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  • 言葉は運命のハンドル

    京都に初めて住んだのは20歳の時だ。
    この時京町家の存在を知り、いつかは住んでみたいなと思っていた。

    それから時が経ち、手技療法の世界に入り操体を学び始めた頃、京都で開業するなら京町家でやりたいなとよく口にしていた。

    操体操体法の創始者である橋本敬三先生は「言葉は運命のハンドル」という言葉を残されている。

    どうやらそれは本当のようで、先月15日に京都市東山区六波羅密寺の向かいの京町家に入居し、開業準備を経て今月16日に開業に漕ぎ着く事ができた。
    屋号は「操体法研究所 松濤院」。
    昨年三浦寛先生につけていただいた。

    かくして一つ念願が叶ったわけなのであるが、大事なのはこれから先なのである。
    自分はこれからここでどうしていきたいのか、どういう臨床家になっていきたいのかという事を日々問いかけ、イメージし、言葉にし、それを現実のものとして写し出して行けるよう精進していかなければいけない。
    それは自分が口にした言葉が、自分自身をプロデュースしていくという事である。
    私はそうやって明治・大正生まれの京町家「松濤院」に操体の魂を注いでいきたいと思っている。

    (松濤院の看板)

    (待合室)

    (施術室)
    操体法研究所 松濤院 http://shyotoin.blogspot.com/

    また今年の夏は大徳寺にて東京操体フォーラムin京都が開催される。
    今年の京都は操体の風が吹く。

    どうぞ皆様宜しくお願い致します。

    小松 広明

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラムin 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体セミナーin スペイン」開催

  • イスラエリー アラン

    ネパールに着いて4日目の朝、グリーンラインというツーリストバスでカトマンドゥを7時に出発してポカラに向かった。
    妻は旅の疲れでぐったりとしていて、ポカラまでの道中殆ど寝て過ごしていたが、私はというと遠足気分で近くに座っているツーリストとお喋りで盛り上がっていた。

    前半、その様子はちょっとした国際サミットみたいで、メンツはインド人のご夫婦、オーストラリア人の男性、イスラエル人の男性、ネパール人の男性でお互いの国の文化について話たり、とりとめのない話をあーでもないこーでもないと話していた。

    しかし8時間に及ぶ長距離バスの旅。次第に会話はぽつぽつと減り、眠りについたり、車窓から見える景色を眺めたりと各々が自分の時間を過ごすようになってきた。
    私も車窓を流れる段々畑の景色や、農村の集落の景色にどこか懐かしさを感じながら味わっていた。



    (ネパールの山村)
    そんな時間をしばらく過ごした後、隣に座っているイスラエルでケータリング業を営んでいるイスラエル人男性「アラン」と会話が弾み、色々と話をした。

    「ヒロ(私の事です。)、僕はブディストでね、主な仏跡はほとんど行ったよ。僕はああいった東洋の哲学が好きでね。座禅も毎日しているんだ。」

    「いいね、僕は2年前インドに行った時にブッダガヤとサールナートに行ったな〜。面白かったよ。僕が住んでいる 京都っていう所にもいっぱいお寺があるんだよ。」

    「そうかい。今回の旅でルンビニには行くのかい?」

    「いや、行きたいのだけど、時間がなくて行けそうもないね。」

    「そっかー、そういえば僕は日本に少し住んでいた事があるんだ。会津若松ってしっているかい?」

    「ああ、行った事はないけど知っているよ。」

    「僕は昔そこに少し住んでいた事があってね、自作のアクセサリー等を売ってヒッピーみたいな暮らしを当時していたんだ。英語が話せる人が少なくて大変だったけれど、愉しかったなぁ〜。日本では東京とか大阪といった都市よりも地方の方が僕は好きだったよ。」

    「なかなか渋い趣味だね。」

    「そうかい、日本は物価が高いけれども文化が豊かでいいね。僕は銭湯が好きでよく通ったものだよ。ヒロにとって、日本の文化って何だい?」

    「う〜ん、そうだなぁ、すぐ思いつくものは寿司、天ぷら、歌舞伎、忍者、相撲、着物とかかなぁ〜。ところで、イスラエルの文化はどういうものがあるの?」

    「・・・・・・。」

    アランは少し言葉に詰まり、
    「そんなものはないさ・・・。僕の母親、お婆ちゃんもそうだけど、みんな違う国で生まれて育っているんだ。だからイスラエルに文化はないよ。」と語り、口をつぐんだ。

