カテゴリー: 瀧澤 一寛(たきさわ かずひろ)

  • 関わり合いの中で

    香さん、一週間ありがとうございます。     

    今日は岩手から東京入りしている瀧澤です。

    今週一週間よろしくお願い致します。

     

    昨年末は割と暖冬が続いておりましたが、

    今年に入ってからは全国的にすっかり雪模様。

    雪が降って喜んでいる地域がある一方、雪が降って

    困っている地域もあります。ニュースに目をやれば、

    眉をひそめたり、胸が痛むようなものもあれば、

    嬉しくなったりほほえましくなったりするものもあり

    ます。

     

    僕達の心は天候や世間事、身の回りの人間関係など、

    外界の様々な影響を常に受け続けています。

    相手が自然であれ、人間であれ、情報であれ自分以外

    と関わりを持てば、そこには感情や想いといったもの

    が生まれます。

    「不安」、「怒り」、「焦り」、「憂鬱」、「嫌悪感」、

    「排除したい」などといったネガティブなものから、

    「安心」、「喜び」、「信頼」、「愛しい」、「共有したい」

    などといったポジティブなものまで。

     

    ネガティブ色が強くなれば「色んな事に振り回されな

    がら生きている」と溜息が出そうですが、ポジティブ

    色が強くなれば「他者との共感の中で生きている」、

    「身の回りの事象に自分を重ねて想いを馳せることが

    出来る」と素敵なことのように聞こえてきます。

     

    結局は何かの影響を受けていることに変わりはないの

    ですが、ネガティブに受け取るか、ポジティブに受け

    取るかで自分を取り巻く世の中の見え方が180度

    変わってきます。

     

    「ネガティブなものは受け取りたくない」と思うこと、

    これは当然だと思います。

    誰だって嫌な気分にはなりたくない。出来ればずっと

    良い気分でいたい。僕もそうです。

    けれども交流を遮断して一生ネガティブシェルターに

    引き籠るわけにはいきませんし、ポジティブ全開では

    疲れそうです。

     

    ネガティブな感情や想いと上手に付き合うことは

    「ネガティブなエネルギーから身を守ること」にも

    繋がってきます。

    引いては健康にも繋がってくるのですから、

    今一度向き合う価値があると思います。

     

    2016年春季東京操体フォーラム  4月29日(金)昭和の日 開催決定

    詳細は東京操体フォーラムHPをご覧ください

  • 陰陽~その7~

    「現象」を語るうえで欠かせない目に見えない世界。

    これはちっとも怪しい世界ではございません。どちらかと

    いえば妖しい世界(笑)

     

    操体において「妖しい世界」の気づきの助けとなるのが、

    橋本哲学の最重要項目でもある「救いと報い」。

     

    普段「私は救われているわ」って実感することってあまりないように

    思います。「私ってラッキー!」くらいならあるかもしれません。

    私自身も自分が救われているなんて操体を学ぶ前には感じたことはあり

    ません。どちらかというと「良くも悪くも自分次第」って考えでした。

    「救い」がなくて「報い」の中で生きていた感じです。

     

    でもそうすると段々しんどくなってきません?

     

    「救われている自分」がいるのに、それに気づかず「独り相撲」を取っ

    ているかのような状態に陥ってしまいます。

     

    学びの段階で「救いと報い」の受け取り方も変化してきていますが、今は

    「救われている自分」に気づくことで「自己責任」とか「自力自療」とい

    ったことが可能になると思っています。

     

    以前は「自己責任」や「自力自療」を通して「救われている自分」に気づけ

    るようになると思っていましたが、どうも逆のようです。

    あくまで私の解釈です(笑)

     

    「陰陽」が「太極」から生まれてくるように、「報い」という「現象世界」も

    「救い」という目に見えない世界から生まれます。

     

    つまり、言葉はあれですけども「頑張ったからたどり着ける境地」ではなくて

    「もともとあったものに気づく」っていうか、「委ねることができる」ってい

    うか「ジタバタしなくてもいい」っていうか、そういう在り方を設定すること

    で「自分の想像を超えたところから何か知らんけど」みたいに受け取ることが

    できるというのが「妖しい世界」の学びだと思います。

     

    自分自身がネガティブに陥らないような在り方や、見えない世界と向き合う在

    り方はこういった操体の学びや、その学びを支える師弟関係によってさらに充実

    してくると思いますが、ここから先の続きは是非操体フォーラムで(笑)

     

    一週間お付き合いありがとうございました。

     

    明日からは「韻」と「踊」を操る寺本実行委員です。お愉しみに!

