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  • 吸いながら動かない。

    昨日、草むしりについて書きましたが、草むしりをする時、手は小指側、足は親指側を利かすということに加えて呼吸(呼気)に合わせて草を抜くようにすると、また一段と能率的になり、作業がはかどるようになります。
    橋本先生も身体運動の法則を説いた著書のなかで、呼吸との関連として「急速、強力な運動は、呼気か、息を止めてしなければならない。吸う時には運動神経が働かない。試合で隙を突かれるのはこのときであり、ギックリ腰もウッカリ吸うときにやられる。」と書いておられるように、息を吸いながら作業をしていると、能率うんぬんより先に、からだを壊してしまいます。
    また、こうも書いております。「すべての随意筋によるところの運動は呼気の時間に完了すべきもので、吸気においては重心と中心とを集結して動作できがたいものなのである。息を吸いながら力のこもった動作ができるかどうか、ためしてみればすぐわかるであろう。」
    気乗りはしなかったのですが、草むしりでためしてみました。
    草を抜く時に、からだをかがめた状態から、息を思い切り吸い込みながらやってみたところ、てきめんにバランスは崩れ、背中にピキッという嫌な音がしたかと思ったら、なんだか息が痞える感じとなり、左の胸が痛くなり、触ってみると胸の筋肉がしぼんで、のぺ〜とした感じとなってしまっていて、左手を前に出したり、上に挙げるような動作で肋骨に強い痛みが走るようになってしまいました。
    そして、腰背部に空気の溜りが出来た感じで、前かがみになると左の背中にグリュグリュとお腹がなるような変な音がして、これも不快です。
    腰が痛い、背中が痛いという経験はありますが、こういう事ははじめてで、ビックリするやら、痛いやら、不安感やらで本当に困ってしまいました。
    しかし、こういう時こそ操体を学んでいる者としては、新たな学びのチャンスでもあります。
    困っている自分の心の中では、逆に児玉清がコブシを握りながら「アタックチャ〜〜ンス」
    と言って出てきています。
    ここはアタックチャンスに「のって」、自力自動による自力自療を成すしかありません。
    けっしてここで「そって」はいけません。
    もとより、立っているのも、腰掛けているのもツライ状態だったので、横になって休んでみます。
    何気なく、気になっている左の胸が下になるような横向きとなりましたが、念の為、他のポジションも試してみますと、仰向けになっても、うつ伏せになっても、右を下にした横向きになっても呼吸が苦しく、どこかしらに痛みも感じ、最初の左を下にした横向きが一番落ち着く感じでした。
    この状態から、からだはどうしたいのかという要求が感じとれるようにと、安静にしていると、左手を肩口へ引き込むような動きの要求が感じられたので、左手の小指側を意識して、ゆっくりと床と接触している前腕がこすれる程度の小さな動きで引き込んでみました。
    はじめに首の付け根から肩にかけて、水が流れていくような清涼感を感じ、気持ち良さとしてききわけられ、味わっていると呼吸も気持ち良くなってきて、呼吸の気持ち良さも味わっていると意識が遠のいて30分ぐらい熟睡してしまっていました。
    目が覚めると、仰向けになっており、呼吸の苦しさもなくなっており、最初に確認していた腋の下の胸筋をのけた奥の肋間筋部の圧痛も和らいでいました。 