    そこで私は、
    「そうかぁ〜、だけどさーアラン、イスラエルの文化はこれから君たちが作っていけばいいんじゃないの?
     そういう作業ってすごくおもしろいと思うなぁ〜。俺、イスラエルのロックミュージック好きだぜ。」

    アランの口元が緩み
    「ハハハ、そうだよな!!」と笑みを浮かべた。

    流浪の民イスラエル人。
    男子3年、女子2年の兵役義務のある彼等は、兵役を終えた途端、アジアを中心とした旅に出るものが多いと聞く。
    まるで自分のアイデンティティを探し求めるかのように。

    イスラエルは1948年にイスラエル国を建国してから現在で62年目になる。
    色々と直面している問題はあるだろうけど、良い文化を築いていってほしいと願っている。

    アランよ、いつか君たちが築きあげた文化の中で操体の臨床ができる日を僕は心待ちにしている。
    それではその時まで、Good luck!!


    (ヒマラヤ 実物は圧倒的に美しい)

    小松 広明

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラムin 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体セミナーin スペイン」開催

  • 痰壺と息・食・動・想

    以前一緒にバンドを組んでいたベーシストに、東陽片岡という漫画家を勧められてよく読んでいた。
    彼の漫画は昭和の日本の描写が多く、手鼻をかむシーンや痰壺などが登場する。
    私は今まで痰壺なる物を見たことがないが、高度経済成長期で大気が汚れていた頃の日本ではそこら中で
    『カァーーっぺ』と痰を吐く人がいて痰壺の需要があったのだなと想像できる。

    ネパールの首都カトマンドゥの市街地に行った時、砂ぼこりと排気ガスがひどくて、1日街を歩けば鼻の中が真っ黒になった。
    そこでは多くの人がマスクを着用して暮らしており、男女を問わずそこら中で『カァーーっぺ』と痰を吐き散らしていた。
    ネパールで仲良くなり、先日日本に遊びにきたイギリス人の友人ジョン・ポール曰く、発展途上国の特長は痰を吐く人間が巷に多いことだと話していたが、その通りかもしれない。
    イギリスにもかつてそんな時代があったのだとか。

    (4月に来日したジョン・ポールとデイジー 銀閣寺にて)

    しかし、そんな大気汚染が甚だしい環境の中で暮らしていても、素敵な人達はたくさんいる。
    私はたとえ環境がわるくても、息・食・動・息の営みでバランスをとっていけば、よっぽど環境が悪くならない限り生命体というのはちゃんと調和していくのだなとこの時リアルに感じた。
    逆にどんなに環境が良い中に暮らしていたとしても、息・食・動・想の営みのバランスが崩れれば人は病む。
    考えてみれば橋本先生がご健在の時の日本は高度経済成長期の真っ只中である。
    そんな事をカトマンドゥのタメルストリートのローカルの茶屋でチャーを飲みながら考えていた。

    私は発展途上国のストリートにいるのが好きだ。
    そこに溢れているエネルギーを肌に感じながら、かつて日本もこんな時代があったのだろうなと思いを馳せる。
    現代日本に住んでいると、このエネルギーをむしょうに味わいたくなる日がある。


    カトマンドゥ ダンバール広場


    ローカルの茶屋

    小松広明

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラムin 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体セミナーin スペイン」開催

  • Sexy Sadie

    二日目も引き続き宜しくお願いします。

    日下さんのクンダリーニチャクラの文章を読んで、インドのリシケシュにいた時のある出来事を思い出した。

    リシュケシュについては前回のブログでも少し書いたのだが、ヨーガの聖地として世界的に知られていて多くのツーリストが訪れる。
    そんなわけで、ヨーガクラスの看板があちこちにありヨーガ産業が盛んな町である。
    そこには本物もいるが、そうでないのもたくさんいる。
    私はここに1カ月半いたのだが、しばらく滞在していると新たにやってきた日本人ツーリストにしばしば「どこのヨーガクラスがいいですか?」と決まり文句の様に訊かれた。
    彼らはそうやって情報を集め、大概は1週間〜2週間あちこちのクラスに参加して自分に合うクラスを絞りこんでいく。
    中でも滞在する期間が短くて現地でクラスを探すような人は、あまりのクラスの数の多さに情報が錯綜して右往左往している人が多かった。

