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  • 視覚その2

     佐助が担当する4日目です。今日は視覚とからだ(認知)の不一致について触れたいと思います。よろしくお願いします。

     からだは常に、視覚・聴覚・味覚・嗅覚・体性感覚などの感覚を活用して、外部の環境や対象の情報を知覚していますが、基本的に各種の感覚情報は分散並列処理されながら、必要に応じて排他原理に従って各感覚情報が統合されています。からだの錯覚は、この感覚情報の統合に不一致が生じているということになるのではないでしょうか。

     例えば、電車に乗っていて隣の電車が動きはじめたとき、実際には動いていない自分の乗っている電車が動き始めた感覚になることを感じたことはないでしょうか。

    自分が動いていると感じる自己移動感覚の基本は、「自分が歩行している時」の視覚情報や体性感覚情報が一致していますが、電車などの乗り物に乗っているこので、足の体性感覚と切り離された視覚情報だけで自己移動感覚が生じるそうです。からだが移動する時には、外部環境で視界に収まっている各点が、眼球の網膜上を一定の法則に従って移動します。この外部環境の視界に入っている点が動く時には、網膜上に光の流れが起きますが、この光の流れを「オプティカルフロー(optical flow・光学的流動)」と呼ばれるそうです。

     Dichigansらの実験によると、自分が動かない場合の自己移動感覚は、光刺激の提示時間が3秒以下で極端に短いと余り感じられませんが、5秒以上の提示時間があればある程度しっかりとした自己移動感覚を感じることが出来るそうです。対象のオプティカルフローの速度が、1秒間に視野の90度以上あれば、自分が動かなくても自己移動感覚を感じますが、視野の中心部(視野の30度以下)のオプティカルフローは自己移動感覚ではなく対象の運動を知覚することになります。反対に、視野の周辺部のオプティカルフローで、移動する対象の数(光の点)が多いほど、自己移動感覚を強く感じることになるそうです。

     Johanssonの1977年の実験によれば、視野周辺部(40〜90度)のオプティカルフローであれば、全視野の2〜3%の領域であっても自己移動感覚を感じるということなので、自己移動感覚に対する視覚情報の働きは相当に大きいという事が分かります。自己移動感覚は通常、自分が歩いている場合には視覚情報と体性感覚情報の影響を受けていますが、その割合は視覚情報のほうが大きいと考えられているそうです。

     現代の文化から考えると、自分のからだの体性感覚と多くの情報を受け取る視覚情報との間に感覚不一致が生じ、その不一致から生じるからだの不調との関係が考えられるのではないでしょうか。
     操体法でおこなわれる感覚のききわけ(感覚分析)は、今回書いたような視覚情報と体性感覚との不一致をも解決する糸口が隠れているように感じます。

     今日はこのあたりで・・・。ありがとうございました。

    2013年7月15日(月)の海の日に、東京千駄ヶ谷 津田ホールにて、操体マンダラ 2013を開催致します。

  • 視覚その1

     佐助担当の三日目です。今日は視覚の解剖を簡単に説明して、明日の視覚の不思議に触れてみたいと思います。よろしくお願いします。

     視神経は眼球網膜の第8層である神経細胞にある多極神経細胞から出る神経線維が集まって出来る神経となります。杆状体細胞および錐体状細胞の興奮は網膜の内顆粒層の双極細胞に伝わり、それがさらに神経細胞層の細胞に連絡し、この神経細胞の出す神経突起である線維はまず眼球の後極よりやや内下方の一ヶ所に集まり、視神経円板を作り、強大な神経幹となり、網膜の続きである視神経鞘に囲まれて後内側に向かいます。左右両側の視神経は眼窩後端の視神経管を通って頭蓋腔に入り、次第に相近づいて視神経溝で視交叉を作り、そのつづきは視索となり、間脳の外側膝状体および中脳の上丘などの第一次視覚中枢に達します。

     外界から眼に入ってくる視覚情報(光線)が水晶体の屈折作用を受けた後に、眼球の神経層である網膜に到達します。網膜の視細胞(耳側と鼻側の両視野が存在)により電気信号に変換されます(光受容性の桿体細胞、錐体細胞が含まれる)。
     双極細胞を経て、神経節細胞に達しますが、ここまでの神経要素を第1ニューロン といいます。神経節細胞から出た神経線維は、集まって視神経となり、視交叉を経て視床外側膝状体に到達します。ここまでの神経要素を第2ニューロンといいます。外側膝状体を出た神経線維は、視放線となって大脳後葉皮質の視覚野に達します。外側膝状体からここまでの神経要素を第3ニューロンと分けることができ、大脳後頭葉皮質を第1次視覚中枢といわれています。
     このように、網膜視細胞に与えられた刺激は、視神経を経て、大脳後頭葉に達して初めて視覚を生じます。この視覚伝導の経路を、視覚伝導路(視覚路)といい、3つのニューロンが関与しています。
     
     視覚中枢はこれらのように、大脳にあります。意識は大脳が司るものとされています。したがって、視覚とは意識下のものといえると思います。しかし瞳孔反射は、意識して瞳孔を開いたり縮めたりはしません。この瞳孔反射の中枢は中脳であり、無意識下で調節するものです。したがって視覚に関しては、意識下の大脳支配のものと、反射という無意識下の中脳支配のものが共存しているといえます。

     視覚は中脳支配の反射が存在するといっても、やはり大脳支配の意識下での働きが強いといえるために、からだの感覚のききわけの際には、目を閉じることによって自我が働きにくいことがいえると思います。

