カテゴリー: 畠山裕美(はたけやまひろみ)

  • 侍女の物語と産児制限

    こんにちは。東京操体フォーラムの畠山裕美です。今回は橋本敬三先生が生涯のテーマ(レーベンス・テーマ)として追求された「性(セックス)」がテーマです。男性諸氏とは少し違った観点から語ってみたいと思います。

    私の猫は16歳になる。

    12,3歳の頃から「目が緑の黒猫がいいな」と思っていた。ある日、デパートでやっていた「世界の猫展」に行き、猫がいないのに、何故かキャットフードのサンプルをもらって帰った。丁度その夜、自宅マンションの前で鉢合わせして、初対面ですり寄ってきたのがこの子だった。キャットフードのサンプルは無駄にはならなかったのである。

    当時は野良子で、近所の白いボス猫の「情婦」だった。強面の白いボス猫の脇で「うにゃ〜ん」と鳴いていた。よくマンションの階段を上って私の家まで遊びに来ていた。

    その時黒猫はお腹が大きかったのだが、しばらくして、子猫を5匹産んだ。マンションの一階に住んでいる人が子猫をベランダで預かってくれた。里親を捜して3匹はもらわれていったが、2匹は外にいる間に車に轢かれて亡くなった。

    その後、私は決心して猫をキャリーバッグに押し込み、病院に連れて行った。避妊手術のためだ。一度子猫を産んでおり、その後も雄猫と接触した可能性があるので、子宮と卵巣全摘である。
    この話をすると「かわいそう」という人とそうでない人に分かれるのでどちらがいいかとは言わないが、年間、保健所で一酸化炭素で窒息処理(敢えて処理と言う)されている犬や猫のことを考えると、やはりどうにかしなくちゃな、と思う。

    かわいそうに、というのは簡単だ。勿論かわいそうだし、雄猫はタマをパチンと切って絆創膏を貼っておわりだが、雌猫は開腹手術をしなければならない。自然は自然でもいいんだが、増える子猫の責任を持てるのか?と、思うと、都会の飼い猫はやはり避妊去勢手術をするのが飼い主としての愛情だと思う。

    以前、地方在住のある女流作家が、猫に子猫が生まれたら、崖から海に捨てると言っていた。彼女いわく、自然に任せているのだそうである。そういう考え方もあるかもしれない。残酷というのは簡単だが、他にどんな選択肢があるのだろう。いずれにせよ、私は子猫を崖から海には捨てるなんてできない。
    かわいそうとか、自然が一番というのは簡単だが、いずれにせよ、妊娠してリスクを背負うのは雌と女なのだ。

    アメリカなどでは未だに妊娠中絶が認められていないところがあり、年に数人は過激な宗教者による、中絶医の殺害が絶えないとも聞いている。

    20世紀初頭、産児制限(受胎調節)運動を唱えたマーガレット・サンガーは、貧しい女性が、望まない妊娠出産をくり返すことを防ぐため、つまり「女性には産みたい時に産む権利がある」ということを唱えた。貧しい女性が妊娠出産をくり返すということは、からだへのリスクをはじめ、経済的にも不安定にもなり、生まれた子供に充分な栄養や教育を与えられないということでもある。
    当時、バースコントロールをすることは「変態」だと思われていたようで、サンガー自身、感化院に入れられたりしている。
    カトリックでは避妊を禁じているところがあるようだが、昔は人口の増加がそのまま国が富み、働き手が増えることでもあった。男性の自慰は、精子を無駄にするな(笑)ということだ。同性愛が禁じられていたのも、それが直接の生殖繁殖につながらないからだ。ほんの半世紀前まで海外では「手淫するとバカになる」とか言われていたのだ。

    私が非常に印象深いと思っている本に、カナダのマーガレット・アトウッドの「侍女の物語」という話がある。

    侍女の物語 (ハヤカワepi文庫)

    侍女の物語 (ハヤカワepi文庫)

    20世紀最後のあたり、アメリカが過激なキリスト教集団「ギレアデ」によって大統領が殺害され、中央アメリカが新政府に制圧されるという話だ。
    世界中で環境汚染か何らかの理由で女性の妊娠能力が落ち、子供が生まれなくなる。ギレアデは、女性の銀行口座を全て凍結し、金銭的自由を奪う。また、名前も奪う。
    例えば「オブグレン」「オブフレッド」のように、グレンの妻、フレッドの妻、というように呼ばれるのである。

    出産経験のある女性ならば、妊娠の可能性が高いとして、若い経産婦を集め「侍女」とする。聖書には、正妻に子が生まれぬ場合は、侍女を代理にして子を産ませても構わないという一節があり、それに従っているのである。

    ギレアデ政府は、「侍女」を、軍の上級幹部にあてがう。侍女は公認の「妾」なのだ。その儀式の際、正妻は仰向けに寝て、侍女は正妻の恥骨の辺りに頭を乗せ、二人はしっかりと手をつなぐ。そうして、正妻と侍女は「一つ」になっており、その状態で、「御主人」と交接するのである。これは姦淫でも何でもなく、聖書に基づいた儀式として行われる。女性は、人格を持つものではなく、子を産み育てる器として扱われるのだ。

    NANA (1)

    NANA (1)

    人気コミック、「NANA」では、ナナは婦人科医に通ってピルを処方してもらっている。何故かと言えば恋人レンが避妊に非協力的だからだ。レンは子供が好きだから沢山つくろうぜ、みたいなことを言うのだが、ミュージシャンとしてのキャリア街道を進んでいる最中のNANAにとって、子供を作るということは、キャリアを断つことにもなる。

    もう一人の主人公、奈々(ハチ)は、逆に少しお間抜けで、二人の男性と関係し、「どっちの子だ?!」という妊娠をしてしまう。
    ナナが奈々の相手(同じバンドの仲間)に言うのが「最初からコンドームつけたか?」「途中からつけても意味ないぞ」ということで、実は日本人男性の多くは、「最後につけりゃいいじゃん」と思っているらしいのである。先走り汁(す、すんません)の中にも精子は含まれており、それで妊娠が成りたつ可能性も十分あるのだ。

    ★これは「できちゃった結婚」と、避妊に失敗した、という原因の殆どをしめるらしい。また、日本人男性の多くは、射精直前にコンドームの装着をするという調査結果もある(日本の結婚の半分ができちゃった婚で、5組に一組は中絶を選択するらしい)
    ★耳が痛いという方がいたら、ごめんなさい(笑)
    ★これから気をつけてください。STDの予防にもなりますから

    ピルと言えば、低容量ピルは現在、生理不順とか更年期障害などの治療に使われている。解禁までには時間がかかったが、一番時間がかかったのはオヤジ議員の説得だったらしい。「ピルを解禁したら女性が開放的になりすぎる」というので、なかなか通らなかったのだ。

    女性はばらまく性ではないから、「ピル解禁だからもうやりまくりよ」と、全ての女性がか言うわけないし(笑)、愛のないセックスは自分の体をいためることもわかっている。なので、ピル解禁したら女性が云々というのはオヤジの考えなのだ。また、未だに「ピルを飲んでいると遊んでいると思われる」という女性もいる。