    ある日、リシケシュに来たばかりで上海で仕事をしているというMさんという日本人女性に道端で声をかけられた。

    Mさん
    「こんにちは。今日リシケシュに着いたばかりなのですが、どこかいいヨーガクラスをご存じですか?」

    小松
    「さぁ、私はシヴァナンダアシュラムの朝のメンズクラスに行っていますが、好みもありますしね。」

    Mさん
    「それはハタヨーガですが?」
    小松
    「はい。」
    Mさん
    「そっかぁ・・・、私はクンダリーニヨーガをしたいのですよ。それでチャクラを開きたいのです。どこかクンダリーニヨーガを教えている所はありませんかね?」
    小松
    「その様な所は知らないですね。 ところでヨーガの経験は長いのですか?」
    Mさん
    「いえ、殆どないのです。 でもとりあえずクンダリーニヨーガをやればチャクラが開くと聞いてここにやって来たのです。 時間もあまりないので短期間でチャクラを開く事ができるクラスを探しているのですけど・・・。ちょっとした心当たりでもいいですし、知りませんかね?」

    小松
    「残念ながら聞いた事がありませんね。」
    Mさん
    「そうですかぁ・・・、それでは自分で探してみますね。ありがとうございました。」

    その二日後、Mさんとメイン通りでばったり会ったので、
    「いいクラスは見つかりましたか?」と様子を伺ってみると、
    「それが全然なくて・・・、あと10日間しかここにいられないのでどうしようかと
    思っているのですよ。」と彼女は言った。

    正味な話、そんなうまい話があったらすでに皆喰らいついているはずだ。
    まあ、あと数日もすれば彼女も気が付くだろうと思い、「お疲れ様です。」と言い残して別れた。

    それから数日経ったある日、ご機嫌よく道を歩いているMさんに会った。
    すると、
    「いやー小松さん、いい先生が見つかりましたよ!!」
    とMさんは目を輝かせて近づいてきた。
    話によると、その先生は町の外れの山間にある掘立小屋のような所で暮らしていて、特別に一週間でクンダリーニを活性化させ、全てのチャクラを開いてしんぜようと言うのだ。
    Mさんはそこに通って2日目で、最終日に自分のチャクラが全て開くのが待ち遠しいという。
    その話を聞いて、明らかに胡散臭い話だなと思った私は、
    「大丈夫ですかその人? いえ、その先生?」
    と訊くと、
    「大丈夫ですよ〜。とてもいい先生でカレーやチャイも作ってくれるのですよ!!心配ないですよ〜。それでは今から修行ですので、また今度。」
    と、Mさんは虎の穴だか牛の穴だかに向かって行った。

    それから4日か5日が過ぎた頃だっただろうか、暗い面持ちで歩いているMさんに会った。
    私は「その後どうですか?」と訊いてみると、

    「それが・・・、通って4日目にセクハラを強要されたのですよ。
    お金も最初に言っていた金額と随分違う金額を要求してきたし・・・。
    だからもう通うのをやめました。  はぁ〜あ・・・、もうリシケシュにいれる時間も1日2日ですし、
    適当に過ごして上海に戻ります。」と肩を落として彼女は言った。

    あらら、
    どうやらそのヨギ―は聖者じゃなく淫者だったようだ。
    この手の話はヨーガの関連以外でもインドではよく耳にする。

    昔から物事の順序を考えずに早く結果を求める事を「卵を見て時夜を求む」と言うが、へたすりゃ足元をすくわれかねない。
    やはり何かを成そうとするならば地道にコツコツ末永く、息長くじゃないと。
    と、
    この文章を書き終えて改めて思った次第でありまする。

    写真 リシケシュのガンガーで沐浴中のオイラ 今とは別人のようだ。

    小松広明

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラムin 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体セミナーin スペイン」開催

  • POWER

    皆さんお久しぶりです。
    日下実行委員よりバトンを受け取った小松です。
    京都の東山区からお届けいたします。

    前回のブログ当番の時は新婚旅行を前日に控えておきながら交通事故に遭い、左肋骨全体骨折、左脛骨開口骨折という大怪我をして幕を閉じたわけですが、おかげ様で無事に回復し、事故から1カ月後には晴れてネパールへ新婚旅行に行ってきました。
    この驚異的な回復力には会う人会う人が唖然としていたものです。

