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  • ヨーガと操体論(三日目)

     操体が説く「快」にはインド的哲学観が見え隠れする。操体ではカラダに不調を感じているとき、症状、疾患にはとらわれず、とにかく快を持ち込もうとする。そしてその手段として「動診」なるものが存在している。この動診というのは物理的な快への便法であって、哲学的には快そのものの論拠にはなり得ない。

     病気というものを操体的に見ると、病気という不健康が在るのではなく、健康の不在であるという見方をする。どういうことかというと、健康の裏側には必ず不健康があり、不健康の裏側にも必ず健康がある。健康と不健康は同じコインの裏表であって、どちらも単独で存在することができないものだ。もし不健康に重心が傾けばコインは不健康の「面」になり、逆の健康に傾けばコインは健康の「面」になる。ということは、どちらかに重心を移動してやればそれが適うのである。それは病気のとき、健康を持ち込んでやれば、健康になり、健康のとき、不健康を持ち込めば病気になるという理論が成り立つ。

     操体スーパー・バイザー、三浦寛師は言う、「病気になりたい、というような不健康な言葉を毎日繰り返して自身に発していると、間違いなく病気になれる」と。逆説的には病気のときに健康的な言葉を自身に発すれば健康になるという理屈にはなるが、そうはうまくいかない。病気になろうと思えば言葉でも十分イメージすることができ、想念もそのように変わってしまう。それはたやすい。ところが、健康になろうと思って「健康になる」と、いくら言葉を発してみても、たやすくイメージできるものではない。まして健康の想念など心に上ってこないだろう。

     そこで身心に健康を持ち込むためにはどうするのか。それが「快」である。快を心の内に呼び込んでやればいい。操体では動診という手法を使って快を味わえるように誘導するのであるが、これがまさしく病気に対して健康を持ち込むことになるのである。健康状態というのはまさに気もちよさ、心地よさを味わっている状態なのだ。 屋根の上で気もちよく昼寝しているネコを見たことがあるだろう、ネコのおなかは大きく膨らんで、からだ全体でゆったりと呼吸しているのが見てとれる。まさに心地よさの中でくつろいでいるのが感じとれる。

     人間でも同じだ。赤ん坊の寝顔を観察したことがないだろうか。このうえもなく幸福感に包まれたような寝息とともに、見る人をも幸せにする、そのような感じを覚えるのは私だけではないだろう。三浦スーパー論にある「多幸性」とはこのような比喩で説明できないだろうか。本当の意味において赤ん坊は、心身とも気もちよさの感覚に委ねているのである。このように赤ん坊というのは感じる心とともにやってくる。

     それから年月を経て、赤ん坊が社会の一部になった瞬間、社会人病といわれる「神経症」が作用し始めるのだ。せっかく感じている存在として生まれ、万物を感じていたのに、思考する存在に変わってしまう。月日が我々を「感覚」と「思考」に、二つの別々のものにしてしまった。

     このことが人格の内部の分裂、すなわち基本的な「神経症」である。社会の一員となるや否や「思考部分」と「感じている部分」との二つになってしまい、その内、感じている部分とは同化しないで、思考部分と自己を同化してしまう。感じることは思考よりも在りのままであるが、社会によって思考が養い育てられてしまった。この思考とは、いわば分裂のテクニックであり、そして感覚というのは統一、統合に導いてくれる唯一のツールでもあるのに。

     話が脱線してしまった! 身心に健康を持ち込むというパラドクスの話に戻そう。それは快感覚こそ不健康の反対側にある健康という、その両方がコインの裏面なのだということだった。病気の正反対である健康という想念を持ち込む意味はここにある。健康、不健康は一枚のコインの裏表であり、まったく同じエネルギーでできているから、持ち込んだとたん、たちどころにエネルギーが変化する。正反対のものを持ち込めば、それが吸収してしまい、突然、自分の内側に「快」という変容が起こっているのがわかる。するとどうだろう、からだの疾患はなくなり、健康が湧き上がってくるではないか。このようにいつも背中合わせにあるからこそ病気になったり、健康になったりできるのだ。

     今述べたことはすべて因果律という観点から考えたことで、たとえば水は加熱すると蒸発する。それは熱が原因であるからで、熱がないと水は蒸発しない。これは因果的なもの。つまり、熱が蒸発という現象に先立って必要な条件となっているからだ。しかしヨーガとはもっとそれ以上を意味する。ヨーガの瞑想は因果的ではない。だから、どんな方法も可能になる。方法というのはすべて単なる方便にすぎない。それはただ、その出来事が起こるための状況をつくり出しているだけで原因となっているのではない。

     三十五年ほど前になるが、私は『自我の終焉』という本に魅せられて、その著者であるクリシュナ・ムルティのもとへ旅したことがあった。その講話で彼は言う、「どんな方便も、どんな方法も不要だ!」と。また、禅の師家たちもこう言っている、「どんな努力も不要だ! それは努力なしのことだ!」と。それは確かに真実に違いないだろう、だが、これは回顧的な見方である。その方便が不要だったということを後になって知るわけだから、まだ障害を乗り越えていない人にとっては実に馬鹿げた話だ! 大概は、この障害を乗り越えていない人たちに話しかけなければならないのだから。私はその講話の席にあって、彼から感じる波動は「何かがおかしい、これは違う」と思わざるを得なかった。

     しかし、そんな不必要な方便が編み出されてきたのには、それなりの理由がある。我々が瞑想に入ろうと考えても、そう簡単に入ってはゆけない。というのも、その考えている部分が、瞑想に入るのを許しはしないだろう。我々は考えずには何ひとつできない、これがジレンマになる。たとえ「私は考えないぞ!」と考えたところで、それもまた思考のうちだ。このように言い張っているのも心の思考する部分なのである。さてどうする? 禅師はこう言う、「跳べ! 何も考えてはならない!」しかし、我々は考えずに跳ぶことなどできっこない。それはそうだろう。それだからこそ方便が必要になるのだ。方便は人為的なものであるが、思考という理屈好きの心を鎮めて、我々を未知なるものへと押しやってゆくことができる。
    明日につづく