    効果的な避妊方法が普及されていない国ほど、中絶率が高いというデータもある。日本は先進国の中でもトップクラスのピル後進国だが、年間の中絶率は約33万件(実際は倍くらいらしい)もある。

    私の古い知人で、若い頃は何人もの女の子を「孕ませて堕ろさせて」をくり返した男性がいる。最近手紙が来た。
    再婚し、子供が生まれました。こんなに子供が可愛いとは思いませんでした。私にはもう連絡を取らないで下さい、と書いてあった。若い頃のやんちゃを知っている私とはこれ以上付き合いたくはないのだろう。
    住所録と携帯から彼のデータは消去した。

  • 原始感覚の不思議。

    来たる4月29日、2011年春季東京操体フォーラム分科会が開催される。今回は「快適生活のススメ 今よりワンランク上の生活を目指す方法」というテーマである。臨床はさておき、生活の中に操体を活かす方法を提案していきたいと思っている。ゲスト講師には、日本を代表する音楽プロデューサー、新田和長氏をお招きしている。様々なアーティストを育て上げ、現在は平原綾香嬢のツアーのグランド・デザインを手がけられている新田氏からどのようなお話が聞けるか、今から楽しみにしている。
    生活に活かす、ということで今回実行委員は「息食動想」の4つのグループに分かれ、それぞれのテーマで発表することになった。「息食動想」それぞれにつき、一人づつの発表になるが、他のメンバーもそれぞれのテーマに沿ったレジュメを作成し、それを配布する予定である。

    東京操体フォーラムの活動をはじめて10年になるが、私は「楽と快の違い」とか「皮膚へのタッチ」「動診と操法の違い」というような発表をしてきた。考えてみると「想」に関する発表をしたことがないのである。勿論ないがしろにしているわけではなく、大切な事だと認識しているのだが、まだ「想」を語るにはちょっとおこがましいかな、早いかな、という気持ちがあったのかもしれない。そういうことを考えて、企画を練っていたのだが、今回は「想」の部分の発表をさせていただくことになった。

    「息食動想」の中で、一番ディープな部分である。また、単に「明るくおおらかに感謝して生きましょう」という問題でもない。もっと深いものがある。
    操体の中でもコアの部分であり、橋本敬三先生の思索の歴史を考える上でも大切な事項だ。今から準備して臨むつもりだ。

    私達は「原始感覚」を大切にしている。原始感覚とは「快か不快かききわけるちから」のことだ。原始感覚は「快」そのものを指す場合もある。患者様、クライアントの鈍っている原始感覚を目覚めさせるのが操体の目的でもある。私達操体指導者・実践者も日々「原始感覚」を磨く勉強をしている。視診も触診も原始感覚というか、操者自身の感覚の鋭さについては無関係ではないからである。
    原始感覚というのは「直感」にも通ずると思う。五感のうち、誰しもが1つか2つ優れている感覚があるそうだが、そこから磨いていくのも手かもしれない。私は強度の近視なのだが、実際には見えないものを、額の裏辺りのスクリーンに投影したりすることはできる。つまり、比較的見たい映像を呼び出すことができるのである。これは、10代の頃に熱心にやっていた瞑想の練習のたまものでもある。例えば、朝家を出てから駅に着くまでの道をそのまま再体験してみるとか、部屋の中を「小さな私」になって歩き回るような練習である。こんなことを繰り返していると、できるようになってくるのだ。逆に考えると「裸眼で見えない分、裸眼で見えないものが見える」のかもしれない。

    新版 冥想―こころを旅する本 (Yoga and meditation)

    新版 冥想―こころを旅する本 (Yoga and meditation)

    三浦先生の「皮膚からのメッセージ」では、操者自身が「色光現象」を観る事例が載っている。色光現象とは、皮膚への接触(第3分析:点の渦状波)時に、意識飛びの現象と共に起こることがある「色と光」を患者が見る現象である。これは、患者自身が見ようと思って見ているのではなく、からだが、あるいは無意識が「治し」のために見せているものだ。また、この時に操者自身も色光現象を観ることがある。これは三浦先生に確認してみたが、これも操者が見よう見ようとして見るものではなく、操者自身の無意識が見せてくる現象だそうである。

    皮膚からのメッセージ―操体臨床の要妙part 2

    皮膚からのメッセージ―操体臨床の要妙part 2

    「ありありとイメージする」という瞑想の手法と、操者が観る、無意識が見せてくる色光現象の違いの区別はしっかりつけるべきだ。「楽」と「快」の違い位の認識を持ってもいいと思う。
    自らの脳裏に自分でイメージした映像を投影して「色光現象」ということではないのである。つまり、「色光現象」は一生懸命観ようと思っても見えるものではないのだ。
    色光現象は、操者の無意識がつけてくるものなのだから、見えないと言って悩んだり、逆に一生懸命観ようとすることはないと思う。人によって発達している感覚は違うからだ。
    臨床時、私は色光現象というよりも、自分のからだが反応するのを感じる。被験者がきもちよさを味わっている時、自分のからだの一部が共鳴し、反応するのである。これが私のからだの感じ方であり、それでいいと思っている。聴覚が発達しているのだったら、耳からの反応があるかもしれないし、皮膚に何かを感じることもあるかもしれない。そうやって自分の優れている感覚を磨く勉強をしていけばいいのではないだろうか。

    原始感覚ということで1つ。私は昨年から「モバイル中谷塾」で中谷彰宏氏の書籍を携帯で読んでいる。その中で、中谷氏が読者のお悩み相談にずばっと短く答えるコラムがあるのだが、それを紹介したいと思う。
    相談者は20代女性。相談内容は『今の彼氏とのセックスが楽しくない』という相談である。前の彼氏とは楽しかったらしい(笑)。
    対する中谷氏の答えは如何に。
    「セックスしたくない相手と一緒にいるのは、誰とでもするのと同じくらいもったいない。」
    それは相手が間違っているからで、女性の遺伝子が男性の遺伝子を欲しているからです。楽しくない、したくなくなるのは、女性の遺伝子が「この遺伝子ではなかった」と判断したから。女性の遺伝子には限りがあるので、無駄なことはしないようにできており、もし、相手が運命の相手なら、どんなにしてもますます欲するはず。遺伝子が求めていない相手と、しようとするのは自分の遺伝子をムダにすることであり、誰でもいいのではなく、そういう相手を探すのが先決。という回答だった。

    原始感覚って遺伝子なのである。

    好きなんだけど、相性が今ひとつ(爆)で、ましてや子供という選択は考えられない、というケースもある。また「これと言って何も文句はない人だけど、どうしても生理的にダメで、同衾なんてもってのほか」という場合もある。それはやっぱり原始感覚と遺伝子なのだろう。これも書いていると果てしなく長くなるので、ここらでやめておこう。

    ちなみに「原始感覚に従う」というと、必ずや「じゃあ、やりたいことを全部やっていいのか」とか「赤信号でも渡りたい時は渡っていいのか」「殺人が楽しかったら人を殺していいのか」「行きたくなかったら約束破ってもいいのか」という極論を言う方がいる。これを書いていると長くなるので、今日はここまでにするが、答えは「迷惑をかけずに」「からだにききわけて、ほどほどに」である。

