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  • ”喜怒哀楽” DO!怒っておりますぞ

    喜怒哀楽『怒』の番がやって参りました、実を言いますとこの“怒”が一番私にとっては書き辛い感情です。
    人生の中で最も長く携わってきた職業が営業職であったこともあり、無意識のうちに“怒”の感情をコントロールしてしまっていたようです。
    ご存じの通り営業職での最大のタブーが“感情”を表に出すことであり、感情をコントロールし、逆に相手の感情の揺らぎを冷静に読みながら駆け引きを行っていくのが営業職ですから、
    考えてみると人の裏側を見ているようで、悲しい感じですねぇ…
    そんな私が最近怒りを感じたのは“若いお母さん達の子供への接し方”です。
    これは島根だけに限らず、東京にいた時にも見かけた光景でしたので、一般的にこの様な傾向にあるのだと思います(スイマセンこれが全てでは無いですので・・)

    何故か私は子供が無茶をする現場によく出会います、よく見かけるのが書店での光景です。書店って本当に“傍若無人チャイルド”の溜まり場なので、
    皆さん今度は気を付けて観察するようにして下さい・・・
    お母さんは自分が読みたい本を読んでいる、子供も自分が読みたい本を見ているのですが、飽きてくるのでしょうね・・・次第に遊びが入ってきて、平積みしてあった本を“グシャ”と崩しました。
    当然の事ながら床に本がバラバラと崩れ落ちました。“むっ!”私の左眉がピクッと動きました、子供の方を見ると片付けるでもなく、
    悪びれる様子もなくスタスタと母親の方へと歩き出しました、年の頃なら保育園に行く位のお年頃でしょうか、親子でどういうリアクションをとるのか黙って横目で観察をしておりました。

    す・・すると母親、確実に横目で崩れた本を確認したのです!そう、私は見たのですが、母親取り敢えず“無視”・・・ ヾ( ̄o ̄;)オイオイ 
    私は横目が裂ける位の勢いでガンミしていたのですが、母親無視・・・無視・・・無視
    時間にして2〜3分位のガン飛ばし大会に成ったのですが、私の方が我慢出来なくなり、セッセとお片付けを始めました。
    しかも、下から母親の顔を上下で睨み付け、見上げながら片付けていたので、多分手伝ってくれるのだろうと思っていたら、
    ふと視線を母親から切った瞬間に、子供を連れて消えたのです・・・ダッシュ!((( 三( -_-)
    早すぎる・・・余りの早さにビビリました、意味が理解出来ませんでした。
    “脱兎の如く”って言葉では使いますが、実際に目前で見たのは始めてでした。

    以前は本屋で注意をしたら、「書店の方ですか?」と質問され、「いいえ」と答えると、どの様な権限でその様なことをおっしゃるのですか?
    と物言いこそ丁寧ですが、全く筋の通らない突っ込みをするお母様もいらっしゃいました。
    さすがの私も開いた口が塞がらず、「私は片付けなさいと注意をしただけですよ」と言うと
    「躾は親の役目ですので他人様に言われなくても解りますので」と悪びれることもなく言われました。
    “ぶちっ”って久々に私の血管が切れた音がして、後は捲し立てるように
    「てめの躾がしっかりしてないから、他人がわざわざ言ってんだから、スイマセンでしたか、ありがとうございましたでいいんじゃないの!
    そんな下らん屁理屈言う前にてめえが躾なってねぇんじゃねぇのかい!ごるぅああぁ!!」って気が付いたら書店で大注目でした・・・

    母親はスイマセンの一言もなく、睨み付けながら去っていきました・・・何なんでしょうか・・・怒鳴った私が悪者で、本を拾っていると私が発狂して本をぶちまけた様にすら見えるので、怖いです・・・

    ある時などは某ファミレスで食事をしている時に通路を挟んだ反対側の2人の母親とその子供達でしたが、これは更に輪をかけて酷かったのですが、
    母親二人は二人でお茶に来ていると思われるのですが、お互いが下を向いてメールをうっていました。これだけでも結構違和感ある風景なのですが、凄いのは子供達です。
    裸足でファミレスの中を駆け回っていましたが、それに飽きて、ついにはテーブルの上に上がって遊びだしました・・・

    そもそも私は子供の頃から親に躾けられた中に、テーブルの上に上がるなんて状況は躾以前の問題として、想定外の状況であり、ビックリを通り越し、アングリでした。
    さすがにバカ親も一度は注意したのですが、テンションが上がった子供が聞く訳もなく、そうなると放置プレイになり、
    親は一心不乱にメールをうっているという異様な光景が眼前に広がっていました・・・

    堪忍袋が又もや破れてしまい、思わず子供の方を見ながら、“パン!”って手を叩きました。子供達は音に気付いて、ビックリしたような顔をして私の方を見たのですが、
    又、何事も無かったかのように騒ぎ出したので『これ!これ!下に降りて!』『駄目だよ!テーブルの上は食事をする所で上がる所じゃないよ!』って言ったら、
    さすがに母親が周りを見つつも、手を引っ張って下に降ろしバツが悪そうに、「スイマセン・・」って仕方なく謝って、お前がうるさいから出て行くよ的な雰囲気を出しつつ、
    その場から立ち去って行きました。

    勘違いして戴きたくないのは、決して私は子供ちゃんそのものが”嫌い”ではないということです。
    私自身、人間よりも着ぐるみやゴリさんの人形に近いと子どもたちからは好評で、小さい子には身体をジャングルジム代わりに遊ばれたりもしますし・・・
    子守も結構好きで、一緒に遊んだりも苦ではありません、が!問題なのは要は親の対応です。
    対応と言うより考え方なのでしょうね、騒いでる子供を注意した時の親の共通点は『子供だから騒ぐのしょうがないじゃなぃ・・・あなたも子供の頃があったのなら解るでしょ・・・』
    『ちょっと位騒いでいても許す位の寛容さが無いのかしら・・・』
    的なオーラを親が出すのです。
    確かに!子供に対しての寛容さは有りますが、『馬鹿親』に対しての寛容さは一欠片も有りません(キッパリ)・・・
    確かに私にも子供の頃は有りましたし、騒いで迷惑も沢山かけました、ですが大きく違うのはやはり”親”の対応でした。
    私の家なんぞ、男兄弟2人ですから、荒っぱしいことこの上もなく、騒いでいれば”問答無用”で母親若しくは父親のゲンゴツが頭に飛んできて終了でした。
    『やかましぃ!』『ゴツン!』まぁ当時はよく両親に叩かれたものです、最近巷に居る児童心理カウンセラーなどと称している方たち曰くは「幼少期の暴力的指導は心に傷をつける」
    などとまことしやかに言われますが、私らに言わせればチャンチャラ可笑しい、へそで茶を沸かす状態です。
    当然、愛のない暴力は”虐待”であり、行うべきもので無いことは言わずもがなですが、かと言ってそんな言葉を真に受けて親が子に遠慮するのは
    本末転倒であり、”躾”は学校の先生が行うものなどでは無く、絶対に『親』が行うもので、時に手を挙げてでも理解さす必要は有るのです。
    それが、本当の親としての責任であり社会という大海の荒波に出していくために必要なことなのです。
    ああ・・・またまた話が大きく逸れましたが・・・

    話を戻しますが、”この大騒ぎ親子たち”と遭遇した時に本当に驚いたのはこの後でした。周りにいた他の大人の方達が、口々に「本当に最近の母親は躾が成ってないよねぇ〜」
    「あんな子はロクなもんにならんよ!」などと口々に言っていました…
    その周囲の人達の親子に対するコメントを聞きつつ、何故だか次第に腹がたってきました・・・おいおい、ちょっと待ってよ・・・
    何であんたらこそ何にも言わないんだ!貴方たちも少なからず不快に思っていたのなら、何で声を上げて“止めなさい!”とか“降りなさい!”って子供や親に対して言えないのだろう!と

    確かにその親や子供は論外に悪いです、ですが!それを見て見ぬ振りをする周囲の良識ある大人達にも問題があるような気がします。
    確かに自分の所の子供や孫でも無いですし、娘でも無いかもしれません、ですが悪いことをすれば、叱る、解らなければ言って聞かすのが大人の役目だと思いますし、
    それをせずに遠巻きに眺めているのは知らないよりタチが悪いような気がします。

    私の幼少期の記憶に鮮明なのは近所のおじさんやおばさんが両親以上に怖かったということです。近所で遊んでいて悪いことをしようとでもしていれば、
    透かさず“こらぁああ!”って怒声がとんで、掴まろうものならばゴツン!って叩かれたりと、しかもその事が親の耳にでも入れば、親と一緒にそのおじさんの家に謝りに行ったりと、
    今の親なら逆に叩いたおじさんちに怒鳴り込みに行くと思います・・・

    それ位に昔は他人の子供だろうが、自分ちの子供だろうが分け隔て無く“間違ったことをすれば当然の如く叱る!”という“大人たち”が特別じゃなく普通にいたのです。
    多分!多分ですけどその当時にそのおじさん達に、何で他人の子供を叱ることが出来るのですか?って質問をすれば、即決で『間違ったことをすれば怒るのが当たり前だろう!』って言われると思います。

    そう、当たり前なのです、悪い事をすれば叱る!良いことをすれば褒める!この当たり前の“メリハリ”のある子育てが出来ていないからこそ、
    今の教育も含めておかしくなっているのではないでしょうか。
    全てにおいて子供が中心、食卓ですら子供が食べられるものを作り、大人用と子供用の食事を二種類作るアホな食卓・・・
    昔は食べられないなんて言おうものなら「じゃぁ 食べなくていい」って言われてとっとと片付けられたものです。

    親も子供も同じものを食べるからこそ“食卓”があり、会話があるから絆が生まれるというごくごく当たり前の構図が今や無くなりつつあるのが嘆かわしい限りです。
    今の子供達に言うと直ぐ“うざい”って言われそうですが、うざくてもいい!うざいのが本来、大人なんですから、
    子供の顔色見ながら遠慮してモノを言うのでは無くズケズケと言わなければならないことは言い『社会で育てる』という気持ちで子供達へ接して行ければ
    多少なりとも“モノの言える現代版頑固親父たち”の誕生となると思います。
    街のあちこちで、愛のある“教育的指導”がなされることを願って止まない怒り親父でした・・・

