カテゴリー: 畠山裕美(はたけやまひろみ)

  • 裏表(初日)

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    ” data-en-clipboard=”true”>松潤だからそれはなし?それはないだろう!と脳内格闘している今日この頃です。
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    私が「裏表」ということを意識したのは、社会人になってからのことでした。
     
    ちなみに私は中学から大学まで一貫教育の女子校で過ごしたんです。
     
    女子校のいいところというのをある女子校出身の作家の方が言っていましたが、
    「男の顔色をうかがわない」ということがあります。
     
    また、男子がいない分と言ってはなんですが。その分たくましく?育ちます。
    起業する女性は女子校が多いと聞いた事があります。
     
    高校に進級した時、中学は共学で過ごして入ってきた生徒も半分くらいいましたが、
    中学を共学で過ごした生徒達は、私から見ても「男子の目を意識しすぎである」という感じがしました。
     
    ちなみに女子校だと、私の頃は教室にクーラーなんかありませんので、夏は皆ブルマーはいて、スカートをめくり上げて涼んでいたものです(笑)
     
    というわけで「男子の目を気にしない」で育ったもので、世の中に「ぶりっこ」という人種がいると知った時は驚愕しました。
     
    職場で、上司や男性社員の前では「ぶりっこ」し、それ以外では、タバコ吸いながら
    「あいつ、イヤだよね〜」とか。。。
     
    私なんぞは、刈り上げとか「敢えて男受けしないヘアスタイル」とかファッションをしていたくらいですから(笑)。
     
    おお、これが『裏表ある』ってことな! と思ったものです。
     
    しかしながら、世の中の男性諸氏は、この「女子の裏表」には簡単に欺されるということは、今まで生きてきてよくわかりました。
     
     
    昨年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で、主人公の北条義時が、三人目の妻を娶る際、三人目の妻、菊地凛子演ずる「のえ」の「表」に欺されるシーンがあります。
     
    義時は仲間の御家人、八田殿にのえさんを紹介したところ、八田殿は「裏表のないおなごだ」というのです。八田殿も欺されたというわけです。
     
    この時は「そうなんだよね、こうやってだまされるんだよね」と頷く私でした。
     
    私の界隈にも、たまに「おばちゃんだけどぶりっこ」とかいますが、おじちゃんも結構コロッと欺されたりします。
     
     
    ほんと、女子校育ちは若い頃に「男の顔色をうかがう」「ぶりっこ」をしてこなかったので、どうにもこれができないのです(できなくてもいいけど)。
     
    今までこれでかなりソンをしてきたかなとも思うのですが、
    「ソンかトクか」「正しいか正しくないか」よりも「自分がやっていて、快か不快か」で自分の人生を選択するのが「操体っぽい」と思うので、それでいいな、と思っています。
     

    武士の鑑@畠山重忠着用の衣装。
     
    2023年度操体法東京研究会定例講習、4月に開講いたします。
     
     
     
  • ヤマ(7)

    ちなみに、山というテーマを提示しておきながら、自分自身は殆ど山には行かず(行っても車中から)、またキャンプもしたことがないという、アウトドアとは全く無縁の私です。
     
    ちなみに「なんでサギ師とか怪しい人を『山師』っていうんだろう」と思ったので調べてみました。
     
    1. 鉱脈の発見・鑑定や鉱石の採掘事業を行う人。
    2. 山林の買付けや伐採を請け負う人。
    3. 投機的な事業で大もうけをねらう人。投機師。
    4. 詐欺師。いかさま師。
     
    のような意味があるそうです。
    特に、1と3、どちらも「一攫千金」的。なのでサギ師やイカサマ師という意味になったのでしょう。
     
    もう一つ、日本には本当に「山師」と呼ばれた人達がいたそうです。
     
    やまし【山師】
    15世紀末から16世紀にかけて生まれた鉱山業者。金山師の略称。山主,山元ともいった。鉱業の練達者で,おもに採鉱経営の請負主にあたる。金子(かなこ),大工,手子,桶(おけ)大工,樋引(といびき),山留,鍛冶などの多くの採鉱労働者を支配し,坑内と選鉱場・精錬場や資材・食糧・製品の仕入れ・運搬の事務をとる勘定場など,鉱山のいっさいを管掌していた。その報酬は直山,請山など鉱山の領有形態によって差があった。その家業は多く世襲されていた。
     
