カテゴリー: 瀧澤 一寛(たきさわ かずひろ)

  • 感覚=表現~あらわれてくる「からだ」~⑥

     

     

     

    共に生きている生命を感じられるから、

     

     

    生かされている環境の空間を感じられるから、

     

     

    からだは「からだ」、といただける。

     

     

    巻き込みながら、巻き込まれている「からだ」。

     

    「からだ」からのメッセージには、

     

     

    その「からだ」がききわけていること(もと)も入っている。

     

     

     

    「からだ」にとって自然なことは、

     

     

    いつだって「からだ」が教えてくれている。

     

     

     

    理屈では、

     

     

    言葉のおもて側から眺めているだけで、

     

     

    分かったような、分からないようなことも、

     

     

     

     

    (からだ主語)

     

     

     

     

    その言葉の憶にふれることは、

     

     

    メッセージを感じ取ること。

     

     

    感じ取れるのは、循環の「ながれ」。

     

     

     

    気づくと、「からだ」に必要な吸気は入ってくる。

     

     

     

    「感覚=表現」であらあれてくる「からだ」は、

     

     

    共に生かされながら生きる生き方そのもの。

     

     

     

  • 感覚=表現~あらわれてくる「からだ」~⑤

     

     

     

    「感覚=表現」であらわれてくる「からだ」は、

     

     

    うらとおもてが重なる「うつわ」。

     

     

     

    目に見えるところも、

     

     

    目には見えないところも、

     

     

    それぞれに適って、立ち上がる。

     

     

     

    吸気と共に立ち上がる。

     

     

     

    意識関与だけだと、

     

     

    目に見える範囲が基準になるけど、

     

     

     

     

    (からだ主語)

     

     

     

     

    「感覚=表現」であらわれてくる「からだ」は、

     

     

    目には見えないところにも、意識を向けさせてくれる。

     

     

    それは意識関与で使う意識とは違っていて、

     

     

    「からだ」からいただく感覚意識。

     

     

     

    「うつわ」には、

     

     

    「からだ」がききわけていて、

     

     

    目には見えないことで満ちている。

     

     

     

    目には見えない基準にふれて感じている。

     

     

     

    体液がふるえるほどの感動を感覚し、

     

     

    感謝になって循環している。

     

     

     

  • 感覚=表現~あらわれてくる「からだ」~④

     

     

     

    手順を追って、正確に操っても、

     

     

    手本を真似て、上手に操っても、

     

     

    「感覚=表現」にはならない。

     

     

     

    「感覚=表現」は

     

     

    意識関与とは、もっとも遠いところにあるから。

     

     

     

    習慣的に身につけた無意識と、

     

     

    「からだ」の無意識は違うってコトも、

     

     

    「感覚=表現」であらわれてくる「からだ」は教えてくれる。

     

     

     

     

    (からだ主語)

     

     

     

     

    その意識関与を手放したとき、

     

     

    あらわれた「からだ」は吸気をとおして教えてくれる。

     

     

     

    ここに、

     

     

     

    ここに、

     

     

     

    ここに立つ。

     

     

     

  • 感覚=表現~あらわれてくる「からだ」~③

     

     

     

    意識するから、感じられる。

     

     

    感じているから、意識になる。

     

     

    あべこべのようなことも、

     

     

    「からだ」がききわけているから、「からだ」にききわけられる。

     

     

     

     

    (からだ主語)

     

     

     

     

    感じようとしていないのに、

     

     

    意識しようとしていないのに、

     

     

    気づいたら表現している「からだ」はあって、

     

     

    そんなときは、

     

     

    「からだ」がききわけている、ということだけになって、

     

     

    「わたし」はおいてけぼり。

     

     

     

     

    なんてことはなく、

     

     

    ちゃんと「うごき」と「ながれ」にのっかっている。

     

     

    「からだ」と重なって、消えているだけだから。

     

     

     

  • 感覚=表現~あらわれてくる「からだ」~②

     

     

     

    呼吸は「感覚=表現」。

     

     

     

    吸気は表現そのもの。

     

     

     

     

    (からだ主語)

     

     

     

     

    吸気が「からだ」に入り、吸気が「からだ」から抜ける。

     

     

     

    吸気が空間から抜けて、吸気が空間に入る。

     

     

     

    空間と「からだ」。

     

     

    あっちとこっち。

     

     

    吸気で一致。

     

     

     

    そこにないもの。

     

     

    それは、私。

     

     

     

    もし、「わたし」が入る余地があるのなら、

     

     

    それは、「吸気をいただいている」と、

     

     

    感覚意識で感謝が生まれたとき。

     

     

     

  • 感覚=表現~あらわれてくる「からだ」~①

     

     

     

    岡村さん、「からだ」は届きました。

     

     

    感謝の「からだ」と(瀧澤)です。

     

     

    ひきつづき「からだ」とのお付き合いよろしくお願い致します。

     

     

     

    テーマ「うらおもて」

     

     

     

    ウソかホントかやってみて

     

     

    やってみたからいただいた

     

     

    うらもおもても「からだ」でひとつ

     

     

     

     

    (からだ主語)

     

     

     

     

    解放されて、自由なのが「からだ」だから、

     

     

    私(人間)の支配下にはおいておけない。

     

     

    「からだ」は生命そのものだから。

     

     

     

    どんなに意識関与でコントロールしても、

     

     

    コントロールするだけではヒズミが生じてくる。

     

     

    コントロールすることはヒズミそのものだから。

     

     

     

    それだと、「からだ」はあらわれてこない。

     

     

     

    「感覚=表現」

     

     

     

    「からだ」は、感じることであらわれてくる。

     

     

     

    コントロールしようとしている私(人間)に、

     

     

    感覚をとおして、何が自然で、何が不自然かを教えてくれるのが、

     

     

    生命そのものの「からだ」なんだから。

     

     

     

  • 空気が伝えてくれる⑦

    人間は、

    動物にもなれる。

    植物にもなれる。

    細かな粒子になって、宇宙にもなれる。

    なったら、
    また戻ってくればいい。

    トイレで出して、布団で眠る。

    地球で生かされている軸があるんだから。

    そんなふうに感じられる空気がある。

    それをいただいているからだがある。

    一週間有難うございました。
    明日からは寺本さんです。
    よろしくお願いします。

     

  • 空気が伝えてくれる⑥

    木々の間から光が射している。

    木々の間から風がとおり抜ける。

    メッセージとして受け取れるからだがある。

    光や風の素をいただいている。

    その瞬間はそれだけでいい。

    空気とからだのリズム。

    そう、「息」の循環だったね。

     

  • 空気が伝えてくれる⑤

    平地では、虫の声が足下から届いてくる。

    山道を上がっていくと、鳥の声が頭上から届いてくる。

    時折風が吹くと、葉と葉が重なる音だけになる瞬間が訪れる。

    それは音というより、山のリズムのようにも感じられるんだ。

    空気が伝えてくれる山のリズムに触れている。

     

  • 空気が伝えてくれる④

    すっと、しゃがんだら、
    ツンと、鼻の奥に届いたよ。

    ひんやりと湿った空気の匂い。

    足下に広がる生命の匂い。

    共に生きていることを再確認する。

    空気を吸い込む「息」は、生命をいただいている。