    療養中、一体私は何をしていたかというと、時間だけはたっぷりあったので自分のからだを実験台に、終日動診を通して快を聞き分けていました。
    私は交通事故に遭うまで骨折すら経験した事がなかったので、これはまたとないチャンンスだと思い、自分のからだで勉強をしていたのです。
    すると怪我が怪我なので、動きによっては激痛が走る事もありますが、逆に最高にきもちがいい動きもあり、改めてからだというのはありがたく設計されているなとつくづく感じていたものです。

    また、佐伯実行委員のブログ担当の章にも詳しく書かれてありますが、佐伯実行委員、山本実行委員がお見舞いに来てくださったり、妻の母が横浜から世話をしに来てくれたりと、もう至れり尽くせりで、毎日感謝してきもちよく過ごしておりました。
    そんな愉しそうな顔をした怪我人が病院に通っていますと、看護婦さんに半ば呆れかえった様な顔で「何でこんな大怪我をしているのにそんなに元気なのですか?」と訊ねられることもしばしばありましたが、この元気の源は怪我の痛みと快適感覚が毎日仲良くしていたからに違いないと思っています。
    それは大げさに表現すると物事の理でして、一見マイナスに見える事でもプラスの事が裏にぴったり貼りついているのです。
    プラスの事、それは「きもちがいい」という快適感覚で、聞き分けて味わうとマイナスの現象が調和してくるのです。まさに操体ですね。
    快適感覚という妙薬が絶大なリハビリ効果をあげたわけです。

    それではこれから一週間宜しくお願いします。


    (ネパールで。 ナマステー)

    小松広明

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体セミナー in スペイン」開催

  • 生命エネルギーと感覚(最終日)

