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  • 師匠と弟子

    おはよう。三日目のブログは前夜の続きということでよろしくお願いします。今朝も雨、夜半の二時半に用をたし、そのまゝ着替え、モスバーガーに直行、四時間ほど原稿にむかい現在七時十分、これからブログにとりかかるところです。秋雨とともに、刻々と冬にむかいますネ。皆さん、風邪などひかないよう心のケアと、体調維持に努めて下さい。岡村、昨日手紙ありがとうネ。一人チビリチビリとウイスキーをなめ、読ませていただいた。返事はブログが終わった後で・・。

    秋穂、ハガキは着いたかい。いろいろ心づかいいただいて有難う。ブログでちゃっかり用を済ませるというのも便利ですね。
    本を書くこともそうだし、何かを身につけていくこともそうだと思うけれど、らくをして手に入れたものや身につけたものって、いつまでも続くものじゃなく、いつか自分の中から忘れ消えていくことの方が多いものだ。身につけても余り役に立つことが少ないし、そういうものほど中身がないから、あきがくるんだけど、そんな人生の時間、命の時間を使っちゃいけない。コツコツと日々静かな汗を流し、手に入れることのできる本物をつかんでいかないと。本物には身につけたことをさらに越えていく力がある。それが本物の生きた力、つまり生命力なんじゃないかな、橋本哲学に心酔しているなら、先生の「からだの設計にミスはない」か、「生体の歪みを正す」の一冊位は、書き写しながら読んでほしい。

    そんなことは面倒臭いし、時間もかかる。でも、面倒くさいことが自分の底力になっているんだよ。操体はネ、人生の総合学習の場なんだと私は思っているんだ。特に我々はそれを生涯の天職にもしているのだから、これは一人一人の人生にとって、スゴイ底力になってくる。人生の総合学習を生涯の天職にする。誰れにでもできていそうだけど、なかなかそれができないんだよ。生涯をつうじてコツコツ静かな汗を流せる学びをつかんだということは、スゴイことなんだ。
    日々コツコツ静かな汗を流す学習がないと、それは日々生きてはいるけれど、やることがない。生活のためだけの人生で終わってしまう。
    生涯学びつづけていけるものがあって、思考していけるものがある人生ってとてもとてもリッチな人生なんですよ。学びつづけていく糧がないってことはむなしい人生なのだよ。また。加齢していくなかで、人生そのものにあきてしまう。その人生は自分のものですから自分にあきてしまうってことです。なんとも背筋が寒くなりませんか。そんな人生の日々は毎日が長すぎるんですネ。学びのない人生って毎日毎日が退屈で長すぎる。命あって長生きさせられるだけの肉体生活って空虚ですよネ。健康でいられるという保証もないし、だからこそ今、若い内に人生の底力を蓄えておく必要がある。人生の本当のたのしみというのは生涯学んでいくことのたのしみにあるんだと思う。それは若い時から、その土壌をコツコツと構築していくことにある。

    フォーラムの同志の大半は青年ばかりで、そこまで人生の意識はないと思うし、考えることもないだろうが、若いっていうことは一瞬の時間なんだよ。そんなことも想像できないだろう?でも一瞬なんだよ。成人式を三回クリヤーするとネ、それが実感なんだ。50、60になって第二の人生、老後の人生なんて考えてももうおそいんだ。辻君よ、岡村よ、横森よ、君達は若い。夢も希望も、これからいくらでも適うだろう。それが若さだ。しかし静かな汗を流し学びつづけることを面倒臭がり、らくを決めこんではいけないよ。

    らくをいくら積み重ねたところで、その先にあるのは奈落なんだ。決して至福な人生が待っているわけじゃない。
    コツコツ学びつづけ思考するってことも。そうらくなことじゃない。人生の底力ってなにかって、おまえの未来につながる人生、そのものだよ。その未来につなげる人生を、今から充分仕込んでおく。それが人生一生の底力なんだ。おまえの人生は人のものじゃない。おまえ自身のものだ。おまえの人生はおまえしか味わえない、決して他人の人生じゃないんだ。親の人生でもない、おまえ自身のもののなかにある人生そのものが、そうなんだ。

    「赤めだか」読んだのか。
    談志師匠は弟子にむかって自分自身の生き方、人生を説教しているわけじゃないんだ。このオレのように生きろ、なんて言っちゃいない。おまえ自身の生き方、人生を説教しているんだネ。

    三浦寛

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  • 新作にむけてのこだわり・秋

    ブログ二日目。一日目は写真だけで済ませてしまったが、今まったくブログの準備にとりかゝかれない。やっと書き始めたのは昨夕からかな。言い訳はしたくないが、出版の原稿締め切りが間近となり、急ピッチでその校正をすすめている最中です。心中察して、師匠、最後でいいよ、とも声がかからず、マァ、少しは私のブログも期待して読んでくれる仲間がいるんだな・・・と思いとどまり、そして気合いを入れて書いています。
    校正の進み具合を少々書いておきますと、今現在、400字づめ原稿用紙241枚目まで終わりました。本書にするには最小限200ページから230ページはほしいところです。後六十、七十枚程度書きためておきたいですネ。この本書の元原稿は、2006年当時におおむね書き上げていたんですがね。それで今年の五月に出版が決まって、決まったのはいいんだが、改めて見直してみると、当初に比べ、かなりかみくだいて学んでいるんですね。元原稿のままだと提出するのは、サビついた釘を打つような気がして、改めて原稿を一枚一枚書き直していく作業から始めたのです。
    今回の出版は、私自身結構こだわりをみせています。こだわるついでに、銀座の文具店、伊東屋さんまで出かけていって、当店オリジナルの原稿用紙五たば、一たば100枚ですから500枚と、私愛用のドイツ製の鉛筆五本、とやはりドイツの消しゴム2個を調達してきました。

    このドイツの鉛筆、一本いくらすると思います?一本二千円ほどするんですね、少々値上がりしたようですけど。その上一本一本買えないんだ。五本セットになっている。マア、それでも書き味がいいんで、どうしても欲しかったから仕方ねーェです。この鉛筆、黒と茶色があって、写真にのっけてあるので興味のある方はちらっと見てよ。原稿用紙にすべるように書け、疲れないので格別に愛用させてもらっている。この消しゴムのこだわりも、すべるように消えてくれる。いくら消しても消しても原稿用紙がすり切れてしまわないことだ。
    このこだわりの理由は、本書が皮膚に関する診断と操法にしぼられていること、本格的な皮膚への問いかけ第一号の記念の出版だからです。皮膚へのアプローチだけで200ページの内容となると、かなりの落とし込みがないとかなりシンドイ!!今回かなり自信をもって挑戦してみました。読者のヤジ馬心に火がついてくれゝば、有難いと思っています。それにこんな新ネタ、おいそれと見かけないし、臨床家にとってはとってもおいしいと思うんです。皮膚のこと、理解すればするほどホホ笑むのはおまえさんなんだよと、僕は言いたいんだな。改めて真剣に原稿に向かう自分の姿があって・・・僕自身が一番皮膚に感謝してホホ笑んでいる。かなり心酔しているな。
    ・・・・というのは、かなり、かなりわかって書いていることだね。各章ごと、かくれ味、つまり私自身のメッセージがつっこんである。どう文章に表したらいいのか、なかなか難しいことだが、自分のメッセージを自分の言葉で話すっていうことが難しい。そんな時は何度も検読する。それも日をおいて、検読すること。それに黙読するんじゃなくて、声に出して読むんだな。すると、まとまってくる。もう一つの気づきは、文と文とのつなぎに使う言葉が「か」にするか「に」にするか、「を」にするかによって、文章の流れが止まってしまったり、急に流れだしたりする。
    活字はまさに生きもの、呼吸してますね。著者の呼吸が伝わってくる流れを生かせればいいんだが・・・・。
    また、本書に症例がいくつかのっている。これも今までもう少しなんとかならぬものかと苦心させられた。操者と患者のやりとりを、どうつないで結んでいくのか。今回はやっとわかってきたよ。参考にしてもらえれば、うれしい。三日目につづく。