     

    2015年冬季東京操体フォーラム 12月5日(土)6日(日)二日間開催決定

    詳細は東京操体フォーラムHPをご覧下さい

  • 陰陽~その6~

    誤解を恐れずに言えば「陰陽論」とは「現象論」であると

    解釈できると思います。

     

    「陰陽」の対立、依存、消長、転化の作用によってそこに波動

    が生まれ、結果「現象」という形で、我々は「陰陽」のはたらきを

    目にすることができる。

     

    現象からのメッセージを受け取り、現象へアプローチする。

     

    「陰陽」という二つの分極の恩恵を受けることで現象的臨床が

    可能になります。

     

    さらに進んで、「『陰陽』が何によって生み出されているのか」という

    視点に立てば、「未だ分極されていない状態」=「太極」というところに

    行きつきます。

     

    ここまでくると初めはなかなか腑に落ちない。

    「宇宙の始まりはいつ?」っていう質問並みです(笑)

     

    専門学校の教科書にも『易経』の『繋辞伝』を引用して

    「易に太極あり、これ両儀を生ず、両儀は…」とは記載されてはいますが

    当時はチンプンカンプン。

    両儀とは陰、陽のこと

     

    「陰陽」を理解するうえで大切なのが「陰陽」の生みの親に気づくことです。

    「陰陽」が生み出す「現象」は目に見える世界であり、「陰陽」が未だ分かれ

    ていない状態の「太極」は「現象化」されない目に見えない世界です。

    「現象」が成立するのは、それ以前の目に見えない世界の成立あってこそなの

    です。

     

    つまり現象的臨床が通せるのは目に見えない世界のお陰ってことです。

    さらに凄いのは、目に見えない世界に気づくと現象に現れていなくても

    目に見えない世界に直接アクセスできちゃうってことですよ。

     

    今季の東京操体フォーラムでは三皮も四皮もツルツルにむけちゃうような

    講義が盛りだくさんですよ(笑)

     

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  • 陰陽~その5~

    「陰陽」というと東洋医学の専売特許のような

    感じもありますが、操体にも「陰陽」はあります。

     

    東洋医学(特に中医学)のように弁証論治といって

    細かく証を立てて、それに基づいて治療法を決定したり、

    この人は「陽性」、この人は「陰性」というような診方

    をするわけではありません(もしかしたら個人的なバックボーンで

    そういう診方をされる先生もいらっしゃるかもしれません)。

     

    どちらかというと方法として「陰陽」を用いるのではなく

    「からだ」との向き合い方の中に「陰陽」が含まれている

    といった方がよいかもしれません。

     

    「変化を変化として受け取る」

     

    これが操体の「診断」だと思っています。

     

    操体には操者がクライアントに直接問う「問診」、

    操者が主体となって形態的変化を観察する「触診」、「視診」、

    クライアントの「からだ」に問う「動診(感覚分析)」、「極性のききわけ」、

    そして空間を介して触れずに問う「息診」があります。

     

    これらの「診断法」を適宜用いて、目の前の「からだ」が

    見せてくれている「現象」をまるごと受け取ります。

     

    「陰陽」のはたらきは相互に対立、依存、消長、転化し、常に

    変化する「現象」を作り出します。ということは「陰陽」の

    はたらきのお陰で診断・治療が可能になるとも言えます。

     

    鍼灸治療を行っていた時とは違った角度から、

    今一度「陰陽」を捉え直すと、治療の「やり方」の前の

    自分自身の「あり方」が一皮も二皮もむけてくるような

    そんな感じがします。

     