  • “喜怒哀楽” 喜ばしいぃマイ・ブーム

    人の感情を表す代表的な言葉に“喜怒哀楽”って言葉がありますが、残りの4日間を使って、今の私が感じている“喜怒哀楽”を表現してみたいと思います。ということで、本日は喜ばしい限りの『喜』でございます。

    この“喜”に関しては辞書で引くと、喜ばしい・めでたいなどと書いてありますので、“喜”は私のブログ恒例、私がここのところとっても喜んでいる、最近お気に入りの“マイ・ブーム”をご紹介したいと思います。

    マイ・ブームその(1)は私の中では今年NO.1であろうと思われるものですが、スタイルプラス・パワージューサーです。
    これって通販番組でもガンガン紹介されていますし、先日、ダウンタウンDX”家電芸人こと土田晃之氏も絶賛していたので、目にされた方もいらっしゃるのではと思います。
    早い話が、昔からある“ジューサー”なんですけどね・・・
    何故、今改めてお気に入りかと申しますと、今迄のジューサーに比べ優れている点が非常に多いのが、お気に入りの理由です。

    その1. 投入口が70mmと大きいので、材料を細かく切る必要が無く、面倒くさがりな私でも楽ちんである(ニンジンは丸ごとでも投入可能)

    その2. 従来のジューサーに比べ絞れる量が30%近く増えたとのこと最初は眉唾でしたが、実際に自宅にもう一台あるジューサーと比べると確かに絞れる量は増量している

    その3. 従来品よりまろやかな感じがして、センイっぽさが無く、すんなりと飲みやすい気がする

    その4. 絞りかすが綺麗に分かれるので、ニンジンなどは他の料理へ転用出来る(カレーの隠し味等々)

    その5. 掃除がとっても楽これ、地味な様で今回の機能の中でもかなり気に入っている部分でもあります、従来品は掃除に手間取ってイライラしてましたが、この商品は
         シンプルな工具で分解出来、掃除も簡単なので、かなりポイント高いです

    何でパワージューサー購入に至ったかって言うと、実行委員って先週の畠山先生のブログにもありました様に、毎月一度三浦先生のご厚意により、“レベルアップ勉強会(別名:One Heart Beat勉強会)”なるものを操体総本山・三茶で行っています。

    で、毎回合宿の如く前泊野郎4〜5人が夜遅くまで操体臨床とは是くあるべきだ!みたいな激論を交わしている訳ですが、
    毎回、三浦先生には気を使って戴いてお食事に連れて行って戴いたり、よぉ〜っし!みんなで風呂に行くぞ!みたいな乗りで、
    ホテルのユニットバスでは入った気がしないだろうと、三茶の銭湯に軍団でなだれ込んでいったりしています。
    その都度、三浦先生からは「福田ぁ又、痩せたなぁ・・・」と悲しげに言われ(当然の事ながら逆説ですが)、
    自分自身でもソロソロ身体を絞らなきゃと思い、『自称趣味ダイエット』の私ですので、今回は夜の食事をどうにかしてみようかと思っていたので、
    いっそ固形物をやめて果物・野菜類の『フレッシュ・ジュース』にしてみようと思い立ち、先ずは形から入ろうと思い、
    ジューサー購入となった訳です。何だかんだでかれこれ、1ヶ月半が過ぎました・・・

    今、私の夜の食事はニンジン一本夏みかん二個リンゴ一個バナナ一本ジュース生活となっております。
    え?結果はと申しますと、体重は今のところ4.5Kg減という感じですが、一番ビックリしているのは、
    やはり“お肌”ツルツル✧に成ってきたことでしょうか・・・
    普段でも野菜系が食事は多いと思っていたのですが、身体にとって悪いものを摂っているのですねぇ・・・
    肌に関しては、嫁にビックリされています。体調は頗る良いです・・・写真を撮っておけば良かったと今更ながら後悔です・・・

    マイ・ブームその(2)CSI以降久々にはまった海外ドラマで、仕事が終わってから眠い目を擦りつつ見た『DEXTER/デクスター 警察官は殺人鬼』です。
    個人的にドラマ大好きなのですが、日本のドラマの不甲斐なさに憤慨しつつ近年は海外ドラマに結構はまっています。
    ですが、海外ドラマって1Seasonで終了じゃなく、2・3・4って視聴率が良いと“24 Twenty Four”の様に果てしなく続いて行くシリーズもあります。
    一方では“4400”トゥルー・コーリングの様に折角見ていたのにも係わらず、本土での低視聴率が原因で急に打ち切りになったりと、何ともシビアで問答無用な感じが好きです・・・

    そんな中で今回の『DEXTER/デクスター』はちょっと異質のドラマで最初は微妙な感じで見ていたのですが、途中からはまり出し、
    気が付いたら一気にSeason3まで見てしまい、見終わった今となっては何だったんだろうと思う位に脱力状態に有ります。

    ネタバレになってしまうので、細かくは書きませんが、主人公はデクスター・モーガンというマイアミ警察・殺人課 血痕鑑識専門官が主人公で、
    昼は有能な分析官ですが、彼にはもう一つの顔があって、夜になると法律では裁けない悪人を自らの独自のルールに則って殺していくという、
    米国版“必殺仕事人”みたいな、いわゆる“ダーティー・ヒーロー”的な物語が進んでいきます。

    内容的には女性だと思わず目を背けたくなるような結構エグイ描写があるのですが、殺人鬼を主人公にしているので殺伐としたストーリーかと思いきや、
    ある事件がきっかけで、警察官であった義理の父親に育てられることとなった主人公の心の葛藤や義理の父親に対しての思いなどには、共感出来たり考えさせられたりします。
    腹が立つほど単細胞で自身とは対照的な義理の妹の存在や、味のある同僚との絡みなど、上手く描かれています。東洋人の同僚キャラが、
    うざくてスケベな設定にしてあるのが納得出来ませんでしたが・・・

    このドラマが何故に面白いのかを考えてみると、普通のドラマって普通の人が殺人鬼に成って行くプロセスを描いたりしますが、
    このドラマって殺人鬼が自身の正体を隠すために、普通の生活を装って行く内に、人間性を少しずつ取り戻して行き、更正するのかと思いきや・・・本質はと
    ザックリと内容を書いておりますが、自身の本質を見つめ直せるそんな一本になるかもしれません・・機会があれば是非、ご覧下さいまし・・・

    でも、考えたらドラマって”仮想疑似体験”出来る最高のモノだと思いませんか?主人公の気持ちになり、自分であったらどうするだろう・・とか或いは生き方すら変えてもらったり
    などなど、ドラマって気分転換のみならず、心豊かに出来得るアイテムの一つだと思いますので、暇を見つけて仮想体験しませんか・・・

    しかし、喜ばしいことが“ジューサー”“殺人鬼”って。。。どちらも細切れに粉砕するからって・・・お後が宜しい様で・・・

  • ツボ違いのヒーロー

    3日目です、相変わらずの飛道具第3段目です・・・
    え〜っと年代にもよりますが、皆さんの少年・少女時代のヒーローって何でしたか?
    ○○レンジャーとか○○仮面などなど枚挙に暇がないと思いますが、私のお坊ちゃま時代は明確で、先ずはウルトラマン系”に始まりライダーシリーズへと移行し、戦隊物前期で終了といったとこでしょうか。

    その第一期がウルトラQから始まったウルトラシリーズでした。
    ウルトラマンはさすがにリアルタイムで見た記憶は無く、再放で見たりしつつも好きで見てました。
    しかし、お坊ちゃまがちょいとツボが違うのはウルトラマンそのもの好きだったのですが、それ以上に好きだったのがウルトラマンや怪獣が壊すミニチュアの数々でした。
    何とかデパートが壊れたり、下町の民家をロー・アングルから撮影し、それらが破壊され、吹き飛ばされる様を見て子供心にワクワクして見たものです。
    ですから第一次少年期就職したい企業NO.1は円谷プロでした(もっともミニチュア制作等は別会社なのでその時点でお子ちゃまの夢ですが)。

    ですから小学校低学年の頃はもっぱらミニチュア作りを趣味としておりました。最初はマッチ箱を材料に作り始め、徐々に材料も理解しだして、バルサ材とか竹籤、厚紙などを用いて自宅を作ったり
    壊すための小学校(爆)を作ったりもしました。最後の頃は電飾まで作り、ミニチュアの家の中が灯りで光るような仕掛けも作っていました・・・
    最後は爆竹で大爆発をさせて終了みたいな結末でしたが。。。

    そんな手工芸、円谷プロ職人から卒業するきっかけを作ってくれたのが、仮面ライダーでした!
    これはもう、同世代の男連中で夢中に成らなかった奴は一人として居ませんでした!街角にはやたら「とぅ〜!」とか「ライダー・ジャァンプ!」などなど様々なライダーが誕生していました。
    母親の柄付きのスカーフを首に巻きつつ(バラの模様だったような・・・)、長靴を緑色の絵の具で塗ろうとして、水性絵の具で塗れる訳がねぇじゃん!って今なら突っ込む所が、真剣に塗ろうとして量が足りずに人の絵の具までを使って塗ったりと、まぁ色々やりましたねぇ・・・

    ここでも私がツボ違いで私が最初こそ夢中に成ったのがライダーの方だったのですが、最終的には『ショッカー』が大好きに成ってました。

    何が好きかって、あのやられっぷりの見事さでした。仮面ライダーの格好良さを更に引き立たせる、やられっぷり!「キキィ!」っていう妙な叫び声と共に後ろを振り返ることも無く断崖絶壁へと落ちていく、背中で語るやられの美学とでも言いましょうか、その格好良さに目を奪われ、本当に憧れました。
    それからというもの、小学校の体育館にあったセーフティー・マットを床に引き、高さ数メートルの所から「キキィ!」っていう叫び声をあげつつ落下するという練習を毎日のようにやっていました。
    時にはマットを外れ背中から床に落ち、一人呼吸が出来ずに悶絶したり、バク転の練習をしてて首から落ちたり、まあよくも骨折しなかったものと今更の様に感心し、丈夫に生んでくれた母に感謝です。