    かがんだ時の左腰背部のグリュグリュ音は依然ありましたが、息苦しくて何もする気にならないといった状態からは脱していました。
    このまま、無理をしなければ大丈夫だろうと楽観視していましたが、翌日は臨床以外の仕事が忙しく、ここで無理をしてしまい、また痛みがぶり返してしまいました。
    火元の種火はまだ鎮火しておらず、ここぞとばかりに燃え広がろうとしているようです。
    どうもこじらせてしまった様で、前日のように快を聞き分け、味わおうと試みても、なかなか味わってみたい要求感覚を満たすとまではいかず、この日は丸一日息苦しくて、喋るのもままならず、ただただ左の胸の痛みに耐えているという感じでした。
    そして、翌日は勉強会の日だったのですが、この日も朝から調子が悪く、前日の胸の痛みを引きずっているという感じでしたが、実技の実習で介助を与えられての動きをとおすことが出来、自力自動ではちょっと困難な、介助があるからここまで動けるといった感じの、全身がより良く連動しての快のききわけが出来、からだの要求感覚を満たす気持ち良さを味わうことが出来ました。
    勉強会が終わる頃には、息苦しさも和らぎ、左手を動かしても気にならないほどになっており、そしてこの日の晩は特に良く寝た。10時間は寝ただろうか。眠くてしょうがなかった。寝ているあいだも、からだは本来の姿を取り戻そうと働いてくれていたようで、非常に寝相が悪く、起きた時は布団から2メートルぐらい離れたところにある座椅子を枕にして畳の上に寝ていた。
    寝相の悪さもさることながら、自分の体調の良さにも驚いた。
    「気持ちよさで治る」。これを身をもって体感するということが出来、自分が仕事としてやっていることのすばらしさを改めて認識しました。
    操体は自力自療ですが、これはからだの感覚を聞き分け、聞き分けた快に従うということで成立しています。ですから、その聞き分けまでの過程が自分ひとりでは困難な時は、他の人に介助してもらったほうが良いと思います。 
    その介助も、誰でも出来ることになっており、これは理想論ではなく本当に実際に誰でも出来ることなのですが、頭の思考でもって誰でも出来ることを出来なくしている部分というのはあると思います。
    治療法に関する知識が多い人ほど、「こんなことで」と否定的に思ってしまい、出来なくしているのかもしれません
    まず、やってみる、否定想念をすてて「のってみる」ということが肝要かと思います。
    「気持ち良さで治る」を信念として実践している人の介助は、触れられるだけでも実際に気持ち良く、技術、テニックに縛られている次元を超えてしまうのです。
    勿論、相手の動きをより良くサポートするということに関しては日々、研鑽を重ね、精進しております。
    東京操体フォーラムのメンバーは皆「気持ち良さで治る」を信念として実践しておりますので、気持ち良さの聞き分けまでが、上手くいかないという人は、「気持ち良さで治る」を信念として実践している人に介助してもらって、からだ本来の気持ちよさをききわけ、味わってみることをお勧めします。
    また、8月28日(土)、29日(日)は京都の大徳寺にて東京操体フォーラムが開催されます。
    メインセミナーは三浦理事長による「動診における介助法〜動きをいかにサポートするか」です。
    操体法には何々に効く操体法というのは存在しませんが、「気持ち良さで治る」のです。
    気持ち良さをききわけ、味わうといったなかで、操者がどのように介助して、
    「気持ち良さで治る」ということが成り立っているのか、興味がある方は是非参加してみてください。