     今日はこのあたりで・・・。ありがとうございました。

    2013年7月15日(月)の海の日に、東京千駄ヶ谷 津田ホールにて、操体マンダラ 2013を開催致します。

  • ビックリニュース

     佐助担当の二日目です。よろしくお願いします。

     今年も半分が過ぎましたが、この上半期の一番ビックリした身近のニュースは、勤務先のクリニックに車が衝突したということです。
     たまに新聞やニュースでは、車のブレーキとアクセルを踏み間違え、建物に衝突する事故を目にすることはありましたが、今回は実際に目も前でこのような事故を目撃してしまいました。
     今回の事故は、ある御高齢の男性が通院後に車に乗り込み帰宅をしようとして、バックとドライブ(前進)を間違えて急発進してしまったようで、タイヤ止めや植木を乗り越えクリニックの建物に衝突したようです。

     事故後、地面は平らなのですが、建物が傾いているような感じになりました。

     自分自身が目を閉じれば間違いなく真っすぐ立っていることはわかります。しかし、視覚からの情報は傾いているという状態で、仕事をしている看護師の数名は、軽い頭痛や肩こりなどが出現して体調を崩したようです。

     からだの五感からそれぞれ感覚や情報を得ていますが、視覚からは全体の87%もの多くの情報を得ていることが分かっています。したがって視覚とその他の器官の情報との誤差によるズレから起こる反応として考えると、このからだの反応は正常の反応なのです。しかし症状だけをみると、緊張性頭痛などの診断名が付き、からだの異常と捉えることが本当の治療なのかを沢山の方々に考えてみていただきたいなぁと思います。主訴の症状にあるその原因が探れると、きっと対処方法も変わってくるのではないでしょうか。

     今回のブログは視覚について書いてみたいと思います。
     今日はこのあたりで・・・。ありがとうございました。

    2013年7月15日(月)の海の日に、東京千駄ヶ谷 津田ホールにて、操体マンダラ 2013を開催致します。

  • 長野より

     今日から一週間ブログを担当します長野県在住の佐助です。一週間お付き合いよろしくお願いします。

     この日本の長野県の田舎に住んでいて、自然の四季の移り変わりによるそれぞれ季節の美しさがあります。6月前半の梅雨の時期には、山々の葉の色が濃さを増すように見え、梅雨時期の晴れ間によって、靄や滴の光が幻想的な風景を作り出します。現在は梅雨らしい天気ですが、6月上旬は空梅雨により、残念ながらこのような風景を5月下旬から6月中旬にはみることはありませんでした。
     
     雨が降らずに大変な状態を向かえている農家が多かったのではないでしょうか。実際に近隣の地域では、田植え後に貯水池の水がなくなり、水が干上がる田んぼがでてきています。


    (画像は信濃毎日新聞より)

     また、4月中旬に降った雪や霜により作物の苗などの被害や、5月に降った雹による果樹園の被害など、長野県の新聞では農作物の被害を掲載することが多く、今年の長野県のこれまでの農業被害額が35億6200万円余と発表されています。
    やっと梅雨らしくなり、雨のおかげで潤っていますが、雨が多くても枯れてしまうというように、改めて農作物は自然の恵みであり、自然のチカラの流れには逆らうことはできないこと、そしてこの自然の中に生かされているイノチということを強く感じます。

     今日はこのあたりで・・・。ありがとうございました。

    2013年7月15日(月)の海の日に、東京千駄ヶ谷 津田ホールにて、操体マンダラ 2013を開催致します。

  • 最高の名医

    人にとって目にみえるものとはどれ位あるのでしょうか?
    今、自分の目の前に拡がる世界と風景だけが、全てで、みえないも
    のや証明出来ないものは全て”無い”と評価してよいものでしょう
    か?

    まがりなりにも、臨床家として、十数年を過ごしてきて、強く感じ、
    確信をして来ていることが、やはり、からだと向き合うということ
    は、目にみえる”現象”だけを追っかけては、遠回りになるという
    ことです。

    とかく、クライアントは自分の愁訴を強く訴えます。「膝が痛い」
    「腰が痛い」「頚が痛い」
    などなど、いわゆる目に見える現象とし
    て、我々臨床家人生にとっての第一関門として突きつけられるので
    す。
    ここで、私たち臨床家に求められるのは、クライアントと向かい合
    うか、クライアントの”からだ”と向かい合うかの明確な意思決定
    です。

    とかく、最初の頃はクライアントの要求に答えようと思って、痛み
    をとることに終始します。膝が痛いと言われれば、ひたすら膝の痛
    み取りと、クライアントの要求を満たすことが、施術だと勘違いし、
    気が付くと痛みをとることが仕事となってしまいます。

    これは、臨床家なら誰しもが、陥る最初の難関かもしれません。
    しかし、クライアントが抱える痛みを取り去ることが、その方の本
    質的な改善になっているわけではないのです。
    その証拠に、膝が痛いと訴えているクライアントの痛みが楽になる
    と、次は腰が・・肩が・・頚がと、痛みが飛び火をするのです。

    これこそが、木を見て森を見ずといった、本質から外れていく施術
    となってしまっている証拠です。
    こうなると、クライアントも臨床家もお互いが、迷路へと迷い込ん
    でしまいます。

    迷路に迷い込まないために必要なのは、やはり、クライアント本人
    の要求に向き合うのではなく、本質部分である『からだ』と如何に
    向き合って行くかが、臨床家のみならず、クライアントのためにも
    なるのです。

