カテゴリー: 畠山裕美(はたけやまひろみ)

  • 右脳左脳(2)

    自分の脳が「右脳傾向か左脳傾向か」を調べるテストがあります。
    それをやってみたところ私は右脳優位だったんですが、世の中右脳優位の人ばかりいたら、
    世の中こんなに便利になっていませんよね。
     
    先日ある本を読みました。
    ある女性(自称オカン)の経験の話です。
    ある時「思考」が消えてしまったというんです。
    帯には
    「あなたにも体感できる、意識変容の5ステップ」とあります。
    私もこの手の本は嫌いじゃないので、よく読んだりしますが、中には何て言うか
    ちょっと気持ち悪いというか「うわ、自分の世界丸出しだ」みたいなのもありますが、この方の本は、多少のおちゃらけが入っていますが(それがいい味出してる)意識変容のための5ステップをしっかり書いてくれています。
     
    それも最近多いように思える「やたらふんわりした言い方」ではないのです。
     
     
    ここで私が「これは腑に落ちる」と思ったのは、この著者が「思考が消えた」経験をして、その方法を書いているにもかわらず、また、思考が消えた「マインドフルネス」とか「悟り」という状態にありつつも、ちゃんと「オカン」という、地に足がついたところに戻って来ているということです。
     
    世の中には「天啓」を受けたり「悟ったり」する人は勿論存在します。
    ただ、天啓を受けて宇宙に行ってしまい、地上に残された肉体が「おいてけぼり」になり、あとはいわゆる「廃人」となってしまう場合もあるようです。
     
    往々にして悟ったとか宇宙意識と遭っちゃった人というのは、地上に戻ってくるようです。
  • 想念(1)

    友松さん、一週間ありがとうございます。
     
    こんにちは。畠山裕美です。
    一週間宜しくお願い致します。
     
     
    「想」は、「息食動想」の中でも、とても興味深い分野です。
     
    私が操体を学んで「やっぱりこれは間違いない」と思うのは、「快・不快」の在り方です。
     
    (1)正しいか、正しくないか
    (2)損か、得か
    (3)快か、不快か
    の3つの選択肢がある場合、自分の人生や健康や愛情に関することであれば、(3)を選ぼうよ、ということを教えてくれたのが、操体です。
     
    人間、生きていくためには、法律や慣例などの「正しいか・正しくないか」も大事です。
    仕事であれば、どっちが損か得か、というのも大事です。
    ただ、それ以外の、あなたの大事なことに関しては、損得とか正しい正しくない、という、一見正解っぽい答えを選ぶ前に、それは私にとって快なのか、不快なのか?問いかけてみて欲しいのです。
  • Free 七日目

    「型」は大事だと言われます。
    また、空手系の人に聞いてみると、たまに「型はつまらないから、自由組み手からやらせてください」という、こわいもの知らず?の初学者がいるとかいないとか。
     
    これって
    「般若身経ってつまんないから、早く動診操法を教えてください」と同じようなことなんです。
     
    般若身経ってつまんないから→こわいもの知らず。あの奥深さを知らない。
    ちなみに型をやりこむとどんなメリットがあるかといえば、無意識のうちにその動きを繰り出すことができます。
    武術などはその最たるものです。
    ああいう動きは、普段から練習していないと、咄嗟には出ないんです。
     
    というわけで、自由の前には型があるわけだよ!という1週間を畠山裕美が担当致しました。
     
    明日からは三浦寛先生の担当になります。 1週間ありがとうございました。
     

     
  • Free 六日目

    どうも
    Free というテーマをもらってから、
    フリースタイルの前には、型がある、ということが脳裏に浮かびます。
    大昔、私のところに
    「基本の操体は効かないから、応用操体を教えてくれ」という問い合わせがありました。
     
    そもそも「基本の操体は効かないってどういうことだ」と思いました。
    ただ、指導するにも「基本はすっ飛ばして応用から教えて」と言われても、基礎(と、基礎の前の型というか道筋)ができていない人にいきなり応用っていうのは難しい、という話をした記憶があります。
     
    多分この方が「基本の操体は効かない」(そんなことは絶対ない)とおっしゃったのは、般若身経や、身体運動の法則(重心安定の法則、重心移動の法則、連動の法則)をしっかり理解していたのかどうか、また、本を読んだだけで、憶測で試してみて「効かない」と言ったのか。
     