    三浦寛

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  • 再考 日本人と食

    いよいよ最終日となりました。。。この一週間は文筆家と漫画家、両方の苦労が染みて解った一週間でした。最後までお付き合い願います・・・

    “基本食”Basic Foodとでも言いましょうか、皆さんの基本食って何でしょうか?ここで言う基本食とは“穀物”のことです、いわゆる主食ですね。一日に食べる“穀物”の量を考えると意外とばらけている場合が多かったりするのです(特に若年層になるほど)。
    朝はパンで小麦系、昼はパスタでこれ又小麦系、夜もビール(麦系)と軽食で済ます、などと考えると、日本は“お米”のお国柄と言いながらも、気が付けば米飯以外を日常的に主食で摂っていることに気が付きます。

    残念ながら、今の栄養学は“カロリー”を土台に食のバランスを考えているために、炭水化物は単純に = “エネルギー摂取物”と考えているところが有り、主食と言いながらも残念ながらカロリーの帳尻併せに使われている向きもあり、朝は食べやすくパンにジャム(バター)をつけて摂りなさいとかここでも“カロリー”と各食品個体の栄養素とカロリーが重要視されるあまりに“素材”を無視した指導がなされています。
    顕著なのは“糖尿病”などのカロリー制限がある病気に関しては、極端に主食量を減らすなどの調整により、『数字あわせの栄養学』とでも言うべき指導がされています。

    これで本当に良いのでしょうか?人間の身体って単純に一日の総カロリー数の比で割り切れるほど単純なのでしょうか?そして栄養のバランスとおっしゃって一日何十品目も摂らなければならないほど、複雑なのでしょうか?

    橋本敬三先生も著書の中でおっしゃっているのは、成人の歯の本数は28本であり、前歯(8本)は野菜などを切る歯、犬歯(4本)は肉類を噛み切る歯、大臼歯・小臼歯併せて(16本)は穀物や海草類をすり潰して食べる歯と分類されています。
    これを人間の歯の数と食べ物の関連性として考え、歯の本数対比で肉1:野菜2:穀類・海草類4の割合で食事を摂るのが理に適っていると説いておられます。

    これこそ“日本人”の食を考える際の基本であると思われ、“カロリー”を重視するのではなく、どの類の物をどれ位、食べるのかが重要になると思われます。
    以前、フォーラムで食について話をさせて頂いたことがありますが、“食”を考える際に重要なのは“栄養価”などではなく
    ? 歴史があるかどうか(食べてきた)?
    ? 何処に住んでいるか(環境による食性)?
    ? 旬の物であるか?
    主にこれら3つが挙げられると思います。
    どんなに科学や栄養学が進んでも、食べる側の人間は根本的に変わっていない訳ですから、大きく食環境は変えるべきではないのです。

    現在は昔に比べ“流通”“情報”利便性が上がってきていますので、とかくテレビでこんな栄養素が多く含まれているので身体に良いですよ・・・などと言われると情報に踊らされ、企業側の金儲けの論理に消費者が振り回され、何を食べればよいのかといった本質的な部分を見失っているのです。

    それを食べるだけで健康に成れたり、秦の時代に始皇帝が求めた様に不老長寿の薬などは世の中には存在する訳がありません。
    それと同じように、今の日本人はただただ有りもしない“超万能食品”を求め右往左往しているその姿は滑稽以外の何者でもありません。

    日本人の死亡原因のトップはご存じの通り、昭和56年よりず〜っと悪性新生物(ガン)です。死亡者数は約30万人にのぼり、日本の全死亡者数の3人に1人は悪性新生物による死亡です。
    この悪性新生物の傾向としては男女で顕著に傾向が分かれ、男性においては“肺がん”がトップで、女性に至っては“大腸ガン”がトップとなっており、共に上昇傾向にあるようです。
    男女いずれもハッキリしているのは“大腸ガン”が上昇傾向にあるということです。

    これは何故なのでしょうか?考えられるのは人間にとって最も大切な、『消化機能』の低下です。低下という表現は正しくないので、言い換えれば“消化しにくい食品摂取の増加”です。
    私達は通常食べたものが咀嚼や酵素などの働きで消化され、小腸で吸収されることで栄養として作用することが出来るのですが、この『消化』に問題があるのです。

    ついつい我々は食べたものが全て消化され、吸収されているのだと思い込んでいるのですが、実際の所は大腸に消化しきれない物がヘドロ状態で溜まっていく訳です。
    腸温が約37度だとすると、その環境に未消化の食べ物が有ることを想像すれば、容易に大腸ガンの増加理由が解ると思います。

    では私達日本人にとって消化しやすいベストな食材とは一体何でしょうか?間違いない物としては『歴史的に食べられて来た物であること』ここ数十年の食環境の変化によって俄(にわか)に食べられた様な物ではないことが大事です。
    戦後世代と言われる人たちが、米国主導の食政策により余儀なく組み込まれた様な食習慣などではなく、歴史があり日本人が古くから食べてきたものと言えば、やはり『ご飯(お米) 』であり、その土地に季節毎に出来る野菜が安全且つ消化・吸収の良い物だと言えると思います。

    最新の研究によれば米食弥生時代ではなく、既に縄文時代の後期には始まっていた様であり、少なくとも三千年の歴史が有るということになります。
    我々の祖先が安全な物や解らない物などを自らの身体を実験材料にしながら、見極め、そして食べ伝えて行ったのだと思います。
    我々のDNAにはご先祖様から受け継いだ“米”が安全であり、身体を育んでいくのに最も必要な栄養素なのだということを明確に身体が『記憶』しているということです。

    これから日本人が健康に生きていく上において重要なポイントは、ご先祖様が食べ繋いできた“米”に主食を戻し、未消化の食物を身体に残さない、正常な“体内サイクル”を作ることだと思います。そうすることで、大腸ガン系も含めた消化器系の疾病のリスクも軽減出来ると思います。

    今、日本の食料自給率は27%であり、先進国トップのオーストラリアの333%に比べるとお話にならない状況です。第二次世界大戦でもそうであった様に、日本は輸入を止められてしまうと国自体が機能不全を起こしてしまうという末期状態なのです。

    食の安全が叫ばれて久しい昨今、あれやらこれやらと食べずとも、今一度“足元”をよ〜く見て、日本の基本食『Basic Food』お米を中心に据えた、真の健康生活を作る様に考えていきたいものです。歴史は真実を語り、歴史は嘘をつきません!
    ご先祖様に感謝し、今日もお米を腹一杯食べたいと思います(稲刈りも終わりましたし・・・)。

    今週一週間拙いブログにお付き合いいただきありがとうございました。来週からはお待ちかねの三浦理事長です!今回はどんな話が聞けるのかほんと楽しみです。宜しくお願い致します。

    福田勇治

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  • 記 憶?

