カテゴリー: 畠山裕美(はたけやまひろみ)

  • まつげのエクステ。

    ここ2年くらい、まつげのエクステに凝っている。最初に鏡を見た時はは自分でも『すごいよこりゃ・・・』と思ったが、慣れとは恐ろしいもので、最近はすっかり慣れている。男性陣にはなかなか分からない世界かもしれないが、女子にとって「まつげ」は重要なポイントなのである。

    そういえば、消費者センターに寄せられるまつげエクステに対する苦情が増えているというニュースをやっていた。多くのトラブルはグルー(まつげを自まつげに貼る特殊なノリ)が目に入ったとか、エクステが目に入ったからとか、グルーの固まりが目に入ったというものだ。これを見て『エクステって危険』と思うのは少し早計だ。これはまつげエクステが一気に流行ったために低技術のサロンが増えたためだと考えるのである。これらのトラブルはいずれも技術が未熟なケースだと思われる。需要が増え、参入が増えるとまず人材の確保が必要になる。まず、企画が先でスタッフを集めるのは二の次だ。技術水準の低いスタッフを雇わざるを得ないし、あるいは素人を雇ってから一日講習に参加させて、すぐサロンに出しているということも考えられる。なので技術的にお粗末なサロンが増えるのも納得がいくのである。実際、まつげエクステというのは、自まつげの生え際から1ミリ位のところから貼るので、まぶたにグルーがつくことはない。グルーは速乾性なので、つけた直後は少ししみるが(私は使い捨てコンタクトをしているので、ほとんどしみない)、それも一過性のものである。

    『流行る』→『参入企業が増える』→『店舗が増える』→『人材不足』→『技術力の低いスタッフを雇わざるを得ない』→『業界全体のレベルと印象の低下』→『衰退』

    という一連の流れをみると、クイックマッサージなどの衰退を連想してしまう。

    昔、カイロプラクティックでも米国留学して学んだ人がいた一方、3日研修して白衣を着れば誰でもすぐセンセイ、というのが流行った。この前後、カイロプラクティックで事故が増えたのはやはり経験の少ない技術者が流行で増えたからだ。

    私がお世話になっているエクステのサロンは、いわゆるワンルームの部屋でオーナーが一人でやっている。一人では、数はこなせないが一人一人にきめ細かいサービスを提供することができる。私がエステやサロンを選ぶ時、オーナーサロンをよく選ぶのはこのためだ。ちなみに、東京操体フォーラムの実行委員面々も「オーナーサロン」「オーナー治療院」「一人研究所長」である。

    まつげで思い出したが、日本女性のメイクのポイントは、長らくファンデーションだった。アイメイクや口紅よりも白粉を塗るとか、肌を塗る時代が長かったのである。このお陰で、「化粧=厚化粧」というイメージが日本の男性に植え込まれたのではないかと思う。

    ここ20年位は圧倒的にパウダリーファンデが多く、夏はマックスファクターの「パンケーキ」のような、汗に強いパウダリーファンデが主流だった気がする。しかし、ここ10年位の間に、ファンデーションは劇的に進化した。現在の主流は、多分男性諸氏も聞いたことがあると思うが、韓国生まれの「BBクリーム」やリキッドファンデなどである。パウダリーファンデも粉っぽさから脱却し、仕上がりがとても自然になった。また、ナチュラルメイクの流行によって、より「素顔っぽい」メイクが主流になってきたのである。

    ところで「ナチュラルメイク」を勘違いしている殿方も多い。顔を洗って眉毛を描いて、リップクリームでも塗るのが「ナチュラル」なわけではない。男性諸氏が『厚化粧が嫌い』というのは、おそらく20年前、あるいは30年前に流行ったようなメイク、つまり顔にべったりファンデーションを塗って、ブルーやグリーンのアイシャドウを縫っていた時代のトラウマ?があるのかもしれない。
    実は「自然なナチュラルメイク」というのはテクニックが必要なのである。素顔っぽいな、と思ったら実はナチュラルメイクが上手かったということもある。

    海外ではファンデをしっかり塗るのではなく、どちらかというと、ポイントメイクに力を入れ、ファンデーション(大抵はリキッド)は、気になるところにつける程度なのだ。実際、私もアメリカの友人数人に聞いてみたが、一番力を入れるのが「マスカラ」(まつげ)なのである。アメリカ女子は「マスカラ命!」が多い。
    日本も最近、肌は極めてナチュラルに、しかしアイメイクはバッチリ!というのがメインになってきた。口紅も最近はリップグロスが主流である。リップグロスは年配の方は「若い人のものでしょ」と敬遠していたが、そうなのだ。化粧=厚化粧という時代ではなく、化粧=ポイントを押さえたメイクになってきたのである。

    あと「素顔が好きだ」という男性諸氏もおられるが、どうもこれは『自分以外の男に化粧した顔を見せるな』(媚びを売るな)の、裏返しのような気がする。一度友人の彼と三人で食事をした際、彼女が『最近、メイクがカラーレス(色をあまり使わない)なんだよね』と言ったところ、彼の方が『色つきメイクなんて絶対許さない』と言ったのには驚いた。まさに『オレ以外の男に化粧した顔を見せるな』だったのだ。

    素顔といってもどの程度を素顔というのか分からないが、眉毛を揃えたり、うっかりすると鼻の下にうっすらヒゲ?が生えてくるのでそれを剃ったり、むだ毛の処理をしたり、日焼け止めを塗るのもメイクではないだろうか。逆に「眉毛も揃えなくていいから、髪の毛に気を遣わなくてもいいから、日焼けしていても構わないし、むだ毛ボーボーでも、日々のお手入れに気を遣わなくていいから、ありのままのキミでいてほしい」というのは逆に怪しい(笑)。

    そういえば、一時田中宥久子さんの「造顔マッサージ」が流行ったが、あれは元々俳優さんからのリクエストだったそうだ。確か橋爪功さんだった気がする。「赤かぶ検事」の撮影前に「造顔マッサージ」を受けていたそうだ。一見、美容とは無関係のような橋爪さんが「造顔マッサージ」というのを聞いて私は感動したのを覚えている。

    今度田中宥久子氏主宰のスクールで、造顔マッサージのレッスンに行こうと真面目に考えている今日この頃であった・・・

    畠山裕美

    男も見た目の時代 「今様」いい男の造り方

    男も見た目の時代 「今様」いい男の造り方

  • 私的やじうま論

    お久しぶりです。東京操体フォーラムの畠山裕美です。今週一週間よろしくお願い致します。

    4月25日(日)2010年春季東京操体フォーラム分科会が開催されます。今までは運営企画を私が進めていたのですが、分科会は若手にそろそろ勉強してもらおうと、今回は「まかせるから相談と報告はしてね」というように運営しています。ちょっとひやひやするところもありますが、電信柱の陰からそっと見守っています(笑)