  • ヨーガと操体論(二日目)

     純粋意識を目的とするヨーガは、意識の対象と意識の源泉の両方を意識する。そしてそれができたなら、次に主体と客体の両方を落として、ただ意識そのものになること。この純粋意識こそヨーガの目指すものである。何もヨーガがなくても、人間はますます意識が増大する方向に成長してはいる。だが、ヨーガはこの意識の進化にさらに何かを加え、何かしら貢献している。それは多くのものを変え、多くのものを変容させる。その最初の変容は二方向に向かう覚醒意識であり、何か他のものを意識するまさにその瞬間に、自分自身をも覚えているということである

     そのジレンマは、我々はある対象を意識しているか、それとも無意識であるかのどちらかだ。外界にどんな対処もなければ、我々は眠ってしまう。意識するためには何か対象が必要になる。何にも従事することがなくなったら我々は眠くなる。どうしても意識する対象が必要だ。逆にあまり意識する対象が多くなりすぎたら、我々は一種の不眠を覚えるかもしれない。あまりにも考え事に取り憑かれている人が寝つけないのはそのためである。そういう人には対象が取り憑きつづけている。想念が憑きまとい続ける。そういう人は無意識になれない。数々の想念が注意を惹き続ける。

     そしてこのジレンマが我々の生きている実情なのだとヨーガは教える。新しい対象が出てくると、意識する度合いが増してくる。新しいものを渇望し、新しいものに憧れるのはそのためだ。だから古いものは何でも退屈になる。しばらくある対象を相手にして過ごすと、やがてそれを意識しなくなってくる。我々はもうすでにその対象を受け入れている。もう気にとめる必要はない。そこで、退屈になってくる。

     たとえば、長年連れ添った夫婦はお互いに空気のような存在だというが、それはもう長いこと互いに意識しないできているかも知れない。亭主は妻がいるのはあたりまえだと思っている。亭主はもう妻の顔など見ない。眼の色さえ想い出せない。ほんとうに何年もの間、気にもとめていなかった。そして妻が死んで初めて、そういう女性がいたことにあらためて気づくという始末である。だからこそ、世の女房族や亭主族は倦怠期を迎えることができるのだ。

     このように注意を呼び起こさないような対象は、どんなものでも退屈を生み出す。新しい対象が何もないときでも、確かに醒めていることのできる心が必要だ。何かの対象にしがらみをもっていると、新しいものにしばられるようになる。対象にまったくしばられていない、対象を超えた意識が必要だ。そうしたとき、我々は本当の自由を手に入れる。好きなときに寝入り、好きなときに目覚められる。自分の助けになるような対象など必要としないで自由になる。対象の世界から本当に自由になることができる。

     対象という客体を超える瞬間、同時に主体をも超える。なぜなら、その二つは互いにつながって存在しているというよりも、主体性と客体性は同じひとつのものの両極であるからだ。一方に客体があるとき、自己は主体。だが、客体なくして醒めていられたら、そこにはどんな主体も、どんな自己もない。客体が消えて、その客体なくして意識することができるとき、ただの意識だけのとき、主体もまた消え失せる。主体も客体も両方とも消え失せ、ただ意識だけが、何ものにもとらわれない無限の意識だけが残る。そうなったら境界などなくなってしまう。主体と客体のいずれも境界ではなくなる。これがヨーガであり、このとき、快適感を覚えるようになる。これをタントラ仏教では「無上の歓喜」と伝承しているが、操体でも快に従い、快に委ねる、というように同じ「快」を核にしているのは、決して偶然なことではない。

  • ヨーガと操体論

     今週は日下が担当で、タイトルは「ヨーガと操体論」である。主に意識と快感覚の親近性にテーマを絞ってみた。また、ここでいうヨーガとは、いわゆるヨーガ体操ともいえる「ハタ・ヨーガ」ではなく、「ラージャ・ヨーガ」に焦点をあてているので違和感を覚える人がいるかもしれない。

     私は「操体院」という名称をつけた操体の施術院をやっている。それとは別にインド正統派ヨーガの指導もしており、私自身、ヨーガを40年間、実践している。そこでまず、この「ヨーガ」という語について、一言申し上げたい。我が国において当初、ヨーガは「ヨガ」と呼ばれていた。現在はサンスクリットの発音どおりに「ヨーガ」と表記されるようになった。それには、実は言葉の上だけの問題ではなく、ヨーガが一部の好事家のものから、真に心の平安と身体の健康を求める人々のものとなったことを意味している。

     古代インドの聖者たちが深い思索と宗教体験の結果として編み出したのがヨーガの体系である。しかし我が国の高度成長期にあって、ビジネスと結びついたヨーガはインドの古典に直接触れることもなく、主として健康を保つ目的から「ヨガ」として実践する人々が増えていくこととなった。その原因の一つに、インド哲学や仏教学研究の方法が明治時代以降にヨーロッパから逆輸入されたことにある。

     つまり、インド哲学や宗教はその実践性、すなわち認識と体験の一致に特色があるにもかかわらず、ヨーロッパ流の研究は、それをあくまでも客観的研究対象としてとらえてしまう。ゆえにこのような傾向は、ヨーガを自分自身のものとして取り組むことにブレーキをかけてしまう結果となった。これは実に不幸な、かつ無益なことであったと言うほかはない。いわゆるヨガ実践者の中には、名称等にこだわる必要はなく、ヨガでもヨーガでもどちらでもよいなどと言っている人を見かける。

     しかし、「ヨーガ」という語は、本来正しくはヨーガであってヨガではない。ヨーガの経典や仏教経典のほとんどは、インドの伝統的古典語のサンスクリット梵語で書かれている。サンスクリット語のヨーガという語は、その文法上「YOGA」の「O」は必ず長母音で発音されなければならない。従って、これを学び実践するためにはまず、「ヨーガ」と正しく発音しなければならないのである。操体においても「ソータイ」や「ソオタイ」ではなく、「ソウタイ」が正しい表記であるのと同じことだ。