    よく、クライアントの中には、自分のからだはDr.やプロの施術家
    が治してくれるものだと勘違いしている方が多々いらっしゃいます。
    これは大いなる勘違いで、からだを治すのは当事者の『からだ』
    そのものの役目であって、決して、Dr.や臨床家達が治すわけでは
    ないのです。

    私たちがお世話出来るのは、元に戻しやすいからだの状況を作り、
    現在の間に合っていない状況から、いち早くニュートラルな状態
    になって戴くことだけです。
    これが橋本敬三師が仰っていた、『治すことまで関与するな!』
    意味だと思うのです。

    風邪だって、安静にしてホッとけば治りますし、大概の疾病は間に
    合っている状況下においては、Dr.なんて必要ないのです。寝れば治
    る!これが究極の治療なのだと思います。

    要は”神の手””奇跡の治療”何てものは、この世に存在しないの
    です。
    本人にとって最大で最高のDr.とは自分自身であり、その自分自身を
    最高に可愛がり、慈しんでやることが最大の治癒力UPに繋がっていく
    のです。

    今回の春のフォーラム冒頭で、三浦先生が『自分のことめんこい
    (可愛い、愛らしい)と思ってる?』
    という問いかけを参加者にされ
    ていました。

    最初は皆さん、『ん?!』と質問の本質が解らず、首をひねったり、
    上を向いて考えたりしていましたが、ここに最高の名医になれるかど
    うかの、境界線があるのです。

    病んでいるクライアントの共通項は『自己否定』です。
    『何でこんなからだに生まれて来たんだろう!』『何で私ばかりが
    こんな目に遭うんだろう!』『もう!この膝のせいで!』などなど、
    恨み辛みのオンパレードです。自分の日常の行いはさておいて、全
    て悪くなったからだへの怒りと、憎しみで充ち満ちてます。

    どうでしょう?例えば、からだでは無く、自分自身の人格を、毎日
    『オマエはクズだ!』『オマエは駄目だ!』と否定し続けられたら、
    どんな気分になるでしょうか?どんなに出来る人でさえ、病んでく
    ると思います。

    でも、膝や腰、頚を否定し続けるとはこういうことなんです。
    否定し続けられたからだ達は、精神的に病んでしまい、動けるはず
    の機能にブロックをかけ、可動域を狭め、痛みの信号を更に強く本
    人に送り出すのです。
    からだの痛みや、心の辛さを否定したり、逃げるのではなく、敢え
    て受け入れ、向き合うことで、先ずからだの声を理解してやること
    が、治療における第一歩なのです。

    その上で、こんな状態になるまで一所懸命に色々なものから守って
    くれたからだを愛おしく、愛でてやることが重要なのです。

    我々にとって目に見えなく、効果の最大作用として伝わるものが
    『感謝』です。
    不思議なもので、声に出さなくても、空間を通してこの、感謝は
    伝わってくるのです。あぁ、本当に喜んでもらっているなぁとか、
    感謝戴いているなというものは、理屈ではなく本当に肌で感じ取る
    ことが出来ます。

    本当に自分のからだを”めんこい”と思い、感じ、声に出してやる
    ことこそが、最高の治癒力UPの鍵ではないでしょうか?最高の名医
    である自分自身は、自分で育てるのです。めんこいと思うだけで良
    いのです。

    一週間お付き合い戴き有難う御座いました。明日からはお待ちかね、
    最高の師匠、三浦寛先生です。

  • 仮吉方―その後

    『安来ぃ〜千軒〜 名の出たところぉ〜 社日桜にぃ〜 十神山ぁ〜』
    って、何を書いているのか分かる方は、出雲の住人かチョット変わった
    人だと思われます。

    これは、一昨日のブログ出雲大社平成の大遷宮の中でも書いた
    のですが、島根県と聞いて真っ先に言われるのが出雲大社!』
    して、『砂丘!(しつこいですが)』ですが、ご年配の方になると、
    極希に『ドジョウすくい!』と仰る方がいます。

    最初に書いた『安来ぃ〜』はその『ドジョウすくい』の時に唄われ
    る、島根県の民謡安来節(やすぎぶし)』の一節です。
    何でこんなこと書いたかと言いますと、現在、私の仮住まいが、その
    安来節』で有名な安来市だからなのです。

    私はシジミで有名な宍道湖(しんじこ)』のほとり、宍道町(しんじちょう)』
    に研究所を構えているのですが、現在はその研究所から37Km離れた、
    安来市を生活の拠点としています。もっとも、仕事は宍道町にある
    研究所で行っていますので、安来から宍道町まで通勤生活をしてい
    る毎日です。

    え〜っと、詳細は3月のブログをご確認戴ければと思いますが、決して
    嫁に家を追い出された等の、悲しいお話ではありませんので、悪しか
    らず。
    これも、昨日の『選名』に続いて、私自身が今行っている修行の一つ、
    『仮吉方(かりきっぽう)』です。

    この『仮吉方』簡単に書きますと、現在、自分の住んでいる自宅から、
    任意の方向へと、仮の引っ越しを行うことです。期間も決まりがあり、
    75泊以上行います。どこへでも好きなところへ行けば良いのか?と言
    えば、これも、個々に行ける方角、行けない方角の取り決めがあり、
    仮に夫婦でも同一方向へと行けないこともあるのです。