    皆さんは学生時代に歴史の授業は好きだったですか?歴史と言っても、古代もあれば現代史も有るので非常に幅が広くなりますが、人によって好きな時代って違うと思います。
    数日前のブログに書いた佐伯理事などは完全な古代史マニアですし、他の実行委員の中にも色々な時代のマニアが存在しています。
    今日の話をするにはこの前振りが必要なので、話しておりますが、要はどの時代に自分自身が惹かれるかというのが、自らが生きて来た過去の証でも有り、(以前、Vision Sでも書いた記憶がありますが・・・)俗に言われる『生まれ変わり』における記憶だったりするのです。

    この手の話は拒絶反応を示す方と逆に異常な位に同調・反応する方がいらっしゃるので、あくまでも福田の戯言(たわごと)として聞き流すなり、聞いてみて下さい、但しこの事を頭の隅においた上で臨床をしますと新たな発見、気付きが有り、特に『第三分析』をクライアントに試みていきますとより明確に感覚としてとらえられる事がありますので、又、皆さんも研究課題にしてみて下さい。

    私は小学生の頃から父の影響も有り、日本史に興味を持つ様になりました。最初の頃は在り来りに織田信長すげぇ〜っ!から始まり、中高生の頃にはやや熱も冷め、大河ドラマなどは殆ど見ることもなく過ごしていました。

    そんな私に再度、歴史マニアの火を付けてしまったのが、1985年から始まった、日本テレビ年末時代劇スペシャル』でした。
    12月30日と31日という当時では考えられない紅白の裏番組としてスタートしたこの企画は、異例の高視聴率を収めた番組となりました。
    “白虎隊”、“田原坂”、“五稜郭など当時の時代劇には珍しく幕末物を多く取り上げた番組としても有名で、里見浩太朗 大先生の独壇場と言った感じでは有りましたが・・・

    そんな作品群の中で、地味ながら私が釘付けになり、今に至っても憧れの存在としてRespectしている人物を取り上げたのが、松平健 将軍様、主演で制作された奇兵隊です。
    里見浩太朗大先生以外を主人公においたということで、賛否両論有ったようですが、私にしてみりゃ、どっちが演っても晋作の実像(痩せ形)とはほど遠いので、どちらでも良いんですけど・・・

    この作品の主人公だったのが、私が敬愛して止まない高杉晋作です。幕末が好きという方々の中でもこの高杉晋作を挙げる人も少なくないと思います。
    最大の魅力はその人間性?に有る様な気がします、とにかく破天荒な人で、いわゆる今の腐敗政治家の人々が束になって掛かっていっても叶わない位、藩の公金を使った、“飲む・打つ・買う”いずれも半端ではない、三拍子が揃った人物でした。
    上海に渡航するために藩から預かった渡航費用を数ヶ月で使い込んだり、藩に無断で高額の軍船を購入したり、愛人を連れて逃避行をしたり、などなど、挙げればきりがない位にお金にも女性にも“ルーズ”なお方でした。
    一方で戦術に関しては天才的とでもいうべき閃きをもっていて、日本初?とでもいうべき一般人参加の軍隊奇兵隊を創設、指揮し幕府が倒れる切っ掛けを作ったまさに軍事の天才でした。

    このテレビドラマを見た時の率直な感想としては、何故か違和感をもったのと同時に、懐かしさの様なモノを感じたのを覚えています。ドラマをみて突き動かされる様に、高杉晋作の生誕地でもある山口県萩市へと正月明けに向かいました。
    晋作の自宅やら松下村塾松陰神社など在り来りの観光コースを一通り廻って帰路につきました。何だか満足した気持ちで帰ったのを今でも覚えています。
    ほぼ数年おきに気がつけば萩にはそれから行く様になっていました。特に大きな理由はなく、行かなきゃいけないから行くみたいな衝動に突き動かされ、現在まで続いています。

    そんな私に大きな変化があったのは、操体を知ってからはじめて、下関の晋作の墓参りに行った時でした。下関に向かう際に何気にその時は普段と違う道を走っていました。
    クネクネとカーブの多い道で「変な道を通ったなぁ」などと思っていたら、急に左頸部の辺りに刺す様な痛みを感じ、車の運転すらしんどい位になりました。
    以前から私はこの左頸部に違和感を覚えることがあり、その時はハッキリと普段痛み出す場所が強烈に痛んでいるのを自覚しました。

    暫く車を停めて痛みが治まるのを待って、再度、車を走らせました。暫く走っていて気が付いたのはこの辺りは古戦場であったということでした。“太田・絵堂の戦い”という歴史の教科書になんぞ出てもいない幕末の頃の戦いですが、奇兵隊にとっては重要な戦でした。

    その時の意味も解らないまま時が経ち、昨年、嫁と一緒に再度、下関に向かう時にもやはり同じ場所で同じ様な痛みに襲われ、その時、嫁にハッキリと『あ!俺ここで死んだんだ』と言いました。
    当然のことながら嫁は「???」という顔をして不思議そうに私を見ていましたが、それまでの経緯を話すと、何となく納得した様な顔をして何にも言いませんでした。

    この件に関しては後日、その筋のお方にお話を伺ったところ、過去にあなたはその場所で亡くなっていますよと言われました。「多分、流れ弾か何かが左頸部にあたり落命してます」とのことでした。
    前世において、自身が戦死した近くを通ることで、その時の私の身体の記憶が共鳴し蘇るのだそうです。

    以前、三浦理事長“皮膚は人間の記憶媒体だ”と言われたことがありました。人間の皮膚にはその人の過去の病歴やら何やらの記憶情報が沢山蓄積されているのだと。
    私自身も頸部の痛みが自覚される様になった時期は操体の中で『第三分析』を私自身が意識し始め、臨床で使う様になった頃でもありました。

    “原始感覚”とは人間が本来もっていた感覚であり、我々の祖先であった人々も当然持っていたであろうと思いますし、昔は今とは違い“命”の危険に日々晒(さら)されながらの生活であり、現代人とは比較にならないほどこの“感覚器”が発達していたと思われます。
    『視覚・聴覚・味覚・触覚・嗅覚』は元より『予感・霊感』といった様な第六感にいたるまで意識することなく発揮出来ていたのだと思います。
    それが生活環境の変化により“身の安全”が確保され、徐々に繊細な感覚は薄れ、生活に必要な感覚だけが薄く残っていったのだと思います。

