カテゴリー: 寺本 雅一(てらもと まさかず)

  • から だから かさなる4

    からだからのメッセージは

    からだがききわけているメッセージ。

     

    「考える」というのは、「感じる」のだいぶあとに遅れてやってくる気がする。

     

    感じていることを、ことばに表現する。

    感じていることについて、考える。

    感じていることを、あじわう。

    感じていることに、ゆだねる。

     

    感じている。

     

    だんだんシンプルになってくると、

    かさなってくる。

     

    からだがききわけている。

  • から だから かさなる3

    からだからのメッセージは

    からだがききわけているメッセージ。

     

    からだがききわけているメッセージってどんなもの?

     

    からだから伝わってくるメッセージは

    わかりやすいものもあればわかりにくいものもある。

     

    感覚を通してつたわってくるもの。

    いたみ、違和感、重さ、軽さ、快、不快。

     

    わかりやすいもの以外のことも

    メッセージとしてうけとっている。

     

    味付けのない素の感覚。

    水のあじわいのような感覚が

    からだがききわけている何かにはあるのではないだろうか。

  • から だから かさなる2

    からだからのメッセージは

    からだがききわけているメッセージ。

     

    植物を眺めていたり、葉や幹に触れたり、

    木陰でのんびりしてみたり。

    こうしていると、落ち着くのはなぜだろう。

     

    植物の生きているスガタは、

    空間からみえない何かをききわけている

    素直な姿。

     

    からだがききわけている何かを思い出させてくれる。

    植物のスガタに、からだのうごきがかさなる。

    身近で不思議な存在。

  • から だから かさなる

    からだがききわけているメッセージは

    感覚を通じてからだにききわけることができる。

     

    メッセージを素直にうけとることができたら、いうことはない。

    それがなかなかかんたんなことではないから、わたしたちは迷い、探す。

    しかし、探しても見つからないのが、また深い。

     

    からっぽなままに、ただただ受けとることができたら、

    きっと素直なからだにかさなっている。

    かさなっているときにひびいている感覚とは、いったいどんなものだろうか。

  • から だから

    瀧澤さん一週間のメッセージ、ありがとうございました。

    本日より、寺本がテーマ「からだからのメッセージ」を引き継いで担当します。

    よろしくお願い致します。

     

    からだかからのメッセージは、

    からだがききわけているメッセージ。

     

    わたしたちを包んでいるこの空間。

    目にはみえない「情報」がみちているらしい。

    からだはこの情報をききわけながら、素直に重なっている。

     

    わたしたちは

    からだがききわけているメッセージを

    からだから教えてもらっている。

     

    ことばによらず、

    感覚を介して伝わってくるものがある。

     

    からだからの情報はこのようにいつも届いているけれど、

    素直にうけとることができているかは、また別の話。

  • まるごと操体⑦

    何事もなく穏やかに生活が営まれている。

    普段、「普通」だと感じていることが、実はヒトの意識の及ばない生命活動の重なり合いによってささえられ、実現している。

     

    操体はこういったからだにとっての「普通」であることに、新たな切り口をもって学ぶことのできる学問なのではないかと思う。

    学ぶことで、ささいなきっかけから意識は変化していく。

     

    からだがききわけていることを、からだにききわける。

    からだが学習していることを、からだを介して学習する。

     

    何事もなく普通であることを味わい、ゆだね、満たされる。

     

    まるごと呼吸。

    まるごと内臓。

    まるごと皮膚。

    まるごと感覚。

    まるごと宇宙。

     

    まるごと操体。

     

    今日も宇宙のなかで生きている。

     

    今週も一週間ありがとうございました。

    明日から友松実行委員のまるごと操体が始まります。

    よろしくお願いします。

     

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  • まるごと操体⑥

    からだからのメッセージは様々あるが、

    日々身近なものとして感じられるものに、

    おなか(内臓)から受け取っている感覚が挙げられるだろう。

     

    空腹感、満腹感、お腹の重さ、軽さ、腹痛、おなかが緩い感じ、何故か分からないけどおなかが鳴っているとき、床について内臓が活動をしているのを感じるとき

     

    挙げていくと「食」に関するものが多く感じられるけれど、

    おなか(内臓)は「食」に関する場だけではないだろう。

     

    呼吸も受け取り、動き(うごき)も受け取り、精神活動も受け取り、

    空間の情報も受け取っている。

    故に、「食」以外の機会でこの内臓感覚を介したメッセージを受け取るのも面白い。

     

    息食動想 環は見えないつながりがあり、重なっている。

    重なりあっているメッセージ。

     

    まるごと操体。

     

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  • まるごと操体⑤

    以前も本ブログのリレーテーマで「健康」について取り上げられたことがある。

    この「健康」というものはわかっているようで、よくわかっていないものだ。

     

    わたしにとっての健康

    からだにとっての健康

     

    それぞれのことばからイメージする健康観はどのようなものだろうか。

     

    生活を営むなかで、身心の健康な状態というのは気付かぬうちにほどよく実現されている。

     

    わたしにとっての当たり前と

    からだにとってのあたりまえは

    どのようなものに感じられるだろうか。

     

    この間にギャップがある場合、からだにとってのあたりまえに寄与

    するためにできることはなんだろうか。

     

    まずは私にとっての当たり前をいったん置いておいて、

    からだにとってのあたりまえを知ろうとすること。

     

    ここに

    からだがおしえてくれていることがある。

    身近にひびいているメッセージがある。

     

    まるごと操体。

     

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  • まるごと操体④

    からだが当たり前のように生命活動を営んでくれているお蔭で

    わたしたちは普段の日常生活を当たり前に過ごすことができている。

     

    この当たり前が、当たり前でなくなった時に、

    自身のからだの不調や病気、健康のことなどについて感じ、考え始める。

     

    当たり前が維持されているというのは、実はとても有難い現象だ。

    そして、その当たり前の基準をどのように捉えているかに、

    その人の健康観が現れてくる。

     

    健康維持増進学がみえてくる。

    まるごと操体。

     

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  • まるごと操体③

    日常生活のなかの「当たり前」。

    その当たり前のなかに、ヒトがいきるヒントがつまっている。

    そういうことに気付き、学ぶことができるのも操体。

     

    操体では特別な道具を使うことはほとんどないと言っていい。

    (もちろん工夫次第で、道具はいかようにも用いることは可能だ)

    からだという身近な存在を介してひろがる世界。

     

    当たり前と思っていた「からだ」の営みのひとつひとつが、

    非常に特別なこととして感じられてくる。

    からだと出会う。

     

    それだけで豊かであると感じさせてくれる。

    まるごと操体。

     

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