    友松誠

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催

    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体フォーラム in マドリード」開催

  • 草むしり。

    この時期に欠かせないのが、草むしりです。
    私は、除草剤とか使うのは、なんだか化学兵器を使うような感じがして、あまり好きではなく、それと夏の時期に除草剤で茶色くなった草というのは、どうも見ていて良い気分にはなれない。
    雑草と呼ばれる草にだってイノチは宿っており、この世に生を受けた喜びを表現したいはずだ。
    空気と水と光が溢れる地球の大地に芽生えることが出来たことを、宇宙現象創性の創造主にも見てもらって喜んでもらいたいと、葉っぱをみずみずしく、青々と輝かせ、空気と水と土壌と光の恵でこんなに嬉しいのだと、益々その葉っぱを大きくさせ、また風土により種類により、カタチや色にも個性を発揮させ、人間の目には見えない創造主と喜びを共有しようとしているのかもしれない。
    そう思うと、時期を迎え繁栄している他の草花を横目に、人間の意にそぐわないからと茶色くなったその姿を朽ち果てるまで、晒しておくというのは、なんだか不憫に思う。
    だからせめてもと思い一本一本手で抜いて、土に還しているのですが、これも結構大変です。
    みんな個性があって、横に大きく広がるように根を張るものやら、棘のあるもの、葉っぱが異様に柔らかく抜く前に切れてしまうもの、万年筆と万年筆立ての様な構造で万年筆の様な葉っぱはスポンと抜けるのだけれど、万年筆立ての様な茎と根が残ってしまうもの、みんな個性的で、色々あって一筋縄ではいかないが、共通しているのはただ力任せにやってもダメだという事。
    やはり、手は小指側を、足は親趾側を利かせて、やってみる事。
    草をむしる時は、親指と人差し指ではさむようにして、むしる時もありますが、この場合、草をはさんでいるのは親指側でも、引き抜くのに利かせるのは小指側、尺骨側を利かせるようにした方が良いと思います。
    こうすることで、からだの要である腰を中心とした動きになり、指先にも余分な力みが入らなくなり、草が途中で切れてしまうことなく、スポッと抜けます。
    これは実際にやってみて、きれいにむしれ、能率的でもあり、自分自身の疲労も少ないことからこう書いているのですが、そういう自然な動きが自分のからだの無意識にもすり込まれているというなら問題ないですが、そうでなければ気持ちを、みんな生かされて生きているという風に切り替える必要があると思います。
    「このクソ暑いのにかったるい」とか「こんなところにまた生えてきやがって」という自分を中心にした気持ちで向き合うと、頭では手は小指側、足は親指側を利かすと解っていても、どうもこういう気持ちの方が勝ってしまうようで、不自然な体勢から、こういう気持ちを表すような不自然な動作をしてしまっているというケースが多いように思います。
    そうなると、自分のからだに負担を強いるのは勿論のこと、変な力みが入るため表面の葉っぱだけしかむしれなくなるし、草だって「何でこんな奴にイノチを摘まれなければならないんだ」と尚も抵抗したりするのかもしれません。
    そんな姿、やり取りを見て、宇宙現象創性の創造主であり、自分に似せて我が子として人間を創造した創造主はどう思うのだろうか。
    創造主は自らが創った宇宙現象とその法則の中で、我が子である人間が調和して喜んでいる姿を見たいと思っている筈です。
    これは、草にもイノチがあるから、そのまま草ボーボーにして、その中で共生して調和しろというのではなく、人間は自然に手を加え、手入れをして創造する能力があるのだから
    その調和を我欲だけで成そうとせずに、親である創造主の理念に照らし合わせて、その中で人間である自分も自然界の一員であり、生かされて生きているという自覚と礼節をもって、調和を成し遂げれば、親である自分は嬉しいのだと創造主が言っているように感じます。
    親である創造主と子である人間もつながっていますから、親が喜べば、喜ばせた子も嬉しい。
    そこにあるのは気持ち良さですよね。
    自分への自戒も含めて書いていますが、気持ちって大切ですよね。

    友松誠

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体フォーラム in マドリード」開催

  • おはようございます。

    早いものでもう約4ヶ月が過ぎ、ブログの担当がまわってきました。
    この4ヶ月にいっぺんというのは、その時々の季節が感じられていいですね。
    その移りゆく季節の中で操体と向き合い、文章にしていく。
    ありきたり、平々凡々に思える日常のなかにも、なにかがある。
    ありきたりというのは、そこに生きる自分がそう思うから、そう思えるだけで、本来はありきたりの日常なんてものはなく、そこに自分が生かされているという観点に立てばありきたりなんてものはなくなってくる。
    そして、生かされて生きている自分からみれば、すべては感謝であり、喜びと感動が存在している。
    喜びといっても、ハッピ、ハッピーのウッキウキのウッハッハというものでなくとも、静かな喜びがあっていいと思う。
    静かに心の芯が振動し、それがジワ〜と布に水が浸透するように、すべての細胞に心地よい速度でゆきわたり、全身が喜びと感動で浸され、満たされていく、そして最後は、ありがたいと自然と両手を合わせてしまうような、そんな静かな喜びがあっていい。
    普段、生かされて生きている中で、何かしら感じたり、気がついたことというのはあるのですが、知らぬ間に忘れ去られていることも非常に多く、4ヶ月にいっぺんぐらいは、こうして文章に残しておくというのも、いいものですね。
    今週は猛暑、酷暑が続くそうですが、一週間のお付き合い、よろしくお願いします。

    今日から8月ですが、この時期は一番水の消費が多いということで、今日は水の日になっており、今週は水の週間にもなっているそうです。
    水っていうのは、ありがたいものであり、また不思議なものでもありますが、先月は水の災害が多く、映像をとおして、恐ろしさも感じました。
    おいしく水が飲めるというのは、ありきたりではなく本来はありがたいことですよね。
    水は人間が生まれる前から存在し、姿かたちを変えながら、永遠に旅を続ける旅人のようでもあります。
    その旅人が人間と調和するかたちで現れたなら、美しい言葉と感謝の念を向けなければならない。なぜなら、そのようなかたちになるまでに、長い時間をかけて旅をして来たという事もあるが、人間のからだの半分以上が水で成り立っているからだ。
    その旅人を否定したならば、自分の半分以上を否定することにもなりかねない。
    感じたまま素直に「ありがとう」という言葉をかければいいのでしょうね。
    しかし、美しくない言葉や想念、あるいはまるっきり無関心の無視をすると、旅人の内なる存在(H2O分子の内にあって本質的働きをする存在)は大きなダメージを受けるといいます。