    私がこの経験で感じたのは、原始感覚が蘇るということは様々な身体の“深層記憶”を呼び覚ますのだということでした。それは“深層思念”にも繋がり、過去に生きていた記憶や思いをもフィードバックしていくのだと感じました。
    そう考えていくと、“皮膚”とは人間の感覚器官の中でも無限の可能性を秘めた、“Black Box”であり、更に感度を高めていくことで、我々の祖先が持っていたであろう、眠っていた感覚器を目醒めさせることが出来るのではと思いました。

    そう考えていくと私の過去へのフラッシュ・バックの様な感覚も理解出来ますし、臨床の際のクライアントが呼び覚ます無意識の動きからの自然治癒力”の高まりも我々の祖先に身体が近づいてきているのだと。

    “記 憶”とは過去から現在への架け橋であり、身体が治っていくプロセスとはまさに過去の身体へのアプローチであり、身体の本質である無意識への問いかけをすることが、人間の一つ一つの細胞の治癒プロセスの核心に迫るのだと。

    惹かれる場所・・・惹かれる時代・・・惹かれる人物・・・惹かれる色、などなど、惹かれるのには意味があり、ひょっとしたら、そこには身体の中に記憶の断片があり、それが影響しているのかもしれません。そう思うと又、違った風景が見えて来るかもしれません・・・

    福田勇治

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  • 何族でしか?

    いやぁ、昨日までは今度の秋季東京操体フォーラムの予習も兼ねて実行委員の面々をご紹介してきました。他の実行委員の方々も今度は誰がいじられるのかとビクビクしているという噂も有るので、本日からは私の話をしていこうかと思います(いじるネタもきれたので・・・)。

    え〜っと、皆さんは何族でしょうか? へ?族って・・人間って大別しますと“犬族”“猫族”のどちらかに分かれるようです、もっと単純に言えば“犬派”ですか?“猫派”ですか?って事なんですけど・・・
    私は断然『猫族』です!過去には犬を飼ったこともありますし、当然犬も好きですけど、一緒に生活をしていくということを考えますと、やはり“お猫様Love”です。
    東京操体フォーラム実行委員の面々も“猫族”が割に多く見受けられ、三浦理事長は皆さんもご存じの通り治療院のヌシ的存在になっているシモンちゃんを飼っていらっしゃいますし、畠山理事に至っては私以上に凄く、特技“猫・早爪切り”の技をお持ちの“お猫様Lovely”ですし、猫の写真撮影が大好きな上、自身までお猫様の様なお名前の森田実行委員などなど、私が知る限りでも熱烈なお猫様FANは多いのです。

    皆様ご存じの通り“お犬様”も“お猫様”もそのルーツは同じで、元々は同族だったとのことです。ある時期を境にして、山に入り人間とは距離をおいて生活を始めた猫の祖先と、人間と共に住む選択をした犬の祖先と別れていったそうです。
    その様なルーツの背景もあり、当然のことながら性格も正反対と言っていい程に違い、その違いを愛する人々から“猫族”と“犬族”に分かれるのだと思います。

    私が感じる猫の魅力の一つはその可愛さもさることながら、人間様の思い通りにいかない自由奔放なワガママっぷりであり、何でこんなに好きなのにぃいいなどと、自身が身悶えしてしまう程の自由っぷりです。
    人間ならば話をしたりしつつ距離を詰めたりも出来るのですが、如何せん“お猫様”とは会話が成立しないといいますか、“お猫様”に向かって喋りかけてはいるのですが、ひたすらじ〜っと見詰められたり、大あくびをしたりと、全然一方的な会話にしかならず、ここでも又、思い通りにいかない快感に襲われるのです。

    そう、これは“快”なのだと、今の世の中はお金が有れば大概なことは叶うのですが、思い通りにいかないというのは逆に快に繋がるのだということを“お猫様”を通じて再確認しました。
    これって人間様の“恋愛”に通ずるところが有り、人の心って(これは人にも依るので断言は出来ませんが)お金では買えない?ので、思い通りにいかないもどかしさに涙したり、時に身を捩(よじ)る様な気分になったりと、通常では有り得ない様な気持ちの高揚感を味わうことが出来る、まさに異質な“快適感覚”の世界が広がります。

    恋愛中は特に女性が美しくなるというのも“快適感覚”を得ることでホルモンの分泌が盛んになり、お肌ツルツルお目々(T-T) ウルウルと三拍子も四拍子も揃い、周囲の男性(雄)から見るとお猿様のお尻が赤くなるのと同じ位、「お〜っ!誰か好きな奴が出来たのかぁ」とか興味の対象となってしまうのですが・・・

    話がドンドン脇に逸れるので、元に戻しますが、人間様の異性から“信”を得るよりもハードルの高いお猫様からの信用はあくまでも選択権はお猫様側に有り、我々には何の選択権も存在しません。
    ではお猫様からの愛情の信任は一方的にお猫様だけで我々はただひたすら待つだけなのでしょうか?イエイエ、最大のヒントは“人間様”の異性とのお付き合いにヒントが有りました。
    何のことは無く、昔から言われる恋愛成就(恋愛だけではなく人間関係を構築する)の三箇条が有るのですが、全て頭に一緒にが付きます。
    ? 一緒に食事をする
    ? 一緒に寝る
    ? 一緒に風呂に入る
    仲良くなりたい人がいらっしゃればこれをすれば“ぐ〜っと”人間関係は近づきます。まぁ、これって普通に団体生活を経験したことがある方なら、わかると思うんですけど・・・(これをしている夫婦は離婚率低いそうです・・・)

    お猫様の場合は?はやや不可能に近く、これをやれば間違いなく嫌われると思われますので、お猫様の場合は一緒というよりも、それをしてあげるといった下心無しの奉仕の気持ちが必要だと思います。
    ? お食事を差し上げる
    ? ご就寝中はそ〜っとしておく
    ? 必要以上にこちらから弄(いじ)らない
    の三箇条になる様な気がします(異論が有るのは承知の上、あくまでも私心でございますので)・・・

    私の家にも二人のお猫様がいらっしゃいまして、長男のNice Guy『レオ(10歳数ヶ月)』ちゃん、三男坊主のメタボ『小太郎(5歳数ヶ月)』くんです(因みに次男坊主の『まぁ』くんは轢き逃げされて既亡です)。
    両人共に性別は押忍!じゃなく、雄です。と言っても既に雄のシンボルは無く、去勢された宦官状態になっております。
    両人共に自分にとって露骨な位、Loveな相手が決まっており、長男レオは母Loveであり、三男坊主小太郎は私Loveで、嫁と父はどちらかと言うと二番手に甘んじています。
    因みにどちらかが居ない時のNO.2はレオは私、小太郎は母とこれ又、父と嫁には余り用が無いようです。

