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  • 先天性股関節脱臼のひろさん

    小代田さんの温かい文の後で、なぜかまた連休担当になって
    いるラッキー今です。
    今回は、臨床のお話を書いてみることにします。

    「先天性股関節脱臼のひろさん」
    患者さんは43才の女性でひろさんといいます。
    その女性を連れてきてくれたのは隣県の保健師はるちゃん
    でした。

    はるちゃんは何度か私の操体の治療を受けたことがあり、
    皮膚の操法で無意識の動きの不思議な妙味を味わったことが
    あるひとりでした。

    ひろさんは先天性の股関節脱臼で股関節の手術を過去に
    三回経験し、二年前に臼蓋回転骨切り術 (RAO)という手術を
    したらしいのですが苦痛はぜんぜん良くならなかったとのこ
    とでした。
    股関節周囲の痛みと腰痛、下肢の重苦しさ筋肉の弱さなどが
    主訴でした。

    私は仰向けになったひろさんを見て、左背中のあたりが
    なんとなく気になりました。
    両肩周囲を触診してみると、やっぱり左肩甲骨と背骨の間に
    コリがあって、押すと痛いとのことでした。
    でも押されたい感覚(痛快さ)がなかったので確認だけして
    その場を離れて股関節周辺の皮膚の操法をやってみることに
    しました。

    三回手術をしているということだったので、手術痕の皮膚が
    気になったのでした。
    私は仰向けになっているひろさんの右股関節のところに
    横から手をふわっと当てて、その皮膚を軽くずらしてみました。

    ひろさんは前方にずらしてもらうと心地がいいといいました。
    一分ぐらい経ったころ、ぴくっ、ぴくっ、とひろさんの背中が
    少し動き始めました。

    つづく

  • 「梅干とわたし」

    こんばんは、小代田です。いよいよ最終日となりました。シルバーウィークの初日、皆さんいかがお過ごしですか?
    最終日の今日、テーマは少し操体と離れますが「梅干とわたし」というテーマで書いて行こうかなと思います。

    先日瓶に入った今年初めて作った梅干がふと目にとまりました。「もう3ヶ月になるんだな」。その梅干は以前
    「梅干を作ってみたい」と話をしていた私のためにおばが用意してくれたものでした。

    去る6月、前回のブログに登場した祖父が他界しました。その梅はちょうど祖父のお葬式が終わる頃におばの元に
    届きました。おばは忙しい我が家を気遣い梅を塩漬けの状態にして少し落ち着いた頃に持ってきてくれました。
    黄色く熟し始めた梅は甘く桃のような何とも言えない良い香りがして、初めてかぐその甘い香りにこころは和らぎました。
    あれから3ヶ月、あの梅もすっかり赤い梅干色に染まり、ちょっと味見しみると飛び上がるほどのすっぱさです。
    3ヶ月という時をかけて化学変化したのだな・・・すっかり味もにおいも姿も変えたあの愛らしい梅を思うのでした。

    さて、ここからはわたしのお話を少し。ちょうど先日新盆が終わりました。すると私は自分でもびっくりするくらい寝始めました。
    仕事と食事以外は寝ていると言ってもよいくらい、よく寝ました。疲れていたのか何なのか、とにかくよく寝ました。
    まるですべての情報をシャットアウトするかのように。

    その頃いつも自然に手が伸びる本にも手が伸びず、いつもクルクル何かを考えているわたしですが何も考えが浮かばず。
    考えが浮かばないというか考えることを手放しているような・・・
    なにも考えず、なにも求めず、探さず、日々すごし、用がない時間以外はひたすら眠り続けました。
    「わたしどうしたんだろう」。
    でも不思議とわたしはそれ以上何も考えませんでした。そしてその終わりは突然のように、そして当たり前のようにやって
    きました。線を引かれたようにはっきりと。