    前日の続き
    潜在的な宇宙エネルギーであるクンダリニーがひとたび上昇しはじめると、多くの病気が発病しはじめるかも知れない。というのも生物学的には全身をかき乱してしまったことになるからだ。クンダリニーの上昇に伴い「頭熱足寒」の状態になると循環障害が起こってくる。通常、人の体温は例外なく心臓を中心に37℃前後あり、上半身の方が高く、下半身は低くなっており、特に足もとは31℃以下になっている。そこへ「頭熱足寒」になるというのは、よりいっそう下半身の体温が低くなってくる。病理学的には低体温によって血管が縮み、抹消部が循環不全に陥り、動脈血流の減少や静脈血のうっ血が起こってくる。俗に言う血のめぐりが悪くなるのである。こんな状態がある程度の期間続くと、抹消部の毛細血管の中に血球が溜まって血流が遅くなり、ひどくすると止まりそうにさえなる。西洋医学では「血球スラッジ」と呼んでおり、東洋医学では「悪血」とか「瘀血」と言っている、また民間の素人医学の方では「ふるち」と呼んでいるものである。この血液というのは、からだ全体の細胞に養分や酸素を供給し、炭酸ガスや老廃物を運び去るといった働きをしているのであるが、血液の循環が悪くなると細胞が機能低下を起こしたり、細胞の機能が狂ったりする。ひどくなると壊死状態に陥る、つまり細胞が死んでしまうのだ。これが内臓の中で起こると、機能低下をきたすばかりか、病的物質の産出である結石や免疫力の低下、あるいは潰瘍が形成されるとか、腫瘍細胞の発生などにつながっていくのである。
    仏陀はひどい病みようで死んだと言い伝えられている。ジャイナ教マハーヴィーラもひどく病んで死んだと言う。聖者ラーマナ・マハリシはガンで死んだし、同じくラーマ・クリシュナもガンになって死んだ。その理由は上述したように生物学的な組織全体がかき乱されてしまったことにある。ほかにもいろいろと言われてはいるが、そういった理由は根本的なものではなく馬鹿げている。生理的で自然なエネルギーの流れというのは下の方に向かう。霊的、精神的な流れは上方に向かう。そして、健康的な肉体組織全体の流れとしては、そもそも下の方に向かうようにできている。
    クンダリニーやチャクラは肉体の中にあるのではなく、エーテル体という精気体に属するものである。ただし、肉体のなかにはそれらに対応する部位がある。それはちょうど愛を感じるとき、自分の胸のところ、ちょうど心臓あたりに手をあてるようなものだ。何も心臓に「愛」というようなものがあるわけではないが、心臓は「愛」に対応する肉体上の部位になっている。愛を感じて胸に手を当てたなら、それはエーテル体に属するチャクラに手をあてているということになる。その部位はほぼ心臓に平行しているアナハータ・チャクラと言われているものである。
    クンダリニーは、それ自体では生命力ではなく、むしろ、生命力のための特殊な通路と言える。しかし、この生命力はほかの道を通ることもできる。必ずしもクンダリニーを通り抜けることを必要とはしない。クンダリニーを通過しなくても解脱に至ることは可能である。ところが、クンダリニーが何故これほど重要視されるのかというと、解脱に至る最も短い道であるからだ。この生命力がクンダリニーを通り抜けるときには、チャクラは振動し、開花しはじめる。このチャクラを図象化すると、花弁で表わすのは、まさに開花というにふさわしいからである。生命力のエネルギーがチャクラに至るが早いか、チャクラは生き生きしてくる。このチャクラの意味するサンスクリット語の正しい訳語は「車輪」という意味である。チャクラをよく「中枢」という言葉で訳しているが、あまり正確な表現ではない。「中枢」とは定着していて不動的な意味合いを持つが、チャクラは反対に動的なものである。言うならば、動く中枢とか回転する中枢と言った方がより正確である。チャクラは生命力が到達するまでは、ただの「中枢」であり、そこへ生命力が流れ込んだ瞬間にチャクラとして存在しはじめるのだ。こうなると「中枢」ではなく、回転する車輪ということになる。各車輪は新しい進化したエネルギーを生み出していき、そのエネルギーがさらに進化した次のチャクラを回転させるため再活用されていくのである。生命力が上方のチャクラを通過するにつれて、チャクラはますます活気にあふれ、生き生きとしてくる。クンダリニーという通路を生命力が通り抜けてゆくのであり、その生命力は背骨の根底にある性の中枢「ムーラダーラ・チャクラ」に蓄えられている。これを性エネルギーとして使うと、生物的生命を生み落とすことになるが、その同じエネルギーが上昇したら、クンダリニーという通路が開くのである。
    ここで注目したいのが、この生命力を性エネルギーとして使う場合、種族保存という動物本能からではなく、「歓喜」という快感覚を味わうこともできるということだ。タントラという左道密教では、性のオーガズムから恍惚の忘我へ、そして「快」そのものとなって性エネルギーを昇華させるというのである。何も「頭熱足寒」という不健康状態に陥ることなく、解脱という請願成就を可能ならしめることができると、タントラは説いている。仙道の房中術も手法は違えど、目的とするのは同じである。操体もまた、この類い無比なる「快」を根本に据えている。操体の深化、進歩に大いに期待されるところである。

    一週間にわたって気ままにお騒がせしてしまった。このあとは、生命エネルギー漲る小松実行委員にバトンを譲りたい、ではよろしく。

    日下和夫

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体セミナー in スペイン」開催

  • 生命エネルギーと感覚(6日目)

