カテゴリー: 未分類

  • 『子供に伝えたい操体法 7』

    『ことばは うんめいの ハンドル』

    よろこんだり たのしんだり かなしんだり おこったり
    きみの こころは いつも はれたり くもったりしている
    おそらの てんきと おんなじで はれたり くもったりしている
    こういうのを かんじょうの へんかっていいます

    かんじょう というのは こころが あちこちに うごくようすです
    こころは うつろいやすいから おもしろいけど むずかしいです
    つらいことや かなしいことが たくさんあって こころが ギューッと
    かたまって しまったら こころが くるしくなって びょうきになります

    こころが げんきでなくなったら ごはんも おいしくなくなるし
    こうえんで はしりまわるしまいます

    では どうすれば こころが げんきに すごせるのでしょう
    それは いつも きみが はなしている 『ことば』です
    わたしたち にんげんの うんめいは そのひとが はなしている
    『ことば』によって みぎへ ひだりへと ゆれてしまいます

    それは まるで おとうさんが くるまを うんてんする
    ハンドルを みぎに ひだりに そうじゅう するようなものです
    きもちよい ことばを はなしたら しあわせなことが やってくるけど
    きもちがわるい ことばを はなしたら つらくて かなしいことが やってくる

    きもちがよい ことばって どんな ことばかな

    きもちがわるい ことばって いったい どんな ことばだろう

    「ありがとう」って いわれると うれしくなるけど
    「ばかやろう」って いわれると ちょっと かなしくなる

    「しあわせだね」って いわれると こころが ほわんと あたたまるけど
    「しんでしまえ」って いわれると こころが かたまって つらくなる

    「あいしてる」って いわれると みるみる げんきが わいてくるけど
    「だいきらい」って いわれると どんどん げんきが なくなってしまう

    きもちがよい ことばは じぶんが いわれて うれしい ことば
    きもちがわるい ことばは じぶんが いわれて かなしい ことば

    きもちよい ことばを だれかに いうと あいても じぶんも うれしくなる
    きもちわるい ことばを だれかに いうと あいても じぶんも つらくなる

    おなじように ことばを つかうのならば あいても じぶんも うれしくなる
    ことばを つかったほうが なんだか みんな しあわせに なれそうだぞ

    おなじように ことばを つかうのならば あいても じぶんも しあわせになる
    ことばを つかったほうが なんだか みんな げんきに なれそうだぞ

    ことばは うんめいの ハンドル 

    きもちのよい ことばを はなせば きもちよい じんせいになる

    きもちわるい ことばを はなせば きもちわるい じんせいになる

    たいせつな きみたちへ しあわせな じんせいの ヒントを おくります

  • 『子供に伝えたい操体法 6』

    『わんぱくでも いい たくましく そだって ほしい』

    いっぱい ごはんを たべたら ほら 

    なんだか じっとしていられなくなっただろう

    げんきに からだを うごかしたくなっただろう

    きみたちは ゲームもだいすきだし 

    テレビも だいすきだよね

    でも おそとで いっぱい からだを うごかすと

    おうちのなかで あそぶのよりも うんとたのしいよ

    かくれんぼ でもいい おにごっこでもいい

    げんきいっぱい おそとで はしりまわると 

    きみのからだは もっともっと つよくなって

    もっともっと げんきになるよ

    しばふのうえで ねころんでみたり

    つめたい かわのみずを さわってみたり

    たいようのひかりを ぜんしんで あじわったり

    かぜが からだに そっと さわるのを かんじたり