    つまり、型をやらずにいきなり操法をやってみたのではないかと思いました。
     

  • Free 五日目

    シバリがあるから、面白い。
     
    東京操体フォーラムの相談役、デーブ川崎さんが「お笑い大惨寺」というオンラインイベントをやっていらっしゃいます。
     
    江戸雑俳とか川柳とか「ことばあそび」を越えた深い世界なんですが、
    この辺り、色々なルール(シバリ)を設定します。
    例えば 川柳・笠附なら、句のアタマに「○○○○○」をつけて一句詠みなさいとか、そのシバリの中で遊んでみることなんです。
    これ、結構アタマを使います。私は投稿もせずに(メンバーには入っている)、みんなすごいな〜!と唸ってるだけなんですけどね。
     

  • Free 三日目

    操体も、最初は「身体運動の法則」とか「般若身経」のような型から入る。
    ただ、殆どの人は、かっこいい操法とか○○に効く操法とか、そういうのをやりたがる。
     
    どこか痛くて調子が悪くて、操体に興味を持って自分でやりたい、と言う人も、型じゃなくて操法を知りたいという。
     
    例えば、日本に三浦寛先生という操体の凄い先生がいるとする。
    そこで習える操体は、百歩くらい先を行っているし、弟子が追従して新しいものを検証し続けている。
     
    さて、三浦先生に操体を習いたい、と決意した際、大事なことがある。
     
    それは「三浦先生に会いに行く道順」を調べることだ。
     
    幾ら操体を習いたいと決意をして準備しても、先生にどうやった会えるのか、どういう交通手段を使えばいいのか、それが分からないと先生に会いにいけない。
     
    操体の「型」というのは、この「先生に会いにいく道順を調べる」ことに似ている。
     
    そもそも、受講料とか期間が大丈夫でも、ここが解決できないと、勉強が始められないんです。
     

  • Free 二日目

    これはことある毎にネタとして話すのですが(またかい、という人がいると思うけど、ごめんね)
    私の患者さんがあるところに行って操体を受けた時、
    畳敷きの道場みたいな部屋に通され
     
    「ここで自由に好きにきもちよく動いてください」と言われ
     
    「えっ」となったそうです。
     
    冷静に考えると、これで「操体」と言って治療費取るのかよオイコラ!みたいな感じです(払ったそうですが。。。。)。
     
    それで「操体ってこんなに不親切なものなの?」と思い私のところに来たんです。
     
    操体はそんなに不親切なものじゃないですし、もっとカラダに寄り添って臨床を進めます。
     
     
    勿論東京操体フォーラムの実行委員だったら「お!広くていいな。しめしめ」とばかりに、自力自動の動診操法をやるでしょう。
     
    ただ、操体の初心者の方に「好きに自由にきもちよく動け」って、それはないだろう、という話です。
    というかこんなところがまだあったら「施術料返せ」とになりますよ。
     
    ちなみに我々は「好きに自由にきもちよく動け」なんていうことは言いません。操体法東京研究会出身者がそんなことを言ったら、師匠のカミナリが落ちるのは明白です。
     
     
    操体には、診断にあたる「動診」「分析」があります。
    また、主役は「からだ」です。
    「わたし」のエゴでもなく、「からだ」です。
     
    何度でもいいますよ。主役は「からだ」です。
     
    それをやってみる。そこで快適感覚の有無をききわける。(動診)
     
    ★きもちよく動く、のではなく、動きを表現してみないとそれが快なのかそうではないのかわからないですよね。
     
    ききわけられて、そのきもちのよさを味わってみたいというからだの要求があれば、それを味わう(きもちよさを味わうことが操法となる)。
     
    ちなみに、快を聞き分け味わっている時は、からだに委ねているので、想像を超えたからだの表現が見られることがあります。
     
    つまり
    診断分析(動診)の時は、一定の型にそってからだに(うごきを)表現してもらう。
    快適感覚の有無を「からだ」に、ききわける
    聞き分けた快適感覚、味わってみたいのか否か「からだ」にききわける。
    「からだ」が味わって見たい要求を満たしていれば、その快適感覚を味わう
     
    味わっている時は、からだに委ねているので、「からだの無意識の動き・表現」が発動されることもある。これは意識的なものではないので、型やパターンには当てはまらない。また、十人十色の表現でもある。
     
     

    「型」の練習。
  • Free 初日

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    ” data-en-clipboard=”true”>こんにちは。畠山裕美です。
    テーマは「Free」。自由、ということですね。
     
    この辺り、すでにトム・ペティの
    Free Falling が浮かぶ私です。
    貼り付けたのは、MTVアワードかなにかで、トム・ペティとアクセル・ローズが一緒に歌っているという貴重な映像です。
     
