カテゴリー: 畠山裕美(はたけやまひろみ)

  • 社団法人日本操体指導者協会設立

    2010年8月、社団法人日本操体指導者協会(Sotai Practitioner Association of Japan)を設立した。

    この団体は、操体の専門家の地位向上、活動支援、資質向上と、新たな操体専門家の育成のために設立された。そもそも私が操体のプロの立場に疑問を抱いたのは、2000年、早稻田操体法研究会の勉強会に参加した時の事だった。他の操体関係の勉強会に参加することは余りなかった上、私が最初に操体を習ったのは、手技療法家向けの講習だったので、私はてっきり臨床家や鍼灸師柔道整復師の先生方が集まって勉強するのだと思っていた。ところが、勉強会に参加していたのは、殆どが一般の方々だったのである。勉強会の途中、早稻田の石井先生が私を紹介して『彼女は操体のプロです』と紹介してくれたのだが、その時、参加者の中には『操体のプロなんているんですか?』と驚いた人がいた。
    これには驚いたが、気を取り直して考えてみると、一般の人が集って学ぶ操体の勉強会と、ある程度の臨床スキルを持った手技療法家が参加する講習では違うのだ、ということに気づいたのだ。
    しかし世の中は操体愛好家(Sotai Lover)の数が圧倒的に多く、操体の専門家は圧倒的に少ない。一般の操体愛好家が『操体にプロがいるなんて』と思っても仕方無いし、彼らは自分や身近な人達の健康維持増進を目的としているのであって、操体の指導者(操者)として患者(クライアント、被験者)を診て生業をたてているわけではない。

    本来、操体は医師である橋本敬三先生の臨床であったはずなのだが、いつしか健康維持増進や養生的な愛好家のほうが多勢になってきた。全国操体バランス運動研究会も、当初は操体臨床についての討議だったが、途中から『操体を生活に活かす』と、運営テーマを変えたという。『操体を生活に活かす』方法を指導することも必要だが、『操体を生活に活かす』ことを人に伝える人材、プロの育成も必要だ。

    もう一つ覚えているのは、2001年、仙台で開催された全国操体バランス運動研究会の基調講演である。そこで講演をしたある大学の先生は、『操体でお金を取っちゃいけない』と言った。確か操体を学び始めて5年位の方である。参加者100名位のうち、約10名は私の仲間、後の60名は古くから操体臨床をやっておられる先輩達だった。大学の先生が『操体でお金をもらっちゃいけない』と二回目か三回目に行った時、会場の空気がざわっとどよめき、『何言ってるんだよ』という声はじめ、明らかに不満を帯びた呟きが会場に広まった。丁度私の後ろには三浦先生が座っていたが、確か苦笑いされていた記憶がある。
    つまり、この先生は会場にいた70名の臨床家に対して喧嘩を売ってしまったのである。『学校の先生だったら、臨床で生活を設計しなくていいからな』『自分達は臨床で生業をたてている。それを否定するつもりか』という見えざる怒りである。

    その次は、長野の全国大会の時だった。三浦先生と私は休み時間に一緒にエレベーターに乗っていた。その時、前か後ろにいた年配の女性が、隣にいた仲間らしき人に向かって『操体でお金取っちゃだめよね〜』と言っていたのである。三浦先生も私もそれを聞いてちょっと驚いた。私達は操体臨床で生業をたてているのである。また、そう言うのであれば、温古堂で治療をされていた橋本敬三先生を否定することにもなる。

    やはりこのケースも、Sotai Lover(操体愛好家)ならば『操体でお金取っちゃだめよね〜』だったら意味がわかる。それは愛好家レベルの操体ではお金を頂くには値しないということでもあるのだ。言い方は悪いかもしれないが、趣味でやっているあまり上手くない歌を延々と聴かせる場合、その人は聴いてくれた人に「歌ったからお金頂戴」とは言えない(ジャイアンなら言うかも?!)。しかし、プロのコンサートやディナーショーにはお金を払ってでも聴きに行くのである。

    そして、この十数年間操体の世界に携わって感じたのは『操体の専門家は非常に数が少ない』ということと『操体の専門家の立場が低い』ということだった。愛好家が多いため、専門家は陰に隠れてしまっているのである。
    また、接骨院や治療院関係では『操体操体法』は業界内では知名度が高い。しかしその殆どは『操体をちょっと取り入れている』とか『ある動診と操法のみに限って取り入れている』という場合が殆どであり、知名度は高いもの、深く学んでいる専門家は非常に少ないことがわかる。ということは、浅い知識で臨床に臨んでいるので『せいぜいこんなもんか』の操体や『補助的に操体を使っている』ケースが圧倒的に多い。

    こういった状況をみているうちに、しっかり学んだ優秀な操体の専門家を育成して、地位向上と資質向上、活動促進をしたいと思うようになった。そのためには、『操体を一定の時間しっかり学び、優秀なスキルを持っている操体の専門家』のポジションを確立しようと思ったのである。
    それが「操体プラクティショナー」だ。

    操体プラクティショナー」という名称は、社団法人日本操体指導者協会が商標登録している。

    畠山裕美

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体フォーラム in マドリード」開催
    2010年操体法東京研究会定例講習は9月から始まります。

  • 「徹底的」を習慣化して淡々と。

    中谷彰宏氏の「モバイル中谷塾」を愛読している。
    自己啓発書からビジネス書、恋愛本まで何でも書く中谷氏だが、私は彼の『徹底的に学ぶ』という文章を読むのが好きなのだと思う。例えば中谷氏が習っているボールルームダンス(いわゆる、社交ダンス)の習い方や、毎日やっているというボーリングへの姿勢は『おおっ』というところが何箇所もある。
    『徹底的に学び、徹底的にやって、過度に結果を期待しない』という感じにも頷けるし、何かを学ぶ姿勢に通じるところがある。