    その日(その時)からあれほど、まるで大切な仕事のようにただひたすら何も考えずに、そして何も求めずに、ただただ寝て
    いた時はいつもの生活に戻りました。

    梅干とわたし。梅干のように静かな時間の中、ただただじっと眠っていた私の中で何かが化学反応を起こしたのでしょうか。
    不思議とその時から好みや嗜好が変わりました。
    そして少しわがままになりました。自分が望むもの、望まないものがはっきりしてきました。
    自分にとって必要なもの、必要でないものも。

    100人の人がいれば100通りの生き方があるという。きっとこの瓶の中の梅干もひとつとして同じものはないのだろう。
    自然の法則、その理はその100人が100通りの生き方を表現することができる法則でもあるのかもしれない。
    そんなことを梅干を見ながらぼんやり考えた。それなら理の中で存分に生きれば良いではないかと。

    さてそんな「梅干とわたし」の話で今回のブログは終わりにいたします。一週間、取り留めのない話にお付き合いいただき
    ありがとうございました。
    ではまた秋の東京操体フォーラムで!はたまた新たな学びの場で、お会いできる日を楽しみにしております。
    小代田の徒然節に長くながーくお付き合いいただき本当にありがとうございました。

    では、明日からはまたまた連休のブログを担当されます今先生です。
    今先生、よろしくお願いします!

  • 「操体という大きな器」

    こんばんは、小代田です。
    今日も一日お疲れ様でした。

    さてブログも残す所あと2日になりました。過ぎてみると早いものです。
    あと2日、まだまだお話したこともあるのですが、今日は「操体という大きな器」というテーマで進めて行き
    たいと思います。どうぞよろしくお願いします。

    私は操体を学びながら鍼灸師、そしてあん摩指圧マッサージ師として働いています。操体とこれらの
    治療法が結びつかない方も多くいらっしゃると思います。私もそうでした、操体操体、マッサージはマッサージ。
    しかし最近計らずしてマッサージなどの手技療法を操体の学びを通して見直し深めることになりました。

    操体を学び、自分のからだにそれが染み込んできた頃、マッサージなどを行う自分に変化を感じ始めました。
    するとそれに比例するかのように、受ける患者さんの感覚も、またその効果も変わってきたのです。
    充実感が生まれ、目的としたからだへの効果が見られるようになってきました。
    操体で学んだものがマッサージなどの手技療法に生かされ、それによりさまざまな新しい気づきが生まれるように
    なりました。そしてそれがまた操体の学びにフィードバックされ、別々の学びが大きな一つの学びのサイクルとして
    つながり初めました。

    すると自分の行っていたマッサージという「物」に命が吹き込まれ「生きてきた」のです。

    重心安定の法則、そして重心移動の法則。
    からだとの向き合い方や呼吸の通し方、皮膚への触れ方など、操体で学んだ一つ一つが自分のやっている
    事を見直す指針となり、多くの気付きを与えてくれました。
    息食動想という生き方の法則が、操体で学んださまざまな教えが、わたしを育て、それをどう生かしていったら
    良いのかと考えさせてくれます。
    そして何よりいのちを生かしてくれる気がしています。
    その気づきは今自分がしている仕事へのプロ意識を思い起こさせてくれ、操体というものへの思い、学びへの
    思いをより深く大きなものにしてくれました。

    以前講習会の中で三浦先生が「操体はすべてを生かす大きな器だ」と話して下さったことがありました。
    わたしの中で少しずつ時を越え、それぞれの縛りを越え、学びがつながり始めています。

    操体はスポーツはもとより治療家それぞれの治療をより生かすことができ、介護や医療の現場など、すべての道を
    生かし、質を高めることが出来るものだと思っています。

    多くの方が操体に触れ、それぞれの学びを得てくれたらと願っています。

    そして最後に、治療家を目指している学生さんへ。是非折に触れ操体に触れてみて欲しいと思っています。
    きっとこれからの学びを深めるヒントがそこにあると思います。操体は「全てを生かす大きな器」なのですから。

