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  •  in きょうと その2

    今月の28日(土)、29日(日)は東京操体フォーラムin 京都。
    (事前申し込みは16日(月)まで)

    京都でのテーマは「今 生かされし快の操体観」。

    いやいや、何だか凄く意味深なテーマじゃないですか。

    ワタシのようなヒヨコちゃんレベルでも興味津々です。

    これはきっと何かが起こりますぜ(何だそりゃ)。

    操体といえば「快」というキーワードを切り離せません。

    からだは「気持ちのよさで治る」のです。

    えっ、何でかって?

    そんな難しいこと聞かないでくださいよぉ。

    「そうなってんだ」っていう、便利な用語?が操体にはあるんですからぁ。

    ワタシのようなヒヨコちゃんは、気持ちのよさとは治る魔法や呪文だと思っています。

    ドラゴンクエストっていうゲームがありますよネ(やったことない方はスミマセン)。

    その中に「ホイミ」っていう呪文がありますが

    気持ちのよさとはこの「ホイミ」みたいなものです。

    とにかく唱えれば症状疾患に関係なくHPが回復するんです。

    もちろんその呪文は自分にも相手にもかけられます。

    しかも、気持ちのよさの質によっては「ベホイミ」にも「ベホマ」にもなり

    更にやり方によっては「ベホマラー」にも「ベホマズン」にもなる。

    とにかく最高の気持ちのよさを味わっていただければ、それでいいんです。

    もちろん工夫の仕方は人それぞれ違うかもしれません。

    でも原理はみんな同じなのです。

    その原理を勉強するのが、東京操体フォーラムという場です(今回は京都ネ)。

    ぜひ参加していただき、その原理を一緒に勉強していきましょうヨ。

    勉強っていってもそんな堅苦しいものじゃありませんから。

    いろんな気づきをいただける愉しい場なんです。

    中谷之美

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体フォーラム in マドリード」開催
    2010年操体法東京研究会定例講習は9月から始まります。

  •  in きょうと その1

    今月の28日(土)、29日(日)は東京操体フォーラムin 京都。

    (事前申し込みは16日(月)まで)

    いやぁ、愉しみですねぇ。

    ワタシなどは京都なんて修学旅行以来ですヨ。

    隣の福井県あたりまでは行くんですけどねぇ。

    (モンスターライギョで有名なポイントがあるのだ)

    そういえば修学旅行のときに、お土産で観音様のお面を買ったのです。

    ワタシ、そういったもの好きですから、壁にかけてシゲシゲと眺めておりました。

    そしたらある日、いきなりパカッと真っ二つに割れて落っこちたのでございます。

    いやぁ〜、観音様も粋な演出をしますねぇ。

    何だか縁起が悪いみたいじゃないですかぁ。

    きっとそうやって愉しませてくれたんですねぇ(と、無理やり思い込んでいる)。

    さてさて、今回の京都フォーラムのプログラムを見ると

    我らが三浦先生と大先輩である北村先生の時間が2日間に渡ってとられている上に

    お二方の対談の時間まであります。

    これは贅沢なメニューです。味わなければきっと損しますぜ。

    三浦先生曰く、「操体は何でも入る器」です。

    そもそも「何でも入る器」とは一体何なんでしょう?

    例えば操体フォーラム実行委員のメンバーには、柔整師や鍼灸指圧師に始まり

    他の療法や健康法に精通した方が多々いらっしゃいます。

    そういった方々が操体という器にどっぷりとハマッテしまっていらっしゃる。

    なんでなんでしょう〜?