    人間の運気は『家相』『姓名』でその殆どが決まるとも言われてい
    ます。その中でも家相は非常に大きなウエイトを占めると言われてい
    ます。
    自分が生まれおち、育った土地に根を張り、食事をして我々は大きく
    なっていきます。

    この時に、植物ならばそのまま土地に根付けばよいのでしょうが、
    さすがに人間は雨露をしのぐための、家が必要になってきます。

    その、自らの器とでも言うべき家が自分にとって、或いは家族にとっ
    てプラスに作用する家か、マイナスに作用する家かの違いは、一生に
    大きく影響してきます。本来、マイナス作用として家族に影響を及ぼ
    す家ならば、引っ越しをするのがベストなのでしょうが、現実問題と
    して、家のローンが残っているとか、立て替えをしたばかりなど、
    様々な問題が有り、簡単に引っ越すことが難しい場合が多々あります。

    その場合に、吉方向へ引っ越しをしたのと同じ効果を得られる手法が
    『仮吉方』なのです。

    私は自宅より東方向にある『安来市』に仮吉方に出て、仮住まいで75
    泊をしてその後、宍道の自宅へ戻ります。こうすることで、今年は
    『七赤金星』の吉を戴けます。七赤は私にとっては師匠である、三浦
    先生の本命星でもあり、最大吉方でもありますので、嬉しい限りです。

    この仮吉方で、私自身の人生にとって非常に重要な意味を持つ、七赤
    をとることが可能となります。

    気学は実学です、ただ単に耳触りのいい話を聞いて、気持ちよく
    なるだけでは何の役にもたたず、人生の動きはありません。
    そこから何かを見つけ、何かを感じ、自らの足で『動き出す』ことを
    しないと、何も変わりません。何も知らない方が、気学って占いの一
    種ですよね?などと言われる方がいますが、手をあわせてお願いして、
    ひたすら棚ぼたを待つ様な他人任せのものとは明らかに違います。

    よく、気学は天体学だと言われますが、バタフライ・エフェクトの如く、
    人が何かに突き動かされて、行動を起こすことで、最初は小さなさざ波
    程度ですが、その渦の動きに巻き込まれて、今迄とは違う空間変化が起
    こり、日常が少しずつ変化、やがて大きな渦となり、人生が新たに動き
    出して来るのです。

    どうせ人生を動かすのなら、宇宙の運行を理解した上で、ベストの
    タイミングと、流れに抗わないタイミングと手法で行う方が良いじ
    ゃないですか?

    明日が見えにくい混迷の時代だからこそ、一つの指針を持って生活
    をおくることこそ、人生における最高のサバイバル術かもしれません。

  • 選名−その後

    前回、三月のブログで私が気学について、つらつらと書いておりま
    したが、『選名』『仮吉方』に関して進捗がありましたので、遅
    ればせながらご報告を致したいと思います。

    よく、気学操体って違うモノでしょ?って聞かれることがあるの
    ですが、イヤイヤ、さにあらず、私が気学に惹かれた大きな理由の
    一つは、橋本哲学の根底にもある、その生命観や宇宙観と、気学の
    思想における類似点でした。

    気学は元々、中国の殷周夏時期に成立、体系化され、仏教と共に日
    本に入ってきた歴史ある学問です。歴史的に用いた人物としては有
    名どころとしては、平安期の陰陽師安倍晴明然り、戦国時代の軍
    師などは戦時に常識的に用いていました。
    有名なところとしては、江戸時代黎明期のフィクサー天海僧正の用
    いた、大いなる大都市構想、江戸の町作りも、陰陽・風水学によっ
    て創られました。

    それらを、明治末期に九星術と陰陽五行説と十二支を組み合わせ、
    園田真次郎『気学』として発表しました。
    私たち地球上に生きている生き物は、大小に関わらず、宇宙の運行
    によって活かされています。

    天の気が最初に地球上に降り注ぎ、天の気によって地上の気が立ち
    上がり、その間に我々は活かされているので、当然、宇宙の気によ
    って体調やメンタル部分までも影響が及びます。
    ですから、当たり前の如く、今年一年、今月一ヶ月、今日一日とい
    った、宇宙の運行を理解した上で、過ごすのと、何気なく日々過ご
    すのでは体調も運気も全てが変わってくるのです。

    それを分かり易く後生に説いた学問こそが、気学で有り、ある意味
    人生における『Life Navigation』の様なものです。
    その初級編として出来るのが、『選名』です。詳細は前回の私のブ
    ログにも書いているので割愛しますが、簡単に言えば名前を代える
    ことです。

    先週、裕海師匠のブログ”上をむいて歩こう”の中で、三浦先生が
    三つのビーカーにお米を入れて、バカヤローと書いた紙、ありがと
    うと書いた紙に個々にバカヤロー、ありがとうと声をかける、そし
    てもう一つは無視するという話がありました。

    まさに、これこそが『選名』の真骨頂なのです。
    無視されることは論外としても、運気の良くない名前を子供の頃
    から呼び続けられることで、子供自身に刷り込まれれば、その子
    は親が子にと思って付けたはずの名前が、仇になることもあるのです。

    DQN、キラキラネームなどと言われるふざけた名前が、興味本位にT
    Vで取りあげられる昨今だからこそ、漢字という象形文字を使う民族
    である日本人が、名前の持つ重要性を今一度考えなければと思うの
    です。