    前日の続き
    瞑想はクンダリニーやチャクラをもち込まなくても十分に説明できる。そんな必要はまったくない。瞑想そのものはクンダリニーやチャクラとは全然かかわりがないのである。瞑想はそれに関係していないので、クンダリニーやチャクラを持ち込むことによって葛藤を生み出すことになってしまう。瞑想は直接説明できるものであり、クンダリニーやチャクラにかかわる必要はない。瞑想に入ってゆく中、もし通路が滞っていたら、クンダリニーを感じるようになるかも知れない。そして次にチャクラが現れてくる。しかしそれは完全に不随意であるということを憶えておく必要がある。自分の意志など全然必要ではないということを絶対に憶えておかなければならない。その道が深まるほど、ますます不随意的になってゆく。
    たとえば、自分の手を動かしてみる、これは不随意的な道である。しかしながら自分の血液は動かすことはできない、もちろん試すことはできる。何年にもわたる訓練をこなして、血液循環を意のままにすることは可能である。ハタ・ヨーガにはそういう技法がある。ヨーギは実際にそれをすでにやってきている。それは不可能なことではないが、不毛なことだ。ただ血液の運動を制御するためだけに何十年にも及ぶ訓練をするというのは、無意味であり馬鹿げている。制御からは何も創造することはできない。血液循環は不随意的な機構であり自分の意志を必要としない。たとえば食事の際、食物が体内に入った瞬間、自分の意志は必要としなくなる。肉体組織や肉体機構がそれにとってかわるからだ。肉体の組織や機構は必要なことを何でもやってくれる。また眠りも、生も、死も随意的なものではない。それらもみな不随意のメカニズムである。クンダリニーは、それよりなおいっそう深い。死よりも深く、誕生よりも深く、血よりも深い現象だ。なぜならクンダリニーは第二番目の身体、エーテル体の循環系だからである。血液は肉体という生理学上の身体の循環系、クンダリニーはエーテル体の循環系であり、徹頭徹尾、不随意的なものだ。ハタ・ヨーガの行者でさえそれを随意的にどうこうしようということはできない。
    瞑想に入るとエネルギーが動き出す、この内側のエネルギーが上昇しはじめるとエネルギーの流れの変化を感じる。それはさまざまな感じ方で感覚できる。その変化は生理的にも感じられる。一般的に言って生物学的には「頭寒足熱」は健康のしるしとされている。その反対の「頭熱足寒」が起こったら、その人は病気だということになる。しかしクンダリニーが上昇してくると、病気の時と同じ現象が生じてくる。実際に足は冷たくなってくる。健康の目安である「足熱」という現象は性エネルギーの下降にほかならない。クンダリニーという生命エネルギーが上昇することによって、すぐその後に性エネルギーが続いていくのである。性エネルギーは上に向かって流れていき、やがて「頭熱足寒」が始まっていく。生物学的には頭より足が温かくなる方がいいのだが、霊的、精神的には足がいっそう冷えてゆく方が健康的だ。それはクンダリニーという潜在的な宇宙エネルギーが上昇しているというしるしなのである。

    操体の臨床においては、からだの無意識に問いかけていき、その無意識の発動から「快」を発することになる。「快」もクンダリニーやチャクラが発現するのと同様に不随意のものである。からだの無意識に問いかけた瞬間、自分の意志はいらなくなる。からだの無意識が必要なことは何でもやってくれるのだ。操体臨床のあるべき姿とは無意識に問いかけるという不随意的なメカニズムなのである。
    明日につづく

    日下和夫

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体セミナー in スペイン」開催

  • 生命エネルギーと感覚(5日目)

    前日の続き
    仏教の始祖である仏陀は決してクンダリニーについての法話はしなかった。仏陀のからだにクンダリニーがなかったというわけではない。エネルギーの通路がすっきり開けていたためにどんな抵抗もなかったということだ。かくして、仏陀は一度もクンダリニーを感じなかった。ジャイナ教の開祖マハーヴィーラクンダリニーについては一切、語ることはなかった。そのために間違った概念が生じて、マハーヴィーラに従うジャイナ教徒たちは、「クンダリニーなど馬鹿げている」そして、「クンダリニーのようなものは存在しない」という考えを持つに至った。かくしてマハーヴィーラ自身がクンダリニーを感じなかったという理由で、ジャイナ教の伝統は2500年もの間、クンダリニーなどは実在しないと主張していて、それを否定し続けてきたのだ。だが、マハーヴィーラクンダリニーについて何も語らなかったのはまったく別な理由があった。マハーヴィーラのからだにはブロックが一つもなかったがために、クンダリニーを感じなかったのである。故にクンダリニーを感じるということは必ずしも必要なことではないのである。
    そして、クンダリニーを感じないことは、チャクラも必然的に無視されてしまう。なぜならチャクラの働きはブロックを破壊するためにのみ必要なものである。それ以外にチャクラはまったく必要とされない。ブロックのためにクンダリニーが滞ってしまったならば、その通路の近くにあるチャクラが滞って進めなくなったクンダリニーのために動き始めるのである。それは非常に活発になる。チャクラは滞ったクンダリニーのせいで活発に動き出す。しかもそれは非常に速く動くためにある種のエネルギーを生じ、このエネルギーがブロックを破壊してくれる。もし、エネルギーの通路が開いていたのならチャクラなどというものは何ら必要としない。そして何も感じることは起こらない。本当のことを言うと、チャクラはクンダリニーを助けるためにだけ存在しているにすぎない。もしもクンダリニーが滞っていたとしたら、そのときには助けはすぐ近くにある。いずれかのチャクラが滞っているエメルギーを引き受けてくれる。もし、エネルギーがそれ以上進めなくなった場合、それは後戻りしてしまう。そして、それが後戻りしてしまう前にチャクラがそのエネルギーを完全に吸収することによってクンダリニーはチャクラの中を動いてゆくことができる。この動くことを通してエネルギーはより活気に満ち溢れてますます生き生きとしてくるのである。そしてそれが再びブロックに戻ったとき、今度はそのブロックを破壊してしまうのだ。したがってチャクラというのはひとつの「取り決め」であって、単なる「手助け」にすぎない。クンダリニーが動くとき、ブロックがなければどんなチャクラであっても感じることなどできない。だからこそ、ある者は九つのチャクラを感じ、他の者は十のチャクラを感じ、別の者はたった三つか四つ、あるいは一つ、あるいは全然感じとれないということが起こってくる。それはその人次第なのだ。まったく実際のところ、チャクラは無限に存在する。そしてあらゆる動きにあってクンダリニーの各、前進ごとにチャクラが脇に待機していて助けてくれる。助けの必要なときには、チャクラが与えてくれるのである。

