カテゴリー: 三浦 寛(みうら ひろし)

  • 落語から

    最近、立川談志の落語を毎晩聴いて寝ることにしたのだが

    「金持ちのストレスとは貧乏人が私と同じことをやることにある」という

    内容の小話がある。

     

    海外旅行にいけば彼らも行く。

    うまいステーキを食えば、彼らも食う。

    たまにうな重を食えば、彼らも食う。

    それがおもしろくネエ〜というのだ。

     

    オレが呼吸しているのに

    ヤツらも呼吸してやがる

    おもしろくネエーと言っているようなものだネ。

     

    7日間、ありがとうございました。

     

    三浦寛

     

    f:id:tokyo_sotai:20180513102129j:plain

    懐かしい写真。シモン君と小十郎君

     

     

     

  • 大人のなみだ

    時に一筋の涙が流れることはないかい?
    自分の労を労っているような涙なんだろうね。

    人前で涙なんかというけれど、
    こうした涙は、別に恋人にも奥さんにも見せる必要はない。
    自分の涙なんだから。
    もし子供にみられたら、見せておくことだ。
    大人になってわかる涙だと気づくからネ。

    自分に対する思いやりは、人に向けた思いやりである。
    人の想いや涙がわかるってことは自分への思い涙でもある。
    自分にも「やさしい」ってことだろう。

     

    f:id:tokyo_sotai:20180512162337j:plain

     

  • プロセスの面白さ

    今、私はある内容を原稿に残している。
    原稿に活字を重ねさらに読み直しながら、書き直しを続けていく中で
    今までの捉え方との違いを、私はハッキリととらえてきた。

    私の考えの中でがはっきりしてきた。
    これは私にとっての大きな収穫であった。それを新たに文章化している。

    私のつかみ所は、そのうち公表されるだろうが
    それまで操体を学んでいる人は、一人一人考えてみてはどうだろう。

      

    答えを求めるのではなく、それまでのプロセスが大切なのだ。

     

    f:id:tokyo_sotai:20180513133103j:plain

  • 一にして二生

    人生、一生では学び足らぬ学問の道

    一人一人の寿命も違う(持ち時間が違う)。
    そこが乾電池とは違うんだな。
    先のわからぬ寿命を生きているんだネ。
    明日というその日がわからぬいのち。
    サーカスの綱渡りと同じで、太いロープを渡していたって

    いつ落ちるかわからぬこの人生も、この命も。

    細胞の寿命も呼吸数も

    一人の生涯は大体均等に与えられているようだ。

    しかし、そこまでいきつかない。
    師が言われるように「生き方が間違っている」かな。

    人生、二生(にしょう)という気持ちはよくわかるよ。
    しかし、それが不可能なら、時間の使い方をかえていく以外になさそうだ。
    1日24時間をどう自分に使うのか。

     

    f:id:tokyo_sotai:20180512162107j:plain

  • 学び続ける

    操体は皆んなのもの。赤信号、みんなで渡れば怖くない。」

    という言葉を発した人がいた。
    旗を振って先導している(この言葉を発言した)人間は

    事故にあっても責任をとらないからネ。
    赤信号を渡って事故にあったのなら、本人の責任にするからな。
     

     

    ウジ虫は、成虫になれば飛んでいく。
    いつまでも異物にまみれているわけじゃない。
    人間も脱皮しなければ、生きてはいけないし、学び続けることもできない。
    そうでもしなければ、人生そのものに飽きてしまうよ。
    無責任がとおる訳がないんだネ。
    必ず自分に返ってくる。

     

    f:id:tokyo_sotai:20180512161045j:plain

     

  • 春のフォーラム

    4月30日に春のフォーラムを開催できたことは

    大変意義のあることであった。
    見事だったネ。

    参加したみなさん、ありがとうございました。

    操体にご縁があった人達が

    どう思いながら聴いていたのかということも私は大切にしている。
    会場ではあふれんばかりの霊人達も学んでいたと思うネ。
    この世にいる間こんなことは耳にもしていなかったことでしょうから

    一言ももらさず聞いていたと思う。

    この地上に生きている人間だけの世界じゃないし、問題でもないからネ。
    こうした私の話も「なにバカを言っている」と思われても

    私は全くあっけらかんとして、平気である。
    橋本先生も拍手喝采だったろうと思うネ。

     

    f:id:tokyo_sotai:20180512160928j:plain

  • 落語とクラシック

    今日から三浦が担当します。

    よろしくお願いいたします。

     