    今、世の中には様々な姓名鑑定法が存在しますが、どれも一長一短
    です。
    画数鑑定が姓名鑑定の大半を占めていますが、素人に分かり易いと
    いう理由と、単純に指導者の勉強不足の他なりません。
    漢字という特殊な文字を言語として操り、音として発する日本人に
    は天然自然の理(ことわり)を理解した上でないと、安易に鑑定は
    出来ないのです。

    日本における姓名鑑定の基礎を創ったのが、明治時代に現れた天才、
    『小林晟高(こばやしせいこう)』ですが、日本でこの小林晟高の流れを
    汲み、実践されているのが、村山幸徳氏の姓名鑑定です。

    と、前置きが、かなり長くなりましたが、先月の5月9日より、
    『福田勇治』から『福田祐也(ゆうや)』に名前を変えました。
    名前の詳細を細かく書き出すと、それだけでトンでもない文字数を
    要するので割愛しますが、二つあった候補の中から、何故、『祐也』
    にしたのかだけを書きたいと思います。

    当然のことながら、『三大原則』『五大真理』に則って選名して
    戴いたので、問題はないのですが、『祐也』で気に入ったのが、
    『祐(ゆう)』の文字でした。
    以前の勇(ゆう)も嫌いではなかったのですが、地数(名前の最初の
    一文字)の9画は凶数であるのと、勇は”まおとこ”とも読み下せますし・・・

    ”祐”に惹かれた最大の理由は、私の愛読書坂の上の雲の主人
    公の一人、秋山真之の言葉が頭にあったので、大きく惹かれたのだ
    と思います。

    坂の上の雲 全8巻セット (新装版) (文春文庫)

    坂の上の雲 全8巻セット (新装版) (文春文庫)

    一般的に秋山で有名な言葉は(ホントは東郷元帥の言葉を加筆ですが)
    『天気晴朗なれども波高し』ですが、もう一つ、海戦終了時に言った言葉が、
    『天佑ト神助ニ依リ』という言葉で戦闘詳細を報告したそうです。

    『天佑神助(てんゆうしんじょ)』の意味としては、天の助け、神の
    加護ってことですが、人智を越えた奇跡的な部分、思いがけない偶然
    によって助かる、或いは助けをうけることの例えのようです。

    臨床家として日々、色々な方々のからだと向かい合っていると、色
    々と不思議なことを経験することもあります。
    少なくとも操体の臨床家であるかぎりは、自分の力でクライアント
    の状態を改善しよう!とか、俺が!俺が!などと言った『我(が)』
    を挟む余地はどこにもありません。

    クライアントのからだは常に、私達臨床家を冷静にみています。
    「こいつ、ちゃんと俺の声を聞いてくれるのか?」という無言の訴え
    をどれだけシッカリとうけとめ、施術に反映出来るかが、我々臨床家
    のつとめであると考えます。

    臨床を重ねると、人智を越えた部分でからだが変化をしていく瞬間に
    出会うこともあります。今後、臨床家として天の助けを受けながら、
    どれだけ、からだと向かい合っていけるか、そんな愉しみな、名前を
    戴きました。

    名は体を表し、人生をも反映するのですから。

  • 出雲大社平成の大遷宮

    梅雨入りしたと言いつつ、スッカリ夏の装いの出雲之国ですが、今
    年の出雲は例年に無く熱い夏です。ベタな出だしで恐縮ですが、今
    年は60年に一度の出雲大社平成の大遷宮がある年だからなので
    す。

    しかも、ダブルで目出度いことに、今年は20年に一度のお伊勢様の
    遷宮でもあるという、『W(ダブル)遷宮という喜びも二倍二倍!
    高見山ばりに喜んでいる出雲之国です。

    国宝である現在の御本殿は、1744年に延享の御造営以降、これまで
    3度の遷宮が行われました。私も未だ記憶に新しいですが、平成20年
    4月に、御祭神である大国主大神が御本殿から御仮殿に御遷座される
    「仮殿遷座祭」が執り行われました。
    そして、翌21年から、御本殿のみならず摂社末社も、修造工事が
    進められてきました。

    御本殿の修造は、大屋根檜皮(ひわだ)の撤去、野地板の修理など
    を経て、新しい檜皮による葺き作業も平成24年3月に終了しました。
    そして夏には、修造期間中御本殿を覆っていた大きな素屋根も取り
    除かれ、新しく生まれ変わった御本殿がうっすら姿を現わしました。

    何せ言っても、島根県は知らないけど、出雲大社は知っている!
    と言うのが、多くの都会の方々のコメントで、オマケに砂丘も有名
    ですよねと、他県もゴチャ混ぜです。出雲之国としては、今年位は
    名誉挽回をはかりたいところです。

    今年の大遷宮を考え、昨年辺りから急ピッチで、社周辺の再開発
    が進み、潰れかけていたような店舗が次々とよみがえり、俄に活
    気を帯びてきました。
    昨年までは寂れたシャッター通りの様だった通りも、今では平日
    でもそこそこ、人で賑わうようになって来ました。

    参考にした町作りは、やはり、伊勢神宮おかげ横丁だった
    ようです。
    さすがにおかげ横丁のように、何百億もかけることは出来ませんが、
    ボツボツ集客になっているようです。

    しかし、個人的に今回の平成の大遷宮で一番嬉しいのは、出雲大社
    最大のパワースポットである、『素盞社(そがのやしろ)』が又、
    お邪魔出来るようになったことです。何と言っても、本殿の真後ろ
    に当たるような位置にで〜んと構える社は何とも言えず素敵です。

