カテゴリー: 畠山裕美(はたけやまひろみ)
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海と災害(5)
2011年の震災時の津浪では、気仙沼の親戚の家が結構流されました。鹿折唐桑(ししおりからくわ)駅の前に、津波で船が流されて打ち上げられた有名な写真がありますが丁度伯父の家の近くでした。最初、伯父の家と打ち上げられた船の関係が全く結びつきませんでした。伯父夫婦は車で避難して無事でしたが、結局は娘(私の従姉妹)がいる仙台に越しました。一方、別の叔父は、南三陸町の、いわゆる「津波アパート」に住んでおり、こちらは津波でも流されず、屋上に避難してヘリで救助されました。この叔父夫婦も一旦は息子(私の従兄弟)がいる名古屋に越しましたが、食べるものも違うわ、友達もいないわで、多少不便であろうが、息子達とは別々に暮らすことになろうが、残りの人生は好きなところで過ごしたい、ということで、結局は住み慣れた宮城県登米市の仮設住宅に戻ることになりました。このことは、河北新報(宮城地方紙)にも載ったのですが、私はこの話を聞いて「損得」や「正しい・正しくない」ではなく「快・不快」で登米の仮設住宅に住むことを決めた叔父夫婦をちょっと「エライ」と思いました。普通なら「年寄り夫婦なんだから、不便な仮設よりも息子夫婦と孫を一緒に余生を」とか、考えるところですよね。 -
深海魚(4)
” data-en-clipboard=”true”>” data-en-clipboard=”true”>「海の中であんな大きなサカナに遭遇したらどうしよう」と、勝手にドキドキしていました。” data-en-clipboard=”true”>上の階の爬虫類コーナーも大好きで(ヘビとか結構好き)上野動物園と言ったら、パンダよりも水族館だったのでした。。” data-en-clipboard=”true”>さて” data-en-clipboard=”true”>師匠の仕事にお供して沼津のほうまで行ったことがあります。丁度テレビか何かで師匠はチェックしていたのだと思いますが、『沼津には深海魚の水族館がある』という情報でした。師匠、水族館と魚市場はフットワークが軽いのです。「行くぞ」「はいっ」「沼津深海水族館」です。ちなみに私はシーラカンスが大好きです。3歳か4歳の頃、私が愛読していたのは「こども百科」の「人体」と、魚類図鑑と植物図鑑だったようです。4歳の頃から児童図書館で本を借りていた私ですが、「人体」と「魚類」はかなりピンポイントだったようで、かなり読み込んでいた記憶があります。まあ、その頃から魚類と人体は好きだったっていうことですね。そこで見たシーラカンスの絵はショッキングでした。普通のサカナとはあきらかに構造が違うし、目が大きいし、生きた化石って一体なんだ?みたいな。長じて、マダガスカルの深海で泳ぐシーラカンスの映像を観た時は感動で倒れるかと思いました。話を元に戻しますが、沼津のここには、シーラカンスの冷凍標本があるのです。シーラカンスに行き着く前に、珍しい蛸とか、見たこともないくらい大きいタカアシガニとか、深海魚好きにはたまらないお魚さん達がたくさんいるのですが、冷凍のシーラカンスの標本の前に立った時は感動のあまり鼻血が出るかと思いました。
冷凍シーラカンス。 深海と言えば、以前半蔵さんから国立博物館で開催された「深海展」も行きましたっけ。NHKがダイオウイカが泳ぐ姿を撮影したというあの映像です。あれはコーフンしましたね。水族館ネタですと、伊勢に受講生の結婚式に呼ばれてで行った際(師匠と寛幸実行委員と行った)、鳥羽の水族館にも行きました。(何だか水族館ばかり行ってる気がしますが)ここは規模が大きく、展示数も多く「ああ、満足した」という感じです。近場の「真珠島」にも行ったような。寛幸実行委員と遊覧船にも乗ったっけ。そして「海女さんショー」も見たような記憶があります。なお、私はエビが大好きなのですが、伊勢では、エビフライが開きになっていてびっくりしました。最初「巨大なエビフライだな」と思ったのですが、巨大というか、開きになっているから大きいんですね。この時ほどエビをたらふく食べたことはなかったような。。。今現在、なかなか旅行にも行けませんが、早く水族館巡りをしたいものです。 -