    操体には「連動学」というのがある。からだの動きは連動する、そしてからだのストレス、歪みも連動に基づいている。患部のストレス、歪みはその患部のみでは耐えがたく、持ちこたえられないゆえに、他の局所が肩代わりしてくれる。つまり、疾患を分かち合うのである。この肩代わりがストレス、歪みの連動であり、治癒への手助けとなるものだ。クンダリニーとチャクラの関係にたとえると、ブロックが疾患であり、滞りが症状といった見方ができる。そしてストレス、歪みが連動した局所こそチャクラであると思って差しつかえない。
    明日につづく

    日下和夫

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体セミナー in スペイン」開催

  • 生命エネルギーと感覚(4日目)

    前日の続き
    クンダリニーやチャクラは西洋医学の解剖学や生理学とは一線を画するものである。クンダリニーやチャクラは、微細身あるいはエーテル体、精気体、霊妙体とも言われているものであって肉体のものではない。むろん、そこには肉体に対応する部位はある。チャクラはエーテル体に属するといっても生理学や解剖学にはそのチャクラに対応する諸部位がある。自分の内なるチャクラを感じとったときに初めて、その肉体に対応する部位を感覚として捉えることができる。さもなければ全身を解剖してみてもチャクラのようなものは見いだせない。
    肉体にクンダリニーやチャクラのようなものがあるという俗説や論理的思考による証拠や科学的な根拠に基づく主張といったものはすべて馬鹿げていてまるっきり無意味だ。確かに肉体に対応する部位はあるけれども、そういった部位は自分自身の中で本当にチャクラを感じとってはじめて肉体に対応する部位も感じられるものである。医学的に解剖したところで何ら発見されるものではない。そこには何もない、まったくもって解剖学上のものではない、これははっきりと区別されなければならない。
    また、必ずしもチャクラを通過する必要はないということである。それは必須のものではなく、チャクラを迂回することも可能だ。それに解脱に至る前にクンダリニーを感じる必要などない。こういったクンダリニーの現象は一般に考えられているものとは随分違っている。クンダリニーが上昇するからといって必ず感じられるというわけではない。クンダリニーはエーテル体の中ですっきりと通りのよい通路をもっていないときにだけ感じられる現象なのである。もし通路がくっきりと開いているのであれば、エネルギーが流れてもそれを感じることはできないということを理解する必要がある。
    我々はエネルギーの流れに抵抗するものがあるときに、そのエネルギーを感じることができる。エネルギーがその通路を上昇する過程においてブロックがあり、エネルギーの通りが悪い状態にあるときにはじめて、そのクンダリニーというエネルギーに気づく。クンダリニーを普通以上に感じるというのは通路にブロックがあるということにほかならない。エネルギーの通路の中にたくさんのブロックがあって、クンダリニーは上昇することができなくなっているのである。
    このようにエネルギーの通路に抵抗があるときに、はじめてクンダリニーというものが感じられることになる。もし、この通路に抵抗がなかったら、クンダリニーというエネルギーを直接に感じることは決してない。たとえば、自分の手を動かしてみるとわかる。手に何の抵抗もないとしたら、その手の動きはまったく感じられない。空間で動かせば、空気の抵抗があるからこそ、手の動きが感じられる。しかし、水の中での水の抵抗ほどは強く感じられない。水の抵抗があればもっと強く手の動きを感じることができる。また、真空の状態の中だったとしたら動きはまったく感じない。何故なら動きと抵抗は相対的なものであるからだ。