     さてヨーガと操体の関わりについて、操体の目的が「快適感覚」につきることは、紛れもない事実としてすでにとらえられている。そしてこの快適感覚というのは、たった今、ここで、感じているという、この瞬間のことを言っている。このように快適感覚は心が意識的になっているということであるが、生の目的とは本来、意識的になることだ。それは単に目的であるばかりではない。生の進化それ自体が、ますます意識的なるということである。

     意識的になるというのは人生において幸福を求めることでもある。何も苦痛を味わうために一生を過ごすのではない。では幸福というのは端的に幸せを感じることであって、その感覚は「心地よさ」「気もちよさ」に結論できる。広義の意味では欲求が満たされたときの快楽感もこれに含まれる。が、本能的な性欲や食欲、それに名誉欲や所有欲などは一過性のものである。いずれ欲を募らせるばかりで不変的なものにはなり得ない。なぜなら、これらはすべて外界のことがらであり、自己の内側に関わるものではないからだ。

     ただし、快楽感のうち、性、SEXに関してはタントラのように特殊な技法をもって俗界の快楽ではなく、歓喜という快の極みに達することができるものも確かにある。しかし、外界との関わりにおいて快を味わうタントラは極めて例外的なものだ。内なる自己に分け入って「快」が結果的に訪れるようになるには、瞑想によって体験されうるものである。その方法がヨーガ体系に見ることができる。それと同じ「快」が操体も共有していたのをあらためて確信するものだ。

     生の進化とはますます意識的になることだが、意識というのは常に「他」指向である。我々は何かを、いつも何か「他」という対象を意識している。ヨーガの意図は、どんな対象もなくただ意識だけがとどまるような次元に進化してゆくことだ。ヨーガは純粋意識に向かって進化してゆく方法、つまり、あるものを意識するのではなく、意識そのものになる方法なのである。

     あるものを意識するときには、我々は自分が意識していることを自覚してはいない。我々の意識はあるものに焦点が絞られている。意識そのものの源泉には我々の注意は向けられてはいない。だがヨーガではその両方を意識するよう努力する。意識の対象と意識の源泉の両方を。意識というのは二方向に向かう矢になる。我々は客体である対象を自覚しなければならないし、同時に主体も自覚しなければならない。意識はこのような二方向に向かう矢の橋になる必要がある。主体は見失われてはならない。客体に、焦点が絞られているときに、主体が忘れられてはならないのである。
    明日につづく

  • p1*[岡村 郁生(おかむら いくお)] 医療水準と操体、その七

    日本の古語に「イヤサカ!」という言葉があったそうです。
    「いよいよお栄えあれ」と云う意味らしいのですが、物質的繁栄や成功祈願ではありません。
    ひとりひとりの精神的な”生長(精神的成長の意)”に「イヤサカ」を・・・といった意味する言霊なのです。

    私はここで急に、自身の「イヤサカ」に元々繋がってきた書籍を思い出しました。

    快からのメッセージ―哲学する操体

    快からのメッセージ―哲学する操体

    (p224から引用します)

    〜(前略)〜常識として理解されている多くの事象は、人間の合理性にもとづいていることが多いものです。
     そして、時にこの常識は、人間性を歪めるように働きかけてきます。
     しかし、この「大生命の理に生かされている」という真理に気づくと、
     今までの常識と思っていたものが虚になるのです〜(ここからが真骨頂です。是非購入を!)

    言葉とはどうして心に響くのでしょう。
    操体法」を治すテクニックと考え、『これからどんな奥の手(操体法)を教えてもらえるんだろう』と、
    ワクワクして、欲得心でブレブレだった場合には、「操体」の真価はわからないのです。
    まあ、わからなくても臨床の効果はあることでしょう。それはそれで構いません、自己責任ですから。
    ですが、「操体」を学ぶには、「品性」がどうしても必要なのです。
     
    (死という区分から放たれる自由)

    人に思い出される限り、その人は死なない。少なくともその人の中で生き続ける。
    お洒落とは、なにが自分らしいのかわかっていること、そう何か教えてくれたのは義父(私の実母の再婚相手であり実弟の父)です。
    社会的束縛を嫌い、常に自由であることに誇りを持ち、初対面の子供にも好かれるような、不必要な刺激を与えない人でした。

    そんな義父は、6年前に白血病と診断され、心不全により他界しましたが、その最期に立ち会ったことを書きます。
    昨日の叔母同様不思議なことに、私と家族全員は呼ばれたのでしょうか?偶然にお見舞いに行っていたのです。

    義父の最期を看取ってくれた担当医は、穏やかな言葉を選びつつ、言いました。
    決断の時間がないこと、あらゆる抗生物質が効かない状態であること、肺が機能していないので処置が必要になったこと。
    選択は二つ。一つは人工呼吸器をつけて呼気を補助する、但し二度と外せないので本人は苦しいということ。
    もう一つは、本人の自力による呼気が続く限りそのままで経過をみること。但し呼吸が自然に復活する可能性はないこと。

    私の母は「少しでも長く生きられるのなら人工呼吸器でもいいんじゃない」と決断できません。
    ここで私は、三浦理事長から教授されている「診断」方法を通して決断を通してみました。
    その結果を伝え「本人の意志を最優先するのなら、こちらだよ、そのままを望んでいるよ」と伝え、この決断は通りました。

    誰一人として反対しなかったからでしょう。
    決断を促した担当医は大きく頷きながら、こう教えてくれました。
    「私に言っていたんです。自然にして欲しい、何よりも自然がいい、そう本人も望んでいました」・・・と。

    それから一時間ほどでしょう・・・ゆっくり血圧は下がっていき、家族の見守るなか、静かに静かに脈は少なくなって止まりました。
    変なことを言うようですが、本当に苦しんでいた義父は、苦しみを一つ一つ落としていきながら息をひきとったように感じました。