海とサカナ(3)
世の中、たまに人のマウント取るのが好きな人っていますよね。数ヶ月前、私は正体を隠して(笑)あるところに行っていたのですが、そこで知り合った女性が何だか人のマウントを取りたがる人で、私が何かの拍子に「ギョギョ」と言ったら「あ~ら、ギョギョ、なんて久しぶりに聞いたわ~」というので、「昨日も『ギョギョッとサカナスター』でサカナ君が言ってたけど?????」と、言い返してやりました(大人げない)。この方、黙りました。三浦先生と私の共通点の1つに「サカナが好きである」というところがあります。師匠、博多時代魚売りの行商のおじさんの手伝いをしていたとか、小さい頃は水産関係の仕事も考えていたそうです(操体の臨床家になって下さってよかったですね)。松岡正剛先生のイベントが博多であった時、丁度三浦先生も福岡で同窓会があり、一緒に博多に行ったことがあります(相談役新部さんと出会ったのもこの時です)。松岡先生と三浦先生のツーショットを撮ったことを良く覚えています。それはさておき、福岡の郊外に「マリンワールド海の中道」という水族館があります。福岡に行った際はかなりの頻度でここに行くのですが、大水槽のサメっぽいサカナが凄いんです。なんだかグレーっぽい大きいのがわらわらっといて、他の水族館の大水槽とはちょっと違った迫力があります。しばらく行ってないので、また行きたいなあと。もう一つ。仕事で何度か師匠と大阪に行きましたが、その度に、私が大阪の兄いと呼んでいる(今は松山在住)A兄が、天保山の「海遊館」に連れて行ってくれました。一度は「夜の水族館」にも行きましたが、水族館好きにとっては「夜の水族館」って夢じゃないですか。こちらはご存知の通り、ジンベイザメがいます。大水槽も華やかです。確か高級魚のクエがたくさん泳いでいたのを思い出しました。 -
海(2)
私は品川区戸越で生まれました。2歳まで戸越にいて、当時は大井町線にのって二子玉のグラウンドによく行っていたそうです。この頃から三茶近辺に縁があったのかと思うと何だか笑えます。2歳で越したのが千葉市の団地で、8歳の時、同じ千葉市内の幕張に引っ越しました。この団地は、園生貝塚の近くにあり、貝殻と赤い土器を拾ったのを覚えています。また、山を切り崩して作った団地なので、沼がありました。父がよく沼まで散歩に連れて行ってくれたのと沼でザリガニを釣ったことを思い出します。数年前東京国際仏教塾のイベントで近くに行きましたが、当時の面影はあまりなく、団地ってこんなに小さかったっけ?みたいな。。この時、千葉市の埋め立て側は新築ラッシュで、小学校がバンバン建てられ、うちのような核家族がどんどん引っ越してきて、毎日転校生が入ってくるような、そんなところでした。今でこそ幕張メッセとかすごい建物が建っていますが、当時は海浜幕張どころか、幕張本郷の駅もなく、電車に乗るにはバスで津田沼まで出なければならなかったのでした。そして、勿論幕張メッセなどはまだ存在せず、現在の国道14号線のすぐ横が海岸線だったのです。学校も埋め立て地の上に立っていたので、校庭を掘り返すと面白い石が沢山出てきました。また、体育と言っても確かまだ体育館ができていなかった記憶があり、体育の時間に海岸に行ったりしました。そして、丁度羽田から飛び立ったり降りたりする飛行機の航路の真下だったので、海と飛行機を毎日見ていました。海の側に住んでいるという実感はあまりなかったのですが、海はいつも側にあったんだなと思います。今は西葛西ですが、距離的には幕張から50キロ東京に移動しただけで、やっぱり海の側です。側と言っても、歩くと30分かかりますが、バスや車ならあっという間に臨海公園です。 -
海と思い出(1)