    まだまだこれからですけどね。

     

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  • 陰陽~その4~

    臨床も一定のパターンに当てはまってくれれば

    面白いように効果があらわれます。でも、そうそう

    上手くいかないのが世の常。

     

    パターン化できない場合や、「どうもここは当てはまるんだけど

    ここは当てはまらないなあ」といった辻褄があわない場合もあります。

     

    そういう時にベテランの先生や、治療の上手な先生に診てもらうと

    「ああ、確かにこの人は『陰』に傾いているけれど、時間の経過と

    ともに『陽』の状態も混ざってくるね」とか、

    「体質は『陽』だけど、今出ている症状は『陰証』だね」とかとか。

     

    パターン化に慣れてしまうと「決めつけ」に陥りがちです。

    そうするとちょっとしたサインを見逃してしまったり、都合のいい

    いいように解釈して、思うような結果が出ないはめになります。

    結局はどんな治療論も治療法も使う人次第ということになって

    しまいますが。

     

    臨床を続けていくうちにそんなことに気づかされながら、ちょっと

    飛んで現在。

     

    今は鍼灸治療はせず、操体を学びながら、操体で臨床を通している身

    ですが、改めて「陰陽」と向き合ってみると「はっ」と気づくことが

    あります。

     

    「『陰陽』のはたらきってお互いに対立したり、依存しあったり、片一方が

    増えれば片一方が減ったり、時に『陰』から『陽』へ、時に『陽』から『陰』

    へ変わったりするんでしょ?それじゃあ一時も同じ状態なんてないじゃない。

    人の『からだ』を診るときも、今目の前で起きている現象をまるごと変化と

    して受け取ったらいいじゃない。」

     

    当時「陰陽」の理論の面白さに気づいたときはこんな感じで受け取っていた

    のに、いつの間にか結果を追いかけて見えなくなっていたんですね。

     

    治療の上手な先生は知識や経験はもちろんですが、「目の前の現象を

    着色せずに見ていた」のかもしれません。

     

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  • 陰陽~その3~

    暗記した知識に頼って闇雲に治療しても今一つ。

    たま~のまぐれ当たりはあるにせよ、まぐれはまぐれ。

    「陰陽」の理論の面白さには気づいたのにそれが

    治療に活かされない。

     

    「何故だ?何故なんだ?」

     

    「はい、それは完全に『診断』が抜け落ちているからですよ。」

     

    そうなんです。理論を分かっているっていうのは大前提なんですが

    それを的確に治療に応用するためには目の前の「からだ」が

    どんな状態になっているのか把握するための「診断」が必要なんです。

     

    「そんなの当たり前じゃん」と思うなかれ、この「診断」が抜け落ちて

    いるケースがけっこうあります。専門学校を出ていてもですよ。

     

    「『望・聞・問・切』あっ、教科書に出てたっ!」って

    「おいっ!」と総ツッコみが飛んできそうですが、実際に

    その人の表情や所作を見たり、声を聴いたり、臭いを嗅いだり、

    現病歴や既往歴、生活習慣を聞き出したり、実際に触れて緊張部位や

    力のない感じを確認してっていうのは現場でなければなかなか体得でき

    ない。まあ、自分の場合は完全にそうでした。

     

    周りの治療の上手な先生の「診断」を目の当たりにして

    「なんで、そんなことがわかるの?」と思うこともしばしば。

     

    とまどいながらも、そんなこんなで頭の中の「陰陽」の理論が

    現実の目の前の「からだ」に重なっていくと、少しずつ証立て(診立て)

    が出来るようになっていきました(この間結構長いです(笑))。

     

    そうするとまた次の課題がやってきます。

    「陰陽」、「虚実」、「寒熱」、「表裏」といった区別の仕方や、どの

    「臓腑」に問題があるのかといったことは体表への現れ方や質問の

    受け答えなどである程度パターン化されているのですが、そのパターン

    に当てはまらない場合や、辻褄が合わない場合はどうしたらいいの?