    そうそう、昨日のブログでお話した「マッサージを上手くさせたあるヒント」ですが、ただ一つ「小指を利かせる」という
    ことを皆さんにお伝えしただけです。
    それだけですが、素敵な魔法が見られましたよ。

    では皆さんの素敵な野次馬ぶりを楽しみに!今日はおやすみなさい。

  • 「感じるからだ入門編」

    お疲れ様です。小代田です。
    今日は月1回のアロマの会がありました。
    この会は「せっかく学んだアロマテラピーもいざ講習を終えると離れてしまって使わなくなってしまう」という
    生徒さんの相談を受け、アロマテラピーを教えていただいた先生とその生徒さんご夫婦が発起人になり
    スタートした会で、早いもので今回で7回目になります。
    このような会の立ち上げは先生も集まったメンバーも始めてで、目的地も進み方も手探りでスタートしましたが、
    少しづつ形になり始めてきました。
    講師も生徒もなく同じ学びを通した仲間として月1回、職業も年齢も違うメンバーが集まって楽しんでいます。
    そして「今回マッサージをやってみたいって声が上がっているんだけど、やってみない?」という先生からの
    お話で、思いがけずマッサージの講座をやることになりました。

    今日集まったメンバーは女性ばかりが8名(もともと男性は1名しかいないのですが・・・)、マッサージを学ぶのも
    やるのも初めての方ばかりです。
    今日のテーマは「まずは触れてみよう、感じてみよう」です。
    一時間という短い時間でマッサージの概要から実技までやろうというので、初めての方ばかりだと少しタイトな
    時間だったのですが「できれば実技というよりからだでその感覚を味わってもらいたい」「マッサージ(人に触れる)
    ということを楽しんで欲しい」という思いから初めての資料作りなどを経験しながら、準備を進めて臨みました。

    初めてのマッサージ、私の手元から目を離さず皆さん真剣です。感心する人、力みすぎてぎこちなくなっている人、
    私と自分の手元を繰り返しじっとみて何かを考えている人、うっとりする人、色々な顔が見えます。
    「今日はまずマッサージってこんな感じだということを知っていただくだけで良いですよ〜ホイホイもっと楽しんで〜
    〜ゆっくりと皮膚に触れる感じ、触れられた感じを味わって下さい〜」「どんな感じですか〜」。

    いつもは教わる立場の私ですが、こうして逆の立場に立つと色々なことが見えます。
    一生懸命なあまり手元やそのやり方ばかりに気がいってしまいその手技の目的が見えなくなってしまったり、
    はたまた上手くやりたいと手元に必要以上に力が入り上手くからだが使えなくなってしまっていたり、
    上手くなりたい故に上手く出来ないことに落ち込んでしまったり、反対によく見うないうちに(聞かないうちに)
    自分で始めてしまってすこーし違った方向に行ってしまっていたり。

    操体の定期講習会などでも「手元ばかりみるな」「全体を見なさい」「まずは見ることに集中しなさい」と何度も
    教えて頂きましたが、「なるほどこういうことなんだな」と腑に落ちる思いでした。

    その後は少しづつ皆さんも肩の力がぬけ「感じるからだ入門編」を楽しんでいただきました。
    そうそう悪戦苦闘している皆さんに操体のコツを少し教えてあげたんです。
    そうしたら皆さんとても上手に自分のからだを使えるようになったですよ。
    少し長くなりそうなのでこの話はまた残りの回で!

