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  • ねむりと枕

    森田です。

    布団が変わって2ヶ月が経ちました。
    長年愛用?のせんべい布団から、マットレスになりました。

    このマットレスは結構いいものでして、
    横になったが最後、意識を失う固さの弾力なのですね。

    がしかし、それまでの枕を使うと、朝起きたときになんだかからだがぎくしゃくする。

    起き抜け、日中、暇をみて自力自動で操体をしてみているのですが、
    朝起きるとまたもやぎくしゃく…。
    日に日に少ーしずつ寝違えに近づいていくのが体感できました。

    寝床が変わって10日も立った頃には軽い寝違えの出来上がり!

    確かにただ単に手をこまねいていたわけではなくて、
    寝床をかえられないなら、愛用の枕の枕カバーにうまいことタオルを入れて
    逆さまに使ってみたり、毎日調整してみました。

    面白いもので、タオル1枚で、頭、背中、腰の沈み具合が変わるのです。
    その日の朝のからだの具合が変わるのが面白かったです。
    今では間に合っているくらいには枕の形が決まってきました。

    夜ぐっすり眠れないのは私にとっては苦痛ですね。
    1日なんだかすっきりしません。

    眠りについて、いい機会を得たなあ、というのが感想です。

    それと、せんべい布団の硬さのありがたさも再確認しました。
    実家に帰って自分の布団で寝たときのぐっすりさといったら、
    そのままつれて帰ろうかと思ったくらいでした。

    みなさんは、いい眠りを味わっていますでしょうか。

    写真は、散歩中に見つけた熟睡猫。
    いい具合の脱力っぷり。

    すごく近づいて、「おーい、写真とるよ!」と呼びかけてみましたが
    全然起きない…いいのか、野良猫として!

    森田珠水

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  • 「合目的」

    森田です。

    キンモクセイの香る頃になりました。
    オレンジの小さな花が愛らしいです。

    残念ながら、小さいときに嗅いだ芳香剤の出来が良すぎて、
    キンモクセイの香りは何かを連想してしまいます。
    匂いの記憶は強力だなと、この季節いつも確認してしまいます。

    なんだか色気なくてすみません(爆)。

    さてさて、今日はある言葉について書こうと思います。
    それは、「合目的」です。

    yahoo!辞書では
    ・合目的
    [形動]ある物事が、一定の目的にかなっているさま。

    となっています。
    私はこの言葉は操体の世界に足を踏み入れるまでは聞いたこともなかったです。
    学び始めても初めのうちはいまひとつピンとこなかったのを覚えています。

    操体の臨床を学ぶにおいてはではからだの使い方の習得は外せません。
    これはただ患者さんにからだの使い方を教えるためだけにあるのではなくて、
    患者さんに動診を通すときに、介助者としてからだの使い方、
    つまり、般若身経を身につけていないと十分な聞き分けをする環境を作れないからです。

    この場合の「合目的」の目的とは
    「患者さんのからだの感覚の聞き分けがよりよくできる環境を作る」です。
    ここではひとつひとつ介助に関してのポイントは説明しませんが、
    例えば一人が患者役で動診を受けてみると、

    ・操者が目的にかなったからだの使い方をした時の患者のからだに生じる感覚の聞き分け
    ・操者がからだを局所のみバラバラに使った時の患者の感覚の聞き分け

    この2つは1か100か、くらいの差が出ます。

    患者役や操者役を通して、からだで「目的に合った」からだの使い方をすると、

    ・操者の腕力を使うことなしに効率よく力が発揮される。
    ・患者に与える介助が最初から最後まで安定する。
    ・無駄に疲れない
    ・むしろ自分のからだも気持ちよい

    よって、患者さんの感覚を聞き分け、きき分けた快適感覚を十分に味わうという目的にかなうポジションがとれるわけです。

    これを例えば、生活の中にあてはめてみますね。
    重心安定の法則が身に付いている状態で包丁を使ったときはどうでしょうか。

    1.足は腰幅、平行に開く
    2.膝はホッと力を抜く
    3.背筋は軽くのばし、目線は目の高さで
    まず初めにポジションをとってみます。

    この重心安定の法則に

    4.利き足と反対の足を半歩前、

    これを加えて包丁を使ってみてください。

    もちろん手は小指、足は親指を効かせますと、自然と包丁は手前に引くような動きになります。
    わかりにくいかもしれませんが、重心移動もこの姿勢だと安定して行われています。