    一週間ありがとうございました。

    明日からは島根の福田画伯です。お楽しみに

    畠山裕美

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  • お猫様と過ごすとういうことは、原始感覚を磨くことだ

    お猫様は正真正銘の操体のお師匠である。
    あのしなやかな動き、身のこなしは遊んでいても見ていても本当に勉強になる。
    その昔、ある操体の先生が「猫のように、身体をふわ〜っと動かすんです」という話をされたので、猫好きの私は「猫、お好きなんですか?」と聞いたところ、
    「いや、私は猫が嫌いなんです」とお答えになった。
    何でも裏庭で鳥を飼っていて、野良猫に襲撃されるのだそうだ。「猫嫌いなのに『猫のようにからだをふわ〜っと動かす』って言うんだ」とヘンな感心をした覚えがある。正直言えば「お猫様嫌いだったら、トリで操体を説明すりゃいいのに」と思ったりして。

    お猫様は人が集まっていると一緒に仲間に入りたくなるらしい。去年の4月、カメラマンの白井智氏に写真を撮って頂いた時、私は「猫と一緒のところをプロのカメラマンに撮ってもらう」という長年の夢を叶えることができた。夢はありありと描くものである(笑)。その時一緒に何人かの仲間がいたのだが、気がつくとお猫様はみんなの輪の中に入って一緒に座っていた。それも不自然ではなく、自然に輪に入っているのである。気がついたら「あれ?いたの?」という感じなのである。
    出来上がった写真を見ると、私と写っている写真では何だか逃げ出しそうな格好をしているが、師匠が抱っこしている写真では、何だか自然体で写っているのが不思議だ


    猫ちぐら」(新潟地方の民芸品で、かまくら状になっている。夏は涼しく冬暖かい)。

    その昔、ベッドの横などで何か物を拾おうとして身をかがめたりすると、ベッドの上に乗った大猫君が前足で私の頭に猫ぱんちをいれたり、後ろ足で頭を蹴ったりした。大猫の上にパワーがあるので、なかなかインパクト大であった。私は何故アタマを蹴られるのか最初は分からなかったが、多分「下の者」、として見られているのだろうと推測した。
    最近は猫ぱんちや蹴りはやられなくなったが、甘噛みと体当たりをよくされる。多分「下の者だけど、たまにごはんくれるヤツ」に昇格したのかもしれない。師匠の治療所はマンションの一階の一番奥にある。入りから廊下に入ると、外に出ていた大猫君が私を見つけて突進してきて、ぶつかってくるのである。可愛いのだが、10キロ近い巨体で足下に体当たりされるのはなかなか強烈だ。本当に「ぼよよよ〜ん」という感じなのである。

    大猫君のごはんのセレクトは私がしている。一昨年辺り、師匠がダイエットをさせたので、大分スリムになったのだが、去年また大きくなり出した。どうやら、外出している間に、どこかの家でごはんをもらっているらしい。大猫君はよく自転車置き場の屋根の上で遊んでいるのだが、そこでカリカリ(ドライフード)が入ったお皿を見かけたことがある。
    野良ちゃんにごはんをあげている人もいるので、野良ちゃん用のごはんを頂戴しているのかもしれない。
    大猫君の食べているカリカリは「アンシャンテ」という。これだと吐かないし、小袋に入っているので重宝していた。ところが、「アンシャンテ」が突然廃番になってしまったのである。仕方がないので同じメーカーの「恋ごころ」というのを買ってみたが、何だかあまり好きではないらしい。

    [rakuten:kenkocom:11025204:detail]

    お猫様のごはん選びはなかなか大変なのである。昨日まで食べていたのに、今日は突然食べない、ということがよくある。2,3日するとまた食べることもある。気にくわないと意地でも食べないとか、お皿をひっくり返したりもする(汗)。
    これはお猫様がワガママというよりは、からだにききわけているのだと思う。原始感覚でごはんを食べているのだ(ということにしておこう)。

    うちのお猫様は、去年の春初めて病院に連れて行って毎日点滴という目にあった。
    「おさかな」という単語を覚えていて、私が「おさかな」と言うと、目がキラリと光る位のおさかな好きで、なまり節が大好きである(大猫君は余り好きではないらしい)。ところが、ある日おやつになまり節をあげても食べないのである。これはおかしい。様子を見ていると、やはりごはんを食べない。お猫様がごはんを食べないというのは一大事の上、何だか黄色い液体を吐いている。そこですぐにタクシーに乗せて動物病院に直行した。
    先生がお猫様を抱き上げて、「脱水起こしてますね」と言った。薬は必要ないので、点滴しましょう、ということになった。私はお猫様の点滴を初めて見た。
    人間のように2時間位横になって点滴が終わるのを待つわけではないのだ(お猫様は2時間も大人しくしていない)。つまり、皮の間に輸液が入るので、らくだのこぶみたいになる。そして、輸液が自然吸収されるのを待つのである。
    「3、4日、毎日点滴につれてきてもらってもいいですか」「ハイ」

    病院から帰ってきて、師匠に鍼を打っていただいた。鍼と点滴が効いたのだろう、次の日から段々と元気を取り戻した。二日目に点滴に連れて行ったところ、獣医の先生は「昨日の点滴が劇的に効いたんですね」とびっくりしていたが、私は多分鍼も劇的に効いたのではないかと思っている。

    その後、お猫様を定期的に検査に連れて行っているうちに、腎臓機能の低下が発見された。16歳なので人間で言えば80歳である。どこか故障が出てもおかしくない。この日からお猫様は腎臓の処方食を食べる事になった。最初に買った処方食はなかなか食べてもらえなかった。缶詰も用意したが、魚好きにとっては、お肉メインのはどうも気にくわないらしい。何回か種類を変えて試すうちに、やっと食べてくれるカリカリを見つけることができた。
    その後、マドリッドに行っている間、病院に預けていた際に、ホルモン検査をしたところ、甲状腺機能亢進が見つかった。甲状腺機能亢進になると、食べても太らない、毛のツヤが悪くなる、などの症状が起こる。確かにちょっと自慢の毛づやが悪くなっていたような気もした。これは服薬させなければならない。最初、錠剤を半分に割ったものをもらってきたが、無理に口に薬を入れるといやがって暴れる。お猫様への投薬は本当に大変だ。Youtubeにも「猫に薬を飲ませる方法」の動画がアップされていたが、役に立たなかった。飲んだ!と思った3秒後に「げろっ」と出すのである(汗)。

    仕方ないので、粉薬にしてもらうことにした。粉薬を飲ませるには、「猫用スープ」(汁がたくさん入っている。贅沢なので、お魚は食べずにスープだけ飲む)に粉薬をふりかけて飲ませるのである。または魚粉に混ぜて舐めさせる。

