カテゴリー: 三浦 寛(みうら ひろし)

  • 可能なレベルになる

    最少エネルギーで最大の効果を発揮するような、生体のバランス制御を考える。

    それが一体何なのか。

    そこが目の付け所である。

     

    操体法はまず最初に「楽」を生体のバランス制御に定めた。

    しかし「楽」ではその制御が十分でないことを理解し、

    後々橋本先生は「快」に改めた。

     

    「快」に改めてはみたが、十分な体系化はされてはこなかった。

    現在はその制御は体系化され、

    「快」の時元を超えた生体のバランス制御に着手し、

    それが可能なレベルに達してきている。

     

    f:id:tokyo_sotai:20180929230420j:plain

     

  • 光を当てる

    学ぶということは日々の事始めである。

    そのことはじめに何を目につけたのかによって、

    入ってくる情報(知識)も変わり可能性も大きく変化する。

    変化していくことに新たな可能性が生まれてくる。

    その可能性も自分のいのちのごとくに生きているのだ。

     

    いくら歳を重ねてきても、わからないことばかりだが

    しかしなんとか間に合いながらも学び続けて生きたいという意思と意欲がある。

    それに光を当てるか、当てぬかは自分次第なのかな。

     

    f:id:tokyo_sotai:20180929230340j:plain

  • 継続

     今週は三浦寛が担当します。よろしくお願いいたします。

     

    毎回私がテーマを決め、一週間、各人がそのテーマで書いている。

    すでに十数年継続しているが、長く続いているっていうことに

    「とても大きな可能性があるんだろうな」と私は思っている。

     

    今回のテーマも「可能性」である。

    私は、操体とのご縁の中で五十数年間、その操体と仲良く関わりを持ち続けている。

    今後も少なからず、その関わりが続いていくのであろう。

     

    私は、先日七十歳を迎えた。

    歳との関わりがあってこそ、操体との仲睦まじいご縁が続いていることも確かなことであり、若い多くの学人とのつながりを頂いているのだ。

    それは、とてもイイご縁につながっている。

     

     

    私の学びはすぐに結果を出さないことだ。

    できるだけ引きのばし、その可能性をできるだけ引き出すために、

    わかったことをさらに煮こんでその先にあるものをつかんでいく。

    それが可能性を引き出していく、タンスの引き出しの様に思える。

     

    可能性を引き寄せる秘訣があるとすれば、

    わかったことをわかったままにしないことだと思う。

    可能性とは、わかった先にさらなる可能性がある。

    その空間を圧縮して表現すれば、

    私なりにではあるが「報いの可能性の先に救いの可能性がある」とでも言おうか。

    また、その相対的な可能性と絶対的な可能性とでもいっていいだろう。

     

    自分がこの世界にいのちをいただき、存在しているってことは、

    大きな力によって生かされているということで、

    それは相対的な可能性ではなく、絶対的な可能性だと言える。

    絶対なる相続を得ていることが自らの可能性だと思う。

    そんな人の生き方こそが成倖者なのだろう。

     

    f:id:tokyo_sotai:20180929230255j:plain

     

  • 学びつつ、ヒビいてくること7

    筆まめな人とは

    誰かを思い

    誰かのために

    費やす時間を何よりも贅沢な至福の時間だと想っている

     

     

    あなたにとって誰かとは誰なのでしょうね。

     

    一週間三浦が担当しました。ありがとうございました。

     

    blog.teizan.com

     

     

    f:id:tokyo_sotai:20180720120449j:plain

  • 学びつつ、ヒビいてくること6

    アシンメトリーとは非対称のことである

    バラバラに散らかされているようで全体として見事に調和が取れていること

     

    対称とは全体が見事に調和されているようで、実はバランスが取れていない

    対称とはからだの動きからとらえてみると不都合なバランスなのである

     

    このアシンメトリーは宇宙空間の余白の美である

     

     

    運動の基本は8分類で

    からだの動きは陰陽二分極の相対性である

    つまりからだ全体の動きは体側の動きである

    それに対応するのは一なる動きである

     

    blog.teizan.com

     

    f:id:tokyo_sotai:20180720120155j:plain

  • 学びつつ、ヒビいてくること5

    何かに向けて取りかかるとその段階で仕事の半分は終わっている

    何かに向けて取りかかるとは、すでに下準備が完了しているということだ

     