    これって、般若身経が身に付いてると料理人さんのからだの使い方と同じになりますよね。
    重心が安定して、包丁でものを切るという目的にかなう、のです。
    言葉をかえると、切るという作業に、からだ全身が「合目的」に動いてくれるのです。

    からだに無駄な力が入らず、きれいに切れ、見た目もきれいで味もガタガタに切れているよりずとおいしいはず。
    美しく切れることで、心の満足も満たされて、
    食べてくれる人との楽しい時間も共有できるかもしれませんね。

    これは、ものを持ち上げたり、歩いたり、どんな動作でも応用できます。

    もちろん1日中こんなことを考えていたらオカシくなりそうなので、
    時々「あ、そうだったっけ」と思い出すくらいでいいと思いますけど。

    操体の施術者は、これが身に付くよう日々精進なのです。

    それほど大事なので、フォーラムでは、毎回般若身経について発表しております。
    こんどの秋のフォーラムでは、「般若心経を臨床に活かす」として、三浦寛先生と今昭宏先生が実技を交えてお話ししていただきます。

    実行委員の我々も楽しみにしております。

    あ、宣伝になってしまいましたが(ベタですね…)、

    話を戻すと、以前は「合目的に」って言葉、私の辞書にはありませんでした。
    日常で聞いていたとしても、耳を素通りしていたと思います。
    でも、今では臨床をはじめ、普段の生活に「合目的」や「理にかなう」を
    考えたり、口にするのも普通にできるようになってきました。
    なんというか、気に入っているのです。「合目的」「目的に適う」という言葉が。

    からだという自然の要求にかなうように生きる、
    これって、何にでも応用ができます。

    何かを行うときにからだ全体で取り組むことの出来具合に充実感やスッキリ感を味わうのは気持ちいいですよ〜。

    では、今日はひとまずこの辺で。

    森田珠水

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  • 池上本門寺

    森田です。

    三浦先生のルネラリック、美しいですね。
    コンポートが波のようです。

    先生の治療所にお宝探偵団を送り込みたくなります。
    それだけで、番組が一つできるかも!
    などと、あんまり勝手なこといって泥棒が入るとイカンのでこの辺にしておきます…。

    ところで、今日は私の新しい環境、の池上の町をちょっと紹介します。

    池上は、日蓮聖人が入滅した日蓮宗本門寺がある門前町
    本門寺には幸田露伴や、力道山の墓があり、格闘好きの人はお参りや観光で写真を撮っていかれる姿を見かけます。
    格闘技つながりでいえば、本堂の仁王像のモデルはアントニオ猪木ですって!
    これは写真とっていませんですみません。

    ここにある五重塔は、関東で最古、最大(1607年建立)のもので、国の重要文化財幸田露伴の小説「五重塔」のヒントになったといわれています
    (ああ、読まなくちゃ…)。

    私のマンションのベランダからはこんな風に見えます。
    夜のライトアップは雰囲気があって、夏の夜は五重塔を肴にビールいただきました。

    池上は伊東深水の家の庭だった池上梅園など、
    蒲田に近いのに下町とはちょっとちがった雰囲気があります。
    私もこれからはちゃきちゃき下町から、はんなりした?ムードの施術人になる予定!
    やはり場所の波動ってのはありますからね。

    また、門前町ですから、もちろん路地も多く、通ったことのない道の開拓と、
    猫との出会いにいそしんでおります。

    今日は本門寺の石段にいる(各猫居場所がだいたい決まっているらしい)猫たちを捕りました。
    散歩中の犬や人にも犬にもある程度の距離を保って、でも逃げないのがここの猫らしい。

    フォーラム名司会者福田さん同様、私も猫がとる距離感に惚れています。
    タマも猫族なんでございます。

    では、今日はこの辺で。

    森田珠水

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  • 環境の変化

    森田です。

    三浦先生、忙しい執筆の合間を縫って、ブログを書いてくださってありがとうございました。

    順番が回ってくる時間というのは長いようで短いですね。

    5ヶ月弱の間に、私は環境が変わりました。
    具体的には名字と住まいがかわりました。

    今週から、ニュー森田としてブログを書いていきます。

    名前について

    ひとまず、森田姓のままで仕事を続けます。

    女性は、日本の戸籍制度では姓が変わる性です。
    それを「女って面倒よね〜」と思うか、「好きなように使っていいわけね」と、
    逆にこの状況を上手に使いこなすのか。
    それは、その人自身にかかっていることです。