    まだまだ参加申し込み受付中です。
    今回は鍼灸学校の学生さんも結構いらっしゃるようです。また、鍼灸の学校で「操体法」のクラスがあるところもあるそうですが、いかんせん、そういうところで紹介されているのは「楽な方に動かして瞬間急速脱力」という、古典的第一分析なのです。また、「楽」と「快」の区別をつけておらず、言葉だけは第二分析の「きもちよさ」で、実際は第一分析をやっているという状況が非常に多いのが現状です。
    これはどんな結果を生むかといえば、「きもちよさってよくわかんない」「操体ってよくわかんない」「結果が出ない」という結果です。操体のプロとしてそれは困る。
    今回私は「操体法について」(仮)というテーマで講義しますが、この辺りを話そうかなと思っています。

    操体法とは」という問いに「天然自然の法則である」と言っても、あまりにも枠が広すぎてよくわからないことがあります。操体は森羅万象に通ずるので、「天然自然の法則」とか「命の法則」とも言えるのですが、こういう言葉は間違ってはいないのですが、解釈が難しい場合があります。解釈が難しいというのは親切な言い方で、もっと意地悪な言い方をすれば『曖昧でも、もっともらしく聞こえる』ということです。それを避けるためにも、操体の実際をわかりやすく紹介したいと思っています。


    三軒茶屋ターミナルビル前の桜の木。

    さて本題。語調を「である」に変えましょう。

    橋本先生は単なるヤジウマになれと言ったのではない。「ずるいヤジウマになれ」とか「オレがヤジウマの大親分だな」と言われたそうだ。この「ヤジウマ」というのは結構私達が操体の学びの中でよく聞く言葉でもある。今日はこの「やじうま」という言葉について考えてみたい。たまに『橋本先生がやじうましろと言ったから、色々な事に首をつっこんでみてもいい』という声を聞く。また『効きそうなことだったら何でもやる』というスタンスの方もおられる。それはそれで構わないと思うのだが、「ずるいヤジウマ」には意味があるのではないかと思う。何せ単なる「やじうま」ではなく、「ずるいヤジウマ」なのだ。

    中谷実行委員が3月24日のブログで紹介していたが「万病」に書かれている言葉を再度引用しよう。
    「・・・私の弟子に対しては有名な人のところに行ってぬすんでこいといっています。原理がわかっているからすぐわかる。ハハー、こんなうまいことやっているなという具合にわかります」

    なお、やじうまというのは「自分に関係のないことに、興味本位で騒ぎ立て、見物すること。また、人のしりについて騒ぎ回ること。また、その人々。」という意味だが、橋本先生は決して悪い意味で使っておられるわけではない。中谷実行委員は『つまり、全ては自然法則の中にあるのだから、一つの方法にこだわらずに、いろいろとヤジウマして学んでこいということなのでしょう。』と書いている。ここでそれに少し付け加えてみる。

    橋本先生が、弟子に盗んでこい、と言ったのは『原理がわかっているからわかる。原理が分かっていなければわからない』ということではないか。むやみやたらに首をつっこんで盗もうと思っても原理が分かっていなければ盗めないということだ。なので、原理原則をしっかり学べと言われたのではないか?ずるいヤジウマというのは、原理原則が分かっているのだ。

    そして余り知られていないことかもしれないが、橋本敬三先生が臨床で操体だけをされていたのは、80歳からなのだ。それまで色々なことを試し、その結果やはり「操体に間違いない」と確信され、操体一本に絞られたのである。橋本先生が60年近く医師として過ごされ、その歳月の中で80歳にして操体一本に絞られたというのは、長年のヤジウマの積み重ねの結果である。それを三浦寛先生が受け継ぎ、深めている。今現在私が知っている操体は『楽なほうに動かして瞬間急速脱力』ではない。『快適感覚をききわけ、味わう』という操体なのである。

    私が今やろうとしているのは、操体の軸で、操体の目線でみたやじうまだ。操体の軸で、操体を深めるヤジウマだ。

    あ、結局これが「ずるいヤジウマ」か。

    畠山裕美

  • アカシック・レコード

    いよいよ最終日となりました。東京は今週一週間雨模様でした。明日からは晴れるようですね。
    何だか今回は一週間『不思議ちゃん』になってしまいました(笑)
    自分が実際に見聞きしていること、それだけが本当なのか、たまに考えてみるのもいいものです。

    アカシック・レコード
    アカシック・レコード(Akashic Records)とは、宇宙や人類の過去から未来までの歴史全てが、データバンク的に記されているという一種の記録をさす概念。アカシャ (akasha) とはサンスクリットで「虚空」、「空間」を意味する。この概念は非常に面白いと思っている。

    ★眠れる予言者
    中谷実行委員の日記の中に出てきた、ケイシーの名前を聞いて、久しぶりにケイシー関係の本を開いてみた。丁度私がこの世界に本格的に足を踏み入れたのが、今から約20年前の事だ。その頃は手技療法に関する書籍を読み漁っていて、当時の私の本棚には夥しい数の関連書籍が並んでいた。生活を変えて引っ越しをした時にその殆どは売ってしまったのだが、大事な本は保存してある。記憶をたどると、私の『手技療法系』は、中学生の頃、父親が会社の健康保険組合の配布品で『足のゾーン・セラピー』というのを貰ってきたのも一つのきっかけだった。今でこそ「足ツボ」とか、「リフレクソロジー」という分野は確立されているが、その頃はまだそれほどポピュラーではなかった。
    今、改めて思い出したが、私がヨガとか足のゾーン・セラピーに10代始めの頃から興味を持っていたのかと言えば、なんだかあまり丈夫ではない(元気一杯ではないが、病気がちでもない)という感じだったので、色々試してみたのだと思う。また、10代の頃は精神と身体がどうもアンバランスというか、心は元気でも身体がついていかない、というような感じでもあったかもしれない。

    その『足のゾーン・セラピー』の先生は、実はケイシーの研究家であることを知ったのは、大人になってからのことだったが、そういうわけで。一時ケイシー関係の本を買い漁り、読みまくったのである

    http://tamabook.com/SPNE/shop.cgi?iframe=./shop_html/home.html&height=700

    エドガー・ケイシーとは『眠れる予言者』と言われている。予言者、あるいは心霊予言者と言ってもいいだろう。

    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%89%E3%82%AC%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%B1%E3%82%A4%E3%82%B7%E3%83%BC
    (以上wikipedia