    猛暑、酷暑がつづき、水を口にする機会が多くなりますが、美しい言葉をかけ、感謝の念を向けてから、その旅人をあたたかく迎え入れてはどうでしょうか。
    また、自分のもとから旅立っていく水に対しても、「ありがとうございました」と旅立たせてあげる。
    きっとなにかが変わるはずです。

    友松誠

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体フォーラム in マドリード」開催

  • 幻の名宰相

    維新の三傑と言うと、西郷隆盛大久保利通木戸孝允です。
    幕末から大政奉還の原動力となり、明治新政府の礎を築いた人物です。
    候補者は他にも何人かいたようですが、大政奉還の直後に亡くなったとかで除外されたようです。
    現在大河ドラマで取り上げられている坂本龍馬も、もう少し長生きしていれば候補に入っていたかも知れませんね。
    新しい日本のために走り回った坂本龍馬ですが、新政府の中心として想い描いていた人物の筆頭に挙げていたのが小松帯刀でした。
    薩摩藩家老として、幕末の薩摩を引っ張っていた人物です。
    幕府に追われていた坂本龍馬桂小五郎木戸孝允)を匿い、薩長同盟大政奉還など、幕末の重要な密議の多くは小松家の屋敷で行われています。
    当時、志士たちの間では「薩摩の小松か、小松の薩摩か」と云われていたという話もあります。

    地元鹿児島での人気はというと、圧倒的に西郷で、大久保は西郷を死に追いやったとして、ずっと不人気でした。
    銅像が建てられたのも、県外からの指摘で、死後100年経ってようやく(しぶしぶ?)のことだったようです。
    それに遅れること10数年、鹿児島城址のある城山、西郷銅像の正面に、小松帯刀の銅像が建てられました。
    大政奉還の建白書に真っ先に署名した時のもので、その視線は、照国神社にある、名君と云われた島津斉彬の銅像に向けられています。

    昨年、伯父が亡くなった際に、父の従兄から焼酎が贈られてきました。鹿児島では、冠婚葬祭に焼酎を贈る習慣があります。
    銘柄は「小松帯刀」。
    父方の祖母の実家は焼酎の蔵元でした。吹上焼酎といい、現在は経営に関わっていませんが、そこで生産している銘柄です。
    現在の会長は小松帯刀の子孫だということです。

    小松帯刀自身は明治の始めに若くして亡くなりましたが、その身分や立場の分け隔てなく人と接する姿勢が、志士たちの活躍の場を作り、時代の変革の力となっていったのです。

    大事なのは組織ではなく、何を目指すのかということなのだと思います。
    利でも名でもなく。大切なのは真理だと。

    辻知喜

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体フォーラム in マドリード」開催

  • 火天の城

    天正7年(1579年)、滋賀県の安土山に、巨大な城が建てられた。
    火天の城」は安土城築城にまつわる物語である。
    尾張熱田の宮大工であった岡部又右衛門は、領主織田信長に五重の天守を持つ城の建設を命ぜられる。
    安土は京の都に隣接し、堺、越前、加賀への交通の便が良く、大和六十六州のほぼ中央に位置していた。
    「城造りは国造り」。天下人を目指していた信長にとって、願ってもない土地であった。

    当時はまだ高層建築はあまり例のない時代であり、天守として初めてのことであった。

    「樹齢千年の檜で建てられた建物は千年の年月に耐えられる」
    「木の生えていた方角に合わせて木組みをする」
    「木組みは心組み」
    これらの言葉は、木と共に生きる職人の知恵である。
    木の声を聞き、木に教えを請い、木を活かし、木に育てられる。

    天下一の城の大黒柱は天下一の檜で建つ。
    又右衛門は、天下一の檜を求め、敵方の武田領内へ赴く。もちろん領主が許すはずもなかったが、又右衛門は檜と引き替えに命を差し出す覚悟があった。
    又右衛門に心を動かされた杣人(そまびと。木を植え、木を育て、木を伐る人)の手によって命がけで安土へ運ばれることになる。