    なーんて、偉そうなこといっておいて、基本的にはのほほんとしている私なんですけどね。

    名前を変えないことで「困ったなあ」と思うことがあるかもしれませんが、
    自分のやりたいこと、やらなければならないことをなんとかマイペースにこなしていこうと思います。
    大事なのは、焦らないことだと、自分に言い聞かせております。
    できれば周囲に迷惑をかけない形で、ハッピーに変化をいい進化につなげていかれればいいですなあ。

    他人と暮らす

    月並みですが、何十年も別に生活してきた他人が一つ屋根の下で暮らすのだから、衝突があって当然、といいます。
    今まで私は、実家で仕事を自分の中心にして、家族に甘えながら自分中心に考えて生きていました。
    しかし、血のつながらない他人との生活は、今まで自分が何から逃げていたのか気づかされます。

    息食動想の想をこのなかで生かしたいですね。

    新婚生活は、毎日が修行(ちょっと言い過ぎ?)!
    どうせ修行するなら、楽しくやりたいなあ。

    二人の生活を、息食動想において自立できるかどうか、緊張感を楽しみたいです。

    女性が仕事をすることについて

    私は以前、どんな形であれ仕事をする女性には結婚や出産はマイナスでしかない、というイメージを持っていました。

    からだの仕事というものは、一線を退くと腕はやっぱり鈍るものです。
    仕事の感覚を取り戻すには倍の時間がかかるし、患者さんとのご縁を作り直すこともエネルギーいりますよね。
    そういう意味で、結婚はできるだけ先延ばしでいいやと考えていたような気もします。

    でも、操体に出会って、操体はただの治療法なだけではないと理解するにつれ、
    「なんだ、操体は生活の中でも学べるんじゃないか」とある時ふと気付きました。
    「結婚は女性にとって仕事をするのにマイナスにもプラスにするにもその人の意識次第」、
    そう気がついたらスッキリと、気持ちの方向性がかわりました。

    それは三浦先生から学んで何年経った頃でしょうか(気づくの遅い?)。

    そんな私をその人が自ら気づくまで静かに見守って待ってくださるのが師匠でした。

    あるとき私が、「臨床でない場面でも、操体は学び続けられるのですね」問うたときに、
    「そう」と一言答えてくださいました。

    いやあ、こころがほっと軽くなったこと。

    もちろん、子育てをすることになれば、患者さんののからだを触れる機会は減ります。

    でも、自分のからだで感覚の聞き分け、連動、からだの使い方を学ぶことはできますし、
    赤子がいれば、皮膚とは何か、いきものの波動とはどんなものか、
    子供がいなくても森羅万象から学ぶことがそのまま仕事を再開したときに生かされます。

    息食動想は、毎日の生活の中で磨くことはできます。

    臨床しないからといったって、まったく足止めを食らうわけではないのです。

    何たって操体は生き方、自然法則の応用貢献ですから。

    というわけで、住まいと名字を変えて、今、私がいます。

    私が私でありながら、どんな風に生活や臨床が変わっていくのか、
    ブログやフォーラムや臨床を通して進化、深化を楽しみにしてくださいね!!皆様。
    なんつって。

    まあ、基本は野良猫と路地を愛するブログになると思います。

    1週間よろしくです。

    森田 珠水

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  • 「いきとどく」

    一週間のブログも今日で終わり、校正執筆とダブルで追いかけてきたので、十分チェックを入れられなかったけど、お付き合いいただいて有難う。なかなか楽しかったよ。
    ブログの最中、横森君から手紙をもらって終えることができて感謝している。

    皆さんのブログ、なかなかいい形で波動し、共鳴し合って、とてもいい流れを作り出しているなァーと思います。肩の力が抜けて、一人一人の思い想いのなかで、個性あふれるハーモニーを奏でていますネ。継続は力なり、このブログもきっと、一人一人の思考の底力になることでしょうね。

    最近、糸を引くようなコトバがフーと消えてはフーッと浮かんでくることがある。ブログにも書いたけど「わからないってことが臨床」だというコトバや、「感じること、感じとることが大切」だというコトバもその一つでした。