    19世紀後半にアメリカはケンタッキーに生まれ、1945年に亡くなっている。普段は写真屋を営む敬虔なクリスチャンだが、催眠状態に入ると、アカシック・レコードと交信することができ、様々なリーディングを残している。
    身体的な悩みに対して、解決、治療法を示したものが「フィジカル・リーディング」、人生の悩みに対して助言の「ライフ・リーディング」が残されているが、「ライフ・リーディング」とは、人間の魂は輪廻転生を繰りかえし、人生で起こる悩みや問題は、前世との因果関係を知ることによってその解決の糸口が得られるというもの。その他に、アトランティスは大西洋に存在し、高度な文明を保っていた、というような歴史的なリーディングもある。ケイシー自身の信仰からは、にわかには受け入れがたいような情報がアカシック・レコードから催眠中のケイシーを通じて語られたのである。

    ちなみに、メガネのせいかもしれませんが、うちの日下実行委員を見るとケイシーを思い出すのは私だけでしょうか(笑)

    なお、ケイシーのフィジカル・リーディングに沿った治療法を行っているところもある。興味深いのは、からだの歪みと食事と排泄、体操、心の平安(祈りや瞑想など)が語られており、操体の『息食動想』にもリンクしてくるということだ。この療法を『ケイシー・レメディ』(ケイシー療法)とも言うが、このレメディの処方は、アカシック・レコードから伝えられたものであり、ケンタッキーの田舎の信心深いクリスチャンの写真屋のアイディアではない。

    真実は、色々な伝わり方をするが、事実は一つである。
    違うけれど、同じ事を言っている。
    そんなことを思った。

    なお、日本でケイシー・レメディをされている福田高規氏は、操体法東京研究会の講習を終了した我々東京操体フォーラム実行委員の先輩である。この話を師匠、三浦寛先生から伺って

    『やっぱり不思議だ・・・・』と思った。

    新版 エドガー・ケイシーの人生を変える健康法

    新版 エドガー・ケイシーの人生を変える健康法

    なお、最後に一言書いておきたいのは、私は常に『不思議ちゃん』(横軸)の軸と、『理性ちゃん』(縦軸)の軸のバランスを取って生きたいと思っていること。
    これは『右脳ちゃん』『左脳ちゃん』とか『男』『女』と言ってもいいかもしれない。『東洋医学』と『西洋医学』もそうだし、『デジタル』と『アナログ』もそうだ。片方を切り捨てるのではなく、交わるところの存在も大切にしたいと思っている。

    それでは、一週間ありがとうございました。

    明日からは、島根の福田画伯(猫と精力剤の話では果てしなく盛り上がる??)です。よろしくお願い致します。

    なお、フォーラムへのご参加、引き続きお待ちしております。

    http://www.tokyo-sotai.com/

    畠山裕美

  • 病気はありがたいサインだ?

    自慢ではないが、もう少しで死にそうになったことがある。半日遅れたらICUで、一日遅れたらあの世行きだったというヤツである。

    今から考えてみると、それまで怪我もせず、大きな病気もせずそれなりに間に合って生きてきた。骨折したこともないし、どこか切ったこともない。それが、ある日いきなり人生初体験の入院をしたわけだが、あれはおそらく『休め』という強制ストップみたいなものだったのではないかと思う。

    というのは、死にかけた割には三週間入院しただけだったし、幸いにも最初にかかった医者(せんせい)が、入院した病院の外科部長と同級生だったお陰で、検査も入院も非常にスムースに進んだ。最新鋭の医療設備で全身チェックまでしてもらった。普通だったら鼻の穴からチューブを入れて胃液を排出するらしいのだが、これも免れた。トイレも自分で行っていいというお許しが出た。とにかくひたすら寝ていたような気がする。たっぷりの睡眠時間と人様が作ってくれる食事(笑)入浴が許可されれば、昼15時位からゆっくりバスタイムという優雅さ(笑)それまで夜型だったのを改め、朝型の生活に切りかえたが、それも収穫の一つである。

    もしも、この時ゆっくり休んでいなかったら、その後もっと大きなツケが回ってきていたかもしれないと思う。例えば本当にイノチをリセットしなければならなかったとか。

    ところで、こんな事を書いていいのかどうかなんだが(笑)

    その少し前から体調が少し良くないとは思っていたのだが、何となくある日脳裏に『六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)』が浮かんだのである。

    六条御息所:源光源氏の年上の愛人で、嫉妬から生霊となって源氏の愛人達に祟る。源氏の正室、葵の上をとり殺す場面は有名。なお、本人は自分が生霊となっていることを知らなかった。
    http://www.tnm.go.jp/jp/servlet/Con?pageId=B07&processId=02&colid=A11098
    (画は上村松園の「焔」)

    そういう愛憎劇に巻き込まれるような覚えはないのだが(笑)誰かの激しい嫉妬というか意念のようなものを感じたりしていたのは事実と言えば事実である。
    また、偶然にも入院する前『すうぱあなちゅらる』な力を持つF氏に、『最近、呪いでもかけられてません?気をつけて下さいよ』と言われたりしていたのだった。これはまたいつかお話したいと思う。

    ★まあ、人に呪いをかけると『人に呪わば穴二つ』と言う。これは陰陽師が呪詛を行う時、呪詛返しでかけた方も死ぬ可能性があるので、墓の穴を二つ用意したとか、有名な『丑の刻参り』も、自分の呪詛が成就しても、それが自分に返ってくるため、墓穴は二つ、つまり相手と自分の分を用意せよ、いう話から来ている。いずれにせよ、人を呪ったりするのはやめたほうがいいのである。

    話を戻そう。

    入院している間、幻覚と幻聴を経験した。後で看護師さんに聞いてみると、痛みを抑えるために強力な痛み止めを点滴しており、さらに両手両足に合計8本の点滴を打っていたので、そういうことも起こることがあるんですよ、と言うことだった。確かにあれだけ刺されていたらヘンになると思う。更に無意識のうちに点滴の針を抜きまくったらしく、後で看護師さんから聞くに、一晩で10回やらかしたそうだ。勿論そんなことは全然覚えていないのだが、この時見ていた夢(のようなもの)はクリアに覚えている。いや、幻覚や幻聴と書くので何やら物々しいが、ヴィジョンが見え、天の声が聞こえたと言えば聞こえはいいのだろうか(笑)

    私の場合、何か聞こえるというのは、話し声などではなく歌声だった。それも多数の声のコーラスみたいなものだ。多かったのは男性合唱団のもので、何の曲か分からないが、非常に親しみがあるものばかりだった。まるでオラトリオのような教会音楽的なものだったと思う。
    入院した次の日の早朝、、グリークラブ(平たく言えば男性合唱団)の練習をしているのかと思って目が覚めた。どこか遠くから聞こえる何とも心地良い歌声だったと記憶している。