    これを電車の移動時間や、夜寝る前に布団の中で携帯で読んだりしている。中谷氏は20年間で800冊も本を書いているが、その『やる気』のナゾを解いているのがこの本だ。この中に「気づいた人は、やる気が1000年続く」というのがあった。

    なぜあの人はいつもやる気があるのか

    なぜあの人はいつもやる気があるのか

    うちの師匠をはじめ、東京操体フォーラム実行委員のメンバーは本当に操体に対してやる気がある。何故やる気が出るのかといえば、「徹底的」を習慣化して淡々とやる、ということをやっているからではないだろうかと思う。
    そして、操体をテクニックとして覚えているのではなく、操体の根っこにあるものに気づいているのだ。徹底的に習慣化して淡々と操体を学んでいるのだ。

    そういえば、何かのマンガで、女優やモデルに『美しさの秘訣は?』と聞いても帰ってくる答えは皆同様で『別になにもしていません』なのだ。聞いた人は『何もやってない訳がない!』と憤慨するのだが、女優やモデルは美容なり内面磨きなり、「徹底的」を習慣化して淡々とやっている。これが彼女たちの美しさの秘訣だ。

    たとえば、本を読むとやる気が出ます。でも、読み方を間違えると翌日には出なくなります。これはやる気の出し方としては疲れます。やる気の出る方法を枝葉のテクニックで覚えても継続しないのです。やる気は継続することが大切です。
    やる気を瞬発的に出すには、モルヒネを打てばいいのです。戦時中、特攻隊員はモルヒネを打って特攻に行きました。でも薬が切れるとあとで猛烈な脱力感がくるのです脱力感の来ないやる気の出し方を覚えなければなりません。
    やる気の嫌いな人は、モルヒネのようなテクニックを求めて本を読みます。でも私は根っこのところで、1個手に入るだけで、やる気が1000年続くものが欲しいのです。効果が1日しか持続しないものはいりません。本を読むときもそういう読み方をしています。
    やる気はテクニックではないのです。

    ハリウッド映画のヒーローものにはヒーローが出てきます。私はヒーローのテクニックをマネるのではなく、。ヒーローそのものに感情移入します。
    根っこのところで何を得るかです。テクニックは「覚える」です。根っこは「気づく」です。
    気づいた人は1000年続くやる気が生まれます。それが「目ざめる」ということです。覚えたことの効果は1週間しか続きません。効果が切れるころには、反作用として猛烈な脱力感が来ます。
    やる気を与えるために給料を10倍にすると、その瞬間はやる気が出ます。ところが、次の年に2倍しか上がらなかったら5分の1に減ったという感覚になります。それでやる気がなくなって脱力感が出るのです。テクニックでむりにやる気を上げると、リバウンドが大きくなります。
    ダイエットと同じで、やる気はムリヤリ上げてはいけないのです

    「覚えるより、気づく」

    習慣化と言えば、師匠はいつもノートを持ち歩き、日記をつけている。日記と言っても操体日記みたいなようなものだそうだが、毎日毎日書いているので、相当数のノートがたまっているそうだ。これも「徹底的」を習慣化して淡々と、である

    畠山裕美

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体フォーラム in マドリード」開催
    2010年操体法東京研究会定例講習は9月から始まります。

  • 祝・操体法東京研究会定例講習修了。

    8月に入って、13ヶ月にわたる操体法東京研究会の定例講習の1期が修了した。
    第1、第3日曜午後は、1期以上受講者が学ぶ、通称「臨床講座」。
    第2、第4日曜は、通称「特講」。今回は特講から臨床講座へ進む人が多い。今回臨床講座を終えて、引き続き臨床講座で学ぶ人も何人かいる。
    東京操体フォーラムのサイトに「講習を受けて。先輩諸氏の声」というコーナーを設け、現在はフォーラム実行委員の投稿をまとめてあるが、今度からは受講を修了した方々にも書いていただくことにした。10月頃には全文掲載できると思うので、楽しみにお待ちいただきたい。

    講習を受けるには「覚悟」がいる。受講料は決して安いとは言わない。しかし、それは大いなる先行投資として、後々何倍にもなって帰ってくるのである。世の中には受講料が安くて短期で習いたいという要求もあるようだが、本当に身につけたければ、時間をかけて、相応の身銭を切って勉強すべきだ。
    また、何か習うのだったら、その道のトップに習うほうがいい。それも、ヘンなクセがついていない、まっさらな状態で一流の先生に学べば一番いいのだ。『もうちょっと勉強してから来ます』という人は、「もうちょっと勉強」の間に、ヘンなクセやオマケをつけてくる。私が『自己流で三年やるんだったら、一流の先生に習ったほうがいい』というのはそのためだ。

    また、13ヶ月というのも決して短い期間ではない。
    1期修了しても2期修了してもまだ学びたい、という意志を抱かせるのは操体の学びが実にスリリングだからだ。これは「一体操体はどこまで行くんだろう?」という「目が離せない」状況に置かれるからだと思う。また、勉強していくうちに「本物を習っているんだなあ」という自信と誇りも芽生えてくる。
    それから、自分のからだが変わるのも実感できるだろう。今まで余り注意を払わなかった自らの『内なる感覚』が目覚め、『快適感覚』とは『きもちよさ』というのがからだに通ってくるとからだは本当に変わる。

    操体で人生が変わる、というのは本当のことだ。

    操体は進化している。この講習では「楽な方に動かして、2〜3秒たわめて瞬間急速脱力」(我々は第1分析と呼んでいる)は習わない。橋本敬三先生が85歳のある日、師匠に「きもちのよさでよくなる」と言われてから生まれた「楽ではなく、快適感覚をききわけさせる動診」(第2分析)を1期目に習い、更に進化した第3分析(刺激にならない皮膚への接触による感覚のききわけ)は2期目以降に習うことになる。この過程は『ぞくぞくする』ような驚きの連続である。