    と言っても、いつもの如くお社はあくまでも、ランドマークでしか
    なく、本当の意味でのパワーを持っているのは、お社後方の『岩』
    たちです。
    お社、ま裏の岩も結構な感じですが、寧ろ後方左側にある岩から
    漂うパワーが尋常ではないエネルギーを感じさせます。
    さすがに、直接触れることが出来ないように、ロープが張ってあった
    ので、コレに関しては出雲大社Good Job!と思わず叫んでしまいました。

    俗世にまみれた我々が、神域のパワーポイントに直接触れるなんて
    愚行は、絶対にやってはいけない行為なのです!
    その良い例が、素戔嗚尊祭神と祀る、出雲市佐田町須佐神社
    のご神木はかつて、自称スピリチュアルなんちゃらと名乗るお方が、
    素晴らしいなどと本で紹介したもんで、来る人来る人がペタペタと
    ご神木を触って帰るものですから、
    気が枯れてしまう、いわゆる『汚れ』た場所となってしまい、
    以前は、神社入り口からでも、天に向かって立ち上がるような光の
    柱が感じられたのですが、今ではみる影もありません。

    嘆かわしい話しですが、無知とはこうも怖いものなのです。
    神のエネルギーは直接触れなくても、充分に吸収出来るのです。
    神のエネルギーは、選ばれたごく一部の人にだけ与えようなどと、
    ケチ臭いことは申しません!
    場を荒らすことさえしなければ、無限の愛の如く我々に平等に注いで
    くれるのです。

    礼儀を守り、正しく参拝し、恩恵を戴くといった、我々側の参拝に
    おけるルールさえ遵守すれば、必ず暖かく見守って戴けるのです。
    欲を張らない、幸せのシェアの法則こそ、橋本敬三が言われていた
    『バルの戒め』そのものなのです。

    是非、今年は60年に一度の『W遷宮の年ですから、お伊勢様だけ等
    とセコいことは言わず、砂丘の近く、出雲の地へいらっしゃいませ〜

  • 2013 SOTAI Forunm in Valencia『場所編』

    海外フォーラムでの愉しみの一つに、見知らぬ土地での出会いがある。
    何も出会いとは人ばかりではなく、私にとって大きな感動があるのは、
    『場所』でしょうか。

    有名な場所もあれば、誰も気付くことがない位にマイナーな場所など、
    その人の感性によってそれは違うのです。
    場所には当然建物も含まれますが、その国独特の感じがあり、妙にシ
    ンミリしたり、テンションが上がったりと、ホント不思議なものです。

    私が未だ二十代の頃、ある方に「若いときの苦労は買ってでもやるべ
    きだし、ジジイになってからでは出来ないことが人生にはたくさん有
    るぞ!」と言われ、「海外旅行もその一つだ!借金してでも海外は行
    っとけ!その借金は年をとってからの大きな財産になるぞ!」と言わ
    れました。

    ウブな私はその言葉を丸ごと信じ、アメリカ本土を手始めとして、
    ニューカレドニア、中国、東南アジア、変わり所としてはサハリン
    (旧樺太)等々、仕事も多いですが、遊びでも各地へ行きました。

    現状、何の役にたったかと言われても、即答出来ない位なので、まぁ
    ご愛敬ですが、海外へ行くぞ!が、東京へ行くぞ!よりも気楽な心境
    なのが、まぁ、所詮、人間何処でも生きていけるか〜的、お気楽さを
    生んだ土壌になっているのかもしれません。

    私にとっての『スペイン』『トルコ』は発のヨーロッパで、最初は
    正直、余り気乗りしなかったのですが、行ってみてとっても好きに
    なりました。
    ヨーロッパという、歴史がある故の、中世期のヨーロッパ各地での
    戦争や、民族間の対立など、世界史で習うヨーロッパはダークなイ
    メージしか私の中になかったのが、その大きな理由でした。

    ヨーロッパ移民の国、アメリカが初めての海外旅行だったので、尚更、
    あの脳天気でエンターテインメントのお国、アメリカの軽〜い雰囲気
    とは違う、重々しい感じが、どうしてもヨーロッパにはあったのです。

    ですから、そんな私にとって、底抜けに明るいスペインの地は最適だ
    ったと言えます。アジアとヨーロッパのクロスロード、トルコも、
    初めて行ったのにも関わらず、懐かしさを感じさせるとても魅力的な
    場所でした。

    そんな私が感じるトルコ&スペイン素敵な場所ベスト5です。

    第五位:マドリッド・マヨ-ル広場(PLAZA MAYOR)界隈
    私にとってのマドリッドのイメージはこのマヨ-ル広場とサン・ミゲル
    市場を中心とした、界隈です。最初にマドリッドに訪れた際に連れて行
    ってもらって、インパクトが強かったということもあるのですが、マド
    リッドの中心にあたる場所なので、観光客も多く、街の活気が一番感じ
    られる地域です。

    マヨール広場名物、インチキシリーズは毎年大うけで、少しずつ肥大化
    している”小太りスパイダーマン”や”ディズニーキャラの大ネズミ”
    等々、ここは中国か?と思うほどのインチキぶりで、笑えます。
    広場中心のフェリペ三世の騎馬像も何故か、何度来ても記念撮影をして
    しまいます。

