カテゴリー: 寺本 雅一(てらもと まさかず)

  • 私のズッコケ操体クロニクル~ついつい余計なお節介 実技編~

    座学で教えていただいたことを興味をもった友人知人に熱弁するとともに、

    実技を習うようになってからは、学んだことを試したくなりました。

     

    最初は家族から始まり、自分の周りでからだの不調を訴える人がいれば、

    隙あらばからだに触れる機会としてアタックしていた時期があります。

    (今思えば実験台にされた方々は、大変迷惑だったろうと思います。。。)

     

    ビギナーズラックで喜んでいただいたようなこともあれば、

    変化を感じなかった人、「(おそらく気を使って)なんとなく変わったような・・・」、という感想をくださる方など、様々でした。

     

    そんなことをしながら、徐々にあることに気が付くようになりました。

    それは不調を訴えている方が、私にからだを診てもらうことを望んでいるかどうか、をすっ飛ばしていたことでした。

     

    勿論、最低限のおことわりは済ませての被験者スカウトでした。「こんなことを学んでいて、もしよかったら少し診させてくれませんか」というような一言は踏まえていました。でも、そもそものところで、その方の本心はどうだったのか、と、今思えば恥ずかしくなります。

     

    そして、これはもっと後になってから、少しずつ理解し始めたことですが、

    「本人の要求」ももちろん重要。

    それに加えて、その本人の「からだの要求」があるのか、ないのか。

    これがまたとても大事なんですね。

    2重の余計なお節介を、だいぶしてしまっていたのではないかと思います。

  • 私のズッコケ操体クロニクル~鵜呑み全開の時期~

    得体のしれない「操体」の門を叩き、

    前知識ゼロで臨んだ操体法東京研究会の講習を体験し

    それまで味わったことのない、「学ぶ」という空間そのもののように感じた当時の私。

     

    思えば昔から、何かをストイックに習うとか

    師事するということに憧れを感じていた部分もあって、

    そういう学びのイメージがぴたりと重なるようでした。

     

    前回の秋季のフォーラムのテーマが「操体法クロニクルズ」だったので、

    過去のノートをあさっていたところ、この第一回目の講習のノートが発掘されました。

    頁をめくると、当時感じていたことが蘇るようで、

    「あぁ、こういうことがききたかったんだよな」という思いで

    講習を受けていたことを思い出しました。

     

    それまで、自分のからだのことについて、どうやって使ったらいいのかなど

    わからないわからないと思いつづけてきたことの答えのようなものを教えてもらっていること。

    また、はっきりと意識することはなかったけれど、漠然と希求し、本当は学びたがっていた、「生命」についての哲学に触れられていることが無性に嬉しく、

    教えていただいている言葉のひとつひとつが

    スッとしみこんでいくような学びの感触がありました。

     

    それがあまりにもすんなり自分の中に入って来るもので、

    当時の私は自分が聞きたかったことが学べているという充実感もあり、

    嬉しさのあまり、私が「操体」という不思議な学問を学んでいるということに

    興味を持ってくれた人には、どんなことを学んでいるのか熱弁していたことを思い出します。。

     

    しかし、これも今思えばとても恥ずかしい思い出で、当時の私はただただ教えてもらったことを鵜呑みにしていただけだったのでした。

    操体にとって、もっとも重要なポイント「自分でやってみて、どうなの」というところがすっぽりと抜けていて、自分が知りたかったことを学べているという充足感にただただ満足していただけなのでした。

     

  • 私のズッコケ操体クロニクル~操体を知り、門を叩くまで~

    前日のブログでからだと私の関係性というものを振り返ってみましたが、

    運動神経に対しての苦手意識から、自分のからだのことには興味はあるけれども

    どうやって近づけばいいかわからないという年月を過ごしてきたように思います。

     

    そんなからだとの関係性と本腰を入れて向き合ってみようかと思い始めていた頃、

    ヒカシューの巻上公一さんと出会いました。

    この出会いが、自身で感じていた長年の課題の糸口となりました。

     