    受講生のバックグラウンドは様々だが、大抵は症状疾患別の対症療法を習ってきている。
    クライアントの愁訴も「ここが痛い」「今度はここが痛い」というものばかりだ。ところが操体は「症状疾患にはこだわらない」上に、分析法(診断法)の数がもの凄く多い。
    両手関節(右、左、両手)、両足関節(右、左、両足)の各8つの動き、3×3×8=72に加えて、受け手のポジション(仰臥、伏臥、側臥、立位、その他ポジションは無数)がある。さらにこれに加えて、下肢の伸展、体幹の動診、上肢伸展などのダイナミックな分析(動診)が加わる。
    それを聞くと受講生達は「一体どうやって動診を選ぶんですか?」という疑問を抱く。
    ○○にはこの動診と操法、△△にはこの動診と操法、という考え方はしない。しかし動診(分析法)は無数に存在する。それならば、一体どうやって「動診」(分析法)を選択すればいいのか。これがおおかたの受講生の初期の疑問である。

    「勉強していくうちにわかりますよ」
    操体は『分析法』の勉強がメインであり、如何にして動診、操法を選択するのかというのが学びです」

    と、説明するのだが、受講生は最初はやはり怪訝そうな顔をする。

    実際に、「腰痛にはこの動診と操法」「膝の痛みにはこの動診と操法」というように、パターン化して教えれば教える方もラクだし、覚える方も短期的に簡単だと思うだろうが、この教え方の最大の欠点は「例外だったらどうするか」ということに対処できないことである。
    臨床はまず例外のほうが多い。
    敢えて言うならば、症状疾患別の動診と操法という考え方は、学生時代の「点を取るためのテスト」「○×式テストに勝つための勉強」みたいなものなのだ、。
    本当に勉強になるのは社会人になってからの応用なのである。実際の臨床でも、応用のほうが重要なのは言うまでもない。

    講習が進むにつれて、受講生の顔からは曇りが消えていく。それは丁寧に時間をかけた学びの結果なのである。

    ここには「学び方を学びに来ている」のだ。私は三浦先生よりは少ないものの、受講生諸氏よりほんのちょっと「操体の学び方」勉強しているだけなのである。だからこれからも操体の勉強は続く。  

    畠山裕美

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体フォーラム in マドリード」開催
    2010年操体法東京研究会定例講習は9月から始まります。

  • 新しい事にチャレンジしてみる

    iPadiPhone
    今年はiPadを買った。それからiPhone4も入手した。iPhoneはまだ今ひとつ慣れていないのだが、携帯としてではなく、情報端末として使っている。

    “SugarSync”というソフトがある。これは画期的なソフトで、SygarSyncをインストールすれば、複数のコンピュータのデータを同期できる。私はMacbookをよく持ち歩いており、出先で原稿を書くことがある。勿論自宅でも書く場合があるのだが、自宅ではiMacを使っているので、二台のパソコンを使っていると、今現在のデータが最新なのかわからなくなってくることがある。新しいデータではなく、古いデータに修正を加えてしまったり、ファイルの管理は意外と手間がかかる。
    更にWindowsも一台あるので、三台のコンピュータを使っているのが現状である。

    しかし、この”SugarSync”を使うと、3台のコンピュータのデータを常に最新状態にしておくことができる。二台以上のパソコンを使っている人だったら、それが如何に便利なことか納得していただけると思うのだが、便利である。

    さて、もっとすごいのが”Dropbox“というソフトだ。これ
    複数のパソコンでファイルをいつも同期しておける。また、”SugarSync”よりも共有性に優れているので、フォーラム実行委員の間で使い始めた。例えばフォーラムの実行委員というのは月一度勉強会があり、そのレポートを出さなければならない。私はそのとりまとめをしているのだが、メールにレポートを添付してもらうよりも、Dropboxの共有フォルダにぽんぽん入れてもらったほうが早い。

    さて、iPadiPhoneで何ができるか。このどちらも”SugarSync”と”Dropbox”のフォルダを閲覧できるのだ(データ加工はできないが、PDFは勿論、wordやexcelは閲覧可能)。
    ここにいつでも見たいファイルを入れておけば、出先でもデータの確認ができる。私にとっては非常にありがたいことなのだ。

    最近、私はiPadを師匠に使っていただいている。今まではメールの内容を師匠の携帯に転送したり、印刷して手渡したりしていたし、このブログも印刷して読んでいただいていた。写真も撮ったものをコンビニでプリントしていたのだ。
    それがiPadのお陰で全部素早くキレイな画面で見ていただくことができるようになった。iPadiPhoneには「ピンチイン」「ビンチアウト」というのがあり、指二本を開いたり閉じたりすると、画面の大きさを変えることが出来、文字を大きくして読める。携帯の文字が読みにくくても、iPadだったら大きい文字で読んでいただけるということだ

    ★炭酸ヘッドスパ
    あと、新しい事もやってみた。この前は「炭酸ヘッドスパ」というのを体験。炭酸で頭皮を洗うのである。暑い日だったので、頭に冷たい炭酸でもかけたらさぞかし気持ちいいだろうと思ったが、美容院なので、炭酸が入ったお湯で髪の毛を洗ってくれるのだ。本当は最初ヘッドスコープで頭皮を見るらしい。そこで如何に自分の頭皮に(毛根)脂分がたまっているか認識してからやるのだそうだ。私は別に見たくなかったので見なかったのだが、ヘッドスパ中は頭がスースーして気持ちよかった。終わってから今度はスコープで頭皮を見せてもらったが、毛根の付け根がちょっと凹むようになっていて、それは毛根の脂分が取れたからなんだよ、と美容師さんに教えて貰った。炭酸ヘッドスパのもう一つの効果は、髪の毛がサラサラになることだそうだ。確かに終わった後、髪の毛の手触りが違った。炭酸ヘッドスパは、男性のほうが需要が高いのではないかとも思った。