    学び続けている中で

    その学びの貯蓄にふさわしい言葉と発想が必然として生まれてくるものなのだ

    ただ欲を出すと止まってしまう

    カッコよく見られたいとか、カッコよく書こうとか

    人にほめられたいとかね。

    そんな欲が入ってくると

    ありのままに表現できない

     

    blog.teizan.com

     

    f:id:tokyo_sotai:20180720120125j:plain

     

     

  • 学びつつ、ヒビいてくること4

    孤独こそ

    異常な好奇心と創造力を生み出すものである

    孤独だから学び続けていくことができる

     

    しかしそれは、学ぶことが成熟したヒトだけが到達できる境地なのかもしれない

     

    孤独を知らない人は品がないともいわれる

    孤独を味わえる人は選ばれた人ともいう

    孤独上手は年齢を重ねるうちにその本領を発揮する

    一人一人が自立していくことが孤独という

     

    人生最良の生き方であり、その味わいは微笑(ほほえ)みであり、愛である

     

    淋しさと孤独は別物

    孤独は孤立しない

     

    孤独とは、性エネルギーに満ちている

    生命エネルギーの元である

    自分を愛するがゆえに孤独である

     

    blog.teizan.com

     

    f:id:tokyo_sotai:20180720120013j:plain

  • 学びつつ、ヒビいてくること3

     

    従来の操体には大いに不満がある

     

    明かすべきことも封印しているからだ
    それに気づかぬ者は自分を偽り続けて学んでいることになる。

     

    しかし本人は今のまんまであり続ければ必ず危機が来る、存続できない
    そんな危機感も感じないとは…。

     

    何を言っているのかわからなければ、お茶飲みに来たらいい。
    私の話を聞いたらいい。

     

    操体の話だが、君たちにはふってわいた話だろう。

     

    その事実を知ると自分がこわくなる。

    聞く勇気もないのだろう。

     

    私は封印されたことを知り開けるべくして、その箱を開けてみた。

    しかし私にとっては、災いどころか、幸運の女神が微笑んだ。

     

    新天地が拓けていた。

    次元が動いた。

     

    時の時元から空間の次元に変わった。

     

    師は、常に君は何を学んでいるのかと問いかけてくる。

    その問いかけが秘密の箱に隠されていた。

     

    常識とは、意外とルーズで脆く、いい加減。

    その常識には都合のいい嘘が隠されているものだ。

    私はそれを見破ってしまった。

     

    その常識のウソを
    常識をそのまま鵜呑みにして曖昧にしてかかれば、
    必ず後々そのツケが当然まわりまわってくるものだ。

     

    私は4年の歳月をかけて、全て修正しなおしている。

     

    従来の身体運動の三法則と一相関性も
    そしてそこから誕生して図式化された「般若身経」も修正しなおした。

     

     

    blog.teizan.com

    f:id:tokyo_sotai:20180720115758j:plain

  • 学びつつ、ヒビいてくること2

    操体法とは

    臨床もどき

    治療もどきのもどき加減ではない

    哲学である

     

    その哲学とは

    生命哲学である

    この世界の生命観、宇宙観を学ぶことなのだ。

     

    ただのもどきに終始しても操体は理解できないだろう。

    橋本先生はどう見ても右脳回路をもった師だ。

    左脳思考では理解できない。

    いくら頭がよくてもね。

     

    blog.teizan.com

     

    f:id:tokyo_sotai:20180720115449j:plain

  • 学びつつ、ヒビいてくること

    今日から一週間、三浦が担当します。

     

    からだの無意識が認識している中心と

    本人の思考が認識してしまっている中心には誤差がある

     

    生命のロマンは人生のロマンにつながり

    操体のロマンにも密接につながっている

     

    性のエネルギーは背筋力

    世のエネルギーは腹筋力

     

    性のエネルギーは生のエネルギーをはるかに超えている

     

    blog.teizan.com

     

    f:id:tokyo_sotai:20180720115209j:plain