    今回は思いがけない機会に自分がこれから操体を学んでいく上で良い教えをいただきました。
    この日々の出来事達に感謝です。

    では今日はこのあたりで。
    残りも少なくなってきましたが、明日もよろしくお願いします。

    安心からか帰宅後気がついたらすっかり熟睡してしまっていた小代田より。
    新しい朝を迎える皆へ、良い一日を。

  • 感動は時を越え人を越え

    お疲れ様です。小代田です。
    今日はどんな一日でしたか。昨夜と同じようにパソコンの前に座り、何にもとらわれていないような、
    時間を越えたこの夜の感覚を不思議に感じている小代田です。

    今日患者さんの奥様が旅先で感動したお話を一生懸命話して下さいました。
    すべての感動をエネルギーにかえ生きているようなこの奥様は、ホテルで結婚式の衣装係を定年の
    年齢を過ぎた今も頑張っておられるのですが、色というものにとてもこだわっていてるそうです。
    桜の季節には桜を、菖蒲の季節には菖蒲を、紅葉の季節には紅葉と、その一番鮮やかな色を見に
    全国各地にお出かけになるそうです。
    そして、着物や日本建築など美しいものに触れる機会があるのなら、これまたフットワーク軽く静岡を
    飛び出します。
    「本物の色になるべく触れたいの、色の記憶を自分の中に貯めていくの。そうすると花嫁さんにドレスや
    お着物の説明をする時に言えるでしょ、この『このピンクは桜のピンクよ』って」。
    「美しいもの、素晴らしいものをたくさん見て触れたいの、それが表現につながるの」
    「先生、本物をたくさん見なさい、手間ひま惜しまずに本物に触れなさい」と話してくださいました。
    自分の求めるものを探求する、プロであるために学び求め続ける。
    そのあふれでる感動をまるで子供のように「もう少し、あとちょっと」と話して下さる奥様に、
    学ぶために、プロであるために、時も場所も関係ないのだなと感じさせられた朝でした。

    本物を見る、触れる、操体にも同じこと。
    その記憶を、感覚を、絶対なるものを自分の中に貯めていく、これもまた同じこと。

  • 「年をとるのも良いもんだ 操体編」

    こんばんは、今日も静岡から小代田です。
    静岡もここの所、朝晩はぐっと冷え込み、今日往診先のおばあちゃんの靴下が2枚になりました。
    夏の終わりと秋の訪れを感じています。

    では今日もそろそろ小代田の徒然節をスタートいたします。
    よろしくお願いいたします。
    さて、今日は「年をとるのも良いもんだ、操体編」をお送りしようと思います。
    今年もお陰さまで無事にまたひとつ年を重ねることができ、いよいよ30代折り返しと言われる
    年を迎えました。

    気持ちは年を追うごとに年齢と反比例していきますが、からだはやはり自然の法則にそって
    ゆるやかに、確実に・・・(いや、自然の法則ですから)。

    でも良いこともあるんです。

    からだへのごまかしが効かなくなってきたということは、自分のからだ(人生)に対して自分が責任を持って
    生るということを確認させてくれるということ(生き方の自然法則)。

    身体運動の法則に反するとすぐからだが辛くなってくるということは、自分がからだの声に耳を傾けていれば、
    悪くなる前に修正できるということ(身体運動の法則)。

    からだの動きが大きく表現できないということは、からだの中の動きに集中でき感覚をより深く味えるということ
    (感覚の充実)。

    以前のように沢山のものを持ちきれなくなってくるということは、自分が必要なものを選んで進んで
    いけば良いということ(『バルのいましめ』※)。

    動が少なくなるぶん静の世界が充実してくる気がします。

    何はともあれ、わたしにとって自然の法則を学ぶには良い季節であります。

    今日もあれこれと考えていたらあっという間に時間がたっていました。
    明日はどんな一日でしょう。
    生かされた今日と明日への感謝を込めて。

    ではそろそろ今日も。おやすみなさい。今日も一日お疲れでした。

    ※『バルのいましめ』:「頑張るな、威張るな、欲張るな、縛るな」という操体の教え

  •  もうひとつの三軒茶屋

    こんばんは、小代田です。
    今日も一日お疲れさまでした。

    さて、ブログ2日目、今日はわたしのもうひとつの学びの場、操体法東京研究会
    定期講習会についてお話しようかと思います。
    早いもので東京操体フォーラムでご縁をいただき、この定期講習会で学びはじめてから
    今年で3回目の秋を迎えます。