    ★プロによる写真撮影
    もう一つ、新しい事と言ったら、初めてプロのカメラマンに写真を撮って貰ったことだ。スペインに行くことが決まったし、今、月刊手技療法で使っているポートレイトの写真は11年近く前のもので、ちょっと印象が変わっているかもしれない。また、新著を出す可能性もあり、「著者近影」とか必要になる場合もある。
    そんなことを考えており、フォーラム実行委員の小松君に相談したところ、友人のカメラマン、白井智氏を紹介していただいた。ここで実行委員の何人かに声をかけて、ポートレイト撮影をしたいメンバーを募ったのである。師匠には弟子一同からポートレイト撮影をプレゼントすることにした。撮って貰った後思ったのは「折角プロに写真をお得なプライスで撮ってもらえるのに、何でやらないんだろ?」ということだった。お陰様で素敵な写真を撮って頂いた。また、嬉しかったのは長年プロのカメラマンに私のねこを撮って貰いたかったのだが、それも叶った。ねこを抱っこして写真を撮って貰ったのだ。もう一つ、チャイナ服を着てねこを抱っこして写真を撮る、という欲張った望みも叶えることができた。
    これから本を書きたいとか何か原稿を書くとか、表に出るチャンスを掴みたいのだったら、プロに写真を撮って貰うことをお勧めする。

    ★サインをデザインしてもらった。
    写真を撮る前から思っていたことがあった。フォーラム相談役の平さんのサインである。よく本に書いて頂くが、さらさらっと格好いい。私は外国の会社にいたので、イニシャルのサインは持っているが、日本語のサインがなかったのだ。なので自分の本にサインをする際でも、英語のサインばかりだったのである。というわけで、日本語のサインをデザインしてもらった。現在も練習中である。
    要は「先に用意しておけ」ということなのだ。

    署名ドットコム

    畠山裕美

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体フォーラム in マドリード」開催
    2010年操体法東京研究会定例講習は9月から始まります。

  • Sotai Forum in Madrid

    1613年10月。仙台近郊の月の浦から一隻の船が出航した。船の名はサン・ファン・バウティスタ号。サン・ファン・バウティスタとは洗礼者ヨハネという意味である。伊達政宗公がスペイン人探検家、ビスカイノと江戸幕府の船手奉行の協力を得て、仙台藩領から調達した材木を使い、約45日間かけて建造されたという。全長約55メートルの木造船である。この船にはスペイン国王への謁見とローマ教皇への謁見をするための使節団が乗り込んでいた。宣教師ルイス・ソテロが使節の代表、日本人の代表として支倉常長が任命された。これが慶長遣欧使節団である。
    彼らはスペイン領メキシコのアカプルコを経由し、約1年かけてスペインに上陸した。その後マドリードに入りスペイン国王フェリペ三世に謁見、その後ローマでローマ教皇へ謁見した。

    仙台市博物館裏にひっそりと立つ伊達政宗胸像。これは戦前、青葉城跡に騎馬像として立っていたそうだが、戦争の際、金属を集めるために撤収された。この像は戦後奇跡的に仙台近郊で見つかり、胸像となっている。現在青葉城跡に立つ有名な騎馬像は、戦後に建てられたものらしい。

    仙台市博物館のトイレのサイン。あまりに可愛いので撮影。政宗と愛(めご)姫。

    というわけで、仙台生まれの操体が約400年の時を経てマドリードに上陸する。
    浪越ヨーロッパの小野田茂先生からは、以前から三浦先生にマドリードでセミナーをやって欲しいというオファーを受けていたのだが、今年の初め、ついに開催が決定した次第。

    現在、私が知っている限り、操体の書籍は「万病を治せる妙療法」と「写真解説集」が英訳されている。「万病を治せる」は「Sotai Natural Exercise」として、ヘルマン・アイハラ氏(マクロビオティック関係)が翻訳している。この中に出ている写真を見ると、モデルの女性が畳に正座し、柏手(あるいは合掌)してから始めるとか、何だか妙な写真が載っている。この本は今年のはじめに再販されたらしいが、私が持っているのは初版の中古だ。この中に「肩を治すには足首を治せばいい」という下りがあるが、そこには前の持ち主の書き込みがあり「?」と書かれていた。患部に直接手をかける、そういう診方しかしていないのだ。痛いところ、患者が訴えているところに手をかけるのは、火事の際にサイレンに水をかけているようなものであり、火元を消火しなければ原因は消えない、ということを理解していなかったのだ。
    もう一冊は、写真解説集「SOTAI Balance and Health Through Natural Movement」の英訳がある。これは一時期入手困難だったが、最近は古書を米国Amazonで買えるようだ。
    海外では、手技療法家がこの本を読んでいるようだが、テクニックに偏っているという気がしてならない。何故ならこの本には「息食動想」や、橋本哲学、般若身経の詳細などは載っていないからである。
    あともう一冊。スペイン語で出ている本がある。これは、奥さんが日本人のスペインの方が書いていると聞いた。夏休みに埼玉の根本良一先生のところに二週間行って勉強したそうだが、たった二週間習っただけで、スペインでビデオや本を出しているらしい。
    また、その方は「自分こそヨーロッパでの操体の正統な継承者だ」と言っているそうで「Nemoto」をたまに名乗ることもあるらしい。二週間習っただけで「正式な継承者」とはコメント、これはスペインの方から聞いた話である。
    なお、根本良一先生は三浦先生から操体を習っている。「ヨーロッパでの操体の正統な継承者だ」と言っている彼は、自分の師匠である根本先生の師匠、三浦先生の講義を聴きに登場するのだろうか。

    畠山裕美

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体フォーラム in マドリード」開催
    2010年操体法東京研究会定例講習は9月から始まります。