    おかしな言い方かもしれませんが、人が亡くなる瞬間とは何が起こるのか、立ち会うことを許されたかのように思えました。
    それは「器質異常」から「機能低下」に「機能低下」から「感覚異常」に変化し「歪み」から元に戻っていく瞬間のようでした。

    「法(おしえ)を聞かないものは、臨終時に 身と心の二重苦で悩まねばならない。
     しかし 法を聞く者は、心の安らぎを得ているから 身体の苦しみ一つで済む」
                              〜釈尊
    「死ぬときは苦しかったら、ウーン、ウーンと誰にも遠慮することなく、苦しみもだえて死んだらいいんだ」
                         〜鎌倉円覚寺、朝比奈宗源管長〜

    これは死や痛み、苦しみ受容したような言葉ですが、私自身には優しい、ある救いのように思えるのです。

    「生」は勿論、「死」も自分事なのだとはっきりと自覚が必要であり、そこからまた自分を抜き去ることで理解する。
    他人事ではなく平等に与えられた権利100%が「死」と「生」であり、痛みも苦しみも、その受容次第で変化しています。
    何%ほど受け入れて、拒否しているのか、これによって生きかたも変化してくるのが「自然法則」ではないでしょうか。

    そして、医療水準を考えてみるとどうやら、人間の生き方次第ではないか、そう思えるのです。

    そして問いかけの最後に、最近気になる橋本敬三師の言葉を挙げます。

    「からだの設計にミスはないという本に題名つけるとき、
     僕初め『人間の設計にミスはない』って書いたんだけども、 
     それは別として、人間の設計にミスがなくできている。良くもなるし、悪くもなる」(p128より抜粋)
                                                        
    ・・・どうして「からだ」ではなく「人間」の予定だったのでしょう?・・・・

    まだまだ伝えたいことはありますが、纏まりに欠けているようでして、(失礼しました)
    やはり一皮剝く必要がある私には「編集」の学びこそ必要なんじゃないだろうか?ということで、
    畠山常任理事に紹介して頂き今後4ヶ月の間、松岡正剛先生のISIS編集学校「守」を学び通して参ります。
    ともあれ、長文乱文でのお付き合いとなりましたが、一週間ありがとうございました。

    明日からは、文章力そのものを体現する兵庫の日下実行委員です。
    どうぞよろしくお願いいたします。

  • p1*[岡村 郁生(おかむら いくお)] 医療水準と操体、その六

    人の記憶とは不思議なことばかりですね。
    記憶能力に限界はあるのでしょうか、もしあるならば想記能力の問題ではないでしょうか?
    生まれてからの記憶、生まれる前の母体と共にあったイノチの記憶、遺伝子に刻まれている記憶まで・・・。

    (選択の自由)
    私の親戚に、先天性小児麻痺で、左腕と首から上しか動かせなかった叔母がいました。
    一回消した記憶が蘇って記憶している言葉、それは叔母が六歳の私に伝えてきた言葉なのです。
    「大きくなったら私のように自分で立てない人を、歩けるようにしてあげられるような勉強をして、立派なお医者さんになってネ」

    そして、この叔母の言葉を思いだしたのは、12年後法事で会ったときでした。
    「イクオ(私)は大きくなったら、私の足を治してくれるんじゃなかったの?」
    と、冗談で笑いながら言っていたのですが、このことを言われた6歳の自分自身は、この言葉で復活してしまったのです。

    僕は脱サラして、鍼灸按摩師、柔道整復師の資格を取って茅ヶ崎で開業してから、
    横須賀の叔母に会いに行きました。
    「おめでとうイクオ、大変な勉強してきたんだから、私の足も見て頂戴」
    当時の私は肩書しかありません。生まれつき診断名もある叔母に何か出来るなんて到底思えませんでした。
    その場でお茶を濁すようなことしかできず、グングン伸びていた鼻を打ちのめされました。

    その次の年から、三浦理事長の主催している「操体法東京研究会」に参加して以来、「東京操体フォーラム第一回」より、
    「塾操体」も必ず参加して一年も欠かすことなく、現在も三浦理事長に個人レッスンをお願いしています。
    私は怠けるのが大好きな自分を飼っているので、叔母の一言がなければ一つのことをここまで続けていないと思います。

    手足が不自由でも笑顔は自由です。叔母にとっても、なによりの財産だったことでしょう。
    表情筋の発達ぶりは見事でした。百面相のできるような人でしたから、その周りにいるだけで笑い顔が広がるのです。
    夫と協力して二児を出産、左手以外は麻痺状態にありながら、「家庭介護力」はとても強固な絆となっていました。
    電動車椅子で行ける買物も、一人で掃除洗濯も行えるのですが、転倒すると誰か助けてくれるまでジッと待つしかないのです。

    前置きがちょっと長くなりました。そんな叔母に会いに行った一昨年の話をします。
    医療処置が厳しい状態で末期の原発性肝臓がんと診断され、家庭生活を望んだ叔母は、変わらぬ生活を選択しました。
    幸いにして、叔母の周囲には培ってきた家庭介護力もあり、かかりつけの医師の協力もありそれを可能としました。

    ある日曜日の夕方、講習からの帰路途中駅のホームにいると、母親から連絡がありました。
    「忙しいだろうから今日でなくていいけど、(叔母に)ちょっと近いうちにに会いに来たら?」
    一瞬躊躇しました。自分で考えてしまうと『明日の朝七時から予約が入っているし、今度でも・・・』と。

    そこで、自分ではなく「息」に自身に問いかけ、落ちつこうとした時に頼りになるのは、生命の根本である「息」です。
    結果、自分ではよくわからないけれど「会いに行かなきゃ」と感じ電車を乗り換え不思議を味わいました。
    いつも混雑している電車はなぜか座ることができて、三回乗り換えた急行電車は乗り換えもスムースに到着したのです。