友松さん、1週間ありがとうございました。今日から1週間、畠山裕美が担当致します。今回のテーマ「海」ですが、こちらも私の発案になります。わたくし、元々先祖代々?海系の人間です。日焼けが嫌いで泳ぎがヘタクソなくせに、断然海が好きです。畠山家(気仙沼)の先祖は、元々廻船問屋をやっていたんですが、明治のチリ津波で全部失い、その後畠山家はサラリーマンとなった・・・んだそうです。実際は役所とか電電公社(当時)が多かったですけどね。親戚も船乗りとか魚市場とか農林水産省の水産とか、海関係が殆どです。いや待てよ。私の場合、海が好きというよりも、船と魚が好きなのか??ちなみに、手塚治虫先生の「トリトン」(アニメでは「海のトリトン」でしたが、原作は「青いトリトン」は、子供の頃かなり夢中になって観てましたっけ。。。さて。実行委員ブログですが、元々私が「ISIS編集学校」で「編集工学」を勉強していたり(岡村実行委員も編集学校「守」を卒門していますし、実はフォー0ラムの相談役は、編集工学研究所やISIS編集学校関係であったりもします)、またこれは昔の話で今はいない人ですが、例えば日本語が全くなってない実行委員がいたりしたので、文章の練習を兼ねて始めました。なお、私は最近でも「これは文法的におかしい」とか「敬語が間違ってる」と、指摘するので嫌がる人もいるかと思いますが、それはご容赦下さい。まず、インターネットメディアは、普通というか、原稿用紙に書いたりするのとは、若干違います。原稿用紙や本は、文頭を一文字下げますが、ブログなどでは、読みにくいので文頭を一文字下げる代わりに、改行します。最近では、パソコンよりもスマホで読む人の方が多いので、より短文が読みやすいと言われますし、二行から三行改行する場合もあります。私とて、全く改行のない文章がずらずらっと連なっていたら、読む気が失せるので、改行には気をつけています。あれ?海の話じゃなくなりましたが、明日もよろしくお願いします。 -
治癒7 再生するものとしないもの。
人間の臓器の中には、再生するものとしないものがあります。
これって不思議ですよね。
なんで再生するものとしないものがあるんだろう。
この辺りの差はなんなんだろう。
とか、不思議ですよね。
このことを考えていると、映画「Repo」を必ず思い出します。
近未来、再生医療が進化して、人はどこか悪くなっても人工臓器に取り換え可能。しかし、お金が払えないと、臓器を強制的に削除される(合法的に抹殺される)という世界の話です。この合法的抹殺を行うのが「レポ・マン」、映画のタイトルにもなっています。
パリス・ヒルトンや、サラ・ブライトマンが出ています。私は確かこの映画、映画館で観た記憶がありますが、好きな映画です。
橋本敬三先生がおっしゃっていたように、治癒と治癒に至らない、の差は「治癒するまでに至らず、肉体が追いつかなかった」のかな、とも思います。
1週間ありがとうございました。
明日からは、強靱な?治癒力の持ち主、三浦寛先生が担当します。

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かさぶた(治癒6)
5月、鉄のドアに小指を挟みました。
切れたというか、押しつぶされたような血豆が破れました。
最近のばんそうこうは「モイストヒーリング」というのがあります。
子供の頃、どこか切ったりすると、まずは消毒して絆創膏、みたいな感じでした。
従来の傷のケアは「ドライヒーリング」と言って、
傷→空気に触れた体液(滲出液)と、血液が乾いてかさぶたになる
かさぶたの下に新しい皮膚ができる、という順番。
モイストヒーリングは、傷口をぴったりふさぐ。滲出液が出て、治りを早める
みたいな感じです。
この絆創膏は高いのですが、水仕事をしてもお風呂に入っても剥がれません。
この二つの一番の違いは「乾かしてかさぶたを作るか」「かさぶたを作らないか」ということなのだそうです。
そういえば、かさぶたって、かゆくなりますよね。
で、剥がしたくなりますよね。
何で剥がしたくなるんだろう?って思ったことはありませんか?
