから。

    またある日の朝、銀杏の葉を纏める掃除をしていると、散歩中の人が尋ねてきた。
    「ここではなにをしてもらえるんですか?」
    「なんでも出来ますし、なんにも出来ません」と笑って答えた。
    「ここがいたくて困っているんだけど、○○では何も変わらなかった」と言う。
    「それはお困りでしょうね、ホントのこと知っている”からだは”かわいそうですが・・」と語る。
    「なのでここでは・・・何をしてくれるんですか」と怪訝そうに言う。
    「ええ、なんでも出来ますし、なんにも出来ません」と真面目に語った。

    日々無軌道で落ちる銀杏の葉っぱに教わるせいだろうか、私自身ますます呑気になってきた。
    万事、こんな感じで繋がっていたい。自然に親しみ、自然から学べる自分自身でありたい。

    さて、最後にここで質問を一つ・・・これは何?(カミさま?)
    ・パワー、エネルギー、力である。
    ・普段は感じないほど、弱いのである。
    ・どんなに離れていても働くのである。
    ・全てのものに、等しく働くのである。
    ・幻のように、変化するのである。
    ・あまりにも、丁度よいのである。
    ・未だ、完全に理解されないのである。
    (※この答は一番下に記載)
    心配いらない。バランスを取っているんだ。バランス現象なんだ。人間は弱くなると強くなれることもある。
    おおきなものに巻かれていても、無我夢中で周りが見えていなければ気づくことはない。
    それを求めているのは、いったいどこのどなた様・・・なのか。

    ・・・今週のお付き合いありがとうございます。これにて最期となりました。
    星の瞬く夜空を見上げてまたお会いしましょう。ご機嫌よう、有り難うございます。

    明日からは日下実行委員によるブログです。お愉しみに!

    (近所で観た超人のアルバイトを激写)
    ※冒頭のカミさま?とは・・・重力を考察したもの(『重力とは何か』幻冬舎新書、大栗博司著を参照)

    2012年秋季東京操体フォーラムは11月18日(日)津田ホールにて開催