    病院の近くにはK大があった。K大グリークラブが早朝練習をしているのかなと、うとうとしていると、看護師さんが巡回に来た。『男性コーラスが聞こえるけど、朝から練習してるんですか』と言うと、看護師さんは『そう?コーラスが聞こえたの』と答えた。
    その次の日からは聞こえなかったので、あれはやはり私にしか聞こえていなかったのだろう。看護師さんは患者のうわごとは多分聞き慣れているに違いなかった。

    ベッドの脇を見ると、花瓶にチューリップが生けてあった。Duran Duranの”Careless Memories”に出てくるチューリップと同じだ。病院の白い壁、PV(プロモーション・ビデオ)の白い背景。そんなことを思った(動画参照。丁度白いチューリップと白い壁のイメージ)。

    今になって思い起こすと、これは『内なる歌声にからだが癒された』と考えてもよいのではと想う。
    操体臨床例の中には、快適感覚と共に、『色を見せられて』からだが癒しをつけているというケースもあるからだ。『歌声を聞かされて』からだが癒しをつけるというケースもあるかもしれない。『無意識の動き』も、内なる治療者がからだに動きをつけて治しに導くと考えればいいのだ。

    ここまで書いて、先日平直行相談役から聞いた話を思い出した。平氏と先日対談した、ヨガのN先生によると、ネパールに行ってヨガをするのだそうだが、敢えて落ちたら死にそうなところとか、危険なところで行をするのだそうだ。これはどのような効果があるかと言えば、自分の身が危険にさらされると、反動で生命力のレベルが大きくアップするらしい。戦争体験者にタフで比較的ストレスに強い方々が多いのも同じなのだろうか。

    思うに、自分の身に強制ストップがかかったのは、非常にラッキーなことだったのだ。
    我慢できる位の痛みだったらそのままやり過ごし、手遅れでした、ということになっていたかもしれないが、『からだが強制ストップをかけた』お陰でしっかり休むことができ、丁度いいタイミングで生命力のレベルがアップしたのである。

    これは何とも言えない巧みな生命現象のバランスだと思う。人体というのは基本的に「間に合ってればいい」のだが、ある程度の刺激を与えないとやはり活性化しないのか?

    病気はありがたいサインだ、というのはこういう意味もあるのかもしれない。

    畠山裕美

  • 歴女・仏女 その3

    その後、午後からの仕事もあり、のんびり九博見物している時間もないので、ミュージアムショップへ直行する。阿修羅展の限定カレンダーを売っていたが、荷物を考えて断念する。

    そして九博(きゅ〜はく)名物発見。九博では、「針聞書」といって、1568年に書かれた(織田信長が摂津、つまり大阪を攻めた年)鍼治療の本を収蔵している。その本の現代版解説書が出版されているのだ。鍼治療の本と聞いて、早速手に取ってみた。

    戦国時代のハラノムシ―『針聞書』のゆかいな病魔たち

    戦国時代のハラノムシ―『針聞書』のゆかいな病魔たち

    http://www.kyuhaku.jp/collection/collection_info01.html

    当時、病気の原因は体の中に住んでいる虫が悪さをするためだと考えられていた。庚申信仰はご存じだろうか?
    陰陽五行説の庚申の日の信仰である。人間の体の中には三尸(さんし)という3匹の虫がいて、暦の庚申の日に人が寝ているうちに閻魔様のところに行き悪行を伝えると言う話があり、それをさせないために、寝ずに神仏を祭るというものである。なお、この日は男女交合をしないとか、この日結ばれてできた子供には盗人の性質があるとか、(要は、庚申の日は慎みなさいということでしょう)そのような言い伝えがある。

    赤ちゃんの「かんのむし」(疳の虫」)も、虫が悪さをするからだと言われたりする。宇津救命丸(今調べたら、400年の歴史があるらしい)の効能書きにも「かんのむし(かんむし)」と書いてある。

    この本だが、絵が何とも言えずユーモラスである。現代の「ゆる系キャラ」に通じるのではないか。画像を是非どうぞ。

    http://www.kyuhaku.jp/collection/collection_info01-2.html

    「肝積」(かんしゃく)というのは『肝臓にいる虫。酸っぱい物が好きで、油くさい物が嫌い。常に怒っているような顔の色である』
    「肝虫」(かんむし)もいる。
    「陰虫」(かげむしん)詳細説明を読むと、色が白と赤の二色なのは、精液と経血の色だからなんだそうで、取り憑かれると色情に狂う(笑)らしい。確かこの他にも色情系の虫がいたが、いずれも『治らない』とか『死ななきゃなおらない』などと書かれていた気がする。好色には治療法はないということか。確か他にも「吝嗇」(ケチ)は治らないとかそんなのもあったような気がする。

    ところで、この「針聞書」を現代版にして解説を加えた『針聞書 虫の知らせ』を買った。イラストに現代訳で説明してあるのだが、鍼灸の解説書なので、鍼の打ち方についての説明がある。面白いのは『この鍼の方法は大変難しいので、書けない』とか『この方法は直接師から習うべし』と書いてある。

    つまり

    『本を読んだだけじゃわからんよ』と言っているのである。

    操体も同じで、師匠について学ぶべきなのだと思う(そう来たか!)または、実際に教えを受けるべきなのだ。

    ところで、九博を後にした私は天満宮の参道で写真を撮ったりしながら駅に向かった。参道の途中で何故かゲゲゲの鬼太郎ショップが!!もう少しで『水木商法』に引っかかるところだった(笑)中で買い物したかったが、おそらく出られなくなるので断念、途中で梅ヶ枝餅を買って博多に戻った。

    それから仕事をして、その合間に、秋穂理事の「あきほ整骨院」を突然襲撃したりしたのだった(驚かしてごめんね!)

    皆様、福岡で操体を受けたかったら「あきほ整骨院」へどうぞ。

    その後博多にとんぼ返りし、博多駅の近くでラーメンを食べ、空港で『めんたいも(芋)』(スイートポテトに明太子が入ったモノ)、明太子プリッツなどを買って東京に帰ったのだった。

    阿修羅様、薬王様、薬上様、興福寺でお待ち下さい♪

    畠山裕美

  • 歴女・仏女 その2

    そして、すごく恥ずかしいのだが
    九州ツアーの追っかけをしてしまったわけですよわたくし(笑)

    阿修羅様の。

    実はクライアントの方と「阿修羅展」の話をしていて
    『東京から九州博物館に阿修羅展を見に行くツアーがあるらしいですよ』と聞いて
    『へえ〜、私も阿修羅展2回行ったけど、世の中には物好きがいるもんですね』

    と、答えた私も物好きじゃん!!!!