    それはきっと美味しいからじゃないですか〜。

    でも、どんな味がして、ホントに美味しいかどうかは、

    まず食べてみなくてはわかりません。

    橋本敬三先生を知るお二方が揃う今回の京都は、

    味見をしてみるイイ機会かもしれませんヨ。

    中谷之美

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体フォーラム in マドリード」開催
    2010年操体法東京研究会定例講習は9月から始まります。

  •  イカばあちゃん おまけ

    操体法(もどき?)を続けていくことで、

    ばあちゃんの足の粘土のようなもあもあが少しずつ減ってきました。

    そして、自分でも寝るときや座っているときの足の位置などに工夫を始めたようです。

    「こうしたほうがイイような気がすんだよ、ゲヘヘ」

    こうした自分のからだに対する気づきが一番大切ですネ。

    ある時のこと。

    右肩の辺りがちょっと気になりましたので、「ここどう?」と聞いてみると、

    「仏様に水やるときに、そこが痛てぇことがあんだヨ」

    と、教えてくれました。

    そこにはコリがあり、押っぺしてみるとやはり痛いようです。

    そのコリにそっと触れてみました。

    ばあちゃんは何も言わずに、何となく悪くねぇ感じをのんびりと味わっています。

    しばらくしてからもう一度押っぺしてみると、コリと痛みは消えていました。

    「また痛くなくなってんなぁ」

    「いってぇ何やってんだ?拝んでんのか?」

    えー!拝んでる?

    ぷぷぷ・・・ばあちゃん、それかなりオモロイぜよ。

    「気功ですか?」と聞かれることはあっても

    「拝んでんだろ」と言われるのは初めてですねぇ。

    でも、「気功」より「拝んでる」のほうが、ワタシ的には好きなので

    今度はそうやって皆さんに説明することにしましょう(笑)

    ばあちゃん、いいネタありがとう!

    おわり

    (今回は何となく今先生タッチで書かせていただきました。今先生、失礼致しました)

    中谷之美

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体フォーラム in マドリード」開催

  •  イカばあちゃん その3

    それから2ヶ月ほど、ばあちゃんからの連絡はなかったのですが

    ある時にひょこり来院されました。

    「あん時に揉んでもらってから、腰の痛てぇのがとれちまっただよ」

    「ええー!よかったねぇ(揉んだわけじゃないんだけどなー・・・)」

    「まだちっとは痛てぇけど、何するにもうんと楽になったヨ」

    「金には代えられねぇなー。○千円の価値があらぁ、ゲヘヘ」

    ばあちゃんニコニコです。

    そして、「この足のむくんでんのも治るかぇ」と聞いてきました。

    「治るかどうかはわかんないけど、ダメなんてことはないと思うヨ」

    「あんまり痛てぇことはしないで、気持ちいいことしてやるとイイんだヨ」

    「そうかぇ、じゃ揉んでもらいにくんかな」

    「じゃそうしましょうかー(揉むわけじゃないんだけどなー・・・)」

    それからばあちゃんは週1回のペースで来院することになったのです。

    次の週の日、ばあちゃんはお皿いっぱいのイカを持ってきてくれました。

    (イカばあちゃんの命名はここからきたのでした)