    そのお陰?で小学校五年生の時には郡の体操競技会に出ることとなり、マット、跳び箱、鉄棒で一位になり総合優勝という輝かしい実績を掴むことが出来ました・・・
    恐るべしショッカー戦闘員。。。

    このショッカー戦闘員を演じていたのが、私のリスペクトするJJサニー千葉こと千葉真一大先生JAC(Japan Action Club ジャパン・アクション・クラブ)と言いたかったのですが、仮面ライダーでの主なスタントはあの伝説的殺陣集団、大野剣友会のお仕事だったのです。
    当然の事ながら大野剣友会の事は知らず、勝手に千葉治郎千葉大先生の実弟)が仮面ライダーに出てたから、JACだろう等と安易な発想で、子供心に将来はJACと心に決めて、高校生の卒業時までその夢は持ち続けていました。
    結局は学校卒業時に就職した会社とJACの二次試験の日がダブってしまい、母親の説得により断念してしまったんですけどぇ・・・
    ひょっとしたら日本一のやられ役は私になっていたかもしれません・・・

    この内容書き出したらこのネタだけで一週間終わりそうなので、このヘンで仕舞いにしときますが、何が言いたかったって、何か昔のヒーロー物ってテーマが明確だった様な気がしませんか?
    勧善懲悪も然る事ながら、もっと奥深いテーマだったり、子供心にミョーに考えさせられたりと、改めて今見ても特にウルトラセブンなんて深すぎて見終わったときに「う〜ん・・・」などと唸ってしまいます。

    第6話 「ダーク・ゾーン」に出てきたペガッサ星人とセブンであるモロボシ・ダンのやりとりなど見ていると地球人が正義なのか宇宙人が本当に悪なのか考えさせられ、
    これらは今の世界にもある人種偏見や差別にも繋がる部分があり、ウルトラシリーズの中でもセブンの好き嫌いがハッキリ分かれる理由でも有るのですが、再度、見ると結構いけますよ・・・

    ウルトラシリーズには地球人では無いのに地球の平和のために命をかけて必死で戦うその、見返りを求めない姿!男たるもの正義に対して見返りなんぞ求めたらあかんぞ!という無言の訴えの様です・・・

    仮面ライダーでは一般人が何の落ち度も無いのに、悪の組織に拉致られこれまた勝手に虫のお友達に改造され、それでも文句を言わずに悪の仲間に成らずに正義を貫く姿など、
    周りの環境に左右されちゃ駄目だ!人として真っ直ぐ生きろ!と不良少年へのメッセージの如くに見えますし。。。

    バロムワンなどという私の好きなヒーロー物に至っては人は一人では生きていけない!大事なのは友達なんだぞ!
    友情だぞ!と言うやや押し売り的、強引な位の強いメッセージがあり、ただ変身さすのでは友情のありがたみが解らないから、お互い(この物語は主人公が二人の少年で・・)
    心の友情メーターが満タンに成らないと変身出来る条件が満たされないといった、これ又何と不条理な!条件設定を満たすことでのみ変身出来るという、
    ややサディスティック的素晴らしい異色の変身物ヒーローです。

    そして更に坊ちゃま番組は進化を遂げ、友達は一人より多い方が更に素晴らしいぞ!皆の力を併せれば恐れる事なんて何もない的な、チームワーク的友情を子供にアピールしたのが、
    戦隊物の金字塔秘密戦隊ゴレンジャーでした。

    これ初回放送が1975年ですから私が10歳ですので、ドストライクではまったのを覚えています。♪バンバラバンバンバン♪って歌を歌いつつ・・・
    これなんて今考えると、キャラ設定が明らかに科学忍者隊ガッチャマンとダブりますし、特に五号のみみずくの竜とキレンジャーなど体型までソックリだったりして・・・
    この番組が私のヒーロー物最終章だった様な気がします・・・

    ですが、悲しいかな今の子どもたちが見ているヒーロー物ってどうでしょう?
    と言っても私の家にヒーロー物に該当するお坊ちゃまが居ないので、リサーチに多少の説得力は欠けますが、明確なメッセージ性が弱い様な気がします・・・
    私らのお坊ちゃま時代のテーマと言えば、男ならこう生きろ!的力強さがテーマの根底にあり、そこには勢いの様なモノが感じられていました。

    現在がその当時と大きく変化した事と言えば、平成21年現在のヒーロー物世代に訪ねても二極化することです。
    我々世代はヒーローと言えば!と訪ねられれば、即座に仮面ライダーやらウルトラマンが出てきたものです。
    時にはアオレンジャーアカレンジャーなどヒーローのタイプによって好き嫌いはあっても、お坊ちゃま方の話題は統一見解だったような気がします。

    しかし悲しいかな、今の子どもたちに聞くとAちゃんはアンパンマンやらBちゃんはピカチュウやら何だか芸風の変化が激しく、私には理解不能な世界ですし・・・

    ヒーローがおじさんに頭焼いてもらっちゃ駄目だろう・・・と呟いてみたり・・
    ヒーローが○○チューってショッカー戦闘員に近い声出しちゃ駄目でしょ・・・
    などなど、おおよそ私らの考えるヒーローとはかけ離れたヒーローが沢山誕生していらっしゃいました。
    価値観の多様化が進んでいるから当たり前でしょなんて言われても、何だかブルーになるのは私だけでしょうか・・・

    ある若いお母さんの話を聞いたのですが、子どもたちが今の仮面ライダーを見てても、怪人などとの闘いのシーンになるとアタフタとテレビを消したり、チャンネルを変えたりするのだそうです。
    幼稚園でもいわゆる昔の子供的に「○○チョーープ!」なんてふざけながら友達を小突いたりすると、
    小突かれた子は涙ぐんで何も出来ず、遊んでた子は乱暴者のレッテルを貼られ、嫌われちゃうのだそうです。
    ある幼稚園ではヒーローごっこは禁止!って規則で決まっているのだそうです。。。

    あ〜ぁ 何て不条理な世の中・・・
    チョップで小突かれたら「ケケィイイ!」などと叫びつつ、もんどり打って倒れてみせるとか、一言二言悪人らしい台詞を言ってみるとか、
    その位の機転を利かして欲しいものです(それがポイントでは無いのですが)・・・

    僕らがお坊ちゃまの時代に悪は懲らしめなきゃいけない!悪を見過ごしてはいけない!というのをヒーロー物で学んできたので、
    クラスでイジメが有れば何人かは「○○君!そんなことやったら駄目だよぉ!」などといじめっ子を取り締まる“正義の味方”が居たのです!
    それってヒーロー物の相乗効果だったような気がします。「悪の栄えたためしは無い!」何て台詞言いながら・・・

    美空ひばり石原裕次郎山口百恵・・・ヒーローに限らず時代の寵児とも言うべき“スーパースター”“スーパーアイドル”が不在となって久しい昨今です、時代を大きく牽引してくれる本当の“HERO”を時代は待っているのかもしれません。

  • ウラオモテ

    え〜、初日のブログを見て真剣に旅行相談の電話をよこさないで下さい・・・
    心配な福田が二日目を担当します・・・
    ETCのどこまでも1,000円の企画が始まってはや数ヶ月が経ちましたが(実際にはインチキ企画で1,000円でどこまででも無いですが・・・)
    恩恵を受け?皆様は何処かに行かれましたか(実際出口の料金を見て1,000円以上なのを見て腹立ってますが)?

    私はと言えばお陰様で福井県〜長野県(鯖街道から木曾街道と銘打って)という意味も脈絡もない様な旅をGolden Weekに嫁と行ってきました。
    って前振りが長いのですが、実のところ本当は九州に行きたかったのですよ!
    ですが丁度あの時期はと言えば福岡の“博多どんたく”やら広島の“フラワー・フェスティバル”等々、高速を使う人間にとっては大変迷惑なイベント?を多数行っていて、
    特に九州に関しては九州上陸前のインターから車が動かないと、某秋穂氏からも聞いていたので、断念!
    以前から候補のあった中部近郊の旅と成った訳です・・・

    何故か九州には昔から惹かれるものがあり、過去に何度となく行ってはいるのですが、DNAが騒ぐと言いましょうか、ことある毎に隙あらば行こうと考えているDNAです・・・
    しかし、如何せん距離が長い!500Km以上と時間にして約8時間弱は要してしまうので、かなり気合いを入れて行かないと、途中で挫けそうになります・・・

    どうして九州かと言えば色々と理由は有るのですが、やはり歴史の舞台に多くなっていると言うのがマニアとして大きな要因で、
    特に私の琴線に響く事が数多くあり、“戦国時代”は言うに及ばず、“幕末”の回天の舞台にもなった所であり、殊更に血が騒ぐのであろうと思います。

    そして、皆さんご存じであろうと思いますが毎年恒例、来年度のNHK大河ドラマ(史実無視と大評判、マニアご立腹の)が龍馬伝となっており、
    長崎では記念のイベントも早速行われてるとのことです・・・
    因みにキャストも不満タラタラで、龍馬の福山雅治は長崎出身は分かるのですが、細身で男前すぎてNGだし、勝海舟の予定である武田鉄矢(福岡じゃん!)じゃ江戸っ子ぽく無いですし・・・
    ここ数年続いている大河のトレンディ化が益々顕著に現れております、以前の独眼竜政宗武田信玄などキャスト内容も含め、
    マニアを納得さすような内容にして欲しいと、強制的に受信料を持って行かれている私らとしては思う訳です・・・

    更に因みに再来年の大河ドラマも既に決まっていて、江〜姫たちの戦国〜だそうです。
    脚本はお馴染み篤姫田渕久美子氏であり、タイトルだけでも織田・豊臣・徳川の時代を生き抜いた三姉妹の人間関係を絡めつつ、
    ホームドラマチックに家族愛とか姉妹愛などなど描きそうで、今からゲンナリしつつありますが、視聴率のとれそうな“戦国”と昔はサッパリでしたが、
    新撰組”の成功で視聴率がとれるようになった“幕末”、この二時代のヘビー・ローテーションに成りそうな予感で今から悪寒がします・・・