    何か、私の中で人生の問いかけとか、臨床の原点につながるような、ヒントがあるような気がしています。

    この間の講習で、西田をつかまえ
    「西田、おまえ、うまいんだけどヘタなんだなァー」と。
    やはり当人はキョトンとしている。
    師匠、ほめてくれるんだったらちゃんとほめてくれと言いたそうだが、ほめられてるんだか落とされているんだか、当人、これじゃバツが悪いよ。

    こんな言葉を口にするというのも、私の臨床観がそう言わせてしまうのだ。
    要はうまいんだけど、熟知されてのうまさじゃない。それは、生かすのと生かしきるとの差ともいえる。それは、その動きのことがどこまでわかっているのか(的確な情報とその分析処理)どうか、ということと、その動きのことと、自分の動きとのハーモニーの問題
    (ハーモニー=調和)。

    その動きそのものは、患者の主体主動だが、その動きを誘導するのは操者である。それによって、患者の動きがからだの動きとなる。
    臨床では、操者の熟知されたそのサポートがあって、快のききわけと、その快感度の質をよりグレードの高いものへと導くことができる。指導者の存在の意味がある。

    臨床上でなぜ、私が存在するのか。
    その目的意識をハッキリ認識しておく必要がある。それがハッキリ意識できたら、どう介入していくことがその目的に適うのかを、一つ一つ総括してとらえていく、と全てが調和してくる。
    全てが行き届いておさまりがつく、という行程を熟知するに越したことはないのだ。
    俺は、なぜおまえがヘタなのか、ちゃんと説明したな。納得したろう。納得できれば、ヘタクソと言われても気分がいいだろう。
    指導するってことは、よくよくわかっていないと、いつかメッキがはがれるものなんだよ。一日一日と本物になっていくこと。ブログにも本物という言葉を使っているけど、本物というのはどういうものなのか、ブログ見てなければもう一度目を通してみなさい。

    骨董の世界にはね、ニセ物を売って、それが発覚したら3倍返しという掟があるんだ。売った者が買い主に3倍にして返金、返済することなんだ。実際に僕自身が体験したことなんだが。

    ある骨董屋のオーナーが、是非そちらにある、ルネ・ラリックの作品を見せてくれと言ってきた。治療所に来てもらい、1点1点、手にしてもらった。そのうち何点かを譲って欲しいと言われるので、その数点、わけて差し上げた。このオーナーは、ルネ・ラリック専門の商いをやっておられる。プロ級のプロ、まあ、ルネ・ラリックに魅せられたきちがいの一人かな。俺も相当ルネ・ラリックにいかれているが、きちがい沙汰は月とフンドシほどの差がある。

    ルネ・ラリックは、ヨーロッパの工芸美術のアールデコ、アールヌーヴォーの時代を代表するガラス職人。巨匠の一人。彼の作品はガーレーと並び美の最高傑作だ。好きだったねェ。今もそうだけど・・・。

    俺のところから数点持ち出したのはいいが、帰路の246号線で愛車ベンツもどきが釘を踏んづけてパンクしてしまったんだな(珍しいこともあるもんだ)。当の本人、何かイヤな予感がしたんだろうな。店に戻って一点一点改めて目利きしたら、一番ヨダレをたらして欲しがったその作品(ラジエーター)が偽物だとわかったんだな。
    数時間後再度私のところに引き返し、
    「オレとしたことが・・」
    「熟知していたが、ツメが甘かった」とうなだれる。

    この場合、オーナーが領収書を切った時点で商談が成立し、譲った私の方は返金する必要はないのである。その逆にネ、買った客が偽物をつかまされて返金を要求された場合、3倍返しのルールがおこるのだ。たとえば300万円で買った場合、900万、支払わなければいけないということだ。そこで私は当初私に売りつけた骨董屋のオーナーを呼びつけ

    当時、買ったあのラリックね、あなたも、同業のよしみだから、青山のラリック専門の○○さんと言えばわかるだろう。その、オーナーが偽物と見抜いたんだ。
    「わかるな わかったら何も言わぬから今すぐ反応しろ」

    オーナーは真っ青だ。プロであれば「まけてくれ」とも言えないのだ。骨董の免許は、その業界の推薦人が2,3人いればとれるんだがネ。
    こんなことも事実、あるんだから、楽な仕事なんてないんだ。きわめること、診立てをきわめることは生涯のおつとめだよ。