    「圧力鍋でやったからやっこいぞ。美味くねぇもんは持ってこねえヨ、ゲヘヘ」

    「痛てぇとこ揉んでもらって、台所に立つのも楽なんだヨ。まったくありがてぇことだ」

    そういえば、ばあちゃんは「ありがてぇ」という言葉をよく言われます。

    90過ぎて達者でいられる秘訣を何となく教えてもらっているような気がします。

    つづく

    中谷之美

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体フォーラム in マドリード」開催

  •  イカばあちゃん その2

    膝裏のコリにそっと触れていると

    「もっと強く押っぺさねぇと効かねぇだろ」と、

    ばあちゃんがたずねてきました。

    ワタシは「押っぺしてもいいけど、押っぺすときっと痛てぇよ」と言いながら

    コリをグイとやってみます。

    「おーイテテ。ホントだ痛てぇや」

    ばあちゃんはウメボシを含んだような顔になりました。

    「こんな硬くて痛てぇのは、やさしくやったほうが柔らかくなるんだヨ」

    「ホオズキだってやさしくやってると柔らかくなるでしょ」

    などと、わかるようでわからない説明をしながら

    「からだの感じはどう?」と聞くと、「あーん、悪くねぇな」という返事。

    「じゃ、その悪くねぇ感じを味わって」と言いながら

    ワタシはばあちゃんのからだの反応を感(み)ています。

    そして、しばらくしてからもう一度コリをグイとやってみました。

    「今度は痛くねぇでしょ」

    「ホントだ。痛くねぇ」

    「さっきは痛かったのに、何で痛くねぇんだ」

    「そうなってんからだヨ」

    などと、操体っぽいやりとりをしながら、腰の辺りに着目。

    そして、気になるところを今度は軽く押っぺしてみました。

    「ここはどんな感じ?」

    「おーそこそこ。ちょっと痛てぇけどイイ気持ちだ。効いてる感じがするヨ」

    「じゃ、気持ちイイの味わって」

    ワタシはそう言いながら、もう片方の手はするすると周辺の皮膚へ・・・。

    こんなことを2、3箇所してから、

    足趾の操法(足の指を揉んだりします)を少ししました。

    それで、その日はおしまいです。

    えっ、押っぺしたりするのは操体法じゃないだろうって?

    確かにそうですネ。

    でも、そうじゃないかもしれないですヨ。

    つづく

    中谷之美

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体フォーラム in マドリード」開催

  •  イカばあちゃん その1

    暑い日が続いておりますが、皆さま体調はいかがでしょうか?

    既にお盆の帰省ラッシュも始まっているようですが、

    お盆が過ぎれば東京操体フォーラム in 京都も目前です。

    事前申し込みは8月16日までのようですので、

    夏の暑さも吹き飛ばす操体の世界へぜひご参加下さい。

    ということで、今週は実行委員の未熟なヒヨコちゃんこと中谷の担当です。

    一週間よろしくお願い致します。

    治療所を開いてると、老若男女問わずいろいろな方が来院してくれます。

    春先に92歳のご婦人が来院されました(今先生風にイカばあちゃんと命名)。

    イカばあちゃんは、腰が痛くて大変なんだそうです。

    右膝も何度も注射を打ち、X状に変形してしまっています。

    両足もむくんで、特に足首から先は粘土のようにもあもあです。

    でも、目や、耳や、口はまだまだ達者で、杖の使い方もとっても上手なのです。

    「病院行っても注射ばっかだ」

    「あそこ(接骨院)は電気やって、ちょっと押っぺして終わりなんだぁ」

    「せがれに揉んでもらうんだけんど、グイグイ押っぺすから痛てぇんだヨ」

    ばあちゃんは、いろいろと貴重な情報を教えてくれました。

    「何でもいいから楽な格好で寝てみましょうかー」と言うと

    ゴロンと左向きで横になりました。

    そして、「あそこ(接骨院)じゃ、足が痛てぇのは腰からきてるって言うんだ」

    と、更に重大な情報を教えてくれたのです。

    ワタシは「そうかもねぇ」などと言いながら

    横向き寝で上になっている右足の膝裏にそっと触れてみます。

    ゴリゴリ筋ばったものの中に、ひときわ気になるゴリゴリ発見。

    「そこの裏っかわも痛てぇだよ。裏っかわもわりぃのか?」

    「ここがちょっと硬くなってんだ。姿勢が辛くなったら動いてもいいヨ」

    ワタシはそう告げて、そのままコリにそっと触れていました。

    つづく

    中谷之美

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催
    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体フォーラム in マドリード」開催

  • 七夕祭り。

    昨日から橋本敬三先生が暮らしておられた仙台市では、七夕祭りが開催されているということですが、私の住む群馬県では先月の8日から11日まで、前橋市で七夕祭りが開催されていました。
    7月11日の勉強会が終わった後、ぶらりと立ち寄ってみました。
    前橋市は県庁所在地ですが、中心商店街の衰退は著しく、近年は郊外に大型ショッピングセンターが次々に出店し、全国で車の保有率第1位ということや駅が商店街から遠いということも災いして、年々人通りが少なくなり、最近ではゴーストタウン化が進んでしまっています。
    それでも、七夕祭りともなると、以前ほどではないにしろ、活気が戻ってきます。

    7月の梅雨時の、雨が降ったりやんだりの天気でしたが、久々の人出でした。
    8月に入り、晴天が続いていますので、昨日から始まっている仙台の七夕祭りも賑やかなのでしょうね。