    お猫様と過ごすということは、原始感覚を磨く、ということでもあると思う。

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  • なぜ、お猫様は猫嫌いに寄っていくのか。

    猫好きにはたまらないイスタンブールだった。

    帰国してからちょっと年上の女性と話をする機会があった。今年(2010年)はスペインとトルコに行きました、という話になり、ああ、いいわね、トルコ行ってみたいわ、と彼女は言った。その後「猫、好きですか?」と聞いてみると
    「猫?嫌いなのよ〜」
    という返事が返ってきた。う〜ん。あんなに猫がわらわらいるところに猫嫌いが行って大丈夫なんだろうか、と少し心配になった。まあ、私達が泊まっていたのは部屋が16個くらいのプチホテルだったので、猫がロビーにいたり、カフェに猫がいたりしたのだが、チェーン系や、大きなホテルだったら猫は入ってこないだろう(入ってきてもいいけど)。また、もしかしたら私は「猫アンテナ」を張りながら活動していたので、視界に猫の姿が入ると瞬時にキャッチすることができるので、猫がわらわらいたように思ったのかもしれない。

    ちなみに、猫嫌いの人数名に何故猫が嫌いなのか聞いてみたことがある。

    ・目が光るから
    ・柔らかいから
    ・寄ってくるから
    ・発情期にうるさいから
    などの答えが返ってきた。

    目が光るのはべつに普通だし、柔らかいのは猫だから当たり前である。その次の「寄ってくるから」というのは嫌いな人特有の答えかもしれない。猫は猫嫌いの人を巧妙に見分け、嫌いな人に寄っていくのである。
    おそるべし原始感覚
    何故かというと、私のような猫好きに寄っていくと、無理矢理抱っこされるとか、かまわれるとか、猫にとっては「ほっといて」ということを執拗に繰り返すからだ。また、猫好きはひっかかれるのも噛まれるのも全然平気なので、ひっかいてもひっかいても羽交い締めにされたり、「たかいたかい」されたりするので、敢えて嫌いな人に寄っていく、という説もある。実際、猫好きは『猫好きオーラ』を放っているので、猫も「お、こいつにつかまると大変だ」と身構えるのである。


    カメラ目線の大猫君。

    経験者ならわかると思うが、単に「猫好き」と「猫と暮らしている」のとでは全く違う。用事雑事が100倍に増えるのはまず間違いない。
    一緒に暮らしていると、様々な人間の「使役」が生じ、人間は「僕」(しもべ)となる。
    愛猫家(あいびょうか)は、「エサ」とは言わない。真面目に「まんま」とか「ごはん」と言うのである。また、「飼う」とも言わず、「同居している」とか「ご奉仕させていただいている」ニュアンスである。

    ◆僕(しもべ)の仕事◆

    ・日々のごはんのお世話
    ・トイレのお世話
    ・絨毯の上などにゲロを吐いたらゲロの始末
    ・猫草を食べて吐いたらゲロの始末
    ・春には大量の毛が抜け替わる(もう一匹猫が作れるんじゃないかと思う位抜ける)
    ・ノミの駆除
    ・薬を飲ませている場合、投薬
    ・遊ぶ、なでるなどのスキンシップとご機嫌取り

    こうしてみると、ごはんの世話以外は殆どトイレとかゲロ始末とかが占めているが、このお世話もお猫様と過ごす醍醐味である(健康管理)。また、掃除したばかりのトイレですぐ用を足すのも可愛いものだ(汗)。

    家猫のお猫様は突然運動会をすることがある。いきなり高いところに駆け上ったり、部屋中を駆け回ったりするのだ。ナゾの行為であるが、なぜそうするか、ということがある本に書いてあった。昔、猫の先祖が森とか砂漠とか草原で暮らしていた時、一番生命が危険なのは繁殖行為と排泄行為だったそうだ。これはどの野生動物でも同じである。特に排泄行為は日常的行為のため、それだけエネルギーを使う。1日に数回は生命の危険にさらされるような生活だったのである。ところが現在は安全なところで暮らしているので、排泄行為の時に余りエネルギーを使わない。どうもそのエネルギーを発散させるために走るのだそうだ。観察するとわかるが、確かに「大」の後などに運動会をするようだ。たまに、猫トイレで、やけに神妙な顔をして座っているお猫様の顔を見ると可笑しくなってしまう。本当に神妙な顔をしているのである。
    神妙というか何だか「一生懸命」な顔なのだ。私はこの顔を見るだけでもトイレ掃除する甲斐があると思っている。

    ちなみに、岡村王子@実行委員長は昨年末、フランス系のお嬢様を家族に迎えたらしいが、トイレをすぐ覚えたので、びっくりしたらしい。確かに犬にトイレを教えるのは大変だ。猫にトイレを教えるのは犬に教えるよりも100倍位簡単かもしれない。王子はお猫様の余りの可愛さにメロメロというウワサである。

    ここで「ふっふっふ。また一人猫仲間が増えた」とほくそ笑むのは福田画伯と私であった(笑)。

    畠山裕美

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  • お猫様をトルコ語で呼ぶ。イスタンブールは猫天国

    普段、丸々とした猫を見慣れているので、トルコの猫はスリムでしなやかに見える。テーブルと椅子の下を黒猫の親子が歩き回っている。猫だ猫だ。

    私は黒猫に「ピシピシッ」と言ってみた。
    猫は反応してこちらにやってきたのである。

    「おおおお」

    福田画伯も「ピシピシッ」と猫を呼んだ。その後も見る猫に「ピシピシッ」と声をかけてみたが、やはり反応する。


    「なんかちょうだい」

    ホテルのオーナーは日本に40回位行ったそうで、日本語が達者である。「猫、好きですか」と聞いてきた。トルコの猫で有名なのがターキッシュバンという種類だ。オッドアイといって、左右の目の色が違うものが有名である。ホテルのオーナーは以前白いターキッシュバンを飼っていたそうで、頭が良くて人なつこい子だったと言っていた。猫が好きなお客さんの肩に乗ってきて、口から食べ物をもらっていたそうだ。猫にそんなことをされたら私などは大興奮だ(笑)。

    ターキッシュバン

    私は猫をちょっと遠目にみていた岡村王子に「猫を『ピシピシッ』って呼んでごらんよ」と言った。彼は猫におそるおそる手を伸ばしながら

    「ピシピシッ」

    といった。突如黒猫親子が突進してきて、岡村氏は「うわ〜っ!畠山センセイ、猫が来ましたっ!」と叫んだ。うん、猫を呼んだんだもの、そりゃ来るよね。

    三浦先生も面白がって「ピスピス」と猫を呼んでいる。
    大のオトナがテーブルの下をのぞき込みながら「ピシピシッ」とか「ピスピス」を連呼しているのは結構面白い風景であるが、私達は真面目に「ピシピシッ」を連呼し続け、猫の注意を引いているのだった。




    カフェの椅子にも座っちゃうもんね。

    私はこの時まで、トルコの猫は何でも食べるということに気がつかなかった。隣のテーブルの男女が食事のお皿から食べ物を猫にあげているのを見て気がついたのだ。黒猫の親子は何か食べるものをもらえないかとやってきたのである。
    そういえば「路地裏さんぽ」にも、猫にサラミソーセージをあげるおじさん(塩分がちょっと心配)とか、猫にゆで卵をあげるおじさんが紹介されていた。日本の猫はゆで卵は食べるのかなあ、と思いつつ、私は自分のお皿からじゃがいもを与えてみた。すると、親子の黒猫は走り寄ってきて、ふがふが言いながらじゃがいもを食べているではないか。へー、じゃがいも食べるんだ(結構びっくり)。