    何故かと考えると“ご飯”をやっている頻度が圧倒的に多いというのと、割にこれが重要なのですが、こちら側から必要以上にお猫様にベタベタしないということです。
    嫁などは典型的なベタベタ派で小太郎が可愛すぎて、すぐに抱こうとしたり、寝ている時にちょっかいを出そうとするので、やや鬱陶しがられています。
    私の場合は両人においてもほぼ、『放置Play』です。寝顔はカワユイのぉなどとほくそ笑みながら見てますし、まず抱くことは皆無です。
    両人が擦り寄ってきたり、弄(いじ)ってくれと来ればここぞといわんばかりに弄り倒します。眉間から頭部、お口の横やらアゴ、お腹にいたるまで、入念に満足するまで撫でたり、少し皮膚を摘んだりと『お猫様操体フルコースです。

    特に小太郎に関しては完全に私の担当なので、食事は夜中だろうが何だろうが、私にしか要求しないのです。最初は耳元で可愛く「にゃあぁ」などと泣いてますが、段々ボリュームが上がってきて、「にゃあああああああ!!!」と泣き、それでも駄目なら私の顔を最初は軽く爪で掻き、最後はやや深めに爪をたてて起こしてくるのです。
    今日は寝たいからと布団を頭から被っていると、棚の上に置いてある物を一つずつ順番に落としていきます。真夜中の部屋に「カランカラン〜!」「ドン!ドカ!」と音が響き渡り、最後には棚の上からダイビング・ボディ・プレスばりに私の腹に向かって飛び込んできて、試合終了・・・

    私が出張で夜居ない時などはさぞかし、嫁がやられているだろうと思えば、話を聞くと、夜中に何かの視線を感じてふっと横を見ると、泣くことも何もせずただ、じ〜っと嫁を見詰めているのだそうです。

    私達夫婦には子供は居ないのですが、お猫様達が立派に家族であり、“餌”などという言葉は私の辞書には有りませんし、“一匹”では無く、“一人”なんです。
    時に私が疲れている時には手首の辺りを何も言わずに“ペロペロ”と舐めつつ、大丈夫?って目をして、見つめてくれたりもしますし。
    ほんとに言葉は喋らなくても、何だか気持ちをわかっている様な気すらしてくることがあります。

    犬を飼っている人に聞くと、ワンちゃんはこちらの言うことを理解してくれて、呼べば来るし、散歩する時は楽しいよぉ。。。家族だね!と言われます。
    そう、ここが猫族と犬族との大きな違いなんです。犬族の皆さんが言われるのには理解してくれて、飼い主に従順な所に魅力を感じるのだそうです。

    犬族との根本的な違いはここで、我々猫族は(我々と言っても私の事なので・・・)お猫様との関係はあくまでも断定ではなく、仮定の上に成り立っているという危うさなのです。
    「こいつ・・・多分好いてくれてはいるとは思うけど、本当かなぁ。。。」といった、お猫様特有の呼んでも知らんぷりなどの行動で、愛を確信出来ないもどかしさ・・・でも、呼ばないのにスリスリしてくる、この愛くるしさ・・・え〜いいいぃ、この小悪魔ぁ!と言いたくもなる様な感覚が、まさに“恋愛”でもしてるが如くの高揚感があり、犬が“理想の夫婦や家族”で有るとすれば、お猫様は“いつまでもときめく理想の恋人”かもしれません・・・
    最近、刺激が少なくときめきの無いあなた、お猫様とLoveしてみませんか?
    そんな、もあるんです。

    福田勇治

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  • 操体王子見参!

    人間とは不思議なもので自分自身が魅力や興味を感じる人って、不思議と同じ趣味を持ってる人とかよりも、自分には無いものを持っていたり、自分にはマネ出来ないやぁといった優れたものを持っている人に対して感じますよね。
    少なくとも私が興味を抱いたり友達に成ってみたい!と思う対象はそんな感じの方です。

    特に実行委員の方達は個々に特長がある方ばかりで、先に紹介した平相談役や佐伯理事もそうですが、その中でも異質?なのが一部で『操体王子』と呼ばれている岡村実行委員長です。岡村実行委員長と言う名称が余りにも長いので、この後は岡村さんと称させて頂きます。

    岡村さんの最大の魅力は何と言っても、自分自身と正反対と感じるほどの『人間性』です。
    変な意味ではなく、月と太陽(勿論、太陽が岡村さんですが)と思うことがあります。
    全ての物事に対して本当に実直に真摯な姿勢で取り組むことが出来る人で、どんな些細なことでも全身全霊であたり、そこまで気を遣わなくても・・・と思うことでもほんとに真剣に自分のことの様に考えることの出来る人です。
    ですから実行委員長の改選の際も、「岡村さんしか居ないなぁ」って思いましたし、是非、皆のために成ってもらいたいとも思いました。多分、他の実行委員も同じように考えていたと思います。

    そんな岡村さんが私の地元である島根県にツーリングで来られたのは今から2年前?だったと思います。愛妻家?の岡村さんが奥様を拝み倒しての茅ヶ崎からの参戦でした。

    私はてっきり私の家で泊まってもらえるものだと思い、準備をして待っていたのですが、これ又、岡村さんらしいと言いますか『イヤイヤ!と・・とんでもありません!ご迷惑がかかりますので別で泊まる準備をしてますから!』という言葉でした。
    何処のホテルに泊まっていらっしゃるのかと思えば、な。。。
    ??( ̄□ ̄;)ナント!! 
    弓ヶ浜と言う島根県のお隣の地、鳥取県の海水浴場のある松林の海岸でテントを張ってのサバイバル生活!をしていたのでしたぁ・・・爽やかな岡村さんらしいと言えばらしいのですが、予想Guyの攻撃にリトルびっくりしました。

    ここでも岡村さんの人柄がわかるエピソードがあって、岡村さんが私に『いやぁ、こちらの方って、本当に親切な方が多いんですねぇ・・・』と言われ、どうしてですか?と問いかけると『色々な方が何処から来たのかとか、妙に声をかけてこられて、色々と親切に教えてくれるんですよぉ』とのことでした。

    え〜っと、地元の私が言うのも何ですが、島根・鳥取の人って“超閉鎖的”な所がありまして、他人、ましてや地元の人じゃない方などには基本的には声をかけることなどまず皆無ですねぇ・・・
    これは間違いなく、岡村さんだったからに他なりませんねぇ・・だって、岡村さんって全身から良い人オーラが出まくっていますので、見かけると多分声をかけなきゃ!って思うんじゃないかと思います。ましてや!このチョー閉鎖県で声をかけられるなんて、ニューヨークのブロンクスで日本人が素通りするよりも難しいことですよぉ!