    前橋の七夕祭りの写真の他にも、天の川の写真も取っておきたかったのですが、なかなかねぇ〜 
    地方在住といえども天の川の見られる場所というのは限られてくるですよ。
    天の川というのは銀河系を横から見たもので、銀河系を縦から見ると渦巻状になっているという。
    縦から見るのは不可能でしょうが、横から見るものは日本では夏のこの時期が一番見えやすいといいますが、今はなかなかねぇ〜。
    天の川の色光をこの目で感じ、写真も載せたかったのですが、今回はちょっと間に合いませんでした。

    今日もこれからぐんぐん気温が上がるみたいですね。
    暑さ対策を十分にして、気持ちよく快適に過ごしましょう。

    一週間のお付き合い、ありがとうございました。
    来週は中谷さんの担当になります。

    来週もどうぞよろしくお願いします。

    友松誠

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催

    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体フォーラム in マドリード」開催

  • 暑いですね。

    暑い、暑い、暑いですね〜。
    ブログの初日に、今週は猛暑、酷暑が続くそうとか、天気予報を見ながら書いていたら本当にそのとおりになってますね。
    それでも、日の入りは7月の中頃と比べて随分と遅くなってきています。
    私は朝の4時前には起きていますが、7月の中頃はもう日が出ていて、車を運転するのにもヘッドライトを点ける必要がないぐらい明るかったですが、今はもう真っ暗です。
    日の落ちるのも、早くなってきていて暑いなかにも時の流れを感じます。
    明日はもう暦の上では立秋です。
    でも、まだまだ日中の日差しは強いですね。
    7月は瞬発的な暑さを感じましたが、8月の暑さというのは何だかこもる様な感じの暑さで、蒸し蒸しとして自然と汗も噴き出してくる感じですね。

    私事になりますが、以前は太っていた時期があり、体重も90キロ以上ありましたが、操体に出会い、学び始めてから年々体重が減っていき、今年はついに60キロを割り込んでしまいました。
    そして、年々この時期になって感じることは、汗の質が変わってきているということです。
    10年ぐらい前は、汗もジト〜としてベタベタまとわりつく感じで、風呂に入った時などナイロン製のザラザラしたタオルに石鹸をつけてゴシゴシ、ガシガシ擦らないと気が済まなかったのですが、今はそこまでしなくとも十分にサッパリするし、以前はあんなことをして随分とからだを苛めてしまっていたなぁと反省もしています。
    からだを包み込んでくれている、ありがたい存在を苛めてはダメですよね。

    今日は人間が人間に対して原子爆弾という核兵器を使用してしまった日でもあります。
    1945年のこの日に、広島で原爆が投下され、地上約600メートルの上空で目もくらむ閃光を放って炸裂し、爆心地周辺の地表面の温度は3000〜4000度にも達し、その強烈な熱線と放射線で、あたり一面は焼け野原となり、川は水を求めた人達の亡骸で埋め尽くされ、また原爆で出来たきのこ雲からは放射能を含んだ「黒い雨」が降り、その日のうちに5万人、その年のうちに14万人が亡くなり、今も放射能を浴びた後遺症で苦しんでいる人が大勢います。
    改めて、暑い、暑いと言いながらも、呼吸することが出来、水を飲むことが出来、地表に立っていられる環境に、生かされて生きていることに感謝しなければならないですよね。
    今年の平和式典には、国連事務総長や、はじめてアメリカの代表者が出席しました。
    時は一定のリズムを刻みながら経過していきますが、未来の地球の為にも、風化させてはいけない事実もあり、2度と犯してはいけない過ちとして胸に刻む必要のある事実もある。

