カテゴリー: 畠山裕美(はたけやまひろみ)

  • 修行★六日目

    修行ではないですが、結構1つのことを続けるのが好きです。

    一旦好きになったら大抵のことでは投げません。

    フォーラム実行委員をみているとそう思います。

    よく、いろんなことをやってますね、と言われますが、

     

    易は「八卦」で操体に通じますし、カウンセリングなどは、「想」に通じます。

    私の趣味的なものは、殆ど操体に繋がっているのです。

     

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  • 修行。。5日目

    「イサキ」という操体関係の小冊子があります。

    この前、私の先輩に当たる方が思い出を書いていました。

    その先生は、三浦先生の講習を受けた方ですが、当時も「講習を全部終える人は少ない」と書いてありました。

     

    今も昔もそうなんですね。

     

    非常に残念なのは、友松さんも書いていましたが、あんパンでも肉まんでもなんでもいいんですが、皮だけ食べて、肝心のアンコを食べずに「これが操体だ」ということで、学びを終えてしまうことが多いことです。

     

    人によっては色々事情もあるでしょうが、そういう人がブラッシュアップするところが

    「塾操体」とか「東京操体フォーラム」なんですね。

     

     

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  • 修行【四日目】

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    私も「よくやってくれるんですよ。ホホホ」的に嬉しいです(役得)。
     
    これは、三浦先生の指導のタマモノだと思います。
     
    私が昔勤めていた会社には、東大卒の方がいて、「いわゆる東大です」と、なぜか「いわゆる」をつけちゃう人でした。
     
    なんで東大出の人は「いわゆる」って言うんですかね。
    私自身、現在東京大学にも籍(学生ではない)を置いていますが、「いわゆる」っていう人はいませんが。。。
     
    その会社では、お昼にお弁当を取るので、皆デスクでお昼を食べるのですが、私は隣に座っていて、その人が「犬食い」をするのを毎日見ていました。
     
    「東大出でも、犬食いをするヤツはする」と学習しました。
     
    アタマはいいかもしれませんが、お母さんがご飯の食べ方は教えてくれなかったんですね。
     
    妻子もいる方でしたが、奥さんは注意しないんでしょうか。
    弁の立つ方だったので、仏教の話をすれば私よりも詳しかったんでしょうが、犬食いをする人に、上から目線で仏教の話をされてもなあ、と思います。
     
     
    アタマが良くて口も達者だけど、犬食いとか、よそんちの玄関(自宅ならばまだしょうがないなと思う)で靴を脱ぎっぱにするのはねえ。
     
    と言う私も、三浦先生にはしっかり鍛えられました(人のことはあんまり言えない笑)。
     
    大人になってから、改めて「修行」っていうのは、結構いいものだと思います。
    大人になると、厳しいことを言ってくれる人がいなくなったりするし、かといって親に何か言われると、正論が故に逆にイラッとするとか。
     
     

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  • 修行【三日目】

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    この時は、朝昼晩の坐禅と、日中の勉強と作務がみっちりありました。
     
    さて、この前博多の新部健太郎顧問とも話をしたのですが、それまで「ビジネス一徹」だった会社員の方が、定年が近くなると何故か仏教と司馬遼太郎が好きになるという説がある、という話です。
     
    私の周囲にもいましたが(キミ、仏教なんて興味ないよね的に決めつけて言ってくる)。。アレって何故なんでしょ。
     
    印象的だったのは、食事です。
    食べる人、お給仕する人の役割が明確に分けられており、食事時の作法もかなり(敢えて厳しくしているそうですが)です。
     
    普段は家で食器なんか絶対下げたりしないんだろうな的なオジサマが馴れない手つきで給仕をしていたり、音をたてて食事をして、指導役の和尚さんに怒鳴られたりしていました。
     