    定期講習会では私と同じく、繰り返し受講されている方も多くいらっしゃいます。
    今年も昨年と同じメンバーが顔を合わせ学んでいます。
    わたしの大切な仲間です(と勝手に思っています)。

    さて、同じメンバーと言うことはお互いの学びは始め、ロボットのようなぎこちない動きの頃
    から知っていると言うことです。
    それから1年、そして2年。最近の仲間を見ると学びを続けたそのからだは、連動、呼吸、
    目線の通し方、からだの聞き分け、そして快の質、その味わい方、すべてが大きく変わってきています。
    操法を通して互いに向きあうが、それも昨年と全く違う。

    毎回静かな驚きと喜びを覚えます。

    この操体法東京研究会の定期講習会では年齢も職業も違う仲間が三浦先生のもとで
    隔週の日曜日、一生懸命学んでいます。
    ポンポンと色々な波動が優しく楽しげに飛びかうこの講習会、これもわたしの大切な学びの場です。
    何だか今週末の講習会が楽しみになってきました☆

    さて、そろそろ夜もふけてきました。今日はこの辺りで。
    では皆さん今日も一日ご苦労様でした。
    おやすみなさい。

  • 実行委員勉強会にて

    お疲れ様です。日下さんから、バトンタッチ、今週1週間担当させていただきます小代田です。
    どうぞよろしくお願いします。今日も秋晴れの良いお天気でしたね。

    今日は勉強会で三軒茶屋に行ってまいりました。以前畠山先生のブログでも紹介がありましたが、
    私たち東京操体フォーラムの実行委員は三浦先生のもと月一回勉強会をしております。大阪や群馬、
    島根など各地からこの東京操体フォーラムのより良い運営のため、実行委員として常に新しい操体
    学ぶため三軒茶屋に集合するのです。操体への真剣な思い、そして姿勢に、同じ実行委員のメンバー
    として頭が下がる思いと共に、この情熱を皆さんに伝えたい!と思うのでした。

    勉強会が行われるターミナルビルに着くと朝から学ぶ喜びで満ちた部屋は気持ち良い波動で私をくつろがせ、
    心地良い緊張で包んでくれます。

    実行委員として勉強会に参加させて頂いてからちょうど1年になります。今回こうして「ブログ初日に勉強会」
    というご縁を頂きましたので、今日は私が一年間勉強会を通して感じたこと、その中の一つをお伝え出来ればと
    思います。

    その一つとは『古きを知らなければ(学び続けなければ)新しきを成すことは出来ない』ということです。
    三浦先生のお言葉を借りれば「ワープはできませんよ」ということです。

    三浦先生の絶え間ない操体の探求は私たちに常に新しい扉を開けて下さいます。しかしそのもとには
    橋本敬三先生の精神が息づき、操体の、そして臨床の歴史があります。三浦先生のゆるぎない一本道が
    そこにあります。そしてその姿に学びます。基本を忘れてはいけないよ、やせて乾いた所には何も育たない、
    だから一生懸命耕しなさい、一つ一つ大切に大切に耕しなさい、そう教えていただいている気がします。

    まだまだ学ぶべきものがある。

    3云歳という年齢から臨床経験が長いと思われる私ですが、鍼灸マッサージ師の免許をとってやっと4年目に
    入り、そして縁あって操体を学び始めてから3クール目に入ったという所で、臨床家としてはまだまだ新米、
    もっともっと学びたいと思っています。欲張ってはいけないと言われますが、学ぶことに対しては今は
    もっともっと欲張りたい。そう思うのです。