    印象的だったのは、礎石とする為、蛇石と呼ばれる巨岩を運ぶ際に事故が起き、多くの死者が出る。
    又右衛門は翌日の作事をすべて取りやめにするのだが。
    信長の、「戦場(いくさば)では、何千何万という兵達が命を失う。作事はお前達の戦場であろうが。戦に死はつきもの。情けは無用じゃ。」との言葉に対し、
    「作事を休むは、死者の為でも、死者を弔う為でもござりませぬ。何より、今を生きて、作事を為す職人達の為にござりまする。
    木組みは、木の気持ちを聞いて組みまする。作事は、職人一人一人の心を組んで為すものにござりまする。職人達の心が離れては、事は成りませぬ。」と言い通す。

    法隆寺は世界最古の木造建築であり、千三百年の歴史を持つ。昭和の時代に修理が行われた際、その木を調べてみると、真っ直ぐできれいな木ではなく、曲がりも太さもばらばらなままで組まれていたという。
    最後の宮大工と云われた西岡常一氏は言う。
    「癖というのはなにも悪いもんやない。使い方なんです。」
    「木は人と同じで一本ずつが全部違うんです。それぞれの木に癖を見抜いて、それにあった使い方をしなくてはいけません。」

    安土城は完成のわずか三年後、本能寺の変からまもなく焼失する。

    信長の菩提寺は現在、京都の大徳寺の中にある。

    辻知喜

    木のいのち木のこころ―天・地・人 (新潮文庫)

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    木 (新潮文庫)

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    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体フォーラム in マドリード」開催

  • 夕刊におもう

    ここ数年、地方では夕刊がなくなりつつあるらしい。
    インターネットの普及や、勤務時間帯の多様化で、必要とされなくなってきているのだろう。
    若い世代では新聞そのものを購読しない世帯もめずらしくはないと思う。
    実際、うちもニュースはもっぱらwebで確認している。

    朝夕刊セットと、朝刊のみの月額はわずか数百円の差しかない。コスト面ではどう考えても厳しい状況である。
    貢献していない身で言うのも何だが、なくなるとなるとさびしいものである。

    高校を卒業した年の三月半ば、鹿児島から上京してきた。進学のために選んだ手段は新聞奨学生だった。
    学費と生活費を稼ぐために他に思いつかなかったのもあるが、中学生の頃から地元でもアルバイトで配達をしていたので、馴染みやすいかと思ったのだ。

    上京すると、高田馬場にあった会館に集められ、各地域の営業所の所長との面接が行われた。配属になったのは吉祥寺の販売所だった。
    販売所へ向かう途中、所長とはぐれ、地名を頼りに、混雑時の電車の移動を経験したのも懐かしい記憶である。
    寮として使われていたのは、当時取り壊しの噂のあった、二階建てのアパート。薄暗い廊下を進んだ奥の3.5畳の一間。
    ここでの生活が、今の原点になっていると思う。

    朝は三時半頃に販売所に朝刊が届く。広告を新聞に折り込み、出発する。配達が終わるのが七時前くらい。
    午後は三時から夕刊の配達。それが終わると、集金業務や契約の営業、空いた時間に、折り込み広告の準備を行う。
    移動の時間を含めると、勉強のために使えるのは、昼過ぎまでの数時間のみ。
    当時は、夕刊がなければどんなに楽か、と思ったものである。

    かつては一日に二度、情報量も伝達速度も鮮度もそれで十分なものであったのだろうが、時代の変化とともに、間に合わなくなってきた。
    必然の結果である。

    今では欲しい情報は気軽に手に入るようになってきている。
    しかし、能動的に得る人と、受動的に得る人ではその質と量に差がある。
    新しいものが常にいいものとは限らないが、それを判断するのは個々に委ねらる。

    必要としている情報を得て、評価し、認識し、表現する。
    操体関係者の間でも情報リテラシーは必要だろうなと思うのだ。

    辻知喜

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体フォーラム in マドリード」開催

  • からだにききわける

    ひとさぽというサイトがあります。
    セラピスト専門のSNS(Social Network Service)で今年の春から始まりました。

    http://hitosapo.com/

    操体のコミュニティもありますので、
    興味のある方は参加してみて下さい。
    参加者はアロマなど、オイル系の方が多い印象がありますが、違う手技の方達と情報交換ができるというのはありがたいですね。