    ということでした。

     

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  • 陰陽~その2~

    丸暗記勉強法で試験は乗り越えましたが

    実際に現場でクライアントの「からだ」を診て

    「ふむふむ、陰陽五行論からすると」なんて

    弁証論治に至るのはまだまだ先の話。

     

    バラバラだった暗記項目を理論の中でつなぎ合わせて

    なおかつ、理論を実際に使える状態にもっていく為には

    やはり実地経験が必要でした。(なんでもそうですね)

     

    時間をかけて単語が理論の中で繋がってくると

    少しずつ「陰陽」に対して面白みを感じるようになってきました。

     

    「『陰陽』ってそれぞれの枠に事物をおさめて終わりに

    するんじゃなくてそれが絶え間なく変化するのか」とか、

    「人の『からだ』も陽的なはたらきが強まる時間帯があれば陰的な

    はたらきが強まる時間帯もあるのか」とか、

    「陽が強くなって陽に傾くケースがあれば、陰が弱まって相対的に

    陽に傾くケースもあるのか」とかとか。

     

    「陰陽」の対立、依存、消長、転化のはたらきが繋がってくると

    なんとなく「東洋思想では人も自然界も含めた世の中の出来事は

    『陰陽』のはたらきによるものなのね」とイメージ出来るように

    なってきました。

     

    しかし、それがイメージ出来てきても「治療の際にどのように活かせば

    よいのか」が今一つで結局「取りあえず、暗記したツボ(経穴)に鍼や

    お灸をしよう」とか「『陰陽』は置いておいて凝っているところを取穴

    しよう」といった具合に臨床がスタート。

     

    いくら三年間学校に通っていても丸暗記の勉強じゃ、多少人の

    「からだ」に触れることは出来ても(一応、筋骨格の知識は頭に

    入っているので)、目の前の「からだ」が「陰」に傾いているのか、

    「陽」に傾いているのか、はたまた相対的に見て「陰陽」のバランスが

    どんなふうになっているのかまでは分かりません。

     

    いきあたりばったりの治療に「こりゃいかん」と痛感していました。

     

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  • 陰陽~その1~

    香さん、一週間爽やかな風をありがとうございました。

    今週は瀧澤がお送り致します。

     

    鍼灸マッサージの専門学校に通い始めの頃。

    東洋医学概論」の授業で耳にした「陰陽論」。

     

    それまでなんとなく「陰」的なイメージと「陽」的なイメージが

    湧く程度だった私が初めて詳しく「陰陽」に触れた瞬間でした。

     

    この「陰陽論」と「五行論」を組み合わせた「陰陽五行論」が

    東洋医学の根幹を成す思想、哲学だということを知ったのも

    その時です。

    (日下実行委員が詳しく書いてくださっていましたね)

     

    ただ残念ながら在学中はひたすら丸暗記の勉強法でしたので、

    「陰」に当てはまるものは「昼」、「夏」、「南」、「熱」…

    「陽」に当てはまるものは「夜」、「冬」、「北」、「寒」…

    といった具合に、対になる事物を書き出しては覚えるスタイル。

     

    少し進んで

    「手足にそれぞれ三陰、三陽がある?ええと、手の太陰肺経でしょ、

    手の陽明大腸経でしょ、足の陽明胃経でしょ、それから…」

    という感じですからね。

     

    これじゃ、思想、哲学どころじゃない(笑)

     

    「陰陽」が万物に通じていたり、全ての現象に繋がっている

    なんて、本当に気づき出したのはもっと後になってからのことです。

     

    「陰陽」の相互のはたらきである「対立」、「依存」、「消長」、「転化」

    でさえ名称丸暗記ですから、

     

    問1. 次の中から陰陽の特徴ではないものを一つ選びなさい

    1.対立 2.依存 3.固定 4.転化

     

    「3.固定だ!」と答えられても、中身はけっこう怪しいものでした。

     