    話が少しそれてしまいました。そうです、今日は実行委員の勉強会のお話でした。すみません。

    何だか今日はターミナルの熱さに押され、次々話しが飛んでしまいそうなのでそろそろ締めようかと思います。
    今夜は小代田の徒然節にお付き合いいただきありがとうございました。

    ではまた明日。

    鈴虫なく静岡から。

  • 百匹目の猿

    最終日は三軒茶屋の界隈で耳にしたつくりばなしをひとつ。

     日本近海には小さな島が点在している。そのうちのいくつかの島に棲みついている日本猿の群れの生態がたえまなく観察されてきた。これらの島に棲む猿たちは自分で掘り出したサツマイモを土のついたまま食べていたのである。こんな行儀の悪い食べ方は、何年も変わらずに続いていたが、ある日、一匹の雄猿がその伝統を破ってしまった。食べる前にそのサツマイモを海に持って行って洗ったのである。
     彼は母猿にそのやり方を教えた。そして母猿は当時の連れ添いにそれをやって見せた。母猿の連れ添いもそのやり方を覚え、仲間の猿たちにやって見せたのである。こうして洗って食べる文化は猿の群れ全体に広まっていった。そして百匹中、九十九匹の猿がサツマイモを洗って食べるようになったのであった。
    そしてある月の第二日曜日の午前八時丁度に、最後に残った百匹目の猿がその習慣を身につけたそうである。それから一時間も経たないうちに、それまで食べ物を洗うそぶりも見せなかった、海を隔てた他の二つの島に棲む猿の群れの間にも、その習慣が現れはじめたのである。

     人間の社会でもこんなドラマチックなハプニングは同じようにして広がっていくものと信じていい。多くの人があることを真実とみなすようになると、やがてそれがすべての真実となる。そんな法則が今、三軒茶屋で起ころうとしている。 うむっ! あなたはその証人になれるかも知れない。
    三軒茶屋のとある場所で、願わくば百匹目の猿にならんことを。

     今回、次の担当は小代田さんにバトンタッチです。

  • 動診と感覚

     感覚は呼吸だけでなく、動きにも深くつながっている。

     操体の動診において、ゆっくり動作を行うと、自分の動作の過程を意識的にはっきりイメージすることができる。このような動作は精神の集中度を高めるとともに、自律神経の調和を得て、身心の相関関係が密接となってくる。
     からだは全体で成り立っており、全体があってこそ部分も位置付けられている。それは健康を考えても同じこと。たとえば胃が悪いから胃だけを良くしようとするのではなく、ストレスを受けなくてもすむ心の強さや、肝臓や腎臓の強さも必要なのである。胃は、からだ全体の中の一部であるから、からだ全体のレベルが上がることで胃も強められていく。病気は健康になれば治るというが、いかにも的を得た表現である。
     からだの歪みを考えても必要なことは同じである。片方の肩甲骨が歪んでいるからと言って、その歪みだけを治そうとしてもそれは無駄な努力というもの。肩甲骨に問題が現れるのは、からだ全体の歪みの現れである。肩甲骨が歪むとすれば、腰も骨盤も、首にも問題があるに違いない。からだ全体の有機的な関連の上に、背骨や肩甲骨の働きはあるはずだから。
     それでは、からだ全体のレベルを上げるにはどうすればいいのか。その鍵は動診にある。動診ではからだの末端部から全身へ連動を促す。この連動が引き金となって、快感覚へとつながってゆく。そして、それがからだ全体のレベルを上げてゆくのである。からだ全体のレベルを上げること、全体のレベルが上がることで背骨や骨盤や肩甲骨などの弱さが欠点ではなくなっていくこと、そういう考え方が必要とされる。からだ全体のレベルが上がると、からだの素質は全体的に高められ、しかも固有のからだの感覚を通して、自己の意識が高められていくための大きな助けとなる。からだは人間である限り、人種の違いを超えた共通の基盤である。からだを動かす喜びが味わえるようなものが操体の動診から導き出されるとは思えないだろうか。