    この大河ドラマも、いわゆるNHK商法の一環で、大河が放送している一年間は地元に観光客がワンサカと押し寄せ、一時、人や若干のお金の流れが良くなることから、
    地元をあげての誘致活動は元より、色々とここでは書けない位の内容も有るようです・・・
    一例としては、昨年の大河だった“篤姫”の名称をNHKエンタープライズ(子会社)が放送発表直前に商標申請、登録し地元の企業が
    いざ大河が始まり、地元の観光用にとお菓子とか焼酎とかに“篤姫”の名称を使おうと思っても、それなりの金額をNHK様に上納しないと、使用出来ないという事態が起こったようです。
    これ、その前の“風林火山”でも同様でしたようですので(『大河ドラマ風林火山』って名称ですが)
    多分『龍馬伝』や『江(こう)』も既にとられてるんでしょうね・・・さすが濡れ手に粟のNHK商法です、歴史上の人物で商標をとるなんてアコギな集金システムです・・・

    大河ドラマ舞台!という華やかな部分のウラにはこの様なドロドロのカラクリが存在してる訳ですねぇ・・・
    以前、大河でやったチョー・マイナーな『毛利元就』なんて、大河の期間に建設した施設って数年で邪魔になって朽ち果ててましたからねぇ。。。
    惨いもんです、大河の間は地元の人たちなんて、違法駐車やポイ捨てゴミに悩まされた挙げ句に、地方でわざわざ予算組んで観光施設を建設して残ったのは借金だけみたいな・・・

    話長くなりましたが、これって何にでも言えることで、物事には“ウラもオモテ”も存在すると言うことですねぇ
    額面だけや、看板だけを信じちゃうとトンでも無いことがよくあって、これは我々の業界にもよく見られる光景でもあります。

    ウエブ上にも“○○歴ウン十年”とか“肩こり・腰痛も一発!”って何が一発なのか理解不能ですが・・・
    まぁ、まことしやかに色々な言葉やら症例やらをこれでもか!と云わんばかりに書き連ねてあるのは滑稽を通り越し、同業者ながら不安に成ってきます・・・

    自身の施術法の紹介位なら納得出来るのですが、こういう症状だった人がこう良くなったとか、今迄こんな人がこれ位、どうしてどうなった等々。。。
    本当の臨床家で有れば、世の中に10人の人が居れば十人十色、同じ状態の人や、同じ症状の方なんて居ない!って事くらいは解りそうなものなのですが
    その方にとっては“腰痛”は腰痛であり、“肩痛”はあくまでも肩痛であって、十把一絡げの全て同じ人“症状疾患別”にみているだけなのですねぇ・・・
    それを見るだけでもその先生がどんな臨床を行うのか想像がつきます・・・

    身体は要求として単純に身体を見て欲しいと思っているだけで、その手段として、痛みを表現しているだけであり、決して症状を見て欲しいとは思ってないと思います。
    それを我々臨床家が身体とどう真摯に向き合い、対話をしていくかが誤魔化さない身体とのお付き合いのような気がします。

    現代人は全てマニュアル化したがる傾向があり、こういう時にはこう、こうなったらこうなど 転ばぬ先の杖をつきすぎるのでイマジネーションが乏しく、創造力も欠ける傾向があると思います。
    頭をぶつけながらも試行錯誤をし、結果導き出されるものこそ本当の自身の力と成っていく様な気がします。
    ソウイウ臨床家にワタシハナリタイ(By 宮沢賢治風)・・・

    でも私は九州へは行きますけどね キッパリ・・

  • 御国自慢

    どうもです、今週一週間お付き合いを戴きますぅ。
    毎回の事ながら文筆家の両師匠に挟まれたブログの順番に胃の痛む思いを感じつつも、飛道具での空中戦で勝負を挑もうとしているドンキホーテ福田です・・・

    初日はと言えば、やっている様でやっていなかった私の住んでいる島根県の御国自慢をやってみようかと思っております。
    ありがたいことに東京操体フォーラムの実行委員・関係役員の方々も年々増えてきて、今では西は九州福岡から東は仙台まで多数の同志が増えてきました。
    橋本敬三先生が蒔かれた操体の種が確実に東京で熟成され、全国に芽吹いているのを強く感じています。

    私の野望?としては東京操体フォーラムの同志が47都道府県全てに居て、各地で行われるであろう、各種健康教室からすでに症状疾患を抱えた方の臨床に至るまで、
    ネットワークを駆使し、フォロー出来るそんな組織にしていく事です。
    今後、スポーツ省(庁)の設置も考えられている中、操体を通して出来うることは多く有ると思います。

    話が大きく道に逸れそうなので、本題の“御国自慢”へと話を戻して行こうと思います。
    自称島根の観光大使と言っている私としては紹介したい所多数あれど、先ず島根県という所を知っていただきましょうか。






































    島根県
    県庁所在地 松江市
    人口 74万人
    県の花 牡丹(ボタン)
    県の鳥 白鳥
    県の魚 トビウオ
    出身有名人(芸能人) 竹内まりや(ミュージシャン)
    江角マキコ(女優)
    佐野史郎(俳優)
    スポーツ系 錦織圭(テニス)
    和田毅(野球・ソフトバンク
    アニマル浜口

    ざくっとこんな感じでしょうか、人口に至ってはお隣の鳥取県と共に全国ワースト1、2位を争っております・・・しかもアニマル浜口って。。気合いが入ります・・・

    島根って多分に関東方面の方に地図で指せと言ってもほぼ9割方難しいと思われます、私たち島根県人が栃木県や群馬県を指せと言われても、
    ちょいと考えてしまうのと(俺だけか?)よく似ている様な気がします・・・

    島根のイメージを聞くとよく言われるのが“出雲大社”・“シジミ”・“砂丘”・“田舎”って一、二番目は未だ何となく理解出来るのですが、
    砂丘ってお隣の鳥取県ですし、田舎ってそのまんまです・・・
    まぁこの様な曖昧な感じ漂うのが島根県の大きな特徴とも言えるのですが・・・

    実際のところは“住んでよし!・遊んでよし!”の二拍子揃った(たった二拍子ですが・・)ところです。
    持ち家率は全国9位(中途半端)持ち家延べ面積は全国7位とワースト1位の東京都比べると明らかに住みやすいと言えます・・・
    東京では土地しか購入出来なくても、島根であれば東京の土地代金だけで、かなり立派な“豪邸”が建ちます(どうかすると二件分は・・何だか悲しくなる)・・・
    近年では過疎化が進み“空き屋”が増えている中で、特に都会から芸術家の方がアトリエ(工房)代わりに空き屋を改装し、使われているのも目立ってきました。

    遊びにしても、特に私の住んでいる宍道町って所は夏は海水浴、冬はスキーと全て車で一時間圏内で行ける立地条件に有ります。
    海は日本海で水は綺麗ですし、釣りが趣味の人には一年中を通して様々な魚を釣り上げることが出来ます(ライギョは聞いたこと有りません)。

    では!ここからはもし!あなたが島根に来たならどのような所へ連れて行ってくれるのか!?を“マイナー島根観光大使”の私がバーチャル紹介したいと思います。
    基本的にはあなたが初めて島根県へ来たというのを前提に案内致しますので、クレームは一切受け付けません・・・

    先ず、あなたは島根へは車で来られる距離に住んでいないのを前提にして下さい。
    島根へのアクセスには基本は飛行機で来るか、電車で来るかのほぼ二種類だと思っていただいた方が良いでしょう。

    電車であれば新幹線という速い乗り物が通用するのは“岡山県”迄ですので、それ以降はちょっと珍しい“振り子式車両”という、
    酔う人は見事に酔ってしまうと評判の“やくも”という名称の電車で二時間半の旅を楽しんでもらいます・・・
    見渡す限りの“山・山・山”とにかく山のオンパレードで秋とか冬であれば景色も少しは楽しめますが、それも限界があります・・・

    東京から岡山までの700Kmが3時間半で岡山〜松江の190Kmが2時間半と言うのも痺れる話です・・・
    まぁ飛行機であれば東京から一時間ですので、お勧めは飛行機ですね。
    あ!そう言えば飛道具として、夜行バスという手もあり、格安ですが11時間という殆ど成田からサンフランシスコに行くのと同じ位時間がかかります・・・

    そんなこんなで、先ず旅の始まりは松江からです。県庁所在地でも有りますし、見所も結構有りますので、私は必ず松江スタートにしています。
    それと、島根観光でもう一つ必須なのが車です・・・島根で車が無い生活なんて!東京に住んでいて車を4台持っていると同じ位、トンでもない話です!
    ではスタート・・・

    1.松江堀川遊覧
      
    旅の始まりは手始めに、松江市の中心部を少し低い位置から歴史と共にご覧戴こうと思います。
    島根は水の都と言われている位に橋の数も非常に多く、川を利用した水上交通も昔は盛んだったようです。
    その名残を味わってもらえるのが、この『ぐるっと松江 堀川めぐり』です。これは約10名乗りの船に乗って、松江城のお堀周囲を50分かけて巡るツアーです。
    出雲弁丸だし船頭さんの難解なお話を聞きながらの50分は結構素敵です・・・
    亀好きの方にはたまらん位に亀が”甲羅干し”をしている光景に出会えると思います・・・・
    背の低い橋が途中で数々有るので、座っての前屈がやたら多いので、身体が硬い人には辛い50分かもしれません・・・まぁ、オススメです!