    このマヨ-ル広場とほぼ、セットで訪れるのが、スペインの美味しいも
    のが集まっている、『サン・ミゲル市場』です。
    まぁ、あるわあるわ、スペインの美味しいものが全て集まっているので
    は?と思う位の食のワンダーランドです。色鮮やかな食材達、その場で
    飲みつつ、食せる感じも最高です。ここは、毎回行っても愉しい場所ですねぇ〜

    第四位:ラマンチャ地方、コンスエグラの風車群
    ここは今年始めて連れて行ってもらった場所でした。マドリッドから約130Km位
    の距離があり、地元の大悟君に車で連れて行ってもらいました。車は初心者なん
    だよねぇ〜等と不吉な話しを聞きながら、若干の不安を覚えつつも、散々ハイウ
    エイの入り口で迷い、ゲッソリしながら何とか辿り着きました。

    このラマンチャ地方のコンスエグラという小っちゃな町は何だか、とっても良い
    感じで、私的には何故かツボでした。
    残念ながらヨーロッパ文学はサッパリなので、ドン・キホーテと言われても、
    安売りか?!位なイメージしかない私ですが、このコンスエグラの風車はあのドン
    ・キホーテの舞台になったと言われているようです。

    風車の幾つかは中に入って、見学も出来るので、やたら関西訛りの日本語を喋り
    まくる、店の名物おじさんを横目に、風車の中で暫し撮影会をしつつ、青い空と
    コンスエグラの茶色な町が見事にマッチし、えも言えぬ風景として私の目に飛び
    込んできました。町も含めこういう田舎の方が何だか味があるなぁ〜とつくづく思いました。

    第三位:セゴビアローマ水道
    水道橋は日本でも阿蘇通潤橋など、色々とありますが、セゴビアのローマ
    水道橋はその規模も雰囲気も私の想像を凌駕していました。
    世界遺産であることもさることながら、20,400個の石のみで出来た、全長728m、
    163ものアーチから成る水道橋は圧巻の一言でした。

    建築技術も十分でなかった1世紀後半に、既にこの様な建造物を作った技術力は
    本当に凄いの一言です。
    町も雰囲気よく、意外にブランドショップが数多く存在するのもミスマッチで面
    白かったです。

    第二位:トレド
    ここは本当は一位といってもよいのですが、トレドも毎回訪れている、素敵な世界
    遺産の街ですねぇ〜
    トレドも毎回、地元出身、大悟君に案内してもらっているのですが、このトレド町
    並みも素敵なのですが、一番の愉しさは地元出身者、大悟君ならではの、マニアッ
    ク見学ツアーと言いますか、普通の観光客はまず、行かない場所へ行けることでしょうか。

    スペインで二番目に頭がよい?と大悟君が言っている学芸員の友達に、
    400〜500年位前のスペインの歴史的価値の非常に高い、貴重な革製の本
    や、楽譜などを見せてもらったこともありました。

    今年は、美術学校の中に入れてもらい、学校に居た、現役の教授の
    方々に美術論を語って戴きました。数百年前の焼き物の割れた欠片
    を参考にして、当時の製法を再現し、後生に伝える作業をしている
    話しなど、貴重な話しを聞くことが出来ました。
    今年は、風景が最高の場所があると、大悟君に言われ、とんでもな
    い山の中を歩いて行き、着いた場所で思わず、どこが?と聞き返す
    様な、今考えると笑えるような場所も、トレドならではですねぇ〜。

    第一位:グランドバザール
    で、一位がこれはまったく、個人的見解なので、お怒りはごもっとも
    ですが、私にとっての愉しみ、イスタンブール『グランドバザール』です。
    オスマントルコ帝国時代の1461年から続く歴史的建造物で、時代と共
    に増築が繰り返されたため、奥へ奥へと果てしなく続くまるで迷路です。
    64の通り、22の出入り口に加え、3,600を以上の店舗がある、世界最古
    で最大規模のデパートの一つです。

    毎回行っているのですが、未だに全ての店舗を廻れていません。違う通り
    が次々発生してくるので、深みにはまると、本当に迷子になりそうなのです。
    何が愉しいって、幾ら値切って商品を買うかが、一番の愉しみです。

    日本人は現地の人の言い値で結構買うみたいですが、ヨーロッパ系の
    女性が交渉しているところを、横目で見ていると、結構なタフ・ネゴ
    シエーターですねぇ〜。脇で聞いていると、交渉する気があるのだろ
    うかと思う位、とんでもない金額を平気でぶちかましています。
    あの我慢強いトルコ商人が速攻で、おととい来やがれ!的言葉を投げ
    つけているので、よっぽどだと思います。

    アンティーク系の商品以外は、殆どMade in Chinaではないかと思われ
    るものが多いですが、交渉を愉しむのにはもってこいの場所ですね。
    私的には最高にツボです。
    あの雑然とした雰囲気と熱気は、一度味わうと癖になります。是非是非!