    このことは以前にもブログに書いたことがありますので端折りますが、こんな悶々としていた時期に、ホーメイの故郷トゥバ共和国のツアーを企画し、ナビゲートしてくださっていた巻上さんの旅に同行する機会をいただきました。

     

    初めての海外経験の最中、間近で巻上さんの舞台や立ち振る舞いを拝見していて、

    今思い返せば、「この人だったら何か知っているんじゃないか」と感じたからだと思います。相談してみたところ、予感は的中。そこで初めて「操体(法)」の名前を知ることになります。巻上さんは武術も師事されている方ですが、この時「操体法」を紹介してくださったんですね。でも、紹介してもらっておいて、その頃の自分はすぐには飛びつきませんでした。興味はあるけど、それからも数年は自分なりに色々試す期間が続きます。

     

    今振り返ればこれで良かったのではないかと思います。

    自分なりにやってみて、転がってみて、それでもしっくりこない、間に合わないという経験をしてから、いよいよ蓋を開ける気持ちになり、あらためて巻上さんの操体の師匠を紹介していただきました。それが三浦先生でした。

     

  • 私のズッコケ操体クロニクル~操体以前のからだと私~

    瀧澤さん一週間のズッコケクロニクルありがとうございました。

    本日からは寺本が担当します。

    テーマは引き続き、「私のズッコケ操体クロニクル」です。

    宜しくお願い致します。

     

    思い返してみれば、操体ビフォアー時代は

    からだを使うことに関して、とことん苦手意識の強かった私。

     

    中学校時代は何となくバスケ部に入部。

    ただただシュート練習をするのは大好き。

    でもドリブルの仕方がよく分からず、

    試合も自分が出場するよりは応援する方が好きな私は

    ガード(PG)というポジションを与えていただきながらも、

    逆に縮こまってしまい、結局2年生になり退部。

    (今、「ガード」について考えるてみるととても興味深いのですが、

    その当時はそんなことを考えることもできず、ツラかった、、)

    捻挫含め、怪我も良くしていました。

     

    高校では同じような思いはしたくないと、

    運動部からは遠い軽音楽部に入部。

    (しかし、これも振り返れば、楽器を持ってからだをどう使うか

    ということはよくわからないなあと感じていたことを思い出し、

    何か様になっている友人の姿を見てはなんだかなあと感じながら

    ランディVの逆Vをがむしゃらにかき鳴らしていた高校生の私)

     

    大学では御縁で探検部に入部。

    山登りやラフティング(川下り)に精を出しました。

    先輩に引っ張ってもらっていろいろな経験をすることができましたが、

    運動神経を要求されることはやはり苦手だなあと思っていた私。

    ラフティングの大会に出るために週末、荒川や多摩川に通って合宿するのは

    楽しかったけど、やっぱり苦手意識の中でやっていたことを思い出します。

    この時代はすべて「勢い」だけで物事をこなしていた時期。

    がむしゃらに自分の思い描いた計画を遂行していくという中で、

    計画の甘さも、多少の無茶もすべて若さが吸収してくれていたのではと思います。

     

    大学を卒業後、福祉の仕事をしながら民族音楽の世界に足を踏み入れますが、

    並行してこれも御縁で芝居を届ける少数精鋭部隊に混ぜていただくこととなります。

    この時期にまたからだを使うことへのわからなさ、苦手意識にぶつかっていました。

    それを抱えたまま無我夢中に手探りで活動を展開していたことを思い出します。

     

    その頃から、無理無茶をしたことが後日にも残るようになり、

    今から10年以上前ですが、周囲におすすめの施術があれば頻繁に受けに行ったり、

    タイ古式マッサージなんかも好きで良く行っていました。

     

    間に合わなさ、を身をもってひしひしと感じていた時期です。

  • 便利な世の中

    「便利な世の中」とはどんな世の中だろうか。

    ここ数日そんなことを考えている。

     