    まあ、夏の終わり、仕事で日帰りで博多に行く用事があったのだが(無理矢理作ったいう説あり)、午前中はフリーだったので(いや、無理矢理フリーにした?!)博多から地下鉄で天神に向かい、朝9時半には、太宰府天満宮の参道に降り立っていたわたくし(笑)

    太宰府は高校の修学旅行以来である。始発で羽田を発てば朝9時半には太宰府に着くのだ。
    帰りに梅ヶ枝餅でも買っていこうと参道を歩み、突き当たりを左に曲がると天満宮があった。早速お参りし、いろいろ祈願。
    おみくじを買おうと思ったが、小銭を切らしていて断念する。
    しかし、どうしても『管公』というと、『陰陽師』(原作は夢枕獏氏)コミック版の、岡野玲子氏描くところの『管公』を思い出してしまう。どうもあのイメージが(笑)

    陰陽師 (13) (Jets comics)

    陰陽師 (13) (Jets comics)

    実際に、太宰府天満宮というのは、墓所がそのまま神社になっているところで、管公が祟らないように、お祀りして霊をなぐさめたところなのだ。境内を突っ切って目指す九州博物館に行こうと思ったのだが、どうやら道を間違えて山の中に入りそうになったので、慌てて来た道を戻る。もう一度境内を通ってやっと九州博物館へ行く道がわかった。

    夏の終わりとは言えまだまだ暑いので、日傘をさしなおかつサングラスをかけ、道をしばらく歩むと、山のど真ん中に巨大なエスカレータの入り口が見えた。これが『九州博物館(きゅ〜はく)』への道だ。長いエスカレータで上がって行き、幻想的な歩く歩道を進んでゆくと、目の前に視界が開け、巨大な近代的建造物が現れた。

    入り口でチケットを買い、ロッカーに荷物を預け(博物館、美術館見物の基本)

    いざ出陣!

    実は、阿修羅様にも会いたかったのだが、薬王様、薬上様にも会いたかったのだ!

    http://www.kohfukuji.com/property/cultural/113.html

    エスカレータを上がって展示フロアに着く。ふっふっふ〜。三度目だよ阿修羅様。

    上野と違って、九州博物館の天井は少し低い。従って、展示方法も上野とは違っていて興味深かった。展示方法によってこんなにイメージが違うとは。特に八部衆像(阿修羅様もこの一員)の展示方法は、上野よりも見やすかった。上野では、阿修羅様は360度の丸いステージに立っておられたが、他の八部衆は背面が壁についており、真後ろから拝観できなかったのである。これは十大弟子像も同じ。ハコの関係で上野より展示数が少ないのは仕方あるまい。

    阿修羅様は九州でも女子に群れられていた!
    小学生が多かったけど。

    上野よりも小さめのステージで、距離は近い。もう気の済むまで拝顔(笑)

    しかし、天井が低いのが気になる。この低さでは、薬上様、薬王様が入らないではないか!どこか天井高いのか?九博??

    結局、気になったとおり、九州には薬王様、薬上様はいらっしゃっていなかった。残念。

    KISSのジャパン・ツアーで九州に行ったらエース・フレーリーが来てなかったと同じ位残念だった(例えがマニアっくですいません)。
    もしくは水戸黄門を九州で観たら、かげろうお銀の入浴シーンがなかった!それくらい残念だったと思って頂ければよろしい。と、少しがっかりした私だったが、そこは頭を切り換えて

    興福寺で待っててね♪』
    いずれにせよ、私が興福寺に行くぞ!と決意を固めたのは言うまでもない。

    日本には国立博物館が4つある。東京、奈良、京都は美術系。一番新しい九博は唯一の歴史系博物館なのだ。

    その後、折角の歴史系国立博物館に来たのだからと他の展示物も見ることにした。なんと、今回の阿修羅展に合わせて、阿修羅像製作当時の色調復元像もあった。地色は赤。なかなか派手である。阿修羅展終了後も展示されているのだろうか。

    しかし、九博は面白い。テーマを歴史に絞り、大陸との交流をはじめ、古代の歴史に力を入れている。
    古代の、呪術に使ったと言われる石具や、個人コレクションであるアジアの呪術人形、遣唐使船に積まれていた貢ぎ物の模型やら、
    古代日本史が好きだったら一日いても飽きないだろう。
    その中に、石で作った用途不明のモノがあった。石でできた20センチくらいの円柱で「何に使ったか不明」と書かれていた。
    それが何本も(10本くらい)ならんでそそりたっているのである。なんだか面白い。

    う〜む。

    私には、リアルサイズの「かなまら様」に見えた(爆)

    (以下自粛)

    つづく

    畠山裕美

  • 歴女・仏女 その1

    最近、歴史好きな女子をして『歴女』、仏像好きな女子を『仏女』と言うらしい。
    元祖歴女、元祖仏女?としては嬉しい限りである。

    ちなみに、うちの屋号、「TEI-ZAN操体医科学研究所」はもともと「貞山療術院」「操体プラクティショナー TEI-ZAN」と変わって
    来ているが「貞山」とは、伊達政宗公の諡号(しごう、おくりな:貴人の死後に奉る、生前の事績への評価に基づく名)から戴いている。
    勿論、私が仙台に赴く際には、瑞鳳殿(政宗公の墓所)にお参りするのである。

    瑞鳳殿の天女。

    そもそも私が日本史に興味を持ったのは、小学校二年生の時に読んだ、少年少女版の『義経記』である。もしくはその前に読んだ『一休宗純』(つまり、一休さん)の伝記だったかもしれない。
    4歳の頃から児童図書館に通っていた私は、児童図書館の本を殆ど読み尽くしていた。しかし、『義経記』は、どうも7歳か8歳の誕生日に買って貰ったような記憶がある。どうやら、自分で選んで買ったようなのだ。もしかしたら、母方は源氏系だからという話を聞いたからかもしれない。

    小学校三年生の夏、千葉市の真ん中にあったマンモス小学校から、千葉市習志野市の境目、今の幕張メッセからもう少し陸地に入ったあたりに引っ越した。当時千葉市の沿岸(稲毛、検見川、幕張辺り)は小学校が雨後の竹の子のように立ち、小学校には毎日転校生がやってくる、という有様だった。
    この学校の図書室には、この新設校のガラガラの図書室を埋めるためか、誰かが寄贈した『日本古典文学全集』と、『江戸川乱歩全集』などがあった。当時から日焼けなどはしたくなく(笑)ドッヂボールなど体育系が大嫌いだった私は読書三昧の日々を過ごした。この頃から歴史が好きだったのだが、日本史が好きだと神社仏閣にも興味が湧く。

