カテゴリー: 三浦 寛(みうら ひろし)

  • 五日目

    私は当初、臨床の世界で生きていくとばかりに思っていた。

    しかし、橋本先生の哲学を学んでいくうちに、何かそれは違うなと思いはじめる。私が30代の半ば、仙台の先生から電話がかかってきた。

     

    佐助*、患者ばかり診ていると「脳ミソが腐ってしまうぞ」と灸を据えられる。ハイ、わかりましたと答えてみたものの、脳ミソが腐るとは、どういうことなのか、わかっていない。

     

    東京で開業しろ、と言われた。やっとつかんだ臨床の充実感であったが、そう言われてしまえば、日々疲れきって自宅には食事をとり、風呂に入って眠るだけの毎日が何年もつづいていたから、脳ミソが腐っても当然だなと。
    先生の言われたことは正解だった。

     

    当時の予約帳をみれば、連日、何ヶ月も先の予約つづきであった。このまま続けていれば、脳ミソが腐って若死にするんだなと思った。一人で患者を診るには限度を超えていた。

     

    *佐助 橋本敬三先生が私につけたあだ名

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  • 四日目

    今、そして、操体史が大きな変動期を迎えている。

     

    それを仕掛けた張本人は、私である。

     

    どんなにすばらしいことであっても、時代の流れとともに、弊害がうまれてくるもので、師の後につづいて学ぶものは、必ず「見直し」が必要である。

    私は再度、弊害を取り除くように学んできた一人である。

    埋めていかねばならぬところを埋め、足らぬところを新たに掘りおこす。変化、変化の連続史である。

    そうしてまた新たな鉱脈を見つけ、それを原稿におとしつづけている。

    操体の原石は、これだと確信し、磨きつづけている。手応えは十分にある。

    新たな操体史が誕生する。それをずっとみつめてきた人の心のなかに、確かな真理がある。

    真理とは、遠くかなたに存在しているものではない。

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  • 三日目

    今、学びの中で思うことは、当時の私は、次々に変化し生まれかわっていく操体法の連続史のど真ん中いたということである。

    ハイ、わかりました。と言ったものの、雲をつかむようで、何のことかわかるはずがなかったのである。

    そのヒビキのある先生の言葉が教訓として、今の自分を支える力となっている。

     

    今もどういう意味なのかと、考えている。それは生涯通じ、考え、学んでいくことなのだと思う。

    今まで知らなかった言語の歴史が、私の驚きの操体史でもあった。

     

    そして今、私のところで学んでいる弟子達に、50数年前に受け取った、師の言葉を同じように伝えているのだ。これも、受け継がれていく伝承の文化である。

     

    当時、師のそばにいた者しか、知り得ない言葉が今も生きている。

     

    私がこの言語史を、かみくだきながら、観じたこと、学んだことを、これからの人たちに伝えているのだ。

     

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  • 二日目

    入門し3年、4年と月日が流れる。

     

    先生の診療が終わり、先生と火鉢を囲み、お茶を頂く。

     

    「こんな難しいことに首を突っ込んでよく学んだな。しかし一生愉しめるぞ」

     

    と言われる。

     

    患者には「簡単な」ことと言い、私達には「こんな難しいこと」という。

     

    学問にしていくということの違いなのだろう。

     

    しかし、私は根っから難しいことは嫌いである。

    この橋本敬三の世界はただならぬ空間の世界である。

    難しい。そう思考する私自身が輪をかけて難しくしているのだ。

     

    しかし、先生のそばにいられることは、私にとって最高に自由で解放されていることであり、自分が愉しんでいる世界であった。

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  • 私の操体史(初日)

    今日から三浦寛の担当です。よろしくお願いいたします。

     

    「私の操体史」が今回のブログのテーマになっている。

     

    私の操体史は、橋本敬三先生の操体史に重なるもので、その史観は私の生命観で有り、人生観である。

     

    私が先生の内弟子に迎え入れていただいたのは、18歳の時である。

    入門当初、驚いたのは、橋本先生の世界だった。

    私が知らぬ言語が飛びかう世界に飛び込んでしまった。

    俗の、ちまたの世界とは、まるで違っていた。

    なぜ、先生から、私がほとんど知らない言語が飛び出してくるのか、いったい、私の師匠は何者なんだろうという思いであった。

    入門当初、先生がやっておられることの名称は、と尋ねたところ

     

    「名称など、どうでもいい」と一喝され、

     

    「真理が真理の力で立てるように学びなさい」と言われ「自然法則の応用貢献を成せ」

     