あれをはがしちゃうと、また血が出て治りがおそくなるのに。。
あるドクターによると「それは、そこにかさぶたがあるからだ」なんだそうです。

猫が、新聞や座布団の上に乗るのも「そこに、新聞があるから」なんだって。座布団がお気に入りのまーちゃん(真魚)。 -
治癒を導くもの(治癒5)
たまに、第三分析、皮膚へのアプローチ「渦状波®」をみて、「気功ですか」と言われることがあります。
以前からありますが、最近でもかなり言われます。
気功と渦状波の一番のおおきな違いは「触れないか・触れているか」ですが、最近では「触れない操体臨床」(言葉の誘導のみ、あるいは言葉の誘導もなしとか)もあるので、なおさらかもしれません。
私自身はこの違いをかなり明確に捉えています(両方使い分けるからです)。
しかし、結局は「治癒への道案内」になるわけで、そのプロセスが少しばかり違うだけなんです。

「きもちいい」ちびちゃん。
ちなみに、猫がゴロゴロ言うのは、未だによくわかっていないそうなんですが、あの「ゴロゴロ」という音には「癒し」の効果があると言われています。
具合の悪い猫がゴロゴロ言うことがあるそうですが、セルフケアしているのではとも言われています。
そして、これは本当に不思議ですが、飼い主さんが風邪を引いたり調子が悪かったりすると、横に来てくれたりします。
因みに、飼い主が寝坊とかで寝ている場合は、猫さんたちは容赦なく「起きろ!ご飯くれ」とアタックしてきます。
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治験(治癒4)
これは余談になりますが、先日、私のクライアントの方が、ジェネリック薬品の治験に参加して「結構稼いだ」という話を聞きました。
しばらくして、私も治験関係のモニターに登録してみましたが、すぐに連絡がありました。
「コロナワクチン(モデルナ)二回打った方対象」というヤツです。
私は職域接種でモデルナを二回打っていて、3回目はまだです。
ダメ元で応募してみたら「来て下さい」と言われました。
こういう時、易でも立てればいいんでしょうが、立てる前に師匠に聞いてみました。
「先生、どうですかね」
「息診したけど、やめとけ。(詳細は略)」
と言われました(汗)。
「お金は貰えるけど、やめとけ」
というわけで、今回はお断りすることにしました(汗)。
その後「膝が痛い方向けのサプリの治験」というのがありましたが、私はBMI(ボディマス指数)が少なくて(やせてるってことです)対応外でした。

息診は、当たるのだよ。。 -
治癒と言えば(治癒3)
以前にもどこかで書いた記憶があるのですが、「治癒」という言葉を聞くと、思い出す映画があります。
「マイノリティ・レポート」というトム・クルーズ主演のSF映画です。
映画自体は
「殺人犯になると予言された男が、近未来世界で決死の逃避行を繰り広げるSFサスペンス!」なのですが、タイトルの「マイノリティ・レポート」とは、治らないと診断されていたがんや重病の患者が、奇蹟的に快癒するという現象をどうとらえるか、という話しになります。
マイノリティ・レポートとは「ごく少数の報告例」と理解していいでしょう。
つまり、治るはずがないような重度の病気の患者が快癒するようなことは、本来あり得ないので、仮にそのようなことが起こった場合は「マイノリティ・レポート」として。医学的な報告書や症例集からは除外されるのです。
平たく言えば「そんなことあるわけないから、除外」という話です。
しかし「マイノリティ・レポート」という言葉があること自体が「あるわけないことがある」ことを示しているのです。
そうなってくると、その「ありえない治癒」は、どうやって起こるのだろうと考えます。
これを年に一度か二度は考えてみるのですが、何だかよくわからない「ちから」が働いたとしか思えません。そしてそれは、怪しいものとかではなく「治癒力」の「すげぇやつ」なのではと思っています。
どうも、操体はそういうところにも関わっているような気がしています。