    2.松江城

    堀川遊覧が終わりましたら、その足で松江城に向かいましょう。乗船場から歩いて直ぐですので、この二つはセットでどうぞ。
    松江城は山陰地区では唯一の現存天守が有るお城です。古さで言えば全国で六番目(中途半端っす)だそうです。
    築城400年を迎え、国の重要文化財にも指定されている由緒正しきお城でございます。江戸時代以前の建造天守閣は全国にも12カ所しかなく、桃山様式の姿を当時のまま見ることが出来ます。
    初代城主は秀吉子飼いの武将だった堀尾吉晴であり、堀尾氏3代、京極氏1代で廃絶となり、徳川家康の孫であった松平直政が信濃松本より入府し松平氏明治維新まで続きました。
    え〜っ、松江城は私が語り出したら止まらない可能性があり、それだけでブログ一回分が終わる可能性があるので、この位にしておきます。
    この城可愛いお城ですが、見所満載ですので、是非、必見です。

    3.武家屋敷(塩見縄手)
      
    次にセットで行っていただきたいのが、この武家屋敷である塩見縄手です。松江城を上って戴いたその足で、そのまま行って欲しいです。
    お城から歩いて10分程でしょうか、約500mの通りを小泉八雲旧宅前から明々庵まで歩きながら散策します。
    横を車がガンガン走らなければ、とっても風情があって江戸の情緒を味わえます・・・小泉八雲旧宅やら江戸期の中級武士の屋敷やら見学が出来る場所もありますので、
    そこそこ見る所があると思います。
    小腹が空いた方は途中に『八雲庵』という鴨南蛮とお蕎麦が名物のお店もありますので、お立ち寄り下さいまし・・・

    4.神魂神社(かもすじんじゃ)

    島根と言えば神社と言う位に様々な神社がありますが、まず行って戴きたいのが、この神魂神社です。
    パワースポットとかどうとか近年は言われている様で、女性の観光客が増えている場所でもあります。
    確かに本殿は大社造りとしては最古ということで、国宝に指定されており、見所満載ですが、先ずはその空気感をしっかりと味わってもらいたいです。
    何だか不思議な位に空気が変わるのがわかります!
    その次はやはり大社造りの本殿です。本家本元出雲大社の本殿は全てを見ることは不可能ですが、神魂神社の本殿は足下から全てを見ることが出来るので、
    ここで予習をすることも出来ます!
    まぁ、ここで娑婆のアカを落として下さい・・・

    5.八重垣神社(やえがきじんじゃ)

    時間に余裕があれば寄って欲しい神社です。特に彼女が居ない男性にお勧めの神社です。
    え?何故男性かって?若い女性が非常に多く訪れる神社だからです。“鏡の池占い”とか若い女性が好きそうなアイテムが沢山有る神社ですし、
    何よりその神社へ足を運ぶ女性は未だ良縁が無い確率が高いからです・・・
    案外、いけるかもです。

    6.出雲大社

    ようやくと言いますか、島根と言えばで連想第一位のお馴染み“縁結び”の神様で有名な神社です。
    当然本殿も国宝ですが、現在、60年に1度の遷宮を行っている最中で、行っても本殿すら見られない状況かもしれません・・・
    ですが、あの独特の感じは味わってみて戴いた方が良いと思います。当然の事ながら押さえておかねばならない場所です。

    7.日御碕(ひのみさき)

    ここは出雲大社から車で15分位走った所にある灯台です。ここはとにかく眺めが良いです、私的には東尋坊よりお勧めです(スイマセン)。
    灯台は石造りの灯台としては日本一の高さを誇ります(43.65m)。
    因みにこの灯台は上がれますので、高所恐怖症で無い方は是非、上がってみて下さい。灯台へ行くまでのお店でとれとれイカを焼いていますので、食べると美味しいですぅ。
    更に時間に余裕があれば、グラスボートに乗って海へ出れば、もう!最高です。

      8.荒神谷遺跡

    ここはマニアの方にお勧めです、特に古代史が専門の方でないと余り楽しくないかもしれません・・・
    因みにこの遺跡は全国的に見ても“世紀の大発見”で、当時は日本の古代史がひっくり返る位の大騒ぎになった場所でもあります。
    何が凄いかって、荒神谷で銅剣が出土されるまでの日本全国での銅剣出土総数が300本余りだったのですが、何と!この荒神谷遺跡一カ所で358本もの銅剣が出土し、
    近くからは銅剣ばかりでなく銅鐸や銅矛も発見され、我が国の弥生時代、青銅器研究を根本的に考えるきっかけとなる発見となりました。
    私の実家の近くなので、興味がある方行ってみて下さい・・・

    え〜っと・・多分これ位回ったら、もはや一日終了だと思われます・・・一日で回れればラッキーだとも言えます・・・
    通常の旅行業者だと2日間の日程だと思います・・・

    実はまだまだお勧めは沢山有るのですが、せめて島根来るならこれ位は押さえておいてね!っていう程度のものであって、
    もっとディープにも出来ますし、もっとライトにも出来ますので、ご用命の際は福田トラベル研究所までご連絡下さい。
    うっとうしい位、懇切丁寧に添乗員も格安で行いますので、是非、こらっしゃい(来て下さい)島根へ!
    ほんなら、だんだん(それではありがとうございました)。。。

  • 音楽と操体検定。

    昨日はマイケル・ジャクソンの訃報が世界中を駆け巡っていました。
    何かの本に書いてありましたが、80年代、つまり輝けるバブリーな時代に20代を過ごしたような年代は、意外とこの「100年に一度の不況」でも心底危機感を抱いてはいないのだそうです。というのは、あの時代を知っているので『今こんなでも未来があるさ』というお気楽感があるらしい。逆に今の25歳以下の若者のほうがずっとシビアな考えを持っているのだそうです。
    私はもっぱら洋楽、それもハードロック、ヘヴィメタルニューウェーブとその手ばかりでしたが、マイケルの曲は非常に流行ったので、ファンでなくとも殆ど知っているという次第。昨日、テレビの追悼番組で懐かしいビデオクリップを何本か見ましたが、やはり当時を思い出すものです。

    この頃はアメリカもレーガンの「アメリカイケイケ路線」で、今思うと何だか楽しい時代でした。何が楽しかったのかと言えば、『未来』があったのかもしれません。
    音楽もグランジや、私にとっては怒りの吐露にみえたラップとかその辺りからアメリカの音楽はつまらなくなってきたような気がします。
    なので、最近80年代の洋楽がリバイバルしていると言うのも何となく分かります。今の30代後半から50代にかけての年代の潜在意識が『あの頃』を追憶しているのでしょう。アメリカ映画などでも、ある程度の年齢の登場人物が過去を追憶する時の音楽というのは、カントリーかプレスリーというのが定番だったようですが、最近では『80’s music』なのだそうです。そうかい、80年代音楽は懐メロなのかい(笑)

    少し脱線しましたが、キング・オブ・ポップのご冥福をお祈り致します。。

    さて、「検定」

    最近問題の『漢字検定』など色々ありますが、『検定ビジネス』が結構流行っているようです。まあ、なかなか難しいビジネスモデルでもあるようですが、『なにわなんでも大阪検定』http://www.osaka-kentei.com/ とか『世界遺産検定』とか『英検』『秘書検定』とか、何かの際に役に立ちそうなのもありますが、http://www.mtvjapan.com/special/rock_kentei/index.html 『MTVロック検定』とか、yahooの「みんなの検定」 http://minna.cert.yahoo.co.jp/ とか、何でも検定にしちゃえ!というのは面白いかもしれません。

    MTVのロック検定も面白そうだと思ったのですが、私が詳しい時期は『KISS、QueenAerosmith以降 グランジ以前』という状況なので、ニルヴァーナ以降はさっぱりわかりません。『KISS検定』とか『必殺仕事人検定』とか『伊達政宗検定』とかあったら絶対受かると思います(笑)

    先日銭湯に行ったら『銭湯検定4級問題』というのがあったのでもらってきました。http://www.1010.or.jp/kentei/
    これは日本の共同入浴文化を見直そうというものだそうですが、銭湯のご主人に『どうですか?』と聞いてみたら『問題、難しいよ。半分以上わかんなかったよ(笑)』とのことでした。銭湯検定には挑戦しようかと思っています。

    というわけで、もしも操体検定を作ったら、どうなんだろう、と考えてみました。

    1.操体法の創始者、橋本敬三医師の診療所は(1)という。
    2.身体運動の法則は、からだの使い方、つまり(2)の法則とからだの動かし方、つまり(3)の法則、そして(4)の法則の3法則と、
    (5)との相関性、(6)との相関性の2相関性で成り立つ
    3.そのうち(2)は手は(7)指、足は(8)指側を運動力点、作用点とする。
    4.立位で右上肢を前方に肩水平位に挙上し、手関節の背屈を行った場合、全身形態は(9)足に体重がかかり、(10)側屈となる
    5.仰臥膝二分の一屈曲位にて両膝を左に傾倒した場合、首は(11)方向に向く。
    6.立位にて左捻転の動作を取る場合、(12)足に重心がかかり(13)足のかかとは軽く浮く
    7.息(14)動(15)+環境
    8.同時(16)相補連動性
    9.(17)若(18)経

    (1)から(18)までの括弧内を埋めよ

    なんてどうですか???

    というわけで、一週間お付き合い下さいましてありがとうございました。明日からは島根の福田画伯の登場です。お楽しみに。

    そうそう、2009年東京操体フォーラムは11月22日、23日の開催です。

    畠山裕美

  • 操体(動診)はたくさんありますが、どれをやったらいいのかいつも困ります

    今週、高校大学と7年間クラスが一緒だった友人がスコットランドから帰国する。イギリスの方(スコットランド?)と結婚して子供が二人いるのだが、三年前からあちらで指圧の勉強をしているのだ。勿論私が操体をやっていることは知っているので、いわば同じ業界のヒトである。スコットランドの彼女の指圧の先生も、操体のことを少しだけ知っているそうだが、第一分析、つまり『対なる二つの動きを比較対照して、楽な方、痛くない方に動かして、可動域極限で瞬間急速脱力』に導くものらしい。彼女も操体に興味があるそうなので、再会が楽しみだ。おそらく今日辺り東京に着いているのでは。

    そういえば、偶然にも、先週イギリスの鍼灸師からメールをいただいた。七月末に鍼灸の学会に出るため来日するので、その機会に実際に操体を受けてみたいとのことだった。聞いてみたところ、通称「Blue Book」(操体法写真解説集の訳)を読んだことがあるらしい(この本の英訳はわかりにくいとメールに書いてあった)、『(本に)操体は沢山のっていますが、どれをやったらいいのかいつも困ります』と書かれていた(日本語が少しできるそうです)

    そうなのだ。「どれをやったらいいのかわからない」というのは問題なのである。今年の操体法東京研究会の定例講習でもこのような質問が出たのだが、操体を勉強すると一番困るのは(悩むのは)

    『どの(動診)を選択すればいいのか』ということなのだ。

    例えば、手関節、足関節をみても動きはそれぞれ8つある。手関節を例に挙げると、まず右で8つ、左で8つ、両手を同時にという動診もあるので、8+8+8で24通りある。足関節だと、やはり右8、左8、両足同時が8つで24通り、首も8とおり、体幹も8とおりで思い切り単純に考えても64通り、更にポジションを考えると、仰臥下肢伸展位、仰臥膝二分の一屈曲位、伏臥下肢伸展位、伏臥膝二分の一屈曲位、右側臥、左側臥、椅座位、正座位、正座つま先立位、四つん這い、などなど、ポジションの数だけあることになる。これに皮膚へのアプローチを加えると、ものすごい数の動診が考えられる。