    今まで自分でやっていたことを、別の存在に変わってやってもらえる。

    それは昔からそのように分業化され、専門家されてきたことではあるが、

    その「存在」の比重がヒトから機械にシフトしているのは感じる。

     

    その結果ヒトにはできなかったことができるようになった。

    同時にヒトが当たり前のようにできていたことが、できなくもなった。

     

    便利な世の中で、利器に頼ることと自分でやることのそのいい塩梅は、正直なところ個々人のセンス次第という感じだと思う。できれば自分なりの納得のいくやり方を工夫していけたらと思う。

     

    今回テーマになっている「般若身経」は「自分でやる」ということの第一歩だと思う。

    自分のからだのことに関して、誰かに頼ることもできるし、自分でできることもある。

    その自分でできることのひとつとして、うってつけのものだ。

     

    このテーマについての執筆はまだバトンを渡しながら続きますが、「般若身経」に興味を抱いた方は、是非門を叩いてみて下さい。初学の人向けに歴史をたどりながら、学習できる基礎講習なども始まっています。

     

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    それでは一週間のお付き合いありがとうございました。

    明日から友松実行委員にバトンタッチします。どうぞおたのしみに。

  • 「すること」と「しないこと」のバランス

    からだという現象物体には、その構造(つくり)を動かすにあたっての原理原則がある。その法則を身体運動の法則と呼び、この理を自分事として、また自身のからだを通して学習していく。その時に足掛かりになるのが、操体でいうところの「般若身経」である。

     

    般若身経を体感・学習することで、それまで、意識してこなかったからだの使い方、動かし方にスポットがあたり、敢えてからだにとってその理に適った使い方、動かし方をするという習慣が生まれる。

     

    「敢えて、する」という事を繰り返すことは、その裏側で「敢えて、しない」ということの素養が育まれることではないかと思う。

     

    意識的にしなくなることもあれば、学習の過程でほとんど無意識に選択肢のなかから消えていたということもある。

     

    敢えて「すること」と「しないこと」。

    この両面について、からだを通してのバランスとして体感していくことができることも「般若身経」の大切な副産物だと思う。

  • 雑巾の絞り方

    からだの使い方を指導する上で、「手は小指、足は親指」という考え方がある。

     

    これは橋本敬三先生の時代の般若身経の根幹にあった基本原則で、創始者の言葉をそのまま引用させてもらえば、「運動の根本は体の中心(腰)に重心を安定させてやることである。そのためには、上肢では手の小指側に、下肢では足の親指側に、力を入れるように動くとよい。」となる。

     

    腰を要としたからだの使い方のコツのひとつであり、「手は小指、足は親指」は「~道」や「~術」、「芸」に関わる日本の文化の中には、ほぼ暗黙の了解事とされている、一種の秘伝のようなものだと思う。

     

    般若身経にももちろんこの基本原則が浸透しているが、このことを日常動作のなかで分かりやすく理解してもらうときによく出て来るのが、「雑巾の絞り方」だ。

    絞り方ひとつで、そのひとのからだの使い方が理に適っているか、否かをおおまかに判定することができる。「手は親指」になっている人の絞り方は一目瞭然である。

     

    からだの使い方を学習する前、雑巾の絞り方を無意識に手の親指側に力が入るように絞っている方は結構多い。

    先日、般若身経を学習し始めて数ヶ月の方に、再び雑巾を絞る型をみせてもらうことがあった。この方も一番最初は「手は親指」の絞り方に当てはまるタイプだった。

     

    本人も指導を受けてから色々試行錯誤されている様子が、絞り方から伝わってくるし、細かいところではなく、もっと全体的な何かが変化しているようなものを感じた。それまで、手だけで絞ろうとしていたものが、からだ全体の出来事に変わりつつある感じ、とでも言ったらいいだろうか。

    般若身経が雑巾の絞り方にも宿りはじめているような、そういうことを感じさせてくれる、大変興味深い経験となった。

     