    日本では塩分を気遣ったりして、大抵の家ではキャットフードか猫缶(か、猫パウチ)を与えているのではないだろうか。師匠のところの大猫君はさきイカが好きだが、イカは消化が悪いので余り食べさせないそうだ(汗)。私の猫は「ぎすけ煮」(小魚を干したあと甘辛く煮て、青のりなどをかけて乾かしたもの)と、ベビースターラーメンが好きなのだが、どちらも塩分過多なので食べさせていない。

    黒猫親子は本当に色々なものを食べた。パスタに入っていたサーモン、パスタ、ステーキ、パン。

    イスタンブールの有名な建物に、ブルー・モスクという寺院がある。青いタイルが美しいので、通称ブルー・モスクと呼ばれているそうだ。私達は浜松の日本語学校に行っていたというホテルの従業員(ガイドさん)に案内してもらった。途中に広場があるのだが、そこにも猫がたくさんいた。ここで「おおっ、猫だ」と騒ぐのは私と福田画伯なのだが、師匠は黙って猫をいじっている。いやがる(笑)猫を無理矢理だっこするとか、持ち上げてみるとか、非常に楽しそうである。いやされるなぁ


    ブルーモスク。映画「ザ・バンク」で、元東ドイツの軍人上がりのおっちゃんがこの庭で暗殺されるシーンがあるので少し興奮。観光客も入ることができるが、一般の人がお祈りに来ている。入り口でビニール袋をもらい、靴を脱いでビニールに入れて入る。何だか日本のお寺っぽい。入場料はなく、出口でDonation(寄付)を募られる。寄付したところ、お札をもらった。寄付の額によってお札の種類が違うようだ。


    ブルーモスクの前で猫とたわむる


    だっこは嫌いらしい?


    後ろの青いケースは、トルコのビール、EFES(エフェス)の箱。エフェスというのは、観光地の古代都市、エフェスにちなんでいるらしい。私は飛行機の中から、イスタンブール滞在中は本当にお世話になった。

    なお、エフェスというのは、橋本先生が「救いと報い」の違いを知られたという、エペソ書の「エペソ」
    (Ephesos)を指す。現在、トルコ語でEphesosはEFESと呼ばれているから、あながち橋本先生と操体と無縁なビールではないのだ

    畠山裕美

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  • ムハンマドの猫

    昨年の9月トルコはイスタンブール経由でマドリッドに行った。
    何故イスタンブール経由だったかと言うと、師匠が『オレはもしかしたらトルコの商人の生まれ変わりかもしれない』(から行きたい)という一言で決まったからである。まさかトルコを経由するとは思ってもみなかったが、親日国でもあり、ボスポラス海峡にかかる橋は日本企業が建設したものらしい。後に川崎隆章氏から、何故トルコが親日国であるか聞いたのだが、ロシアに制圧され続けていたトルコは、日露戦争で日本が勝ったのを見て「小さい島国がロシアに勝った、お手本にしよう」ということになったのだそうである。また、和歌山出身の方に聞いたところ、1980年に和歌山県沖で遭難したトルコ船エルトゥールル号の乗員を地元民が救ったことが、親日感情をもたらしたとも言われている。私にとってトルコは「そんなに興味ないけど、行くチャンスがあったら行くかも」という程度の国だった。しかし、行くとなるとやはり勉強したくなるのが人情というもので、本屋に行って本を探した。

    イスタンブール路地裏さんぽ (地球の歩き方GEM STONE)

    イスタンブール路地裏さんぽ (地球の歩き方GEM STONE)

    ★この本は、昨年9月にイスタンブールを発つ時に小代田さんが欲しいというのであげてしまったが、やはり読みたいのでまた買った(笑)。

    まずこの本を見て私は驚愕した。イスタンブールの本なのか、猫の本なのか分からない位猫の事が書いてある。となると、俄然イスタンブールに寄るのが楽しみになってきた。イスタンブールに3日間滞在したのは、”Sotai Forum in Madrid”を終えて、バルセロナで観光をした後である。私達が泊まったホテルはKybeleHotelというところだった。小松君の友人のツアーコンダクターの方のお勧めである。地下宮殿にも、ブルーモスクにも、アヤソフィアにも、グランバザールにも徒歩圏で行ける便利なところだ。小さなホテルだが、部屋中にランプが飾られていて、何ともロマンチックなところである。

    さて、私が先の本を読んで絶対やってみたい事があった。それはトルコ語で猫を呼んでみることだった。日本では「チッチッ」と呼んだりするが、トルコの猫はトルコ語でないと反応しないらしい。トルコでは猫を「ピシピシッ」と呼ぶのだそうだ。

    なお、ムハンマドマホメット)は大変な猫好きだったらしい。その昔ムハンマドが出かけようとすると猫がムハンマドの衣の袖の上で寝ていた。ムハンマド猫を起こさないように、衣の袖を切って片袖の服で出かけた、という話があるそうだ。マホメットが猫好きだったらイスラムの人々が猫好きなのも不思議はない。また、額にMの文字がある猫は「ムハンマドの猫」と呼ばれる。額にM字がある猫と言えば、アメリカン・ショートヘアーだが、アメショは元々アメリカの砂漠に住んでいたアメリカの土着の猫。イスラムの国々も砂漠が多いが、もしかしたら、アメショと「ムハンマドの猫」はご先祖様が同じなのかもしれない。

    What’s Michael? (1) (講談社まんが文庫)

    What’s Michael? (1) (講談社まんが文庫)

    アメショと言えば。日本一有名なアメショ。


    ムハンマドの猫?額にMの字。iPhoneトイカメラで撮影

    私達はホテルのテラスでのんびりと食事をとっていた。周囲を見回す余裕も出てきた。道の向こうを見ると、道路の脇にキャットフードが山盛りになっているではないか。福田画伯と私は6日程『猫切れ』状態になっていたので猫に飢えていた(笑)。画伯はメールで留守番中の小太郎君の安否をチェックし、私も病院に預けているお猫様の様子をメールでチェックしていた。とにかく本当に「猫が切れていた」状態だ。こんな時は山盛りのキャットフードを見ただけでも興奮するのである。
    と、道の向こうに黒猫の親子が現れた。「おおっ、猫だ」「猫だ猫だ」と私達は(福田画伯と私)興奮を高めていった。そのうち、道路を越えてお猫様が道路を越えて、私達がご飯を食べているテーブルのほうにやってきたのである。


    畠山裕美

    2011年東京操体フォーラム分科会は4月29日に千駄ヶ谷津田ホールにて開催いたします。http://www.tokyo-sotai.com/

    2011年2月から足趾の操法集中講座を開始します。

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  • ナザール・ボンジュウ

    一昨年はトロールビーズに凝っていた。「トロール」というのは北欧の言葉で「妖精」という意味である。トーベ・ヤンソンムーミンシリーズは日本でも人気があるが、もともとムーミンは「ムーミントロール」なのである。北欧の妖精のビーズ、というのがコンセプトらしい。

    たのしいムーミン一家 (講談社文庫)

    たのしいムーミン一家 (講談社文庫)