    ぜんぶが きみたちの からだを つよくしてくれる

    ぜんぶが あたらしい よろこびを あじあわせてくれる

    もちろん きもちよくあそぶのが いちばんだけど

    そうたいほうの はしもとせんせいは いってるよ

    こどもは いしころのうえを あるきまわるだけでも

    しせいがよくなって からだがけんこうになるんだって

    こうえんに まるっこい いしが いっぱい あるよね

    そこにいって こんど おとうさんもいっしょに

    いしのうえで いっしょに あるきまわろうよ

    きみたちも おとうさんも いつも くつばかり

    はいているから さいしょは いたいかも

    しれないけど みんなで「イテテテテェ〜」って

    ちょっと いたいけど きっと たのしいと おもうよ

    ただし ひとつだけ おやくそくをしよう

    げんきに あそぶのは いいけど

    おともだちと けんかをしたり 

    おとなのひとが 「やっちゃダメだよ」

    ということは ぜったい やっては いけないよ

    いっぱいあそんで たのしくなっても

    ともだちと けんかしてしまったり 

    おとうさんや おかあさんから

    しかられてしまったら きゅうに かなしくなるだろう

    さいごに かなしい きもちに なってしまうのは やめよう

    だれも いやな きもちに ならなくていいように

    さいしょから さいごまで ニコニコ えがおで あそんでね

    そうしたら きみたちだけではなく

    いっしょに あそんでいる おともだちも 

    みんな たのしくて しあわせになって 

    いまより もっともっと なかよく なれるよ

    2013年7月15日(月)の海の日に、東京千駄ヶ谷 津田ホールにて、操体マンダラ 2013を開催致します。

  • 『子供に伝えたい操体法 5』

    『おいしくたべて げんきなからだ』

    まいにち たべている おかあさんの おいしいごはん
    おかあさんは いつも きみが げんきに なるように 
    いっしょうけんめい くふうして つくってくれているんだよ

    おかあさんの ごちそう のなかには にくが はいっている
    おさかなも はいっている やさいもはいっている 
    おこめも くだものも おまめさんも いっぱい はいっているよね

    ごはんを たべるときは おにくを たべたら
    もっと たくさんの やさいを たべたほうがいい
    そして やさいよりも ごはんや おまめ くだものを
    たくさん たべたほうがいいんだ
    でも たべすぎたら いけないから はらはちぶんめ にしようね

    おかあさんの おいしいごはんに はいっている ざいりょうは
    もともとは みんな きみと おなじ たいせつな いのちなんだ
    だから たべものになって じぶんの いのちが なくなるかわりに 
    きみの いのちを つよく げんきにしてくれるんだよ

    だから これは すき これは きらい なんて いわないで
    ぜんぶ ありがとうって かんしゃしながら おいしく たべるんだよ

    ごはんを たべる じかんは きみの からだを つよくするための
    たいせつなじかんだから てれびをみたりしないで ゆっくりたべるんだよ
    てれびを みたりしていると なにを たべているかが わからないし
    どのくらい たべたのか わからなく なってしまう
    ゆっくりと よくかんで たべれば たべものの ホントのおいしさがわかるんだ

    それと ごはんを たべるときの しせいも とても たいせつだよ
    うちは ざんねんながら たたみが ないから いすで ごはんを たべているけど
    ホントは おじいちゃんの おうち みたいに たたみに せいざで すわって
    たべるのが いちばんいいんだよ せなかが まるくなってしまうと
    せっかく たべたものが じょうずに えいように ならないからね
    だから てーぶるに てをついて たべるのも いけないよ