    そこであった話題に、施術の際に声かけをするか、というのがありました。
    掲載されている4コマ漫画で「肩からやりますね」という表現があり、そこから派生した話題でした。

    ある方は、相手の感覚は施術者が感じ取る必要があり、声かけは一切しないとの事でした。(基本的なコミュニケーション以外でですが)
    触れられてびっくりされるのは受け手に我があるという事でもあり、施術者は最終的に相手に気配を感じさせないようにするのが目標との事でした。
    理由は施術者が聞くべきは患者の訴えではなくからだの声なのだと、その為には、施術者の憶測や思い込みは無くさなければいけないのだという事でした。

    面白いですね。

    操体法では、からだにききわけて、という表現を用います。
    感覚をききわけ味わうのは患者ではなく、患者のからだであるからです。
    からだの事はからだが一番よく知っている、治す事はからだにお任せすればいいというのが基本的な考え方です。
    創始者である橋本敬三先生は治療など下の下だとおっしゃいました。

    筋骨格を対象とした運動分析においては、施術者もある程度の客観的な判断ができます。
    しかし、皮膚へのアプローチを視野に入れて、感覚をその指針にした場合、施術者が感じとれる事には限界があると思うようになります。
    人のからだが持つ可能性は素晴らしいものがあります。

    施術者としてはその一歩手前まで行く努力は必要であり、それが診立てともなるのですが、最終的にはからだにはかないません。
    頭で考えて、からだの声を聞こうしないのは本人の我であり、最後まで自分のやり方をとおそうとするのは施術者の我であるのかなと思います。

    お互いどこかで委ねるという事が必要である気がします。

    辻知喜

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体フォーラム in マドリード」開催

  • 伝わらない言葉

    昨年の春、長崎県平戸市沖で、巻き網漁船「第11大栄丸」が沈没する事故が起きた。
    「親が死んだことは風流だ。人はいつ死ぬかわからん」
    事故の直後、古典の授業中に、担当教諭が遺族の女子生徒の前で発言し、適応障害に陥らせたとされ問題になっているようだ。
    読売新聞などでは「暴言」として扱われ、ネットでも教諭への批判が多く起こっていた。
    確かに、配慮に欠ける発言であったのだとは思う。だが、これは本当に暴言だったのか。

    授業では方丈記をやっており、無常観についての話の流れでの発言だったという。
    他のニュース記事を読んでみると、実際に風流という言葉を使ったかどうかは定かではないが、「人の死は風流ではないだろう」とか、「命を軽視しているのでは」との書き込みが見られた。
    教諭は若すぎるわけではなく、50代で古典の教師。身近な人の死を少なからず経験して来ているはずであり、命を軽視しているとは思えない。

    風流、現代国語辞典で調べてみると、

    1、上品な趣があること。みやびやかなこと。また、そのさま。風雅。

    2、世俗から離れて、詩歌・書画など趣味の道に遊ぶこと。

    とある。
    こういう取り方をすると、教諭の言葉を誤解してしまう。前出の批判も無理もない事である。

    これらの解釈は後生のものであって、もともとの風流の意味とは違っている。

    碧巌録に「不風流処也風流」という記述がある。(風流ならざるところもまた風流」)
    東洋には、『私という存在は「揺らぐ存在なんだ」という認識』があるという。
    人は六道を輪廻し、十界を旅しながら揺らぎつづける存在である。

    「六段階であれ十段階であれ、グラデーションとして認識されているわけです。自分は常々このへんにいたとしても、そこから別の状態に揺らぐということが起こるわけですよね。常々このへんであるということと、たまにこうなるということを含めて「私ですよ」という揺らぎを抱え込んだ人間認識というのが東洋にはあると思うんですね。」
    玄侑宗久

    この揺らぎが風流である。
    感情も揺らぎ、快・不快も揺らぎ、痛みも病も生死も揺らぎ。

    教諭の言葉も、正しく伝われば違う反応であったかもしれない。

    言葉は伝わらなければとも思う。伝わらない言葉とはむなしいものではないのか。
    数十年後に分かるかどうかのものではなく、今ここ。
    今、この瞬間の揺らぎが風流なのではないかと思う。