    しかし名曲だわこりゃ。
     
     


    www.youtube.com

    あ、こちらはSteve Jonesの Freedom Figterです。この曲もかっこいいですな。

     
     
     
    ある文章の講座で、いきなり「何でもいいから好きなテーマで自由に書いて」と言われ『全然書けなかった」という話を聞きました。
     
    これ、1カ所だけじゃなくて数ヶ所から聞くので、そういう指導をしているところもあるんだなあ、と思います。
     
    この講座が、本をもう何冊か出してます、くらいの人ならばネタはあるでしょうから「よっしゃ、あれ書いたるか」と、執筆できるかもしれません。
     
    ただ、もしあなたがその手のことは全く初めてで、おまけに作文系は昔から苦手だし、という状況だとしたら、書けなくてもおかしくはありません。
    というか、文章習いに行ったのに「何でもいいから自由に書け」と言われてもかけるわけないじゃん!
     

  • 臨床と生活にいかす操体法(七日目)

    臨床にいかすも、生活にいかすも、大事なことは「自然で結果がでるやり方を行う」ということです。
    いくら我々が「ああしろこうしろ」と言っても、結果がでなければ、信ぴょう性がありません。
     
    そして、四日目にも書きましたが、25年前の三浦先生の書籍でさえ、現在より進化しているわけです。
    橋本敬三先生も「これはまだ完成された体系ではない。後進に期待する」というようなことを残していらっしゃいます。
     
    「万病を治せる妙療法」では、橋本敬三先生ご自身も「楽と快の違い」が不明瞭なところがありました。
    ただ、その後卒寿のお祝いの席で、集まった人の前で「楽と快は違う」「呼吸は自然呼吸でいい(呼吸を意識しすぎると、感覚が鈍るから)」とおっしゃっています。
     
    残念ながら、この話は橋本敬三先生ご自身の著書には書かれていません(いかんせん90歳ですから)。
     
    三浦先生でさえ、25年経てば言い回しや認識が進化し変化するのです。
    橋本先生も「万病」を書いた(正確には、連載原稿を書いた)時と、90歳の時とでは、考え方や認識が進化して
    当然ではないでしょうか。
     
    この辺りを追いかけて、アップデートして、実際に臨床で結果を出しているのが、東京操体フォーラムです。
     
    臨床と生活に操体をいかすには、是非、アップデートした情報を取り入れてやっていただきたいと思います。
     
    活かすも殺すも「やり方」です。
     
    1週間ありがとうございました。なおこのブログは、操体法大辞典(畠山のブログ)にも掲載いたします。
     
    来週は、三浦寛先生の担当になります。
     
  • 臨床と生活にいかす操体法(六日目)

    つまり、環境や操者のスキルによっては「きもちのよさ」を聞き分けられないこともあるのです。
     
    これを知らないと「操体の動診には、必ず快が伴う」という勘違いがおこります。
     
    私も経験がありますが、一度この考えにとらわれてしまうと、それを手放すのが大変です。
     
    一人で操体を行う場合に顕著です。
     
    何人かいらっしゃいましたが、
    「きもちのよさが聞き分けられないこともあり、それも診断の1つですよ」と言っても
     
    「かならずきもちよさがある」と言うのです。
     
    何故だかよく分かりませんが、私の記憶だと、50代以上の女性で、自分でも体調を改善するために、色々なことを試している
    方が多かったように思えます。
    ご自身の体調を改善したいという強いお気持ちはよく分かるのですが、大抵は「セルフケアができる以前の健康度合い」で、まずは我々の施術なりを受けて頂き、セルフケアが可能な健康度にまで戻してから、のほうがいいと思うのですが、
    「操体は自分でできる(つまりプロの手を借りたくない)」という強固な信念があるようで、
    「もうちょっと良くなるまで、我々の施術をうけながら、コツを覚えたらどうでしょう」と言っても
     
    「いえ、自分でやりたいんです」ということになります。
     
    こういう方が必ずやるのが
     
    「きもちのよさを探す(さがして動く)」ということです。
     
    動診を行ってみて、快適感覚をききわけられない場合もあります。
    理由は色々ありますが、1番多い理由は、そもそもやり方を誤っていることが多いです。
     
    きもちよさは絶対ある、という思いこみで色々トライ
    (誤ったやり方をやっているので)きもちのよさは聞き分けられない
    聞き分けられないなら、色々動いて「きもちよさを探す」という思考回路になるのです。