    中学に上がって、仲の良い同級生にMという子がいた。三歳年上のお兄さんの影響でSFを読んでいた。私はSFはどうも苦手だったが、彼女が当時熱狂していた、光瀬龍の『百億の昼と千億の夜(画は萩尾望都)』に出てくる、阿修羅王(作品中では中性的な美少女として
    描かれている)で、興福寺の阿修羅像の存在を知った。おそらく、萩尾望都氏も興福寺の阿修羅像を頭に置いて作画したと思われるが、非常に阿修羅像に惹かれたのである。丁度12歳あたりから、私の

    歴女・仏女人生
    ・ロックンロール洋楽人生&洋画&英語人生
    ・ヨガはじめボディワーク人生
    ・幼児期から続く読書人生

    は、ブレイクするのである(その後も余り変わってないんですが)。
    共学の近所の市立中学に行った小学校の同級生達は、色気づいていたようだが、私は私立の女子校に行ったため(お陰様で10年間、女の園で過ごしました。はい)はそんなしがらみ?とは無縁で、思う存分趣味に打ち込めたのである。

    その後更に私の歴女・仏女人生にハッパをかけたのは、山岸涼子氏の『日出処の天子』である。これを読み、梅原猛氏の『隠された十字架』(法隆寺のナゾ)を読み、おまけに父の会社の同僚だった井沢元彦氏(当時TBS報道部勤務)が、『猿丸幻視行』で、江戸川乱歩賞を受賞し、サイン入りの本を貰ってきたものだから、更に日本史にはまったのである。なお、父親は池波正太郎藤沢周平ファンで、我が家には山のように本があった。

    日出処の天子 (第1巻) (白泉社文庫)

    日出処の天子 (第1巻) (白泉社文庫)

    隠された十字架―法隆寺論 (新潮文庫)

    隠された十字架―法隆寺論 (新潮文庫)

    新装版 猿丸幻視行 (講談社文庫)

    新装版 猿丸幻視行 (講談社文庫)

    話は前後するが、中学の修学旅行は『奈良・京都』だった。同級生は『つまんない』と言っていたが、私はそんなことはなかった。
    京都で食べた精進料理は美味しかった。大徳寺の泉仙で鉄鉢料理をいただいたのを覚えている。同級生は『不味い』と言っていたが、そんなことはなかった(笑)。フォーラム実行委員、山本氏がやはり修学旅行で京都で胡麻豆腐を食べて『ウマイなぁ〜』と思ったと書いておられたが、私も『美味しいなぁ』と言って食べたクチだった。

    お寺巡りはもうウハウハである。歴・仏仲間とガイドブック片手にお寺巡りと仏像拝観は楽しかった。そして、奈良も楽しかった。

    正倉院とか、大仏殿とか、法隆寺とか、もうサイコーである。そして、興福寺でついに阿修羅像に遭遇したのだった。

    『やられた・・・。美しい・・・』
    この時の阿修羅像の印象は、夏目雅子だ、という感じ。
    西遊記』で、初代三蔵法師を演じた彼女はまさに品性のある中性的な美しさをたたえていた。

    そして時は流れて(笑)、私はその間、ビックリハウスとか宝島とか、みうらじゅんの「見仏記」とか読みながらも、洋楽と読書は続け、何故か手技療法の道を志し、操体を生涯の学びとして選んだのである。

    興福寺は仏様のお住まいをリフォームするらしく、その建設費を稼ぐため(?)約50年以上ぶりにジャパン・ツアーを行うことになった。東京公演は、国立博物館を皮切りに2009年4月末から7月まで。もう、驚く程の大盛況であった。という私は2回も行ってしまったのだが(笑)最初に行った時は3時間待ちだった。やっと中に入ると、中央の円形ステージに阿修羅像が立っており、周囲を女性(主におばちゃん)が取り囲んでいた。

    『イケメンだわ〜』とかいう声が聞こえてきたので

    『イケメンじゃないつ〜の』『黙って拝観せい』とか思ったが勿論黙っていた(笑)

    この時、私のココロの中には『昨日今日の阿修羅様ファンじゃないんだぜ〜ベイビィ』というフレーズが浮かんでいた。

    中学の時、私の歴史・仏像趣味を笑った同級生がいた。普通の女子中学生だったら『みんなに合わせなくちゃ!』と秘密を隠したり(自分の特殊な趣味や技能を隠すって、少女マンガでよくあるネタですね)するのかもしれないが、私の場合そういうのは全く気にならなかったので(笑)、笑うヤツは笑っとけ、ワタシの趣味に口出すな、という調子であった。

    おそらく、当時の同級生も私の趣味を笑ったことなど忘れて、阿修羅展に行ったに違いない。

    そして、阿修羅様もよかったのだが、私が思い切りハートをわしづかみにされたのは、この薬王菩薩様、薬上菩薩様だった。

    http://www.kohfukuji.com/property/cultural/113.html

    一目惚れというヤツである。お二人とも3メートル60センチの大きな菩薩様で、側屈の法則に適った、優美な立ち姿は今にも動き出しそうであり、実際、私のココロの中では、まとっておられる衣が風にたなびき、半眼のまぶたが軽く動き、印を結ばれているその手が軽く
    動いたような気がしていた。
    後で説明書きを読んだら、
    『兄弟の菩薩で、ともに良薬を人々に与え、心と身の病気をなおしたと言われます』と書いてあった。これは、私のお仕事(操体)とも深い繋がりのある菩薩様ではないか。この時は本当に「ぞわっ」としたのである。

    つづく

    畠山裕美

  • Ever After

    They lived happily ever after. : それからずっと幸せに暮らしましたとさ。
    というのはおとぎ話の決まり文句である。

    私が好きな映画に、「Ever After」というのがある。

    主演は4歳の時「E.T」で主人公エリオットの妹役で天才子役として注目された、ドリュー・バリモア
    しかし、その後私生活が荒み、9歳で飲酒、10歳でマリファナ、12歳でコカインと大変なBad Girlぶりだったのだが、20代後半の本作あたりから、いい作品に恵まれ、見事にカムバックした次第である。
    最近の代表作は、「チャーリーズ・エンジェル」「チャーリーズ・エンジェル フルスロットル」など。最近は一時期の荒みぶりが想像できない位美しく、米『People』の『モスト・ビューティフル・ピープル2007』で第1位に選ばれた。