    辻知喜

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体フォーラム in マドリード」開催

  • 本日土用丑の日

    近所のスーパーで、ここ最近、鰻の販売に力が入っています。
    売場のスペースが拡張され、なにやらテーマソングらしきものが流れているのです。
    特に面白みのないメロディですが、やたら耳に残るのでお裾分けを。


    霧島湧水鰻
    (前半はドラマ仕立てになってます)

    今日26日は土用丑の日。一年で最も鰻が食べられる日です。
    今では鰻と言うと、上物になるといい値段がしますが、かつては庶民の食べ物でした。

    江戸時代の始め、干拓によって鰻が多く住み着くようになりましたが、油が強いため、労働者向けの食べ物であり、雑魚の扱いだったようです。
    後期になると、やがて、開いて蒸したものを焼くようになり、一般に広まりました。
    土用の丑の日に鰻を食べるのは、鰻屋に相談された平賀源内の発案との説が有力ですがどうでしょうか。

    今までで一番おいしかった鰻の記憶は、一昔前に遡ります。
    20歳の夏、何を思ったのか、鰻屋でアルバイトを始めました。
    そもそも、それまで鰻を美味しいと思った事は無く、むしろ苦手な部類でした。あの独特な臭みと甘ったるいたれが苦手だったのか、そういえばすき焼きも苦手でした。

    東京は吉祥寺の老舗で、4代目。
    店主は気っ風の良い女将さんで、賄いもよくスタッフのリクエストに応じて作ってくれました。
    食事の時間が楽しみだったものです。
    常連のお客さんも多く、繁盛していたのですが、やがて事情により店を畳むことになったのです。
    最後の営業が終わった後、みんなで鰻を食べたのですが、それまで見た事がない、重ねの筏盛りでした。
    おそらく引退を決めた鰻板さんの渾身の焼きと、旬を迎える時期の鰻。最後の一日。
    いくつかの条件が揃い、忘れられないものになりました。
    もうこんな鰻を食べる事は無いだろうな、と思ったものですが。

    お陰様で、鰻は好きになりました。

    本日土用丑の日。おそらく源内に言われた鰻屋は毎日貼り出していたと思われます。
    日にちにこだわる必要はないでしょうが、鰻でも食べて暑さを乗り切ってみてはいかがでしょう。

    辻知喜

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体フォーラム in マドリード」開催

  • 夏本番

    初めての方、こんにちは。また来て下さった方、ありがとうございます。
    連日暑いですね。南国育ちで暑さには慣れてはいますが、東京の暑さは苦手です。
    朝から体温同様の気温の上、電車の中は冷えすぎて寒い首都圏は体調を崩しやすいのでどうかご自愛下さい。
    先日少しばかりキャッチボールをしたところ、運動不足のせいか筋肉痛になりました、辻です。
    今日から一週間よろしくお願いします。

    子供の頃の遊びと言えば基本的に野球でした。この時期は甲子園が楽しみです。先週は鹿児島代表が鹿実に決定しました。実はまだ一度も鹿児島代表が夏の甲子園で優勝した事はないのです。今年はどうなるでしょうか。
    最近、実行委員の山本さんに協力してもらい、般若身経の写真を撮影しています。身体運動の法則として、からだの使い方、動かし方の基本となるものです。
    先々、資料として使えればいいなと思っていますが、まずは自分の動きのチェックからです。
    客観的に画像や映像で確認する事で見えてくる事もありますね。
    ゴールドジムでのセミナーでも、初心者の方だと、動きの速さや、連動に戸惑いを見せる事が多いですが、鏡に向かって動いていただくと、きれいに動けるようになります。
    頭の中のイメージと、体の感覚を一致させる事が大切なのですね。

    大阪のゴールドジムのトレーナーの方から、操体に興味があるとメッセージをいただいたのですが、春ごろは、大阪のゴールドジムでの操体セミナーの計画もありました。
    今年はイベントが多いので来年以降に持ち越しのようですが。
    その代わりというわけではないですが、来月、京都の大徳寺玉林院で操体フォーラムが行われます。
    東京操体フォーラムとしては、初の関西での開催です。
    建物自体が重要文化財の上、普段は非公開の場所なのですが、今回特別に使わせていただけることになりました。ご縁に感謝です。
    由緒ある寺院で操体の学び、非日常的で、また味わい深いのではないでしょうか。

    それでは一週間気楽にお付き合い下さい。

    辻知喜

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体フォーラム in マドリード」開催