    私も正直言ってカウントするのは恐ろしい・・・

    これだけあるのだから(また、操体の書籍を見ても多くの動診・操法が載っている)確かに『どの動診を選択すればいいのかわからない』という悩みはよくわかる。

    注)如何なるポジションでも分析(動診)が可能なのは第二分析、すなわち一つ一つの動きに快適感覚をききわけさせる動診である。対なる二つの動きを比較対照する第一分析だと、側臥位の分析(動診)を行えないのは明白である。また、第一分析時代は側臥位の分析は行われていなかった。

    10年前、第一分析を講習で指導していた時、プログラムには一応順番があった。何故あったかというと、私もその順番で習ったからという非常に単純な理由である。勿論順番(プログラム)があるのは教える以上当然で、その順番をアレンジして応用するのは『本人の技量』だと思っていたところ、『実際の臨床は、講習で習った順番』だと理解していた受講生がいた。確かにパターン化して、最初に足関節の背屈をやって、次に膝の左右傾倒をやって、次に伏臥位で膝を脇のほうに引きつけさせて・・・と、教えるほうが教える方も覚える方もラクでいいかもしれない。しかし、臨床には必ず例外が存在する。その例外に対応するためにも、基本に基づいた操者の想像力と応用力が必要になってくるのである。

    ★これを【何をやってもいい】と解釈するか、【操体のセオリーに基づいて、なおかつ想像力と応用力を活用して】と捉えるかは【テメエの勝手】だが、私自身、橋本敬三先生という大師匠が苦労して大筋を耕し種を蒔き、その弟子が更にその芽を育てた。私達はその芽が育っている状態で操体に巡り会っているだから、【何をやってもいい】ではなく【操体という土俵の中でヤジウマをしよう】と思っている。

    『どの動診を選択すればいいのか分からない』
    いいポイントをついている。多くの受講生がこれで悩む(いや、私も悩んでいた)のは普遍的な事実なのだ。
    介助や補助、言葉かけはポイントを絞り込んで勉強すれば何とか身につく。しかしそれだけではダメで『どの動診を選択するか』という修行を積まなければ片手落ちだ。

    『どの動診を選ぶか』
    「症状疾患にとらわれない」というセオリーがあるので、操体には『肩こりに効く操法』とか『腰痛に効く操法』というのは本来存在しない。『肩こりに効く動診』があれば、クライアントの訴えに応じて、該当する動診・操法を行えばいいのだがそうは行かないのが操体なのである(笑)

    そして、その答えを学ぶために私達は時間をかけて精進し、学び続けているのだ。10000時間ではないがセオリーを踏まえて段階的に勉強すれば答えは得られる。これは私が保証する。しかし、『どの動診(分析法)を選ぶか、その方法をすぐに知りたい』というリクエストには簡単にはお応えできない。というか、そんな方法があったら私が知りたい(笑)

    その答えを得るために、私達は時間をかけて精進し、学んでいる。東京操体フォーラムの実行委員は、その答えを得てからも、操体の精進のために日々勉強しているのである。

  • 『操体』と『手放す』ということ。

    神田昌典氏の最新作『全脳思考』を読んだ。神田氏の著書は数多いが、何故か私は読んだことがなかった。それも不思議と言えば不思議なのだが、何かの巡り合わせなのかもしれない。これは7年ぶりのビジネス書とのこと。

    全脳思考

    全脳思考

    私には以前からずっと考えていることがある。

    操体臨床家の若手の育成
    操体臨床家の地位の確立
    ・海外への広報活動

    後継者の育成はどの業界でも深刻だと思う。
    臨床家の地位確立は私の悲願の一つでもある。操体法の創始者、橋本敬三先生は医師として、臨床として操体をやっておられた。途中から『健康体操としての操体』にばかりスポットがあたり、操体法というのは地方の『○○操体法の会』などで健康体操サークル的に行われているケースが多い(健康体操サークルなので、臨床の操体とはレベルが格段に違うのはまぎれもない事実である)。
    愛好家が多いことが悪いとは言わないが、これによって、操体の臨床家のポジションはあまり高いとは言えない状態である。             私はこれをどうにかしたい。

    『愛好家』の中には「操体でお金をとってはいけない」という人もいる。こういう方は元々橋本先生が医師であり、臨床として操体をされていたことを忘れているのだ。また、愛好家の方全てがそうだとは言わないが、操体の専門家の話を聞かない。少なからず愛好家よりは操体を深く学んでいるのだからもう少し耳を傾けてもいいのでは、と思うことがしばしばあり、専門家が何かの時に『これこれこうで、橋本先生はそのようには言われていませんよ』とアドバイスをしても『そんなに細かい事を言わなくても、みんな仲良くやればいいじゃないですか』とか『私は操体の専門家じゃないから』と逃げる方もおられるのは事実で、残念に思う。

    以前、仙台の大会の基調講演で『操体でお金をもらってはいけません』と言った大学の教授がおられたが(早稲田の石井先生ではないです。念のため)その時会場にいた臨床家が『ふざけるな』『大学のセンセイは大学から給料もらってるんだろうが、私達は臨床で生業を立てているんだぞ』という声が上がったことを覚えている。当たり前だ。臨床家をナメている。
    これは、橋本先生に向かって『患者から治療費をもらってはいけません』と言うのと同じだ。

    健康体操として操体を認識している方々にとって、治療費(あるいは施術料)をとって操体を行うというのは、まるでラジオ体操のやり方を教わって施術料を払うのと同じくらいの驚きかもしれないし、実際、実行委員の中にも『操体で臨床ができるんですか?』と聞かれたメンバーがいる(それも、自称『民間療法には詳しい』という方かただったらしい)。

    手厳しいことを書いているかも知れないが、誤解して欲しくないのは、愛好家が悪いと言っているわけではない。操体のプロフェッショナルがいるということを認識していただきたいのと、「健康体操としての操体」は操体の中のほんの一部であるということを認識していただきたいのである。

    海外への広報活動だが、海外では未だに『第一分析』時代のものが操体法として通っている(日本でも同じようなものだが)。翻訳されているのは『万病を治せる妙療法』と『操体法写真解説集』の二冊だが、『快適感覚をききわけ、味わう』という第二分析以降の書籍は英訳されていない。これもどうにかしたいと思っている。
    これらの課題は漠然と思っているだけではダメで、実際にアクションを起こさなければならないしそれには戦略が必要だ。

    まずこの本のデザインが気に入って手にとった。それから「目次読書」をして、気になるキーワードを見つけたので言葉が書かれていたからこの本を買ったのだが、その中の『U理論』に興味を持った。
    U理論というのはどうやら、『思考を体系化』したもので、『社会変革プロセスにおける思考のあり方を体系化』したものだ。もっと簡単に言えば、現実認識を掘り下げるほどに、その思考から導かれる行動は深くなるということ(内面の思考を深めるほどに、実際にとる行動は力強く、思考は実現しやすくなる)、ということらしい。

    ・U理論はMITスローン校経営学部上級講師のC.オットー・シャーマー氏が体系化したもの

    例えば、操体臨床歴41年で、起きている時間のうち、ほぼ8割(いや9割以上?)は操体のことを考えて続けている三浦理事長と、操体をほんの少しかじって(ビデオやDVDを見て)本を見ながら自分のクライアントにおそるおそる試しているA君とでは深みが違うのは当たり前だ。A君のように表層的な理解のみならば行動に移した場合でもおざなりになりがちになるので、結果にもあまりこだわならない。しかし、操体を深く考察し、目の前の患者様とその現実を深く掘り返し、思考していったらどうなるかというと、その現実における意味(事象)を深く理解すればするほど、解決策については単なるアイディアレベルではなく、本質的な変革をもたらすものになる。つまり、結果がでるということだ。

    ★勿論A君も深めることが可能なのは当然である

    操体を本を読んでちょっとかじったA君のところに、急性のぎっくり腰で動けない急患さんが来たとしよう。A君はまず、患者さんにベッドに仰向けになるように指示する。まずは仰向けにして、足関節を曲げさせるか、膝を左右に倒す分析をしようと思ったからだ。しかし患者さんは腰が痛いので、ベッドに横向き、エビのようにからだを丸める姿勢しかとれない。A君はお手上げで『操体は仰向けかうつ伏せじゃないとできない』と、諦めてしまうのである。

    しかし、操体を深く知っており、操体の盲点『動けない、動診がとおせない患者はどうするのか』を知っている実践者がいた。三浦理事長だ。
    橋本敬三先生が『運動系の定義』の中で筋骨格系と皮膚まで含めた軟部組織と書いておられることを思い出し、『関節の八方向に対して、皮膚も八方向で分析してみたらどうだろう?」という問いから生まれたのが『渦状波(カジョウハ):皮膚へのアプローチ、接触による感覚分析』である。

    運動系:硬組織なる骨格を基盤として、これに付着する筋肉を主体とし、これが緊張弛緩する時に同調する皮膚までを含めた軟部組織とか成り立ち、主作用はもちろん身体運動であるが、身体の支持作用と、運動系が形造る体腔内に、内臓および中枢神経体を支持保護する作用を営む。正確に言うならば横紋筋系運動系と称えられよう。そして、その内部に興奮伝達の末梢神経系と、栄養代謝の末梢循環系とを包含している。『生体の歪みを正す』176ページ

    思考レベルには四段階ある
    レベル1:自分という境界内に視点があり、過去の情報をダウンロードするだけの状態 典型的反応:「ああ、それならもう知ってるよ」
    レベル2:自分という協会の周辺に視点があり、事実にもとづく判断をしている状態  典型的反応:「なるほど、事実はこうなんだ」
    レベル3:自分という境界線の外側に視点があり、他者に感情レベルで共感できる状態 典型的反応:「あなたの気持ちがわかります」
    レベル4:境界線は開かれており、自由な視点でより大きなものと繋がっている感覚  典型的反応:「私が体験したことは、うまく言葉で説明できないのだけれども、何か大きなものと繋がった感じがします」