    多分「司馬遼太郎が好きになる的」な感じで仏教に興味を持ったので「机上の仏教」
    に憧れたのかもしれません。
     
    つまり、修行もしてないのに「無とは何ですか」的な質問をしちゃったりするような。
     
    会社では、若い社員に「仏教ってさ」とか説教こいてたのかもしれません。。。
     
    操体で言えば、般若身経ができていないのに「渦状波教えて下さい」というようなものです。
     
    ちなみに、何が言いたかったかというと、操体を学んだ過程で、私自身は三浦先生が体験した「温古堂での修行」を追体験していたので、お寺での修行もそんなにビビらなかったということでした。
     

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    深川不動尊。
  • 修行(二日目)

    東京国際仏教塾」に参加しました。第30期生ということで、100名近くが参加していました。
     
    なお、仏教塾は元々「60歳過ぎたら皆得度しよう」的な活動から始まったものなので、参加者の殆どは60歳以上の方です。なので、厳しいので有名な永平寺の修行などとは比べものにならないくらい「ユルい」ものです。
     
    私は恥ずかしながら「薪で風呂を沸かす」というのが初めてだったので、薪に火を付けるのに手間取ったりしました。
     
    覚えているのは、日蓮宗のお経がかっこ良かった(スミマセン)のと、関連書籍の販売に池上本門寺からやってきた出版部の若いお坊さんが2人ともイケメンだったことです(スミマセン)。。

    まあ、概してお坊さんは声のいい方が多いのは事実です。
    昔から「お坊さんモテ伝説」ってありますよね。。
     
    これがGWの頃の話で、その後、新宿の南口付近にある、浄土真宗光明寺の瑠璃光院で、浄土真宗の勉強をしました(修行というよりは勉強という感じ)。
     
    こちらには、最新式の納骨堂があります。カードを提示すると、自動的にお骨が入った箱が運ばれてきて、お参りができるシステムです。
     
    最初は「お墓がこうなるの?」と思いましたが、実際に見てみると
    お墓の掃除や、遠方への墓参を考えたら結構いいかも。。と思いました。なお、核家族で、お参りする人がいなくなってしまったら、お骨は岐阜の光明寺本山に持って行って永代供養してくださるそうです。
     
    世の中、体験してみなければわからないことってたくさんありますよね。
     
    イメージ的には、日蓮宗はロック(お坊さんがいい声だった)、浄土真宗は日本語のオペラ、みたいな感じでした。
     
    修行とは言えない修行ですが、非常に勉強になりました。
     

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  • 修行と修業(初日)

    友松さん、一週間ありがとうございました。こんにちは。畠山裕美です。
    1週間よろしくお願い致します。
     
    【修業(しゅうぎょう)】学芸を習い修める
     
    【修行(しゅぎょう)】仏道を修める
     
    「修業」は、シュウギョウと読み、学校などで決まった教育を受けることによって学術・技芸を身に着けることを意味します。
     
    「修行」は、シュギョウと読み、仏教において、悟りの境地にいたるために精神的・肉体的な苦行を積み重ねることを意味します。また、学問・芸術・武術などにおいて自分の技術を磨くために研鑽(けんさん)を積む意味にも用いられます。後者の意味で「修業(しゅぎょう)」の語を用いることもあります。
     
    操体を学ぶにあたって、私の中では「修行」的側面もあるな、と思ったりします。
     

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  • そして植物 七日目

    ” data-en-clipboard=”true”>今年が皆様にとって、実りある素敵な一年であることを祈念致します。
    ” data-en-clipboard=”true”>***
    ” data-en-clipboard=”true”>1週間「植物図鑑を隠された」ことを発端に、その後「花⇒女らしさ」に反発し、
    なんだか植物を避けていた理由がわかりました。
     
    原因がわかると、問題は解消します。
     
    1週間書いてきましたが、
    ・子供が何かに夢中になったら、それを応援してあげて欲しい
    (夢中になりすぎるからと言って、隠したり捨てたりは、しないでください)
    ・最近は、ジェンダー論についても大分語られるようになってきましたが、
    「花は女らしい」とか「ピングは女の子で、青は男の子」という決めつけは、やめてほしい。
     