    友松誠

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催

    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体フォーラム in マドリード」開催

  • 昨日の記事から。

    昨日の記事のなかで、NHKラジオ放送人生読本「人間の設計」のなかの一文をお借りして掲載しておりましたが、お借りする上で、改めて3日間全部の収録したものを読み返してみたのですが、「楽」という言葉は一言も出てきていませんでした。
    この放送の収録が行われる時には、操体法という名称はなく、ラジオ放送に出る手前、なにか名称がなければ不都合と言うことで、操体法という名前が出来たと聞いたことがありますが、操体法という名前を使って、はじめて一般公開した話の中に、「楽」という言葉がでてこないで、「気持ちよさ」「気持ちいい」という言葉がしつこいぐらいにでてくるということは、操体法は「楽」か「ツライ」かではなく、気持ちよさなんだと、その方向性と真髄を示しているように感じられます。
    操体法の創始者である橋本敬三先生は、操体法として世に出すとき、「楽」とは決別して世に送り出したのだと思います。
    このラジオ放送の収録が行われたのが昭和56年(1981年)ですから、翌年(1982年)には、「きもちのよさをききわければいいんだ、きもちのよさで治るんだからな。」と断言するかのごとく話されていたといいます。
    気持ちよさを何にききわけるかというと、太極の意志が貫通し、見返りを求めることなく粛々とその理念を全うしている、からだであり、理屈や知識で判断し、損得勘定という合理性に向いたアタマではないと思います。
    「損」か「得」かと「楽」か「ツライ」かは、何だか似ているような気がします。同じではないですが、これらのききわけに「太極(神様)」の理念の存在があるのかということです。私はこれらのききわけは、自分を中心としたアタマの思考による判断の産物のように思えます。
    これに対して、「快」「気持ちよさ」はアタマの枠を超えた、親の親(神様)の「ちゃんとみんなに愉楽しんでもらってね、それで一生気持ちよく生きてくれればいい」という宇宙規模の親心であり、宇宙規模の親心の内にはそれを満たすための自然法則(理屈を超えた決まりごと)があり、その自然法則に順応する為に「快」か「不快」かという原始感覚が人間には備わっており、「気持ちのいい」ことをすれば良いということが成り立ってきます。
    しかし、人間は社会が発展、複雑化する中でアタマの知識もどんどん発達し、原始感覚という勘、直感が鈍ってきてしまいました。
    だから、「気持ちよさ」を太極の意志が貫通している「からだ」に感(勘)じ、「からだ」の要求感覚を満たしているのかという、「気持ちよさ」の質をききわけ、ききわけた「気持ちよさ」に従い、味わうということが、とことん理に適っていることであり、とことんありがたくできていることなのだと、理解していただけると思います。
    東京操体フォーラムの理事長である三浦寛先生が、弟子入りした頃は、操体法という名称はなく、「名称なんかどうでもいい、真理が大切なんだ」と名称がないことを橋本先生は意に介してなかったといいます。
    それでも操体法として世に出す時、真理を伝える意味もこめて、「気持ちよさ」としつこいぐらいに繰り返していたのだと思います。
    三浦先生は、「きもちのよさをききわければいいんだ、きもちのよさで治るんだからな。」と橋本先生から断言するかのごとく話していただいたことから、「操体操体にあらず快にある、操体臨床の真の意は、快適感覚そのものの内にある」ということを学ばれたといいます。
    ですから、操体は日々、年々発展、進化をしております。

    東京操体フォーラムはその公開の場でもありますが、今年は関西では初の京都、大徳寺で行われたり、スペインのマドリードで行われたり、秋は定番となりつつある千駄ヶ谷の津田ホールで行われます。
    「ちゃんとみんなに愉楽しんでもらってね、それで一生気持ちよく生きてくれればいい」という親心と一体となり、地方、民族を問わず、みんなに愉楽しんでいただけるよう、みんなに気持ちよく生きていただけるようにと願いながら、自然法則の応用貢献に励んだ成果を、出し惜しみなく公開しておりますので、興味がある方は是非、参加してみてください。

    友松誠

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催

    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体フォーラム in マドリード」開催

  •  「のる」か「そるか」

    昨日の話の中で、「のる」とか「そる」とか書いていましたが、橋本先生は操体を学ぶ人達によく「のる」か「そるか」という言葉の表現を用いていたという。
    辞書を引いてみると、成否は天にまかせ、思い切って物事を行うこと。とか、いちかばちかという意味だと出ているが、辞書の意味とはちょっと違うような気がする。
    成否は天にまかせてというのではなく、成否はもう天によって決まっており、天によって決められていることに「のる」ということではないかと思います。