    島根にいらっしゃっている間も段取りが良いと言いますか、何処に行こうかと地モッティーとしてはあそこや、ここへと考えていたのですが、出雲大社やら鬼太郎ロードやらの目ぼしい所は既に廻ったとの事でしたので、超マニアックな場所が良いかと思い、某オーラの泉・・重千代に出演している江原○之氏が著作“神社紀行”の中で「日本国内でも非常に霊力の高い聖地である」と言ったことから、急激に参拝者が増加し、県外車やら若い女性やら参拝者の数に近隣の方がビックリ(迷惑)している神社が有るので、そこへ行きました。

    この神社は神社そのものも確かに見所が有りますが、寧ろその“ご神木”に力が有り、私には正直、波動が強すぎて気分が悪くなってしまうことがあります。

    そこへ岡村さんと行くと・・・岡村さんも『お〜っ!な。。。何か凄い波動ですねぇ。。。。うぉおお』などと言いつつ、やはりその波動の強さに戸惑っている感じでした。
    戸惑いつつも二人でご神木の根元を“ペタペタ”と触りつつ、クラクラしながら神社を後にしました。
    その後も更にマニアックな観光客がまず行かない様な場所へ行きつつ、マニアック島根観光は終了致しました。

    うちの家内も母も「岡村さんってほんとに爽やかな、ナイス・ガイね」(ナイス・ガイは作っていますが、同じ内容の方言で表現してました)と私をチラ見しながら、微笑んでました・・・何故か殺意を抱きました(爆)・・・

    しかし、岡村さんにはもう一つの顔があって、それは“ナイス・オーバー・リアクション野郎”という一面です。
    これは機会があったら是非、岡村さんと話しをしてみて下さい。どんな話しに対しても真剣に聞きつつも、話しの端々に強烈なリアクションが漏れ無く付いてきます!
    その三段活用としては『へぇええええ!』、『まじっすかぁああ!』、『凄いじゃないですかぁああ!!』主にこの三種類のリアクションが絶妙のタイミングで聞けると思います。

    でも、嫌な感じやわざとらしさが無いのが特長で、ある意味会話のスパイス的であり、絶妙の味付けとなっています。唯々、関心してます・・・

    服装のセンスもフォーラム男性陣の中ではピカイチで、時には“湘南ボーイ風”、はたまた“渋カジ風”(どんなものかは知りませんが)などなど見る度毎に違う雰囲気で颯爽と現れる姿は正に“操体王子”と呼ぶに相応しい出で立ちです。
    フォーラムの際はそのファッションセンスにもご注目と言った所です。

    この三日間に渉って実行委員の人々をご紹介しましたが、まだまだユニークな実行委員は沢山いらっしゃいますので、是非とも今度のフォーラムで色々と話しを聞いてみて下さい。“百聞は一見にしかず”と言う諺がありますが、私の好きな言葉で『百聞百〓一験にしかず』という言葉もあります。
    意味としては百回見ようが百回聞こうが一回の経験に優るものは無いという意味だそうで、どんなに詰め込んでも知識は知識でしか無く、経験し、触れることで始めて“体得”出来、体で覚えたものが始めて生きていく上での“智恵”に変わるのではと思います。
    是非、そんな貴重な経験を今度の秋季フォーラムで味わって頂きたいと思います。

    今宵はここまでにしとうございます・・・

    福田勇治

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  • 神主な縄文人

    はい、ドサクサで三日目へと突入した福田です・・・
    昨日は我が敬愛すべき平相談役の話を展開致しましたが、三日目はこれ又、私が実行委員の中で、一番気心が知れていると申しましょうか、実行委員の中では一緒にいる時間一番長い方でもあります、とにかく一緒にいて一番ホッとする存在であり、癒し系お兄様こと、佐伯惟弘 理事のことを話したいと思います・・・

    佐伯理事とはかれこれ何年の付き合いでしたっけ(親しいと言っている割には曖昧ですが・・・)?という位、何十年も前からず〜っと知り合いだったかのような錯覚が起こる位に馴染んでいる、不思議な方なのです、多分これは私だけではなく他の実行委員も同じ感想なのではと思います。

    佐伯理事を一言で言い表すと、と言ってみたかったのですが、一言で言い尽くせない不思議なお方なので言葉を重ねたいと思います。
    実家が神職という日本古来の由緒正しき神に仕えるお家柄であり、何気に雰囲気は浮世離れしているところがあります。世が世なら“お歯黒”、“麿眉”なんぞしつつ、「おほほほほぉ」なんて笑っている、お公家様とかだとピッタリではなかろかと思うような感じ満載なのが佐伯理事です。

    コテコテの日本人200%の佐伯理事ですが、意外にもその人生のキーワードはアメリカにあり、未だ日本人がそんなにNew Yorkに住んでいない頃から最初は建築家?を目指しNew Yorkで居住していたのだそうです。
    佐伯理事らしいのはNew Yorkの建造物を見てその直線的な建造物の造りに、自分の目指すものと違う!と思い、建築家が一転“芸術家”の道へと続いて行ったのだそうです。
    その頃のエピソードとして、サザンオールスターズ桑田佳祐が初めてNew Yorkに来た際に街案内ということで通訳としてNew York滞在中は一緒に過ごしたのだそうです。
    私も佐伯理事の全ての話しを知る訳でもなく、飲んでいる時に聞いた話だとかツギハギな内容を時期関係なく話しておりますので、話しが前後するのはお許し下さい。

    この米国に居た時期にあの伝説の“操体法治療院テレアポ”事件が有った訳ですね・・・
    その“操体法治療院テレアポ事件”の顛末は・・・
    佐伯理事の中で“操体法”というのが徐々に存在が大きくなってきて、“操体法写真解説集”?でしたっけ。。。を見られた時に巻末に操体法実施施設の電話番号が載っていて、どうしても話しを聞いてみたいと思って片っ端から電話したそうです。

    ですが、残念ながらどの治療院も電話をしても繋がらなかったのだそうです。早い話が閉院されていたのですね。
    そして、最後に残った治療院が何故か一番連絡をしたくなかった・・と本人談ですが、『人体構造運動力学研究所』だったそうです・・・
    そう、まさに人生を変える運命の人との出会いがこんなところであったのですねぇ
    ご存じの通り“人体構造運動力学研究所”と言えば三浦理事長の治療院の屋号なんですが、三浦理事長が凄いのは、一通り話しを聞いた後での第一声が『ん、じゃぁ直ぐに来い!』って渋谷から電話してる訳じゃないんですから (_ _)ノ_彡☆バンバン!(爆)
    でも察するに佐伯さんの迷いを見越した三浦理事長、一流の心眼だったのだと思います。

    かくして佐伯理事も三浦理事長の言葉に導かれるように帰国され、間は省き(爆)今に至っている訳です。至る話しは佐伯理事もエピソードの多い方なので、是非、フォーラムで捕まえて懇親会あたりで話しを聞いてみられると面白い話しが沢山聞けると思います。

    私は佐伯理事からは多くの影響を受けている気がします。特に私自身が自らのIdentity(アイデンティティー)を再確認する切っ掛けを作っても頂きました。
    その一つが“神道”への気付きでした。私は無宗教者なのですが、住んでいるお国柄(出雲)なのか、神様であるとか目に見えない存在とかは常に身近にあり、それを感じながら生活はしていたのですが、佐伯理事から紹介してもらった春日大社宮司 葉室頼昭氏の著書『神道のこころ』との出会いは自身の物事に対しての考え方も変えて頂いたような気がします。
    食に関してや日本人としての在り方など、今私の考え方の根幹にある部分は神道から影響を受けた部分が多々有り、その切っ掛けは他ならぬ佐伯理事でした。
    この部分は臨床に対してや、クライアントへの接し方も含め大きく転換させて頂いたと思います。
    さすがに実家が神職だけあって説得力もありますしね・・・

