カテゴリー: 三浦 寛(みうら ひろし)

  • 世界への貢献

    何年か前から、幼稚園に通う女の子(娘)と、今春、中学生になる少年(息子)と縁がある。

    私は、弟子のつもりで心を配っている。

    皆、どう思う?

    六十四歳年下の教え子、弟子。五十八歳年下の弟子が出現したとしたら……。

    なんと、未来は明るいことでしょう。

    まさに、世界への貢献です。

    そして、今、考えていることは、子供達にもわかり易い操体のテキスト、教科書、絵本をつくることです。

     
     

    f:id:tokyo_sotai:20190404133531j:plain

     

  • 場当たり

    ふと忘れた頃に、突然前ぶれもなく、ブログが巡ってくる。

    今は四月の半ば。隣に咲く、樹齢百何十年になろうとする二本の桜の木。今年も見事に開花し、葉ざくらになってしまった。

    満開時にはメジロも飛んできて、蜜を吸っていた。ベランダから、目の前に咲く、さくらと空と雲をながめるのが、愉しみである。

    今年も定例の、春のフォーラムの開催をひかえて、スタッフの熱気がつたわってくる。キャリアを積んだ弟子も、大きく成長し、どこに出しても、見劣りしないような力を身につけてきた。

    毎年続いているフォーラムも、その成長と共に、私の出番はめっきり少なくなった。それでいいのだ。いつまでも私が、でしゃばりつづけていては弟子は育たない。

    ただし注文はつける。

    昨年から、ナイトセミナーの時間を設けている。フォーラム自体は17時に終わるのだが、ナイトセミナーとして、3時間延長されている。この時間は、私が自由にアレンジ、できる。つまり、すべて筋をとおした上での場当たりの即興である。

     
    2019年春季東京操体フォーラムは4月29日開催です。

    f:id:tokyo_sotai:20190329101628j:plain

     

  • 人生のご縁2

    師が亡くなられてすでに数十年。

    それでも師とのご縁が続いている。操体の学びも、生涯ありがたく続いている。

    私は毎年、5回は師の墓参りをしている。

     

    なぜなのか。

    操体という命を耕し肥やし太らせているからなのだ。

     

    そして自身のいのちを育んでいる。

    操体のその学びに私自身、日々息を吹きかけ、呼吸を共にしている。

     

    食物連鎖そのものである。人がどう思おうが、五十数年学び続けているものは、誰一人としていないのだから、ちょっと歯の浮くようなキザなことも言わせてほしい。

     

    まあネ、いったい何にために自身の人生を使っているのかってこと。

    それだけの問題だと思うのだ。

     

    もしそれをためらうのなら、また、嫌だと言うのなら、いったい私は何を誇りにして、幕を引くのですか?ということだろう。

     

    自身の生き方だけが自身を救う。それが成長の糧かなと思う。

     

    本気で生きることです。

    人と語る時間は少なめに自身と語る時間をたっぷりと・・・・・・ですね。

     

    一週間ありがとうございました。

    来週からは三浦寛幸が担当致します。

     

    f:id:tokyo_sotai:20190213160031j:plain

    ヴェネチアで出会ったウサギたち。

     

    2019年春季東京操体フォーラムは4月29日の開催です。
    テーマは2018年秋に引き続き「身体芸術と操体」です。

  • 人生のご縁1

    ところで1月、長年、操体に関わってきた人の訃報が入った。

     

    私と同世代で、橋本先生のそばで学んでいた同志である。

     

    去年、しばらく音信不通だったその人から何の前触れもなく電話がかかってきた。

     

    とても懐かしんでいるようで、昔のことを思い出しては何度も同じことを繰り返しながら語るのである。

     

    まさかそれが最後になるとは・・・・・・。

     

    先に逝くもいかぬも、人生のご縁。

    今、そのご本人がいないと改めて、人生のめぐり合わせとご縁を感じる。

    このご縁とは、いったい何なのだろうかと不思議に思う。

     

    f:id:tokyo_sotai:20190213155936j:plain

     

    2019年春季東京操体フォーラムは4月29日の開催です。
    テーマは2018年秋に引き続き「身体芸術と操体」です。

  • よく似た人

     先般、街を歩いていたら見知らぬ男性から「カトウコウジさん」でしょ?と声をかけられる。

     

    世の中には私によく似た人もいるものだと感心する。

     

    いったい、そのカトウコウジなる人物は何者なのか。

     

    世界には私とよく似ている人がけっこういるのだろうネ。

     

    それは自分自身のうちにもよく似た自分がいるのでしょうネ。

     

    f:id:tokyo_sotai:20190213155839j:plain

    猫の真魚(まお)。

     

    2019年春季東京操体フォーラムは4月29日の開催です。
    テーマは2018年秋に引き続き「身体芸術と操体」です。

  • いざとなったらできる

    普段、色々な人に話を聞いていると、コツコツとチャレンジを繰り返している人だけが言えるセリフがあるのだという。

     

    それは「いざとなったらできる」というセリフらしい。

     

    また腹が据わっている人にも、おまじないがあるという。

     

    それは「一生、やり続ける」で、その言葉が背骨に叩き込まれている人のことだというのである。

     

    またどんな人生ものっぺらぼうなものはなく「起承転結」がある。

     

    結とは「いつ限界がきてもいい」という「余生」「余命」が必要だという。燃焼させられるような何ものかである。

     

    f:id:tokyo_sotai:20190213155802j:plain

     