    久しぶりに会った叔母は、腹水がたまり、手足や全身が風船のように膨らんだまま、目は上を向き、呻くような呼吸をしています。
    いつものように会った瞬間、「オ〜よく来たね〜イクオ、ありがとう!」という言葉をかけられなかったのも、初めてでした。
    ただ、ベッドの近くで一年ぶりに私を見た途端、激しく何かを訴えますが、呻きのようであり、聴き取れないのです。

    私は思い出しました。そうだ!僕は三浦理事長に「操体法」だけでなく「快」を通す学び、
    そして診断法としての「息診」さらに「皮膚の接触」を「操体」を通じて学んでいるじゃないか!
    ”間”をはかり、落ち着いて向き合いなおしたところで・・・「息診」。
    「うん、ゴメンね。僕も久しぶりに会えて嬉しいよ。ちょっと触れてもいいかな・・・」と「渦状波」で接触しました。

    すると、荒っぽい呼吸は少しづつ納まり、周りにいた家族達は皆驚き、黙って僕と叔母の空間を見守ってくれました。
    自分でない、自身がありそれが「イノチ」を循環している。ただ僕と叔母はその”間”にいる、それだけなのです。
    「こんなに安らかな息をしているのは久しぶりだね!よかったねイクオが来てくれて・・・わかる?」
    すると、涙を流す叔母がどうしようもなく何かでにじんでしまい、前を見ることのできない私にも確認できたのです。

    「終電に間に合うように帰るから、また来るね」
    すると叔母は、膨らんだままでも「スースー」と寝息を立てて休んでいました。
    その二日後、亡くなったと知らせた私の母親は「イクオに会いたかったから、最後に呼んだんじゃないの」と言いましたが、
    虫の知らせ?私にはサッパリわかりません。ただ、突き動かされたように「からだ」は優先して私を導いたのかもしれないという事実です。

    人が亡くなった。人が生きていた。僕が今、生きているけれどいずれ死ぬ。

    生かされている人は亡くなる。蘇る人は生きる。僕は今、生きているから死ねるんだ、という有り難みを学ぶ。

    医療と介護と自己責任分担。
    受けるのも拒むのも、流されるのも、乗っていくのも自分自身。

    常に介護を必要として生き、生かされていた叔母の言霊は、それこそ私が生まれてくる前の記憶にヒビいていた気がします。

    「これ自己の強為(ごうい)にあらず、威儀(いいぎ)の云為(うんい)なり」
                                       〜道元

    (訳:人間の意図的努力によってやることなしに、いずれ自分の役に立ってくることが起きているだけだ)

  • p1*[岡村 郁生(おかむら いくお)] 医療水準と操体、その五

    操体」と無理矢理結びつけ、考えているように見せかけているだけなのか。
    それとも、「操体」にほんの少しだけでも「問いかけ」ているのか。
    全く、自分自身の興味の指している方向ですが、ここまで書き留めています。
    そして、文章中には時に矛盾を感じるかもしれません。

    それが今週のテーマであり、「問いかけ」と思って頂ければ幸いです。
    人に許してもらえるのか,人として赦されているのか。
    もうしばらく・・・問いかけにお付き合い下さい。

    日本において、思想としては職業に貴賎はなく、何をしても自由ではありますが
    実際には、この世で本人が成している努力によって、職業は選択されてしまいます。
    いわゆる「報い」なのです。
    この「因果応報」とは、肉体を持っているが故に限定されるように思えます。

    医療のなかにもヒエラルキーはあります。介護のなかでもヒエラルキーはあります。
    ですが、「からだ」という世界共通の、最も”土台”たるべく確立された「イノチ」においては、
    少なくともヒエラルキーは存在していないようです。

    さて、現代の日本国を「家庭介護力」で対比してみると、60〜83歳の人口を100とした場合、
    40〜59歳の女性人口とは、フィリピン220、イギリス100、日本は80なのだそうです。
    なぜ男性を入れていないのかと言えば、女性の優位性にあると思います。
    医療では看護師を例に、男性看護師も多くなりましたが、やはり圧倒的に女性が多い。
    介護に関しても、やはり女性が多い傾向は同じなのです・・・が、それは他の理由があります。

    平成18年に行った男性介護士1285人を対象にして介護労働安定センターのアンケートによれば、
    男性介護士の離職率は圧倒的に多く、その理由としては・・・、
    ・待遇に不満(39%)・職場の人間関係(29%)・自分及び家庭の事情(20%)とあります。

    ちなみに介護業界に就職を希望する若い男性は年々減少傾向にあり、
    社会福祉学部を持つ大学では多くが定員割れを起こし、
    鳴り物入りで始まった2000年介護保険開始時の勢いを止めたのは一体何だったのでしょうか。

    多くの人は自宅で死ぬまで生きたいと願いつつ、実際は24時間見てくれる家族はいない。
    子供に迷惑を掛けたくない。介護が出来るような住宅ではない。
    そのような理由で、実際は最後に施設を探して・・・数十万人が老人施設への入居を待ち続けているんです。
    でも実際は、その前に病院に入院して亡くなっていくケースがほとんど。
    これが日本で亡くなること、つまり一般的な水準なのです。

    ちなみに、
    麻生元首相は、「四世代同居していたので介護の大変さは理解している。方向性は桝添大臣が正しい」と伝え、
    桝添元厚労省は「母親の介護で苦労した。介護はプロに、家族は愛情のみ」と答え、
    与謝野元財務相は、「子供に面倒みてもらえるとは思っていない。女房には迷惑かけられない。
    入れる施設があれば利用したい」と話しているんですよね。

    私は何も遺伝子治療とか、IPS細胞の可能性とか、最先端の機械医療に水を差すようなこと言いたいんじゃないんですよ。
    ただ、急性期における医療水準を上げていくことは華があります。
    しかし華は萎み次世代に種を残すように亡くなるのです。