    話を戻すと、この作品はいわゆる「シンデレラ」の話である。シンデレラと言えば、誰もが知っているとおり、継母と異母姉妹に苛められ、下女同然に扱われていた貴族の娘、シンデレラを可哀想に思った魔法使いのお婆さんにカボチャの馬車とドレス、ネズミの御者を用意してもらい、舞踏会にガラスの靴を履いていくのだが、12時になったら魔法が解けてしまう・・というハッピーエンドの話だ。

    この話の原型は古くはギリシャ時代からあり、日本でも「粟福・米福」のようにモチーフが似た話がある。世界中にある、「ものがたり」の原型でもある。

    『物語』については、この辺が詳しい。

    知の編集工学 (朝日文庫)

    知の編集工学 (朝日文庫)

    全脳思考

    全脳思考

    この映画は、最初にグリム兄弟が宮廷に呼ばれ、の陛下と呼ばれる貴婦人(ジャンヌ・モロー)が、曾祖母であるフランスの王妃の物語として聞かせる、という風に始まる。この話を軸に、フランスに来ていたレオナルド・ダ・ヴィンチが出てきたり(そんなのアリかい、というのは抜きにして)なかなか楽しめる。風景や衣装も素敵だが、ただそれだけではない。

    そこに秘められているのは、シンデレラは単に気立てが良くて、運良く玉の輿にのった女の子ではなく、「実行の人」だったという力強いメッセージなのだ。容姿や優しさだけではなく、勇気と機転と実行力である。

    私は年に1度くらいこの映画を一人で見る。見た後は何故かふつふつと元気が湧いてくるのだ。ドリュー・バリモア演ずるダニエル・デ・バードラック(パンチでぶん殴るとか、川に飛び込んじゃうとか)のアクションも痛快だ。
    秋の夜長にいかがだろう。

    http://movies.foxjapan.com/everafter/

    なお、意地悪な継母役は、『アダムス・ファミリー』のモーティシア役のアンジェリカ・ヒューストンがいい味を出している。王子様は全然目立たない(笑い)

    もう一つお勧めは

    コヨーテ・アグリー 特別編集版 [DVD]

    コヨーテ・アグリー 特別編集版 [DVD]

    これも元気が出る(笑)というか、これも「実行しなきゃ、始まらないよね」というお話。そして、意志を持って実行する人には、仲間が現れ、未来が開けるという話。

    やらずに『あの時やればよかった』と、後悔するよりも、やって試して糧にすればいい。
    『迷ったらやれ』というのは本当なのだ。

    フォーラムも、操体の勉強もね(笑)

    そういえば、後で気がついたのだが、紹介した二つの映画に、脇役で出ている女優がいる。両方の映画の役とも、主人公を力づける友人の役である。Melanie Lynskey (メラニー・リンスキー)という味のある個性派である

    畠山裕美

  • 目に見えないもの。

    お久しぶりです。畠山裕美です。

    11月に入り、フォーラムも間近になってきました。フォーラム実行委員はすでに「気もそぞろ」。皆様のお越しをお待ちしております。操体は生きているもの。その生きている波動を是非感じていただきたいと思います。東京操体フォーラム

    先々週の中谷実行委員のブログでは、眠れる予言者、エドガー・ケイシーの話、橋本敬三先生の死生観など、目に見えない世界についてのお話がありました。皆さんは『目に見えない世界』についてどうお考えですか?

    私は昔から『目に見えない世界』に深い親しみがあり、『あるもの』として認識していました。
    私の実家は、両親が地方から東京に出てきて結婚し、品川区戸越に居を構え、そして私が生まれたという次第です。私は長女なので、親子三人で戸越のアパートに住んでおり、家に仏壇があるわけでも、神棚があるわけでもなく『カミサマ』とか『仏様』には全く縁のない家庭で育ったわけです。

    2歳の時、千葉市の団地に引っ越しました。今で言う、千葉市稲毛区です。この辺りは今、モノレールが走っていたり、動物公園があったりしますが、私が子供の頃は、森を切り崩して建てた新興の団地で、団地の回りは森とか山ばかりでした。起伏が激しい土地で、沼もいくつかあり、よく父に連れられ、舗装されていない道を歩いて沼に行き、緑に濁った水面を見て怖がったりした記憶があります。
    そんな幼児期に住んでいた団地の間取りといえば、小さな洗面所の向かいに、お風呂があり、その間に短い廊下があり、突き当たりにトイレがありました。お風呂場の戸は、普段は開けっ放しにしてありました。夜、トイレに行く時はお風呂場(わずか1メートル位の距離)の横を通って、トイレの電気をつけなければなりません。その時いやでも気になるのは、真っ暗なお風呂場でした。明るい時のお風呂は楽しいものでしたが、電気が消えていると何か別の空間のようでした。
    これは3歳か4歳の時だと思いますが、夜にトイレに起きた私は、普段は絶対見ないはずのお風呂場に何故か目をやってしまったのですが、そこで見たのは、暗い中で更に暗い、ブラックホールのような穴でした。子供心に驚きましたが、その穴の中には、何だかまばたきをする巨大な目のようなものがいました。

    ・・・・・。

    こんな事書いてもいいんでしょうか(笑)

    この前後、自分が怖かったのかどうなのかさっぱり覚えていないのですが。おそらく、誰かにこの話をしてはいけないのではないか、という事は分かっていたような気がします。

    私の場合、いわゆる『霊感が強い』とは少し違うような気がします。また、世の中にはカンが強すぎて『悪い気』を貰ってしまうという方もいるようですが、そんなことはありません。『霊感がつよくて、もらっちゃいやすいの』というのとは、違うのです。もらわないのです。何故かそれが可能なのです。

    まあ、これは臨床家としては非常に有利なことなので、ラッキーだと思っています。

    とは言っても、中学の林間学校で浅間山で集合写真を撮ったら、よりによって私の肩に、あるはずのない腕が何本も出ているようなこともありました。これは担任の先生が霊能者に観て貰ったところ、『女子中学生が沢山いるので、浅間山の噴火でなくなった浮遊霊が嬉しくなって出てきただけなので、心配はいらない』という結果でした(汗)。

    私自身、そんなに見るとか遭遇することはないのですが、中学高校と仲良しだったTちゃんの家に私が遊びに行くと、『音』が止む、ということはありました。Tちゃんの家は神道の教祖様の家系だったのですが、何故かラップ音が非常に鳴る家で、Tちゃんと妹のKちゃんは、その音の主に『ハニー・エンジェル』」という可愛らしい?名前をつけていた位です。私は結構Tちゃんの家に泊まりに行ったりして遊んでいましたが、何故か私が遊びに行くと、『ハニー・エンジェル』は音を立てないのです(笑)『あなたが来ると、どこかに逃げちゃう』と言われました。
    この手の話はいくらでもあります(笑)未確認飛行物体の話なんかもありますしね。