    ブログの最終日、
    こんなところで、お、わ、り、ま、す。
    明日から森田だな。たのしみに、読ませていただきます。

    三浦寛

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  • 言葉と思考

    おはよう。少々眠いけど、また床にもぐるのも、勿体ない。
    トホトホと原稿用紙抱え込み、モスバーガーへ直行。テラスに出てコーヒーで一服。
    眠気が薄らぎ、頭の中でブログの内容をまとめる。あと2日間色々打ち込みたいことがある。何を素材にしようか・・・・。

    まづ、横森。早速の便りありがとう。
    ブログの中でもそうだけど、書いている内容が誰かの人生に触れてダブることが良くある(狙い撃ちはできないけれど)フォーラムで参加者に渡している色紙も、不思議と人を選んでヒットする。あれはホントに不思議だなァー

    マァ、それはともかく、誰かの心に響くようなブログが広まってくれるといいね。私の手元に、皆んなが打ち込んだブログが送られて来る。いや、たまげたものだネ。一人一人が本当に豊かな個性の持ち主だな。一人一人の世界が愉快だ。言葉の思考の中で思い思いに真剣に取り組んでいる。言葉の思考って、一字一字文章にしていくと結構ハマっていくものだ。
    書きぐせをつけていくと、より、思考が具体的に深まってくる。

    指先を使うってことは思考の学習につながってくる。なぜなら1字1字違う言葉を書いている訳だ。違うってことは指先の使い方が1つ1つ、違うってこと。それは1つ1つのコトバに意味があって、一つの文章ができ上がってくる。これが言葉の思考をつくり上げていくこと。1つ1つのコトバの集合体が1つの文章をつくりあげているってことだね。1字1字が集合して思考を形成していく。それが積み重ねられて1つの作品になる。言葉は生きもの、自分の思考という生命(力)をコトバにするから言葉にも、力があるってことになる。

    私はブログを打つことはしないので、書く、としか言いようがないけど、打つのと書くことの違いは、指先の使い方が違うってことかな。ブログは打つことによって、言葉が活字になる。
    書くとは1字1字指先を使って表現しなければ1つのコトバにならない。そのために指先の使い方と動きがちがう。

    この指先の使い方と動きが違うから、書くことによって頭脳を学習させる。脳の学習とは、思考である。思考という学習を脳に繰り返し反復させている。

    今、書き上げている新刊書ネ、300枚程度の量だけど一字一字の字数にするとおおそ12万字になる。12万字の1つ1つの言葉が集合し、200ページほどの本に仕上がる。
    1字1字、目的に向かって意味を含ませていく。思考という原始感覚を磨いていくために、原始的な作業が必要なんですね。それは打ってでてくるコトバじゃなくて、書いて表現されるコトバじゃないのかな。

    今こんな内容でブログを書いているけれど、たかが原稿用紙にすれば、3,4枚かな。その程度の原稿にまとめ上げていくのにかなりの時間を要する。思考しながら書き一つの作品にする・・・。
    思考しながら作品にするってことは本当に面倒臭いけど、面倒臭がらずに書き続けていくこと。

    読むのはカンタン、かくのは大変だけど、たどりついた作品を、ただ目を通しただけなのか、思考しながら読んでくれたのかは、読者に問われることだが。

    私は少々いじわるな文章を書く。たヾ目をとおしただけではわからない、ちょっと思考しながら目を通さないと理解できないこととか、やってみなきゃわからないことも、言葉の力をかりて表現しようとしているから。4日目のブログもよーく考えながら読まんと、私の言っている意味は???ですよ。
    「わからないってことが臨床」のところね。再度読み返し、反復しないと・・・。

    かなりナゾかけが仕掛けてあります。山野、草階、中谷、この文章の意味、理解できるネ。秋穂、お前はどうだ。日下、どうとらえる。次回の勉強会のテーマにしてもいいか。
    云っている意味が少しでもわかるように。

    三浦寛

    注)出てくる固有名詞は東京操体フォーラム実行委員です

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  • 「わかっていないことが臨床なんだ」

    ふとネ、こんな言葉が浮かんできたんだ。
    「わかっていないことが臨床なんだ」って。その言葉の意味を私自身、一体どういう事なんだってネ、いつも考えていることなんだ。こんな言葉がなぜ涌いてきたのか、意味もなく涌いてきた言葉とは思えないんだ。
    何かが、引っかかる。
    皆んなも考えてみてくれ。何かがあるよ。高杉晋作、いや坂本龍馬、お前はどう解釈する。