  • 2013 SOTAI Forunm in Valencia 『食編』

    ムムム、気が付けば、もう一ヶ月が過ぎてしまったのかと、改めて
    時の流れの早さを感じる今日この頃です。
    ちょうど一ヶ月前、私は師匠お二人と、スペインの地に再び降り立
    ちました。
    昨年、未曾有の経済危機に見舞われたヨーロッパ全土の煽りをモロ
    に受け、スペインも経済状態は瀕死の状態でした。
    昨年まで二年連続で行っていたスペインも、さすがに国家の一大事
    では如何ともし難く、昨年は断念し、一年のブランクがあっての再
    訪問でした。

    私にとってのスペインのイメージは『茶色』です。これは飛行機の
    窓からスペインの大地を見渡すと、こげ茶黄土色のオンパレード。
    建物も全体的なトーンが茶系といいますか、黄土色系なので、テン
    ションが上がります。
    “ちゃっちゃっちゃちゃ〜っこげちゃぁ〜♪”って妙なリズムの音
    が私の頭の中で鳴り響くと、あぁ〜スペインだぁと、妙な感覚にな
    ります。

    成田からイスタンブールが約11時間、トランジットで一泊後、マド
    リッドまでが約4時間と移動に次ぐ移動。操体を習い始めた初期の
    頃、島根から東京へ夜行バスに乗って片道11時間の旅をしていた頃
    を妙に思い出させてくれます。

    長時間の移動でも、幸いなことにトルコ航空の食事は、私が今迄、
    食したどの航空会社の中でも、最高ランクに入る美味しさで、そこ
    が唯一の救いでしょうか。
    トルコ航空で食事が出ると、どうしても思い出されるのが、始めて
    マドリッド・フォーラムに行った際の、某OK氏の飛行機内での
    「chicken or beef?」のCAの問いに対し、自信満々に『I am Chicken!』
    と言ってしまったエピソードを思い出します。
    いつも、食事をする度にその話題になり、本人が居なくても、毎回、
    話題になるなんて、やっぱり凄い人だなぁ〜などと、場の空気が和
    みます。

    食に関しては、海外へ行くときには、特に大きなウエイトを占めて
    くるので、食事が合えば旅全体がHAPPY!食事が最低だと、もう旅自
    体が悲しいこととなってしまいます。
    幸いにも、トルコもスペインも「まず!っ!」って思うような食事
    がなく、何を食べても、日本人の口に合うと言いますか、使われて
    いる食材も、日本でも馴染みのあるものも多く、味付け自体も日本
    人に抵抗なく、美味しく食べられます。

    今回も様々な食事を戴いたので、順位を付けることは憚られますが、
    敢えてもう一度食べたいベスト5を挙げてみました。

    5位:パン全般(マドリッド宿泊ホテル)
    決してシャレでは無いのですが、パンに関しては全般美味しかった
    です。まぁ、パンがご飯代わりなので当たり前と言われる方も居ま
    すが、そうでない国もあるので、そう考えると小麦が良いのか、気
    候なのかはさておき、ホントに街の小汚い食堂でもパンは美味しか
    ったですねぇ〜。

    4位:フライポテト
    ポテトも食事をするとき常に、食べていましたが、ホント美味しい
    です。日本にいるときは揚げて食べることをしないのですが、揚げ
    てあっても油っこくなくフワフワで食せるのは、さすがオリーブオ
    イルのお国柄!マヨネーズっぽい調味料とも絶妙にマッチングして
    おり、ツボでした。

    3位:タコ(タコ料理全般)
    魚介類が特に美味しいのがスペイン料理の特徴でもあり、その中の
    一押しがタコ系の料理です。揚げて良し、ボイル良しと何でもOK!
    柔らかく、とても食べやすいです。私的にはバレンシアのパエージ
    ャ専門店で食べたタコさんが、特に美味しかったです。

    2位:セゴビア名物、子豚の丸焼き(cochinillo asado)(足)
    セゴビアでは一応、名物と言われているのが、この子豚の丸焼きです。
    本来ならば、丸焼きになった子豚ちゃんが、テーブルにドンと乗って、
    6〜7人で切り合って食べるのがスタンダードな感じのようです。
    スペインではコチニーリョと呼ばれているお肉で、子豚ちゃん・・話
    し聞くと食欲が失せそうですが、生後二週間から早いものだと、母
    親のお腹にいるときに取り出して、調理するのだそうです。
    食べた場所はローマ水道橋のたもと、小野田先生のご子息、イチ君
    がネットで見つけたという、老舗のお店『Mes〓n de C〓ndido』という
    所でした。

    先ずビックリなのは、肉がとにかく柔らかい!口の中で蕩けそうな
    位ヤワヤワなのです。オマケに皮はパリッパリッ!北京ダックの皮
    はやや硬い食感ですが、この子豚ちゃんは皮までヤワヤワです。
    子羊の丸もあるそうですが、子豚ちゃんで良かったです。

    1位:鹿肉のシチュー?
    そして栄えある第一位に輝いたのが、あのドンキホーテの風車があ
    ることで有名なラマンチャ地方のコンスエグラの小さな町、どう見
    ても、ジモッティ〜しか行かないでしょ?って言いたくなる様な、
    お世辞にもキレイとは言えないお店でした。
    今回、サブ通訳としてお手伝い戴いた、トレド在住の大悟くんが、
    ネットで調べたらしく、散々迷いながら何とか辿り着いた場所でした。
    お店のおっちゃんは今でも、似顔絵を書けと言われたら直ぐにでも
    書けそうな位の特徴有るおっちゃんで、良い味を出してました。

    正直、余り期待をしていなかったのですが、メインの前に出て来た
    ハモンや、卵料理も、妙にノスタルジックな味で、実家の母の料理
    を思い出させるような、不思議な感じでした。
    鹿さんは、何だか私にはツボだったようで、ややレバーっぽい味は
    しましたが、日本で食べる鹿よりも遥かに美味しく、気が付けばか
    なりの量だったのですが、ペロリと戴きました。

    スペインは何処に行っても食事は美味しく、これはいらない〜って
    ものはほぼ、ありません。是非、自分の舌でお確かめ下さいまし〜。