    このような経験を積んでいくうちに、『最初からそんなことはない、そんなことがあるはずない、と思うから驚いたりするんだ』ということが分かってきました。そして、『すうぱあなちゅらる(超自然現象)』を頭ごなしに否定したり、『そんなもの、あるわけない』と、怒りをあらわにする人達というのは、実は、未知に遭遇して、知らない事を付きつけられ怯えているのではないか?と言うことに気がつきました。

    ヨガ、瞑想、幻想文学(大学の専攻)、カバラ密教、禅、外気功エドガー・ケイシーなどに触れ(途中17歳の時、操体に出会っているのですが、その時は時期早急だったのかスルーしています)、操体の門を叩いたわけです。まあ、自分でも笑っちゃいますが、何だか目に見えないものばっかりじゃないですか(笑)
    気功も最近は「普通」に存在していますが、昔は『インチキだ』と言われたりした時期もあったんです。

    あ、あと一番すごかった経験は、23歳の時のOOB(Out of body: 幽体離脱現象)ですね。この話をすると、絶対に

    『寝ぼけたんじゃない』

    『夢じゃない?』

    という方がいますけどね。まあ、こればかりは体験してみないと何とも言えませんね。その後、OOBの関連資料を読むと、音が聞こえないとか、何かで繋がっているとか、からだの存在を意識すると、からだに引き戻されるとか、相似点があったのは事実です。まあ、信じない人は信じないと思うし、それは個人の考え方にもよるのでそれぞれにお任せします。

    そういえば

    何時だったか忘れましたが、ある人とその場にいない人(仮にAさんとしましょう)の話をしていて、ある人は『あの人(Aさん)って小さい頃から目に見えない事に興味があったんですって。信じられる?』と、明らかに軽蔑と微かな怒りが混じった口調で私に言ったのですが、私は返答に困りました(笑)

    その場は『そ、そうなんですか。へえええええええ〜っ』と、空虚な返事をするしかありませんでした。

    如何ですか?目に見えないもの。
    そういえば、星の王子様も「大切なものは目に見えない」と言っていました。そういえば「経絡」も「経穴」も目に見えません。「きもち」や「感覚」も目に見えませんが、確かに存在してあるものです。

    目に見えないものって大事なのです。きっと。

    それでは一週間お付き合いよろしくお願い致します

    畠山裕美

  • 音楽と操体検定。

    昨日はマイケル・ジャクソンの訃報が世界中を駆け巡っていました。
    何かの本に書いてありましたが、80年代、つまり輝けるバブリーな時代に20代を過ごしたような年代は、意外とこの「100年に一度の不況」でも心底危機感を抱いてはいないのだそうです。というのは、あの時代を知っているので『今こんなでも未来があるさ』というお気楽感があるらしい。逆に今の25歳以下の若者のほうがずっとシビアな考えを持っているのだそうです。
    私はもっぱら洋楽、それもハードロック、ヘヴィメタルニューウェーブとその手ばかりでしたが、マイケルの曲は非常に流行ったので、ファンでなくとも殆ど知っているという次第。昨日、テレビの追悼番組で懐かしいビデオクリップを何本か見ましたが、やはり当時を思い出すものです。

    この頃はアメリカもレーガンの「アメリカイケイケ路線」で、今思うと何だか楽しい時代でした。何が楽しかったのかと言えば、『未来』があったのかもしれません。
    音楽もグランジや、私にとっては怒りの吐露にみえたラップとかその辺りからアメリカの音楽はつまらなくなってきたような気がします。
    なので、最近80年代の洋楽がリバイバルしていると言うのも何となく分かります。今の30代後半から50代にかけての年代の潜在意識が『あの頃』を追憶しているのでしょう。アメリカ映画などでも、ある程度の年齢の登場人物が過去を追憶する時の音楽というのは、カントリーかプレスリーというのが定番だったようですが、最近では『80’s music』なのだそうです。そうかい、80年代音楽は懐メロなのかい(笑)

    少し脱線しましたが、キング・オブ・ポップのご冥福をお祈り致します。。

    さて、「検定」

    最近問題の『漢字検定』など色々ありますが、『検定ビジネス』が結構流行っているようです。まあ、なかなか難しいビジネスモデルでもあるようですが、『なにわなんでも大阪検定』http://www.osaka-kentei.com/ とか『世界遺産検定』とか『英検』『秘書検定』とか、何かの際に役に立ちそうなのもありますが、http://www.mtvjapan.com/special/rock_kentei/index.html 『MTVロック検定』とか、yahooの「みんなの検定」 http://minna.cert.yahoo.co.jp/ とか、何でも検定にしちゃえ!というのは面白いかもしれません。

    MTVのロック検定も面白そうだと思ったのですが、私が詳しい時期は『KISS、QueenAerosmith以降 グランジ以前』という状況なので、ニルヴァーナ以降はさっぱりわかりません。『KISS検定』とか『必殺仕事人検定』とか『伊達政宗検定』とかあったら絶対受かると思います(笑)

    先日銭湯に行ったら『銭湯検定4級問題』というのがあったのでもらってきました。http://www.1010.or.jp/kentei/
    これは日本の共同入浴文化を見直そうというものだそうですが、銭湯のご主人に『どうですか?』と聞いてみたら『問題、難しいよ。半分以上わかんなかったよ(笑)』とのことでした。銭湯検定には挑戦しようかと思っています。

    というわけで、もしも操体検定を作ったら、どうなんだろう、と考えてみました。

    1.操体法の創始者、橋本敬三医師の診療所は(1)という。
    2.身体運動の法則は、からだの使い方、つまり(2)の法則とからだの動かし方、つまり(3)の法則、そして(4)の法則の3法則と、
    (5)との相関性、(6)との相関性の2相関性で成り立つ
    3.そのうち(2)は手は(7)指、足は(8)指側を運動力点、作用点とする。
    4.立位で右上肢を前方に肩水平位に挙上し、手関節の背屈を行った場合、全身形態は(9)足に体重がかかり、(10)側屈となる
    5.仰臥膝二分の一屈曲位にて両膝を左に傾倒した場合、首は(11)方向に向く。
    6.立位にて左捻転の動作を取る場合、(12)足に重心がかかり(13)足のかかとは軽く浮く
    7.息(14)動(15)+環境
    8.同時(16)相補連動性
    9.(17)若(18)経

    (1)から(18)までの括弧内を埋めよ

    なんてどうですか???

    というわけで、一週間お付き合い下さいましてありがとうございました。明日からは島根の福田画伯の登場です。お楽しみに。

    そうそう、2009年東京操体フォーラムは11月22日、23日の開催です。

    畠山裕美