  • 女子的相談とカウンセリングと「乗り移り人生相談」

    以前数人に『○○さんったらワタシにこんなこと言ったんですよ』と訴えてみたことがある。
    Aさんは『そりゃひどいですね〜』と言ってから『悪気はないヒトなんですけどね。気にしないほうがいいですよ』と言った。Bさんは『そんなことないですよ。悪気はないんだから。気にしないほうがいいですよ』と言った。
    おまけであるが、別の方は『けしからん。許せんな』と言った(いや何もそこまで言っていただかなくとも)。

    AさんもBさんも言っている内容自体は同じなのだが、決定的に違うのは、前者はまず私に同調してから『あるヒト』を擁護した。後者は否定してから『あるヒト』を擁護した。

    Aさんには『そうなんだよね〜(笑)』で、済ませる事ができるのだが、Bさんのように最初から『そんなことないですよ』と否定されたら『もうこのヒトに話すのはやめよう』と思うものだ。私は最初にAさんのように『そりゃひどいですね〜』と、同調してもらいたかったのである(笑)

    よく、夫婦喧嘩の発端に出される例だが
    その1
    ♀「仕事でいやなことがあってさあ・・・」
    ♂「オレにどうしろっていうんだ」
    ♀「誰もそんなこと言ってないわよ」

    その2
    ♀「仕事でいやなことがあってさあ・・」
    ♂「そんならやめちまえ。オレにそんなこと言うな」
    ♀「むかっ」

    その3
    ♀「職場で上司にセクハラされてとても嫌な目にあって落ち込んでるんだ」
    ♂「オレにどうしろっていうんだ。オマエにスキがあったんじゃないか」
    ♀「ぶちっ(堪忍袋の緒が切れた音)」

    超モデルケース:こんなオトコが実在するのか不明だが)
    ♀「仕事でいやなことがあってさあ・・・」
    ♂「大変だったね。なにがあったの?」
    ★ここで「なでなで」とかしてくれれば、大抵はここで終わる(笑)
    ♀「これこれかくかくしかじか・・・・」
    ♂「なるほど、でもそれは理不尽だね。でも仕事は続けたいんだろ」
    ♀「話したら少しすっきりした。ありがとう」

    というように、女子はまず同調して話を聞いて欲しいのである。べつにどうしろと明確に回答を要求しているわけではない。何だか話しているうちにアタマがクリアになってきて、落ち着くのである。それを『オレにどうしろって言うんだ』と言われても返答のしようがないのが事実なのである。

    ちなみに、クライアント(特に女性)が、姑への不満や家族への不満などを話はじめて、話し終わったらすっきりして帰った、という体験をしている方は多いのではないか?女性が何か不満や不安をぶつけてきたら同調するのが一番いいのである。

    ここまでは「女子目線」の話。

    ここからは『男の話』。毎週「日経アソシエ」のwebに連載されている島地勝彦氏(元週刊プレイボーイ編集長)の『乗り移り人生相談』が遂に書籍化されたのである。私はこれを非常に楽しみに愛読している。

    『これはただの人生相談ではない。何しろ今は亡き昭和の文豪たちが天国から降臨し、ある男に憑依してあなたの悩みに答えるのだから。
    その文豪たちとは次の三人である。眠狂四郎の生みの親、不羈の想像力で時代小説の新地平を拓いた柴田錬三郎氏。天台宗大僧正にして参議院議員そして直木賞作家…天衣無縫の怪物、今東光氏。世界を股にかけ珠玉の文章を残した行動派作家、開高健氏。彼らの言葉を口寄せするのは「週刊プレイボーイ」の編集者時代に、三文豪を回答者に据えて人生相談コーナーを担当した島地勝彦氏だ。柴田錬三郎氏には息子のように、今東光氏には孫のように、そして開高健氏には弟のように可愛がられた島地氏は、人生相談コーナーを通じて門前の小僧よろしく人生の様々な奥義を教えられた。
     島地氏は言う。「従って、シマジの言葉はシマジの言葉にしてシマジの言葉にあらず。剣豪作家シバレンの、今東光大僧正の、開高文豪の言葉なのである。心して聞けい』

    乗り移り人生相談 -柴田錬三郎・今東光・開高健、降臨!!

    乗り移り人生相談 -柴田錬三郎・今東光・開高健、降臨!!

    今回は、webと違ってシマジ氏の人生相談への回答への反論も載せられている。それに対するシマジ氏の回答もなるほど、と頷けるのである。中にはシマジ氏の回答を読んで『気持ち悪くなるけれど読んでしまう』という方もいるらしい。私は勿論気持ち悪くはならない(笑)。珠玉の名言集だと思うのだが。

    『自分はいつも正しいと思っているような奴にロクなのはいないからね』って確かにそうだ。何故、いつも正論を言っている輩はつまらないんだろう。と思っていたら、
    『最近の男性週刊誌が面白くないのは、不寛容すぎるからだよ。むっつりと不機嫌で何でも道徳的に断罪するモテない男のような匂いが誌面から漂ってくる。そんなものを読んでいてもまるで愉しくないだろ。不寛容な人というのは、正直者である自分が損をしているという思いがあるんだね。自分は正しい、少なくとも間違ったことはしていない。なのにうまく行かないことばかりだ。そんな鬱屈が人を不寛容にする』と書いてある。そうか、だからつまらないのだ。これは男性に限ったことではない。

    また、シマジ氏が尊敬の念を込めて「オヤジ」と呼ぶ今東光大僧正の「毒舌身上相談」も面白い。私は非常に面白いと思うのだが、中にはこれを呼んで『下品だ』と『気持ち悪くなる』と怒った人もいた(笑)

    毒舌 身の上相談 (集英社文庫)

    毒舌 身の上相談 (集英社文庫)

    シマジ氏はシバレン師匠から、『上質な脳みそに裏打ちされたえこひいきをされるようになれ』と教わったそうだ。

    えこひいきされる技術 (講談社+α新書)

    えこひいきされる技術 (講談社+α新書)