    出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 
     
    もう一つ。
     
    山師
    やまし
    山仕とも書き,山主,山元ともいう。 16世紀から現れ,江戸時代に広く存在した鉱山業者。金子,大工,手工,樋大工,鍛冶などの鉱山労働者を率いて主として採鉱部門にあたったが,選鉱,製錬を兼営する者もある。中期以降は,請山として鉱山の全経営を請負う者が多い。転じて投機家,詐欺師をもいう。
     
    出典 ブリタニカ国際大百科事典
     
    そして松岡正剛先生の本などにもたまに登場する、日本の山の民(山窩)。1960年代に消えたと言われています。
     
     
    サンカ(山窩)は、日本にかつて存在したとされる放浪民の集団である。本州の山地に住んでいたとされる。定義については後述のように激しく論争されてきた。呼称は日本の警察による便宜上のものであり、差別用語としても使われる。
    生活形態
     
    定住することなく狩猟採集によって生活する。箕を生産することでも知られ、交易のために村々を訪れることもあった。職業の区別もあり[1]「ポン」と呼ばれるサンカは川漁、副業的な位置として竹細工などをしていた。また「ミナオシ」「テンバ」と呼ばれるサンカは箕、かたわらささら、箒の製造、行商、修繕を主な収入源としていたとされる。
     
    私的所有権を理解していなかったため、日本人の村人からは、物を盗んだ、勝手に土地に侵入したとして批難されることも多かった。拠点(天幕、急ごしらえの小屋、自然の洞窟、古代の墳遺跡、寺等の軒先など)[2]を回遊し生活しており、人別帳や戸籍に登録されないことが多かった。
     
    サンカは明治期には全国で約20万人、昭和に入っても終戦直後に約1万人ほどいたと推定されているが、実際にはサンカの人口が正確に調べられたことはなく、以上の数値は推計に過ぎない。
     
    日本語を使用するが、一部の単語では独特なサンカ語を使用する。
     
    イメージとしては、ジプシーに近いのでしょうか。
     
    そして、「キングダム」に登場する山の民の女王、楊 端和(よう たんわ)。「キングダム」では、山の民を統べるカリスマ女王として描かれています(映画パート1では長澤まさみが演じた)。
    山の民というのは、驚異的な身体能力を持っていて、めちゃくちゃ強いんですよね。。。
    こちらの山の民は、漂泊の民というよりも、高所に住む特殊能力を持つ民族、という感じですね。
     
    七日目は、山、から想起した民族について思いを馳せてみました。
     
    あ!そういえば「山男」「山姥」も何か書こうと思ったのですが、これはまた別の機会に。
     
    1週間ありがとうございました。
     
    明日からは三浦寛先生の担当です。
     
    2022年秋季東京操体フォーラムは11月23日ハイブリッド開催致します。
     

     
     
  • 南会津の山(6)

    山と言えば、数年前まで毎年開催され、我々も参加していた「伝統療法カンファレンス」。
     
    開催場所は、南会津の「会津アストリアホテル」。
    冬場はスキーで人が大勢集まるところです。
    夏は色々なイベントで人を集めているのです。
     
    スキーというかスノボは、主催団体の一つである「筋整流法(腱引き)」。
    筋整流法の小口先生、色々ありがとうございました。
     
    最初は小さなレンタカー、次は電車でしたが、参加者が増えるに従って、ワゴンを借りて10人体制で行くようになりました。
    そして九州博多の新部健太郎相談役も易者さんとして参加。
     
    考えてみると、スキーもしなきゃキャンプにも行かない私なので、山に行くといったら、南会津しかないわけですよ。
     
    三茶で借りたレンタカーに乗って、南会津まで実行委員某氏の安全運転でのんびり行って、温泉入ってイベントで足趾の操法やって、会津の美味しいものを食べ、あれは私にとっての夏休みでした。
     
    また、筋整流法の皆さんとの交流も非常になりました。
    芸風は違えど、互いに「プロ」として、受けたり施術したり。
    他の治療法を受ける機会ってあまりないですよね。
    そう言う点においても非常に勉強になりました。
     
    なによりも「合宿的」な面があったので、それも良い効果があったと思います。
     
    会津高原尾瀬口という駅があり、そのあたりから山に上がっていきます。
    途中で、サンショウウオの黒焼きを三浦先生が買いだめし、のちに松岡正剛先生にプレゼント?していたのも
    なんだか懐かしい話ですが、本当に美しいところでした。
     