    余りに凝ったので最近は熱がおさまったが、デパート(東京なら銀座松屋の1階)の売り場や、たまに出店する期間限定店舗などに行くと「うずうず」するのである。トロールビーズは基本的にチェーンと好みのロック、それに好みのビーズ(ガラス、天然石、シルバー、ゴールドなど)を通し、ビーズがすべらないようにビーズの両側をストッパーで押さえるスタイルである。この他にも皮のひもで出来たブレスレットもある。ビーズには一つ一つ名前がついていて、それぞれに意味がある。春と秋には毎年新作コレクションが出るし、一昨年はトロールビーズの神様からのご褒美(?)か、デンマーク大使館で行われた、トロールビーズジャパンのプレス発表会にも何故か招待され、割引料金で新作のトロールビーズを買い、更には開催側の不手際ということで、お詫びのお土産にビーズをいただいたりした。

    トロールビーズジャパン

    それはさておき、昨年マドリッドの帰り、イスタンブールに滞在した時のことだ。今日の夕方日本に帰るという日で、ホテル近辺で参加メンバーがそれぞれ買い物に興じていた時である。私は何だかあまり物欲が湧かず、空港で何か買おうと思っていたので、ホテルのテラスカフェでワインを飲みながら誰かと雑談していた。すると誰かが「三浦先生が呼んでます」と呼びに来た。何だろうと思って行くと、ホテルの近くのアクセサリーショップの前で三浦先生が待っていた。師匠はブレスレットとか貴石とかシルバーなどが好きなので、ちょっと店を覗いてみたらしい。
    そのお店に入って師匠が歩いて行った先には、シルバーやガラスの小さいビーズが通されたディスプレイスタンドがあった。要は、細い棒にビーズが焼き鳥のごとく通されており、それが飾られているのである。師匠はそのスタンドを見ながら「これはオマエが好きなビーズじゃないか」と言った。

    「いえ違います」私は即答した。確かにビーズはビーズだが、これはトロールビーズではない。このビーズには、ホール(穴)にシルバーの金具がついており、そこには”PANDORA”の刻印がされていた。
    「これはパンドラですね」
    トロールビーズは1976年にデンマークで創業されたが、パンドラは1999年に、トロールビーズに影響されて作られたものだ。アメリカでは2002年辺りに、パンドラビーズが流行ったそうで、アメリカとかではパンドラのほうが本物だと思っている人も多いらしい。
    トルコ人のジュエラーは、私のほうに寄ってきて、「ビーズは好きですか?」と聞いてきた。私は勿論、と答えた。「これはPandoraですよね?」と聞くと、「そうだ」と答えが返ってきた。「私はトロールビーズをコレクションしているんだけど」というと、トルコ人ジュエラーは「パンドラのほうが本物で、トロールビーズはニセモノだ」と言う。師匠と私は店のテーブルに座って、ビーズを見ることにした。
    「招き猫のビーズもあるよ」「これはトルコの目玉のお守り(ナザール・ボンジュウ)」など色々見せてくれる。確かにトロールビーズに形が似ているが、ちょっと雰囲気が違う。トロールビーズにも何名かのデザイナーがいるが、デザイナーによってちょっとづつ違うのだが、明らかに違う。特にシルバービーズのモチーフが微妙に違う。その辺りは非常に興味深い。

    しかし何故、Pandoraがホンモノでトロールビーズがニセモノだという話になっているのだろう。何だかこういうことが起きてしまうのである。その後、渡欧経験者数名に聞いたところ、ヨーロッパの空港などでお土産にトロールビーズとパンドラビーズが売られているそうで、パンドラビーズを売っている人は「トロールビーズはニセモノだ。パンドラのほうがホンモノだ」と言うらしい。

    正統派?トロールビーズ愛好家である私は、長袖をめくり上げて左の手首を出した。トロールビーズのプレスレットである。好きな紫系とブルー系でまとめて、シルバービーズを阿いくつか繋げてある(「温故知新」という意味を持つのと、「太極」のシルバービーズ)。


    手前がパンドラの「目玉」

    トルコ人ジュエラーは「ちょっと見てもいい?」というので、私はブレスレットを外して彼に渡した。彼は暫く眺めてから、”Amazing!”と呟き、「これ、いくらだった?」と聞いてきた。私はブレスの中でも一番高い石(ガラスではなく、天然石のアメジスト)をまず指さして値段をささやいた。それからロックとシルバーチェーンと、その他のビーズの値段をささやくと、ジュエラーは”Oh!”と驚いた。別に値段自慢をするつもりはなかったのだが、もしかしたら、トルコ人ジュエラーはトロールビーズを見たことがなく、パンドラビーズがホンモノだと思っていたのかもしれない。まあ、パンドラがニセモノでトロールビーズがホンモノという決めつけもヘンなのだが、いずれにせよ、トロールビーズが先に世に出て、パンドラビーズはホールの金具をシルバーにして、ロゴを入れるという工夫をしたのである。それがアメリカをはじめ、オーストラリアなどでも流行したという次第だ。パンドラは中国製ということも明らかにしている。逆にトロールビーズは逆に希少性(職人がビーズを手作り)のイメージがある。多分シルバーのチェーンやストッパーなどは海外生産なのではないかと思うが、「デンマーク製♪」という夢はある。
    売り方の違いもあるのだろうが、パンドラビーズの販売員は「トロールビーズはニセモノだ。パンドラがホンモノだ」とかなりの確率で言うらしい。これはちょっといただけないような気もする。

    まあ、いずれにせよ、私はトロールビーズのほうが好きだ。

    といいつつも、その店ではナザール・ボンジュウをイメージした、トルコらしいビーズを一つ買った。
    ナザール・ボンジュウというのは、目の形をしたトルコのお守りで、嫉妬や妬みから守ってくれるらしい。
    嫉妬や妬みから守る、という効能がなんとも異国的である。

    ナザール・ボンジュウはイスタンブールの空港でお土産にたくさん買った。実行委員へのお土産である。私は自分と自分の母用に二個買ったが、好評で一個も自分の手元には残っていない。パンドラの「目玉」だけが残っている。

    畠山裕美

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  • 去年から今年へ

    明けましておめでとうございます。畠山裕美です。もう松の内も明けましたが、皆さんは今年、どんなお正月を過ごされましたか。

    他の実行委員の方も書いてらっしゃいましたが、去年は本当にイベントの多い年でした。東京操体フォーラムを初めて開催した会場(青山コンフォート)で、初めてのフォーラム分科会の開催、その合間に行徳のゴールドジムでのセミナー、もう一つの新しい試みは、京都大徳寺塔頭玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」の開催。

    ※玉林院をお借りできたのは、実行委員の佐伯さんのご縁です

    気象庁始まって以来という異常気象の猛暑の中、奈良操体の会代表であり、東京操体法研究会の大先輩である、奈良の北村翰男先生を講師にお招きし、重要文化財の歴史ある建物の中で操体三昧の晩夏を過ごしました。
    カメラマン、白井智氏に早朝の祇園や御所で写真を撮っていただいたり、イノダコーヒーで朝食をとったり、祇園のお座敷バーで飲んだり、ミシュランガイドに載っている隠れ宿に泊まったり、数え切れないほど面白いことがありました。
    そういえば、人一倍蚊に刺されやすい私はたくさん喰われましたっけ。