    もっと身近に出来ることで、橋本敬三師が何を語っていたのか。
    それを踏まえて、医療と介護に限定せず、もっと真上の視野をもって問いかけに答えていきたいのです。

    一つに、地域包括ケアシステムとは「環境」であります。
    人が安心できる住まい、医療を受ける自由、永く流れる介護、未病となる予防、現物支給を守る生活支援、
    これらが一体となって、それぞれがそれぞれを共有で出来る価値を認め、一体的に提供されていることで、
    必要な「サービス」が、どこでも提供される地域。

    特に、住み慣れた「環境」で”自分らしい生き方”を通して、”生かされている悦び”を味わう。

    「ご先祖様、そして皆さんのお陰で 
     丸九十年生かされた。

     気持ちのよさには色々ある。
     その時よくても後で具合が悪くなるようではダメダ。

     原始感覚・・・。
     試してみて、その味を つかんで見るしかない。
                           おんころや」 〜イサキ2006年3月号〜
         
    ハイ!、それは・・・「極楽」ですよネ。
    ハイ!いつも、見守って頂いてのご指導、本当にありがとうございます。

  • p1*[岡村 郁生(おかむら いくお)] 医療水準と操体、その四

    国民全てが医療を受けることができる「国民皆保険」の仕組みを維持するために、
    皆さんなら、どのような提案を問いかけたいですか?

    1961年に始まった医療保険もそうですが、よく言われていることらしいのですが、
    社会保険のような仕組みとは面白いことに、25年〜30年は安定し、
    そこからは間に合うように修正を行うことが必要、
    つまり、進化にはさらに工夫が継続できる条件になるようです。

    実際、少子高齢化の進んでいる日本でも、今後医療費は増加していくでしょう。
    また、「介護保険」も2000年から始まり、既に数回の改正も行われていますね。、
    今年13年目を迎えますが、まだまだ順風満帆であってほしいものです。

    平成22年6月の読売新聞社の報道では、特別養護老人ホームに入居待ちしている人数、
    これが約42万人ですから、これをどう捉えるか・・・・。

    では、今後はどうでしょう?
    国立社会保障人口問題研究所が平成24年の3月に公表した統計によれば、
    日本の65才以上の高齢化率平成52年(28年後)には24%から36%となる予想でした。

    ここで皆さんにも問いかけたいのは、医療と介護を別々の物として分離してしまうことで、
    どのようなメリットがあり、デメリットが生じているのか、身近な「環境」と捉えて考えてほしいのです。

    例えば、急性期療養型病院に入院した高齢者の現在の医療保険では、医療的処置の必要性が薄くなった時点で、
    退院を促される仕組みなのです。
    つまり、医療費抑制のため緊急性を要する患者の受け入れ体制を維持する為、在宅療養を勧めるのです。
    ここで介護保険医療保険のスムースな繋がりとなれば万歳ですけれど、一般的な介護老人保険施設では
    医療的処置に対応することが困難であるため、介護療養型医療施設でなければ、受け入れができないのです。

    つまり、医療水準という現実は、医療保険の仕組みがあってそこに組み込まれているから起こっているのです。
    多くの人達は、出来ることなら自然に自宅で亡くなりたい・・・そう思っていることでしょう。
    では、実際はどうでしょう・・・平成20年の死亡者の場合ですが113万人のうち、
    自宅で亡くなっているのは約14万人、施設は4万人、その他3万人・・病院で亡くなっている方は92万人なんです。

    圧倒的過ぎますよ、ニッポンに住んでいたら、ほぼどんな病気であろうと「病院死」することになるんです。

    ここで纏めます。
    介護に移り変わる過程を、そして医療そのものを特別とする必要性はどこまであるのでしょうか?

    橋本敬三師はこんなことを書いて、誰でも死ぬ、死ねるんだ。誰でも老いる、老いる事が出来るんだと、
    私自身に問いかけています。それでも出来る事が充分にある。それが有り難いんだと感じているのです。

    「昭和56年の暮れからボケて来た 
     物忘れする一寸した事が思(い)出せない
      
     耄碌が始まったなと自覚した
     それがフッと思い出す 輝いて感ずる 嬉しくなる 

     最近は今の事すぐ忘れる
     他人様にご迷惑掛ける事が気になるが勘弁して下さい
     そう永い事ないと思うのでもうしばらく面倒みて頂きたい

     食物の味はボケない喰辛抱は生まれつきなのだろう
     有り難いと思っている
     量は3分の1になった すぐに満腹する
     耄碌にも楽しさがある
                58年10月はじめ おんころや」 〜イサキ2008年7月号より〜

                      
    感じたままに、答えをいくつも思考して、愉しめますね。ありがたいです。

  • p1*[岡村 郁生(おかむら いくお)] 医療水準と操体、その参

    以前京都大徳寺で開催した、操体フォーラムの際に聞いた話です。

    若い頃(失礼ですか)の北村翰男先生は、生前の橋本敬三先生に、、
    「これからの日本はどうなってしまうのでしょう?」と、やや心配そうに尋ねたそうですが、
    質問に含む不安感には関わらず(聴いていた私の主観ですが、一刀両断が如くス〜っとでしょうね)
    このように答えてくれたそうです。

    「まあ極楽だな」「極楽浄土だよ」・・・と。

    この言葉は、何を意味するのでしょうね、どう思いますか皆さん?