    2019年春季東京操体フォーラムは4月29日の開催です。
    テーマは2018年秋に引き続き「身体芸術と操体」です。

  • 価値

    「価値」といえば、「初心の価値」という言葉がある。

     

    「名を上げたい」「体面を守りたい」。

    そんなことを気にするあまり初心を曲げてしまってはおしまいだ。

    一度曲がった初心は二度と元には戻らない。

     

    さらに、こんなこともあるようだ。

    ひとたび才能が開花すれば、周囲にもてはやされる故、才能に振り回され、潰れてしまう人だらけである。

     

    本物になるまで、それまでは愚直に動いていればいいようだ。

     

    本物になるには、何年かかるだろう。

     

    10年とも20年とも言われる。

     

    しかし、自分はどういきたいのか。それが人の道である。

     

    今やっていることが、どうなればいいのか目的を定め、自身の夢にかなうだけではなく、みんなの夢が叶うように、自身がやれることを磨いていけばいい。難しく考えることはない。

     

    要は心から日々、美味しいご飯を食べられるか、である(贅沢三昧という意味ではない)。

     

     

    f:id:tokyo_sotai:20190213155707j:plain

    ラピスラズリ

     

    2019年春季東京操体フォーラムは4月29日の開催です。
    テーマは2018年秋に引き続き「身体芸術と操体」です。

  • サメ図鑑

    「ほぼ命がけサメ図鑑」なるものが2018年5月に講談社から出版されている。

     

    ほぼ命がけサメ図鑑

    ほぼ命がけサメ図鑑

     

     

    魚好きの私には、とてもおもしろく、興味深い。

     

    「〜ザメ」と名がつく魚でもサメとは全く縁のない魚もいるようだ。

    281ページに「四万五千円のフカヒレラーメン」を食べさせてくれる店が横浜中華街にあるというのだ。

     

    その店は「招福門」という。店主斉藤正人氏。

    ここの店では「ウバザメ」のフカヒレが一杯四万五千円の超豪華ラーメンに使われている。

     

    ウバザメは、ジンベイザメについで世界で二番目に大きなサメだ。全長10メートルを超える。このフカヒレラーメンは、月に1〜2杯ぐらいのペースで予約が入るという。ただし、店の在庫がなくなり次第、このメニューは終了となるようだ。

     

    このウバザメは、2003年に「絶滅の恐れがある野生動植物の種の国際取引に関する条約、通称「ワシントン条約付属書」にリストアップされている。

     

    この店にあるヒレも数十年も前に仕入れたものらしい。このラーメンのスープは、金華ハムをダシ汁に使っているという。このハムはイタリアのパルマハム、スペインのハモンセラーノと並ぶ世界三大ハムの一つらしい。

     

    金華ハムは100日以上かけ熟成させる。このラーメンを一人で食べるには多すぎるらしく、3、4人分あるという。それでも1人1万円である。しかし、どのような味なのか、食べてみる価値はありそうだ。

     

     

    f:id:tokyo_sotai:20190213155558j:plain

    昨年秋の東京操体フォーラムのTシャツ。デザインは私。

     

    2019年春季東京操体フォーラムは4月29日の開催です。
    テーマは2018年秋に引き続き「身体芸術と操体」です。

  • 自身

    今週一週間は三浦寛が担当致します。

     

     二月に入り早々にブログの担当がまわってくる。

     

    申告で追われる時期に重なるようだ。

     

    私の場合は一週間分を書き留めておく必要があり、数時間で書き上げてしまう。年が変わり、すでに二月とはいえ、早々と春一番が吹き荒れ、梅、桜が咲いている。

     

    何か急き立てられているようであり、今年もあっという間に過ぎていきそうである。こんな風だから、長寿の世界になっても、あっという間の人生なのかもしれませんネ。

     

    若いからと言っても、長い人生げたっぷりあるだなんて思わぬほうがいい。もしたっぷりあっても大変である。どうしたものかと思う。

     

    f:id:tokyo_sotai:20190213153842j:plain

    2019年春季東京操体フォーラムは4月29日の開催です。
    テーマは2018年秋に引き続き「身体芸術と操体」です。

  • 必然の変化

    今、私が学んでいることの中で目まぐるしく変化していることは、

    橋本先生の時代に使われていた「用語」が今、次々に死語化して消えていくことだ。

    当時は必要不可欠な用語であった。

    今は次々、新たにふさわしい「用語」に転換されている。

     

    当時、生体のバランス制御を「楽」に定め、

    動診・操法が問いかけられていた。

    しかし、生体のバランス制御が「快」に転換されてくると、

    それにふさわしい用語が必要になり、生まれてくるのは当然のことである。

     

    「運動分析」から「感覚分析」に変わり、比較対称の分析ではなくなる。

    患者の動きに対応した「抵抗」という表現ではなく、

    からだの動きに対応した「介助・補助」という言葉に変わる。

    瞬間脱力という表現もなくなり、

    操法を数回繰り返す、操者による操法の、回数の決めつけも無くなった。

     

    つまり、操者の決めつけが一切なくなり、からだに問いかけた。

    からだの要求と選択を最優先、重視するようになっている。

    この辺で一先ずとどめておこう。

     

    私達が続けているブログもかなり注目して読んでいる人たちが増えているようだ。「楽」をバランス制御に定めていたのでは、もったいないことだ。

    さらなる可能性がその先にある。

    何を基準にし、何を生体のバランス制御に定めて操体法をみているのか?である。「楽」ではないことは確かである。

     

     

    f:id:tokyo_sotai:20181205002333j:plain