    きれいなしせいで きれいなこころで おいしく ごはんをたべて
    つよくて たくましい げんきな からだになろうね。
      

    2013年7月15日(月)の海の日に、東京千駄ヶ谷 津田ホールにて、操体マンダラ 2013を開催致します。

  • 『子供に伝えたい操体法 4』

    『いきをはいたり すったりしよう』

    キミは いきているかぎり いきを はいたり すったりしているよ

    それを コキュウ とよんでいるよ ぼくたちのからだは 

    いきをはいているときは キンニクが やわらかくなって よくうごくけど

    いきをすっているときには キンニクがかたまって うごけなくなるよ

    だからキミが おもたいものをもったり おともだちと チカラくらべを

    するとき かならず いきをはきながら ちからをいれると つよくなるんだ

    もしキミが おおきくなって かたがこったり こしがいたくなったりして

    からだのうごきが かたまってしまうことが あるかもしれない

    こんなときは このコキュウが へたくそのになってしまっているから

    もっとじょうずに おなかいっぱい コキュウする れんしゅうを してみよう

    こきゅうは はくコキュウと すうコキュウが あるんだけど

    からだを やわらかくするコキュウは はくコキュウだよ

    だから イキをおなかいっぱい すうれんしゅうよりも

    おなかから いっぱいイキをはく れんしゅうを するほうがいいんだ

    イスにすわっているときでも たってあるいているときでも

    よるねむってしまうまえでも あさおきてたちあがるまえでも

    キミはおへそのしたにむかって イキをふきかける れんしゅうをしよう

    ホントにはきかけなくてもいいんだ ただはきかけるつもりで

    おなかのなかにある イキを ぜんぶ はきだしてしまえばいいんだよ

    そうすれば キミのからだのなかの かなしいことや つらいこと

    びょうきのもとや おこりっぽくなる ムシがにげていってしまうよ

    しっかりと いきをはく れんしゅうが できれば

    あとはきれいなクウキが キミのからだ すみずみに はいってくるからね

    コキュウだけじゃなくて キミがだいすきな うたをうたったり 

    おおきなこえをだして すきなホンを よむだけでも れんしゅうになるよ

    2013年7月15日(月)の海の日に、東京千駄ヶ谷 津田ホールにて、操体マンダラ 2013を開催致します。

  • 『子供に伝えたい操体法 3』

    『ゲンキのよいからだ ゲンキのないからだ』

    いつもゲンキな キミだけど たまにカゼをひいたり 

    ゲンキがなくなったり することがあるよね

    そんなときは カガミで よくじぶんの しせいをみてみよう

    ゲンキがよいときの キミは せなかがのびてるけど

    ゲンキがないときの キミは せなかがまるまっていないかい

    もしかすると おカオも かなしそうな おカオに なっていないかな 

    そんな かなしいカオを していると まわりの おともだちも

    しんぱいになって かなしくなってしまうよ 

    もちろん おとうさんや おかあさんも しんぱいしてしまうしね

    ゲンキがないときは なんでもかんでも イヤになってしまうかもしれない

    おともだちが いやがらせをしたり おとうさんや おかあさんに

    いつもおこられているように かんじることも あるかもしれない

    でもそんなときでも まわりのみんなは キミのことを 

    ほんとうに だいすきだから しんぱいしているんだよ

    ボクたち ニンゲンの からだは きもちわるいことを やると 

    せなかがまるまってしまって かなしいカオになって ゲンキがなくなる

    でも きもちいいことを いっぱいやると しせいもよくなって

    おカオも ニコニコえがおになって ゲンキいっぱいに もどれるからね

    ウソか ホントか かんがえてみるまえに きもちいいことを

    いっぱいやってみるといいよ ハシモトせんせいが そういってるんだから

    もし だまされたとしても なにもしないよりも う〜んと いいことだよ

    キミは なにを やっているときが きもちいいと おもえるんだろうね

    おふろに はいって いる ときかな それとも 

    おかあさんの つくってくれた ゴハンを たべているときかな

    なかのよい おともだちと あそんでいるときかもしれないね

    プールに はいって うんどうしているときはどうかな

    いっぱいあそんで つかれて ねむっているときかも しれない

    だけど なにもしないで ラク しているのは いちばん バツ だよ

    どんどん こころと かだらが よわくなっていって しまうからね

    『カホウは ねてまて 』

    という むかしの ことわざがあるけど

    きもちがよいことは キミが じぶんで やってみないと わからないからね

    きもちいいことか きもちよくないことなのか 

    キミの からだが ききわけるんだよ

    それが おとうさんが ミウラせんせいをつうじて 

    ハシモトせんせいから おしえてもらったことなんだ

    2013年7月15日(月)の海の日に、東京千駄ヶ谷 津田ホールにて、操体マンダラ 2013を開催致します。

  • 『子供に伝えたい操体法 2』

    『そうたいほうってね』

    ソウタイホウはね センダイの ハシモトケイゾウ

    というおイシャさんがかんがえた けんこうほうだよ

    センダイはしっているかな このまえ おおきなジシンが

    あったマチだよ このマチはキミの おかあさんが

    しょうがっこう3ねんせいまで すんでいたマチなんだよ

    もしかしたら おかあさん ハシモトせんせいにあっていたかもね