    操法においても、からだの中の内なるエネルギーを感じることがある。これはからだの無意識の領域から発せられた快からのメッセージである。からだの内を流れる気の通路に緊張がブロックを形成する。このブロックは快を味わうことで解放されるのであるが、クンダリニーとチャクラの関係と似ているとは思えないだろうか。
    明日につづく

    日下和夫

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体セミナー in スペイン」開催

  • 生命エネルギーと感覚(3日目)

    前日の続き
    クンダリニーやチャクラに関してどんな理論的知識も役に立たないと言ってきた。それは何か理論上の知識をもってしまうと、自分自身にその知識を押しつけ始めるからである。物事を自分が学んできた理論どおりになるように視覚化してしまうのだ。やがてこの視覚化は自分自身の個人的な状況に対応できなくなってしまい、多くの混乱を引き起こすことになってくる。
    チャクラというのは感じるべきものであり、それに関して知識をもつようなものではない。まずははじめに感じなければならない、自分の内部深くに触手を伸ばさなければならない。知識は自分のチャクラを、そしてクンダリニーとその通路を感じた時には役に立つものであるが、それらを感じもしないうちは何の役にも立たない。反対に知識は内面世界だけに関して言えば非常に破壊的な立場であり続けてきた。知識を得れば得るほど、ますます真実かつ真正なものから遠ざかってゆく。知識を得ることによって感じとる可能性は確実に失われていく。知識を得れば物知りになるかも知れない、しかし、その代償は高価なものとなるだろう。感じることから離れてしまい、借り物の知識で生きていくようになってしまう。
    我々は自分自身に自分の知っていることを押しつける習性がある。誰かヨーギが「この部位にチャクラがある」などと言おうものなら、その部位に自分のチャクラを視覚化しはじめる。が、それはそんなところに全然ないかも知れない。自分で想像上のチャクラを生みだしてしまう。我々には生みだせる力がある、想念にはそういう能力が存在しており、想像上のチャクラをつくりだすことなど簡単にやってのけるのだ。そうなると、自分のその想像のせいでクンダリニーではない何か単なる想像上の世界が創り出される。それはまったく幻想的で夢想的な現象にすぎない。ひとたびチャクラをありありと想い浮かべ、想像上のクンダリニーをつくり出すコツを身につけてしまったなら、どんなものでも造作もなく創りだせるようになる。そうなったら想像上の体験が次から次へとあとに続き、自分の内側にはうそ偽りの空想の世界が繰りひろげられる。なるほど、言われれば外界も幻覚には違いないが、自分の内側につくり出す偽りの世界ほどではない。心の内側に向かう時、気をつけなければならないのは、内面にあるものすべてが必ずしも真実でも真理でもないということだ。なぜなら想像もまた内側にあるし、夢想もまた内面にあり、真実と偽りは同居しているということを心得ておかなければならない。
    想念には夢想したり、幻覚を生みだしたり、投影したりという能力が、非常に強い能力が備わっている。瞑想に入るにはクンダリニーやチャクラのことなどまったく知らないまま進むのが好ましい。まずはクンダリニーやチャクラを感じるようになってから知識を得ればいい。そのときにはじめて理論や知識を追求すればよいのである。もし、瞑想していてチャクラが動くのを感じ、クンダリニーが上昇するのを感じだすかも知れないが、まずは、その感覚をはじめにこさせなければならない。想像などしないことだ。それについてあれこれ考えないこと、前もって理解しようという知的な努力などまったくいらない。それは不必要なだけではなく大いに有害である。

    操体の動診において、快感覚を能動的に探すのではなく、受動的に快感覚を受け止め、その快に従うのだと教える。このように操体も感じることができなければ操法へとコマを進めることはできない。そして快感覚も個人的なものであり、何か知識に基づいて探したり、創り出したりするものではない。それは感じるべきもので定義できるものではないのである。
    明日につづく

    日下和夫

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体セミナー in スペイン」開催