    あと、佐伯理事と言えば『縄文』です。縄文の伝道師と呼ばれているだけあって縄文を語らせたら一晩でも語り続ける男と呼ばれています?以前のフォーラムでも“縄文文化と日本家屋”について発表されたことがありましたが、私の戦国・幕末マニアよりもそのマニア振りは徹底しているようにも思えます。

    私も例の如く佐伯さんの影響を受け、縄文時代についてあれやこれやと調べてみると、「う〜ん」確かに佐伯理事の言うとおり非常に魅力的な時代であり、日本人が一番日本人らしく生活を営んでいた時代であったのだと納得しました。
    武器を持つ必要が無く、それまでは移動をしながらのジプシーの様な生活をしていた人々が、ムラなどの共同体(コミュニティ)をつくり、定住生活を始めたのも縄文時代の大きな特長だそうです。非常に貧富の差が少ない社会だったようで、獲物は公平に分け、道具は共同で使用するなど、何だか今の日本から考えると信じられないそんな心も豊かな時代だったようです。

    そんな時代が約一万年も続いたというのも凄い話しですし、縄文期の頃の祖先のDNAを享受している日本人には他国に侵略することで国が成り立って来た欧米諸国とは一線を画する所が有ると痛烈に感じました。

    何だか話しが固くなってきたのですが、佐伯理事は神道でも縄文でもそうですが、“日本人とは何ぞや!”、“これからの日本人はかくあるべきである!”といった明確なメッセージを自身が感じておられて。
    米国での生活や人々との交流の中で、欧米の生活習慣などを肌で感じていらっしゃるからこそ、尚更、これからの日本への危機感を抱いていらっしゃるのではと思いました。

    ここまでで終わると、佐伯理事って素敵!っていういい話で終了してしまいそうなので、それ以外の恥ずかしっぷりも暴露しますと…

    三度の飯より“お酒”を愛する佐伯理事はお酒が入ると何故か別人のスイッチが入る様で、とっても楽しいお酒で他人に害が出るようなお酒では無いのですが、特にここ最近は少しお弱く成られたようで(^▽^笑)…
    その一つが、ソックスを脱ぎ出すと、翌日の記憶が消去するようにプログラミングされているようです。
    私どもでは『Sox Delete Programming』と呼んでおり、最近では何時 佐伯理事がソックスを脱ぎ出すのかを興味津々で見ています。
    ですから、佐伯理事に一言物申したいというお方がいらっしゃれば、このプログラムを参考にして頂いて、ソックスを脱ぎ出すのを確認してから、クレームなり言いたいことを言って下さい。
    翌日は何も記憶に無いようにプログラムされていますので…

    住んでいる京都府美山町という場所もとっても良い所であり、ご自宅は英国風茅葺き民家という珍しいお宅に、風光明媚で近くのコンビニまで約一時間はかかるという、パラダイス?の様なお宅です。
    夏は川泳ぎ、冬はひたすら雪といったメリハリのついた、チョー昔の日本がそこにある!的なコピーが付きそうな京都府では穴場の観光スポットです(その代わり福井県にも近いですが)。

    今日のブログはヤケに長くなりましたので、今日はこの位で勘弁しときます。しつこいようですが、ソックス要注意です。

    福田勇治

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  • 憧れのグラップラー刃牙と

    え〜っと、二日目の福田です、今日も徒然なるブログにお付き合いのほど、よろしゅう願います。前回のブログの一回目、二回目ではうちの師匠のことについて書いたので、今回は東京操体フォーラムで一緒に実行委員として活動している人々についてあれこれと書いてみようと思います。

    現在、私が確認出来る限り?の実行委員の数は20人です(違う場合は速達でご連絡下さい)この人数全てを紹介するとそれだけで私のブログは終了してしまいますので、その中から数人の方をリストアップして(早い話が少々なことを書いても笑って許してくれそうな方が限定…)話しをしてみたいと思います。

    最初に登場して頂くのは・・・私的に同じ実行委員としていつもドキドキ?ドギマギ?しているのが、何を隠そう平直行 相談役です。何故かって、それを聞くのは野暮ってもんだぜ!って言いたいのですが、勘違いされると皆にドン引きされる恐れが有るので言っときますと・・・

    何故か東京操体フォーラムの実行委員には格闘技経験者が非常に多いというのが特長でして、私が確認するだけでも(今日はこのフレーズが多いっすねぇ)、アイウエオ順に言いますと、甲斐田実行委員はいきなり本物なんですが、元角界の住人であり居酒屋で四股を踏んで華麗なる脚の上がり具合に思わず皆で拍手をしてしまったという強者ですし・・・
    草階文恵 理事は極真空手初段、合気道 冗談(*≧m≦*)ププッ、後カポエラに何でしたっけ?余りにも色々な格闘技に手を出しすぎていて、並べるのも難しいのですが、以前、私もふざけ半分でローキックをくらって骨折したことがありました(爆)(o_ _)ノ彡☆、中谷之美 実行委員も元極真空手の猛者で今はライギョにハイキックを喰らわしているそうです、三浦理事長も柔道の黒帯ですし、先日聞いたばかりなのですが、横森昌裕 実行委員は柔道で高校へは特待生で入学、合宿は日体大と一緒にやっていたとかどうとか、見た感じはどう見ても日サロに通っているサーファーにしか見えないのですが、と・・・とんでもない!下手なことを言ったら今度はカニばさみから裏投げをかまされそうです。
    あ、密かに畠山理事も陳式じゃなくって、何でしたっけ?実践的太極拳を本格的にやっていたんですよねぇ・・・陳建一では無かったような気がしますが・・・

    実は私も密かに高校卒業時に極真の門を叩き、二十歳過ぎまでやっていたのですが、腰を痛めてしまい、ドロップアウト、それから数十年の月日が経って、サラリーマン時代の広島勤務の頃に再度、格闘技への未練の中で、お馴染み正道会館の門を叩き(叩いてばかりですが)、ここでも島根に帰るまでの2年間でしたが、お世話になりました。

    と、そんな格闘技大好き実行委員の頂点に君臨?するのが平直行 相談役なのです!!
    最初に畠山理事から「平さんって私のクライアントだよ」って未だ私が畠山理事の講習に通っている際に初めて聞いたときには、思わず「え〜っ!!!」って背骨折れる位に仰け反った中森明菜のDesireばりのリアクションを今でも覚えています・・・
    その時は機会があれば一度位は話しが出来る機会が無いかなぁ・・・とか、せめて挨拶位出来ないかなぁなどと、様々な妄想を張り巡らしていたのですが、ま。。まさか同じ実行委員として活動出来るなんて思いもしませんでした。