    はしもとせんせいは おとうさんが おべんきょうを

    はじめたときには もういなくなっていたから

    おとうさんは はしもとせんせいのから そうたいほうを

    たくさんおしえてもらった トウキョウのミウラヒロシ 

    というエラいせんせいから おしえてもらったんだよ

    ハシモトせんせいは とてもエラいおいしゃさんなんだけど

    むかしむかし ハシモトせんせいが おとうさんよりも

    わかかったころ びょうきや けがで こまっているひとを

    もっともっと たくさん げんきにしてあげたいとおもって

    ほんとうに たくさんの おべんきょうを したんだって

    それは おいしゃさんの むずかしい べんきょうだけじゃなくて

    ニホンのおとなりの チュウゴクの けんこうほうや 

    インドという とおいくにの けんこうほうも 

    そうして おとうさんも べんきょうした ほねつぎのことまで

    べんきょうしたんだよ ほんとうに たくさん べんきょうしたんだね

    そうして 「きもちがいい」ってかんじることで からだが

    げんきになることが わかったんだよ そうしたら ほんとうに

    たくさんのひとが はしもとせんせいの ちりょうで げんきになったんだ

    やりたいことを いっしょうけんめい あきらめず コツコツやると

    どんなに むずかしいことでも ちゃんと さいごまでできるんだよ

    いっしょうけんめい おべんきょうしたから ハシモトせんせいは

    ニホンじゅうの こまったひとたちを なおしてあげられるようになったんだ

    おとうさんも ハシモトせんせいのように なりたいなって おもっているよ

    もしキミが おおきくなって どうしても かなえたいユメができたら

    なにがあっても あきらめちゃだめだよ どんなに たいへんでも

    あきらめないで やりつづけてね おとうさんも おうえんするからね

    2013年7月15日(月)の海の日に、東京千駄ヶ谷 津田ホールにて、操体マンダラ 2013を開催致します。

  • 『子供に伝えたい操体法 1』

    本日7月7日から7月13日までの7日間は
    福岡の秋穂がブログを担当させていただきます。

    前回4月10日のブログ『あなたはもし・・』の中で
    もし24時間しか生きれなかったら何をやりたいか
    という内容で書いたのですが、改めて考え直してみると
    私がこれまで学んで来た『操体』というものが
    一体どんなもので、私がそのどこに惹かれたのかを
    子供たちに残せる事が出来たらという思いが浮かんできました。

    そこで来週7月14日に5回目の誕生日を迎える
    秋穂家の長男龍之介の誕生日のプレゼントをかねて

    『幼稚園児にもわかる操体法のお話』

    を心を込めてまとめてみたいと思います。
    今回は本当に5歳児でも読める様に
    ひらがなとカタカナだけで書いていきたいと思います。
    少々読みにくいかと思いますが何卒おつきあい下さい。

    『はじめに』

    きみたちのおとうさんは きみたちがうまれてくる 

    ずっと まえから そうたいほう という

    おべんきょうをしていたんだよ

    そうたいほうは きみや おかあさんや

    おねえちゃんや たいせつな おともだちが

    みんな しあわせに すごせるヒントが 

    いっぱい はいっている からだの おべんきょうなんだよ

    きみも このおてがみをよんで じぶんで できることが 

    きっと あるはずだから たのしんで やってみてね

    おねえちゃんや おかあさんにも おしえてあげてね

    もし かなしいことがあったり げんきがなくなることも

    あるかもしれないけど そんなときにはいたいことや 

    いやなことは ぜったいにがまんしたらダメだよ

    きもちいいことや うれしいこと きみが

    しあわせだな〜って おもえることを おもいっきり

    やればいいんだからね そうすれば ゲンキになれるからね

    きみたちの しあわせな みらいを ねがっているよ 

    2013年7月15日(月)の海の日に、東京千駄ヶ谷 津田ホールにて、操体マンダラ 2013を開催致します。

  • 視覚その5

     視覚は大脳支配で意識下のよっての働きが強いため、目の動きなどから心理学的に読み解くができるなど、目と心理について多くの著書を散見します。 たとえば目線が、左上を見たときは過去のことを、左下を見たときは耳で聞いた声や音楽などを、右上を見たときは想像やウソをついている時に、右下を見たときは感情、痛みなどの身体的なイメージを考えたり、思い出している時に向きやすい傾向があるとのことです。

     今日紹介するのはその中でも、ウッドロー・ワイアット氏(イギリスのジャーナリスト)がある言葉を残しています。それは、「男性は目で恋をし、女性は耳で恋に落ちる」です。

     最終的には性格や価値観で決めるとしても、男性の恋の始まりは女性のルックスを重要視する傾向にあり、視覚から入ることが多いようです。しかし、女性はどちらかというと外見というより、声や会話、言葉などを重要視する傾向にあり、声や言葉をききわけたりすることに長けているために、聴覚から入る情報を大切にする傾向にあるとのことです。
    それは生まれてからすぐに男女の聴覚器官に違いがあるようで、女性は男性より生まれたときから、早くお母さんの声や音などをききわけたりすることが可能なようです。

     理由は言語中枢が男性よりも女性のほうが発達していて、女性は言語処理を司る左脳に神経細胞の数が多く、使用している脳の部分が多いとのことです。
     女性に対し男性の場合は、脳の島皮質と呼ばれる部分の、特に視覚にかかわる場所が活発に活動しているから、男性は視覚からみる傾向にあるようです。
     
     特に我々男性陣は視覚以外の情報を大切にする必要があるようですね!!!