    過去のブログにも書いてありますが、私は前日に京都入りし、北村先生のご案内で奈良の大仏のお膝元まで上ったり、興福寺で阿修羅様に再会したり、初日から色々ありました。

    http://d.hatena.ne.jp/tokyo_sotai/20100828
    http://d.hatena.ne.jp/tokyo_sotai/20100905#1283645564

    そして今年の夏も大徳寺塔頭玉林院で「東京操体フォーラム in 京都」が開催。8月27日(土)、28日(日)の二日間です。東京のフォーラムとはまた違う雰囲気で、また今から楽しみにしています。東京方面の方も、今からスケジューリングして、夏の京都で是非ご一緒しましょう。
    私は京都のフォーラムが終わってから、京都の「隠れ宿」に一泊し、松江で一泊、その次の日玉造温泉で一泊して、出雲空港から帰ってきました。この玉造温泉の「日本一の混浴露天風呂」がとても面白かったのでまた行きたいな、と思っています。

    そしてそれから2週間後の9月15日、私達は”Sotai Forum in Madrid”で講演するため、成田空港を発ち、イスタンブールを経由してマドリッド入りしました。今回は”The History of Sotai”という発表をしたり、般若身経の紹介をしたり、足趾の操法のデモンストレーションをしたり「最新の操体の姿を見ていただく」ことを主眼に置きました。
    最初は「ヨーロッパの人達はテクニックを知りたがる」という話を聞いていたので、「まずは見て下さい」ということをメインにしたのです。
    日本の講習でもいつも言っているのですが、先生が模範実技をしている際に、一緒に手を動かす人は、絶対上手くなりません。メモを取っていてもダメです。一緒に手を動かすとか、メモを取るのは、一生懸命やっているように見えますが、実は『見ていない』ので、うろ覚えだったり、勘違いしていたりする事が多々あるのです。一緒に動かしていいのは、中級者や上級者なのです。

    「先生の実技の時は、まず見て下さい」と私は参加者にお願いしました。途中、ついつい手を動かしてしまう参加者に、「動かすな!」と三浦先生が注意する場面もありました。
    参加者の殆どは非常にマナーが良かったのですが、一部の参加者は「早く実技を教えろ」とか「個人的に操体を受けたい」とか、テクニック的な質問をしてきましたが、たかが1日2日の講習でテクニックの伝授などできるわけがありませんし、実技を教えても、基礎となる「身体運動の法則」が成っていなければどうにもなりません。彼らは日本人とそもそも骨格が違います。骨盤を前弯曲させて、ハラで動ける日本人と、骨盤が後弯曲で反り腰の西洋人に対して指導するわけですから。その辺はこれから海外で操体を伝えていく上での課題でもあります。

    マドリッドから新幹線(AVE)でバルセロナに移動し、短い観光を楽しみました。その後は飛行機でイスタンブールに移動して、2泊して帰ってきました。イスタンブールの猫については、これから書く予定です。

    私はマドリッド入りした翌日から風邪を引き、持っていった抗生物質と鎮痛剤と風邪薬を飲んでいたのですが、風邪っぴきにも関わらず、ハイテンションで過ごしました。バルセロナについても観光が楽しかったので風邪を引いているのを忘れていた位です。イスタンブールに着いてもまだまだ面白い事が沢山あり、風邪も峠を越し、ちょっと咳が出る程度かな、と、元気に帰国しましたが、帰ってからその反動のせいか、2日位寝込んでいました(笑)。

    今年もまた”Sotai Forum in Madrid”が開催されますが、一度行ったので荷物の量とか、何を持っていけばいいかとか(例えば小さな電気ポットがあるといいとか)次回はもっと軽い荷物で行けそうです。

    それから11月には定例の秋のフォーラムでした。2ヶ月に一度ずつ何かしらイベントが入っていたような一年でした。

    個人的には、6月にiPadを買いました。現在三浦先生にレンタル中ですが、師匠にもホームページやこのブログ(笑)をぱぱっと見ていただけるので、非常に便利です。また、Apple好きなのでついに誘惑に負けてiPhoneを持ちました。携帯は携帯で使っているので、殆ど電話としては使っていませんが、スペインとトルコでは「海外パケホーダイ」が役に立ちました。そういえば、スペインはWi-Fi無線LAN)がポピュラーで、ホテルのフロントでその旨を伝えると、パスワードを教えてくれます。そうするとすぐインターネットに繋がるので便利でした。なお、ホテルのロビーには無料で使えるパソコンが置いてありますが、スペイン語かカタルーニャ語で、英語はおろか日本語は使えない状態でした。愛機Macbookを持っていって正解でした。あ、iPhoneを持って行けば足りるじゃん、と言う話もありましたが、私はマドリッドのフォーラムでPowerPointを使って発表したのでパソコンは持って行かなきゃならなかったのです。

    12月になってから、遂に今まで「やったらはまるからやめとこ」と思っていたデジイチデジタル一眼レフカメラ)に手を出しました。撮りたいのは猫とか、ビーズとかジュエリーとか、もしくは操体の講習の様子です。

    京都やフォーラムで写真を撮って下さった、カメラマンの白井智さんからも「何でも聞いてね」という有難いお言葉と、やはりデジイチに凝っている西田実行委員からもアドバイスをもらい、入門機を一台買いました。まだ使い方がよく分かってないんですが、「女子カメラ専門店」で、「デジイチのお洋服」とか「お揃いのストラップ」とか、「手作りのレンズキャップケース」とか、ラブリーなグッズを揃えて遊んでます。
    何で今までやらなかったかというと、「やったら絶対はまるからなぁ」と思っていたんです。でもある時「はまってもいいじゃん!」と閃いたのでした。そう考えると「何で今までやらなかったんだろう」と、逆に不思議になってきた位です。
    私のポリシーですが、「迷ったらやる」「迷ったら参加する」ことを心がけているので、それで行こうかなと。それでは今週1週間よろしくお願い致します

    畠山裕美

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  • 2010年東京操体フォーラム in 京都

    今日は東京操体フォーラム in 京都初日だ。まず昨日の事から書き留めておこう。

    昨日は朝5時に起床して6時半の新幹線で京都に向かった。。三浦先生と東京駅から新幹線に乗り、新横浜で岡村理事と合流、東京駅で買った駅弁を食べながら色々打ち合わせをしているうちに、あっという間に京都に到着した。京都駅で待っていた福田理事、佐伯実行委員、山本(京都フォーラム)実行委員長と合流し、佐伯氏に大徳寺での前準備をお願いし、近鉄に乗って奈良へ向かった。奈良にはやっぱり鹿がいる。


    奈良に向かう電車の中で。

    近鉄奈良では北村翰男先生と奈良操体の方々が待っておられ、それから東大寺へタクシーで移動した。北村先生のご縁で東大寺の大仏の膝元までご案内していただけることになっており、一同で東大寺に移動した。