    この四つなのだそうだ。何かを成し遂げる場合、レベル2までは論理の積み上げと、事実の認識と自分の領域を強固に守っている段階だ。ここまでだったら誰でもやろうと思えばできるのだ。例えば同じ戦略(顧客取得計画?)を立てても競争できるのは価格だけなので、価格競争になる(私達の業界であれば、施術料を下げるとか)。私はクイックマッサージなどは経験がないが、一時期クイックマッサージが不当に安い価格で提供された時期があった。それ以降クイックマッサージの店は減ったようだが、ダンピング→新しいものが生まれない→利益減少→体力低下、となってくる。また安い価格で提供するために、アルバイトを安い賃金で雇い、スキルが低いままの技術でサービスを提供させるので、施術側も顧客側にも不満が生まれる、という悪循環が起きたのではないだろうか。

    そういえば、一時期リフレクソロジーのサロンが流行った。リフレクソロジストの養成校に勤めていた方に聞いたところによると(当時)、スクールに通ってくるのは主にOLで、『手に職をつけたい』とか『リラクゼーション系の仕事をしたい』という理由が多かったらしい。会社をやめて2〜3ヶ月の講習を受けてから、実際にサロンで研修を積むわけだが、サロンでの施術で結果が出ず、結局はやめてゆくケースが多かったという。中にはリフレクソロジーに向いていて独立開業というケースもあるそうだが、脱落するほうが多い。

    ちょっと一例を挙げてみたが、これって「レベル1」にも満たないような教育で現場に出してしまっている(現場で慣れろ方式)ので脱落するのだろう。ちなみに『現場で慣れろ』方式をOJT(On the job training)と言っている場合もあるようだ。

    いきなり業務を行わせ、いざという時のフォローだけ行うことをOJTと称することがある。指導する側の指導やチェックが確実に行われ、指導される側が報告義務を欠かさなければ成果を出せるが、指導する側・される側のどちらかに問題があれば、成果は期待できない。結局、OJTの要諦は、意図的・計画的・継続的の3つであり、これを欠くものは本来のOJTではない。(wikiより)

    これを操体で考えてみると、やはりレベル2までは皆行くのだ。しかし、それから先に躓くケースが多い。というかその後が面白いのに、そこで勉強をやめてしまうのである。

    レベル2で終わらず、レベル3、レベル4まで行くにはどうしたらいいのだろう。ちなみにレベル2と3の間には大きな断層があるという。レベル2までは何とか皆辿り着くものの、3まで行くのが大変なのだそうだ。

    そして、レベル3からレベル4にと行くまでの段階には「手放す」という段階があるらしい。既存の経験、知識を全ていったん手放すのだ。一流の人達は誰もが例外なく「手放す」という感覚を味わっているという。自分が一流というワケではないが(いや、操体専門家として一流でありたい)、『手放す』という感覚に共感するところは多い。

    三浦理事長は操体を学んで15年近く経ってから、橋本敬三師の『きもちのよさで良くなる』という言葉をきっかけに、それまでやっていた『対なる二つの動きの比較対照』分析を手放した。そのお陰で『楽ではなく快適感覚による分析法』を確立した。これは橋本敬三先生の悲願でもあったと思う。そのお陰で現在の操体があると言っても良い。三浦先生がそれまでの操体を手放していなければ操体はどうなっていたのだろう。

    身近なところで言えば、1999年に書いた私の最初の本「ふわ、くにゃ、すとん!操体法」。これは1997年頃から企画を始め作った本だ。監修は私の最初の操体の先生、小林先生である(小林先生は三浦先生の受講生の受講生だということを後で知った)。当時は身体運動の法則に関する理解が今とは違っていたし、商業出版であるが故に多少の妥協もしている。間違いや手直ししたいところもある。なので、自分のサイトで「自著を斬る」として改訂訂正事項を書いてある。私の中でこの本は『手放して』いるのである。なので今現在あの本を出されて(それも改訂訂正事項を読んでおられない方に)質問を受けても既に『手放して』いるので、『申し訳ありませんが、色々直したいところがあったのですが、第二版の予定もないので、ホームページで訂正修正箇所をご覧下さい』というしかないのである(断っておくが、装丁やイラストは素晴らしい本だ)。

    また、1999年の全国操体バランス運動研究会で、三浦先生が『快からのメッセージ』を上梓され、それを読んだ時、私は今までやっていた『操体』を手放す事を決意した。それまでやっていたのは、最大圧痛点を押さえ、緩む位置に関節を誘導して脱力に導くというものだった。これでは「痛みが消える箇所」「快方向に動かして脱力」となっていたが、ここで言う『快方向』は『快』はなく、『楽な方、可動域がある方、圧痛硬結が消える方』であり、100%『快』に近づくものではない、ということに気がついたからだった。まあ、手放すに当たって色々あったが、結局は手放す事によって、操体の臨床家としての今の自分がある事を考えると、「手放
    す」ことの重要性がよくわかる。
    しかし、それまでの「操体」を手放したといっても後々には役に立つこと、一層役立つ形で戻ってくるので心配はいらない。

    私の昔の受講生に、非常に頑固なヒトがいた。最初は瞬間急速脱力で指導していたのだが、私は比較対照で楽をききわけさせて、瞬間脱力させる方法(第1分析)をやめて、一極一比(二方向の動きを比較対照するのではなく、ある一つの動きを試し、快適感覚のききわけをさせる)の分析法(第二)に移行していた。第二分析のほうが有効であったが、その方は『自分が習った時は、瞬間脱力だったから、自分はそれを貫く』と言った。『教えた私が変わってもですか?』と聞いたところ『そうだ』と答えていた。本人曰く、頑固なので一度覚えたらもう代えるのはイヤなのだ言う。これを聞いて私も少し複雑な気持ちになったが、教授した人間が手放して変化しているのに、ついてきてくれないのは少し寂しくもあった。

    『手放す』というのは今まで学んできたことが全てが無駄になることではないのだ。

    ちなみに私は色々手放してきたが(笑)結果オーライである。

  • 操体と触診。

    私達は触診に中指を使います。二本使う場合は中指と薬指を使います。
    硬結には『実』と『虚』があると言います。『実』は怒っているというか、主張をしている分かりやすい硬結です。これは比較的キャッチしやすいものです。逆に『虚』しているところ。元気がなくて、力がない。しかしその中心に小さい芯があるような硬結です。虚しているところは、強く押さえるとつるりと逃げてしまいます。また、中指を上手く使うと爪のきわとか、うんと小さいポイントも中指で押さえることができます。繊細で柔らかい、しかし的確な触診は中指なのです。

    先日、ある古武術家の先生にお目にかかった際伺ったことがあります。『最後の本当の武術家』と言われる先生です。
    先生曰く、触診するには第二指(人差指)を使うのだよ、という事でした。それは何でも古来から伝わる使い方なのだそうです。中指をメインにしている私達とは違いますが、どうやら第二指は目的地に向かうセンサーのようなものがあるのでは、と感じました。
    武術ではおそらく体表の急所を狙う、あるいは「骨」に触れるので第二指を使うのかもしれません。操体ではひかがみ(膝裏のくぼみ)を診ますが、ひかがみの深い硬結(特に足底筋など)に触れるには、第二指では届かないのです。ひかがみを診るときには中指を使いますが、人差指の独特の使い方があるのです。もう少し詳しく言うと、中指で触れているのですが、他の指も使っているのです。
    そうやって考えると『第二指で診る』という武術家の先生のお話も分かってきます。『あの先生は人差し指っておっしゃったけど、操体では中指って習ったから違う』というような短絡的な思考にはならずにすみます。というか、そんな短絡的な思考をしていてはいけません。何故違うのか。その違いを明らかにして納得すればいいのです。
    知っていてこだわらなければいいのです。

    からだの骨格をなす骨組か診るのと、外側を覆っている皮膚から診るのとではセオリーが違うのは当然だからなのです。

    何年か前、東京操体フォーラムでは、お昼休みに実行委員が参加者の相談にのるという時間を設けました。
    その時私がお相手したのは、何度か個人レッスンをしたことがある、30歳前後の若手の理学療法士の方でした。
    彼が言うには、渦状波をやっても全然反応がありません、とのこと。

    (渦状波:皮膚へのアプローチ。第三分析。皮膚の面にアプローチする面の渦状波と、点でアプローチする点の渦状波がある)

    「どうやっているの?」と聞いてみたところ彼は人差し指と中指の二本の指の腹を私の前腕に当てました。
    当たっている指には圧がかかっていました。

    「・・・・・」
    う〜んちがうよ。キミ。

    「本で読んでやってみたんですが」
    「○○さん、点の渦状波っていうのは、中指と薬指を使うんだよ」
    「この二本で『陰と陽』をあらわしていているんです」
    「それに、指のハラを当てるのではなく、指尖で触れるし、圧はかけないんです。こんな感じで」と、私がやってみせると
    「ええええ?こんなに軽くていいんですか?」と、彼は驚いていました。そうです。そんなに軽くていいのです。軽ければ軽いほどいいのです。
    「本を見ただけじゃダメですね」
    当たり前です(笑)

    『快からのメッセージ』を読んだだけで、渦状波による臨床が可能になるのだったらそんなに簡単なことはないし、わざわざ時間をかけて講習を受けることもないわけですよね。

    快からのメッセージ―哲学する操体

    快からのメッセージ―哲学する操体

    それはさておき、先程も出てきましたが膝の裏を「ひかがみ」と言います。
    膝の裏は、からだ中の歪みを写し出す鏡のようなものなので、「ひざかがみ」から「ひかがみ」になったという説もあります(他にも説あり)。

    操体を勉強すると、まずひかがみの触診を避けては通れません。
    ひかがみの触診そのものではなく、触診に至る『間』の取り方や、そのからだのハコビ方で、『その人がどのような動診、操法をやるのか』が分かるくらいです。というか、『操体における品格』のようなものがわかるのがこの『ひかがみの触診』なのです(私はそう思っています)。自分もまだまだだと思っているので、非常に気を遣うポイントです。

    ひかがみに圧痛、硬結がない患者もいる」という方もおられますが、それはその診方が足りないのではないかと思います。ボディに何らかの症状疾患があると、必ずひかがみに反応が出るからです。例えば薬物による急性中毒や、怪我でさえ出ると言います。