    最後に、もう一冊。

    甘い生活 男はいくつになってもロマンティックで愚か者

    甘い生活 男はいくつになってもロマンティックで愚か者

    さて、色々好きなことをかかせていただいた一週間だった。2010年東京操体フォーラム分科会は4月25日に青山コンフォートで開催される。事前申し込みは4月15日まで(それ以降は参加費用が変わる)。
    皆様のお越しをお待ちしております。

    明日からの担当は、「龍馬」と三浦理事長に呼ばれている島根の福田画伯です。

    それではごきげんよう

    畠山裕美

  • 好きなモノ、好きなこと。

    いよいよ週末。明日は『足趾の操法集中講座』、明後日の朝は『東京操体フォーラム実行委員勉強会』が開催される。私の週末は殆ど操体漬けなのだが、操体漬けが臨界点を越えると、量が質に変わるのは確かかもしれない。しかしこれくらい打ち込めるモノを持っている私はつくづく幸せ者だと思う。

    今、何が欲しい?と言われると真剣に『勉強したいなぁ』と思う。『勉強』はモノではないが、操体は勿論のこと、例えばもう少ししたら師匠の鍼を学ぶために鍼灸をやろうと思っているし、海外で操体を広める為には英語のブラッシュアップもしたい。スペイン語の勉強(挨拶程度でもいいのだ)もしたい。田中宥久子さんの造顔マッサージのワンデーレッスンにも行く予定だ。十数年前にやっていた太極拳を忘れてしまったので、どこかでおさらいしたい(多分、今度は『身体運動の法則』が習慣づいているから、上達が上手いのでは?ともくろんでいる)。筋力アップのためにトレーニングもしたい(笑)。それから、東京操体フォーラムのサイトのリニューアルをしたいし、現在進行中案件をスムースに進めたい。
    この中で結構具体的なのは、造顔マッサージのレッスンと、スペイン語のレッスン、現在フォーラムのサイトのリニューアルだ。これは近日中にやる予定。

    あまり物欲はない(そんなことはない??)と思うのだが、iPadは欲しい。
    その他私が『これは欲しい・・』というものがある。コレクションもしているのだが、デンマークの名産品?トロールビーズである。私はこれに目がないのだ。書くと長くなるのでやめておくが、シルバーとガラス、天然石が中心のアクセサリーである。男女兼用のデザインで、基本のブレスに好みのロックをつけ、好みのビーズを通してストッパーで止める。このビーズは本当に見ているだけで幸せな気分になる。昨年はトロールビーズの神様?に願いが通じたのか、デンマーク大使館で開催された、プレス向けレセプションに出席することができた。何故か3000人の応募者の中の3組に選ばれたのである。ちなみに『トロールビーズをプレゼントされても、既に持っているビーズだと面白くないでしょ』と聞かれたが、そんなことは全くない(笑)

    「お猫様」も私の「好き」を占めている。昔は実家に座敷犬(懐かしい言い方・・)がいたが、現在の私はお猫様至上主義なのである。猫はぐにゃぐにゃしている。呼んでも来ない(来ることもある)。ゴハンを用意するまで執拗にねだってくる。ドアを開けるが絶対閉めない。猫の仕事は「可愛いこと」だと真面目に思う。私の黒猫「ととこ」は今年16歳(推定)になるが結構元気で可愛い。人間で言えば約80歳になるが『化け猫になってもいいから長生きしなさい』と言い聞かせている。
    ちなみに私はmixiで「飼うというより同居人」という、グレート義太夫氏が管理人をしている猫コミュに入っている。そういえば義太夫氏が操体を受けた体験記はこちら。ご縁があって三浦先生をを紹介したのだが、猫好きの義太夫氏は三浦先生のところの大猫シモン(私は『ちもっこ』とか『ちもちも』と呼んでいる)を見て『大きいなぁ〜』と絶句していた。彼は結構重量級で、抱っこするのに『よいしょ』と言わなければ抱っこできない。

    畠山裕美

  • でじたるらいふ あなろぐらいふ。

    昨年から結構はまっているのが「スキャン」なのだ。ゼロックスScanSnapを使っているが、非常に便利だ。何が便利かというと、何でも素早く両面スキャンできるので、書類を無くすことがなくなった。チラシや記念に取っておきたいものなどもまとめてスキャンしてPDFにして保存しておけばいいのだ。雑誌の切り抜きなどもスキャンして紙は処分する。裁断機を使って、雑誌などはまるごと一冊スキャンする。捨てようかどうしようかと迷うものも取り敢えずスキャンしておく。単体で買うとバカ高いAdobeAcrobatがついてくるのも嬉しい。

    FUJITSU ScanSnap S1500 FI-S1500

    FUJITSU ScanSnap S1500 FI-S1500

    操体を学ぶ者にとってのバイブル、『生体の歪みを正す』は現在絶版になっている。一時期中古でもなかなか入手できなかったのだが、最近少し出回っているようである。私は勿論持っているが、この前時間があったので、この本を全部スキャンした(正確に言えば、コピーしたものをスキャンした)。大事な本は『スキャン用』『保存用』と二冊買う場合もある。これが役に立つのだ。PDFにしてOCR(Optical Character Reader:光学式文書読取装置)を使うと、文字の検索ができる。例えば私は前日「たしか『からだの設計にミスはない』に、骨盤と外来の婦人用お手洗いが云々・・』って話があったっけ・・」と思いつき(どの本に書いてあるか位は把握しておく)、キーワードで検索すると、どこに書いてあるかわかるという次第。これは原稿を書くときに非常に重宝する。