     

  • 手入れをして、感じられること

    以前から不思議に思っていることがある。

    この場をお借りしても度々言葉にしてみていることでもあるが、例えば身近なもの、何でもいい。

     

    その対象に対して、「手をかける(手間をかける)」ということをしたとする。

    すると、その前と後とで、感じられるものが変化していることに気が付かないだろうか。そんなことは当たり前でしょ、と思う人も多いだろうけれど、これが不思議で仕方がない。

    僅かかもしれないけれども、何とも言葉にならない変化が起こることが、自分にとっては無性に興味深く面白い。

     

    実際に行動を起こす前に、そのような結果を想像しようとしてみても、毎回たどり着くことはできない。感覚は本来、想像するものではないのではないかと思う。

    私は昔から根が面倒くさがりなので、操体から教えてもらっている「実際にやってみなければ、味わえない」ということを毎度のこと思い知らされている。

     

    「手」というのは、良い関わり方も、良くない関わり方も担うことができる魔法のツールだ。

    手間をかける、手入れをするという時の「手」は、その行為を通じて何かを宿らせるような気がする。宿った何かは、説明しようとすると、「何となく」としか言いようのないものが多い。けれど、確かに何かが変化したと思える類のものでもあると思う。

     

    今回のテーマ「般若身経」は、からだにとって「手入れ」のようなものでもある。

    色々な側面が在って、自身のからだに対して、手間をかける営みにも繋がっているというのは面白い。

    からだから感じられる「何となく」の変化が、無性にいとおしく感じられてくることがあったりする。そんなことも、やってみて初めて感じられることである。

  • 型として身につけなおす

    「般若身経」は操体の臨床家、または実践者にとってみると、一種の「型」のようなものでもある。

     

    シンプルかつ効果的な内容であるがゆえに、身につけるより早く、学んでいる事を「応用」してみたくなることも多いけれど、「般若身経」を「型」として学習している間はこれはご法度である。

     

    理由はいくつかあるけれど、まず挙げるとすれば、自分で「できた」と思っていても、実際は「できていない」ことが多いからだろう。わかる人の目に晒されながら、本当に身につくまでの我慢は必要だ。

     

    しかし、「般若身経」を説明する時に、この「身につける」という言葉を使うのも、よく考えてみると不思議な言いようのようにも思えて来る。

     

    「からだの使い方、動かし方のルール」を学ぶということは、そもそもからだに備わっているものに目を向けるということでもある。からだにとってみれば「身につける」までもなく、「身についていた」はずのもの。

     

    誰が身につけなおしているのか、よくよく感じながら学習を味わうことも大事だと思う。

  • 宿題

    今はもう懐かしささえ感じられるわら半紙1枚に「般若身経」とタイトルのついた図入りの資料を私も1枚持っている。

     

    橋本敬三先生は当時自身の学問してきたことのエキスをこのビラ1枚に集約させ、配布していたのだと聞く。そこには、身体運動のことのみならず、「生き方の自然法則」として呼吸、飲食、精神活動のことに及ぶことまで要点が描かれている。

     

    (興味のある方は、「生体の歪みを正す」の「般若身経(健康の自然法則)」をご参照ください) 

    生体の歪みを正す 橋本敬三論想集

    生体の歪みを正す 橋本敬三論想集

    • 作者:橋本敬三
    • 発売日: 2015/03/26
    • メディア: Kindle版
     

     

    運動系の歪みを正すという「治療」行為だけにとどまらず、歪みの起こる原因、

    そこに橋本先生が目を向けている様子が浮んで来る。

     

    このビラを通して、目の前にいない人の生き方にも何かを投げかける事をしていたのかと、橋本先生の壮大な臨床観を感じさせてくれる。

     

    「般若身経」は橋本先生から渡された提出無期限の宿題のようだ。

    でも、「やるやらねえはテメエの勝手」という委ね方であることが、猶の事、響くものが在る。