    そして、ひかがみの圧痛硬結を見るのはやはり中指なのです。この場合、中指を思い切り立てます。そして圧痛硬結をキャッチしたら皮膚のあそびを殺しながら弾くように当てます。ポイントは腹ではなく指尖です。

    ちなみに、講習の時師匠が「こうやってやるんだよ」と模範を見せて下さいますが、※注1)中指を立てて掌側を自分のほうに向ける姿勢はアメリカに行ってやったらどういうふうに受け取られるんだろう・・・・・と思ったりします。

    師匠が中指を立てた手を顔の前辺りに持ってきて『こうやるんだよ』と軽くしかし力強く堂々と中指を空に向かって突き上げる動作を見る度に、私は少しドキドキします(笑)勿論この場合は「相手に手の甲を見せて中指を立てて見せる』ではなく『中指でひかがみを触診する』なのですけどね(笑)

    ※注1)ご存じだと思いますが、米のジェスチャーで手の甲を相手に向けて中指を立てるのは相手を強烈に侮辱する意味があります。。というか、たまにミュージシャンなどが映像でこのポーズを取る場合、モザイクがかかる位、つまり放送コードにひっかかるようなジェスチャーです。。。

  • 三茶の有名人。。。

    今日は東京操体フォーラムの理事長であり、私の師匠でもある三浦寛先生について書いてみましょう。

    私の周囲には「ヒロ」あるいは「ヒ」がつく人が妙に多いのです。そもそも自分からして「ヒロミ」な上、父は「博」で、母は「ヒサコ」です。その他親類縁者には「ヒロアキ」「ヒデコ」「ヒトミ」等々、何だか知りませんがやたら多い。
    そもそも、父親と師匠の名前が同じで、どちらも宮城に深い縁があるというのは何だか不思議なご縁だと思うのです。また、平相談役が仙台出身というのも、すごいご縁を感じます。いや、これはこじつけじゃないと思います。
    そもそも、うちの屋号「TEI-ZAN」というのも仙台藩開祖、独眼竜こと伊達政宗公の諡号(貴人の死後に奉る、生前の事績への評価に基づく名)の「貞山公」から頂いている位です。勿論、来仙時には橋本家のお墓同様時間の許す限り瑞鳳殿(政宗公の墓所)にもお参りします。

    私は東京生まれですが、両親は宮城県出身で、仙台や塩竃近辺にには親類縁者が30人位います。小さい頃から仙台は慣れたところだったのでいつ行っても特別の場所ではなく「普通」の場所なのです。

    もっと考えてみると、私の父方の祖父、畠山三左ェ衛門は1900年生まれで橋本敬三先生とは4歳違いです。祖父は私が高校生の頃亡くなりましたが、その後、橋本敬三先生の映像を見て音声を聞いて、最初に思ったのは『おじいさんとかおじさんと話し方がそっくりだ・・・・』ということでした(ご子息の承平さんとお話した時もそう思いました・・)。

    この辺りは私が操体を学ぶにあたって、あらかじめセッティングされていた事柄なのかと思ったりもします。

    話を師匠に戻しましょう。

    操体の臨床家として最前線を走っているのはご承知の通りです。また橋本敬三先生の『操体は体系づけられてはいるが完成されていない』という後輩に託した意思を受け継ぎ、橋本敬三医師が糸口を作った『楽』と『快』の違い、『感覚分析』という診断分析指標の確立、操体の動診(診断・分析法)に皮膚へのアプローチ法の確立、連動理論の確立など、操体臨床に大きな変化と進歩を導入しました。このような橋本敬三の直弟子、そして愛弟子で操体の臨床家という姿は皆さんご存じだと思います。

    ちなみに、10年位前に私が知り合いの某上場企業の役員秘書に聞いた話です。偶然にも彼女はムチ打ちで三浦先生のところに治療に通っていたそうです。ふとしたことからそれがわかり『世間って狭いよねぇ』とお互いに笑いましたが。彼女(A子さんとします)がムチ打ちをやった後、なかなか良くならずに困っていたところ、上司である役員の方に三浦先生を紹介されたそうです。そこで、三茶の治療所に行ったのですが、A子さんが予約時間に行った時、救急車がサイレンを鳴らさずに治療所のあるマンションの前に止まり、担架に乗せられた人が、三浦先生の治療院に運ばれてきたのだそうです。救急車を見て彼女も相当驚いたそうですが、もっと驚いたのは、暫くしてから、先程担架で運ばれてきたヒトが、スタスタ歩いて帰ったのを見た時のことだったそうです・・・・・。

    師匠はよくコーヒーショップで原稿を書いています。愛用の黒いノートが何冊目になったのかは知りませんが、相当の量になっているのではないでしょうか。

    一昨年前までは、東急田園都市線三軒茶屋南口側にドトールコーヒーがありました。三浦先生の数々の著書はここで執筆されたと言ってもいいでしょう。
    私もよくここで打合せをしたり、原稿の相談をしたり、色々お世話になりました。この周囲にはプランターの植え込みがあり、小さいながらも木が茂っていました。当然ながら夏になると蚊や虫が出てくるわけですね。

    ある時、用事があって私が寄ると、三浦先生は指定席で原稿を書いていました。そして何故かその横に『キンカン』の箱が3つ位並んでいるのです。
    どうしたんですか、と私が聞くと、いつもこの道を通る人が下さったのだそうで。キンカン、というのはご存じの通り虫さされの薬です。そして実は、キンカンの本社は三軒茶屋にあり、キンカンに勤めている方は丁度ドトールの横を通って通勤するのです。おそらく、毎日植え込みの横で何か書き物をしている謎の人物をみて『蚊にさされそうだから、キンカンをプレゼントしよう』と思ったに違いありません。

    キンカン社の重役さんだったりしたら、キンカン5年分とか・・・

    ちなみに、師匠は姿を見た限りでは、何をしているヒトかよく分かりません。よく、画家とか小説家とか芸術家の類の職業ではと思われるようです。いつもお気に入りの帽子(同じのを二つ持っているようです)を目深に被り、口髭を生やし、銀のブレスやピンキーリングなどのアクセサリーが妙にしっくりくる様は勿論会社勤めのビジネスマンには見えません(笑)。最近は髪の毛も長くなり、たまに後ろで結んでいたりするのでますます何をしているヒトか不明です。いや、ご本人もそれを楽しんでいるのかもしれません。

    また、師匠は49歳で車の免許を取ったそうですが(奇しくも私の父ヒロシも49歳で車の免許を取得しています)、『何で急に免許を取ったのですか』と聞いてみたら
    『ポルシェが手に入ったから』
    という答えでした・・・。
    今はポルシェではなく、でっかいBMWに乗っておられますが、後にも先にもポルシェが手に入ったから車の免許を取ったというヒトには未だかつてお目にかかったことがありません・・・。

    そんなある日、東京操体フォーラム理事の草階女史からある情報を得ました。三浦先生らしき人物がマンガに載っていると。私も早速そのマンガを買ってみました。

    うちのごきげん本 (ダ・ヴィンチブックス) これは「ダヴィンチ」に連載された書評です。

    『本の最後でうっかりドトールで読んでしまい、知らないオッサンと斜め向かい合わせの席で涙』
    『ハンパな長髪の知らんオッサン(ちょい怪しめ)』
    『しまった!と思う反面、三軒茶屋駅前ドトールのちょっとした秘境度がしっくり来ていた気もした』

    そう、この「ハンパな長髪の知らんオッサン」というのがどうやら師匠なのでは!というのです。見た瞬間、私は確信しました。これはうちの師匠だ!!!★皆さんも是非読んでみて下さい。

    ★★ご本人も『これはオレだな』と納得しておりました。はい。

    なお、理由は不明ですが、師匠はイートインでコーヒーを頼むのにテイクアウト用のカップで頼みます。そして砂糖は入れずにミルクだけをいれるのですが、店員さんが覚えていて何も言わなくてもテイクアウト用のカップで、ミルクを入れてくれます(原稿用紙にこぼすといけないからでしょうか?)。

    そして一昨年の年末、三茶駅前のドトールは繁盛していたにも関わらず、オーナーが代わったためクローズしてしまいました(先のばばかよさんの話ではないですが、確かに秘境っぽい感じのところで面白かったんですけどね。秘境というかサファリパークというか)。

    時は流れて5ヶ月。ドトールの後に上島珈琲店がオープンしました。ドトールのコーヒーが180円に比べて、こちらはブレンドで340円とお値段が少し高いのがナンですが、テラスがあり、ちょっとしたオープンカフェ風のお洒落なお店です。ここはすぐに師匠の新しい執筆場所となりました。例えば講習が終わった後、何人かでお茶をしたりする場合も大抵上島珈琲のテラスに行きます。そして、やはりここでも店員さんが覚えているので、テイクアウト用のカップで出てきます。

    ここは人通りも多いのですが、やはりいつもテラスで帽子を目深に被って何か書き物をしている謎の人物が気になる人が多いようです。

    たまにお母さんと子供が通り過ぎたりしますが、子供は興味を惹かれるのでしょうか、師匠のほうをじ〜っと見ながら通り過ぎるのです。子供を連れて歩いているお母さんは少し恥ずかしそうですが、師匠は『こんにちは〜』などど、子供に手を振ったりしています。たまに打合せなどで伺うと、誰かが師匠のテーブル席について話し込んでいたりします。ところが後で聞くと、師匠も知らない人だったりします。

    ところで、上島珈琲の向かいには靴屋さんがあります。先日一週間迷った挙げ句(迷う程のこともないのですが)、夏物のグラディエータサンダル(ヒール8センチ)を買いました。レジで会計をしていると、店員さんに
    『よく、上島珈琲にいらっしゃる方とご一緒ですか』と聞かれました(笑)
    『はい(あははは)』
    『あの方の周り、いつも人が集まっていますけど、有名人なんですか?』
    『・・・・・・』

    そしてつい最近、師匠と福田副実行委員長と、山本実行委員と三茶の横断歩道を渡っていた時のことです。師匠は歩くのが速いので、先に行ってしまいましたが、私の後ろにいた二人組の若い男性が『あ、あの人いつも上島珈琲にいる人だ!』と叫んでいました・・・・。

    橋本先生の墓前にて。2008年秋