    でじたると言えば、近々出ますね『iPad』。アップル好きの私にとっては、docomoで使えるようになってほしいところ。また、これだったらうちの師匠(注:三浦理事長)も使えるかも!という期待つきだ。

    iBUFFALO iPad 液晶保護フィルム 指すべり加工/防汚加工 BSIPD01FT

    iBUFFALO iPad 液晶保護フィルム 指すべり加工/防汚加工 BSIPD01FT

    これは現物ではなく、保護フィルムです。

    ところでアナログといえば、本はいくらネットブックが流行っているといっても紙をめくる手触りは何ものにも代え難い。文房具も大好きなので万年筆やペンもよくチェックする。古典的だがノートにも凝っている。今一番使い勝手がいいなと思うのは、コーネルメソッドノート。

    [rakuten:staytam:10001817:detail]

    デジとアナログの微妙な共存がきもちいい。

    畠山裕美

  • 雪隠考。

    最近、男性でも洋式トイレで座位で「小」をする人が多いと聞いた。周囲に聞いてみたところ『そんなことは絶対しない』『オトコが座ってやるなんて言語道断』という立位派、家で奥さんに言われてやってみたら案外悪くないので座っている派が存在した。座る派の圧倒的多数意見は『掃除が大変だからと奥さんに頼まれた』ということ。また、立位の場合、飛沫の飛び散りを考えたら何だか不潔だなぁと、座ってやっていたらそのまま習慣になったという意見も聞いた。また、男の子がいる友人に聞いてみると、小さい子はやはり失敗するのだそうだ。そういう場合、子供が余所の家に遊びに行ってトイレを借りた場合、余所の家のトイレを汚さないという躾の面もあるらしい。
    男性の場合、立位のほうが簡単?と言えば簡単な気がするが、掃除や衛生面を考えたら何だか座ったほうがいいのかな、という気もしてきた(無責任ですいません・・)。
    橋本先生は本の中でこんなことを書かれている。
    『ついでだから、尾籠(びろう)なことを申上げるが、病院外来で、一番の困りものは婦人御手洗所でしょう。殿方は手放しで御用達もなさるまいが、悲しいかな、御婦人はそうはいかない。よほど、たしなみのよい方でなければ、御腰のむきを調整してからの行動をおとりにならない。その結果が、あの始末というわけである。御婦人だけをくさすわけではない。殿方は、ちょっと便利に出来ているだけのことである。どうも、話は終末に来たようだ。』(からだの設計にミスはない 111ページ)

    私が最初に入った小学校は、千葉市内でも二番目に大きい巨大な小学校で、生徒が入り切らなくなると広い校庭にプレハブ校舎を建てていた。最初に、と書いたのは3年生の時、同じ千葉市内のモダンな新設校に転校したからである。1年生の時は普通の校舎で普通の水洗和式トイレがついていた。ところが2年生になって教室がプレハブ校舎に移ったのである。プレハブ校舎は水洗トイレではない。いわゆるクラシックなトイレだった。
    2歳の頃から団地の水洗トイレで育った私は、やはり怖かった(爆)。小学校1年のころから、本屋で少年誌を立ち読みしていたので、『うしろの百太郎』とか『恐怖新聞』などを読んでいたからである(私が小学校の頃は『トイレの花子さん』はまだいなかった)。
    いわゆる『トイレから手が出てくる』とか、手が出てきて驚いて窓の外を見ると「大入道」がいるとか、クラシカルなトイレはそれだけで小学生の想像力を揺さぶったのである。この話は確か「ちびまる子ちゃん」にも出てきたような気がする。

    うしろの百太郎 (KCデラックス )

    うしろの百太郎 (KCデラックス )

    恐怖新聞 (1) (秋田文庫)

    恐怖新聞 (1) (秋田文庫)

    それはさておき、プレハブ造りのトイレの床はタイルではない。木の床だ。なので向きを誤って小用を足すと木の床に染みができる。前に入った子がそういう鮮やかな「痕跡」を残していると、私は『なんで、ちゃんと便器内に収まるようにやらないんだろう?』と、真面目に考えていた。ちなみに仲良しだったKちゃんに聞いてみたところ、『まっすぐ座るんだけど、はみ出ちゃう』と言っていた。私はそれを聞いて『Kちゃんはしっこが出るところが曲がってついているのか?』と、勝手に真面目に悩んだものだが、あれはKちゃんが腰の向きを微調整?していなかったからに違いない。
    今現在は洋式が殆どなので、腰の向きの調整をせずとも、女子はトイレの床を汚す心配をすることはなくなった。

    しかし今度は男性諸氏が『飛沫を飛ばす』と、言われてしまう時代になったのである。

    私は毎週末午前中、あるいは午後、三茶のターミナルビルで施術なり講習をしている。使う前は必ずトイレ掃除して床も拭く。ターミナルビルは、昭和の香りのする和式の水洗である。掃除していて思うのは『やはり飛沫が飛んでいる・・・』ということだ(笑)。
    あと、女性はトイレでぱんつの上げ下ろしをしても床に『毛』が落ちることはまずない。女子の雪隠内行動は和にせよ洋にせよトイレット・ボウルの上で行われるのである。よってトイレの床に落ちている『毛』は殿方の落とし物である。殿方はどうしても出入りの際に『毛』が落ちるらしい。私はトイレに落ちている『毛』が妙に気になるのである。

    トイレついでにもうひとつ。トイレットペーパーを使った後、三角に折っておく人がいるが、私は「やるな」と言われて育った。どういうことかと言えばトイレットペーパーの末端を折るのは『掃除をしましたよ』のサインなのだそうだ。普通に用足しをしてからペーパーの端を折るのは、どう考えても『手を洗う前に折る』ことになる。つまり、次の人が使うトイレットペーパーを、洗ってない手で折ってるわけで、かえって失礼だというのである。折るのは『掃除をしてから』なのだそうである。これもクライアントをお迎えする店舗などだったら臨機応変ということだ。

    さらにもう一つ。私の友人F(♀)は、当時女性二人とルームシェアしていた。友人のルームメイトによると『Fさんはいつもちゃんと流さない』というのである。そういえば私は『水洗っ子』なので、親に『ちゃんと流れたか確認してからトイレから出なさい』と言われていた。なので結構最後まで見届けてから出るのだが、F曰く、田舎のトイレ(クラシカル)で育ったので見届ける習慣がなかったんだそうである。