    またこういう機会があるといいですね。

    会津アストリアホテル。日本じゃないみたいですね
     
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  • 富士山(5)

    三浦先生に聞いたことがあるのですが、橋本敬三先生から「一度は富士山に登れ」と言われたことがあるのだそうです。
     
    富士山で思い出すのが「徐福伝説」です。
    中国は秦の時代。始皇帝の命により、不老不死の仙薬を求め、日本にやってきたとされる人物)
     
    続神代文字考 橋本敬三 より
     
    一九六二、一二、(医家芸術)(仙台市・開業ー内科・神経科)
     
     
    「徐福 秦の始皇帝の命を受け(BC二一九)日本に不老不死の霊薬を求めて数百人の童男童女を引きつれて渡来したが、富士山麓に住みつき、富士古文書を書き紀州に墓もある。
     
    その後も秦族はたびたび集団渡来帰化しているが、これがみなユダヤ人であるという。
     
    橋本敬三先生が「富士山には一度は」とおっしゃったのは、もしかすると徐福伝説?と思ったりします。
     
    私自身は、新幹線から三島辺りで「おお、富士山だ」と、写真を撮り、銭湯で富士山の絵を見るくらいです。
     

    駒の湯さんのフロントの富士山

     
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  • 須弥山とかシャンバラとか(4)

    ヒマラヤ山脈からアンモナイトの化石が見つかったという話があります。

     
    ヒマラヤは大昔、海だったということです。
     
    どれだけ地盤が動いたのだ!っていう感じですよね。
     
     
    須弥山(しゅみせん)
    古代インドの世界観の中で中心にそびえる聖なるであり、この世界軸としての聖山はバラモン教仏教ジャイナ教ヒンドゥー教にも共有されている。(ウィキペディアより)
     
    この須弥山は、ヒマラヤ山脈だと言われています。
     
    あれだけ高いと、神仏が住んでいるとこなんだろうと思ったりするでしょう。
     
    シャンバラ(多分ヒマラヤにある地下都市。一種のユートピア)の伝説
    も、面白い。
     
    須弥山はスメールとも言われますが、スメールというと、シュメール、メソポタミア文明を想像してしまいます。
    現在、スメールとシュメールの関係性は明確になっていないそうですが、何だか関係はありそうですね。
     
    また、日本の「スメラミコト」(天皇のみを指す尊称)も、実はシュメールから来ている説(はまると大変な古代文明)もあるそうです。
     
    こう言う話って、なんだか引き込まれますよね。
     
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  • 金時山の金時娘(3)

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    金太郎由来の金時山です。
     
    めちゃくちゃ疲れて、へとへとになった記憶があり、金時茶屋の金時娘はほぼおばちゃん(今はどうだか知りません)でした。
     
    下りはみんなスイスイ降りていきましたが、その後「山登りは登りよりも下りのほうが膝に来る」ということを身をもって知りました。
     
    思い起こすと、私の登山経験って、これくらいしかありません。
     
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  • やま(2)

    私の母方の実家は、気仙沼駅の二つ先の上鹿折(かみししおり)という所にありました。
    昔は大船渡線の駅でしたが、震災後不通になり、大船渡線のバス路線駅となっています。
     
    東京の品川戸越で生まれ、2歳から8歳までは、千葉市のいわゆる団地で育った私にとって、この上鹿折の母の実家は、異次元空間でした。今は新しい家が建っていますが、私が幼い頃は、茅葺き屋根の大きな家でした。
    (母方の実家は、江戸時代は庄屋的なところだったそうです)
     
    そして、家の周囲は山でした。
    茅葺きの家で、五右衛門風呂があって、トイレ(と言うか厠)は外にありました。
     
    お風呂の電気は蛍光灯ではなく、電球でした。
    トイレは当然ながら水洗ではありませんし、薄暗い電球です。
    夜、風呂やトイレに行く時に、空を眺めると、気分は「まんが日本むかし話」でした。
    勿論電信柱などないので、月明かりみたいな感じで山が見えます。
    はっきり言ってかなり怖かった記憶があります。

    私がホンモノのタヌキを見たのは、東北道のSAと、三茶です。
     
     
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  • やま(1)

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    こんにちは。畠山裕美です。1週間よろしくお願い致します。
    今回のテーマですが、瀧澤さんと「次回のテーマはどうしようか」「海の次は・・」「山?」のように、流れに任せて?設定しました。
     