    因みに知らない人のための平直行講座!って、わざわざ私が語る必要もなくインターネットで検索すればガンガン検索にかかりますし、YouTubeで検索しようものなら若かりし頃から現在に至るまでの平相談役の映像を色々と確認することが出来ます!
    PRIDEやK-1など今やエンターテイメントとして日本において、確立された観のある格闘技ではありますが、その先駈けとして総合格闘技の世界ではカリスマ的存在であり、同時代の総合格闘技界に存在した前田日明氏や船木誠勝氏と並び称される凄い方なのです。
    今ではスタンダードになっているブラジリアン柔術を日本に広めたのも他ならぬ平相談役なんですねぇ・・・

    ですから、私のようなチョイと格闘技をかじったことの有る人間にとっては雲の上の人、神様の様な存在なのです。ですから、ファースト・コンタクトの時は何をどう喋ったのか舞い上がっていて判りませんでした(確か平相談役が最初に来られたフォーラム時に三浦理事長のBMWに同乗させて頂いたのが最初だったような)・・・
    基本的には今でも平相談役とお会いする時は若干、緊張モードに成ってしまい、私の実力の半分も出せておりません(え〜っと、どんな実力だ。。。)・・・
    それと、忘れちゃいけない現在、週刊少年チャンピオンに連載中のグラップラー刃牙の主人公範馬刃牙のモデルも平相談役なのだ(因みに私は17巻まで持っております・・)!
    余談ですが、平相談役の仲人は板垣恵介大先生(因みにグラップラー刃牙やら餓浪伝の作画をしていらっしゃる格闘漫画の大御所です)だそうです(す。。凄すぎます)…

    そして、現在に至っては実行委員の強みで、月に一回はお会いすることが出来るようになったのですが、何とも楽しくてしょうがないのです。何を特に話しをさせて頂く訳では無いのですが、周りの人を幸せにするあの明るさや、あんなに強いのにも係わらず腰が低いったらありゃしない!本当に強い人ってそうなんだよなぁってシミジミと思います。
    でも、何よりも凄いのはお付き合いさせて頂いてから改めて気付いたのですが、その飽くなき探求心です。実行委員の勉強会などでも、他の実行委員とは違い、武道家としての視点から見られた操体の面白さ、人間のからだの使い方、奥深さをほんとに味わっている感じがするのです。
    それを懇切丁寧に皆に身振り手振りで解説して下さるのも、実行委員冥利に尽きます…
    まるで子供が新しいおもちゃを手に入れて楽しくってしょうがない!って感じで、“壊す”という人間の極限の状態から“治す”という新たなリングへと住処を移したグラップラーの姿を垣間見るような気がします。

    このまま語り続けると終わりそうにないので、最後に私のデスク上の写真立ての中に入れてある、三浦理事長から頂いたハガキを紹介して終わりたいと思います。
    そのハガキの中には三浦理事長の目から見られた平相談役評があるのでご紹介させて頂きます。
    内容としてはフォーラムで平相談役の講演があった時のフォーラム後に、三浦先生から頂いたありがたいハガキでした。

    『 前略、毎回雨に打たれるフォーラムですが、今回珍しく晴れでしたね・・中略 
    平氏の講演を聴いていたと思うが、頂点を極めた人の話には、言葉に力があるだろう、つまり生命力がある。そして、会話を自ら楽しんでいるだろう。 楽しんで話しているんだよ。 さすがだね、その秘訣ってあきらめないことだ。 理解してわかっても、それで理解したと思わず、理解した先にまだ何かがある、という究(求)道心をもちつづけること。 その意欲さえあれば誰にだってそのレベルに到達することが出来るんだ お前にだって不可能なことはない 』 三浦 寛

    今宵はここまでにしとうございます…

    福田勇治

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  • 秋期東京操体フォーラムでおま

    いよいよ二巡目のブログ投稿の順番がやって参りました、福田です。一巡目は何とか勢いで乗り切りましたが、今回はどうなるのやら不安ではありますが、一週間宜しくお願い致します。

    え〜っと、今回の一発目は何を書こうかなぁなどと思いつつも、再々に渉り告知されております『2008年秋期東京操体フォーラム』に関して少し書いてみようかなぁと思っております。
    既に皆様ご存じの通り(かなり力強く!!!そしてしつこく!)
    11月2日(日)は秋季東京操体フォーラム(場所:東京千駄ヶ谷津田ホール)が開催されます。
    このフォーラムは基本的には春季と秋季の年二回開催され、もはや年間恒例行事の如く開催されています。
    因みに今回のテーマは『操体臨床の世界 その診断(問いかけ)と操法』、サブテーマは“般若身経を臨床に生かす”です。

    このフォーラムの内容は東京操体フォーラム実行委員の各メンバーによってコンセプトから内容まで吟味し、ああでもないこうでもないと言いながら喧喧諤諤やりつつ、内容が決まっていきます。
    ですが、自主性を尊重する東京操体フォーラムなので、自分がこのネタをやりたい!などと言う猛者は強引にネタを提案しつつ、尚かつ自分が演者として担当することも多々有ります(本の発売に合わすとか・・・)。

    当然、内容にしても自身で責任を持って考え、発表しますので、フォーラムは実行委員にとっても大舞台であり、大きな勉強の場でもあるのです。ですから、一回一回が真剣勝負であり、そこには妥協はありません。

    特にこのフォーラムでは臨床家にとっては垂涎の『最新操体臨床』が眼前で繰り広げられる凄さもあります。いわゆる第一分析のみの操体法から更に進んだ第二分析や第三分析など、実際に現在、臨床の場で行われている最新の操法を見ることが出来、臨床家として日々疑問に思っていることや、新たな発見がそこには有ります。迷わず行けよ!行けばわかるさぁ(By アントニオ猪木)!と思わず叫びたくなります・・・

    ですが!ですが!私がこのフォーラムで一押ししているのがやはり、The 懇親会です!懇親会に参加せずしてフォーラムを語るな!と口を酸っぱくして毎回言っておりますが、本当にこの懇親会ほどリアルな操体が体験出来る場所は他に無いからなのです!

    私は基本的な考え方として、どんな会合やセミナーでもそのプログラムを組んでいる意味をよく考えることがあります。必要だからこそ有る訳で、不必要なものなど有る訳がないのです。
    この懇親会の場をただ単に飲食の場と思っている人が居るのであれば、大きな大間違いであり、名刺交換の場と思っているのであればこれ又、大きな大間違いであるのです。

    この懇親会で聞ける話こそ『The Real SOTAI!』であり、メインのプログラムでは語り尽くせない“Night Science(ナイト・サイエンス)”の部分なのです。
    Day Science(ディ・サイエンス)が論理や理論の上に成り立っているものであるとすれば、Night Scienceこそが操体の感性であり、感覚に触れることの出来る場所で有ると言えます。
    どんなに理論や方法が判ったとしても、それを動かすべく根っこの部分が判らなければ、“仏作って魂入れず”の例えと同じで、肝心要な部分が抜け落ちては元も子もないのです。

    う〜ん。。。つい、興奮してしまいました・・・(ノ゜?゜)ノあうぅ!!

    明日からは色々いらっしゃる実行委員について少し書いてみたいと思っています・・・
    それでは今宵はここまでにしとうございます・・・

    福田勇治

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