    とも言われた。

     

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  • ヒラメキ

    誰も手をつけず、気づいてこなかったことに注目しつづけ、四年、五年の歳月が流れてしまった。参考文献になるものは、今まで学びつづけてきた、私の学習の中の記録である。

    それでも今まで書きつづけてきた内容は数百ページにも及ぶものになった。これから先、どうなるのか。明日、また原稿が書けるのか。原稿一枚、一枚書き上げていくことは、これから先並大抵のことでは、上がってこないのではないだろうか。近頃はいつもそんなことを考え、思っている。しかし、ありがたいもので五年間も費ぎ込んでいると、かなり、学習能力を身につけているようである。当初から見れば質量共に向上している。学習能力が上がってくると、広角的にも、そのテーマに肉づけできるようなヒラメキも生まれてくるのも事実である。今、皮膚の角層がはがれ、新たな角層が生まれているような心境である。もう少し、ねばってみようか。

     

     

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  • 厚みを加えて

    五年ほど前から、あるテーマにむけての執筆が今なおつづいている。

    その間、千枚以上の原稿が清書され、何百ページにもとじられている。

    しかし、終わった訳ではなく、今もなお、執筆が加速し、新たな展開を見せつけてくるのだ。

    だからといって、何枚もの原稿を一度に仕上げられる訳でもない。近頃は「サーカスの綱渡り」のようだ。そろそろ種切れになってしまうのか。もう書けなくなってしまうのかと思ったりする。

    私は、毎朝、何らかのメッセージを受けとっている。日誌をつけているなかに、そのヒントが短い言葉でおりてくる。運ばれてくる。その日、限定のメッセージである。その短い言葉から、新たな発想の展開が生まれ、そのテーマは、厚みを加え、成長していく、ようである。だからこそ、これで「いい」と容易に妥協しないことだ。私の手元から離れていくまでは、これで「いい」と決めつけるな。いくら見直しても、これで「いい」ってことはない。だから見直すんだ。この世間も妥協のない世界。変化を生みだす、世界である。

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  • 正当に

    見直すってことは、学んできたことを改めて見直す、見直していくこともそうなのだが、それは学んできた自分自身も、改めて見直していくことなのだよ。そして先人(父)が学んできたことも、常に見直していくことだ。

    操体法の学びは、「からだが正当に使用されること」である。しかし、どうみても正当な使われ方とは思えない。なぜなら、からだの動きを学んでこなかったことが、正当に使用されていない大きな理由。又その理由は、からだの正当で適性にかなった軸が未完成のまま体幹正中にさらされているからである。

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  • 易の話

    先日、畠山が一つの易の話を、私に教えてくれた。

    それは山風蠱(さんふうこ)という易の卦(か)の初爻(しょこう)の話だ

     

    初六(しょりく)。父の蠱(やぶれ)を幹(ただ)す。子あれば考(ちち)も咎(とがめ)なし。厲(あや)うけれど終には吉なり」と。

     

    この意味は、先人(父)が作った制度やきまり、又は定義や定説がたとえどれほど優れたものであっても、必ず時とともに弊害がでてくるものである。だから後につづく者たちは、常にその見直しをしなければならない。それができれば、途中、ちょっと危ういことがあっても、長い目でみれば、結局、吉である。それをおこたると、永遠に消えてなくなり、後悔することになる。

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  • 塩づけ

    今回のテーマは「見直し」でしたか。

    私も今、執筆中で、「勢い」余って、原稿を書き上げてしまうことがある。

    勢い余った分、修正箇所が目立つ。

    清書できる段階じゃない。一週間、そして一ヶ月、塩づけした後に再度見直す。

    一年間塩づけにしておいた後に、また見直してみる。

    その間、私自身の学習能力も磨かれているので、新たな味つけができるようになる。同じ原稿の中身が一変してしまうこともある。

    「見直し」と言えば、五十数年間学びつづけてきたことも、学びながら、見直しつづけてきたことなのかもしれない。

    見直すことで、さらに、新たな気づきと発想が生まれ、その結果、一冊の本になってしまうこともある。

    そんなくり返しのなかで、一冊、又一冊と出版が増えつづけていったようである。

    鵜呑みにし、たかをくくって、わかったつもりで、見逃してしまっていることなどは、数々あるようだ。

    なので再度の見直しは欠かせない。

    常識とされていることも、ピーンときたらホントにそうなのだろうかと、疑ってみることも大切だ。意外と学問的につついてみると、そして磨いてみる。そこには貢献できる愉しさがある

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