    人生読本「人間の設計」というNHKラジオ放送、一日目の最後に橋本先生は「気持ちのいいことすればいいってこと。これは極楽にいることでしょう。そういうふうにできてるってことが救いなんだもの。それを意識的に感ずれば感謝ができるですよ。それをみんなが気がつかずにいるだけの話でね。そんなに有難くできてるなってことが判ればいいだけのことです。だけども建て前として、いろんなことやると、間違ったことやれば、やっただけのことはどうしても返ってくるから、法則違反をすればそれだけの罰があるでしょう。だけど、天地自然はね、罰をあててるとは思っていないのよ、ちゃんとみんなに楽しんでもらってね、それで一生気持ちよく生きてくれればいいと思っているのは親心、だから神様が親ですよね、その気持ちがわかればいいと思うんだ。」と言っています。
    こういうことに「のる」ということではないでしょうか。
    例えば、重力というのがありますが、これはどうして重力が起きるのかとか、どうして重力があるのかという次元の問題ではなく、これはもともと自然界にある法則であり、宇宙の決まりごとであり、その決まりごとを誰が創ったかといったら、親の親である神様であり、親の親である神様は「ちゃんとみんなで愉楽しんでもらってね、それで一生気持ちよく生きてくれればいい」という親心から創ったものであり、重力の場で生きる人間にも、身体運動の法則としての決まりごととして、ここでも「ちゃんとみんなで愉楽しんでもらってね、それで一生気持ちよく生きてくれればいい」という親心が貫通しており、だから親心に素直になり、その決まりごとに適うように、「嘘か本当かやってみる」そしてそれが適っていれば、神様も喜び、気持ちがいいし、そのように神も人も気持ちよさでヒビキ合っている、そういうふうに有難くできているということに「のる」ということではないでしょうか。
    だけども建て前(イノチの本音と違うアタマの部分)で、親の親の存在を無視し、オレがオレがと「そる」ことをしてしまえば、法則違反をした分だけ罰、報いがあるということなのでしょう。
    親の親の存在を無視し、建て前の部分だけを満足させようとすると「楽」ということにつながるのかもしれません。
    楽というのは、親心とは別のところで、人間の建て前がつくりだしたものですから、法則違反も含んでいます。
    だから楽というのを前面に出したオレがオレがと「そる」建て前の主張というのは、それを主張する人にも罰があるんでしょうが、その主張に同調した人にも迷惑をかけてしまうということにもなるのではないでしょうか。
    極楽の中にいるのに自ら地獄のふたを拡げることをしてしまっているのかもしれませんね。
    橋本先生は、「のる」か「そるか」の意味を尋ねられると「天国か地獄かということだよ」と話されていたといいます。
    よくよく突き詰めていけば真に気持ちよさが天国で、楽は地獄ということなのでしょうね。
    操体法に於ける、操法として、とおすか、とおさないかの選択も、親心が貫通しているからだが要求し選択してくる気持ちのよさをききわけて、その気持ちの良さに従うということが大切というのも、こういうことも含んでのことだと思います。

    罰という言葉が出てきていますが、よくよくこの橋本先生の語られたものを起こした文章を読んでいると、罰というのも人間がつくりだした現象界における報いの想念であり、親の親である神様にはそういう言葉すらないのかもしれません。ただただ「ちゃんとみんなで愉楽しんでもらってね、それで一生気持ちよく生きてくれればいい」という救いの親心だけしかないのだと思えます。
    親心(宇宙現象創性の中心理念)に適うようにと、やってみて、それが親心に適っていれば、親の親も自分も気持ちがいいのだと思います。
    そしてそのような決まりごとに、「のる」ということ。
    いつもノリノリでいきましょう。

    友松誠

    8月28、29日は大徳寺玉林院にて「東京操体フォーラム in 京都」開催

    9月18、19日スペイン、マドリードにて「操体フォーラム in マドリード」開催