    左横から見た大仏殿を見上げたところ。

    その後、大仏殿の中に入り、急な階段を上って大仏様のお膝元で若いお坊さんの説明を聞いた。それから三浦先生や岡村さんが大仏様の鼻の穴と同じ大きさの穴の空いた柱をくぐったりしてから、大徳寺を後にして興福寺へ。興福寺の国宝館で阿修羅像はじめ、八部衆に再会した。去年は東京で二回、太宰府で一回拝観したのだが、東京と九州博物館では一人だけ(?)ステージに立っていた阿修羅様は、ここでは他の仲間の八部衆と一緒に並んでいた。これもなかなかいい並び方だった。残念ながら薬王菩薩、薬上菩薩のお二人は一般公開していない時期で、会えなかったのだが、また来るよと心に誓った。ここの話は長くなるので、自分のブログに書こうと思う。

    それからお昼を食べて、北村先生も一緒に京都へ向かった。ホテルにチェックインしてから会場である大徳寺塔頭(たっちゅう)玉林院へ明日の準備に向かった。佐伯実行委員、小松実行委員、川嶋さんが玉林院で準備をしてくれており、パソコンのセッティング、配布資料のチェックなどをした。今回同行していただいたカメラマンの白井智氏が男性陣の写真を撮影した。

    ★書き忘れていたが、奈良も京都も暑い(笑)。玉林院に向かうタクシーを途中で止めてもらって、下駄を買った。私は長いワンピースを着ていたのだが、ワンピースに下駄が意外と合うのは面白かった。


    玉林院で準備


    玉林院の廊下で。


    写真撮影をする白井氏

    準備が終わってからホテルに戻り、ホテル併設のスパ(このスパは素晴らしい)で温泉を堪能してから、ホテル近くの居酒屋で前夜祭となった。

    今朝は朝5時に起床し、祇園と御所にタクシーで写真撮影に向かった。早朝の祇園をロングドレスを着たキャバ嬢が歩いており、いかにもホスト、という男性が若い女性と歩いていたりした。白井氏に撮っていただくのは二度目だが、やはり慣れてくる?のだろうか。前よりは緊張しなくなった。

    その後、イノダコーヒーで名物のモーニングを食べ、玉林院に向かった。


    玉林院の庭


    講義中の北村先生

    今、フォーラムの真っ最中である。詳細はまた追ってということでお許しを。明日からは島根の福田画伯の担当である。何故かフォーラムの時にブログの順番にぶつかるよね、といつも呟いている我々であった(笑)。

    1週間ありがとうございました。

    畠山裕美

    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体フォーラム in マドリード」開催
    2010年操体法東京研究会定例講習は9月から始まります。

  • 操体プラクティショナー(Sotai Practitioner)

    実は今、新幹線の中でパソコンに向かっている。のぞみ5号だ。今、品川を出たところだ。新横浜で岡村氏(フォーラム実行委員長)と合流予定。

    ***

    1995年に私が開業した時、屋号は『貞山療術院』と言った。ご存じの通り、貞山公とは伊達政宗公の諡号だ。操体の発祥の地であり、私も縁深い仙台のご縁で有難く使わせていただいている。仙台を訪れる時は必ず瑞鳳殿に向かい、お名前を貸していただき、ありがとうございます、とお礼を言うのが私の習慣でもある。その後、1999年、全国操体バランス運動研究会に前日の打合せから参加させていただき、これを機会に三浦先生とも親しいご縁を持つことができた(私が先生に師事するのはその直後である)。新たな気分で、屋号を以前から温めていた『操体プラクティショナー TEI-ZAN』に変えたのである。

    整体をやる人を整体師という。しかし私はどうもそれにならった『操体師』という言葉が好きではなかった。それで1998年辺りから何かいいのはないかと考えていた。
    鍼灸師にせよ、いくら操体を勉強しているといっても「鍼灸師」という肩書きが「操体」を邪魔することもある。三浦先生は1995年位から『操体スーパーバイザー』を名乗っておられたが、何かこのような感じでいい名称はないかと思っていたのである(流石に「操体スーパーバイザー」を名乗るのは憚られたので、未だ以て「操体スーパーバイザー」は三浦先生只一人である)。
    つまり、「操体プラクティショナー」の上に「操体スーパーバイザー」が存在するイメージだ。

    この頃丁度海外に行く機会があり、ショッピングセンターのドラッグストアで、ビタミン剤を手に取って箱を眺めたとき、偶然に「Practitioner」という単語が目に入った。確か「あなたのHealth Practitionerに相談して下さい」という事が書かれていたのである。これにピンときた私は早速辞書で調べてみた。この言葉には『専業者』『専門家』という意味がある。医療関係の専門家という意味もある。そこでこの言葉を採用することにしたのだ。

    それから何年か経って、東京操体フォーラムが発足した。
    現在の体制になったのは2003年からだが、その後フォーラムは着実に成長し、参加している実行委員も学びを重ね、ますます磨きがかかってきた。そんな時実行委員の何人かに、『操体プラクティショナーって、操体の専門家を指すために私が考えたのですが、使ってみたいですか?』と聞いてみたところ、やはり操体の専門家をあらわす名称が無くて困っており、是非使いたいという答えが返ってきた。彼らはいずれも私の考えに賛同してくれ、私が考えていた認定条件を見事パスしているメンバーばかりであった。本当に素晴らしい操体の専門家達だ。
    というわけで「操体プラクティショナー」という名称を操体の専門家として公の認定資格にしたいと考えた。そして、これを商標出願し、登録が認められたのである。時間はかかったが、これも一重に助けてくれた仲間のお陰だ。

    操体プラクティショナーは、規定の講習受講(240時間以上)、認定のための筆記試験、実技試験を受け、国家資格、あるいは公認運動指導資格、または同等の社会活動経験を持ち、操体臨床経験、登録料、年会費の納入、認定更新研修の受講を以て認定、更新がなされる。協会の認定によって、「操体プラクティショナー」を名乗ることができる。ハードルは決して低くはない。

    また、操体プラクティショナーの他にも社団法人認定の操体指導者資格を設立し、操体指導者の資質向上、国民の健康に寄与していきたいと思っている。この「操体プラクティショナー」という名称が、操体の専門家の呼称として根付くことを願ってやまない。それは操体指導者の、操体自体の質の向上に直結する。

    なお、記念すべき第一期に認定された操体プラクティショナーは以下のとおりである。(50音順)

    秋穂一雄(あきほ整骨院
    岡村郁生(操快堂)
    日下和夫(北六甲操体院)
    小代田綾
    小松広明(松濤院)
    平直行(大操体法研究所)
    辻知喜(いずみ操体研究所)
    友松誠(からだバランス調整院)
    中谷之美(愉楽堂)
    西田尚史(皮膚身堂 操体研究所)
    畠山裕美(TEI-ZAN操体医科学研究所)
    福田勇治(操体法 導軆力学研究所導體力学研究所)
    森田珠水(操体健康医療研究所/森田珠水鍼灸治療院)
    山野真二
    猿飛佐助
    山本明

    これらの操体プラクティショナーをスーパーバイズしているのが、三浦寛(人体構造運動力学研究所、東京操体フォーラム理事長)である。

    畠山裕美

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体フォーラム in マドリード」開催
    2010年操体法東京研究会定例講習は9月から始まります。