    例えばですが、現代は問題の答えに対する、根拠を示す必要があり、経験による効果のみ訴えても、
    医学においてはエビデンスありきを求められる為、多くの場合まっとうに相手にされません。
    まあ、多勢に無勢という感じですね。

    しかし、その多くの根拠とは、集め終わった瞬間から過去のデータとなっているのも事実です。
    ですから私自身は言いきる責任、これをを果たす師の言霊こそ”悦”として感じたわけです。

    では、切り口を変えてみましょう。
    現代においては、医療管理+介護補助+生活支援+住宅環境改善+予防指導を、
    各地域で確立するための「地域包括ケアシステム」という仕組みが包括支援センターで行っています。

    要するに、必要に応じて30分以内に駆けつけることが可能な、日常生活圏内で行える仕組みで、
    高齢者を中心に「環境」の生活地域に準備される、現時点での医療水準向上への保険社会的な取り組みですね。

    これを調べてみましたが、まず厚生労働省が平成20年実施した「病院に対する全体的な満足度」によれば、
    外来患者の58.8%、入院患者の66.3%が満足と答えています。
    もう一つ、アメリカギャラップ社が平成18年〜20年にかけて実施している調査、
    OECD加盟国の地域医療満足度、及び医療制度への信頼度」においても、地域医療制度の満足度は64%、
    医療制度の満足度においては58%とありました。

    (しつこく)問いかけてみたいのは、医療技術の進歩は素晴らしいのに、なぜ満足度が低いのでしょう?

    調査上に多かった不満の理由としては、「待ち時間(の長さ)」「医師の説明(の不足)」が上位でした。

    WHOの執行委員会で、健康の定義改善を提案している項目「スピリチュアル」先進国でもあり、
    ロイヤルベビーの誕生で祝福に包まれる開かれた王室の国イギリスでは、
    病院側の取り組みとして、総合的、広範な医療知識を習得した「家庭医」という制度があるそうです。

    日本でもまだ少しですが、「総合医」という診療科目を提示して、ミクロ的視点からだけでなく、
    マクロ的視点を重視していこうとする病院も増えつつあるようですね。

    では、安心感に繋がるよい医師とはどのような姿勢が望ましいのでしょう?
    日本ホリスティック医学会長帯津良一先生は、著書中(ホリスティック医学入門)のなかで、
    参考にしておきたい、十箇条を挙げています。

    ・病状説明が簡単で要領を得ている
    ・説明する言葉の端々に、患者に対する思いやりと配慮にあふれている
    ・患者から説明を受けて不機嫌になったり、怒気を含んだ言葉を発しない

    ・いかなる状況にあっても、患者の希望を奪い取るような言動を弄(ろう)さない
    ・決して患者を見捨てない。どこまでも伴走していく覚悟がうかがえる(※)
    ・西洋医学のレベルは、あくまでも高いものを維持している

    代替療法に対して造詣が深く、それなりの見識と知識を有している
    代替療法にいそしむ患者に、いつも温かい目差し(まなざし)を注いでいる
    ・決して諦めない。患者を半歩でも一歩でも前進させようとする(※)

    ・人相がよい

    如何でしょう。臨生家も、指導者も、そして治療家も同様に、参考になる条件ではないでしょうか。
    私自身は「指導者」を自負するべく学んでおりますが、生涯を通じて「臨生家」でありたいのです。
    ですから(※)印をつけた文章の「決して諦めない」「決して患者を見捨てない」と言う言葉は、
    本当の自分自身でもあり、かつ良心の見守りでもあり、私自身の覚悟でもあることを再認識させてくれました。

    私自身が思うのは、受けた医療そのものでなく満足できない理由の一つに、拭い去れない不安もあるのでしょう。
    では一体、不安とは何でしょう?一体どうしたら無くすことが出来るのでしょう。
    ある直木賞作家は「安心感があるってことは、気持ちがいいってことだよね」と語っていましたが、

    東京操体フォーラムで、いつも三浦理事長の語っている「快」。
    「からだ」の要求をききわけて、「気持ちのよさ」を通して味わう。「イノチの要求」こそ「患者の要求」に適うという意味。
    このシンプルで、理に適った「操体」の臨生こそ、それを解決する最短ルートなのではありませんか。

    医療の水準を上げていくには、まず出来ることを学び、それを実践し、自ら律することでもあります。
    それは、橋本敬三師の意志でもあり、三浦理事長から受け継いでいくテーゼ(哲学思想)でもあります。
    橋本敬三師の意志を継ぐとは、師曰く、「師の成さんとしていたことを成す」ことであります。

    世界文化遺産と認定された富士山には登り口がいくつかありますが、どこからでも頂上付近になるにつれ景色は同じになります。
    維持するには、変化を厭わず向上心をもち、成さん為の上を目指してこそであり、維持する目標では・・と問いかけたいのです。いつも意志を頂いている「操体」に感謝。有り難うございます。

  • p1*[岡村 郁生(おかむら いくお)]『医療水準と操体その弐』

    高気圧の覆われた日曜日、参議院選挙開票も終わりました。
    新たに議員となった先生方は、投票した国民の期待を、汲んで頂きながら、
    今と昔の子供達が日本人であることに誇りを抱けるよう、励んで頂きたいと思います。

    さて、引き続き「医療水準」で問いかけます。

    どうして日本国の医療水準は、世界でも最高レベルだというのに、
    日本国民の信頼度・満足度はそれに見合っていないのでしょうね?

    まず、問いかけたいのは、日本国の新生児・乳児死亡率に関しては極めて低く、
    OECD経済協力開発機構)の中でも優秀な水準を維持しているのですが、
    それ以降の死亡率となると・・・つまり、幼児死亡率レベルになった途端、
    20年近く先進国のなかでも ”飛び抜けて”高いのだそうです。

    理由のひとつには、
    勤務条件と労働条件の負担となりやすい現在、小児科医師は不足しています。
    設備の整った病院でさえ、小児科医は需要と噛み合っていないのです。

    小さな頃、親を見て申し訳なく感じたり、感謝した経験は誰しもあると思いますが、
    夜間や休日に具合が悪くなった子供を、親は自分以上に心配するものですからね。
    今から数十年前までは、○○医院と標榜してあるだけの個人病院が多かったので、
    そこでは比較的、来院した年齢に関係なく、問診・視診から始まり、
    聴診・打診など”からだ”を通しての診察があり、安心感そのものを満たしてくれました。

    あれから数十年・・・もちろん一部ではありますが、
    今は患者の顔も見ないで診察可能?、モニター診察法とでも言いたくなるような、
    進化した診察法もあり、必ずしも”からだ”に触れる診察とは限らないようですね。
    (ちょっとした皮肉を込めたジョークです、過激な発言でしたら”今”お詫びします)
     