    三浦先生には「海の次はって」って、多少呆れられましたがまあご愛敬。
     
    私にとっては、山というのは「森」というか「木が茂っているところ」「里山」が思い浮かびます。
    人が踏み入ることができる高いところ、くらいでしょうか。
     
    操体発祥の地、仙台は「杜の都」と言われています。これは仙台市の雅称及び愛称です。
    これを調べてみると、1909年(明治42年)に、公文書に「森の都」というのがみられるそうです。その後1916年(大正5年)に「杜の都」という記載がみられ、昭和になってから「杜の都」と、呼称を統一したそうです。
     
    子供の頃は、毎年夏休みに宮城の気仙沼の両親の実家に帰省したものですが、当時はまだ東北新幹線は通っていなかったので、東北線の特急で、仙台の先、一ノ関まで行くわけです。7時間くらいかかった気がします。
    一ノ関からは、大船渡線で、気仙沼まで行きます。一ノ関というのは、海岸線から離れており、比較的山側にあります。
    そこから、海に向かってくねくね走っているのが大船渡線です。
     
    2011年の震災で、バスに変わったり、色々変化がありましたが、私が「ヤマ」というと思い出すのは、この大船渡線から見える山だったんです。
     

     
    2022年秋季東京操体フォーラムは11月23日ハイブリッド開催致します。
  • 易には海は登場しない(7)

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    易は8つの象徴の組み合わせと、陰陽からなる6つの爻の組み合わせを基本に読みときますが、8つの象徴は「乾兌離震巽坎艮坤」(けんだりしんそんかんごんこん)といって「天沢火雷風水山地」のことを指します。
     
    また、易経を読んでいてもわかるのですが、易の発祥の地には、海がなかったので、「海」という象徴が登場しないのです。
     
    「水」と「沢」はあるのにね。
     
    そこから欽明14年(西暦553年)に、易は中国から日本に伝来してから、日本国内で独自の発達を遂げて現在に至ります。もともと易は極めて自由(型は必要ですが、マスターすれば型から離れることもできます。操体もそうですね)なものなので、海に囲まれた日本でも柔軟に対応できたのかもしれません。
     
    橋本敬三先生は「日本は大陸の吹きだまりで、いろいろなものが大陸からふきよせられてくる」と書いていらっしゃいます(からだの設計にミスはない)
    大陸の吹きだまりになって、色々なものが集まったのも、日本の地理的な条件ですが、そこには海の存在も欠かせないことがわかります。
     
     
    1週間ありがとうございました。
     
    明日からは三浦寛先生の担当です。
     

    イスタンブール。
     
  • 海に落ちる(6)

    松島(仙台)で撮った写真。

    気仙沼ネタが続きますが、私が子供の頃(高校1年くらいまで)は、夏休みは1週間くらい気仙沼で過ごしていました。

    パターンとしては、お盆の1週間位前から母と私と妹の三人で先に気仙沼に行き、父が仕事を終えて追ってやってくる。
    朝は早起きして、何故か私はいつも父と魚市場に行って(伯父が勤めていたので普通に入っていた)サカナを見るのが日課でした。
     
    大島の海水浴場に行くと、端っこの潮だまりにウニとか転がっています。
    伯父達はサカナ関係者なので、ウニをとってナイフで開けて、食べられるようにしてくれました。
    これ、浜で食べると密漁になるんだそうですが、海の中なら大丈夫なんだそうで、子ども達は海の中で立ったまま、むいたばかりのウニを塩水につけて食べていました。
    こういうウニを子供の頃に食べちゃうとねえ(笑)
     
    そういえば、数年前、○天で「気仙沼のむいてあるけど活きているウニ」というのみつけて買ったことがあります。
    ウニってそのままだと内臓とかくっついているんですが(食べるのは卵巣です)、このウニは、卵巣だけ残ってすぐ食べられるんですが、活きて動いてました。
    一体どうなってるんでしょう。。ナゾです。
     
    そして、親戚と一緒に、近くの川(ほぼ海)に釣りに行くわけですが、何故か私はよく川に落ちていました。
    溺れたりするわけではないのですが、足を滑らせて落ちるのです。
    それも、かなりの頻度で落ちていました。
     
    今思うと、何かに引っ張られていたのではと思います。
    海に引きずり込まれなくて良かった。。
     
    また、潮だまりにもよく落ちていました(ナゾ)。
    落ちると言っても、浅瀬ですから、気がつくと尻もちをついているとかそんな程度なんですけどね。
     
    未だにナゾです。