    三茶の仙人は、こう思う。

    常に試され、その中で何かに気づきをもって、問いかけてみると。
    何故ならからだにごまかしは通用しないぞ!!という事かな。何か妥協を許させぬ世界が臨床の世界のように思えてくるのだ。

    試される、ということは、気づかされるということ。試されて気づきをいただくということ。気づきを得て問いかけていくと、分かっていない事が見えてくる。次から次へと見えてくる。だから、分かっていない事に気づくんだよ。わかっているつもりが、実はわかっていなかったのだなァ、と気づかされる。

    その繰り返しが臨床なんだと。
    一体何に試されていると思う。

    患者に試されているな
    からだに試されているな
    そして、自分に試されているな
    もう一つ、皮膚を介しての無意識、つまり細胞感覚に試されているな

    いろいろな事に試されいるんだ
    その中から、いろんな気づきを与えてもらえるだろう。
    与えてもらったら、1つ1つ試して問いかけてみる。
    問いかけた分だけ新たな確信を得ていく
    得た分だけ、新たな情報が入ってくるということは
    わかっていない、新たな、臨床の世界が広がってくるということなんだ
    それがわかっていないことが臨床なんだってこと。が見えてくる。

    三浦寛

    注)『高杉晋作、いや坂本龍馬
    坂本龍馬』というのは、福田副実行委員長のコトです。
    9月27日のブログ参照
    (畠山)

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  • 師匠と弟子・続き

    大阪の秀樹さん、ブログに目を通してくれていますか。

    今回ももう少し「師匠と弟子」の続きを打ち込みます。

    赤めだか より

    『おまえさん(談春に向かって)、本気で落語家になりてェっていうのか、オレの弟子になりてェなら、まづ親を口説いてきな。親を連れてきて、親の前で頼むんだな。それができなきゃだめだよ。いいな』

    談志もすごいヤツだ。どんだけ、肝っ玉すえてオレの弟子になりてェといってんのか。その真意というのか、気骨というのか親にもオレにもきちんと、責任ある誠意を示せ、という訳である。

    私の場合、恐れ多くも師匠みづから私の父を神戸から呼び出し

    「ご子息なかなか将来有望、見込みあり、しばらくの間儂(ワシ)のところに預けて下さらぬか・・」

    と、そんな事を父に話したようだ。私はまさかそんな事があったとはつゆ知らずにいたのだ。それから5年の歳月、先生の元で修業に励ませていただいたのである。

    その間、私は一度神戸に帰ったことがあった。父は私を見るなり凄い剣幕で怒った。
    「修業の身でよくノコノコ帰ってきたな。とっとと戻れ。修業中は二度と家の門をくぐるな」一怒されてしまったのである。
    私は母親に詫びて、戻ることにした。これじゃ修業中何があっても親の死に目に会えないな、と覚悟した。
    その開業するまで父の顔を見ていない。

    甘かった、先生にも、父親にも悪い事をしてしまったものだと悔いた。
    仙台に戻り、先生の元に駆けつける。
    師匠は私を見、

    「佐助、どうした、もう戻ってきたか」
    「ハイ、父からこっぴどく怒られました。修業中は帰ってくるなと言われてきました」
    「ハハン、アァ、そうか、よく帰ってきたな」

    と、やさしく声をかけて下さった。
    僕は改めて遊びで修業してんじゃないんだ、自分の人生がかかっていると思い知った。

    マァ、そんなこんだ、だからね、故郷に帰った時は親に一言、こんな先生のところで、こんなこと、習っているってネ、話しておくんだよ。

    お・わ・り

    三浦寛

    注)『佐助』とは、橋本敬三先生が三浦理事長につけたニックネームです(畠山)

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  • 師匠とその弟子 師の想いとは・・・。

    師匠とその弟子 師の想いとは・・・。

    赤めだか

    そこから早く自分をつかめと、自覚せよと、そして自分の人生を越えて行くんだと談志は我が弟子に諭しているんだ。それ故談志師匠は一人の存在として、おまえさんの前で律して立ち続けているんだ。談志の存在は談志そのもの。何も談志になれと弟子に説いているんじゃネェ。せっかくのご縁だから、俺を通して早く自分自身になれと言っているんだね。僕は談志のきもちをそう理解するな。