    ともかく、平成16年度日本医師会総合政策研究機構が発表している資料を紐解きます。
    すると、医療満足度の高い国は、フランス95.3%、アメリカ91.4%なのに対して、
    驚くことに日本は67.5%なのだそうです。

    そう。私が今日問いかけたいのは・・・「医療保険診療の今後のありかた」です。
    現在の日本社会では、40歳以上が被保険者となる介護保険により、
    医療と介護の結びつきは(数十年前では考えられなかった)当たり前になってきました。、
    例えば、「地域包括支援センター」によって高齢者に対する複合的・総合的なサービス援助を目指す施設として、
    社会的サービスだけでなく、そのコミュニティーによるサービス(ボランティアも含む)が結ばれています。
    保健師社会福祉士、主任介護支援専門員、介護支援専門員それぞれに、医療との連携を図るわけです)

    数十年前までは、医療は医療として”治療”を担当してきましたが、医療の本来あるべき姿として”予防・現状維持”こそ必要であり、
    今後はより一層の介護予防を、医療水準を向上する手段と社会の仕組みで結んでこそ、日本国民の安心感・満足感に貢献する未来なのです。

    橋本敬三医師は、当時の医師会会長にそのようなことも提言しているのでしたね。
    いや、まさに「操体」こそ、「環境」そのものに根付いているように感じませんか?

    何かを何処かから持ってきて取り入れる考え方だけでなく、
    もともとのある日本人の伝統にあるもの、つまり土台を顧みることが必要ですネ。

    そうすれば、少子高齢化が進んでいるのか。
    年金不払いとする若年層に歯止めがかからないのか。
    今回取り上げた小児科医師の深刻な不足さえも、様々な要因はシンプルになるのです。

    行動のある環境のなかで、生かされている「医療水準」の向上もあるわけです。
    それには、お互いが人ごとではないのです。
    つまり、有り難いとお互いに気持ちよく感じることなのでしょうね。

  • p1*[岡村 郁生(おかむら いくお)]『医療水準と環境』

    今日からのブログを担当します岡村です、一週間宜しくお願いします。

    いよいよ投票日、参議院選挙ですね。
    期日前投票者も過去最高らしく、前回の参院選に比べて10.9%も増えたそうです。
    どの党が国民の支持を得て、「美しい国日本」はこれからどのように進んでいくのか、
    しばらくは大きな国政選挙もありませんから、自己責任をもって投票は行きましょう!

    さて、今日はちょっと真面目な話をします。

    私達の住んでいる日本は、WHO(世界保健機構)も最高と評価としており、
    平均寿命・健康寿命(介護を必要としない年齢)は世界一!
    乳児死亡率は世界第三位であり、医療水準は素晴らしいものがあります。

    ただ、思ったより国民の医療に対する信頼度、満足度では、
    他のOECD諸国(=経済協力開発機構)に比べて低いらしいですね。

    なぜでしょうか?「環境」とはなにか・・・皆さんはどう考えますか?

    ”問いかけ”を今週のブログのテーマにしたいと思います。

    医療先進国である日本において、なによりも特徴的な事実とは・・・、
    基本的に、誰でもどこの病院でも受診し、国民ならば同様に医療が受ける権利、
    つまり医師に受診を拒まれることなく、本人の意志で選択できることであり、
    国民は皆、医療保険の被保険者であるということを約束されています。

    今まで、病院を利用したことのない方、そんな人は、まずいないでしょうね。
    これだけでも「恵まれている国」と、自覚する自己責任があると私自身は思うのです。
    この類い希なる「環境」だけでも、ああ、有り難いんだな・・と感じて欲しいのです。
    何でもそうです。「環境」とは、自分一人では気がつかなかった事実を教えてくれます。

    以前、東日本大震災の後、ブータン国王夫妻が来日した際の記憶ですが、
    その時に私達に語ってくれた内容は、私自身にとっても本当に感動できました。
    一部ですが”マイフェバリットノート”から抜粋します。

    「仮にこのような不幸から、より大きくより強く立ち上がれる国があるとすれば、
     それは、日本国と日本国民です」

    「他の国であれば国家を打ち砕き、無秩序、大混乱、
     そして悲嘆をもたらしたであろう事態に、日本国民の皆様は最悪の状況下でさえ、
     静かな尊厳、自信、規律、心の強さをもって対処されました」

    「文化、伝統、および価値にしっかりと根付いたこのような卓越した資質の組み合わせは、
     我々の現代の世界で見いだすことはほぼ不可能です」

    「すべての国がそうありたいと切望しますが、
     これは日本人特有の特性であり、不可分の要素です。
     このような価値観や資質が、昨日今日で生まれたものではなく、
     何世紀もの歴史から生まれてきたものなのです」

    「それは数年数十年で失われることなどありません。
     そうした力を備えた日本には、非常に素晴らしい未来が待っていることでしょう」

    将来を見据えて、決して日本の将来は暗いとか心配である等とか言わなかった。
    橋本敬三師も、日本は恵まれているんだヨ。心配しなくてもいいんだ。
    サービスしなきゃバチ当たるヨ・・と未来の私達に語りかけていました。

    そうだなあ・・・いつかそんなことできるとイイナ、
    いつかサービスってやってみたいもんだな・・・ですって!
    そんなこと思っているくらいなら、すぐに言葉にしてみなさいよ!!
    「さん・・ハイッ!!」

    「ありがとうございます、サービスします!」って声をあげる、ただそれだけです。

    その素直な”言霊”はあなたの”イノチ”に響くのです。
    自分自身を数倍、数万倍、いや80兆近くの細胞も、応援してくれることでしょう。
    一日のはじまり、日々の行動を活性化してスタートしたいものですね。

    では、皆さん祝福を自分自身に伝えてから、元気に行ってらっしゃ〜い!