    ここ1ヶ月ほど

    朝はクラシックを聴き、夜は落語を聴いて就眠している。
    1日使わせてもらった脳ミソにゴミ、ホコリを残さぬためには

    よき選択のようだ。
    寝入りもよく、目覚めも良い。

     

    原稿の執筆も順調に展開している。
    活字だけを並べても、なにか、物足りなくなり、五つのイラストを描いてみる。
    描いてみると、なかなかの味つけになって文章全体が生きてくるようだ。

    完璧なものに仕上げたい気持ちがあっても

    何が完璧だと言えるのかを思うと
    その完璧さとは、自己満足のようだネ。
    しかし、ここまでテーマを掘り下げて、原究し、つかみ取ったことは、
    学び続けてきた一つの成果として評価していいのではないかと私は思う。
    さらなる勉学が必要である。
    人さまの評価とは十人十色である。

    自分が学び続けてきた評価を大切にしたい。
    それは、何ものにも代えがたいものである。

    f:id:tokyo_sotai:20180512160824j:plain

     

     

  • からだ

    「身体」と書いてからだと読む

    「体」と書いてもからだと読む

    この違い、なにか意味があるのだろうと思っていた。

     

    「体」とは死体の事をいうのだそうだ。

    死体とは

    この肉体から魂が抜けて生命エネルギーがゼロの状態と

    私は理解している。

     

    私達がからだをみているのは、「身」の方なのだ。

    エネルギーが抜け落ちた物体をみている訳ではないのだ。

    「身入り」のことである。

    私が今まで「体」と書かずに「からだ」と示してきた。

     

    私が「患者(本人)の動き」と「からだの動きは違う」と言っている意味が

    少し理解できるのではないかなと思う。

    これも、ものことなりの正義かもしれない。

     

    一週間、ありがとうございました。

     

    f:id:tokyo_sotai:20180223160404j:plain

    ——————————————————-

    2018年春季東京操体フォーラム

    4月30日(月)昭和の日に開催致します。

    テーマは「スポーツ障害と操体」です

    ——————————————————-

     

  • 修行の身

    昨日に続き

     

    このような時期に橋本先生に迎え入れていただいた。

    内弟子としての5年間が始まった。

     

    内弟子として3年が経ち、私は両親が住んでいる神戸に帰った事がある。

    その時父親から、「なぜ帰ってきた。すぐ戻れ」と一喝されたのだ。

    「たとえワシの身に何が起きようと、家の門をくぐるではない」と

    言われたのである。

     

    修行の身とは、そう言う立場なのである。

    私が橋本(敬三)先生の元で修行する際

    橋本先生は、私の父を仙台へよんで

    「息子さんを預からせてもらうが、それでよろしいか?」と話したようである。

    そのような経緯があったとは私は知らなかった。

    父も腹をくくったのである。

    息子を預けた以上、息子の好き勝手は許さなかったのである。

     

    そのツケは、仙台に戻ってテキメンに現れてしまった。

    つまり、「触れる」と言う皮膚感覚がすっかり消えてしまっていたのだ。

    その感覚を取りもどすまで、かなり無駄な日時を費やすハメになったのである。

    この事実も正義といえば、その通りである。

     

    f:id:tokyo_sotai:20180223160253j:plain

     

    ——————————————————-

    2018年春季東京操体フォーラム

    4月30日(月)昭和の日に開催致します。

    テーマは「スポーツ障害と操体」です

    ——————————————————-

  • 正義とは

    昨日に続き

     

    「らしく」という言葉を窮屈に感じていた鍼灸学校在籍中に

    整形外科のアルバイト募集を見て

    北海道小樽市朝里川温泉の整形外科で半年ほど働いた事がある。

     

    病院のすぐ近くが絶景のスキー場だった。

    冬の時期だったため、

    仕事が済めば、スキー板を担いで行き、思う存分滑った。

    休日は小樽の市街地へ出かけ、ディスコも愉しんだ。

     

    この時期「らしく」の中に我が青春がなかったと言える。

    多少ハメを外しても、自分らしく生きる勇気こそ、正義かなと思う。

     

    f:id:tokyo_sotai:20180223160209j:plain

    ——————————————————-

    2018年春季東京操体フォーラム

    4月30日(月)昭和の日に開催致します。

    テーマは「スポーツ障害と操体」です

    ——————————————————-