     一週間お付き合いありがとうございました。 

    2013年7月15日(月)の海の日に、東京千駄ヶ谷 津田ホールにて、操体マンダラ 2013を開催致します。

  • 視覚その4

     佐助担当の6日目です。ブラインドサイトという言葉があります。直訳すると「見えない人の視覚」と訳すことができます。今日はブラインドサイトについて触れてみたいと思います。よろしくお願いします。

    全盲の男性が散らかった廊下を歩く動画があります。この男性は「そこには何もない」と伝えられていたにもかかわらず、障害物をかわして進んでいきます。しかも、本人はそこに障害物があったことも自分がそれをよけたことにも気付いていないといいます。

    このような視覚障害者の中に、「ブラインドサイト」と呼ばれる特異な能力を発揮する人がいるそうです。

    視覚は網膜から視神経まで、光情報の通り道は基本的に直列ですから、網膜や視神経などの視覚経路の末梢側が損傷を受けると、それ以降に光情報が伝達されなくなってしまいます。視神経以降では、光の情報は視覚経路の末梢から脳内の複数の中継核に運ばれて様々な所に伝達され、情報経路が並列化します。3日目のブログにも書きましたが、通常視覚と呼ばれている「意識できる視覚」は、大脳後頭葉皮質の第1次視覚中枢に行く経路によって起こるものです。
    視覚野が損傷した場合には意識的に見えているわけではないので、眼で見た情報を覚えておくことはできないと考えられていました。しかし、昨日も書きましたが、視野障害がある場合でも、中脳(上丘)の神経の働きによって無意識に記憶することができることが報告されており、ブラインドサイトで使われる神経回路が研究されています。

    脳損傷によって物が見えなくなった状態と機能的に同じかどうかはまだ議論中だそうですが、このブラインドサイトと同じような能力が、一般の健常者にもあるかもしれないとのことです。サブリミナル画像を使って、気付かないほど一瞬の間に画像を示したり、特殊な方法で第一次視覚野の機能を一時的に止めたりすると、何が見えたかわからないのに、示した画像の性質を当てることができるという。これもブラインドサイトと関係があるようです。

    我々臨床家は視診の際に、からだを注意深く目視しなくても、直感的にからだの原因部分が直感的に診えるときがあります。これはブラインドサイトとも関係し、本能的(無意識)に中脳(上丘)で診ているのかもしれません。

    今日はこのあたりで・・・。ありがとうございました。

    2013年7月15日(月)の海の日に、東京千駄ヶ谷 津田ホールにて、操体マンダラ 2013を開催致します。

  • 視覚その3

     佐助が担当する5日目です。昨日は視覚とからだ(認知)の不一致に触れましたが、今日は視覚からの情報により、からだの触覚をも錯覚を起こすのかということに触れたいと思います。よろしくお願いします。

     早稲田大学河合隆史研究室によって、視覚的な運動刺激により触覚が誘発されるシステム「触運動錯覚呈示システム」の報告があります。これは3D映像と触覚を組み合わせることで、現実には与えられてない触運動の錯覚を体験することができるという報告です。体験者は3Dの映像を通して自分の手の甲がペンでなぞられているのを観察し、その後ペンの動きを停止し、今度はペンと同じ動きをするポインタ(光)で手の甲をなぞってみる。すると、まるでペンでなぞられているかのような錯覚を起こすそうです。

     この触運動錯覚呈示システムから考えられることは、視覚からの情報というのは、意識していなくてもすべての情報を一時的にも脳は記憶するということではないでしょうか。
     これを裏付ける内容の報告を発見しました。米国神経科学学会誌に伊佐氏、高浦氏らの報告によると、脳の中の視覚野を経由しない(本来は記憶の機能を持たないと考えられていた)中脳(上丘)は、眼で見たものを無意識に記憶しておく(記憶の機能を代償する)ことができることをことに役立っていることを明らかにしました。
    ちなみに、爬虫類や両生類などの大脳皮質を持たない動物の原始的な脳では、中脳・上丘が中心的な視覚中枢になっているようです。

     見えていると意識できなくても、脳は見えて覚えている現象をブラインドサイト(盲視)という現象というそうです。
     明日はこのブラインドサイトに触れてみたいと思います。

     今日はこのあたりで・・・。ありがとうございました。

    2013年7月15日(月)の海の日に、東京千駄ヶ谷 津田ホールにて、操体マンダラ 2013を開催致します。