    そして、一番言いたいのは
    「自分には関係ないからわからない」というのは、やめようよ、ということ。
     
    「自分はオンナじゃないからオンナの辛さはわからない」とか
    「自分はオトコじゃないから、オトコの辛さ、生き方なんてわからない」とか
    「自分はLGBTQじゃないから、そういう人達のことはわからない」
    「自分は○○じゃないから、わからないし、関係ない」
     
     
    最後がこういう話になるとは、また、もしかしてこれが年明け最初の話題になるとは思いませんでしたが(汗)、植物を考えると、ジェンダー論になるよね。。。という話でした。
     
    1週間ありがとうございました。
     
    明日からは三浦寛先生です。
     
    畠山裕美
     

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    こちらは、スイレンです。

  • そして植物 六日目

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    そして私はその人に結構いじめられたので(笑)、やっぱり花はさ・・という感じもあり、また「花を持ってくる私は気が利くオンナ」的なところもなんだかなあ、という感じでした。
     
    また、私の知っているある先生(既婚男性)の治療室に、普通に見ても分かるほど、エロい系の花を持ってくる人(既婚女性)がいたりして、「いやこれって、すごく露骨に見えるんだけど、気がついてない?それともわざとやってんの??」みたいたところもあったりしましたっけ。
     
    エロティックな感じの花ってありますよね。本人が意識していたかどうかは分かりませんが、こういう花を生物学上の女が男性に送るっていうのってどうよ、的な花です。
     
    そして多分、三浦先生からも「オマエは花を持ってくるとかそういうところが全く無い⇒つまりオンナらしさに欠ける的な意味」(多分師匠は忘れていると思いますが、私は忘れません笑)とか言われて、尚更「花ってさあ・・」みたいなところがありました。。
     
    しか〜し、不思議なもので、いつしかそんなことはすっかり忘れ、アーティストとして花に接している方(男性@華道家元)に出会ったり、仏教の勉強をしていれば、仏様に花を供えたりするわけです。農学部で植物の研究している人もいれば、作物を育てている人もいる。
    写真を習ったら、花を撮りたくなる。
    というわけで「植物図鑑を隠された」とか「花⇒女らしい」的な呪縛がいつの間にか解けていた、という次第です。
    さて、今日は大晦日。明日から2022年です。
    よいお年をお迎え下さい。
     

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  • 私がずっと、植物嫌いだったワケ 五日目

    そしていろいろあって、今に至るワケですが、よくよく考えると、歴史や日本文化が好きなのに、チャンスはあったのに、華道とか茶道とか着物は、すっぽかして成長しました。てへへ。
     
    これも自分で分析すると「ふつ〜のおんなのこらしくしろ」という、周囲からの圧力に対する反撃だったような気がします。
     
    つまり、女子 ⇒ 花が好きというのは当たり前
    という図式に反抗していたのでは!と分析しました。
     

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    冬に夏の花で何ですが(笑)。アオイの花です
  • 私がずっと、植物嫌いだったワケ 四日目

    ” data-en-clipboard=”true”>なんで30歳くらいになるまで、植物が何となく嫌いだったのか、という理由。
     
     
    「親が、夢中になりすぎるからと『植物図鑑を隠した』」ということを思い出したことで、色々芋づる式に甦ってきました。
     
    世の中の、小さい子供を持つ親御さん。
     
    子供が何かに夢中になったら、それを阻害するのではなく、応援してあげてください。
     
    力説!
     
    その、好きなモノを隠すとか、やめさせるとか、捨てるとか、そんなことは絶対にしないでくださいね。
     
    もっとも、最近は「すきなことを、得意な部分を伸ばす」ことがメインになってきたようです。
     
    でも、ゲーム依存症とかって困るよね、というところで、こんな記事を見つけました
     
    「制限しても意味ない」
     
     
    依存と「夢中になる」は、ちょっと違いますが、参考になります。
     
     

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