    まあ、暗記したおかげで試験に合格して資格が取れたのですから

    それはそれで良しなんですけどね(笑)

     

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  • ゆがみ~その7~

    日、海の日に開催されました「操体マンダラ」にて

    三浦先生から色紙をいただきました。

     

    今年で四年目になりますが、毎回いただく色紙には

    その時、その時で自分自身にとって必要だなと思える言葉が

    やってきます。

     

    しかも今回は事前に色紙に名前を入れず、誰にどの色紙が

    届くのか分からない状態でしたので、本当に言葉がやってくる

    といった感じでした。

     

    今回色紙には

    イソップ物語の北風と太陽を思い出す。

    あえて不快をとほさなくても快をとおせばよい。

    快は太陽、光である」

    とつづられていました。

     

    操体を学んでいるならば、ニヤリとするような

    改めて噛みしめるような、もっと奥があるのではないか

    と思わせるような言葉です。

     

    臨床を通していると、からだがききわけてくるのは

    快適感覚ばかりではないことが分かります。

     

    快とも不快ともつかないような予備感覚。

    または、痛みやしびれ感、重さやだるさといった

    快適感覚とはベクトルを異にするような感覚。

     

    こういった感覚を含めてからだは原始感覚として

    ききわけてきます。

     

    このような不快ともとれるような感覚が

    どのように変化していくのかを

    見守るのも操者の役目だと感じています。

     

    あえて刺激を与えず、あえて不快を与えず、

    しかし、からだがききわけてきた様々な感覚(不快な

    感じも含めて)を変化として受け止めて、優しく

    からだを見守る。それこそイソップの太陽のように。

     

    「歪んでるから(こそ、それで)助かってるんだ!!」

    そして、

    「快、不快をききわけられるからこそ、

    不快も変化するからこそ助かっているんだ!!」

     

    どこまでいってもからだのもつ自力自療作用の

    前では手も足も出ません。

     

    「臨床は一発勝負じゃないよ(by三浦先生)」

     

    だから、真摯にからだと向き合い続けるのです。

     

    一週間ありがとうございます。

    明日からは、目に見える世界と目に見えない世界を行き来

    する寺本実行委員です。お愉しみに!

  • ゆがみ~その6~

    「感覚主体で臨床が通せる」

     

    操体を学んで分かったことです。

    分かったというより、からだを通して納得したと

    いったところでしょうか。

     

    言葉にはっきりできないけど、たった今この瞬間からだ

    で感じていること。その中にからだが整うための道筋がある。

     

    「感覚」というとあいまいで、客観性に欠けると

    感じるかも知れませんが、理路整然で1+1=2と

    なるような「思考」の世界にはない感動があります。

     

    背中を伸ばして

    肩の高さを揃えて

    足の長さを揃えて

    骨盤のズレを正して…etc.

     

    筋骨格系を意識して、筋肉を伸ばして、縮めて、

    関節を矯正して…「歪み」と向き合う。

     

    そういった世界とは別に

    もしも、「感覚」を通して、「きもちよさ」を通して

    「からだ」を通して、「皮膚内臓系」を通して、

    「呼吸」を通して「無意識」を通して…

    言葉にならない次元から「歪み」にアプローチできたなら。

     

    私はそういった臨床を通していきたいと思います。

     

    からだを介して人に何かしらの影響を与える仕事を

    通すのであれば、自分のからだを通して納得したものを

    通していきたいと思います。

     

    ふと、手元にやってきた本の中にこんなことが

    書かれていました。

     

    あの世でも続けたい仕事 (PHP文庫)

    あの世でも続けたい仕事 (PHP文庫)

     

     

    ゲーテの言葉だそうですが

    「自分の中にあふれるものがなければ、

    人を感動させることはできない」

    というもの。

     

    三浦先生も「日々、自分に感動しているか」と問いかけて

    くださいます。

     

    からだを通して自分自身が感動することで変化する。

    そういったものでからだがあふれている時、人は

    元気になるんじゃないかなと思っています。

     

    お互いが元気になる臨床が操体なんですね。