    私の師匠だってネ、自分のロボットを数多く世に残そうなんてそんなケチな想いで愛弟子を育ててきた訳じゃないんだ。
    その証拠に、師匠の想いがたっぷりつまったエピソードがある。僕は、師匠を持たせていただくことができて、師匠のありがたさ、師がいることの誇りをも痛感したんだ。 あの時おれは一人号泣したね。うれしくってね。
    僕が開業して四、五年経ってかな。
    師匠から小包が送られてきたんだ。
    その中にA3ほどの大きさで、それは師の顔写真だった。写真とともに一枚の便箋がそえてあって、
    『愛弟子三浦君、何か思い余ることがあったらこの写真に語りかけてくれ、君の最高の幸せを願っている写真だと思ってな』
    と。辻よ、福田よ、中谷よ、畠山よ、そして同志のみんな、師匠というのは弟子一人一人の最高の幸せを願っているものなんだ。それが本物の師匠だよ。
    皆んな一緒じゃないんだ。一人一人の幸せを願っているんだ。一束まるめて皆んなの幸せじゃないってことだ。一人一人のだ。それは一人一人の弟子がいて、自分の人生を越えていく、そうしたなかで自分の価値観を磨いていく中での幸せを願うということなんだ。それがなくして皆んなの幸せには繋がってこないんだよ。それが一人一人のおつとめなんだ。

    赤信号皆んなで渡ればこわくない、これはウソ。一人一人がこんな集団になっちゃ困るんだ。こんな価値観がまかり通って幸せになったって、いつかはねとばされちゃうよ。人生、目的がわかっているのと、わからづのまま人の流れに巻き込まれ、人がそうするから、たゝついていこうじゃ、まったく自己責任がない。自己責任のない生き方に目的があるのか、それがみえるのかそんな自分からそんな手を繋いでいる集団から、社会から、一日も早く「一抜けた」しなきゃネ。自分を越えるっていうのは自立するってこと。己れの世界観を養っていくこと。自立なくして一人一人が手を繋ぐことはできないんだよ。仲良しごっこはできてもね。自立していく物同士が手を繋ぐから、すごいパワー、底力になるんだ。自立した一人一人の底力が一人一人の優しさ、あったかさ、真心なんだ。乗り越えていくことが自立なんだ。ただ厳しい力強さだけではない。そこに優しさ、まごころ、あったかさがにじみ出てくる。自分を越えていくことは自分に対する思いやり、人に対する思いやり、配慮ってこと。配慮とは自分の生を慎んで生きるということだ。オレがオレがの人生じゃなくなってくる。それはイノチに対する慎みに変わってくるものだ。それが、思いやりの生き方だ。

    師匠にも色々ピンからキリまで。弟子一人一人の最高の幸せを願っている存在が最高の師であると、僕は師匠からそう学んだ。だからこそ、師が成し、成さんとしてきた道をまっしぐらに歩むことができ、その意を継承し、掴み続けている。それも本望じゃないか。捨てたもんじゃないよ。おまえさん。だから学ぶことに貪欲で、サボることはしないな。学ぶことも、現役バリバリで自分に負けていないぞ、と胸を張れる。

    いつかは弟子に追いこされる時が来る。それも本望、うれしいことだ。その時というのは、間違いなく、来る。 その時というのは、手も足も削がれてまった時だろう。そこで西田、ニンマリするな。

    まだまだ当分先の事だから。それでもやれることがあったな。
    八十、九十になって、手と足を削がれ、持って行かれても、六十年、七十年思考しつづけてきた脳ミソと言葉があるよ。脳ミソが現役バリバリでいてくれりゃ、口が出せるという奥の手があったか。
    言葉で臨床を生かす快の本質を見極める生命観視ってこと。
    じゃあ、足っていうのはまごころ、合掌じゃ。
    手を削がれてしまって何が合掌だ。
    あわてるな。両足の顔(足のうら)をあわせて足合掌じゃ。
    足合掌はいいとして、それもアウトになったら師匠はどうする。
    こころして祈るしかネェだろうな。それが底力。
    それもありですか。
    その答えは自分に問いかけてみよ、西田!!

    三浦寛

    注)出て来る固有名詞は東京操体フォーラム実行委員のモノです。
    こちらをご覧下さい(畠山)。

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