    見届けたほうがいいと思う

    何だか訳の分からない話になったが今日はこんなところで。

    おまけ。操体法東京研究会講習の動画。上肢の押し込み、引き込みによって生まれる膝の傾倒の連動。

    畠山裕美

  • 『一人所長』が多いわけ。

    操体の先生方の多くは、完全予約制で一人でやっておられるケースが多い。何故かと言えば『感覚のききわけ(感覚分析)』をするので、普通の治療院のように、ベッドを何床か並べ、カーテンで仕切ってそれぞれの担当者が施術する、とういう業態では施術ができないのである。私が完全予約制をとっているのは、私自身にも『心構え』が必要だからなのと、お待たせしたくないからなのと、お互いの時間を有効に使いたいからでもある。

    基本は静かな部屋で、一対一で行う。または接骨院整骨院だったら別枠で診ているケースが多い。

    一般の治療院のようなところでやるのだったら、どうしても『楽な方に動かして瞬間急速脱力』という第1分析をせざるを得ないのではないだろうか。
    十年近く前になるが、受講生の中にこれからすぐ整体院を開業するから、操体をすぐ教えて欲しいという人がいた。どうするのかと思ったら『自分が私から習った操体を、すぐアルバイトに教えて整体院で使う』という計画だった。流石にそれではお客様に失礼だろうと、そのアルバイトの子達にも基礎の基礎の基礎を一日教えたが、勿論それっきりでブラッシュアップも何もしていない。結局その受講生は整体サロンの仕事が忙しくて講習は最後まで終わらなかったのだが、HPには「整体と操体」と書いてある。アルバイトにも自分が教えた操体をやらせているのだろう。こういう中途半端に覚えたものを自分のところのアルバイトに安易に教え、それをサロンでやらせているというのは如何なものかと思う。結局やっているのは第1分析で、あとは本を見たりして試行錯誤してやっているケースが多いのだ。ここで『何かおかしい』と思って操体の専門家の治療を受けてみるとか、基礎講習を受けてみるとかのアクションを起こせる人はまだいいのだが(そういう方は是非東京操体フォーラムにお越し下さい)、そうでない場合は『操体ってよくわかんない』と、投げ出すケースが多いのである。

    なお、もっとヒミツを話すと、『はじめての相手や慣れない相手に瞬間急速脱力させる』のは、難易度が高いことなのである。難易度が高いというのは、慣れない相手というのは、操者の思った通りには動いてくれないからである。橋本敬三先生の古いフィルムを見ると、橋本先生でさえ、操体が初めての被験者に瞬間脱力させるのに苦労されている様子が写っている。
    なので、中途半端に習ったことを、アルバイトに教えてそれを整体サロンでやらせる、というのは非常にナンセンスだということだ。
    結果は出ないし、お客様には満足していただけないし、アルバイト料は払わなければならない(笑)それだったら、自分がしっかり勉強して自分がやればいいのだ。

    復習になるが、第1から第3分析の特徴をあげる。
    第1分析:対なる動きを比較対照してする分析。楽な動き、痛くない動きの方に動かして、瞬間急速脱力に導く(橋本敬三先生の時代の分析法)
    第2分析:一つ一つの動きに快適感覚をききわける分析。ききわけられたらそのきもちよさを味わう。瞬間脱力には導かない
    第3分析:皮膚に接触することによる分析
    第4分析以降

    第1分析は、操法の選択も、たわめの間も、脱力のタイミングも、操法の回数も操者が決める。上手下手は抜きにして、患者を早くまわす場合に、『操者にとっては』楽だが手、『患者のからだ』にとってはいささか不親切と言える。ここで上手下手と書いたのは、慣れないクライアントに瞬間急速脱力させるのは、経験を積んだ操体指導者でも手こずることがあるからだ。接骨院や治療院で数台のベッドを並べて、何人か同時に「操体をやっている」と言った場合、殆どは第1分析を行っている。というか、第1分析しかできないだろう。また、第1分析では、「楽な方に動いて、動きをたわめて、脱力」という過程が『操法』であるが、第2分析では『快適感覚を味わい、脱力の方法はからだに委ねる』過程が『操法』となる。つまり『動き主体』の動診・操法から『感覚主体』になってくるのである。

    『感覚主体』の第2分析以降になると、やはりある程度「場所」が必要になってくる。クライアント自身にリラックスしていただき、感覚のききわけという世界に入っていただくには、セッティングが重要なのだ。

    しかし、環境がベストでなくとも、「快」が勝る場合もある。先日の話だが、私が土日の午前施術をしている三軒茶屋のターミナルビルの隣は現在マンションの工事中だった。日曜は工事は休みだが、土曜は終日工事をしている。その工事の音が結構うるさい。機械音のみならず、現場監督の声や、作業員の声も相当響く。こんな環境の中、クライアントには本当に申し訳ないと思う。しかし、クライアントはその騒音の中で深い眠りに落ちてしまうのだ。起きた後『ゆっくりお休みだったようですが、工事の音は気になりませんでしたか?』と、聞いてみると、全然気にならないとのことだった。この方が工事の騒音の中で深い眠りについたのは一度や二度ではない。これは、工事の騒音もシャットアウトしてしまうような『快』を味わっているからである。

    おまけ。操体法東京研究会講習から、「膝の傾倒」。よく『膝倒し』と言って、膝を左右に倒す動診を行うが(第1分析)これは比較対照の動診ではなく、「この動きに快適感覚がききわけられますか?」という動診を行っている。快適感覚のききわけを促すには、ゆっくり動きをとらせる他、操者の巧みな介助・補助が必要になってくる。瞬間急速脱力だけが操体だと思ったら大間違いだ。

    畠山裕美